殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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卜部藤乃と──

 正直なところ、私は、ちょっと、悲しかったんだ。

 皆は、その、『殺せんせーの教え子』って感じだからさ。

 だから、ね。

 

「───放ってなんて、おけません!」

 

 あなたに会えて、私は、嬉しかったんですよ。

 

 

 卜部藤乃の小さな手を、雪村あかりは、ちゃんと掴んでいた。

 

「………ねぇ、卜部先輩」

 

 ずっと、疑問に思っていたことがある。

 

「どうして、そんなに、自分を責めるんですか?」

 

 卜部先輩は、堀北先輩が好きだった。

 だから、堀北先輩の為に、沢山のことを頑張って来て。

 だから、堀北先輩の為に、頑張れなくなった両親の死を、悲しみきれなかった。

 そして、そんな自分を、醜いと思っていた。

 

「いつか梯子から転びそうになった時も、これで死ねるって、そう思ってたんじゃないですか?」

 

 お姉ちゃんに助けられたあの瞬間。

 本当は、醜い自分に絶望していた。

 必死に働いていたのは、働いている間は、醜い自分から目を逸らせるから。

 

 だから、この高育で、同じ失敗をした時も、最後には死のうとしていた。

 

 本人は、そのことが記憶にないらしいけど。

 

「…………そうね。そう思っていたことは、否定しないわ」

 

 じゃあ、どうして。

 

「椚ヶ丘では、生徒会を止めるっていう決心がついたんですか」

 

 …………そうだ。

 どうしてその時は、折れる選択が、取れた。

 醜い自分を、直視できた。

 

「────さぁ。もう、四年は前のことよ」

 

 先輩は、ずっと、逃げている。

 きっと、今も逃げている。

 逃げているから。

 

「本当は、南雲先輩を、止めたいと思っているんですよね」

 

 先輩は、露骨に目を逸らした。

 

「………先輩は、本当は、南雲先輩のことが、嫌いじゃなかったんでしょう」

 

 そうだ。

 本当に嫌いだったなら。本当に、どうでもよかったなら。

 どうして、()()()()()()()()()

 どうして、()()()()()()()

 

「自分と同じように、堀北先輩に憧れていたから」

 

 ───本当は、一緒に生徒会に入りたかったんですよね。

 

「………そう、かもね。

 でも、その機会を壊したのは、破綻させたのは、私の選択なの」

 

 ………そう、かもしれない。

 この人は、意図して、南雲先輩を折ろうとした。

 支配しようとした。

 ()()()()()

 

「私は、見誤っていた。

 私は、見下していた。

 私は、見逃していた。

 『元一年Aクラス女子脅迫事件』は、全部私のせいなのよ」

「違います」

 

 全部卜部先輩のせいなんて、おかしい。

 みんながみんな、少しづつ間違えたから、あんな事が起きた。

 

 …………もしかしたら、私も、そうなっていたのかもしれない。

 

「卜部先輩。去年の三年E組、『暗殺教室』は、知ってますよね」

「え、えぇ。あれだけの出来事は、高育でも、話題になってたわ」

「私は、そこの卒業生の一人です」

「え、えぇ。それも予想は着いてたけど」

「………えぇ⁉︎」

「いやだって、堀北先輩の妹さんの暴力事件は、私の耳にも入ってきてたし、櫛田さんの『二年C組崩壊事件』も、赤羽くんの停学沙汰も知っていたし。

 彼女達はE組に落ちるわけで、そんな彼女達と、中学の頃から親しかった、なんて、同じE組以外にあり得ないでしょ。

 だって、あなたが本校舎の生徒だったら、E組の生徒と仲良くなるはずないもの」

「………わ、わぁ………」

 

 あ、この人思ったよりもやばいかも。

 じゃなくて‼︎

 

「そ、それで、その!

 担任の先生(ターゲット)の過去の諸々を知って!

 殺すか殺さないかでクラスが分裂して!

 …………その、原因を作ったのは、私、なんです」

 

 本当は、今でも、後悔してるの。

 復讐に突き動かされて、クラスのみんなを巻き込んで、クラスを真っ二つにしちゃって。

 

「で、でも、その様子だと、それは問題なく解決したのよね?

