自己評価ではあるが、私は、俗に言う天才の部類に入る。
でも、私よりも凄い人なんて、幾らでもいて。
身近な例で言うと、お母さんはそうだった。
『ねぇ。お母さん。えーあいって、なに?』
『そうねぇ。私たちの、新しいお友達の形よ』
お母さんのパソコンに映るプロトコルが、綺麗だと、思ったから。
『───これ、藤乃が作ったの?』
『うん。お母さんがやってるの見て、あと本とか読んで、やってみた』
『すっごいのね!藤乃!天才!』
『て、天才?わ、私、天才、かしら?』
『うん!もしかしたら、私よりも!』
まぁ、多分、お母さんだから、持ち上げていただけだろうけど。
お母さんの研究は、とても順調だった。
ある時は、ノルウェーのAI開発グループから、共同研究の話が持ち掛けられて。
最新式の軍事AIのプロトタイプとか、作っていたらしい。
で、その、お母さんみたいになりたかったから、たくさん勉強して、椚ヶ丘に、主席で入学した。
それで、新入生総代として、挨拶した時に、堀北先輩に会った。
『今年の新入生総代を務めさせていただきます、卜部藤乃です。よろしくお願いします。堀北学生徒会長』
『───あぁ、よろしく頼む』
初対面の印象は、何だか、堅苦しい人だなって。
それで、この学校で、公然といじめが認められている、特殊な学級があることを知って。
何だかなぁ、とは思いつつ、でも、積極的に変えたいとは、思えなくて。
『うぐっ、』
『全く、E組の分際で、何邪魔したんだよこのバァカ』
『とっとと旧校舎に戻りなよ。私たちの通り道なの』
『………すいません、でした』
雨天の中で、通学路で邪魔したとか、言いがかりをつけて三年E組の男子の先輩を、踏みつけにする先輩カップルを見かけた。
………醜い。
………本当に、醜い。
でも、止めようとまでは、思えなくて。
『失礼します。先輩方』
そんな先輩に、声を掛ける堀北会長を、見つけた。
『………何のようだよ。堀北』
『いえ。先輩方ならば、私の公約は、知っているでしょう?』
『E組制度無くすとかいうやつか?………お前、理事長のお気に入りだからって、調子乗んなよ?』
カップルの男の方が、胸ぐらを掴んで、引き寄せようとして。
一瞬で関節を決められて、抑えつけられた。
『…………失礼。正当防衛の範疇であると、判断したので』
『っ、てんめ、A組の俺に、何を⁉︎』
『A組だから、何ですか?それに、怪我はしないように加減していますし』
『あ、あんた、何考えてんの⁉︎』
『私の公約は、E組廃止です。ならば、目の前で行われているE組へのいじめを見逃すことは、公約違反となってしまいますので』
『…………っ、そもそも、何だって、お前なんかが、生徒会長に……!』
『まぁ、選ばれたからでしょうね』
『…………もう良い。堀北。………その、助かった』
何だか、凄いものを見たのかもしれない。
少し、堀北先輩に、興味を抱いた。
そうして、次の日に、私は生徒会に訪れた。
『………何のようだ。卜部』
『その、堀北先輩が、E組廃止を公約に掲げていると聞きました。………どうして、ですか?』
『………卜部は、どう思う?』
どう思うって、言われても、その。
正直。
『どうかと思う、とは、思います』
お母さんは、よく言っていた。
人は皆、平等なんだと。
その、私のお父さんは、ずっと、体が弱かったから。
その代わりに、底抜けの優しさを持っているんだって。
…………人よりも小柄で、身体的に弱い私にとって。
それは、心の中に、支えとして、確かにある。
『………人を、踏み付けにすることを前提とした学校は、おかしいって、思います』
『───ふっ、合格だ。ならば、生徒会に入るか?』
うん。そうだ。
私は、お母さんに、自信を持って、向き合いたいから。
『───はい。そうします』
それで、理事長と会うことになった。
『今期の生徒会は、私に反逆するリーダーを中心に、この学校から見れば、異端児が多い。
本来なら、君たちをE組に落とすところですが。
────学くんに免じて、君たちを、認めましょう。
君たちが、私に、強さを示し続ける限り』
何だか、怖い。
そう、心から思った。
………でも。
『────俺は、あなたに、返しきれない恩がある。
あなたを超える。…………これが、俺に出来る、恩返しです。浅野先生』
もしかしたら、この人なら、超えられるかもしれないって、そうも思った。
