体育祭後の保健室では、テーブルゲーム部が揃って、卜部藤乃を心配そうに見守っていた。
傍に座る九重九十九は、俯いていて何も分からないが、それでも、酷く後悔していることだけは分かった。
「…………良かったの、有栖。綾小路と会う約束してたんじゃ?」
「それは後日にしてもらいました。今は藤乃先輩の方が優先です」
「………そう」
一年生の中で、浅野学秀は、口火を切った。
「───九重先輩。『元一年Aクラス脅迫事件』で、あなたは何をしてしまったんですか。
藤乃先輩がどうしてこうなってしまったのかは、分かります。どうして南雲先輩までああなったんですか。
壊したというのは、どういう意味なんですか」
諦めたように。泣き笑いのように。
九重九十九は無理矢理笑った。
「───もし、藤乃に聞かれたらダメだし、外に出よっか」
星之宮に、藤乃を任せて、テーブルゲーム部は、夕陽の差し込む、廊下で。
九重九十九の、懺悔を聞いた。
さて、どこから話そっか。
まぁ、分かりやすく、入学してからにするよ。
藤乃と、それから雀とは、中間の対策で仲良くなってね。
まぁ、元々私はゲームが好きだったし、藤乃も将棋とかそういうのが好きだし、雀もその手のゲームが好きだね。
共通の趣味を見つけてから、良く三人で遊び回っていたよ。
………まぁ、その、私も藤乃も、言っちゃうとアレなんだけど、普通にやりあえるやつってのが少なかったっていうか、殆どいなかったから、楽しかったんだよね。思いっきり全力でやれる友達って。
で、まぁ、中間対策の勉強会のとき、生徒の一人が過去問先輩から買ってきたーてんで、取り敢えずリーダーの藤乃に渡したんだけど、一通り見た後、藤乃はこれいくらだったって聞いたんだよね。
七万ってその生徒が答えたら、一旦テスト預かるって言って、次の日に藤乃は過去問持ってきたんだよね。
今となっては、多分あそこで、過去問が偽物だったことと、それを裏から回してたのが南雲だってことまで気づいてたんだろうね。
ほんと、末恐ろしいよ。
でも、南雲の攻撃を、藤乃は防ぐので手一杯、……………だった、のかな?
…………あれ?今思い返すと、藤乃私たちと普通に遊んでたな。普通にクラスメイトの勉強見てたな。
…………あぁ。もしかして私すっごい勘違いしてたのかも。いや、まぁ、それはそれとして。
とにかく、南雲の攻撃は、一学期の期末テストで、藤乃が負けて、一旦は終わりになったんだけど。
…………夏休みの初め、やけに南雲は、藤乃に近付いてきたんだよね。
私は流石に怪しいって思ってたんだけど、藤乃は大丈夫って言ったんだよね。
本人が言うには、『私への悪感情は見えるけど、罪悪感とかその辺りは見えないし、嘘もついていないみたいだから、大丈夫って』。
んっ、と、良くわかんないよね。えっと、分かりやすく説明すると、借り物競走で、三年Cクラスの蝶乃先輩が、香月先輩にやってたあれ、あるでしょ。
あれ、藤乃なら、初対面でも大体分かるの。
話せば話す程精度が上がるし、その時点で南雲とは結構話してたみたいだし、まぁ、大丈夫かなって、私もそう思ったの。
…………今となっては、そこで止めれば良かったんだけどね。
…………無人島試験で、事件が起きた。
シュウには、もう話したよね。『元一年Aクラス女子脅迫事件』。
藤乃を襲うって脅された雀は、一人で夜の森に行って、…………それで、全部終わったところで、南雲に助けられた。
…………その時は、さ。
南雲を疑うとか、そんなこと考える余裕なんてなくてさ。
迎え入れたDクラスの生徒達どうしよう、とか、雀を今すぐリタイアさせないと、とか、いろんなこと考えててさ。
で、最終日の結果を聞いて、思ったんだよね。
────南雲のせいなんじゃ無いかって。
…………運がなかったんだよね。
船上に、私のパソコン持ち込むとか出来なくて。ほら、シュウ達は見たことあるから分かるでしょ?あれでっかいし場所取るから、運ぶの大変だったよね。あん時はありがと。
…………だから、さ。
あれが、もし学校で行われていた試験なら、私だったら、その日のうちに証拠を捕まえられていた。
まぁ、ハッキングで手に入れた証拠なんて、いくらでも書き換えられるから、学校に提出したところで信憑性皆無だし、跳ね除けられるのがオチなんだけど。
