殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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 体育祭編、完!


綾小路清隆VS赤羽業

 俺にとって綾小路清隆がどんな奴なのかというと。友達で、おもちゃで、そんで、勝てないだろう、怖い奴だ。

 

『君が綾小路くん?初めまして。俺は赤羽業。よろしく』

『あぁ。綾小路清隆だ。よろしく頼む』

 

 最初は俺から話しかけた。あの浅野くんに勝ったってのが、気になったからね。

 それでさ、何回か話しかけてみたんだけど、何も変わんないだよねコイツ。

 

『これ飲んでみて綾小路』

『………あぁ。………かっら』

 

 ハバネロソース仕込んだトマトジュース飲ませても何も変わんなかったし。

 

『ねぇねぇ綾小路。こっち向いて』

『なんだよ…………なんだこれ、雑誌か?』

『にゅやぁぁ!それ先生の雑誌ぃ‼︎』

 

 殺せんせーのエロ本目の前で見せつけても、何も反応しなかったし。

 

『…………なんか綾小路、ハシビロコウみたいだね』

『ハシビロコウって言うと、鳥類ペリカン目ハシビロコウ科ハシビロコウ属のあれか』

 

 その癖、やけに博識なんだよね。

 

『…………なぁ、カルマ。実物見てみたいんだが、どこで見られるんだ?』

『適当な動物園にいると思うけど?』

『…………なぁ、付き合ってくれないか?』

『…………別に良いけど』

 

 そんで、土曜に動物園行くことになって。

 アイツ、改札で足止めくらった。

 

『え、綾小路SuicaとかPASMOとか持ってないの?』

『す、すいか?ぱすも?なんだそれ?電車に乗るのに果物がいるのか?』

『あー取り敢えず切符買って』

『えっと、どこで買えば?』

『隣に券売機あるでしょ。そこで買えば………あぁ違う違うそれチャージ専用のとこ。券売機はもう一個隣で………あぁもう!駅員さんすいません!一回戻ります!』

 

 で、色々教えながら、切符買えて、電車に乗っている間、アイツは、車内中を目を輝かせてみていた。

 

『なぁカルマ、なんで電車には筋トレ用の取っ手があるんだ?』

 

 もしかして吊り革のこと言ってる?

 

『あれは吊り革だよ。ほら、あそこの人、吊り革掴んで立ってるでしょ。あんな感じで、座れなかった奴が、楽に立つためのものなの』

『…………椅子はだいぶあるが、座れない奴もいるのか?』

『まぁ、通勤時間とか凄いからねぇ。多分帰りは座れないんじゃない?』

 

 土曜で出掛ける人とバッティングするだろうし。

 

『…………そんなに、電車に乗る人は多いのか』

『何綾小路。もしかして電車に乗るのが初めてなの?』

『あぁ。そうだな』

 

 まじで?中三にもなって?

 

『ふぅん。随分、過保護なんだね。綾小路の親って』

『過保護、か。…………ある意味では、そうなのかもな』

 

 動物園に着いた綾小路は、電車以上に楽しそうだった。

 …………楽しそうなのに、表情はずっと、変わっていなかった。

 

『俺結構孔雀好きなんだよね。あの羽とか、見てて面白いでしょ?』

『確かに。実物は凄いな』

『綾小路は?好きな動物とかいないの?』

『分からん。見たことないからな。知ってはいるが』

『…………ふぅん。そうなんだ』

 

 もしかしたら、過保護とか、そういうものじゃなかったのかもしれない。

 何となく、そう思った。

 

『あれがハシビロコウか』

『そうそう。鳥類ペリカン目ハシビロコウ科ハシビロコウ属』

 

 ほんと、ハシビロコウそっくり。

 何も変わんない辺りが、特に。

 

『………ライオン、思ったより、デカいな』

『だねぇ。でも烏間先生なら狩れそう』

『………確かに。何だったら群れのボスやってそうだな』

 