 なんで、あなたは、そんなにそれを───」

「………もしかしたら、私は」

 

 堀北さんと櫛田さんを、殺してしまったのかもしれないんです。

 

「な、に言って───」

「私は、私の怒りに身を任せて、関係ないクラスのみんなを巻き込んで。

 クラスを真っ二つにして、…………何よりも。

 誰よりも、殺せんせーが好きだった綾小路くんを、たくさん、傷付けた」

 

 やっと、やっと、人間(普通)になれそうだった綾小路くんを。

 私が、殺せんせーに復讐しようとしたから。

 私のせいで、みんなが、殺せんせーの全部を知っちゃったから。

 私のせいで、綾小路くんは、機械(特別)に戻ってしまった。

 

「────私は、運が良かっただけなんです。

 たまたま、櫛田さんに、渚に次ぐ才能があったから。

 たまたま、堀北さんが、綾小路くんを好きだったから。

 だから、二人は、殺されなかっただけで」

 

 もしかしたら、綾小路くんに、クラスメイトを、友達を、殺させていたかもしれないって、そう、思ってしまうんです。

 

 たまに、綾小路くんが、誰かを殺す瞬間を夢に見て、飛び起きることも、あります。

 

「ゆ、きむら、さん」

 

 …………卜部先輩は、きっと、運が、なかったんです。

 

「運って………そんな、言葉で」

 

 だってきっと、私と、何も変わらない。

 お姉ちゃんが死んで、色んなもの───。

 

 そこで、私は、自分の失敗を悟った。

 卜部先輩は、両手を勢いよく机に叩きたげながら、立ち上がって。

 悲壮な顔で、私を見ていた。

 

「───死んだって、どういうこと」

 

 ………そうだね。言わないように、してたのに。

 

「………お姉ちゃん、一昨年の、卒業式の日に、死んじゃい、ました」

 

 卜部先輩の両目から、静かに、涙が、溢れ出る。

 座り込んで、泣き出した。

 

「わた、私、何、も、何も、お礼、でき、て、ない───」

 

 たくさん、助けてくれたのに。

 

「────でも、私の心の中に、生きてます」

 

 卜部先輩は、私を、眩しそうに見つめた。

 …………続けよう。私の想いを、この人に。

 

「…………お姉ちゃんが、死んじゃって。

 色んなものが、どうでも良くなって。殺せんせーをいつか殺すためだけに、私は、あの教室にいて。

 そして、あの時、後悔した」

 

 私は、私の為に、動いていました。

 私が、少しでも、心の穴を埋めたかったから。

 私の心の穴は、色んなものが、入ってきたから。

 …………渚が、色んなものを、入れてくれたから。

 だから、私は、復讐が為されなくても、生きられて。

 

 でも、綾小路くんは、違ったんです。

 自分の手で殺しても、殺さなくても、殺せんせーは死ぬ。

 その事実に、芽生えた始めたばかりの心は、耐え切れなくて。

 穴を無理やり、好奇心で埋めようとして。

 そうして、大切な誰かを、殺すところでした。

 

 私は、友達に、あんな顔をさせたくて、復讐したんじゃなかったのに。

 

「堀北さん達のお陰で、私は、どうしようもない過ちを、犯さないでいられて。

 でもそれは、私が、どうこうできたことじゃなくて。

 …………ただ、運が良かっただけなんです」

 

 そうだ。

 卜部先輩は、堀北先輩の為に、頑張って来て。

 運悪く、ご両親が亡くなって。

 運悪く、南雲先輩を壊してしまった。

 

 先輩は、自分なら、どうにか出来たはずなのに、って、そんなことばかり考えているけど。

 

「先輩は、そんなに自分を責めなくてもいいんです」

 

 …………きっと、反省は、するべきで。

 …………後悔も、するべきで。

 

「でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だって、そうしないと、前に進むことは、出来ないから。

 

「雪村、さん………」

 

 ねぇ、卜部さん。

 あの日、お姉ちゃんに、雪村先生に、何を言われたんですか。

 きっと、そのお陰で、卜部さんは、たくさん、悲しめたはずです。

 

「あ、の日、は───」

 

 雪村先生に、怒られちゃったの。

 もっと、自分を大事にしなさいって。

 もっと、自分を許してあげてって。

 

 でも、私は、全部をぶち撒けて、怒ってしまった。

 

