まぁた長くなっちゃった。
私、堀北鈴音にとって、綾小路清隆という人間が、どんな人なのかと言うと。
今となっては、愛しい人で。一年前は、超えるべき壁だった。
ずっと、兄さんに憧れていた。
私の目に映る兄さんはずっと完璧で、一切隙はなくて、誰にも負けなくて。
そんな兄さんみたいになりたかったから、空手も始めたし、勉強だって頑張った。
小学生二年生の頃。
つまり、兄さんが小学四年生の頃。
道場に、浅野理事長が来た。
道着に身を包んだその人を、兄さんは、ずっと見ていた。
『………はぁ。何だってまた来たんだよお前さん。もう教わることなんかないだろうに。いや、俺は何も教えてないんだが』
『何を仰います、師範。私は、あなたから沢山のことを学んだのですよ』
『俺よりずっと強い奴にそんなこと言われても……』
『最近は、鈍ってきましたからね。少しは錆を落とさなければ。お相手願います。師範』
『嫌だ。お前さんとやり合うとか勘弁してくれ』
『仕方ありませんね』
その人は、師範に拒否されて、一人で演武を始めた。
構えの段階から、信じられないくらいの高みにいることが、分かった。
鋭さが違う。速さが違う。重さが違う。何もかもが違う。
無理だ。そう心から思った。
どれだけ鍛えても、どれだけ励んでも、どれだけ挑んでも。
この人には、絶対に勝てないって。それどころか、追い付くことも。ううん。その背中に、指を掠らせることも出来ないって。
でも、兄さんは、違った。
『失礼します。私の名前は、堀北学です。お名前を、伺ってもよろしいですか』
『───構いませんよ。私は、浅野學峯。何か、御用でしょうか』
『───一手、手合わせ願います』
正気じゃない。
私は初めて、兄さんにそんなことを思った。
『………構いませんか。師範』
『はぁ。おい学。やめとけって言っても、聞きはしないんだろう?』
『申し訳ありません』
『………絶対に、壊すなよ』
『勿論です。師範』
私は初めて、兄さんが負けるところを見た。
惨敗なんて言葉でも、どうしても足りないぐらいには、圧倒的な試合だった。
ボロ雑巾なんて言葉でもまだぬるい。それぐらいには、兄さんは打ちのめされて。
それでも、どこか楽しそうだった。
…………私は初めて、兄さんが怖いと思った。
『───明日も、また来ますね。学くん』
『───明日も、お願いします。浅野先生』
それから、兄さんは、椚ヶ丘に進学するまで、毎日のように。
浅野理事長と、組み手をしていた。
………たまに、勉強を教わったりもしていたけど。
『………兄さんは、あの人が怖くないのですか』
兄さんに、そう聞いたことを覚えている。
『怖くはない。あの人は、分厚く冷たい仮面を被ってこそいるが、それでも、どこか、優しさがあるからな』
優しい人は毎回兄さんをボロ雑巾にしないと思う。
多分兄さんにとっては、憧れで。
超えるべき、壁だった。
椚ヶ丘でも、兄さんは変わらなくて。
あの理事長に鍛え続けられた兄さんは、一年生の頃から、三年生も圧倒して。
椚ヶ丘初の、一年生生徒会長に就任。
誰も並び立てない、孤高の、最強だった。
私も、椚ヶ丘に進学するつもりだったけど、兄さんは、どこか退屈そうでもあった。
たまに、兄さんは傷を負って帰ってきていた。私はそれを、兄さんと理事長の鍛錬の結果だと思っていたのだけれど。
入学して初めて知った。兄さんはずっと、本校舎の生徒達の、E組生徒達への虐めを、身体を張って止め続けていた。
なんで、そんなことをするのか分からなくて、直接聞いたことがある。
『どうして兄さんは、E組を庇うのですか?彼らなど、本人の努力不足で落ちた、エンドのE組なのですよ。兄さんが傷を負う価値などありません』
『………そうだな。ここに入学する前の俺なら、そう思っていただろう』
『ならば、何故?』
『………浅野先生は、ずっと苦しんでいる』
苦しんでいる?あの人が?