 俺と綾小路の脳裏に、百獣の王烏間惟臣が生まれた瞬間だった。

 ライオンの毛皮被ってる。ヘラクレスだ。

 

『………ヘラクレス烏間か』

『………ヘラクレス烏間だね』

 

 お互いに、ちょっとだけ笑ってた。

 コイツが笑うとこ、初めて見た。

 そんで、触れ合い館に行ってみたいっていうから、付き合って。

 アイツ、ハリネズミに夢中だった。

 

『………可愛い』

『確かに』

『見てくれカルマ。コイツ指に抱きついてくる。可愛い』

『だねぇ』

『なぁ、持ち帰っちゃダメか?』

『ダメに決まってるでしょ。堀北さんで我慢しなよ。トゲトゲしてるし実質ハリネズミでしょ』

『………コンパスで刺されても知らんぞ』

『………マジでハリネズミじゃん』

 

 日が暮れるまで、園内を歩き回って。

 そんで、そろそろ時間だから、帰ることにした。

 

『………おーい綾小路。そろそろ帰るよー。フクロウにはまた今度会えるって。何だったらフクロウカフェとかあるし』

『マジでか。そんなところあるのか。次はそこ連れてってくれ。頼む』

『はいはい。何だったら猫カフェとかも連れてってあげよっか?』

『………なんか、女の子みたいだな』

『………もう連れてってあげないよ?』

『すまんって』

 

 そんで、まぁ、電車の中で、綾小路がコンビニにも行ったことがなかったとか知って。

 その日は、駅で別れた。

 

『…………これが満員電車か。精神修行に使えそうだな』

『はっはっはっ。言い得て妙だね』

『今日はありがとうカルマ。楽しかった』

『うん。俺も楽しかったよ。また来週ね』

『あぁ。また来週』

 

 それから、アイツを色んなところに連れ回すようになって。

 確かに、友達ってやつになったとは、思う。

 

 そんで、中間テストの時。

 

『合わせる顔ないって、それでいいの殺せんせー。今みたいに、後ろから襲ってくけど』

『赤羽くんの言う通りね。いくらでも狙えるわよ?』

『そうだな。後ろから狙いたい放題とか、殺してくれって言ってるようなもんじゃないか』

 

 俺は、四位。

 綾小路が一位で、堀北さんが、同率二位だった。

 

 聞いてた通り、綾小路は凄かった。

 でも、その時の俺は、まだ勝てそうだとか、そんな、今となっては馬鹿馬鹿しいこと考えてた。

 

 …………期末テストの時。

 余裕ぶっこいてノー勉で行った俺は、物の見事に完敗だった。

 殺せんせーに死ぬほど煽り倒されて、赤くなりつつも、教室に戻ろうとして。

 …………森の中に入っていく、綾小路と堀北さんを見つけた。

 あの二人は、数学で一位だったし、少し、気になったから。

 後をつけて、盗み聞きして、衝撃を受けた。

 

 同率一位が態と?

 堀北さんならここで一点落とすだろうと予測してた?

 何だよそれ。何だよそれ。

 お前、そんなに化物だったのかよ。

 

 夏休みのホテルで、より顕著に、それを感じた。

 殺せんせーに言われた。行ったところで殺されるだけだって。

 でも綾小路は、それだけの化物を相手に、互角にやり合っていた。防戦一方でこそあったけれど、言い換えるなら、防戦が成立していた。

 悔しいけど、殺せんせーの言う通り、俺だったら、数秒で死んでた。

 

 でも、このままだと、綾小路は削り殺されて。

 俺は、見ていることしか、出来なくて。

 

 堀北さんは、違った。

 

 傷を負っても突っ込んで、それで、二人のコンビネーションで、ブレイドをぶっ倒して。

 …………俺は、堀北さんにも、負けた気がした。

 

