殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 櫛田桔梗視点の、暗殺教室。


男女混合二人三脚と櫛田桔梗の時間

 私にとって綾小路清隆という人間がどんな奴なのかと言えば。

 今となっては愛しい人で、一年前はよくわかんない人だ。

 

 修学旅行の数日前、私はクラスに馴染めなくて。

 相変わらず一人で帰ろうとしているところで、渚くんと赤羽くんが話している所に遭遇した。

 咄嗟に隠れる。

 赤羽くんは勿論、渚くんに会うのは、少し気まずい。二人とも去年同じクラスだったわけだし。

 二年C組で、渚くんは、心なしか私を避けていた。私も、渚くんを避けていた。………今思い返すと、私の持つ才能と、渚くんの持つ才能、つまり、殺し屋としての才能が、お互いに警鐘を鳴らしていたんだと思う。

 ………それを踏まえても、渚くんは、私と普通に話すことはあれど、私に秘密を打ち明けることもなかった。

 当時は、それがどこか腹立たしかった。私が優位に立てない相手だったから。

 

 秘密を握ることで、私はその人の全てを握った。

 楽しくて、快感で、辞められなくて。

 人の求める自分を演じ続けることは、普通に嫌だったけど、たまに吐くし、ハゲそうになるぐらいストレスだったけど、その快感のために、私は続けていて。

 でも、人の秘密を知ることも、その為に求める自分を演じ続けることも、とても疲れるから。

 誰の目にも留まらないように、個人ブログで、吐き出していた。

 それで、赤羽くんが暴力沙汰で停学処分になるのと同時期に、私の個人ブログが、クラスメイトに見つかった。

 罵声と非難が教室中を包んだ。それまでみんなの人気者だった私は、たった一日でみんなの敵。腹が立ったから全部ぶちまけた。

 誰それが誰それを嫌いだとか、誰それが誰それの悪口言ってたとか、私を信じて話してきた秘密を、盛大に。

 秘密を打ち明けなかった渚くんと、そもそも私と関わりが殆どなかった上で、停学処分でクラスにいなかった赤羽くんを除いて、クラスは完全に疑心暗鬼に陥った。

 この人は本当は自分を嫌っているのかも、この人は自分のことが嫌いだったのか、この人は自分に嘘をついていたのか。完全にクラスは崩壊して、最終的に、クラスのおおよそ半数が自主退学した。

 

 それで私は、E組に落ちた。

 

『綾小路くんってさ、何でE組に落ちたんだろう』

『…………まぁ確かに。悔しいけど、俺よりも堀北さんよりも成績いいし』

『問題を起こすような人柄でも無い』

『磯貝みたく、経済的に困窮して、校則違反してでもバイトしてた訳でもない』

『…………本当に、なんでE組に?三学期期末テストでは、学年一位だったのに』

 

 赤羽くんと渚くんは、そんな話をしていた。

 綾小路清隆。二年生の三学期に急に現れて、期末テストで学年一位を掻っ攫った後、何故かこのE組に落ちた生徒。茅野も似たようなものだけど。

 でも、茅野以上に理解できない。

 

『後なんか、すごく世間知らずっていうか』

『うん。分かる。駅のチケットの買い方とか分からなかったしね』

『カルマくん、綾小路くんとどこか出かけたの?』

『まぁね。動物園付き合わせた』

『…………なんで?』

『ハシビロコウにそっくりって言ったら、実物見てみたいって言われたから』

『…………あぁ、うん。確かに、ハシビロコウにそっくりだよね』

 

 ロボットみたいに、何も変わらない。

 いつも無表情で、いつも何考えてるのかよくわからない。そんな奴。

 

 最悪なことに、私はそんな奴と同じ班だった。

 修学旅行当日、私は、殆ど誰とも話さなかった。

 行きの新幹線で、三人並びの席に、綾小路を挟んで、私が窓側、堀北が通路側に座っていた。

 私も堀北も積極的に話すような奴じゃないから、会話なんて皆無で、それで気まずくなったのか、綾小路のやつが、おずおずと話しかけてきた。

 

『そ、の、櫛田は、京都に行ったこととかあるのか?』

『ない』

『そ、そうか。堀北は?』

『それ、答える必要あるかしら』

『いや、その、会話しようと………』

『そう。なら、脳内に友達作って会話してなさい。それか、赤羽くんのところにでも行けば?』

『いや、その、せっかくだし、その』

『何がせっかくなのかしら?せっかくだし仲良くおしゃべりして、あわよくば友達になりたい、という魂胆が透けて見えるわよ。生憎、私は暗殺での協力はともかく、それ以外で友好的に接するつもりは皆無なの。分かったら話しかけないでちょうだい。気が散るし時間の無駄だもの』

『………は、ハリネズミだ………』

 

 多分綾小路は、動物園で見たハリネズミを思い出しているんだろう。

 全方位に威嚇していくその姿勢は、凄くハリネズミだ。その実に弱々しさが垣間見える辺りも凄くハリネズミしている。

 

『はっ?こともあろうに私をあんなちんちくりんの哺乳鋼真無盲腸目ハリネズミ科ハリネズミ亜科と一緒にするの?酷い侮辱ね。コンパス刺してあげましょうか?あなたにとっての私はハリネズミなんでしょう?』

『真無盲腸目とか知ってたんだな。普通はげっし類だと思うんじゃないか?』

『これ以上余計なことを言うなら刺すわ』

『勘弁してくれ』

 

 …………五月蝿いなぁ。

 

『ねぇ、隣でいちゃつくの辞めて。鬱陶しい』

『はっ?いちゃつく?誰が?誰と?』

『アンタが、そこのハシビロコウと』

『おい待て、ハシビロコウってまさか俺か?俺は鳥類ペリカン目ハシビロコウ科ハシビロコウ属には分類されないぞ?俺は歴とした霊長類のホモ・サピエンスだ』

『彼が霊長類のホモ・サピエンスかどうかは議論の余地があるとして、私が、このハシビロコウといちゃついていると言うの?貴女のその眼は飾りかしら?綺麗な色のビー玉ね。質屋に売るから取らせてちょうだい』

