殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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全学年合同千二百メートルリレーと加害者と被害者

 最終種目、全学年合同千二百メートルリレー。

 各クラスから六名ずつ。一人二百メートルを走って、最強のクラスを決める、最後の戦いだ。

 

「…………初手でその手を切ってくるか、二年Cクラス」

 

 うちのクラスの第一走者は、須藤健で、二年Cクラスの第一走者は、桃井緋音。 

 アンカーには、個人得点ボーナスがある。

 桃井パイセンのこれまでの戦績なら、アンカーを走りさえすれば、一位を取れなくとも、最優秀賞を狙える。現状唯一の個人無敗だし。

 でも、そこを捨ててでも。

 

「…………本気で、Cクラスで勝つつもりなのね。緋音」

 

 卜部藤乃の言葉の通り。

 桃井緋音は、Cクラスを勝たせる為に、第一走者を選択した。

 ストレッチしながら、自分が果たすべきことを、整理する。

 

(一位でバトンを渡すのは確定。出来ることなら、リードは五秒以上。見たところ、第一走者で一番強いのは、一年Bクラスの須藤。………ならば、問題なし)

 

 ここで、大幅にリードを取って。

 

「まずは、三年Aクラス(歴代最高)に勝つ」

 

 そこから弾みをつけて。

 

(最後には、二年Aクラスにも勝つ)

 

 南雲雅に恨みがあるわけではない。彼の戦い方は、個人的には好ましくは無いが、確かに強いと認める。

 何せ、藤乃に勝つ程なのだから。

 だが。

 

(南雲が上に立ち続ける限り、生徒たちの恐怖は消えない。藤乃たちのクラスを陥れた、あの『元一年Aクラス女子脅迫事件』は、それほどのものじゃった)

 

 本音を言えば、去年の体育祭の段階で、この計画を進めたかったのだが。

 怪我をしてしまい、参加できなかった。

 まぁ、仕方ない。後悔は、一切無い。

 

(───今年こそ、成し遂げてみせる。妾が先頭に立ち、勝利を重ね、士気を上げ、血と汗と涙の、青春真っ盛りな戦いの果てに、南雲に勝利し、二年Cクラスのやる気を引き出す。妾の完璧で、壮大で、美麗な計画───!)

 

 燃え上がれ!アオハル精神!一致団結!二年Cクラス!勝利へ向かって突っ走れ!大作戦を────‼︎

 

 作戦名を聞くだけで分かるぐらいには馬鹿らしい作戦───即ち、桃井緋音がひたすら頑張るだけの作戦───を、大真面目にこなす。

 それが、桃井緋音である。

 

 ピストルの音と共に、スタートを切る。

 全力で走りながらも、須藤健は、すぐさま悟る。

 

(………やっぱ、俺じゃこの人には勝てないか)

 

 それほどの化物で、人外で、埒外の存在。

 今の自分では、どうしても勝てない。だから。

 

「なぁ、綾小路。幸村が受けてるっていう、ブートキャンプ。体育祭が終わったら、俺も受けたいんだが、良いか?」

「構わんが、何故だ?もう十分鍛えられているだろう?」

 

 十分じゃあ、とても足りない。

 

「………俺はさ、きっとまだ弱いんだ」

 

 上には上がいる。

 そんな当たり前のことに、今日この日まで、気付かなかった。………いや、気付いた上で、目を逸らしてきた。

 

「………でも、まだ終わりじゃない」

 

 人生も、学校も、何もかも、こんなところで、終わりじゃない。

 

「………俺こっから、もう一度始めたいんだ」

 

 本気で夢を叶えたいなら。

 本気でプロになりたいなら。

 ここから、()()()()()()()()

 

「───だから、俺を鍛えてくれ、………清隆」

「───良いだろう。健。死ぬほどキツいが、覚悟しろよ?」

 

 やっぱり、速いなぁ。

 前を走る桃井緋音の背を、健は眩しそうに眺めていた。

 影すら踏めない。

 近付くことすらままならない。

 今の時点では、どうしようもない差が、確かにある。

 

 でも、俺だって、()()()()()()()()()()()()()

 

 走れ。走れ。走れ!走れ‼︎

 足が折れるかもしれない、その瞬間まで。

 全力で、走り続けろ!