 鷹岡を制圧する渚を見て、俺が友達だと思っていた奴が、二人とも。

 俺より凄いことに、初めて気付いた。

 俺は、二人の友達でいられるのか、分からなくて。でも、友達でいたいと思ったから、たくさん学んで、たくさん鍛えて。

 

 そうして、期末テストで、俺は、確かに綾小路に追い付いた。

 ……………なんて、とんでもない錯覚だった。

 

『?計算問題なんだから計算して解くだろう?少しだけ時間が掛かったから、見直しは一回しかできなかったが』

 

 俺や堀北さんは、抜け道を見つけて解いて。

 浅野くんは多分、正攻法じゃ時間が足りなくて。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 自信無くすよね。そりゃ。

 

 だから正直、あいつが赤を──殺せんせーを殺す派でいてくれて、安心したんだ。

 だって、アイツが青選んだら、勝てる気がしなかったし。…………正直、青を選ぶと思ってたから。

 でも、俺はそこでも見誤っていた。

 

 アイツは、自分の感情が分からなくなって、無理矢理、論理的に動いていただけだった。

 

 それに気付いていた、堀北さんと櫛田さんの愛に、打ち倒されて。

 アイツは、ハッキリと変わっていった。

 変わっていくアイツを弄り倒したりしていくうちに、段々と、普通の友達ってやつに、本当になれていた気がして。

 でも、一度もアイツに勝てなかったことは、ずっと、心の中に、残っていて。

 

 この学校に来て、また、アイツは敵になった。

 ……………‥…アイツは、俺のこと、敵だと思ってるのか、分からなかったけど。

 

 渚と綾小路は、多分お互いに、敵だと思っていた。

 綾小路にとっては、あの教室で唯一、自分を殺せるかもしれない生徒が渚で。

 渚にとって、あの教室で唯一、自分が殺せないかもしれない生徒が、綾小路だったから。

 

 まぁ、堀北さんと櫛田さんは、今となっては、綾小路の弱点で、綾小路の天敵になってたんだけどね。

 

 

 だから、さ。

 正直、俺は焦っていた。

 俺一人じゃ、綾小路に勝つなんて、土台無理で。

 いや、泳ぎで一回勝ったんだけど、あれは、割とたまたまで、………ぶっちゃけ、お遊びの延長線上で勝てても、意味なくて。

 で、クラスの連中は、殆ど大したことなくて。

 ちょっとはマシかも、なんて思ってた龍園は、考え得る限りで最悪に近い戦法を、よりにもよって選んで。

 …………だから、全部を壊すことにした。

 普通に考えて、こんなのやっちゃダメなんだけどね。

 でもま、熱でぶっ倒れている間は、別の意味で、熱に浮かされていた。だって、俺は、綾小路に勝てたって、そう思ってたから。アイツの狙いをぶっ壊して、マイナスを限りなく抑えた。

 俺は初めて、アイツに勝てたとか、思ってたら。

 

 …………そしたら、ひよりさんと愛美さんがぶっ倒れたって、聞いた。

 

 後悔した。心から。

 俺は、どこから、間違えたんだろう。

 

『それはですねカルマくん。君がバカだったからですよ』

 

 黄色い触手が、夢の中の俺の頭を、ふにゃんって叩いた。

 …………あのさ。夢の中に出てくるのはまだ良いとして、いきなり馬鹿は酷くない?

 

『いいえ。今のあなたなどバカで十分。大馬鹿と言わなかっただけ感謝しなさい。バカルマくん』

 

 …………うっせ。そんなの、俺が一番分かってるよ。

 

『なら、どうすれば良かったのかも、もう分かっていますね?』

 

 …………そうだね。最初から、頼めば良かった、のかな。

 

『えぇ。その通りです。今のあなたの仲間は、一年Cクラス。もうあなたの仲間は、三年E組ではないんですから』

 

 だからさ。龍園。

 お前が、俺の発破に乗ってくれて。

 俺を、超える(殺す)って、言ってくれて。

 

 本当は、俺の方が、救われてたんだ。

 