『でね!堀北先輩凄いんだよ!お父さん!あんなに怖い人に、面と向かって超えますって!』
『そうか。藤乃が、凄いと思う人に、会えたか』
『うん!私、生徒会、頑張るね!』
『あぁ。頑張ってくれ。藤乃』
それから、私たちの生徒会活動は、とても大変だった。
まぁ、その、生徒会長に選ばれたのは、公約以上に、堀北先輩の、圧倒的な実力が認められてのことだったから。
生徒の大多数は公約に反発していた。
だから、それ以外の仕事は、完璧以上にこなし続けて、生徒達の信頼と、信用を稼いでいく。
例えば、今年の学園祭だと。
『───成程。本格的な、スポンサー介入か』
『はい。学園祭で売られる飲料品、食料品、その他に関連したスポンサーを付けることで、模擬店の規模とクオリティを引き上げる方針です』
『うむ。本校舎の方は、この方針で良いだろう。スポンサー企業は、卜部の選定した企業に、俺の方から話を付けておく。
E組の方はどうだ?』
『万事順調です。E組の方でも、旧校舎の裏山を利用した、ハイキングコースを予定しています。E組の通学である程度の土地勘のある先輩方の協力のもと、家族連れが自然と触れ合えるイベントとして計画しています。
まぁ、その分、利益は少ないんですけど』
正直、あの裏山は、東京にあるとは思えないぐらいの自然の宝庫だ。
ここでの教育は、普通だったら、とても楽しいものになるかも知れない、と思う。
まぁ、生物学とか、地質学とか、その辺りに興味を持つ生徒だったら、の話なんだけど。
…………何だか、ちょっと、勿体無い気もするなぁ。
『ふむ。裏山の自然を応用した、家族連れ向けのハイキングコースか。悪く無い、いや、E組の立地を踏まえれば、最高のプランだ。
よし、俺も実際に裏山を見て回ろう。
スタンプラリーを置いてみるのも、悪く無い』
『確かに。スタンプラリーなら、子供受けも良さそうですしね。
…………問題は、そもそもあの山を登ってくれるのかって、所なんですけど』
『………人力車、という手もあるか……?』
『えっと、多分あの山を人力車で登れるのは、堀北先輩ぐらいだと思いますけど』
『………ふむ。E組の先輩達に、自転車での台車を協力してもらえないか?』
『はい。取り敢えず、話してみますけど』
正直、今回の学園祭で、私がどれだけ働きかけても、E組の半分ぐらいの生徒は、協力してくれない。
担任の
『………一番の問題は、やはりそこか』
『………はい。こちら側から、どれだけ働きかけたとしても、あちら側が、動いてくれない限りは』
『………いっそのこと、来年は俺がE組に落ちるのもありか?』
『………それだと、堀北先輩の代のE組は、多分A組も超えるでしょうけど。
代償として、来年からのE組へのあたりが、より強くなると思います。
堀北先輩が、一年で完全撤廃できると、本気で思えるなら、話は別ですが』
『今のは冗談だ。忘れてくれ。
この学校の生徒会長は、やれることが多い。これを生かさない手はない。
まずは本校舎の生徒達の理解を集める。その為に、この学年祭、確実に成功させる』
『目標としては、去年の百二十%辺りでしょうか?』
『────いいや、百五十%だ』
『────分かりました。そこを目標に、スケジュールを組みます』
普通だったら荒唐無稽。
1.5倍なんて、到底達成できるはずがない目標なんだけど。
その年の学園祭は、過去に類を見ない大成功。
何だったら想定以上過ぎて、目標は一日目で達成しちゃった。
まぁ、当然だ。
中学の学園祭のレベルじゃない。
もうこんなの、企業でやるイベントみたいなものだ。
学校中を見回っていると、車椅子のお父さんと、それを押しているお母さんがいた。
『あっ、お母さん!』
『藤乃!頑張ってるのね』
『うんっ!』
『凄いなぁ椚ヶ丘は』
『ねぇ。ふふ。娘がこんなに凄い学園祭の運営をしているなんて、お母さん誇らしいわ』
『もう。褒めすぎだって………ちょっと、待ってね』
インカムから、通信が入ってくる。
成程。迷子。母親と逸れた。小六。女子。黒髪。場所は、本校舎。
『───分かりました。私が対応します。──ごめん、仕事入っちゃった。楽しんでね!』
お母さん達に手を振りながら、私は、すぐにその子を探しに行った。
『ふふ。何だか、とても楽しそうね』
『そうだな。良い学校だ。本当に』
えっと、二年B組のお化け屋敷で見失った。性格は落ち着いている。校内に兄がいる。兄の年齢は十四、つまり二年生。