 お父さんとお母さんが、死んだのに。

 私は、堀北先輩の理想を、継げなくなることを、何よりも悲しんでいて。

 そんな自分が、醜くて、醜くて、どうしても、許せないって。

 

 そしたら、それ、で───。

 なんて、言われたの、かしら。

 

「……………きっと、こんな事を、言ってくれたんじゃないですか」

 

 私は、女優だ。

 お姉ちゃんを、一番見て来たのは、私だ。

 私なら、お姉ちゃんの演技をすることなんて、造作もない。

 

「『あなたは、自分を醜いって言うけれど』」

 

 卜部先輩は、目を見開いて、固まっていた。

 きっとあの日、泣いている卜部先輩を、お姉ちゃんは、こうしたから。

 私はそっと、抱きしめた。

 

「『頑張り続けているあなたを、醜いなんて、私は思わないわ』」

「─────」

「『堀北くんの為だけに、E組のみんなの勉強を見ていたの?堀北くんの為だけに、学園祭を頑張っていたの?生徒会活動を続けていたの?あなたは、そう言うのでしょうけど、私は、そうは思えないわ』」

「─────」

「『───だって、私の目に映るあなたは、楽しそうに、嬉しそうに、人の笑顔で、笑っていたから』」

「───雪、村、先生……?」

「『あなたがどれだけ、自分を否定しようとしても。

  あなたがどれだけ、自分を最低だと言い張っても。

  あなたを見てきた人は。あなたの御両親は。

  誰かのために頑張り続けるあなたの邪魔をしたくないから、何も言わなくて、謝ったの』」

「で、も、私の、せいで──」

「『辛くて、悲しくて、苦しいなら。

  一回、折れちゃいましょう。

  そして、たっぷり、休んじゃいましょう』」

「でも、でも!折れちゃったら、私、もう……、もう……」

「『大丈夫。大丈夫よ。だって、』」

 

 きっと、お姉ちゃんなら、こう言うよね。

 

「『たくさん頑張ってきたあなたなら、何回折れても、何度だって、立ち上がれるわ。

  あなたを知る私が、保障してあげる』」

「………あ………」

 

 卜部先輩は、全部を、思い出した。

 

「………そう、だったわね。

 雪村先生は、そう言って、くれたわ」

 

 身内の演技は、ちょっと、恥ずかしいけど。

 でもまぁ、いい仕事じゃないかな?

 

「───どうでした?私の自慢の、お姉ちゃん?」

 

 卜部先輩は、涙で潤んだ目で、それでも、真っ直ぐな目で、私を見つめた。

 

「───えぇ。今も昔も、最高の、先生だったわ」

 

 うん。きっと、もう、大丈夫、だね。

 

「………その、これ、今更だけれど、その、御香典として、その」

「三十万⁉︎流石に多いですよ‼︎」

「じゃ、じゃあ、これぐらい、なら?」

「十五万でも高いですって!ていうか、お姉ちゃんの教え子さんから、そんなの貰うのなんて、申し訳ないですよ‼︎」

 

 ………この先輩は、変なところで、思い切りがいいのかもしれない。

 そんな事を思っていたら、藤乃さんに、電話がかかって来たみたい。

 端末に映る名前を見て、涙を拭いながら、少し、訝しむ。

 

「………浅野?」

 

 なんで、浅野くんが?

 

「───もしもし、何か──」

『すぐに来てください。南雲先輩が、緋音先輩を訴えて──』

「───場所は生徒会室かしら。すぐに向かうわ」

『場所は第一会議室です。お願いします』

 

 卜部先輩は、纏めてお支払いを済ませて、店を出て行こうとして。

 出口で、転んだ。

 う、運が無い。

 もう、仕方ないなぁ。

 卜部先輩を背負って、立ち上がる。

 

「第一会議室まで、特急雪村あかり号、発進しますよ?」

「───その、おね、がい、するわ」

 

 ふふふふふ。

 五秒で着くから、待ってろい‼︎

 

 

 第一会議室では。

 一般生徒達が見守る中で、南雲雅と桃井緋音の審議が始まっていた。

 

「おいおい桃井。まだ否定すんのか?ここにいるDクラスの六人は、お前に殴られたって言ってるんだぜ?」

「そやつらはすでに、浅野が処分を下しておるじゃろう。坂柳有栖、並びに森下藍への暴行未遂で、な。

 妾は正当防衛とされたはずしゃが?」

「その通りです南雲先輩。

 僕はそのような判決を下しましたし、議事録も残っています。その件は、すでに解決したはずですが」

 