雀と藤乃個人になら、十分に信じてもらえたんだよね。あの二人なら、私のことを信じてくれるだろうし。
………………………いや。雀には、もしかしたら、難しかったかも。
一回、さ。雀に話したことが、あったんだよね。南雲は怪しいって。
そしたら雀、怒っちゃった。
………まぁ、しょうがないよね。雀にとっては、助けてくれた恩人でもあるわけだし。
酷いこと言われちゃったし、言わせちゃったよね。『九十九は良いよねっ!これから好きな人ができても、罪悪感を覚えることなんてないんだしっ!』って。
本当、私、何やってんだよって感じ。
雀も、すぐに冷静になって、なんてこと言っちゃったんだろうって顔してた。
お互いに謝りはしたけど、気まずくなって、それで、すぐに、船上試験が始まってさ。
少しは落ち着かせろって、内心思いながらも、試験をこなしていく中で。
───Bクラスが、三日目に全部終わらせた。
………雀はさ、多分、それで全部気付いちゃったんだろうね。
思い詰めた顔で、南雲の部屋に行って。
心配した藤乃がついていって。
………私が、そこについた頃には、雀はひたすら謝ってて、藤乃は、泣いてた。
………私は、南雲を、殺してやりたいって、そう思ったの。
………学校に戻ってすぐに、私はハッキングして、南雲の証拠を全部掴んで。
学校に提出しても意味無いんなら、ネットに流そうとして。
………そうしたら、藤乃は?クラスのみんなは?
こんなの、外に出したら学校の全部が終わる。冷静になって、ダメだってなったの。
だから、登校できなくなった藤乃の代わりに、桐山と一緒に、何とかクラスを運営してて。
でも、南雲の攻撃は、どうしても防げなくて。
怪我人も何人も出始めて、体育祭での勝利は、絶望的になった。
もうさ。色んなものに、腹が立った。
藤乃にできたことが出来ない、私の弱さに。
勝手に飽きて、放り出した鬼龍院に。
何より、南雲のこれを、強さとして、実力として、認めるだろう学校に。
で、さ。
ある日、鬼龍院が部屋に来て、言ったんだよね。
『良い加減藤乃を何とかしたい。手を貸せ』って。
何を勝手なって思ったけど、それ以上に、私も、どうにかしたかったから。
…………雀が学校を去るとき、私と藤乃は、見送ったんだけど。
…………雀は、最後まで、謝ってて。
それで、その日から、藤乃は部屋から出てこなくなっちゃった。
…………私は、スペアキー貰ってたからさ。ちょうど、隣の部屋だったし。
勝手に上がり込んで、ご飯作って、無理矢理食べさせて。
でも、私じゃ、藤乃を立ち直らせることはできなくて。
その日も、部屋に入ってご飯食べさせたけど、それだけで。
じゃあ、雀に、連絡しようって思ったの。
ちょっと悲しいけど、多分藤乃にとって、雀の方が、私よりも、ちょっとだけ、大切だったから。
雀の声なら、届くかもって思ってさ。
そこで、九重は、詰まった。
皆を代表して、占藤は、声を掛ける。
「───九十九。辛いなら、話さなくても」
「大丈夫。大丈夫、だから」
…………ちゃんと、全部、話すね。
雀は、ね。
自殺、しようとしてたの。
飛び降りて、頭を強く打ち付けて、で、今、植物状態。
…………目覚める可能性は低いって、カルテに、そう書いてあった。
もうさ。もう。笑うしかないよね。
馬鹿みたいに笑いながら、馬鹿みたいに泣いてた。
これが強さかよって、そう心から思った。
そばで見ていた鬼龍院は、何も言わなかった。言えなかった。
……………私は、さ。
もう何もかも全部どうでも良くなって、でも、関係ない生徒の人生をめちゃくちゃには、したくなくって。
だから、南雲を、南雲の周りを、ぶっ壊してやろうって、そう思ったの。
鬼龍院は、私の考えを聞いてね、『どうするつもりだ』って、そう聞き返して来たからさ。
私、こう答えたんだよね。『いるじゃん。南雲の聖域。南雲の幼馴染で、色んな女子を取っ替え引っ替えしてる癖に、一向に手を出さない、特別なやつ』。
………でさ、こう続けたの。『そいつが、全部知ったらさ、南雲はどう思うかな?』って。
「…………だから、朝比奈先輩は、泣いてたのね」
共に走っていた、神室は、真相に行き着いた。
負けたことが、悔しかった、だけじゃない。
南雲の様子と、朝比奈の様子を踏まえれば、自ずと答えは出てくる。