つまり、兄を探そうとしている可能性が高い。
だとしたら───。
『…………人が沢山見える場所。渡り廊下』
予想通り。
渡り廊下のガラスにおでこを張り付けて、階下を見ている女の子がいた。
『麦わら帽子。黒のセミロング。白とピンクのワンピース。青のサンダル。特徴は以上でしたか?』
『あぁ。それで間違いないらしい。………いや、まさか、な』
『………?堀北先輩?どうかしましたか?』
『何でもない。対応を頼む』
『了解しました』
私はその子に話しかけた。
まぁ、その、悔しいことに、私の方が背が低い。一歳年下なのに。
『ねぇ、そこの君』
『………生徒会の人が、何か用かしら』
………思ったよりも賢いな。この子。多分腕章見て気付いたんだろうな。
………さっきの堀北先輩の言葉。
目の色は堀北先輩に近い赤。髪色も殆ど同じ。顔立ちも似ている。
………もしかして。
『ねぇ。君が探しているお兄さんって、堀北学さん?』
『………!よ、良く、分かったわね』
『そう。お兄さんはね、今、生徒会室の方で色々と対応中なの。そこで探していても会えないと思うよ?』
『そ、そう、なの』
しゅんとしちゃった。可愛い。
さて、お仕事を果たすとしますか。
『迷子の子供は、一度生徒会室に案内するの。お兄さんに、会いたい?』
『あ、会いたい、わ』
『よし。じゃあ行こっか』
通信を入れながら、すぐさま手を引いて、生徒会室に向かうことにする。
後ついでに。
『───堀北先輩。一時的で良いので、先輩の代役は私がします。先輩は、時間を作って妹さんと、学園祭を回ってあげてください』
『俺らの方でも、卜部をフォローしとくから、妹とちゃんと遊んでやれよ』
『そうそう。迷子になってまで探していたのよ。まだ小学生なんだし、それぐらいはしてあげなさい』
『………しかしだな』
『言い訳無用です』
『言い訳無用』
『言い訳無用よ』
思わず笑っちゃった。
うん。でも、家族の時間は、ちゃんと、大事にね。
生徒会室で、私は堀北先輩の仕事を引き継ぎつつ、妹ちゃんと学園祭を見て周りにいく堀北先輩を見送った。
E組のハイキングコースはどうだろう。
『雪村先生。旧校舎の方はどうですか?』
『家族連れがそれなりに来てくれているわ。みんな、少しだけ、やる気になってくれたみたい』
『それは何よりです』
さて、生徒会長がこの学園祭でこなすことになった仕事は、多岐にわたる。
迷子の対応。揉め事の仲裁。違反の報告。エトセトラエトセトラ。
正直先輩方のフォローが無ければ対応しきれなかった。
やっぱり堀北先輩は凄いなぁ。
と、そこで、理事長が生徒会室に視察に来た。
『浅野理事長。お疲れ様です』
『お疲れ様です。卜部さん。前年度と比べて、相当な盛り上がりを見せていますね』
『そうですね。このペースだと、目標の前年度の1.5倍は、今日中には達成します。
明日も踏まえると、そうですね、凡そ前年度の2.5倍に落ち着くと思います』
『………ふむ。何故、2.5倍だと?』
『スポンサーのお陰で、在庫に余裕はありますが、このペースだと、この在庫でも足りなくなるでしょう。
食料品関係の在庫が無くなれば、それで、売上のペースは大きく下がります。
その他のアトラクションの売り上げの推移は、今のところ前年度の売り上げ総額に迫るので、在庫切れまで売り切れた食料品の分も追加で、凡そ2.5倍だと思います』
『なぜ、アトラクションの売り上げの推移が分かるのですか?』
『来場者の人数と、ゴミ袋を変えた回数ですね。
記録されている限りだと、七十リットルのゴミ袋が、各校舎に設置されているゴミ箱合計二十八個で、合計十七回交換されています。
大体千百九十リットル分のゴミが出ているわけですが、このうち校外から持ち込まれたペットボトルが大部分を占めるだろうゴミ袋二袋分を除いて、千五十リットル分の串や包み紙で、それは元々用意されていた総数の凡そ三割程度に位置します。
そして、一人当たりが出すゴミの量は、凡そ三百グラム程度。大体0.3リットルですね。これに合わせると、三千三百人程度が食料品を買っています。
来場者は凡そ一万人なので、全体の三割弱ですね。
残りの七割強は基本的にアトラクションに回っていて、前年度の比較では、これはこの時間帯での入場者数と同等です。
なので、アトラクションでの売り上げは、このペースでいけば、前年度の文化祭の総額に近いところに位置する、と予想しました』