 何故、今になって、こんな件を蒸し返す。

 

「おいおい。俺は、その時のことを言ってるんじゃない。

 体育祭の後、こいつらは、お前に殴られたって言ってるんだぜ?ほら、ここに証拠もある」

 

 南雲先輩の出して来た診断書。

 そこには、過去一週間以内に負ったとされる、殴打について。

 

「先の暴行未遂は、一ヶ月近く前。

 これは一週間以内、つまり体育祭後に負ったとされる怪我についてだ」

 

 緋音先輩は、冷たい目で、南雲先輩を見遣っている。

 

「───しかし、その怪我を負わせたのが、妾だという証拠は、あるのか?」

「おいおい。こいつらの証言を信用しないのか?」

「物証もなく審議を進めることはできませんよ?」

「物証はここにあるだろう?診断書っていう、確かな物証が」

「そもそも、何故Dクラスの生徒の訴えをAクラスの其方が出しておる」

「お前の身体能力は体育祭で明らかになったからな。もし報復されたらたまったもんじゃないってんで、生徒会の俺が、Dクラスの友人達の代わりに、訴えを出したわけだ」

 

 ………だが、これだけの証拠で、緋音先輩を、訴えられるとは。

 

「あぁ、そうそう。

 代理を頼んできた友達の一人が、Cクラスに謝罪したいそうだぜ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()C()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………当人間の問題じゃ。ほむらも、その女子生徒も既に和解は済んでおる」

「それでも、クラスとして、謝罪したいそうだぜ?」

「………そうか。便宜上、Cクラスを代表して、謝罪を受け入れておこう」

「そうかそうか。つまり、D()()()()()()()()()()()()()()()、と、お前は認めるのか?」

 

 ────まさか⁉︎

 

「────南雲先輩、あなたは!」

「────それから、うちのクラスの影乃も、お前に謝りたいそうだぜ?()()A()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってな」

「───っ、それは、証拠不十分につき、推定無罪となったはずです!」

「そうだな。だから、俺たちAクラスは、謝罪しているんだぜ?」

 

 この人の狙いは、緋音先輩ではない!

 

「そうそうそれから、実は一年前に、なずなにあるメールが送られて来てたんだ。

 そのメールには、俺が、『元一年Aクラス女子脅迫事件』の指示を出していたとされる、音声データがあった。勿論、偽物だろうが。

 それ以来、なずなは俺と絶交中でさぁ、俺も、それに関係した出来事を聞いただけで、吐くようになっちゃった。

 ────それで、さぁ。なんか、変な二年生居たよなぁ?俺に棄権しろだとか、私が壊したんだ、とか言ってくる、二年Bクラスの、女子生徒が」

 

 背もたれに勢いよく寄りかかりながら、首を逸らせて、逆さまの視点で、南雲雅は、傍聴席の九重九十九を睨みつける。

 

「───それってさぁ、お前があの偽物を送りつけて来たって認識で、あってるよなぁ?」

「───いや?私は、アンタの顔色が悪かったから、心配して声を掛けただけだよ?

 私のせいで壊れたとかその辺りは、アンタの聞き間違いじゃない?」

「ま、そうだよな‼︎

 いずれにしろ、もう一年は前の事だ、殆ど証拠も残っちゃいないんだろう」

 

 不味い。卜部先輩を、呼ぶんじゃなかった!

 

「だぁがぁ、俺があげた一連の出来事全てに、テーブルゲーム部部員達が関わっている。

 なぁ、神田会長代理。

 大した実績もなく、問題行動を起こした疑惑を持たれるような生徒が大多数のテーブルゲーム部は、廃部するべきじゃないか?」

 

 最初からずっと、南雲先輩の狙いは、テーブルゲーム部、ひいては───。

 

「なぁ、そうだろう?

 だからさ、話をしようぜ。現部長の、()()()()と」

 

 占藤先輩から、部長を引き継いだ、卜部先輩か!

 

「それで、私に何かようかしら。南雲くん」

 

 来てしまったのか、卜部先───。

 ………何故、雪村に背負われている?