 声を出すことすら惜しんで、健は全力で走り続けた。そして。

 

 一位のCクラスとは、()()()()の差で、小野寺にバトンを繋ぐ。

 

「───頼むぞ」

「頼まれた」

 

 小野寺は、強気に笑いながら、全力で、走り出した。

 

 息を切らすこともなく、須藤に目を向けながら、桃井緋音は、悔しそうに歯を噛んだ。

 

(───四秒しかリードを作れなかった。五秒以上作るつもりじゃったのに………!)

 

 ()()()()()()()()()()

 何を呑気なことを。

 

(………妾も、まだまだじゃな)

 

 それでも、十分なリードは作れた。

 

(………信じておるぞ。みんな)

 

 桃井からバトンを受け取った男子生徒は、心を燃やしていた。

 

(そうだなぁ。そうだよなぁ‼︎いつまでも、いつまでも、負けてばっかじゃ、嫌だよなぁ‼︎

 こっからだ!俺も、こっから!

 強く、なる‼︎)

 

 ずっと諦めていた。南雲雅に勝てるわけないんだって、ずっと。

 でも。

 どれだけ妨害されようと。どれだけ攻撃されようと。あの人は、一切、折れなかったから‼︎

 強く、なる‼︎

 

 必死に、文字通り必死に走って、三秒程度のリードで、次にバトンを繋いだ。

 

「後、頼む!」

 

 バトンを渡された、百メートル走で、桃井緋音を巻き込んで倒れた、女子生徒は。

 目を逸らして、口の中で呟いた。

 

「───ごめん」

 

 徐々に徐々に、差が縮まっていって。

 小野寺からバトンを受け取った高円寺に、追い抜かされて。

 金織美浪が、並びかけてきたところで。

 

 巻き込んで、転んだ。

 

 軽井沢の悲鳴が響く。二年Cクラスを、驚愕が包む。

 すぐさま、金織美浪は立ち上がって、再び走り出した、が。

 

 転んだ一瞬の隙で、三年Bクラス、二年Aクラス、一年Aクラス、一年Dクラスに逆転され。

 三位が六位に、転落する。

 

 転んだ拍子に、足を捻ったのか、ノロノロ、足を引き摺りながら、何とかバトンを渡した、が。

 一位が、一気に、最下位に、転落する。

 

 バトンを受け取った生徒は、それでも、前を向いて、走っていった。

 

 第三走者の女子生徒は、俯いたままで。

 二年Cクラスの生徒たちは、思わず、怒りをぶつけそうになってしまって。

 駆け込んで来た桃井緋音が、声を掛ける。

 

「大丈夫か?足を捻ってしまったようじゃな?保健室まで運ぼう」

 

 その女子生徒は、泣きそうになった。

 桃井緋音は、その生徒を背負おうとして。

 走り終わった直後の、花咲ほむらが、その女子生徒に声を掛ける。

 

「───ねぇ。何つまんないことしてんの?」

 

 ビクリ、と、その女子生徒は肩を震わせる。

 それに、更にイラついたのか、ほむらは、口撃する。

 

「ねぇ、今どんな気持ち?緋音ちゃんが、たっくさん頑張って、最優秀賞を捨ててまで、クラスのために戦ってきてさ」

 

 この体育祭で、一番目立っていたのは、きっと桃井緋音だった。

 

「それで、みんな、やる気出して、勝つ為に、一生懸命頑張り始めて、結果もだんだんついてきて、三年Aクラス(歴代最高)に勝てるかもしれないところまで来て」

 

 みんなで、一致団結して。

 そうすれば、三年Aクラス(歴代最高)にだって勝てる。

 南雲雅にだって勝てる。

 ────このクラスは、まだ終わっていない。

 そうなる、はずだった。

 

「───君のせいで、ぜーんぶ台無し」

 

 その女子生徒は、泣きそうになって、それでも必死に、声を上げた。

 自分は、悪くないんだって。

 

「───だって、だってしょうがないじゃない‼︎アイツは、アイツは勝つ為だったら何だってやる‼︎それで、青井雀は壊された‼︎今度は、私かもしれない………!私の、友達かもしれない……!緋音さん、かもしれない………!

 そんなの、そんなの、私は………、いや‼︎」

「───ばっっっっっかじゃないの」

 

 花咲ほむらは、容赦無く、それを切り捨てた。

 いつもみたく、煽る為じゃなく。

 友達の努力を無駄にしたことを、糾弾する。

 

「そうならない為に、緋音ちゃんは、矢面に立ってたんだよ?