『ここ三時間のチェックデータ来たわ。誤差としては、凡そ総額でプラス五千二百六十円程度ね』
『どのクラスのどの出店で誤差が出てましたか?』
『一年C組のホットドッグ、二年B組のジェットコースターで、プラス千二十円の誤差がそれぞれ出ているわね。
高等部だと、三年D組がワッフルでプラス四百円。一年A組がペーパークラフトでプラス六百二十円。一年D組のメイド喫茶と一年C組の占い館がそれぞれ千百円ね。
マイナスはないのだけが救いよ』
『分かりました。三時間分のレシートの回収を忘れずに。後で確認しておきます』
『しかし、確認したところで、返金の手段は無いのでは?』
『もし過払いに気付いて連絡が来た時にすぐさま返せるようにしておくだけでも、来年度の来客が見込めます。
商売の基本は、信用なので』
『………成程。学くんが、生徒会に誘うわけですね』
学園祭といえど、実際に金は動く。
なら、レジ金チェックとレシートの保存は当たり前に行うべきだ。
うちの生徒の平均能力なら、それが出来る。
それから。
『少し失礼します。理事長。────もしもし。はい。現在代理で責任者を務めています卜部です。はい。追加発注を頼みたいんですが。はい。メールの方で、必要な種類と数の方は送らせていただきました。はい。よろしくお願いします』
『………成程。食料品の在庫が無くなる前に、追加発注をしておく、と』
『えぇ。学園祭で品切れは致命的に近いです。品切れの出店が増えれば増えるほど、客足は遠のきます。
メモしたクラスに連絡しておいてください。追加発注分を受け取ってもらうようにお願いします!』
当たり前のことを、当たり前に。
完全無欠に、完璧に、完膚なきまでに成功させて、───全校生徒を味方につけて、あなたを、超える。
これが、私たちの戦いです。浅野理事長。
『────お見事、とだけ、言わせてもらいましょう』
しかし、君たちは、些か、甘いですね。
『君たちの強さでは、私には、届かない』
学園祭はこれ以上ないぐらいの大成功を見せて、成功の立役者で、過去最高の売り上げを達成した、堀北先輩の評価は鰻登り。
だけど。
私たちは、届かなかった。
きっと私たちは、生徒たちの欲望を甘く見ていた。
E組の廃止を求める署名活動は、結局、全校生徒の四割にも届かず。
第二期堀北学生徒会は、無念のまま、幕を下ろした。
『………何が、いけなかったんでしょう』
『………主体を間違えた』
『と、言うと?』
『今回の学園祭の成功。これは、確かに生徒たちからの支持を多く集める結果になった。来期もまた、俺が当選出来るだろう』
『椚ヶ丘史上初、三年連続生徒会長、ですか』
『………だが、今回の成功は、俺たち生徒会の活躍によるものだ。………E組は、売り上げに貢献したとは、どうしても言えない』
『………ハイキングコース以上の、それこそ、飲食店なら』
『あぁ。もしE組が、クラス売上で上位に食い込めれば、話は変わっていたのだが』
『あぁ、そう言えば、今年も一位は堀北先輩のクラスでしたね。おめでとうございます』
『そう言う卜部こそ、二位だろう』
『みんなのお陰です』
私が何かしたわけではない。
ただ、みんなが頑張っただけだ。
『今年度はお疲れ様でした。堀北先輩』
『あぁ。来年度もよろしく頼む』
そうして、堀北先輩の最後の生徒会が、幕を開けて。
その前に、思わぬ敵が、乱入してきた。
『勝負しましょう。堀北先輩』
支配者の血族らしく、何処と無く傲慢で、しかし、強烈な威圧感を持ちながら。
『今年の会長選、勝つのは僕です』
浅野学秀が、私たちに、勝負を挑んできた。
………まぁ、普通に勝ったんだけど。
『馬鹿なっ、こんなっ、ことがっ』
『一年生を掌握したその手腕は、見事と言っておくが。
シンプルに実績の差だな。学園祭での大成功という実績を持つ俺たちと、理事長の息子、という肩書きしかなかったお前とでは、二年生三年生からの支持に、大きな差があって当然だ』
『ぐっ………』
でも、この短期間で、一年生をまとめ上げるその実力は、尊敬に値する。
『ふむ。生徒会に、入ってみないか、浅野』
『…………っ、良いでしょう。業腹ですが、あなたのもとで、あなたを超えてみせます!』
ただ、二歳差だし、たぶん、妹さんも、この学校にいるのだけれど。
何故だか、堀北先輩は、妹さんは、誘わなかった。
………なんで、だろう?