 

「…その、おろして頂戴」

「はい。───頑張ってください」

「───えぇ」

 

 卜部先輩は、階段を降りながら、南雲先輩に、声をかける。

 

「あなたの言いたいことは分かったわ。南雲くん」

「分かってくれたか、卜部!さぁ、どうする?テーブルゲーム部部員達が、疑惑を持たれるようなことを繰り返している!

 これに、部長のお前は、どう責任を持つ!」

 

 卜部先輩は、背筋を整えて、しっかりと、南雲先輩を見てから。

 傍聴席の生徒達に振り向いて、頭を下げた。

 

「────私の部員達が、数多の疑惑を持たせてしまったこと。部長として、謝罪するわ。

 ────ごめんなさい」

 

 南雲先輩は、青褪めながらも、目を見開いた。

 僕も驚いた。だって、謝罪を聞いただけで、吐いていたのに。

 

「……………少なくとも、現時点で私の取れる責任は、これぐらいよ」

「……………それで、謝って終わりかよ?」

「そうね。あなたの言うそれは、すべてが疑惑止まり。

 疑わせてしまったことに謝罪はすれど、それで罰を受ける謂れはないわ」

「──彼女の言う通りだ。南雲。

 現時点で、テーブルゲーム部の廃部を、認めることはできない」

 

 そうだ。

 証拠も無いのに、疑惑を持たさてしまったから廃部、なんて、認められるはずがない。

 

「────そうですね。ですが、もし、大多数の生徒が、廃部を求めたとしたら、どうでしょうか?」

 

 そう、か。

 この為に、傍聴席のある、第一会議室を───!

 

「─────この場に集った生徒の皆さんに可否を取る!このような疑惑を持たれるようなテーブルゲーム部の存続に、賛成か反対か!

 賛成の生徒は挙手を!」

 

 二年Aクラスの影乃先輩と、朝比奈先輩以外は、全員が挙手して。

 二年Bクラスは、誰も手を挙げなくて。

 二年Dクラスは、花咲先輩以外が手を挙げて。

 二年Cクラスは、()()()()()()()()()()

 

 南雲先輩は、目を見開いた。

 二年Cクラスは、完全に、掌握出来ていたはずだった、とでも、言いたいのだろうか。

 

「なら、今度は私ね。

 反対の生徒は、挙手を」

 

 卜部先輩の宣言は、静かで。

 されど、確かに、会議室中に響いた。

 

 手を挙げたのは、二年Bクラス、二年Cクラス、そして、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『て言うか、美浪狙うとか正気?全校生徒で二百人を超える、金織美浪ファンクラブを敵に回すと思うケド』

 

 そう。南雲先輩の行動は、相当な数の生徒を、敵に回してしまった。

 

「ぶっちゃけテーブルゲーム部がどうとかはどうでも良いけど、美浪先輩転ばせやがった南雲は敵だ───!」

「そうだそうだ!もし美浪先輩の御尊顔に傷が付いてたら、国家の損失なんだよ──!」

「国宝級爆美女を狙うとか、南雲雅は国賊だ───!」

 

 金織先輩は、死んだ顔で、目を逸らしていた。

 耳は、すごく、赤かった。

 

 ………常の南雲先輩なら、こんな失敗は、犯さなかった。

 だが、学先輩の、生徒会長引退。

 そして、Cクラスの、反逆。

 これらの想定外が重なって、手を出してはいけない生徒に、手を出してしまった。

 

「───数えるまでもなく、反対多数。

 テーブルゲーム部は、存続ね」

 

 卜部先輩は、南雲先輩を、正面から見据えながら、そう言った。

 

「………っ、だとしても!お前達テーブルゲーム部が、大した実績も上げていないのは事実だ!」

「そうね。それで?」

「………っ、この場で、俺と勝負しろ!お前らの得意なテーブルゲームとやらで!