 自分が一番目立って、自分が一番、南雲の怒りを買って。

 南雲のターゲットを、自分に向ける為に。他のクラスメイトに、南雲が攻撃してきても、すぐに守れるように。

 アイツが何言ってきたのか知らないけどさ。話せば良かったんだよ。

 緋音ちゃんに、話せば良かったんだよ。

 そうすれば、緋音ちゃんは、君を守った。君の友達も守った。自分の身も守った。

 この体育祭で、アンタは何を見てきたの。南雲の妨害をものともせずに、勝ち続ける緋音ちゃんを、アンタは見てこなかったの。

 ────何で、自分なら、緋音ちゃんを守れるって、思い上がったの?」

「やめよ。ほむら」

 

 桃井緋音は、そこで止めた。

 

「…………妾は、そんなこと考えておらん。クラスの為とか、そんなのではなく、妾が目立ちたかったから、戦っておっただけだ」

「…………緋音ちゃんは、それで良いの」

「良いも何も事実じゃ」

 

 嘘だ。そんなの、誰だって分かる。

 だってずっと、桃井緋音は、妨害してきた相手も、助けてきた。

 自分が目立ちたいだけなら。自分が勝ちたいだけなら。

 そんなこと、するわけが無い。

 アンカーを、譲るわけが無い。

 

「…………それに、仮に、ほむらが言った通りだとしても。

 それでも、妾のせいじゃ。

 信じて貰えなかった。強さを、実力を示しきれなかった、妾の弱さのせいじゃ」

 

 休憩所で応援していた稔は、泣きそうだった。

 何で。何で、緋音ちゃんが、そんなこと言うの。

 緋音ちゃんは、弱くなんか、無い。弱くなんか、無い、のに。強くて、優しくて、明るくて、頼りに、なる人なのに。

 

 背負われていた女子生徒は、決壊した。

 

「───ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい緋音さん………。ごめんなさい………。ごめん、なさい………」

 

 ───ごめん、なさい。

 

 そんな謝罪の声が、卜部藤乃の、耳に入る。入って、しまう。

 

「───藤乃!聞いちゃダメ!気にしちゃダメ‼︎」

 

 九十九の声は、しかし、藤乃に届かず。

 青褪めた卜部藤乃は、色んなことを、思い出してしまう。

 

『ごめんね。藤乃』

 

 謝らないでよ。母さん。

 

『ごめんな。藤乃。父さん、弱くって』

 

 謝らないでよ。父さん。

 

『ごめんなさい。藤乃さん。ごめんなさい。ごめんなさい──』

 

 謝らないでよ。雀。

 

『───すまなかった。卜部』

 

 謝らないでよ。堀北先輩。

 

 そして、いつかの、生徒会室で。

 南雲雅に、してしまったことを、思い出す。

 

『───ごめんなさい。南雲くん』

 

 頭を下げていたから、その顔を、見た事はなくて。

 でも、きっと。

 南雲雅が、壊れたのは。

 私の、せいだった。

 

「────…………ぉえ」

 

 びちゃびちゃびちゃびちゃ。

 卜部藤乃は吐瀉物をぶち撒ける。

 喉が焼ける。気道が焼ける。頭が痛くて、気持ち悪くて、苦しくて。

 でも、止まらなかった。

 

「藤乃!藤乃!しっかりして、大丈夫だからっ!」

 

 九十九の叫びに、顔を向けた緋音とほむらと稔は、目を見開いた。

 その光景を目にした、浅野と坂柳と神室と幸村と佐倉と長谷部は、唖然とした。

 占藤メメは、固まってしまった。

 

「───急患ですね。すぐに対応します」

 

 すぐさま、天久天馬は、二年Bクラスの休憩所に来た。

 藤乃の様子を見て、傍の九十九に、すぐさま、いくつか質問する。

 

「彼女にアレルギーは」

「あるけどそれじゃ無い。食中毒とかじゃなくて、心因性なの」

「分かりました。失礼しま──」

「だめっ!謝らないでっ!」

「───分かりました。確認しますね」

 

 すぐさま、気道を確保。

 喉が詰まらないよう、横向きにして。

 三年Dクラスの生徒に持ってこさせた担架に乗せて、保健室まで。

 それを見送った九十九は、何かに気付いて、すぐさま、視線を走らせる。

 

「───通りますっ!」

「おい待て九重っ!」

 

 クラスメイトの制止を無視して、トラックを横切って。

 必死に走って、その生徒の、裾を掴む。

 

「───私に、こんなこと言う資格が無いのは、分かってる」

 

 九十九が、掴んだのは、二年Aクラスの、アンカー。

 