何を言っているのか、分からなかった。
『………あの人はきっと、もっと優しい人だったんだ。何かがあって、壊れてしまった。
………俺は、あの人に色々なことを教わった。あの人に恩返しがしたい。その為に、あの人を、止めたいんだ』
でも、中学の三年間では、どうしようもなくて。
少しでも強くなる為に、浅野理事長に薦められた高育に、兄さんは進学した。
……………今となっては、私から離れることも、目的の一つだったんだろうけど。
そして、兄さんが卒業して、私は、浅野くんと同じクラスになった。
初めの方こそ、浅野くんは友好的だったけれど、いつの間にか、浅野くんは、私を虐めてくるようになった。
仲間外れとか、そういうのは、元々一人でいたから何の問題もなくて。
ただ、教科書を隠されたりするのは、勉強の邪魔になって、面倒だから、
何よりめんどくさかったのは、私が二位であり続けることを理由に、兄さんに比べて大したことはないとか、そう言った陰口を、わざわざ聞こえるように、取り巻き達に話させていることだった。
兄さんに追いつく為には、そんなこと、気にしておくのも時間の無駄だから、無視しようとしていたんだけど。
どうしても、無視しきれなかった。
だって、兄さんに憧れている浅野くんは、認め難いけれど、兄さんに近い位置に居たから。
私は、悔しかった。
どれだけ努力を重ねても。どれだけ勉強しても。浅野くんには届かなかった。
その果てに、私は、浅野くんを殴り、それで、まぁ、E組に落ちた。
で、なんか変な黄色いタコを殺せとか言われて。
まずは、その、一人で色々やってみたんだけど。
『ヌルフフフ。確かにあなたは優秀ですねぇ堀北さん』
不意打ちで襲いかかってみたり。
授業中に、教科書で隠しながら撃ってみたり。
朝の一斉射撃の時に、一人だけナイフで突撃してみたり。まぁ、エアガンだから、当たっても少し痛いだけなわけだし。
『───ですが、あなたは単独行動が多すぎますねぇ。一人で先生を殺すのは、絶対、とは言いませんが無理でしょう』
………だとしても、努力不足でE組に落ちるような生徒と、協力するつもりは無くて。一人で挑み続けていたときに。
綾小路くんが、私が停学中の期末テストで、浅野くんに勝ったことを聞いた。
信じられなかった。彼に勝てる生徒がいるなんて。
でも同時に、彼に勝つような生徒なら、手を借りてみても良いかなって、思ったから。
…………その、こう、彼が一人で帰っている後をつけて。
『あら奇遇ね綾小路くん。ところでハンバーガーとか食べたい気分なの。一緒にどうかしら。勿論奢るわよ』
『…………その、食べたことないから、食べてみたい欲はあるが』
『あらそう。初体験を済ませましょうか』
『あっ、ちょっ、まっ』
割と無理矢理、ファストフード店に連れ込んで。
『ほら綾小路くん。何が食べたいのかしら。奢ってあげるわよ』
『…………えっと、じゃあ、この、サムライマックってやつで』
『そう。私はダブルチーズバーガーで』
『…………なぁ、何で堀北は、俺に奢ったんだ?』
『そんなことよりも早く食べちゃいましょう?冷めちゃうわよ?』
『…………まぁ、うん。頂きます』
一口食べたところで。
『…………さて、私の暗殺に、協力して欲しいのだけれど』
『まぁいいが』
『…………あら、そう』
無理矢理奢って、貸しを作って、暗殺に協力させた。
…………その、頼み方とか、分からなくて。
貸しを作る形でしか、頼むこととか出来なくて。
それで、私と彼で、暗殺作戦を実行した。
最初の一回目は、盛大に失敗した。
………その、私が突撃して、綾小路くんが援護するっていう、凄くシンプルな作戦だったんだけど。
『なぁ、堀北。その、とても言いづらいんだが、射線を遮りすぎだ。これじゃ二人でやる意味がない』
『五月蝿いわね。そっちが合わせなさいよ』
『いや、その、合わせるのにも限度があるというか。少しは落ち着いて欲しいといういって!何でコンパス刺した今⁉︎』
『生意気よ。私に指図しないで』
『えぇ………』
『ハンバーガーの分は、私の道具として働きなさい』
そして、二回目の暗殺。
数日前の潮田くんを参考にしてみようと思って、自分で本を読みながら、火薬を使ったおもちゃの手榴弾を作ってみた。
中にBB弾を詰めて、綾小路くんの援護の元に私が突撃して、懐に飛び込んで手榴弾を破裂させるつもりだったのだけれど。
勿論、ギリギリのところで離脱するつもりで。
『───それはダメだと、以前言ったはずですよ。堀北さん』
ピンを抜いたところで、手榴弾は殺せんせーに窓の外に投げ飛ばされそうになって。
それを掴んだ綾小路くんが、投げ返してきた。
『ちょっ、』
『まずっ、』
殺せんせーに肉薄した私を巻き込んで、手榴弾は破裂して。
で、私は殺せんせーに庇われていた。BB弾は、先生の触手を数本奪っていて。
普通に考えて、その隙をついてナイフを突き出せば良かったんだけど。
流石に、その、綾小路くんに腹が立ったから。
『あなた何考えてるの⁉︎私ごと爆破するつもり⁉︎』
『いや、先にそうしようとしていたのは堀北だろう?』
『ギリギリのところで離脱するつもりだったのよ‼︎』
『………いや、言われてないからそんなの分からないだろう』