 ………バレーの時、アルベルトは、俺の予想以上に、強くって。

 

 俺は、もしかしたら、クラスの奴らを、見誤っていたのかもしれないって、そう思った。

 

 だから、全部、打ち明けた。

 

『───無人島試験でのパンデミック起こしたのは、俺だ。謝って済む問題じゃないのは、ちゃんと分かってるけど、でも。

 ごめん』

 

 C、いや、今となってはDクラスか。

 クラスメイトは、すっかり黙りこくっていた。

 唐突に、一人の生徒が立ち上がって、俺の隣に歩いてきた。

 

『彼に頼まれてウィルスを作ったのは私です。ごめんなさい』

 

 愛美さんはそう言って、クラスの連中に頭を下げた。

 …………うん。俺は、馬鹿だ。

 愛美さんも、巻き込んだから。

 

『顔上げろよ。馬鹿二人』

 

 相変わらず、偉そうな声だったな。龍園のやつ。

 

『………俺からも、悪かった。俺は、きっと間違えた。

 手段を問わない、どんな手を使っても勝つ。

 それは、確かに間違いなんかじゃなくて。………でも、そんな戦い方、きっと、自分の心ってやつを、傷付けるだけなんだって、お前ら見て、そう思った。

 ………俺自身は、一切傷付く事はないだろうよ。俺は、そう言う人間だから。

 でも、付き合わせたクラスの奴らの心が死ぬ。

 …………そんなことに、俺は気付いていなかった』

 

 龍園は、前に出て、俺の隣に並んで、頭を、クラスの奴らに、下げた。

 

『………この一学期、迷惑をかけた。

 悪かった』

 

 そんな俺たち三人を見て、伊吹が、語り出した。

 

『…………ぶっちゃけさ、私らにも責任ってのがあるんだよね。特に私なんて、Bクラスに忍び込んで、色々荒らした癖に、山内に騙され通して、完敗した大戦犯なわけで。

 まぁ、こんなやつを見限って、一人で何とかしようとするのも、無理はないっていうか。

 …………私らに頼っても良いって、そう思わせられなかった、私らの弱さのせいでもあるでしょ』

 

 金田が、眼鏡を直しながら、立ち上がった。

 

『伊吹氏の言う通りです。

 私は、Cクラスに潜り込みながら、何も出来ずに、何も得られずに完敗しました。

 そして私は、龍園氏の作戦を、後押しし続けた。勝つために必要な事だからと、無理矢理納得して。

 この学校では、こういったことも半ば認められているから、と理屈づけて。

 …………龍園氏の言う通り、私や龍園氏は、決して傷付く事などなく、平然と、こういったことができてしまう人間で。

 でも、他の生徒たちは、そういうわけではないのだということに、気付いていませんでした。

 だから、私たちにも、責任は、あります』

 

 真鍋は、話しにくそうに、それでも、話した。

 

『…………ぶっちゃけさ。私、赤羽くんに取り入るつもりだったの。船上試験の時。だって、龍園よりも強そうだったから。

 …………でも、それじゃあ、きっと駄目なんだよね。

 私たちが、強い奴に任せて、それで全部OK、みたいな事してたから、赤羽くんは、一人で悩んで、考えて、苦しんで、………それで、間違いを犯した。

 …………この学校が、実力主義なら、私たちも、私たちの実力で、戦わないといけないのに。

 全部龍園に背負わせて、赤羽くんを暴走させた。

 きっと、私らにも、責任があるんだと思う』

 

 矢島は、勢いよく立ち上がって、俺たちを見た。

 

『………私、ずっと悔しかった。

 陸上部で、飛騨先輩の走りを見てきたから。この人に勝てるわけないって、ずっとそう思ってて。

 でも、赤羽たちは、挑んで、勝った。

 ……………正直、認め難かったけど、でも。

 私も、強くなって、飛騨先輩達に、勝ちたいから。

 だから、もう、龍園に、赤羽に、全部を任せるのは、やめる』

 