『議論の余地はないだろう』

『人間の最大の特徴は言語を理解し学習することよ。それを踏まえると、私の先の発言から何も学習していない貴方がホモ・サピエンスなのかは議論の余地があると思うのだけれど』

『あの脅迫か?生憎俺は脅しには屈しないったぁ‼︎本当に刺すな‼︎』

『ごめんなさい。鳥類を躾ける方法を知らなくて。取り敢えず痛みで覚えさせようと思ったの』

『何をだ?人を暴力で黙らせることか?』

『………ごめんなさい。私鳥の鳴き声が分からなくて………』

『ほう?堀北も俺をハシビロコウだとでも言うつもりか?良いだろう。ならば俺もお前をハリネズミだと扱おう』

『………この鳥五月蝿いわね』

『動物園であったハリネズミはお腹の辺りを撫でると喜んでいたからな。お前のお腹を撫でくりまわさせてもら───いったっ‼︎痛っ‼︎痛っ‼︎刺しすぎだろう⁉︎』

『セクシャルハラスメントに対する正当防衛よ。証人もいるわ』

『夫婦漫才に巻き込まないでよこのバカップル』

『…………ごめんなさい。今少し余りにも信じられない言葉が聞こえて意識が飛びかけていたわ。もう一度お願いするわ櫛田さん。今なんて言ったの?』

『だから、夫婦漫才に巻き込まないでよバカップルって言ったの』

『────殺すわ』

『落ち着け堀北っ‼︎殺すのは殺せんせーにしろっ‼︎櫛田を殺しても賞金も出ないんだぞ‼︎』

『そこを退きなさいハシビロコウ。これは私の尊厳を守る為にどうしても必要なことなのよ』

『お前にとって俺と夫婦扱いされることはそこまでのことなのかっ⁉︎』

『鳥類と夫婦扱いされるなんて人間扱いされていないも同然よ‼︎』

 

 あぁ、もう、ほんっとに。

 

『うるっさいっ‼︎少し黙れっ‼︎‼︎』

 

 私がここまで怒るとは思っていなかったのか、綾小路も堀北も呆気に取られた。新幹線に座るクラスメイトたちから、視線を集めているのを感じる。

 あぁもう。後から後から色んな感情が沸いてくる。

 

『なんっで行きたくもない修学旅行でアンタらの夫婦漫才聞かされなきゃいけないわけ⁉︎なんっでよりにもよってアンタらと同じ班な訳⁉︎鬱陶しいんだよさっきからずっと‼︎』

 

 どうせクラスに馴染めていないから気を回して同じ班の奴らと並ばせたんだろう。

 同じようなことをする側だったからよく分かる。される側になると、こんなに腹が立つんだね。これって。すっごい新発見。

 

『暗殺も修学旅行も何もかも全部どうだって良いんだよ私にとっては‼︎アンタらが何しようが全部どうだって良いんだよ‼︎分かったら黙れ‼︎私に関わるな‼︎』

『………いや、その、先に話しかけてきたのは櫛田じゃ』

『うっさい黙れハシビロコウ‼︎私は、五月蝿いから黙れって()()したの‼︎アンタらと()()するつもりなんてこれっぽっちもないんだからっ‼︎』

『なんだか私よりよっぽどハリネズミね』

『うっそだろ堀北。ここでそれ言うのかお前』

『貴方の内心を代弁したのよ。どうせそんなくだらないこと考えてたんでしょう?』

『いや、まぁ、考えてはいた、が………』

 

 何こいつら。何こいつらっ‼︎

 うっざい‼︎うっざい‼︎うっざい‼︎

 

『───私はっ………一人が、良いの‼︎』

 

 どうせみんな裏切るんだ。一方的に押し付けて、一方的に投げつけて、一方的に見限って、一方的に敵視するんだ。

 だったら、もう、何も要らない。

 一人で、良い。

 ……………一人が、良い。

 

『………まぁ、貴女の趣味は尊重するけど』

『………別に趣味じゃないし。アンタと違ってね』

『俺もう疲れてきたんだが』

『───それはそれとして、暗殺計画には手を貸しなさい。貴女にとってはどうでも良くても、私にとっては大切なことだもの』

 

 堀北のそれは無視して、私は窓の外を睨み付けていた。

 

 その会話を聞いていた修学旅行第四班の、渚、カルマ、杉野の男性陣は、ひっそりと話していた。

 

『………なんか、凄いことになってるな、あの三人』

『うん。綾小路くん。ちょっと可哀想』

『ま、人間関係初心者に、あの二人は荷が重いんじゃない?』

『人間関係初心者って綾小路か?いやでも、あんまそんな感じしないけどな』

『うん。割と話しやすいしね。何考えてるかは良くわかんないけど』

『………アイツ、家から殆ど出たこと無かったんだってさ。コンビニも行ったこと無かったんだって。凄くない?』

『コンビニ行ったこともないって、相当な箱入りだな』

『うん。凄く大事にされてたんだね』

 

 まぁ、それが普通の認識だろう。渚のそれは、決して、常識的には的外れではない。

 だが、カルマは。

 

(……………多分、そんなんじゃない気がするけど…………)

 

 心の中で、そう呟いていた。

 

 一応私の班である修学旅行第五班は、伏見稲荷神社まで来ていた。

 鳥居と鳥居の隙間、僅か数十センチのそこを通して狙撃する算段らしい。

 まぁ、私には関係ないことだし。

 

『ねぇねぇ櫛田さん。このガチャガチャ一緒に回そうよ。お稲荷さんのストラップだって』

『うん。堀北さんも回してさ、みんなでお揃いのやつ持っとかない?ねぇ凛花もどう?』

『遠慮しとく。私、そう言うのには興味ないから』

『私も遠慮するわ』

『わお。流石E組クールビューティー2トップだねぇ』

『待ちなさい倉橋さん。何よその聞くに耐えない悍ましいランキングは』

『ビッチ先生主導で作ったランキングだよ〜〜。こういうタイプの女子は、こういう感じで色仕掛けすると良いってアドバイス付き〜〜』

『一応教師が何やってるのよ………』

『同意ね。いくら殺し屋だとしても倫理観を疑うわ』

『………殺し屋に倫理観求めるのは、ねぇ?』

 