『一先ず、二人とも正座してください』
文字通り赤く染まった殺せんせーに、私と綾小路くんは正座させられて。
こんこんとお説教とお手入れされた。
『さて、まずは堀北さんですが、もう少し綾小路くんと話しなさい。手榴弾を使うのは悪くないアイデアでしたが、直前で離脱するつもりだったのなら、そこまで踏まえて話しておくべきです』
『………でも、その』
『でもではありません。協力するなら、ちゃんと話すべきです。一回目も二回目も、一人で突っ走り過ぎですよ』
『………でも、私、は』
兄さんはいつも、一人でやっていて。
『貴女が、一人で色々なことをこなしてきた誰かに憧れて、その後を追おうとしているのは、何となく分かります。それも踏まえてアドバイスです。
その人は、一人で私を殺せると思いますか?』
『…………流石に、それは無理です』
『ええそうでしょう。何せ先生はマッハ20なのですから』
流石の兄さんでも、単独での殺せんせー暗殺は、無理だろう。
『貴女の憧れでもできないことを、貴女は出来ると思いますか?』
『…………それは、無理ですね』
そうじゃなかったら、憧れていない。
『ええ。だからこそ、人と協力しなさい。ちゃんと、話し合って、ちゃんと考えあってください』
『………はい』
そして、綾小路くんは。
『堀北さんを巻き込むようなことをしたのもそうですが、それ以上に、爆発物を掴んで投げ返してくるのをやめて下さい。もし万が一、握った瞬間に爆発していたら、どうするつもりだったのですか?』
『いや、あの手の手榴弾なら、少し猶予があると思ったからで』
『だとしても、です。それで万が一があったら、先生は悲しみます』
『………先生は、悲しむのか』
『えぇ。先生にとって生徒は、命よりも大切なものですから』
『………そう、なのか』
そうして私たちは、殺せんせーのお説教から、解放されて。
気まずい空気のまま、山を降りて。
『………なぁ、堀北。ハンバーガー、食べないか』
『………食べる』
二人で並んでハンバーガーを食べていると、綾小路くんが、切り出した。
『………その、叱られちゃったな。俺たち』
『………そうね。叱られちゃったわ』
『………巻き込んで、すまない』
『………私も、話さなくて、ごめんなさい』
『───次は、どうする?』
『───次、そうね。次が、あるものね』
『あぁ。卒業までにたった一回殺せれば勝ちだ』
『だったら、ちゃんと、話し合いましょう。どうやって殺すのか』
二人で話し合って、どうやって殺すのかを考えるのは、思ったよりも、楽しくて。
私も綾小路くんも、少しだけ、笑っていた。
『よく漫画である、黒板消しを落として先生の頭にぶつける悪戯あるだろ?あれ暗殺に応用できないか?』
『無理よ。黒板消しが落ちてくる前に逃げられるわ。それよりも、足元にワイヤートラップ仕掛けた方が良いんじゃないかしら』
『でも先生飛べるぞ?』
『だったら廊下中に仕掛けるのもありじゃないかしら。廊下で襲撃して、ワイヤーで動きを制限するの』
『確かに。教室から出たところで、ワイヤーで動き封じる感じで行ってみるか。よし。ワイヤーは、俺が仕掛けよう』
次の日の授業が終わったタイミングで、私は綾小路くんと協力して、作戦を実行した。
『先生。分からないところがあるので、少し良いですか』
『構いませんよ。やはり真面目ですねぇ堀北さんは』
私が時間を稼いで、その間に綾小路くんが、廊下中にワイヤーを仕掛ける算段だ。
それはそれとして、普通に勉強になるので、色々と聞いていく。
さて、そろそろ時間だ。もう準備も終わった頃だろう。
『ありがとうございました。殺せんせー』
『いえいえ。構いませんよ。私は、君たちの先生ですからね』
教室から出たタイミングで、振り向きざまに、ハンドガンで狙う。
殺せんせーは、すぐさま残像を残して避けようとして。
ワイヤーに触手を数本斬られて転んだ。
『にゅやぁ⁉︎』
(これは、対先生物質で作られたワイヤー⁉︎いつの間に廊下中に⁉︎)
『綾小路くん!』
『了解だ』
転んだ殺せんせーに、綾小路はアサルトライフル型のエアガンで射撃していく。
私もハンドガンで狙っていく。
綾小路くんは予定通り、窓の方にもワイヤーを貼っていたらしい。
窓から逃げ出そうとして、殺せんせーはすぐさま諦めて、今度は教室に飛び込まれた。
ここまでは、予定通り。
『ヌ、ヌルフフフフフ………。じ、実にお見事な暗殺ですね。…………普通にびっくりしました』
私は前の扉から、綾小路くんは後ろの扉から、狙いを定めたまま教室に入っていく。
扉を背に、私たちはエアガンを殺せんせーに向ける。
『…………ふむ。どうやら既に、教室の窓にも、ワイヤーを仕込んでいるようですねぇ』
『御名答だ。殺せんせー』
『逃げ場は無いわよ』
そして、最後の仕掛け。
綾小路くんと朝一に天井に仕掛けておいた、罠。
『黒板消しの奴なんだが、こう、雨みたいに、対先生BB弾を降らせるってのはどうだ?』
『…………そうね。廊下と窓に仕込んだワイヤーに、私たちが扉を抑えることで、殺せんせーを教室に閉じ込めて、トドメの、BB弾の雨』
教室の隅に仕掛けておいた糸を引いて、天井中に仕掛けた複数の箱の底が抜ける。