 最後に、ひよりさんが、立ち上がる。

 

『………確かに、カルマくんは、間違いを犯して。

 でも、カルマくんがそんな間違いを犯したのは、少しでも、クラスの負けを無かったことにするためで。

 そして、そんな風にクラスが負けたのは、全部を龍園くん達に押し付けてきた、私たちのせいです。

 私は平和主義だから。とか言って、積極的に関わろうとしなくて。でもそのせいで、止められたはずの龍園くんも、カルマくんも、私は止められなかったから。

 私も、ちゃんと戦います』

 

 最後に、坂上先生は、俺の目を見ながら、ちゃんと、聞いてくる。

 

『………赤羽くん。もう、こういったことはしないと、約束できますか』

『うん。出来るよ』

『………良いでしょう。教師としては、君を退学か停学させて、持っているポイントを完全に没収するべきなのでしょうが。

 私個人として、その言葉を信じ、報告は、しないでおきます』

『………良いのかよ。坂上。もし、俺らがまた同じような事したら。そんで、今度はそれがバレたら。アンタの首は飛ぶぞ。………契約書ぐらいは、作るべきじゃないのか?』

『要りませんよそんなもの。間違いを正すのも教師の仕事で、生徒を信じるのも教師の仕事です。前者は、君達はすでに成し遂げたと確認しましたので、後者の仕事をこなすだけです』

『…………ありがとう。坂上先生』

 

 間違いを重ねた俺だけど。

 それでも。

 そんな俺を受け止めて、自分たちの弱さも受け止めたこのクラスでなら、もしかしたら。

 綾小路にも、勝てるかもしれないって、そう思った。

 

 

 大体一ヶ月前の体育館で。

 

『うーん。これ以上の効能を引き出すのは難しいですね』

『いやもう大分十分じゃない?私こんなに動けるようになるんだって、今感動してるもん』

『しかし、Bクラスに勝つにはまだ足りませんね。………人間は、思考に大部分のリソースを割いていると言われています。奥田氏、思考に割いているリソースを、肉体に割り振るような物は、作れますか?』

『………!成程!それは良いアイデアです!早速試してみますね!』

『ねぇ金田。アンタ多分今開けちゃいけない類の扉を開けちゃったよ?どうすんの?私ら人間の本質である思考捨て去ることになるかもよ?一時的だとは思うけどさ』

『何を言いますか真鍋氏。五億に比べれば、一時的に思考を失う事など些事でしょう』

『私は嫌なんだけど?』

『ならば、あちらに混ざってみては』

 

 金田が指し示す先では、赤羽業の手によって、足腰立たなくなるぐらいにしごき倒され、それでもなおいじめ倒される椎名ひよりがいた。

 

『……はー、はー、はー、はー、………す、少し、休憩、を、……』

『駄目だよ、ひよりさん。まだノルマは終わってないからね』

『………も、もう、無理、でしゅ、こ、これ以上は………』

『大丈夫大丈夫。人間思ったよりも丈夫だから』

『ひっ、…………。も、もう、むいでしゅ、………こ、これ以上(のノルマ)は、はいりゃない、かりゃ、ぁ』

『大丈夫大丈夫。まだまだ全然(ノルマは)入るから。もっと(内容を)激しくしていくからね』

『………や、らぁ………。わ、わらひ、こ、こわれちゃ………』

『はっはっはっはっはっ。(筋肉が)壊れても(より強くなって治るから)大丈夫だよ。だからね、ひよりさん』

『………っぁ、かりゅまく、………らめぇ』

『───もっと、(内容)激しくいくよ』

『………っぁ、やらぁぁぁぁぁぁ…………ぁ、………ぁ』

 

 うーん。すっごいセンシティブ。

 じゃなくて。

 

『………いや、椎名と赤羽の間に入るのは、駄目じゃない?』

『許されるのは奥田氏ぐらいでしょうねぇ』

 