 ………あぁ、もう。

 うっざいなぁ。

 

『………ほっといて』

 

 私は拒絶して、そのまま、街中を歩き出した。

 

『………なんか、すっごく変わったよね。櫛田さん』

『そういえば陽菜乃、一年のとき同じクラスだったっけ』

『うん。その時はもっと明るくて、クラスの中心って感じだったんだけどねぇ』

『『二年C組崩壊事件』の主犯格なのよ。あっちが本性なんでしょう』

『…………その、『二年C組崩壊事件』って、何かしら?』

『うっそ堀北さん知らないの?』

『…………そういやその時、堀北さん浅野くん殴って停学中だったね』

『その話はやめてちょうだい。それで、『二年C組崩壊事件』って、何よ?』

『うん。私も又聞きだから、詳しいことは知らないんだけど。なんか、櫛田さんが、みんなの秘密をばら撒いて、クラス中が疑心暗鬼になって、お互いに罵り合うようになって、最終的に半数が自主退学したんだって』

『同じクラスだった渚くんなら、なんか知ってるのかもね』

 

 堀北鈴音は、何となく。

 櫛田桔梗の背を、視線で追った。

 

『…………もし、本当に、櫛田さんが』

 

 速水の言ったように、二年C組を壊したくて、秘密を暴露したのだとしたら。

 

『…………どうして、あんなに傷付いているのかしら』

 

 堀北鈴音は、不思議だった。

 

『………なぁ、綾小路』

『………何だ?』

『………この班ちょっと、女子率高すぎないか?』

『………分かる』

 

 女子五に対して男子二は、少ないだろう。

 数少ない男子二人組は、奇妙な友情を感じ取っていた。

 

 京都の街並みを歩いていく。

 伝統と新時代が、調和している街並み。

 なんだか、少し歪な気がしていた。

 時間が気になってポケットを探ったところで、気付く。

 

『…………やっば。どっかで落とした?』

 

 すぐさま踵を返し、来た道を戻りながら、地面を観察して。

 唐突に、肩を掴まれて路地裏に連れ込まれた。

 体勢が崩れて、盛大に尻餅をつく。見上げると、そこに居たのは。

 

『…………なんかよう?』

 

 かつての、二年C組の生徒達だった。

 

『何か用?ですって?よくもまぁそんなことが言えたわね』

 

 全面的にこっちのセリフなんだけど。

 

『アンタが全部ぶち撒けやがったせいで、クラスはめちゃくちゃになったんだから』

 

 全部私に話してきたお前らが悪いんでしょ。こっちの気持ちも考えずに、聞くに耐えないことばかり押し付けてきて。

 五浪中の兄を家族絡みでいじめてるとか、大学生の彼氏と関係持って妊娠したとか、そんな気持ち悪いことばかり押し付けてきやがって。

 別に良いじゃん。個人ブログで発散するぐらい。

 

『───ハッ?何その目?私らが悪いとでも言うつもり?ちょーし乗んなよ。E組の分際で』

 

 私に好きな人のリコーダー盗んだことを打ち明けたそいつは、尻餅をついたままの私の頬を、思い切り蹴り飛ばした。

 地面に倒れて、痛みが走る。

 苛立ちもまた、身体中を駆け巡っていく。

 

『────っ、そっちの方こそ、愛しの彼とはどうなったのよ。リコーダー盗んでペロペロ舐め回すような変態、その彼はお望みじゃ無かったそうだけど』

『───っ、黙れっ‼︎』

 

 面白いぐらいに真っ赤に染まって、そいつは私の頭を踏んづけてきた。

 痛みと苛立ちが、脳と体を支配していく。

 

『全部アンタが悪いんだっ、琢磨くんが私を嫌いになったのも、全部のアンタのせいなんだからっ!』

『そうよっ!カナエが私と絶交したのも、全部アンタのせいなんだからっ‼︎』

『アンタが、アンタのせいで──‼︎』

 

 いつかは私を好きだとか、一生友達だとか言ったその口で、私を断罪して、一方的な事情を口走って、踏み付けて蹴り飛ばして殴ってくる。

 

 …………ふざけないでよ。私の気持ちも知らないで。

 

 なんで、なんで、なんで、なんで。

 

 別に、少しぐらい良いじゃん。

 私、みんなの人気者でいる為に、頑張ってたんだよ。

 だから、少しぐらい、良いじゃん。

 なんで、そんなこと言うの。なんで、私を、悪者にするの。

 

 …………もう、やめてよ。

 

『そこまでにしなさい』

 

 凛とした、鈴の音のような声が、路地裏に響く。

 私を断罪してたやつらは、一斉に声のする方に視線を向けた。

 逆光を背負って、堀北鈴音がそこに居た。

 

『それ以上は看過できないわ。痛い目を見たくなければ辞めておきなさい』

 

 強い声だ。

 芯があって、真っ直ぐで。

 

『………誰かと思えば堀北さんじゃん。()()()()()()()()()の妹の、堀北鈴音さん』

『そうね。堀北学は私の兄よ。それがどうしたのかしら』

『お兄さんも大変よねぇ。せっかく椚ヶ丘歴代最高の生徒会長とか呼ばれるようになったのに、E組に落ちるような、不出来な妹さんだなんて』

『案外、歴代最高って言っても大したことないんじゃない?妹がこんなだし』

『言えてる。卜部先輩と浅野くんの方が、よっぽど優秀だったりして』

『あらそう。────つかぬことを聞きたいのだけれど、今までの定期試験、最高で何位かしら?因みに私は、業腹だけどずっと二位よ』

 

 この、学業が全ての椚ヶ丘において。

 少なくとも、出来不出来で堀北鈴音に勝てる生徒がいるとしたら、浅野学秀か、綾小路清隆のみ。

 私はこいつらの順位も知ってるけど、全員私以下。

 その程度で、よくもまぁ不出来だ何だ言えたものだと、心から思う。

 