兎にも角にも、堀北先輩は、本気で、E組廃止の為に動いていて。
雪村先生と一緒に、積極的に、E組の生徒と関わって。
少しでも、彼らの意識改革に努めていた。
頻繁に旧校舎に向かうようになったから、必然、基本的な生徒会長の業務は、私がこなすことになった。
私は会計兼副会長として、校内の管理諸々をやっていたのだけれど。
少しだけ、違和感を覚えた。
一年生、二年生では、ごくたまに、生徒同士の諍いが起きたりするんだけど。
三年生では、殆ど起きない。
だって、E組という、公然と認められたターゲットがあるから。
クラスに慣れてきた一学期中盤からは、一、二年生でも、諍いが起きなくなった。
『…………成程。
『…………はい。恐らくは、
『それが父、いえ、理事長のもう一つの狙い、というだけでしょう。負け犬の五%を徹底的にサンドバッグにすることで、いじめを防止しつつ、生徒の意欲向上を図る。
理事長らしい、合理的な策です』
浅野くんのいう通り、確かに合理的だ。
『……………暴力沙汰などの、度が過ぎる現場に居合わせた時は、理事長も直接止めに入ることが確認されました。
目撃者からも、証言が上がっています。
『E組の先輩を、泥の中に片膝をついてまで助けた。なんて素晴らしい人なんだ』、とか。
『『エンドのE組』であっても手を差し伸べる理事長やっぱりステキ!』、とか』
『あの卜部先輩。父へのそういう証言をこの場で読み上げるのはやめて下さい。なんだかむず痒いです』
…………うん。これは、配慮が足りなかったわね。
『………ふむ。理事長の、いじめへの怒り、或いは殺意とでもいうべきものは、非常に強いようだな』
『えぇ。だからこそ、解せません。
これほどにいじめを嫌うような人が、何故、公然といじめを認めるような、E組制度を………?』
『………浅野先生には、きっと何かがあった。
───その何かには、いじめが、関係している』
………確かに。
そう考えると、辻褄が合う。
『………浅野。家での、浅野先生の様子はどうだ?』
『………特に何も。家でも常に教師で居続けています。ほんと、母さんがいなければ、家の中が息苦しいったらない』
『ふーん。浅野のお母さんで、理事長の奥さん、ねぇ。
………なんだか、その、気になるわね』
どんな人なんだろう。
あの浅野理事長が、人生の伴侶に選ぶような人だしなぁ。
『基本的にはしっかりもので、いつも明るい、そんな母ですよ。ま、卜部先輩を遥かに超えるぐらいには、女性的な魅力に溢れていま───ガッ、イッタタタタタっ』
とりあえず、アイアンクローだ。
私の身体は女性的な魅力に溢れていないんじゃなくて、可愛らしさという女性的な魅力に溢れているんだよ。
お、わ、か、り?
『は、はい………。すいませんでした………」
『…………その、女性へのそう言った言動は、やめた方がいいぞ』
堀北先輩は、私が集めた証言を纏めたプリントを見ながら、顔を上げた。
『────浅野先生に何かがあった。その何かを突き止めることができれば、E組廃止に近づくかもしれん。
卜部、浅野、今週の土日を貰うが構わないな』
『勿論です』
『まぁ、構いませんが』
私たち三人は、土日を使って聞き込みを始めたんだけど。
そこで、信じられない情報を得た。得てしまった。
『───これが、浅野先生だと?』
『………家でも見たことありませんね。こんな穏やかな笑顔』
私が、ある民家に聞き取りをした結果、十五年前の浅野理事長が、
譲り受けたそれを、三人で確認する。
そのパンフレットには、今とほとんど変わらない浅野理事長。十数年経つのにこれって、エルフかしら?