 三角関係、というともっとギスギスした感じになるのだが。

 争い事が嫌いな椎名と、恋愛関係に疎い赤羽と奥田だと、あまりそういったギスギスは無いので。

 とても安心して、三人のイチャイチャを見守れるのだ。

 

『お待たせしました金田くんっ‼︎試しに一杯どうぞ‼︎』

『えぇ。頂きます』

  

 そして金田は、ゾンビになった。

 

『…………や、やり過ぎちゃいました?』

『まぁ良いんじゃない。金田の望みだし。私の分もある?』

『い、一応作りましたけど、辞めておいた方が……』

『ま、もうなるようになーれ、って感じで』

 

 真鍋ゾンビの誕生である。

 

『…………これが、私の罪、何ですね…………』

 

 奥田愛美は、治療のために研究開発を重ねていたら、バイオハザードを起こせるタイプの薬を使ってしまった科学者のような気持ちで、ゾンビ達から目を逸さなかった。

 殺せんせーの幻影は、まぁ相手も望んでいたし一時的だしヨシ!と判断して、そこから消えた。

 

『…………はぁはぁはぁ、………すー、はー、すー、はー…………すー、すー、すー』

 

 疲労の余り、体育館の床で、私はそのまま眠ってしまい。

 

 夢の中で、黄色いタコの先生に会いました。

 

『…………あなたが、殺せんせーですか』

『ヌルフフフフフフフ。初めまして。椎名ひよりさん』

『初めまして。殺せんせー』

 

 お互いに丁寧に一礼して、殺せんせーは早速切り出しました。

 というかどの辺りから曲がっているのでしょう。私、気になります。

 

『────あなたのお陰で、カルマくんは、最後の一歩で踏み止まれました。彼の教師であったものとして、礼を言わせてください。ありがとうございます』

『…………私の方こそ、ありがとうございます。あなたのお陰で、大切な友達達と、それから、………その、………す、好きな人、が、出来ました、から』

 

 奥田さんと綾小路くんは、いい読書友達ですし。潮田くんとはよく雑談します。堀北さんと櫛田さんと雪村さんも、…………その、かなり、揶揄って来ますけれど、よ、よく可愛い服とか、オシャレなネイルとか、そういうものを教えてくれる、いい友達ですし。そ、それに、これは夢の中ですし。

 べ、別に、夢の中でくらい、告白しても、良いでしょう。

 そしたら、殺せんせーの目がきらりと光りました。

 

『そこの所詳しく教えてください椎名さん!全くカルマくんも隅に開けませんねぇ。というかいつの間に奥田さんのことあんなに好きになっていたんですか。その辺りも踏まえて色々ネタを知りたいんです椎名さん教えてください‼︎』

『…………何と言いますか、この教師にしてこの生徒ありって感じですね』

 

 これが、本当に夢の中に現れた殺せんせー本人なのか。

 私の想像する、殺せんせーなのかは、分かりませんけど。

 取り敢えず、前者ということにしておきます。

 

 だって、そっちの方が、浪漫があるでしょう?

 

『これからも、彼等の手を離さないであげてください。椎名さん。カルマくんと奥田さんは、二人だけだとどこまでも行ってしまうので。

 渚くんは、こういうとき、あまり止めたりしないタチの人ですし』

『────勿論です。殺せんせー』

 

 私はいつのまにか、入ったことも見たこともない、山奥の教室にいて。目の前には、黒板を背に、大学帽子を被った黄色いタコの先生がいました。

 

『それでは、今日の授業はここまでです。椎名さん。号令を』

 

 ふふふふふふ。

 そうですね。先生との、お別れですものね。

 

『起立、礼。───ありがとうございました。殺せんせー』

『えぇ。では、───また、明日』

『はい。殺せんせー。───また、明日』

 

 私は、不意に目を覚まします。

 目を覚まして気付くのは、私の汗と、彼の汗が入り混じった香りがすることでした。

 何だか恥ずかしくて。でも何処か嬉しくて。私は彼の背中を、より強く抱きしめました。

 ………多分、私は寝惚けていたんです。そういうことにしておいてください。

 

