殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

81 / 103
幕間の時間
一年Dクラスの祝勝会


 体育祭から三日後。

 つまり、奥田ウィルス(プロテイン)に感染し、ゾンビとなってしまった金田並びに真鍋など生徒達が、理性を取り戻したころ。

 土曜日の夜に、一年Dクラスは祝勝会を開いた。

 五億もあるのだ。焼肉やらカラオケやらで済ませるのは、余りにも、余りにも小さい。

 赤羽筆頭に頭を抱えていたところ、石崎が持ってきたチラシに、総員それだ!となった。

 即ち。

 

「一晩限定!クルーズ船貸切!」

「坂上センセーと、三年BクラスとDクラスの先輩方も含めて!」

「「パーティーだ‼︎‼︎」」

 

「「「「「うぉぉぉぉぉぉ‼︎」」」」」」

 

 総勢百二十名近い生徒の、大歓声である。

 宴開幕の宣言をするのは、カルマと龍園。

 

 一般企業に倣って、三十人で四十五万ポイント程度。

 つまり、百八十万ポイントは掛かるのだが。

 ぶっちゃけ五億からしたら端金である。

 

「ほらほら、坂上センセーもお酒飲みなよ」

「生徒の金で飲む酒は、絶対にうめぇぞ?」

 

 龍園とカルマは坂上に絡んでいく。

 やれやれ、と坂上はため息を吐いた。

 この子達は教員を何だと思っているのか。全く。生徒の金で酒など飲むはずはないだろう。

 全く、大人らしくミネラルウォーターでも頼んでやろう、と、ウェイターを呼び出し。

 

「───、ワインを一杯」

「赤と白、どちらになさいますか?」

「赤で」

 

 しかし、まぁ、生徒が求めているし。

 仕方ないから、赤ワインでも飲むとしよう。

 

 龍園とカルマは大爆笑である。

 しかし、龍園くんは普通に骨折しているだろう。大丈夫なのか、そんなにはしゃいで。

 

「こらりゅーたん。ハメを外すのは結構ですが、激しく動きすぎないでくださいね」

「へぇへぇ。分かりましたよ天馬先輩」

 

 余り大丈夫じゃなかったらしい。

 

「あら、あなたも飲んでるの。珍しいわね」

「黒井先生の方こそ。このような場に参加するなど、稀だと思っていたのですが」

 

 三年Dクラス担任、黒井千歳。

 優雅に椅子に腰掛けて、長い足を組みながら、柔らかくシャンパンを口にする。

 

「奥田ちゃんに誘われちゃったし、それに、今年の一年生は、本当に面白いからね」

「僕は逆に、精神にほんっとうにきたけどね」

「お疲れ様です。長杖先生」

「おう。お疲れ」

 

 ウェイトレスから受け取ったミネラルウォーターを口に運びながら、三年Bクラス担任長杖巡は、とても疲れ果てた顔をしていた。

 何故ならば。

 

「………はぁ、うちの金石に引っ張られた一年生達のせいで、一時期僕の端末にいくらあったと思ってる?五億だよ?五億。

 毎日端末が盗まれないかおじさん本当に心配だったんだからね?」

「うふふふふ。ほんと、小心者ね、あなたは」

「常識人と言ってくれ。あのレベルでぶっ飛んだ学生達を面白いで片付けるのは、星穹くらいにして欲しいんだがなぁ」

 

 現Cクラスの門脇は、どれほど生徒達が暴れ散らかしても全て『ウフフ』と『仕方ないわね』で片付ける圧倒的な包容力の持ち主だ。

 つまり、現三年生担任の常識人は、長杖のみである。

 

「担当学年が逆だったら、私たちの代は、全員胃に穴が空きそうですね」

 

 真嶋星之宮坂上茶柱。

 唯一普通に楽しめそうなのは星之宮ぐらいだろう。

 

「確かに、私たちが彼らを担任してみるのも、面白そうね」

「となると、僕は初期Dクラスの担任になる訳で。…………うわー高円寺いるじゃん。綾小路に堀北、櫛田もいるし。勘弁してくれ」

「私は、奥田ちゃんに赤羽、それから龍園に椎名ちゃんね。楽しくなりそうだわ」

「私は風間さんに獅子上くんに剣城さんですか。とても振り回されそうですね」

 