『………っ、だから、何、浅野くんに勝てなくて暴力振るうような奴が、私たちより、多少順位がいいからって……!』

『多少?上に一人しかいない二位を多少だと、貴女は言うのね。なら、貴女はずっと、一桁の順位を取り続けているのでしょう?そうでもないと、多少だなんて言えないもの』

『うっさい!エンドのE組に落ちたような不良品の屑の癖に‼︎』

『その不良品の屑に、この椚ヶ丘で最も重視される学力で完敗する貴女達は、何かしら。…………そうね。生ゴミ以下と言っていいでしょう。この路地裏の生臭さ、全部貴女達が原因だったのね。納得したわ』

 

 思わず、笑ってしまった。

 あぁ、そうだね。こいつらは、生ゴミ以下だ。

 

 ……………じゃあ、その生ゴミ以下に踏みつけにされてる私は、何なんだろうね。

 

『うっさい、黙れ!この、‼︎』

 

 殴りかかってきたその手を、掌で掴んで受け止めて、捻り上げながら膝をつかせた。

 

『───最初に攻撃してきたのは貴女たちよ。正当防衛ね…………今のうちに櫛田さんを』

『おっけ、任して』

 

 そいつの顔面を思いっきり蹴り飛ばしてのした堀北に、私を踏みつけにしてた連中は一斉に襲いかかった。

 

『大丈夫、櫛田さん………大丈夫じゃないね』

『今のうちに運ばないと。手当てもしなくちゃ』

『うん。だね。堀北さんが、あいつらをを抑えているうちに』

『………多分、あの人たち、普通に全員のされるんじゃないかなぁ』

 

 矢田と倉橋に運ばれて、私は、人目につかない公園のベンチで、項垂れていた。

 

 綾小路清隆と速水凛花と千葉龍之介が、路地裏についた時。

 堀北鈴音と、彼女を囲うように、地面に倒れている女子生徒達が、あった。

 

『………あんた、こんなことしちゃったら、最悪退学よ』

『………先に殴りかかってきたのは向こうよ』

『だとしても、うちの理不尽さは知ってるだろう』

『………だとしても、こいつらは兄さんを侮辱した。…………絶対に許さない』

『……………………こう言うのって、ブラコンって、奴なのか?』

『そうね。紛うことなきブラコンよ』

『…………だな』

『あら、あなた達もこうなりたいなら素直に言えばいいのに』

『その暴力癖どうにかした方がいいぞ』

『綾小路に同意』

『うん。少しは直した方が良いんじゃないか?』

 

 四人は、気の抜けたように笑っていた。

 

『ちょっと沁みるよ〜〜』

『いっつ……』

『うっわ、ひっどい怪我。顔狙うなんて最悪だね』

『うん。ほんとに最悪だね、アイツら』

 

 矢田と倉橋のその言葉に、同意したい私がいて。

 でも、そんなことより、抑えきれなくなった悲しみが、心のダムを突き破って、溢れ出した。

 

『………ひっぐ、…………うぇぇぇぇん』

 

 情けない。情けない。

 こんな、こんな、子供みたいに。

 

『……うんうん。辛かったよね。怖かったよね』

 

 倉橋の優しさが、より辛くて。

 

『もう大丈夫だよ。櫛田さん。アイツら、多分堀北さんがぶちのめしちゃったから』

 

 矢田の言葉に、安心できなくて。

 

『…………泣いてる、のね』

『まぁ、ことがことだからな』

『…………安心しろ。アイツらは全員、堀北がぶちのめしてたぞ』

『少し黙りなさい綾小路くん』

 

 堀北達にも、こんなところ見られて。

 なんか、勝手に、口が動いてた。

 

『なん、ひっぐ、なのよ、アイツらぁ…………ぐすっ、なんで、なんで、私、ばっかり………あ、アイツらだって、悪いんじゃん………っうあ、アイツら、人のこと、何だと、思ってぇ』

 

 私は、つっかえながら、全部話した。

 みんなの理想を演じていたこと。秘密を打ち明けられるのが快感だったこと。それはそれとして辛かったこと。ブログにぶち撒けていたこと。全部知られて、何もかもをぶち撒けたこと。

 

 速水も、矢田も、倉橋も、千葉も、堀北も、みんな黙って。

 綾小路だけが、口を開いた。

 

『……………それって、櫛田が悪いのか?』

 

 涙も、声も止まって、綾小路を見る。

 

『いや、その、俺は、人とそんなに関わったことはないから、分からないが。秘密を、そもそも打ち明ける方が悪くないか?そんなに知られたくないなら、黙っていれば良いのに』

『……………まぁ、そうね。私も、態々話した方が、悪いとは思うわ』

『うん。俺もそう思う』

『私も同意見ね』

 

 倉橋と矢田は、少しだけ違った。

 

『うぅん。まぁ、分からなくもないんだよね。秘密を打ち明けたいっていう気持ち。いやまぁ、櫛田さんにしたことは論外なんだけど』

『うん。櫛田さんにしたことは別として、秘密を抱え続けるのって、辛い時もあるんだよね。だからまぁ、信じられる誰かに打ち明けるってのは、悪いことじゃないとは、思う』

 

 そう。

 だから、私は、信じられる誰かで、あり続けようとしていて。

 

『………でもあの人たちは、ちょっと違う感じするよね』

『あぁーー。なんか分かる。自分のことしか考えてないっていうか、そんな秘密打ち明けられたらどう思うかってのが、想像ついていない感じする』

 

 ………そう、なのかな。

 

『きっと彼女達にとっては、櫛田さんは、都合の良いゴミ箱みたいなものだったんでしょう』

『………言い方は最悪だけど、まぁ、同意見よ』

 

 うん。速水の言う通り言い方は最悪なんだけど。なんだか、腑に落ちた気がする。

 

『………抱え込んだ秘密を、投げ込めるゴミ箱、か』

『ゴミ箱に気を使う人間なんていないもの。まぁ、人間への認識がそんなものっていうのは、あまりにもナメているとしか言えないわね』

『本当に言い方は最悪なんだけど、同意見よ』

 