つまり───。
「朝比奈先輩は、全部を知った。九十九先輩に、全部、教えられた」
幸村が、続ける。
「………だから、きっと、朝比奈先輩は、強くなろうとしたのか」
「………でも、猫実先輩に、相手にならないって言われて、実際に堀北に追い抜かれて、先輩達に追い抜かれて、私たちに並ばれて」
「………人一人背負った妾に完敗したのも、相当、効いただろうな」
二百メートル走を思い返しながら、桃井は、そう口にして。花咲は朝比奈に心から同情した。
「………まぁ、朝比奈ちゃんは、完全な被害者だね」
「………でも、本人は、きっと、被害者だって、思っていないと思います………」
狐判のその言葉に、でも、佐倉と長谷部は、何でそうなるのか、良く、分からなくって。
「え、えっと、どうして、そうなるんですか?」
「う、うん。私だったら、南雲引っ叩いて、絶交すると思うけど」
坂柳は、静かに、二人の疑問に答えた。
「………きっと、朝比奈先輩にとって、南雲先輩は、大切な人でもあったんです。
………だから、南雲先輩に、そんな選択を取らせてしまった、自分の弱さを、悔いた」
浅野は、続ける。
「………あの二人は、幼馴染だと聞く。
………もし、僕と有栖の実力に、大きな差が、あったとして。
………それで、有栖が、勝てないかもしれないやつに勝つ為に、自分の手を、汚したとしたら。
………僕はきっと、自分を責める。
同じクラスだったのに。幼馴染として、ずっと一緒にいたのに。
どうして、力になれなかった。どうして、間違える前に、頼られなかったって」
うん。シュウの言う通り。
私も、そうなると思ったから、朝比奈に全部をぶち撒けた。
匿名で、南雲が、Dクラスの男子二人に、指示した録音データを、加工を外して、送り付けて。
私は、南雲の端末をハッキングして、こっそり通話を繋げて、観察してた。
………鬼龍院は、止めはしなかったけど、すぐに、部屋から出ていった。
部屋を出る前に、私、鬼龍院に言ったんだよね。『止めないの?』って。
そしたらアイツ、こっちに顔向けずに、こう言った。
『止めはしない。きっと、お前には、それをする権利がある』って。
復讐は、蜜より甘い。
本当に、そうだったよ。
集中したかったから、ヘッドホン付けて、パソコンの通知も、全部オフにしてた。
朝比奈が、最初に、真実を聞いてさ。
南雲も、最初のうちは、面倒だなって様子だったんだけど、すぐに、壊れ出した。
………きっと、朝比奈が、泣きながら、謝ったから。
段々ぶっ壊れていく南雲の様子は、聞いてるだけで、さいっこうに、楽しかった。
アイツが朝比奈に、震える声で出ていってくれって懇願した時は、笑いすぎて腹が捩れるところだった。
アイツが部屋中を荒らしまわってるのを聞いて、楽しかった。机をバンバン叩きながら、爆笑してた。
ベッドに飛び込んだ、枕に顔を埋めながら、それでも、笑い声は収まらなくて。
面白すぎて転がり落ちて、でも止まらなくて、部屋中笑いながらゴロゴロ転がって。あちこちに頭と背中ぶつけて、痛くて、でも、笑いながら、止まらなくて。
最後に、アイツが吐いた瞬間には、感動のあまりスタンディングオベーションしてた。
さいっっっっっっこうの喜劇だった‼︎
脚本家は私‼︎演出家も私‼︎監督も私‼︎
主演男優は南雲雅‼︎助演女優は朝比奈なずな‼︎
私による、私の為の、私だけの、さいっっっっっこうの、エンターテインメント‼︎‼︎
もう、もう‼︎楽しくって愉しくって、仕方がなかった‼︎
テーブルゲーム部は、思い出すだけで、恍惚とした狂気の笑みを浮かべる九重に恐怖して、そして、悲しくなった。
だって、このお話が、ハッピーエンドで終わるはずがないから。
………それで、さ。
私は外に出て、三日月を見上げて。
眠ったままの雀と、部屋に篭ったままの藤乃に、心の中で、やったよって。
二人をぶっ壊したやつを、私がぶっ壊してやったんだって。
そう、思ってたらさ。
………私の目の前で、逆さまになった藤乃が、落ちていった。
テーブルゲーム部は、一人を除いて、全員が心から驚愕して。
驚かなかった一人、桃井は、辛そうな顔で、でも、納得していた。
………あの時は、ありがとう。緋音。
「………気にするな。当たり前のことをしただけじゃ」
みんなは、不思議に思わなかった?