教室中を覆う降り注ぐBB弾。
教室から出られない殺せんせーに、これを防ぐ術は無い。
と、思っていたんだけど。
『しかし、少しばかり、ワイヤーの密度が甘かったですねぇ。先生の触手と、置き傘を通す隙間がありましたので。このように』
いつの間にか殺せんせーは、傘をさしていた。
降り注ぐBB弾は傘に阻まれて、殺せんせーには当たらない。
だとしても。BB弾は床中に敷き詰められている。なら。
『どちらにせよ。逃げ場は無いぞ』
『ええ。そこから一歩でも歩けば、触手が溶けて、転んじゃうわよ』
床中に対先生BB弾が敷き詰められた今転べば大ダメージ。
だから殺せんせーは動けない。今が大チャンス。
綾小路くんの射撃と同時に、射線を切らないように注意しながら、ハンドガンで数発撃ちながら接近して、ナイフで襲い掛かったところ。
残像を残して、私の背後に、殺せんせーが回り込んでいた。
『っ、どうして⁉︎動けないはずなのに……っ⁉︎』
いつの間にかゴミ袋に片付けられて、BB弾が、教室の隅に置かれていた。
殺せんせーは、いつの間にか箒と塵取りを持っていた。
『掃除用具入れに箒と塵取りを残したのは失敗でしたねぇ。ちょうど良い機会なので掃除しておきました』
『………めちゃくちゃだな。これがマッハ20か』
『………今回も、失敗ね』
今までで一番上手くいったのだけれど。
『───しかし、お二人の連携も実に見事でした。満点を差し上げましょう!』
殺せんせーは顔面に丸を浮かべて、触手で大きな丸を作ってきた。
失敗はしたけれど、悪い気はしなかった。一人でやるよりも、よっぽど成功率は高いかもしれない。
一人よりも、二人。二人よりも、三人の方が。
『どうでしょう。堀北さん。初めて、誰かと協力して暗殺に挑んでみた気持ちは?』
…………まぁ、正直なところ。
『────思ったよりも、楽しかったわ』
『ヌルフフフフフ。それは良かったですねぇ』
『えぇ。そうね。私は、一人で先生を殺すことはできないけれど。今日みたいに、みんなでなら、あなたもきっと、殺せるはずだから』
ナイフを突きつけ、宣言する。
『覚悟しておきなさい。殺せんせー。私たちが、あなたを殺すわ』
『───楽しみにしてますよ。堀北さん』
私と綾小路くんは、昨日とは違って、少し明るい気持ちで、山を降りた。
『………なあ、堀北。今日は、ハンバーガー食わないのか?』
『何か勘違いしているようだけれど、私とあなたは友達というわけではないわ。暗殺に関係していたから友好的にしていただけで、それ以外で友好的にする理由はないわよ』
『………そうなのか』
『………まぁ、モチベーションを維持することは、暗殺に関係していることだし。
その、どうしても行きたいなら、行って、あげても、いいわ………』
『どうしても行きたい』
『そんなにハンバーガーが好きになったの?』
『それもあるが、堀北と話すのが、楽しかったからな』
『…………あ、そう』
…………今、思い返すと。
私と桔梗さんでガッツリマーキングしておいて良かったかもしれない。
この感じだと、多分、いろんな女の子をたらし込んでいるだろうな、と思ってしまうぐらいには、女たらしだから。
それから、修学旅行で、綾小路くんの事情を知って。
中間テストで、他の人たちよりも先の範囲までやっていた私と綾小路くんと赤羽くんは、それぞれ二位と一位と四位を記録して。
転校生の律の登場だったり、色んなことがあった後の、期末テスト。
私は、綾小路くんに挑むことにした。
一学期の殆どを、不本意ながら共に過ごしていたから、何となく気付いた。
それに、理事長との連絡も聞いていたし。
そのことに気付いた時、少し腹が立ったけれど、だったら、ぶん殴ってでも私を見せようと思ったの。
その為に、私は期末テストの数学で、彼と勝負して。で、何故か私と桔梗さんと綾小路くんで勉強会することになった。
勉強会は、少しだけ楽しくて。
でも私は、その裏にあった綾小路くんの意図に、一切気付かなかった。
期末テストが終わって、自己採点と復習をしたときに、一箇所だけ間違えていたことに気付いた。
その間違いに気付いてしまったから、私はずっと、不安だった。
彼に負けてしまったんじゃないか。私は結局、彼の視界に入ることも、道具以外として捉えさせることも、出来なかったんじゃないかって。
『───おめでとう!同じく同率一位!綾小路清隆と堀北鈴音!』
頭が真っ白になった。
視界に入るとか、道具以外として捉えさせるとか、それ以前の問題だった。
結果を聞いただけで、想像がつく。ついてしまう。
勉強会に参加した理由も、私との勝負に乗った理由も、最初から、全て。
『殺せんせーの暗殺は、全てにおいて優先されるものだろう?』
…………全て、
私のことなんて、敵とすら、思ってもいなかった。
『いつか私は、あなたを
…………正直ね。
自分でも、無理だろうとは思っていたの。
彼は、凄まじい勢いで成長していった。既に、私たちを遥かに超えるところにいたのに、殺せんせーの教えを受けて。
無理でしょう?だって、私よりもずっと先にいる人が、私よりもずっと前を、私よりもずっと速く走り続けているのよ?