「───私が、アンタを壊したのに」

 

 私はきっと、絶対に、やってはいけないことをした。

 

「───お願い、南雲。棄権して。今、走ったりしちゃ、絶対にダメ」

 

 九重九十九が見上げる南雲雅の顔は、いつもの、余裕そうな顔が消し飛んで。

 ────すっかり、青褪め切っていた。

 謝罪がトラウマなのは、南雲雅も、同じだった。

 

「おいおい。何言ってんだよ九重。勝ちはもうすぐそこなんだぜ?」

 

 青褪め切っているのに。その声だけは、どこまでもいつも通りで。

 堀北学は、その姿を、目に焼き付けていた。

 

 きっかけは、堀北学で。

 転機は、卜部藤乃と青井雀で。

 トドメは、()()()()()()と、九重九十九だった。

 

「…………おい学。彼に何があった。一年前に会った時は、こんなんじゃなったはずだ」

 

 金石博は、一年前に会った南雲雅を、思い出していた。

 あの時の、南雲雅は。

 今よりずっと、輝いていたはずだった。

 

「…………俺のせいなんだ。俺は、間違えてしまったから」

 

 堀北学は、南雲雅を敵だと思った事はなく、期待したこともなく。

 ずっと、()()()()()()()()()()()()()

 

 一年Aクラスのアンカー、浅野学秀は、その類い稀なる頭脳で、有る結論を、導いた。

 即ち。

 

(─────僕は、ずっと、勘違いしていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、間違いではなかったけれど、正解ではなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『元一年Aクラス女子脅迫事件』は、きっと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………もう無理だよ。南雲。三年Bクラスの勝ちで、もう決まった」

 

 九十九は、ゆっくりと、第五走者の列を指差す。

 

「今、一位は逆転した二年Aクラスで、二位は、そのすぐ後ろに、三年Bクラス。

 第五走者に渡るバトンは、2クラス殆ど同時。

 …………そうなれば、もう」

 

 三年Bクラスの第五走者は、猫実詭々。

 二年Aクラスは、朝比奈なずな。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 運の天秤は、三年Bクラスに、傾いた。

 

「ありゃ。これはうちのクラスの勝ちで確定かなぁ?」

 

 猫実詭々は、呑気にそんなことを言っていた。

 

「て言うか、美浪狙うとか正気?全校生徒で二百人を超える、金織美浪ファンクラブを敵に回すと思うケド」

 

 卜部藤乃が倒れたことは、一旦置いておこう。

 

「……………そんなの、分かんないじゃないですか」

「ん?何が?」

「まだ、三年Bクラスの勝ちで、決まってはいないでしょう」

 

 朝比奈なずなは、険しい顔で、啖呵を切る。

 しかし。

 

「いや〜きついでしょ。なずなちゃんも、たくさん頑張ってるみたいだけどさ。

 あたしとやったら、まぁ、六秒ぐらいの差は着くよ?

 南雲雅がどれだけ優秀だとしても、うちのボスも負けてないし。

 殆ど同格の相手に六秒差もついたら、そりゃもう負け確だって」

 

 事実でしかない。

 どれだけ、朝比奈なずなが、努力を重ねても。

 どれだけ、強くなろうとしても。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ま、この第五走者達の中で、あたしに勝てる可能性があるとしたら、翔子と、それから堀北ちゃんぐらいじゃない?気にする必要はないよ」

「あら、随分と高評価ですね。猫実先輩」

「まぁね。堀北ちゃんなら、十回やったら一回は負けるかもね。で、土壇場でその一回を引きかねない強みが、堀北ちゃんにはある」

「お褒めに預かり恐悦至極、とだけ」

 

 朝比奈なずなは、泣きそうになりながらも、バトンを受け取る為に、列に並ぶ。

 そして隣に、猫実詭々。

 

 もう、三年Bクラスの勝ちは確定して。

 それでも、バトンを受け取った朝比奈なずなは、前を向いて走り出して。

 すぐに、気付く。

 前に、()()()()()()()()()()

 

「────えっ」

 

 咄嗟に振り向いた朝比奈なずなの視界の中で、日野曜からバトンを受け取った猫実詭々は、笑いながら手を振っていた。

 

「何やってんのよ馬鹿キキ───‼︎‼︎⁇⁉︎」

 

 黄乃玉紀の、絶叫が、グラウンドを飲み込んだ。

 

「─────もしこれで負けたりしたら、たっぷり、お仕置きしないとですね」

 