 もし負ければ、お前らの部活に、存在意義は、ない!」

 

 卜部藤乃は、静かに、その声を、聞いていた。

 

 私は、ずっと。

 雪村先生の教えを、忘れていたんじゃない。

 確かに、私は、折れて。

 そして、休んでいた。

 私を休ませてくれたのは、私をテーブルゲーム部に入れてくれた、堀北先輩のお陰。

 メメ先輩。

 緋音。

 稔。

 ほむら。

 有栖。

 真澄。

 幸村。

 愛里。

 波瑠加。

 

 浅野。

 

 何よりも。

 

 傍聴席の、九十九と、目を合わせる。

 

 あなたのお陰なの。九十九。

 

 九十九は、楽しそうに、笑った。

 久しぶりに、あんな顔見たな。

 

「────浅野」

 

『『例の件』の答えを、そろそろ聞きたいらしいです』

 

「例の件、答えを出したわ」

 

 私は、もう逃げない。

 私は、私の罪と、ちゃんと向き合う。

 

 その為にも。

 止まり木(テーブルゲーム部)とは、もうお別れ。

 とても、楽しかったわ。

 

「私は今日をもって、テーブルゲーム部を退部する」

 

 そうして、私は。

 雪村さんを、見る。

 

 雪村さんは、笑いながら、サムズアップして来て。

 私はそれに、雪村先生の面影を見た。

 

 ご心配をおかけしました。雪村先生。

 私は、もう、大丈夫です。

 あなたの言ってくれたように。

 何回折れたって、私なら、また、立ち上がれるから。

 

 南雲くんを、真っ直ぐ見る。

 今度は、ちゃんと、目を逸らさずに。

 

「そして!生徒会、会計監査に就任する!」

 

 頑張って、声を張って、宣言する。みんな、何だか、嬉しそうに、笑っていた。

 

「生徒会長代理として、卜部藤乃の、生徒会就任を、歓迎しよう」

 

 神田先輩は、全部、分かっていた。

 そんな顔で、受け入れた。

 

「…………は?

 おい、おいおいおいおいおいふざけんな!

 一年前の約束はどうした!」

 

 南雲くんは、荒れていた。血走った目で、心からの恐れを、私に向けながら。

 

「あれは、期末テストの結果次第で、卜部か南雲のどちらかが入れるというだけ。

 入らなかった方は、永遠に入れない、というわけではないよ。

 それに、今の生徒会長は、私だ。

 その契約を結んだのは、学だろう?

 ─────私が許可する分には、何の問題もない」

「生徒会と部活動の両立は不可能。

 だから、私は、テーブルゲーム部を退部し。

 ────次の部長を、あなたに託すわ。稔」

「────はい。任せてください。藤乃さん」

 

 傍聴席から、狐判稔が、降りてくる。

 

 南雲くんは、視界にすら入れていなかったその少女を、睨む。

 だが、その少女は、睨み返した。

 

 ずっと、後悔していた。

 大切な友達に、あんなに、悲しいことを言わせた、私の弱さに。

 だから、もう、自分に自信がないとか、そんなこと言ってられない──!

 私は、強く、なります!

 

「───南雲くん!あなたの勝負、私が受けます!

 テーブルゲーム部、部長として!」

 

 大勢の生徒が見守る中で、二人のゲームが始まった。

 最初の方こそ、片方が有利で。

 でも。

 

「チェスってさ、本当、見落とししないように、集中するのって大変なんだよね」

 

 長谷部は、いつもの部室でのゲームを思い出しながら。

 

「は、はい。少しでも、気が逸れていると、変な所に、置きそうになります」

 

 佐倉も、たまに、幸村や神室に勝てた瞬間を、思い出す。

 

 五秒、十秒、十五秒、三十秒。

 一手にかける、思考時間が、長くなる。

 

「ま、要はメンタルが直結するゲームなのよね。この手のゲームは。だから、普段だったら、こんなことにはなっていないんでしょうけど」

 

 神室の知るように、狐判稔は、確かに強い。

 しかし、これほどまでに、強くはない。

 

「───今、狐判先輩は、過去最高に絶好調だ。スポーツで言う、ゾーンに入っていると見ていい」

 

 幸村の言うように、今の狐判稔は、過去最高に、絶好調で。

 

 三十秒、十五秒、十秒、五秒、一秒。

 一手にかかる、思考時間が、短くなる。

 

「もし、お二人の調子が、完全に同一であったなら、ここまでの結果にはならなかったでしょうが」

 

 坂柳の分析通りに。

 狐判稔は、最後の一手を、打つ。

 

「───チェック(詰み)、です」

 

 縋り付くように、齧り付くように、何度も何度も盤面を見て。

 しかし、結果は、変わらない。

 圧倒的に、完全に、テーブルゲーム部の廃部を賭けた勝負は、文句のつけようもないぐらい、南雲雅の、敗北である。

 

「俺、が、………負、ける?」

 