超えるのなんて、無理だと思っていた。
殺すのなんて、もっと無理だった。
そんなことを思っていたときに、私は、夏休みのホテルで、
『────やはり、あの男は度し難いな。自身の子すら、実験材料か』
その男の名は、ブレイド。
刃物を専門的に扱う、四人の殺し屋の一人。
『────なぁ、綾小路。俺と組まないか?共に、あの男を殺そう。俺たちを粉々に砕いたあの男を、殺そう』
『生憎と、俺はアイツにそこまで恨みがあるわけじゃない。あの施設も、そこまで悪い場所じゃなかったし』
『…………成程。貴様は最初から壊れていたのか。…………それとも、あの部屋に壊されたのか』
いずれにしろ、手を取らないなら貴様を殺す。
四人の殺し屋の中で多分一番強かった。
刀と、西洋剣と、ナイフと、刃物全般を完璧に使いこなして。綾小路くんですら、避けるので手一杯だった。
割って入ろうとしたカルマくんを、殺せんせーが制止していた。
『───ダメです!君では、殺されてしまう‼︎』
『───…………綾小路は、まだ殺されていないじゃん』
『えぇ。しかしそれは、彼が強いからです。あの男は危険です。他の殺し屋達とは違い、正面戦闘においても、高い戦闘力を有しています。まず間違いなく、四人中最強でしょう』
『………どうして、そんな人が、綾小路くんを狙っているの?』
渚くんの疑問は、きっと、当然のもので。
『………なぁ、殺せんせーは知ってるのか?アイツが言ってる施設とか、あの男とか』
磯貝くんは、殺せんせーにそう聞いていた。
『………それは、彼の意思で、話さなければならないことです』
私と桔梗さんは、あの男もまた、牢獄に囚われていたことを悟って、沈痛な表情で、黙りこくった。
『………アンタらは、知ってるのね。堀北、櫛田』
『………うん。偶々、だけどね』
私たちのそんな様子を見た速水さんは、そう聞いてきて、桔梗さんが、答えた。
私は、ブレイドの動きを、目を凝らして捉え続けていた。
刀と西洋剣を振り回す。異様な筋力だ。どうして片手で振ってるのに、両手で振るのと同じくらい速い。
綾小路くんは、ブレイドが投げてきた二本のナイフを掴みとって、二刀流で捌き続けていたけれど、それでも、切り傷は増え続けていて、どこかで限界を迎えそうだった。
『───成程。この実力。貴様はあの部屋の最高傑作か。自身の息子が最高傑作とはな。あの男も運が良いようだ』
『………その最高傑作を、アンタは、随分と追い詰めているな。アンタの方こそ最高傑作なんじゃないか?』
『何を言う。俺など途中で脱落した敗北者だ。貴様と俺に差があるとすれば、歳は無論、それよりも経験だろう。
────
その差だ』
でも、だけど。
私はまだ、彼を、綾小路くんを、超えられていなかったから。
『────ダメです!堀北さん!』
『よせっ‼︎』
ごめんなさい。殺せんせー。ごめんなさい。烏間先生。
それでも、見ているだけなんて、出来ないから。
一瞥だけして、ブレイドはナイフを投げつけてきた。
速すぎる。躱せない。綾小路くん見たく、掴み取るとか出来なくて。
だから私は、
ナイフが掌を貫通する。
灼熱が掌から身体中を駆け巡る。脂汗が滲んで、涙が出て、痛みに泣き叫びそうになって。
全部を噛み殺して、勢いを緩めずに突進する。
『────堀、北……?』
『────成程』
ブレイドの懐まで飛び込んだ私は、刀を鞘から引き抜くように、掌に突き刺さったナイフを抜いて、顔面目掛けて振り抜いた。
ブレイドは大きくのけ反って攻撃を躱した。
切られる可能性以上に、飛び散った血糊が、視界を塞ぐところだったから。
『────好きに動いて!