 というか、三年生も一年生も、基本的に担任を振り回す生徒しかいない。

 どちらの学年も、初期Bクラスが唯一の例外だろう。

 

「ま、僕としては、金石達の担任できて良かったけどね。なんだかんだ、この三年で、僕も成長できたし」

 

 グラスに映る自分の瞳と目を合わせながら、長杖は、そんなことを語る。

 教師は生徒を成長させ、それを見て、自身も成長するもの。

 それに踏まえたら、嘗てのDクラスの担任であった自分が、こうしてBクラスの担任をやれている時点で、成長したと言って良いだろう。

 

「ま、そうね。

 生徒の成長は、私たちに思いもしない刺激をくれる。

 その刺激があるから、私たちは、教師を続けられる」

 

 教員という仕事は激務だ。

 それでも、この仕事を続けようと思えるとしたら。

 叶えたい野望があるから。或いは、生徒を教えるのが楽しいから。

 自分は後者に位置する教師であると、黒井は、そう認識している。

 

「……………そうですね。

 嘗ての私では、考えられない判断を、生徒に釣られて、下すこともある」

 

 赤ワインを飲みながら、坂上は、自身が下した、赤羽業を訴えない判断を、思い起こす。

 嘗ての己だったら、このような判断は、下さないだろうが。

 間違えを認めて、進もうとする赤羽に、期待してみたくなった。

 

「ま、総じて僕たちは、生徒に恵まれたな」

 

 そんなことを言う長杖の目の前を。

 

 猫耳カチューシャをつけて。

 水着に。

 肉球を模したハンドグローブを付けて。

 猫の尻尾を付けて。

 いい笑顔の黄乃玉紀に、首輪を付けられている、猫実詭々が、通り過ぎた。

 

 現実逃避も兼ねて、長杖は、天を仰いだ。

 頼む。見間違いであってくれ。

 視線を戻した長杖の先には。

 

 猫耳カチューシャをつけて。

 水着に。

 肉球を模したハンドグローブを付けて。

 猫の尻尾を付けて。

 いい笑顔の真白珠莉に、首輪を付けられている、猫実詭々が、いた。

 

 思わず笑った黒井と思わず目を見開いた坂上は、再び天を仰いだ長杖を見た。

 

「あなたさっき、生徒に恵まれた、とか言ってたわね」

「………なるほど、そういう意味で」

「違うそういう意味じゃないちょっと止めてくる」

 

 辞めてくれ。後輩達もいるんだぞ。

 

 一年Dクラスどころか、三年B、Dクラスの男子は、それどころか女子も、猫実詭々に、目を奪われていた。

 三年Bクラスの顔良しスタイル良しの三大美人が勢揃いしているだけでも視線が集まるのに、そのうち一人が猫耳尻尾付きの水着姿+首輪にリードだぞ。

 視線は集まるものだろう。

 

 赤くなって目をぐるぐる回して、猫実は、二人に許しを乞うた。

 

「ご、ごめんなさい二人とも〜〜。反省したから許して〜〜。着替えさせて〜〜」

「おかしいわね。聞こえないはずの人間の声がしたわ。ねぇ珠莉」

「玉紀の言う通りです。今この場には、私たち以外には、()()()()()()()()()()()

「ねぇ、そうよねぇキキ?」

 

 鳴けというのか。

 クラスメイトと同級生と後輩達の見ている前で。

 猫耳に尻尾をつけ、リードに引かれたこの姿で。

 にゃーんと鳴けと、そういうのか。

 悪魔か、この二人?