 ………まぁ、うん。言い方は本当に最悪なんだけど、何だか、すっきりした気もする。

 いつの間にか、涙は引いていた。

 

『………言い方は最悪なんだけど、まぁ、少しは楽になったよ。堀北』

『………そんなに最悪かしら』

 

 みんな、声を揃えていった。

 

 『最悪だよ』って。

 

 思わず笑っちゃった。

 

 それで、まぁ、その日の夜の宿で。

 

『ううぅぅぅ。櫛田さんがそんなことになっている間、先生は、先生は…………私は教師失格です………』

『気、気にしないでよ殺せんせー。四班も、大変だったんでしょ?』

『だとしても‼︎先生はマッハ20ですから‼︎ほらぁっ‼︎』

 

 私の目の前で、殺せんせーはざっと八人ぐらいに分身していた。

 

『こんな風に増えられるんです‼︎なのに先生は、先生はぁ‼︎』

 

 号泣しながらそんなこと言われても、反応に困るというか、何というか。

 いつの間にか、私の周りをぐるぐる周りながら、殺せんせーは手当してくれてた。

 

『あぁ、こんなに酷い怪我を……すぐに手当しますっ‼︎女子の顔に傷跡を残すようなことは、絶対に認めませんっ‼︎』

『………ふふっ、もうっ、先生ってば、大袈裟だよっ』

 

 いつもは、意識してたんだけど。

 今日は、意識せずに笑えた。

 いつの間にか、殺せんせーの分身は消えてて、私の後ろに、一人立っていた。

 ふにゃふにゃと、触手が私の頭を撫でてくる。

 

『ヌルフフフフフ。不幸中の幸い、というやつですかねぇ。あなたの身に起きたことを思えば、こんなことを思うのは、良くないことなのですが。

 先生はね。君が心から笑えるようになったのが、本当に嬉しいんですよ』

 

 …………全く。暗殺対象(ターゲット)の癖に。

 隠し持ってたナイフを、こっそり袖から取り出して、突いてみた。

 

『えい』

『にょやぁぁぁぁぁ⁉︎』

 

 慌てて逃げた殺せんせーは、息を切らしながら、私に驚愕の視線を送っていた。

 

『な、何で今暗殺しようとしたんですか⁉︎』

『行けそうだったから』

 

 本当は照れ隠しだけど。

 

『ゆ、油断も隙もありませんねぇ、貴女は』

 

 殺せんせーはビクビクしながら、私の一挙手一投足をジロジロと観察している。

 そんなに怖がる?

 

『………ねぇ、殺せんせー。私ね』

『………はい』

『暗殺とか、全部どうでも良かったんだけど』

 

 私の過去を知ってなお。  

 私の秘密を知ってなお。

 私の内心を知ってなお。

 当たり前の顔で、私の友達として、修学旅行を楽しんでくれた、第五班のみんなと、………きっと、このクラスのみんなとなら。

 やってみても良いかなって、そう思えた。

 袖から、ガチャガチャで引けた、黄色いお稲荷さんのキーホルダーを取り出して。

 それと目を合わせて、笑った。

 

『───今日この時から、私も全力でやるから。覚悟しておいてよね‼︎』

 

 ナイフを突きつけながら、殺る気(やる気)を滲ませて。

 最高の先生(ターゲット)に、そう宣言する。

 

 殺せんせーは、顔面に赤丸を浮かべて、触手で大きく、丸を作った。

 

『───満点です櫛田さんっ‼︎これからも、あなたの暗殺、期待していますよっ‼︎』

 

 暗殺を期待するって何よ。

 思わず笑いながら、私は部屋を出た。

 

『手当ありがとう殺せんせー‼︎

 また明日‼︎』

『はい。また明日。おやすみなさい。櫛田さん』

 

 

 櫛田桔梗が出た後の部屋で、殺せんせーは、静かに思案する。

 

(──あの一瞬)

 

 櫛田桔梗が、ナイフを突き出したあの瞬間。

 ギリギリまで、察知できなかった。

 

(……………彼女の才能は、彼に次ぐかも知れませんねぇ)

 

 殺せんせーは、櫛田桔梗の後ろ姿と、もう一人。

 ある男子生徒の背中を想起して。

 

『────実に楽しみですねぇ。ヌルフフフフフフフ』

 

 生徒の未来に想いを馳せて、いつもの笑い声を漏らした。

 

 

 部屋に戻る途中で、私は、綾小路の後ろ姿を見つけた。

 お礼を言おうと、近づいたところで、気付く。

 綾小路は、誰かと電話していた。

 電話中に話しかけるのは悪いから、少し待っていると。

 同じく綾小路を見つけたのだろう、堀北がいた。

 堀北と目を合わせて、お互いに、綾小路に用があることを悟って、少しだけ待っていたところ。

 衝撃的な言葉が、私たちの耳に届いた。

 

『───堀北鈴音は、任務達成に役立つと、君はそういうんだね。綾小路くん』

『その通りです。()()()()()。なので、彼女の退学は避けて下さい』

『良いでしょう。三年D組の女子生徒達の、堀北鈴音に暴力を振るわれたという訴えは揉み消しておきます』

『ありがとうございます』

『君の成功を、祈っていますよ、綾小路くん』

 

 通話を切った綾小路に、堀北は、声を掛けた。

 

『───どういうこと。綾小路くん』

『………聞こえてたか。………俺も、緩みすぎたか』 

 

 私も、声を掛けた。

 

『理事長と、個人的に繋がってるの?』

『…………まぁ、父が、知り合いでな』

 

 今度は、堀北が。

 

『任務って何のこと』

『そりゃ、殺せんせーを殺すっていう任務だろう』

 

 次は、私が。

 

『───堀北が役に立つって、どういうこと』

『………まぁ、色々と優秀だし、暗殺への貢献度は、高いだろ?』

 

 もう一度、堀北が。

 

『………貴方の父親とやらは、何者なの?貴方はどうして、E組にいるの?………もしかして、殺せんせーが赴任してくるのも、貴方は、知っていたんじゃないの』

 

 ………そう、だね。

 堀北の言葉で、私も、その可能性に思い至った。

 即ち、綾小路清隆は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『…………知ってたとしたら、どうする』

 

 …………そう、だね。だとしたら。

 

『別にどうもしないわ』

『別に何も』

 

 綾小路は、驚いたみたいだった。

 いや、だって、ねぇ?