『────ッ、……分かった』
動きが止まった一瞬の隙を逃さず、綾小路くんは攻め始める。
私は綾小路くんの隙をカバーするように動いて、奴の反撃の初動を潰し続けていった。
───この一学期の間、私は彼と、よくコンビを組んで暗殺していたから。
私たちの連携の練度は、E組でも、頭ひとつ抜けている。
最終的に、綾小路くんのナイフが、ブレイドの左太腿に突き刺さって。
私のナイフを喉元に突きつけた所で、ブレイドは武器を捨て、両腕を挙げた。
『────降参だ。どうやら俺にはないものを、貴様は持っているらしい』
ブレイドの武器を全て没収して。…………ナイフ十一本、刀二本、西洋剣一本の、合計十四本も持っていた。
拘束して、転ばして。
で、まぁ、私は殺せんせーと烏間先生から、たっぷりお叱りを受けて。
取り敢えずの応急処置をして、最上階に向かった。
後から聞いたのだけれど、これは、『E組の百年は語り継ぐべき事件』のうちの一つ、『堀北鈴音の特攻事件』、として、語り継がれているらしい。
『…………どうして、来たんだ。堀北』
『…………放っておけなかった。理由なんて、それだけよ』
男、ブレイドはどこか眩しそうに、私たちを見ていた。
そして、渚くんが、鷹岡を殺して。
四人の殺し屋の種明かしが終わった所で。
ブレイドは、私に話しかけてきた。
『──まずは謝罪を。俺は、未来ある貴様を殺そうとした』
『構わないわ。私は死んでいないもの』
少しだけ、躊躇しながら、彼は、私に問う。
『………………一つ問いたい。何故飛び込んできた』
『私は彼を超えるの。あんな所で死なれたら、困るわ』
私は答えた。超える為だと。………いつか、アイツに私を見させる為だと。
彼は、一瞬目を見開いた、そして心から楽しそうに、笑った。
『……………くっくくくくくく。はっはっはっはっはっ。────出会いに恵まれたなぁ。綾小路』
『……………あなたは、恵まれ無かったとでも?』
『そうだなぁ。俺は、恵まれなかったのだろう』
ブレイドの背中は、なんだか、悲しそうだった。
『………貴様の名を、聞かせてくれ』
『───堀北鈴音』
『………そうか。綾小路の手を、離さないでやってくれ。堀北。…………奴には、お前が必要だ』
『………あなたに言われるまでもないわ』
ブレイドはきっと、あり得たかもしれない綾小路清隆だった。
そして、夏休みを終えて、九月の初めごろ。
綾小路篤臣が、来た。
謎に包まれた綾小路くんの秘密を知る為に、みんなは隠れて、面談を覗いていた。
『ていうか綾小路のお父さん議員さんだったんだな』
『だね。殺せんせーのことも知ってるってことは、結構凄い地位にいる人なのかな?』
私と桔梗さんが険しい顔でいる横で、何も知らないみんなは、のんびりとそんなことを話していて。
すぐに、彼ら彼女らも、戦慄した。
『………頼む。
……………生まれて初めて、綾小路くんは、『父さん』と、あの男を呼び、生まれて初めて、自分から、何かを求めた。
─────それが、気に入らなかったらしい。
『実地テストはとんだ失敗のようだな。これほどまでに無駄な
彼は、息子を息子として扱わなかった。
彼にとって、息子はどこまでも道具だった。
彼の野望、日本をより良くする為という、野望の。
目の前が真っ赤になって、対照的に、頭の中は真っ白だった。
『───ちょっ、男子手を貸して!堀北さん私たちじゃ抑えられない!』
みんなが抑えてくれなかったら、私はきっと、男の横面を盛大に叩いていた。
そして、黒を超えた
それを見ながら、烏間先生が、その人に声をかけた。
『────綾小路先生。確かに貴方は、この国有数の政治家なのでしょう。
ですが、相手を見誤りましたね。貴方の相手は、国どころか世界を相手にする、人智を超越した、超生物なのですなら』
『少しだけ時間が掛かってしまいましたが、全て、完了しました』
『…………何をした』