何で緋音は、去年目立たなかったんだろうって。
緋音はね、怪我してて、去年の体育祭に出られなかったの。
でも、今日の様子を見るだけでも分かると思うけど、緋音は転んだぐらいじゃ怪我しない。
………南雲が手下を向かわして、怪我させようとしても、緋音を怪我させるなんて、出来るわけない。ま、そもそも去年のその時期は、ノーマークだったんだけどね。それは今年もか。
………そんな緋音が、何で怪我したのかって言ったら、
私はさ、それはもう情けないぐらいに大慌てで、何度か階段から転げ落ちながら、藤乃の元に向かっていって。
玄関で、気を失った藤乃を抱えた緋音に遭遇した。
「………やけに慌てておったな、とは、思っていたんじゃ。
………その時は、うっかり足を滑らせて落ちた友達を、心配してたんじゃろうと、思っていたんじゃが。
………そんな、ことが」
………うん。藤乃は、飛び降りたの。
多分、衝動的に。
何で、何でって思いながら、藤乃を背負って、必死に、部屋まで戻ってさ。
鍵も掛かっていなかったから、開けて、部屋に入ってさ。
…………私は、やっちゃいけないことをしたことに、気付いた。
佐倉は、涙を溢していた。
長谷部は、俯いていた。
幸村は、何を言えば良いのか、分からなくて。
神室は、そっと、目を逸らして。
坂柳は、ちゃんと、九重を見ながら。
浅野は、静かに、手を、強く握りしめて。
…………藤乃の部屋はね。足の踏み場もないくらい、荒れてたの。
…………ご飯作りに、部屋に入った時は、そんなこと、無かったのに。
花咲は、何も言えずに、天井を見上げて。
狐判は、俯いて、嗚咽をこぼして。
桃井は、暗い、無表情で。
占藤は、そっと、九十九の肩に、手を添えた。
「…………もう良いのよ。もう、分かったから」
「…………ありがとう。メメ先輩」
…………でも、ちゃんと、全部。
私は、話さないと、いけない。
…………藤乃の部屋の、カーペットにはね。
乾いていない、吐瀉物があった。
…………何が、あったのか、なんて。私に、分からないはずなかった。
だって、私は、同じような部屋を、作った直後だったから。
そう。私は、気付かなかった。
隣の部屋、だったのに。
藤乃が、部屋を荒らしまわっていたなら、私は気付けた筈だった‼︎
隣の部屋なんだから、すぐに気付けた筈だった‼︎
藤乃の様子が尋常じゃなかったから、鍵が開いたら、私のところに通知が来るようにしてたのに‼︎
でも、…………私はっ…………‼︎
南雲に、復讐する事に、夢中で………‼︎
ヘッドホン付けてたから、隣の異変なんて気付かなくって‼︎
復讐の邪魔にならないように、通知切ってたから、藤乃が鍵を開けた事に気付かなくって‼︎
もしかしたら、もしかしたら………、私の笑い声が、最後の、トドメになったんじゃないかって、思って………‼︎
私は‼︎私、は………‼︎
「自分の愉しさの為に、親友を殺すところだった‼︎」
九重の絶叫は、廊下中に響いた。
テーブルゲーム部の、後輩達も、九十九の、友人達も、何も、言えなくて。
占藤はそっと、九十九を、抱きしめた。
九十九は、泣きながら、話し続けた。
藤乃を、寝かして…………。
部屋を、掃除して…………。
そこで、あるものを、見つけちゃったの。
三人で、映画を見に行った日にね。
私と、藤乃と、雀で、写真、撮ってたの。
…………………その、写真は、ね。
びりびりに、破かれてた。
衝動的に、藤乃が、やっちゃったんだろうね。
………………そして、私は。
その日は、藤乃の部屋に泊まって。
朝、藤乃が、目を覚ましたときにね。
…………謝ったの。『ごめん。藤乃』って。
そしたら、藤乃、吐いちゃった。
…………ベッドを、掃除しながら、私、何の因果だろうって、思ってた。
…………藤乃と、南雲は、同じトラウマを、抱えて、いた。
…………私は、やっちゃいけないことをした。
…………これが、私が、『元一年Aクラス女子脅迫事件』で、やった全部。
…………私の、罪。
「…………私は、きっと、最低だった」
夕日の差し込む、廊下の中で。
一人の罪人の、懺悔が、終わった。