 

『だって、目標は同じわけだし』

『えぇそうね。貴方が訓練を受けた暗殺者であろうと、何も変わらないわ』

 

 うん。まぁ、だから何って感じ。

 綾小路は、拍子抜けだったのか、肩の力を抜いて、ため息を吐いた。

 

『………ならさっきの空気は何だったんだ』

『それは、色々隠していたのに、ちょっと腹が立っただけよ』

『うん。まぁ、私も同じ意見だね』

 

 窓際で、綾小路は三日月を見上げながら、ポツリポツリと話し出した。

 

『………俺は、ある議員が運営しているある施設で、色々な訓練を受けていた』

『色々って?』

『本当に色々だ。勉強、運動、工作、調合、その他諸々』

『………それって、いつから?』

 

 偽っているのでなければ、私たちと綾小路は、同い年の筈だ。

 

『多分、四歳か三歳だ。物心ついた時には、その施設にいた』

 

 ────私も、多分堀北も、その施設が異常なことに、気付いた。

 

『…………その施設から、出たことはあったの』

 

 堀北が何を聞きたいのかは分かったけど、いくら何でもそれはないって、そう思っていたんだけど。

 私の予想は、裏切られた。

 

『無いな。去年の三学期まで、学校に来たこともなかったし、外に出たことも、空を見たこともなかった』

 

 …………そんなの、もう。

 

『そんなの、牢獄じゃん…………』

『…………酷い、施設ね』

『世間一般的には、そうなんだろうな』

 

 そんな、言い方。

 そん、なの。

 

『……………貴方にとっては、そうでは無いと言うの?』

『まぁ、勉強するのも訓練するのも、別に苦じゃなかったからな』

『……………貴方の両親は、その施設に入ることに、同意していたの?』

『母親は知らないが、父親はしていたな。というか、施設を運営していたのは父親だ』

『……………自分で作ったそんな施設に、自分の息子を入れてたって、こと………?』

 

 何だ、それ。

 私も堀北も、空いた口が塞がらない。

 意味がわからない。何だそれは。それが、親なのか………?

 

『ま、俺の秘密は、こんなところだ』

 

 あぁ。分かる。分かってしまう。

 何で綾小路が、ハシビロコウなのか。

 私も堀北も、すぐに分かった。

 きっと、もう、とっくに。

 

 綾小路清隆は、壊れていた。

 

 私は、何も、言えなくて。

 

 でも、堀北は、違った。

 

『…………私は、その、実は』

 

 私も綾小路も、思わず集中して耳を傾ける。

 もしや、堀北も、家庭に問題が───?

 

『に、兄さんのことが、好き、なの…………恋愛的にではなくて、その、肉親的な、そういう、感情だけれど………』

 

 ………………………………いや、その。

 

『知ってるが』

『知ってるけど』

『嘘でしょ…………』

 

 何一生の秘密みたいな雰囲気でそんなこと言ってんだこいつ。

 

『い、いや、その、私も、何か、その、秘密を話したほうがいいかなって……』

『もっと他に秘密はないのか。バレバレのやつ以外で』

『じゃ、じゃあその、実は、浅野くんが嫌い、とか………』

『殴るぐらいなんだから知ってるよ』

『じゃ、じゃあその、髪を伸ばしているのは、実は、に、兄さんが、長髪の方が好きだと言ったから、とか………。こ、個人的には、短い方が好きなのだけれど』

『それは初耳だな』

『うん。正直キモいけど』

『キ、キモいっ⁉︎』

『………あまり一般的なことは言えないが、うん。キモいんじゃないか?』

『多分堀北先輩も内心で気持ち悪がってるんじゃない?』

『そ、そんな…………も、もしかして、兄さんが、私のことを避けがちになったのって………』

『まぁ、自分の異性の好みに合わせてくる妹とか、普通に避けるでしょ』

『そ、そんな………』

 

 さてはこいつ割とポンコツだな?

 

『…………ごほん。取り敢えず、私も秘密を話したわ』

『…………えぇ。私も?』

『流れ的にそうなるんじゃないか?もう特大のやつは打ち明けた後だとは思うが』

『…………うーん。まぁ、あれだね。勉強も運動も、元々一位とか取れてたんだけど、椚ヶ丘で取れなくなって、で、秘密を握ることを、楽しむようになったとか、そんな感じ』

『…………まぁ、うん。だろうなって感じだな』

『割と納得するわね』

 

 いや綾小路が特大過ぎるだけな気がする。

 

『…………ま、暫くは、クラスにみんなには、秘密にしておいてくれ』

『そうしておくわ』

『うん。そうする』

 

 きっと、いつかは解決しなくちゃいけない問題なんだろうけど、一先ずは、現状維持で。

 

 帰りの新幹線で、私達修学旅行五班は、みんなで大富豪をやることになった。

 その机の上には、お揃いのお稲荷さんが、七色分。

 

 今でも、大切に持っている。

 

 

 それで、修学旅行が終わって、数日。

 

 私は、かつての二年C組に、謝罪して回っていた。

 そんなことしなくてもいいって、みんな、言ってくれたけど。

 私が、そうしたいと思ったから。

 本校舎にいる子達は、すぐに終わって。まぁ、たくさん罵声を浴びたんだけどね。いつも、堀北が付き添ってくれてたから、暴力とかは、振るわれなかったんだけど。

 

 自主退学した生徒達の家に、謝って回って。ここでも、罵声を浴びて。

 

『ここで、最後の一人、か』

『うん。付き合ってくれてありがと、綾小路』

『気にするな。堀北の代わりだ』

 