 南雲雅は、細く、力の無い言葉を、こぼす。

 そして、一礼した狐判が去って行く。

 

 傍聴席からも、生徒達が去って行く。

 

 金織美浪ファンクラブは、南雲の敗北に心から喜びながら。

 二年Dクラスは、このまま従い続けていいのか悩みながら。

 二年Cクラスは、狐判の勝利に喝采を挙げながら。

 二年Bクラスは、卜部の帰還に喜びながら。

 二年Aクラスは、南雲を心配しながら。

 

 やがて、テーブルゲーム部部員達と、生徒会会員と、雪村あかりが見守る中で。

 卜部藤乃は、南雲雅を見据えながら宣言する。

 

「───南雲くん、私は、生徒会長選挙に、出馬する」

 

 その、言葉に。

 南雲雅は、少しだけ、救われたような顔をした。

 卜部ならば、きっと、俺を、敵として、憎むべき仇として、許されざる悪魔として、潰してくれる。

 どれだけ無くそうとしても、どれだけ吐いたとしても、無限に湧いてくる罪悪感を、終わらせて───。

 

「あなたに勝つ。あなたを超える」

 

 あぁ、そうだ。

 そうしてくれ。

 俺を踏み潰して、噛み壊して、終わらせて、くれ。

 

「でもそれは、あなたが憎いからじゃない。あなたを許さないからじゃない」

 

 ─────なん、で、そんなこと、言うんだよ。

 

「私はきっと、もっと早くにこうするべきだった」

「私は、ちゃんと、あなたを見る」

「あなたを、敵として、そして!───友達、に、なりたいから」

 

 何を、言っている。

 コイツは、何を言っている!

 

「あなたのことが、嫌いだったわけじゃない。

 憎かったわけじゃない。

 嫌いだったのも、憎かったのも、全部私だった」

 

 やめろ、やめろ。

 

「あなたが許せないからじゃない。今!泣いているあなたを、放っておけないって、そう思うから!」

 

 そんなこと言うな。やめてくれよ。

 

「────今度こそ、ちゃんと!

 ────あなたを、打ち倒す!」

 

 やめてくれ。

 俺を、そんな目で、見ないでくれ。

 

 逃げるように、南雲雅は、会議室を後にした。

 

 その日の、深夜。

 

 九重九十九は飛び上がった。

 飛び上がって、喜んだ。

 眠り続けていた青井雀が、漸く、目覚めたのだから。

 こうしちゃいられないとばかりに、九十九は、隣の部屋の鍵を上げて、部屋に乗り込んだ。

 ベッドに横になる卜部に、突撃する。

 

「藤乃!起きて藤乃!大ニュースだよ!大朗報だよ‼︎」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、深夜二時の卜部藤乃を布団の上からバシバシ叩く。

 流石に鬱陶しい。

 布団を跳ね飛ばしながら、九十九を怒鳴りつけた。

 

「今何時だと思ってんのこのバカ‼︎」

「そんなことよりも!雀起きた‼︎意識を取り戻した‼︎奇跡だよ‼︎こんなの奇跡だ‼︎」

「はぁ?」

「何だよ!もっと喜びなよ‼︎一年近く寝たきりで────」

 

 九重九十九、ここで気付く。

 

(あ、そういえば、雀の話は、藤乃にしてないんだった)

 

 喜びの余り、完全に忘れていた。

 あー不味い。逃げよ。

 

「…………夜分遅くに失礼しました。さようなら」

「逃がさないわよ」

 

 ですよね〜〜〜。

 いつもの如くアイアンクロー。頭割れちゃうって。

 絞られた。たっぷりたっぷり絞られた。

 全部吐かされたし。

 

 でも。

 

「そもそも時間帯を考えなさいよ────。何笑ってんのよ」

「いやぁ、なんて言うか、卜部藤乃、大復活って感じでさ」

 

 なんか、すごく嬉しい。

 九重九十九と、卜部藤乃は、楽しそうに、笑っていた。

 

 そう。

 九重九十九の口にする。

 このお話の、タイトルは。

 

 卜部藤乃と、大復活。

 

 

 では、なくて。

 

 夜。

 一年生の女子寮で、雪村あかりは、手紙を書いていた。

 

 

『拝啓。お姉ちゃんへ。

 