『おはよう。ひよりさん。今日はお疲れ』

『………おはようございます。カルマくん。………いじめすぎです』

『ハッハッハッハッ。明日もがんばろっか』

『むぅ。…………今度、ご褒美下さい』

『ん。じゃあさ、動物園とか行かない?』

『この学校って、動物園とかありましたっけ?』

『まぁ、五億あるし。ポイントある程度使えば、多分外にも出られるでしょ?』

『ふふ。確かに。…………────ねぇ、カルマくん』

『ん、なぁに?』

『夢の中で、殺せんせーに会いました。面白い人でしたね』

『────っ、はははははははっ!何、ひよりさんも会ってたの?』

 

 本当に。

 私も、あの人の生徒になりたかったですね。

 でも、夢の中ですが、一度は授業のようなものを受けたわけですし。

 これからは、私も、『殺せんせーの教え子』ということで。

 

 まぁ、心の中で、名乗るぐらいですけどね。

 

 

 前を走る、堀北先輩と金石先輩の背中を追う。

 二人ともはっやいなぁ。でもま、流石に堀北先輩の方が早いけど。

 内に入り込めたのが、金石先輩みたいだし、そこで何とか互角ってところかな?

 綾小路は、二人から何とか逃げ続けている。

 ……………やっぱ、遠いなぁ。アイツの背中。

 隣を走る浅野くんも、似たようなこと考えてるんだろうな。

 俺と浅野くんは、似たもの同士だった。

 届かないかもしれない。勝てないかもしれない。そもそも、視界に入ることすらも出来ないかもしれない。

 そんな、化物みたいに強いやつの、友達でいたかったやつだった。

 ま、別に強さが同じだから、友達ってわけじゃないんだけど。要は、ちっぽけなプライドの話。

 …………それに、俺、言っちゃったし。

 

『俺が、お前の前に立ち塞がってやる。

 浅野くんを、綾小路を、渚を、堀北さんを櫛田さんを茅野ちゃんを一之瀬を坂柳を葛城を乗り越えた先に、俺がいてやる。

 ───俺はお前にとっての、最強の敵であり続ける』

 

 俺は、龍園にとっての、最強の敵じゃないといけない。

 その、為にも。

 今日、ここで。

 綾小路、お前に、勝つ。

 

 俺の足音は、落雷みたいな音になって。

 自分でもびっくりするぐらいの速さで、前の二人に並び掛けてた。

 

 龍園の時と同じだ。きっと、愛美さんのお陰だ。

 

 大体三十六倍で、それで、やっと、二人を抜かせた。

 これでやっととか、化物すぎ。

 

 そのまま、前を走る綾小路に並び掛ける。

 多分、お互いに、笑い合ってて。

 

『───ゲームをしよう。ちょうど六人だし。一人当たり出目を一つ決めて、どの目が出るか。

 僕は、六を選ぼう』

『ならば俺は一だ』

『んじゃ、俺は五で』

『僕は二を』

『綾小路、赤羽。君たちは、何を選ぶ?』

『俺は、───で』

『残り物には福があるってね。俺は──で』

 

 金石先輩が投げたダイスは、俺たちがバトンを受け取る瞬間ぐらいに落ちたから、出目なんて分からなくて。

 

 でも、俺は、何となく。

 

『凄まじい勢いで伸びて来た赤羽くん!一位の綾小路くんに並び掛ける!』

『堀北会長と金石先輩も迫ってくる!もう数歩で抜かされてしまうぞ‼︎』

『浅野くん、必死に追い縋るが、やや遠いかっ‼︎』

『南雲副会長、着いて行くので精一杯、と言った感じです!何だか顔色が悪いぞ大丈夫か!』

 

 最後に、ダイスが落ちた時。

 

「頑張って!清隆くん‼︎」

「頑張れ!清隆!」

 