 最後の一人は、綾小路が付き添ってくれた。

 

『───たくさん迷惑をかけて、ごめんなさい』

 

 ちゃんと、謝って、彼女が、息を吸うのが聞こえた。

 罵声が来ると、身構えていると。

 

『こちらの方こそ、ごめんなさい』

 

 一瞬、全部が真っ白になった。

 何を言われたのか、分からなかった。

 

『………貴女に、たくさん、押し付けちゃいました』

 

 私は、きっと、ずっと、頑張っていた。

 みんなの、人気者でいたかったから。

 でも、そんなの嘘つきで、卑怯で。

 

『別に良いじゃない。そんなこと言ったら私はどうなんのよ。男騙して殺してきたのよ?それに比べたらあんたのやつなんて可愛いもんよ』

『…………例が、極端すぎるような』

『同じよ同じ。何も変わんないわ。人間なんて、誰も彼も嘘つきながら生きているものよ……………あぁでも、一つだけ違うわね』

『……何が、違うの?ビッチ先生?』

『あんたは殺すためにそんなことをしなかったってこと。始まりが自分のためで、秘密を握ることに快感を得ていたとしても、それでも、あんたに吐き出したその一瞬は、その生徒は、確かに救われていたんじゃないかしら?』

『いやいや。私最後に全部ぶっ壊しちゃったし』

『それでも、よ。あんたに救われてた生徒がいたって事実は、消えてなくなるわけじゃない』

『そう、なのかな』

 

 ねぇ。ビッチ先生。

 いたよ。いてくれたよ。

 

『………貴女のことを、何も考えてなんかいなくて。でも』

 

 始まりは、自分のためで。

 その裏に、どれだけ悪意があったとしても。

 

『………貴女が聞いてくれたその時は、確かに、楽になりました』

 

 私は、誰かのために動いたわけじゃない。

 徹頭徹尾、自分のためで。

 

『………貴女が聞いてくれたから、この子を産む決心がつきました』

 

 ………そうだね。あのとき、君は、学校、休んでいたもんね。

 ………きっと、私、最悪だよ。君のことも、全部、ぶち撒けてたんだもん。

 

『だとしても、私とこの子にとって、貴女は恩人です。まぁ、中学生で妊娠出産なんて、あまりにも負担が大きかったですし、親にも、たくさん迷惑かけちゃいましたし。………彼も、大学辞めて、働いてもらうことになっちゃいましたけど』

 

 私は、ただ、みんなの人気者を演じてただけで。

 私の快感の為に、秘密を聞いてただけだけど。

 

『───それでも、ありがとうございました』

 

 私の悪意で。私の我欲で。私の快楽で。

 救われていた人が、確かにいた。

 

『貴女が友達で、良かったです』

 

 私が友達で、良かったって言ってくれる人がいた。

 

 その子の家を後にして、暫く歩いて。

 私は衝動的に、綾小路に抱きついた。

 

『く、櫛田?どうし、────』

『…………みんな、ばか』

 

 綾小路の胸に、顔を隠して。

 綾小路の胸が、濡れていく。

 綾小路の胸に、私の嗚咽が、吸い込まれていく。

 

『そ、その、こういう時、どうすれば良いのか、分からないんだが……』

『撫でてあげて下さい。綾小路くん』

『ちょっ、殺せんせー‼︎見てないで助けてくれっ‼︎』

『ヌルフフ。泣いている女の子を慰めるのも、男の子の仕事ですよ』

 

 それだけ言って、下世話な黄色いタコにしては珍しく、すぐにその場を去った。

 

『えっと、その…………』

 

 不器用に、私の頭を、撫でてくる。  

 その大きな掌に、鼓動が、高鳴ってくる。

 

『…………まぁ、その、なんだ』

 

 清隆は、絞り出した。

 

『────よく、頑張ったな』

 

 あぁ、私。

 この人が、好きだなぁ。

 

 

 それから、色んな事があった。

 夏休みの、殺し屋達との戦いで、()()()()()()()()()()()()()とやり合ったり。

 二学期始めに、清隆のお父さんが襲撃して、その、鈴音を抑えるのに、男子の手まで駆り出して。

 糸成くんの襲撃とか、体育祭とか、二代目襲撃とか、学園祭とか、期末テストとか、兎に角、いろんな出来事があって。

 

 それで、カエデちゃんの復讐が、為されなくて。

 殺せんせーの全てを知って、分裂して。

 

 私たちは、清隆と殺し合った。

 

『…………何だ、お前達二人だけなのか』

『そうね。人数を掛けたところで、被害が増えるだけだもの』

『ギリギリまで浮かして、最後の最後で少人数で決める。それが、私たちの作戦だよ』

 

 ハシビロコウよりも、もっと冷たい。

 氷のような、機械のような、無表情で。

 

『俺は、知りたい。どう足掻いても、殺せんせーは死ぬのなら。恩師を手にかけた時、どんな感情を得るのか、俺は知りたい』

『…………清隆くん。それが、貴方の本当の望みなの?』

『きっと、違うよね。色んなことがわからないから、必死に目を逸らしてるだけなんでしょ?』

『…………お前達に負ければ、俺は、その感情を得る機会を、失う』

『いいえ。そんなことしなくても、貴方はその感情を知ってるわ』

『…………じゃなきゃ、泣いたりしない』

『俺は泣いていないぞ。頬は濡れていない』

『心が泣いてるのよ』

『心は泣かない』

『ううん。心は、泣くものなんだよ』

『俺は、知りたい。知りたい、から………』

 

 綾小路は、隠し持っていた本物のナイフを、三本取り出した。

 何となく、持っているだろうなって、思っていた。

 

『やめろ綾小路‼︎それはルール違反だ‼︎』 

『落ち着いて下さい綾小路くん‼︎それはダメです‼︎』

『綾小路くん………ダメだよ。それは……』

 

 烏丸先生と、殺せんせーと、烏丸先生に隠れた渚くんが、止める中で。

 クラスのみんなが見守る中で、それでも。

 