でも、びっくりするぐらい、穏やかに笑っていた。
『………僕が物心ついた時。大体三歳ぐらいの時から、父は今みたいでした』
『………山奥の旧校舎って、今のE組の教室ですよね?何で、………こんなに、楽しそうに授業していた場所を、あんなところに?』
『………そう、いう、こと、なのか………?』
堀北先輩は、写真の中に映る、浅野理事長の、
……………そう言えば、このネクタイピン、今でもつけてるな。浅野理事長。
……………もう十数年経つのに、ずっと、綺麗なままだった。
……………それだけ、大切な、もの、で。
─────もし、それだけ大切なものを、贈ってくれた生徒が。
─────いじめを、苦にして。
─────弱さを、苦にして。
─────自殺、したんだと、したら。
『─────合理的な、強者の育成』
私の漏らした言葉に、堀北先輩は、一瞬肩を震わせて。
浅野だけが、よく分かっていなかった。
『……………確、かめなければ、な。
……浅野。明日、お前の家に、お邪魔したい』
『私もそうしたいわ』
『………まぁ、良いですけど』
そして、日曜日。
私と堀北先輩は、浅野家に、お邪魔した。
『いらっしゃ〜い。学秀が、先輩を連れてくるなんて、お母さん嬉しくって張り切っちゃった‼︎』
『お、お邪魔します』
『お邪魔します』
これが、浅野のお母さんで、理事長の奥さん。可愛い顔で、………おっ、きい、なぁ。
………くそう。
浅野家は、そこまで豪邸、というわけじゃない。
一般的な、一軒家だった。
…………まぁ、都内一等地の戸建てって時点で、一般的とは言えないんだけどさ。
あっ、家族写真とかもある。………でも、浅野理事長、暗いままだなぁ。
これ、は、家族絡みの付き合いなのかしら?
眼鏡をかけた、優しげな人と、病弱そうな、母と娘。
娘さんは、お人形みたいに可愛らしい。
『さて、私に、話を聞きたいと』
『………はい。十五年近く前、あなたに何があったのですか。浅野先生』
『………學峯、その話は』
『分かっているさ。書斎で聞こう』
………そうか。
浅野には、知らせたくないのか。
『………僕には、話せないことなんですか』
『今はまだ、あなたじゃ受け入れきれないって、私はそう思ってるわ』
『………分かったよ』
ごめんね。浅野。
私たちの想像通りなら、あなたが知るべきことじゃないの。
『………それで。私の過去を、どこまで、調べたのですか?』
『………あなたが、旧校舎で私塾を開いていたこと。調べたのは、そこまでです』
『ふむ。それだけで、私の過去を、どこまで正確に想像できたのか、聞かせてもらいましょう』
堀北先輩は、私に視線を向けてきた。
意図を察し、私から、話し始める。
『────最初に感じたのは、違和感でした』
本校舎でいじめは起きない。何故ならE組があるから。
そしてあなたは、目の前で行われているE組へのいじめは、止めていました。
あなたの合理の中に、感情が見えました。
あなたはきっと、いじめというものを、憎んでいる。
だから、どこまでも合理的に、いじめを排除しているのではないか、と。
『ふむ。それで?』
堀北先輩が、続けた。
『腑に落ちないのはE組というシステムです。何故、いじめを憎んでいるはずのあなたが、公然といじめを認めるようなシステムを、作っていたのか』
『旧校舎で、あなたが授業していた、という話を聞いた時』
『……そして、あなたが、いつも身につけている、その
『調べてみたら、あなたが普段身につけているものからは、考えられないくらいの安物でした』
『ですがそれを、あなたは常に身に付けている』
堀北先輩は、チラシを取り出した。
『───少なくとも、十数年前から』
ここからは、推測、いえ、憶測です。
そのネクタイピンは、あなたが、初めて教えた生徒から、受け取ったものではありませんか?
『………そして、その生徒は、いじめを苦にして、自殺した。………後悔したのでは無いですか。どうして、
………だから、あなたは、E組というシステムを作り上げた。
『雪村先生の話では、E組全体での結束は、相当に強いようですね。私も、何度か足を踏み入れて、確認しました』
いじめを無くす事はできない。
だから、ターゲットを誘導させて、そのターゲットは、敢えて、離れた旧校舎に隔離して、集団を作らせて、
そして、全校集会などのイベントの度に、教師陣まで含めていじめに参加する事で、生徒へのガス抜きとした。
『────
浅野理事長は、そこで、微かに眉を上げた。
『────何故、それが
────確定だ。
合理的な、人を容易く踏みつけに出来る、強者の育成。
それは、確かに本命でもあって。
でも、この人は、きっと。
『────あなたの、本当にやりたかったことは、強者の育成ではなく、弱者の、育成ではないのですか?』
…………今なら、堀北先輩の言うことが、分かる。
この人は、
どこまでも優しくて、どこまでも強いから。
どこまでも。
不意に歩き出した浅野先生は、書斎の本棚から、一冊の本を取り出した。
その本の、タイトルは。
───『二・六・二の法則について』。
『君たちが調べ抜いた私の過去は、正しい』
ただし。
『君たちが導き出した結論は、間違っています』
振り向いた浅野先生の左目から、ムカデが出ているのが、見えた。
『確かに、嘗ての私は、弱者の育成をこそ、目的としていたのかもしれない』
『ですが既に、そんな
『今の私は、弱者を踏みつけにする強者をこそ尊ぶ、強い人間です』
『───E組の為に、あの旧校舎を使っているのではありません』
『私のためですよ。私が、弱い過去を乗り越えているのだと、確認する為に』
『───その為に、あの教室を、踏みつけにしているのです』
心から、怖いと思って。
───心から、悲しいと、思った。
『───違います!過去のあなたは、弱かったんじゃない!』
………初めて、堀北先輩が、声を荒げているのを、聞いた。
『あなたは過去の自分を殺したんじゃない。隠しているだけです。カゴの中に仕舞い込んで、テープでぐるぐる巻きにして、段ボールに隠して、金庫に入れて、心の片隅に放り投げているだけです!