 真白珠莉は、穏やかに、青筋を浮かべて、笑っていた。

 

「全く。後で二人に怒られますよ。猫実さん」

「勝ちゃ良いんだよ勝ちゃ」

 

 バトンを両手で持って、思いっ切り背伸びして、背筋を伸ばしながら、至極あっさりと言ってのける。

 

「それに、うちのボスなら、どうせ大笑いしてるって」

 

 猫実の言う通り。

 

「────は、はははははは。………ハ───ハッハッハッハッハッ‼︎素晴らしいよ猫実‼︎さいっこうに面白くなってきたじゃないか‼︎」

 

 金石博は、大笑いしていた。

 

「────な、にやってんのあの先輩⁉︎」

 

 九重九十九は、正気を疑っていた。

 

「…………やっば。三年Bクラス面白すぎでしょ」

「これを面白いで片付けるカルマに、俺は心から引く」

「同意だな。普通に考えて頭おかしいだろう。勝ちは確定だったんだぞ?」

 

 一年Aクラス、Bクラス、Dクラスのアンカー達は、バラバラだった。

 

「…………全く。お前達は、本当に」

 

 堀北学は、心から。

 それでも、どこか嬉しそうに、ため息を吐いていた。

 

「君らは気にせず走りなよ。あたしは、翔子と競うからさ」

 

 床に座って、ストレッチしながら。

 一年A、B、Dクラスの第五走者。

 神室真澄、堀北鈴音、伊吹澪に、そう笑いかける。

 

「…………先輩が、飛騨先輩とのヨーイドンでの勝負を望むなら、私も」

「…………だね、こんな勝ち方、納得いかないし」

 

 神室と伊吹は、猫実と飛騨に合わせようとして。

 

「あー、ちゃんと言わなきゃ分かんない感じ?───お呼びじゃないって言ってんの」

 

 猫実の威圧に、一瞬怯んだ。

 

「────これは、あたしと翔子の競走だ。アンタらは、邪魔なだけ」

「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 至極あっさりと、堀北鈴音は、櫛田桔梗からのバトンを受け取って、走り出した。

 

「…………お先に、失礼します」

 

 神室真澄は、橋本正義からのバトンを受け取って。

 

「…………負けても、文句は言わないでくださいね」

 

 伊吹澪は、石崎大地からのバトンを受け取った。

 

「…………全く。馬鹿ね。アンタは」

「ま、そーだね。でも、後悔はないよ」

 

 飛騨翔子と、猫実詭々は、並んで。

 橘茜を、待っていた。

 

「───これでさ、あたしらの高校での競争は、最後だね」

「そうね。もう部活も引退したし」

「最後の舞台がインターハイ二回戦っての、アンタももやもやしてたんでしょ?」

「そうね。どうせだったら、決勝でやりたかったわ」

「───あたしの、三百四十六勝」

「私の、三百四十六勝」

「「二百五十三分」」

 

 親友にしてライバルは、笑い合った。

 この三年間、ずっと、競い続けてきた。

 

「最後の一勝、どう判定するのよ?」

「先にバトン渡した方でも良いんだけどさ。やっぱリレーだし、先にゴールした方にしない?」

「それだと私たちが勝っちゃうわよ?学は、誰にも負けないもの」

「あっはっはっはっ。うちのボスはね。───最後には、絶対勝つんだよ」

 

 二人は、お互いに、心から。

 自分のリーダーが一番強いことを、疑わない。

 

「じゃあ、そうしましょうか」

「うん。そうしよっか」

 

 ため息を吐きながら、日野曜は、傍で、手を前に出す。

 

 走ってきた橘茜は、二人の背中を見て、思わず笑みを溢した。

 

(───私たちは、きっと)

 

 日野曜は、合図を出す瞬間を待ちながら、笑みを溢した。

 

(───私たちは、きっと)

 

 飛騨翔子と、猫実詭々は、並びながら。

 お互いに、笑みを溢した。

 

(───私たちは、きっと)

(───あたしらは、きっと)

 

 この、実力主義の学校で。

 競い合い、高め合い、ぶつかり合って。

 笑い合って、泣きあって。

 三年間、ずっと、強く、なり続けた。

 そんな、友達で、仲間で、ライバルに、出会えたから。

 四人は同時に、呟いた。

 

「「「「運が良い」」」」

 

 バトンを受け取って、日野曜は、大きく腕を振り上げた。

 

 友達で仲間で親友でライバルは、最後の競争を、始めた。

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