 私たちは、清隆が投げ渡してきたナイフを、受け取った。

 重いね。これが、本物の重さ。

 

『綾小路──』

『烏間先生。ごめんなさい。…………手出し無用で、お願いします』

 

 堀北は、そんなことを頼み込んでいた。

 

『………万が一が起こり得ると判断したときは、私が止めます』

『ありがとう。殺せんせー』

 

 私は、殺せんせーに礼を言った。

 

『───さぁ、始めよう』

 

 私たちの、殺し合いが、始まった。

 

 …………正直、私は足手纏いだ。

 そんなこと、知ってる。

 うちで一番強いのは、満場一致で清隆で。

 その清隆を殺せるとしたら、渚くんだけ。

 正面戦闘に持ち込まれたら、誰も勝てない。

 ()()()()()()()()()()

 

 でも、だとしても。

 

『君には確かに才能がある。しかしそれは、未だ蕾。きっかけがあれば、完全に開花するだろう』

 

 ビッチ先生に頼んで、特別講師に来てもらったロヴロさんに言われたことを思い出す。

 

 まるで走馬灯だ。

 だって、私は、清隆に蹴り飛ばされて、仰向けに倒れていて、今、ナイフを突き立てられようとしている。

 距離の関係で、鈴音は間に合わない。

 

『───クラップスタナー。このスキルの名前だ。

 君やロヴロのそれは、意識の波長を読み取れていない、不完全』

 

 死神の言葉を、思い出す。

 意識の、波長。

 多分、私には、ずっと、見えていた。

 見えていたから、()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、ずっと、見えてるんだよ。

 ねぇ、清隆。

 君はね。

 ずっと、泣いてるんだよ。

 

 私にナイフが突き立てられる、その瞬間。

 波長が乱れた、その瞬間。

 私は、両手を打ち鳴らした。

 

 他のみんなも。

 渚くんも。

 烏間先生も。

 殺せんせーでさえも。

 

 みんな、驚愕した。

 

 清隆は、麻痺して、でも直ぐに、右手に握ったナイフを左手に突き立てて、意識を保った。

 でもね。

 その一瞬が、命取り。

 振り向くよりも一瞬早く、鈴音は清隆の胸ぐらを掴んで。

 とても、愛に溢れた(濃厚な)キスをした。

 

 そして、バレンタインの日。

 

 渡すだけ渡して、全部終わりにするつもりだった。

 清隆と鈴音は、お似合いだと思ったから。

 だから、私の恋は、殺して、閉まって、終わりにするつもりで。

 

『そんなの認めないわよ。桔梗さん』

 

 ねぇ、何でそんなこと言うの。

 

『貴女も、ちゃんと話しなさい』

 

 そんなこと、言われちゃったらさ。

 もう、溢れ出ちゃうよ。

 

『まぁ、二人分で、ちょうど良いぐらいじゃないかしら?』

 

 それは、流石に、倫理的に駄目じゃない?

 

『私たちは殺し屋よ?倫理を求めてどうするの?』

 

 いやそうだけどさ!それとこれとは違くない⁉︎

 

『私にとっても、貴女は親友なの。貴女が、苦しんで終わりなんて、認めないから』

 

 …………もし、私を選んだら?

 

『ま、潔く諦めるわ』

 

 …………そうだね。鈴音が選ばれたら、私も諦める。

 

 で、まぁ、チョコと一緒に、告白したわけだけど。

 

『……………その、すまない。

 二人が、大切なのは、その、本当で。

 でも、その、どちらかを選ぶと言うのが、その、難しい、というか』

 

 カチーンときた。

 ふぅん?そんなこと言うんだ?言っちゃうんだ?

 じゃあさ、もう、私。

 

『───遠慮とか、しないよ』

 

 それで、私も、愛に溢れた(濃厚な)キスをして。

 

 大体76hitで、清隆は気絶した。

 

 

 それから、最終暗殺作戦が始まって。

 清隆が、ホワイトルームに連れ戻されて。

 爆破して、制圧して、連れ出して。

 裏山にいる、ゲリラ部隊を制圧して。

 烏間先生の三倍強いヤバいやつを、みんなで暗殺して。

 二代目と柳沢が、襲いかかってきて。

 柳沢を、みんなで暗殺して。

 で、悪あがきしようとした柳沢を、殺せんせーが始末して。

 清隆が、二代目に殺されかけて。

 殺せんせーが、二代目を、…………ううん。私たちの兄弟子に、引導を渡して。 

 殺せんせーが、清隆を治療して。

 …………最後に、殺せんせーを、殺した(卒業した)

 そこで、きっと、生まれて初めて、清隆は、声を上げて泣いた。

 人間、綾小路清隆は、この瞬間に、生まれた。

 

 だから、三月十三日は。

 殺せんせーの誕生日で、私たちが、椚ヶ丘を卒業した日で、綾小路清隆の、もう一つの誕生日。

 

 もうケーキは予約してあるから、三月十三日が、楽しみだったりする。

 

 

 

『速い速い速い!綾小路清隆と櫛田桔梗ペア、圧倒的な一着───‼︎』

『二着の赤羽業、椎名ひよりペアも速かったですが、この二人の息の合い方は、尋常ではありませんでしたね』

『二年生の方では、南雲、()()ペアが一着。三年生では、堀北会長と橘秘書の、出来たてアツアツカップルコンビの圧勝ですっ‼︎』

「出来たてアツアツとか言わないでくださいっ‼︎」

 

 えっへへへへへ。やったね。清隆!

 

「あぁ。やったな。桔梗」

 

 いよいよ、最後だね。

 

「そうだな。そろそろ、体育祭と終わりだ」

 

 ねぇ、清隆。楽しかった?

 

「…………あぁ。最高に、楽しいぞ」

 

 うんっ。うんっ‼︎清隆が楽しそうで、私も嬉しいっ‼︎

 最後のリレー、勝とうねっ、清隆っ‼︎

 

「あぁ。勝とう、桔梗」

 

 体育祭の、幕が降りる。





 因みに、妊娠出産した女の子とは、たまに連絡を取り合ったりしてる。
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