あなたの中には、ずっとそれがある!
俺はっ、あなたの強さだけじゃない。あなたの心に確かにある、それに憧れたっ!』
『…………だから、もう、やめにしましょう』
『E組制度がある限り、あなたは、自分で自分を、苦しめ続けるだけだ』
…………そうだ。
強くて優しい人は、いつの間にか、色んなものを抱えてしまう。
運が悪かったって、割り切ることが、出来ない。
自分がこうすれば、こうならなかったって、そう思ってしまうから。
だから、いつの間にか、罪悪感を抱え込んで。後悔に押しつぶされて。
潰れて、しまうんだ。
壊れて、しまうんだ。
『────それで。無くした先に、何があるのですか?』
『もし、E組を無くして』
『その結果、E組に落ちるはずだった弱者が、本校舎に残れば』
『────彼らは、どうなるのでしょう?』
あぁ、もう。ほんっとうに。
痛い、ところを………。
普通だったら、こんな制度うまくいかない。
普通だったら、こんな制度、すぐに破綻する。
でも、この人は、普通じゃないから。
この制度を、完璧に、使いこなせるから。
私たちは、E組卒業生が、社会でどんな評価を受けているのか。
学園祭のスポンサー企業の選定のついでに、調べておいた。
彼らは一様に高評価される。高いストレス耐性と、高い忍耐力を持った、
そうだ。この人の教育は。
より高い位置で、社会を回す歯車と。
より低い位置で、社会を回す歯車に。
早い段階で選別し、教育することで。
そのすべての基礎にあるのが、E組なんだ。
………もし、E組を、無くしたら。
昨日の夜のうちに、調べておいた。
十数年前に起きた、いじめを苦にして、自殺した生徒の事件。
………堀北先輩には、内緒で。
あの山奥の私塾に通っていた以上、椚ヶ丘近辺に住んでいるのは把握済み。
色んなサイトにアクセスして、おおよそ二十年近く前の、自殺事件を調べて。
池田陸翔に、行き着いた。
『もし、本気で、E組を無くすのなら、
────でも、だとしても。
『────私がいます。浅野先生』
『…………ほう?』
『先輩が卒業しても、私がいます』
『…………卜部』
私たちは、この人の全てを知った。
だからこそ。
『────あなたを止めます。浅野先生』
『期待してますよ。卜部さん』
そうして、私も、頻繁に旧校舎に足を運ぶようになった。
まぁ、その、その間の本校舎は、浅野に任せることになったのは、ちょっと、申し訳なかったんだけど。
私と堀北先輩と雪村先生の三人で、彼らの成績向上に努めつつ。
ありとあらゆる学校行事を、前年以上の成功で終わらせ続けて。
そして、二度目の学園祭の、二週間前。
…………お母さんが、倒れた。
雪村先生が出してくれた車で、急いで病院に向かって。
衰弱して眠っているお母さんに、会った。
『………ねぇ。言ってよ。お母さん。仕事が忙しくなって、家の事とか、お父さんのことまでやるのが、負担だったんなら。…………私にも、言ってよ』
『………ごめんね。藤乃』
なんで、気付かなかったんだろう。
私は、生徒会活動と、E組への指導で、忙しくて。
でも、そんなの、言い訳でしかない。
…………お母さんの会社は、ある工場と取引をしていたらしい。AIM開発に必要な、電子機器を、優先的に卸してもらう契約で。
でも、その工場が、大企業の引き抜きにあって、夜逃げして。
慣れない営業と、開発と、お父さんの介護と、家の事に振り回された母さんは、疲労で倒れて。
そして、そのまま。
…………後で調べたんだけど、その工場は、息子が一人、残っていたらしい。
────その工場の名は、
…………そして私は、お父さんの介護と、家の事と、生徒会活動と、E組への指導と、学園祭準備に、走り回っていた。
分刻みどころじゃない。秒刻みのスケジュールで。
それでも、こなし続けていたら。
母さんに引きづられるように、父さんも、入院した。
お見舞いに行って、でも、その度に謝ってきて。
どれだけ治療しても、良くならなくて。
そして。
『ごめんな。藤乃。父さん。弱くって、ごめんな』
『弱く、ない。お父さんは、弱くなんか、ない』
『ごめんな──』
────私のせいだ。
私が、生徒会活動に、のめり込んでいなかったら。
私が、もっと、二人のことを、ちゃんと見ていたら。
私が、もっと、家族を大事にしていたら………!