 どうしても伝えたいことがあったので、お手紙の形で、伝えようと思いました。

 私は、もう、高校一年生になりました。

 今私の通っている、高度育成高等学校は、色々と、変な学校です。

 やっと嘘を付かなくていい、って思っていたのに、偶には嘘もつかないといけない学校なんて、本当に、面倒くさっ!てなることもあって。

 誰かを蹴落とすことを強制されるとか、ちょっと、面倒くさいし、嫌だなぁって、思っていたんですけど。

 でも、友達が、沢山できました。

 帆波ちゃんは、毎日とっても明るくて、みんなを照らす太陽みたいな、とっても良い子です。………まぁ、胸がデカすぎて、ちょっと、アレな時もあるんだけど。

 神崎くんは、いつも冷静で、視野が広くて、とても頼りになる、縁の下の力持ちって感じ?凄く良い人だなぁって、そう思うんだ。

 柴田くんは、足が速い。それから、サッパリしてて話しやすくて、話してると、楽しい。

 白浜ちゃんは、その、帆波ちゃんへの、愛が重いっていうか。たまに、ちょっと、引いちゃう。悪い子じゃ、無いんだけどね。

 ユキちゃんは、いつも言いづらいことでもズバズバ言ってくれて、とてもありがたいんだ。これからも、頼りにしています。

 網倉さんとは、よくジムに行くんだ。帆波ちゃん達と一緒に競争中。今の所は、私が一番!ま、烏間先生に鍛えられたし。

 それから、覚えていますか?潮田渚くん。

 その、私の、好きな人。高校でも一緒のクラスで、とても嬉しい。まぁ、その、目標の邪魔にならないように、私の想いは、殺しておこうとか、思っていたんですけど。堀北さん達を見ていると、私も、アレぐらいいってもいいのかなぁ?とか、考えちゃいます。まぁ、アレは綾小路くんだから、あそこまで行く必要があるんだと思うんだけどね。』

 

「思ったよりも書きたいこと多いなぁ。二枚目行くかー」

 

『カルマくんと奥田さんとも同じ学校です。あ、でも、お姉ちゃんは、カルマくんとは会ったことは無かったんだっけ。あれ、面談とかしてたっけ?まあいっか。悪戯好き、で済ませていいのかなぁ?まぁ凄く悪戯好きの子でね、でも、話してみると、思ったよりも楽しいんだ。

 奥田さんは、その、基本的には良い子だし、友達としても大切なんだけど、その、たまに怖い。いや、性格とかじゃなくてね、一切躊躇なく毒物とか作れちゃうの、ちょっと、ね。それ以外は本当に良い子なんだけどなぁ。

 そうそう。この二人について書いたなら、椎名さんについても書いておかないと。凄く可愛い人なんだよ。あ、いや、どちらかというと、綺麗な人かな?まぁ、でも、時々、いや、割と?強かなところもあるんだよね。割とズバズバ言う人でもあるし。でも、カルマくん達にとって、凄く大切な人なんだろうなって。

 後は、浅野くんかな。お姉ちゃんは、あんまり会ったことないっけ?何だか、変わったなぁって感じ。前は、もっとこう、ナチュラルに人を見下してる感じしてたんだけどねぇ。今は、すっごくかっこいいリーダーしてる。

 浅野くんの前の生徒会は、積極的にE組に関わりに行ってたらしいから、知ってるよね。堀北先輩と、卜部先輩。

 堀北先輩とは、あまり話せてないんだけど、卜部先輩とは、沢山お話しできてね。それで、私、本当に、嬉しかったんだ。

 E組のみんなは、『殺せんせーの教え子』って感じで、まぁ、ちょっと悲しいんだけど、まぁ、私も、そんな感じだし。

 だから、会えないかなって思ってたんだよね。お姉ちゃんの教え子さん。

 でも、この学校で会えたんだ!この学校に来てよかったって、そう心から思ったんだよ。きっとこの学校に来なかったら、私は、卜部藤乃さんに会えなかった。』

 

 最後に、雪村あかりが綴る、このお話のタイトルは。

 

 卜部藤乃と。

 

『雪村先生の教え子に!』

 

 

 実の妹と、嘗ての教え子を、崩れかけた三日月に腰掛けて、見守っている雪村あぐりは、そっと、赤ペンを取り出して。

 二人に、花丸をつけた。





 明日からはコメディに振り切ります
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