 いやでも確かに、戦犯は自分ではあるのだが。あるのだが‼︎

 これは流石にあんまりだ‼︎

 

「────流石に酷いよ玉紀‼︎ここまでされる謂れは───」

「ねぇキキ?あなたは、今、何かしら」

 

 …………怖いよぉ。

 

「ね、猫です」

「猫は自分を猫です、なんて言いませんよ?」

 

 …………ひどいよぉ。

 

「にゃ、にゃあん…………」

 

 三年生でもトップクラスの可愛い女子生徒が。

 FよりのEの胸を、水着で強調しながら。

 猫耳カチューシャと、尻尾と、肉球グローブをつけながら。

 リードに繋がれて、鳴き真似を、披露されている。

 

 その場に集う男子高校生達の性癖が、粉々にされた瞬間であった。

 

「ねぇ先輩。猫ならもっと芸見せてよ」

「最低です。カルマくん」

「これは擁護できません」

 

 思わずそう声をかけたカルマは、瞬時にひよりと愛美から攻撃を喰らった。

 可哀想、でもないか。

 

「ほらほら。後輩からリクエストされてるわよキキ」

「そうですね。猫じゃらしがあるので、これで遊んでみてください」

「にゃ、にゃーん」

 

 真白が振る猫じゃらしに、猫実は必死にグローブのついた腕で捕まえようと攻撃して。

 腕を振る度に、胸が揺れる。

 

「…………す、スッゲェなアレ」

「あ、あぁ。来た甲斐あったわ」

 

 そんな会話が耳に入って、猫実は、全身を燃え上がるぐらい赤く染め上げた。

 しかし、黄乃はこれで終わりにするつもりはなく、さらに攻め立てようとして。

 いつの間にか、真白の顔が、死んでいることに気付いた。

 

「……珠莉?どうしたの?」

「───少し、貧富の差について、考えていただけです」

 

 真白は、自身の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、統計学的に、自身のような顔立ちの女性は、こちらの方が人気が出るというし。

 …………似た系列の金織は、胸も大きい?

 …………その話は、辞めておこう。

 

「あぁ、その、お二人さん。一応教員的に、あまりにも風紀を乱しているから、お仕置きは、そこまでにして欲しいんだが」

「やれやれ仕方ないわね。キキ。もう着替えて良いわよ」

「ホントっ‼︎わーいやったー‼︎」

「着替えは、こちらの袋に入っていますので」

「ありがとー‼︎」

 

 インターハイ優勝と殆ど同格の俊足で、猫実は更衣室まで向かい。

 そこで袋の中身を見て、絶叫した。

 

「…………何を渡したんだ?お二人さん」

「大丈夫です。ちゃんと、風紀を乱さない服装にしましたから」

「えぇ。安心してください。長杖先生。────それから、少しがっかりした男子生徒諸君」

 

 これからきっと、良いものが見れますよ?

 

 戻ってきた猫実は、鍛えられた艶めかしい太腿を大胆に露出したミニスカメイド服に、尻尾と猫耳カチューシャを付けていた。

 悔しそうな顔で、赤くなっている。

 男子どもは感嘆の声を漏らした。

 

「…………、さっきに比べたら露出度は少ないな。

 よし。風紀的にも問題なし」

「問題しかないでしょうが‼︎」

 

 長杖巡、半分くらい正気を失っている。

 側からやり取りを見ていた奥田愛美は、感心した。

 最近本で読んだのと同じやり取りである。 

 

「な、成程。これが譲歩的交渉術(ドアインザフェイス)というやつですか」

「ええ。本命は、あの猫耳カチューシャ尻尾付きのミニスカメイド服なんでしょうね」

「……………あーあ。お宝写真を売り捌きたかったんだけどなぁ」

 

 なんて悪魔的なことを考えているんだ赤羽業。

 

「おいそこの後輩‼︎人の尊厳で金取ろうってのかコンニャロー‼︎」

 

 下から覗き込むように見上げる猫実に、しかし一切動揺することなく、カルマはスマホのカメラを起動し、数枚撮影した。

 良い感じに谷間が強調されている。

 

「おっ、良いアングル。先輩そのままでお願い。エロガキどもに売れそうな写真だし」

「先輩の尊厳を金にするな───‼︎」

 

 しかし身長的にはカルマの方が高い。

 スマホを高いところに掲げれば、残念ながら奪い取れない。

 基本的には。

 

「───貰いっ!」

「うおっ、マジで?」

 

 カルマの頭上を飛び越えながら、猫実は、見事にスマホを奪い取った。

 が。

 