『ホワイトルーム。ひいては貴方の不正の証拠の数々。マスコミ警察公安、それから貴方と敵対する議員にも提出しておきました。もう綾小路くんのことを気にする余裕は、ありませんねぇ』
『それらが収まったなら、すぐにでも連れ戻すだけだ』
『ならば私は、何度でも、貴方の証拠を捕まえて、世界中にばら撒くとしましょう。今度は海外にばら撒いてみるのも良いですねぇ』
『…………何が望みだ』
『貴方相手に口約束など意味を成さないでしょうしねぇ』
マッハ20で用意した契約書を、殺せんせーは、突きつけた。
『────契約しろ。綾小路篤臣。今後一切、綾小路清隆に関わらないと。さもなくば、貴様の政治生命を、完全に終わらせてくれよう』
『ふん。良いだろう』
その後も、綾小路篤臣は、浅野理事長に、殺せんせーの解任を要求したりしたんだけど、退けられたらしい。
そして、綾小路くんとの二学期も終わりが近くなった。
中間テストは、私と赤羽くんが同率二位、浅野くんと綾小路くんが同率一位。
だから、この期末テストで、全ての決着をつけるつもりで。
浅野くんに、頼まれた。
いつもだったら、赤羽くんの煽りに乗っかったりはしないのだけれど。
今回に関しては、盛大に乗らせてもらった。
『一位は俺でその下もE組。浅野くんは良くて二十番ぐらいじゃないかな?』
『流石にそれは、浅野くんに失礼よ。赤羽くん。浅野くんは曲がりなりにも学年一位だったのよ?綾小路くんと同率だけど。
だから次は、良くて学年四位ぐらいじゃないかしら。───だって、私と赤羽くんと、綾小路くんに、負けるもの』
『確かに。良くてそれぐらいかもねー。二十番ぐらいの可能性も、十分あるけど』
『えぇ。そうなったら、盛大に笑ってあげましょう?『僕が一位で、E組はそれ以下』とか言ってたくせに、一位どころか十位にも入れない、────雑魚だって』
潮田渚を含む全員の心情は一致した。即ち。
(((((性格悪っ‼︎))))、と。
そして、数学最終問題。
箱の中で、私は、四方から降り注ぐビームを防ぎ続けていた。
時間は足りない。正攻法じゃ間に合わない。
考え続けなさい堀北鈴音。何かを見落としているのは、間違いないもの。
考え続けた果てに、私は、あることに気付いた。
『もしかしてこの問題、難しい計算なんて要らない?』
それに気付いた瞬間から、降り注ぐビームは消え去った。
立ち上がって私は、箱の隅に視線を向けていく。
『この空間は原子の世界。私が今いる箱は、ここで終わりじゃない』
箱の壁に歩み寄って、そっと手を添えた。
『───世界は、私の知るよりも、ずっと広い』
私が憧れ続けてきた兄さんも。
大切な親友の桔梗さんも。
矢田さん、倉橋さん、速水さん達も。
千葉くんも。
赤羽くんも。
そして、綾小路くんも。
『───私が見てきたのは、きっと、みんなのかけらに過ぎないのね』
だから、この箱にいるのは。
『私が一人と、みんなが集まって、もう一人分』
つまり。
答えは。───2/a3。
『………全く。程度の低い引っ掛けね』
箱は壊れて、世界が広がった。
私は、振り返る。いつもは靡いていた長い髪は、最近切ったから、靡かなくて。
ねぇ、綾小路くん。
あなたは、この世界が、見えているのかしら。
この、素晴らしい世界が。
『学年一位は五百点満点で、カルマくん、堀北さん、綾小路くんのようですね。どうやら、数学の最終問題が明暗を分けたようですが』
『………そうだね。きっと、ここでみんなと過ごしていたから、だから、解けた気がするよ』
『………私も、同じ意見です。殺せんせー。世界は、私の知るよりも、ずっと広いということ。
あなたが、それを教えてくれたから、私たちは、この問題を解けました』
………………………………でも。
綾小路くんは、違った。
『………あ〜〜〜、その、確認なんだが、数学の問題で、合ってるよな?』
『───何、言っ、て、んの?』
『いや、二人がまるで、
『………あなた、は、どうやって、解いたの』
『………?