 堀北鈴音と、櫛田桔梗が。

 

「負けんなぁ!赤羽ぇ‼︎」

「マケナイデ!カルマクン‼︎」

 

 伊吹澪と、山田アルベルトが。

 

「勝って!綾小路くん!」

「勝ちたまえ。綾小路」

 

 平田洋介と、高円寺六助が。

 

「カッ……テ、ク、ダサイ……」

「マッ……ケン、ナヨ」

 

 ゾンビみたいに、呻き声で、金田悟と、真鍋志保が。

 

「頑張れ‼︎清隆ぁ‼︎」

「逃げ切れぇ‼︎」

「勝てぇ‼︎」

 

 池寛治、山内春樹、須藤健が。

 

「抜かせ!赤羽‼︎」

「勝ってくれ‼︎」

「頑張れぇ‼︎」

 

 小宮叶吾、近藤玲音、石崎大地が。

 

 一年Bクラスと、一年Dクラスの生徒が、お互いのアンカーを応援する。

 

 そして───。

 

(今日こそ、今こそ、綾小路くんに)

「勝って‼︎カルマくん‼︎」

 

 椎名ひよりが。

 

(カルマくんなら、絶対に勝てるって)

「信じてますっ‼︎──カルマくん‼︎」

 

 奥田愛美が。

 

 カルマの大切な二人の声が響く中で、ほんの、僅かに。

 

 

『俺は、四で』

『残り物には福があるってね。俺は三で』

 

 三が出たって、そう思ってる。

 

 

 綾小路清隆よりも、一歩分だけ速く。

 ()()()が、勝利した。

 

 グラウンドが、爆発した。

 

 この瞬間、総合得点で、一年Dクラスの優勝が、確定。

 最低学年の最低クラスが、三年Aクラス(歴代最高)も何もかもを打ち倒し、ひっくり返して。

 下剋上、達成である。

 

「─────何やってんの何やってんの何やってんのボス───⁉︎⁉︎⁉︎」

「あっはっはっはっはっはっはっはっ」

「笑い事じゃない‼︎やばいやばいやばいやばいやばい今すぐ逃げないとやばい‼︎」

 

 猫実詭々は死ぬほど焦った。

 いや、だって、これ。

 

(あたし大戦犯じゃん‼︎)

 

 初めて、そう初めて、三年Aクラス(歴代最高)に勝てるかもしれないところに来て。

 で、個人の勝負を優先して。

 まぁ、そのせいで、負けた。

 

 猫実詭々は、すぐさま逃げようとして。

 気付く。

 

「あ、あははははははははは。ボ、ボスのところ行かなくて良いの二人とも〜〜?」

「それよりも大事なことがあるからね」

「玉紀の言う通りですね。少し、()()しましょうか」

 

 黄乃玉紀と、真白珠莉は、とっても魅力的で、とっても煌びやかで、とっても怖い笑みを浮かべて、猫実の肩を、しっかり掴んでいた。

 残念ながら、逃げ場はない。

 

「だ、誰でも良いから、助けてほしいな〜〜〜」

 

 後輩たちと、飛騨翔子は、そっと目を逸らした。

 猫実詭々は、絶望した。

 

 

 

「やれやれ。世代交代って感じだね。学」

「まぁ、そうだな」 

「───君の理想は、どっちに託したんだい?」

「どちらか、という訳ではない。俺は今年の一年生全員に、俺の理想を託したい」

「そうかい。なら、僕も賭けよう。君の理想が、実現する方にね」

 

 金石博と、堀北学。

 敵にして友にして仲間にして親友は、楽しそうに笑い合って。

 

 その二人の視線の先には、疲労でぶっ倒れならも、心から楽しそうに笑う赤羽業と、それを見ながら、同じように、楽しそうに笑う綾小路清隆がいた。

 

 二人は、きっと。

 敵にして、友にして、仲間にして、親友だった。

 

 

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