「…………、げ、お前直前で電源切りやがったな?」

「パスワード分かんないから開けないでしょ?」

 

 自慢げにするカルマは、しかし。

 猫実の手元から。

 カルマの端末を奪い取ったひよりが。

 あっさりとパスワードを解除して、写真を削除していくのを見て、慌て出した。

 

「ちょ、ひよりさん!それ俺の金策!」

「もう既に五億もあるんだから良いでしょうバカルマくん」

 

 別に嫉妬とかではないが。

 カルマのスマホに先輩女子のエロ可愛い写真がどれだけあったところで気になったりはしないが。

 別に自分たちのがあるから良いだろうとか思っていないが。

 

「ていうかなんで俺のパスワード分かるわけ⁉︎」

「あなたが分かりやすいんですよカルマくん」

 

 指の動きから簡単に分かるのに。

 

「さ、さすがです!椎名さん!」

「ありがとうございます。奥田さん」

 

 その様子を見ていた伊吹澪は、一言。

 

「…………絶対椎名付き合ったら束縛強めなタイプだわ」

 

 いやまぁ、多分女友達と普通に遊びにいくぐらいなら、平然としているだろうが。

 …………万が一のことがあったら、ブチ切れそうだなぁ。

 

「猫実。今の君はメイドなんだろう?お代わりのドリンク、貰ってきてくれない?」

「は?ふざけんなし。ボスが勝ってたらこんなことにはなってないんだから!」

 

 それはそれとしてダッシュで取りに行く猫実。

 ツンデレか?

 

「す、凄い猫してるな。あの先輩」

「苗字も猫だし」

「名前も猫だし」

「全てが猫だな」

 

 顔覚えたぞ後輩ども。

 後で酷い目に合わせてやる。

 

「オレンジジュースで良いよね。ボス」

「あぁ、ありがとう猫実」

 

 自然な流れで顎の下を撫でる。甘い顔で蕩けそうになって。

 すぐさま飛び上がって距離を取った。

 

「な、な、な、な、な、な、な、なんで顎の下撫でた⁉︎」

「だって猫だし」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あたし猫じゃない!」

 

 しかし、猫実の後ろから近づいてきた黄乃と真白は、楽しそうに。

 

「いいえ、あなたは猫よ、キキ」

「猫は猫らしく、撫でくりまわされてくださいね?」

「い、いにゃぁあああああああ‼︎」

 

 二人に全身を丹念に撫でくりまわされた。

 腹の下、仙骨の辺り、それから脇の下エトセトラエトセトラ。

 撫でくりまわされた猫実は必死に抵抗するが、それで捲れ上がったスカートだったり、寄せられた谷間だったりで。

 余りにも、余りにも。

 

「これはダメだぞ三人とも!

 風紀が乱れている‼︎」

 

 前屈みになった男子達は、長杖先生に感謝すれば良いのか文句を言えば良いのか分からなかった。

 

 

 少し外れた、静かなところで。

 

 赤羽業と風間率は、チェスで一局差していた。

 

「強くね?先輩」

「まぁ、この手のゲームは僕も好きだからな」

「………なんでテーブルゲーム部には入んないわけ?」

「まぁ、肌に合わん、というやつだ」

 

 ああいう風に、複数人でワイワイガヤガヤチェスをするのは、自身の性に合わない。

 だが、まぁ、卒業までには、占藤とは、決着をつけないとな。

 高育最強のチェスプレイヤーは、現在自分と占藤と堀北学でやり合っている。

 三人とも常に五分。勝っては負けてを繰り返している。

 

「それで、僕になんのようだ?」

「あぁ、俺の友達の堀北鈴音さん、生徒会長選挙に出馬するんだよね」

「………成程。僕たち三年Dクラスに、堀北鈴音に投票しろと、そういうんだな」

「まぁね。堀北先輩の妹だし、体育祭の、最優秀選手は堀北さんだったし」

 

 玉入れと四方綱引きこそ譲ったが、それ以外の全てで一着か一位。

 まぁ、順当な結果と言って良いだろう。

 最後のリレーで、一位でバトンをパスしたのが、最後の一押しだった。

 