私も。赤羽くんも。浅野くんも。時間内に解き終わることは出来なくて。
でも、綾小路くんは。
……………私も、赤羽くんも、きっと、浅野くんも。
クラスのみんなが盛り上がる中で。
私と赤羽くんだけが、沈んでいた。
そして、あの日。
あの、分断の時間で。
泣いている清隆くんを、どうしても放っておけなかったから。
私はきっと、どれだけ鍛えても、どれだけ励んでも、どれだけ挑んでも、貴方に追い付けないのかもしれない。
あなたは、もしかしたら、ずっと冷たい人なのかもしれない。
でも。
『………浅野先生は、ずっと苦しんでいる』
あなたはずっと、苦しんでいる。
『………あの人はきっと、もっと優しい人だったんだ。何かがあって、壊れてしまった』
本当のあなたは優しい人なんだって、信じてる。
だってこの一年、ずっとそばに居たから。
『………俺は、あの人に色々なことを教わった。あの人に恩返しがしたい。その為に、あの人を、止めたいんだ』
あなたにたくさんのことを教わった。あなたにたくさんの恩があるの。私は少しでも、その恩を返したい。
その為に、あなたを、
兄さん。今やっと、あなたの気持ちが、
桔梗さんのクラップスタナー。
みんな驚いて、私も驚いて。
そこで、閃いた。
いつか、潮田くんが、茅野さんにやっていた、殺し技。
それをすることに、何の躊躇いもない自分がいることに気付いて。
私は、彼が好きなんだと気付いた。
いつから好きになったのか分からないから、初めからにしておく。
───だって、最初から実は好きでした、なんて。
とっても素敵だと、思うから。
これまでの感謝の全てを注ぎ込むように。私の好きを、注ぎ込むように。…………言っててちょっと恥ずかしいわね。
私は、
倒れ伏したあなたの左手に、指を這わす。
あなたは咄嗟に、左手にナイフを突き立てたから。
私の左手と、お揃いの傷。
……………お揃いの傷に、心臓が高鳴っているなんて、流石に、変態すぎるわね。
私はゆっくりと、青いインクが塗られたナイフを、あなたの胸に突き立てて。
力尽きて、あなたの上に、倒れ伏した。
流石に限界だ。殴り過ぎだし蹴り過ぎ。いくら何でもひどいわよ。
………全く、もう。
『……………好きよ。清隆くん』
私は、彼の耳元で。
囁くように、恋を唄った。
ちょっと意識があったらしい清隆くんは、見たことないくらい赤くなった。
で、その、バレンタインの日に。
桔梗さんの背中を押して。
桔梗さんが告白して。
『……………その、すまない。
二人が、大切なのは、その、本当で。
でも、その、どちらかを選ぶと言うのが、その、難しい、というか』
カチーンときた。
桔梗さんの
そして、三月十三日。
全部が終わって、松雄さんのリムジンに戻る彼の背中に、声をかけた。
『新しい学校で、また会いましょう──!』
ここでお別れなんて、絶対に嫌。
『春は、出会いと、別れの季節なんだから──!』
桔梗さんも、きっと同じだった。
だからあの日、あなたとバスで会えたあの日。
本当はすぐにキスしたかったのよ?
まぁ、流石に、衆人環視の中でやるのは、流石にね。
堀北鈴音は、朝比奈なずなを追い越した。
先頭を走り続ける。後ろには、意識を向けない、が。
それでも、二つの大きな気配が、近づいてくるのが分かる。
『───ごぼう抜き!ごぼう抜きです!飛騨先輩と猫実先輩ごぼう抜き!』
『このまま堀北さんも抜かれてしまうのかぁ!?』
───舐めないで。
『まぁね。堀北ちゃんなら、十回やったら一回は負けるかもね。で、土壇場でその一回を引きかねない強みが、堀北ちゃんにはある』
えぇそうよ。
私は、土壇場で、最後の最後で、清隆くんに勝った。
ここでその一回を引くなんて、それに比べたら、楽なものよ。
『───しかぁし!堀北さん抜かされない!僅かに前を走り続ける!』
『良いんですか⁉︎アンカーでもないのにこんなに盛り上がっちゃって良いんですか⁉︎』
二人よりも、僅かに早く。
私は、バトンを、清隆くんに託した。
「───勝って!」
「───勿論だ!」
傷跡の残る左手で、清隆くんはバトンを受け取った。
「勝てよ〜〜ボス」
「任せなよ。猫実」
「勝ちなさい。学」
「言われるまでもない」
金石先輩と兄さんは、僅かに金石先輩が速く、走り出した。
「雅、ごめんね」
「っ、謝んなよ………っ」
「頼んだわよ!赤羽!」
「あんがとっ‼︎」
「勝ってね。浅野」
「無論だ」
一秒以内に、南雲先輩、赤羽くん、浅野くんが走り出した。
…………朝比奈先輩は、泣いていた。
追い抜かれたことが、そんなにショックだったのだろうか。
私はそっと、左手の傷跡を撫でた。
「……………その、鈴音」
飛騨先輩が、すごく気まずそうに、声をかけてくる。
「わたし、あなたの左側にいたから、気付いたのだけれど…………」
────嫌な予感が、した。
「……………その傷跡って、その。も、もしかして、お、お揃いで、わざと、とか?」
「そんなんじゃないですっ‼︎」
「……………うわー重すぎ。流石に引く」
「だから違いますっ‼︎」
先輩達の誤解を解くのに、それなりの時間が掛かった。
何かに気付いた神室さんが、しゃがみ込んで、サイコロを拾った。
「…………なんでサイコロ?」
「どうせ、うちのボスが賭けたんでしょ。一位の可能性のあるクラスはちょうど六クラスだし。一クラス辺り出目一つ指名で。
で、出目は幾つだったの?」
「えっと、三ですね」
「うっわめっずらし。じゃあボス負けてんじゃん」
「いつもサイコロは六狙いだしね。金石は」
「………兄さんは、多分一だと思います」
「流石。兄のことはよくわかってるじゃない。私も同意見よ」
出目だけで、全てが確定するわけじゃないけれど。
清隆くんなら、多分、一番出やすいとされる五を選ぶでしょうけど。でも。
三を選んだのが、清隆くんだと良いな。
走り去る彼の背中を見送りながら、そう思った。