『………少し休め。卜部』
『大丈夫です。堀北先輩』
これは、私の責任。
生徒会活動も、学園祭も、E組への指導も、ちゃんと、やらないと。
『仕事変わります。卜部先輩』
『大丈夫よ。浅野』
働いている方が楽なの。準備してる方が楽なの。教えている方が楽なの。
────私は、
ポスターを貼る為に、脚立を使っていたんだけど。
バランスを崩して、倒れそうになって。
色んなものが、ゆっくりと過ぎ去る中で、思ったの。
─────私は、きっと───。
『卜部さんっ‼︎』
柔らかい感触に包まれて。
死ぬかと思っていたけど、生きていた。
『………ありがとう、ございます。雪村先生』
『無理しないで。もう少し休んでいこう?』
でも。
そうしたら、折れちゃうから。
お母さんも、お父さんも、一度折れて、それで、終わっちゃったから。
二人の娘の私も、折れたら、そこで、終わってしまう。
『大丈夫です』
だから、私は、大丈夫。
折れない限り、大丈夫。
すぐにポスターを貼り直そうとして。
私は、雪村先生に────。
そして、堀北先輩の、卒業の日。
───私が生徒会にいる、最後の年。
『………、その、ごめんなさい。堀北先輩』
『何も謝るような事はしていないだろう』
『いえ、その、あなたが卒業しても、私がいる、なんて言った手前、申し訳なくって』
『それでも、今年の学園祭が、成功に終わったのは、卜部のお陰だ』
『………でも』
『それに、俺も来年は、椚ヶ丘を離れるからな』
『………えっ⁉︎椚ヶ丘高校には、進学しないんですか⁉︎』
『あぁ』
『ど、どうして?』
『………きっと、浅野先生の作ったこの箱の中から、浅野先生を変えるのは、難しいんだ』
そう。
私と堀北先輩と雪村先生の三人がかりでも、E組の半数しか、五十位以内に入れられなかった。
『だから、外で、一度、学んでみようと思う』
『な、成程。それで、進学先は、どちらに?』
『──高度育成高等学校。浅野先生の、学生時代からの友人が、理事長を務める学校らしい』
話には聞いたことがある。
就職率、進学率百%を謳う、国立の、国内最難関校。
『───奇遇ですね。私も、高校はそこにしようと考えているんです』
『そう、なのか』
『えぇ。学費無料。家賃も光熱費も水道代もその他諸々も無料なんですよ?苦学生にとって、こんなに最高の高校はありませんから』
本音を言えば、私立の学費は高いし、転校も視野に入れていたのだけれど。
『───ちょうど良いので、第一号になってくれませんか。卜部さん』
『学費免除制度と、特待生制度、ですか』
『えぇ。あなたのこれまでの生徒会での活躍と、そして、常に学年一位を取り続けたその成績ならば、誰も、文句は言えないでしょう』
『………そうですね。この制度は、
家庭の事情は、生徒の努力不足では、片付けられませんから』
『えぇ。だからこそ、第一号は、誰もが納得する生徒でなければならない』
『私ならば、誰もが納得すると?』
『少なくとも在校生で、あなた以上に相応しい生徒はいないでしょう』
まぁ、その。
私と理事長の、利害が一致した結果。
私は最後の一年を、椚ヶ丘で過ごすことになった。
『………卜部先輩。本当に、会長選挙には出馬なさらないんですか?』
『仕方ないでしょ?こちとら試験対策で忙しいの』
『卜部先輩が落ちるようなら、誰だって落ちますよ』
浅野と隣り合って、ベンチに座りながら、笑う。
本当に、生意気な後輩だ。
『───僕も、高校は、高育にします。堀北先輩に、追いつきたいので』
『あらそう。なら、ひと足先に、待ってるわ』
こうして、堀北学第三期生徒会は、完全に幕を下ろして。
私は、椚ヶ丘を卒業して。
この、高育に入学した。
…………そう言えば、卒業式の日、雪村先生、来なかったわね。
…………お礼、言いたかったのだけれど。