「ふむ。まぁ、堀北鈴音なら、僕個人として、投票しても良いだろう、が」

「が?」

「クラスとしてなら、話は別だ。───三年Dクラスに、何の利益がある?」

 

 個人的には、堀北鈴音には、投票しても良いと思っている。

 ()()()()()()()()()D()()()()()()()()()()()B()()()()()()()()()()()()()()

 現在、最も生徒会長に値すると言っても良い。

 浅野学秀も悪くないが、堀北鈴音の方が、個人的にも好みだ。

 南雲雅も十分に強いが、自分で自分を傷付けているようでは話にならない。

 

「あぁそれね。堀北さんは、退()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………成程。制度を無くすのではなく、権限を移す、か」

「だね。まぁ、退学制度があるから、学校の外に出られる人もいるだろうし。それに、赤点を取った生徒のうち、流石に自己研鑽が足りなさ過ぎたりしたら、退学にするらしいけど」

「しかし、それだと生徒会に賄賂を送ったりする生徒も増えそうだな」

「あぁ、それね。

 何でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………成程。実に合理的だな」

 

 南雲雅が抑えられていたのは、堀北学の監視下にあったからで、それでも、権力を利用して大暴れできてしまう、この仕組み。

 これを防ぐために、ひいては、似たようなことができる生徒をもう出さないようにする為に。

 生徒会員に制限をかけるわけか。

 

「まぁ、それならば、僕たちとしても悪い話じゃない、というわけか」

「だね。だって、堀北さんが上に立てば、退学の重さがより適正な重さになる」

「ふむ。まぁ、及第点だ。良いだろう。僕たち三年Dクラスは、堀北鈴音に投票しよう」

「ありがとう。風間先輩」

「気にするな。チェック(詰み)だ」

投了(リザイン)で」

 

 やっぱり強いな、この先輩は。

 

「宴も盛り上がってきたことだし、演奏を始めよう」

 

 剣城海のバイオリンが、船上に響き渡る。

 実に、美しい旋律だ。

 

「ねぇ美野里。多分この演奏さ、金取れるレベルだと思うんだよね」

「あぁ、うん。私も同じこと思ってた。椎名様はどう思います?」

「あんたもうナチュラルに椎名様呼びなのね」

 

 期待されているところ悪いが、音楽は流石に専門外だ。

 

「いえ、その、これがどのくらいの練度なのかとか分かりませんよ?流石に」

「バッハの『G線上のアリア』ですね。とても優雅な音色の中に、宴の場に相応しい楽しげな雰囲気が垣間見えます。

 総じて、プロ級の腕前であると言って良いでしょう」

 

 嘘だろう⁉︎

 これ分かるのか⁉︎奥田愛美⁉︎

 

 カルマの脳裏に、『私が育てました』の襷を肩にかけながら、自慢げに奥田の肩を抱くビッチ先生の姿があった。

 E組女子達はビッチ先生の手によってこの手の教養に関する知識並びに技術は既に身につけている。

 

「───ほう。君、何か演奏できるか?」

「えっと、ピアノで、モーツァルトの『トルコ行進曲』だったり、ショパンの『子犬のワルツ』なら」

 

 いつかの放課後を思い出す。

 

『良いかしら、愛美。

 あなたみたいに大人しめ、まぁ敢えて言うなら地味目な女子が、こんなにテンション高めで楽しそうな曲を弾いてみなさい。

 それだけで、大受け間違いなしよ。

 インパクトで殺すの。音色のちょっとした未熟さは、それで全部ぶち壊しなさい』

 

「ふむ。その二曲なら私にも弾ける。どうだろう。デュエットと行かないか?」

「お誘いとあらば、遠慮なく」

 

 壇上に上がった奥田と剣城は目を合わせて、モーツァルト『トルコ行進曲』から始めた。

 

「…………奥田さん、ピアノ出来たんですね」

「うちの英語教師の仕込みだよ。堀北さんはバイオリン。櫛田さんはピアノ。茅野ちゃんは割と何でも出来るよ。

 何があのタコ殺す役に立つのか分からなかったからね。

 何だって、身につけてきたよ」

 

 優れた殺し屋は万に通じる。

 男性陣も、ダンスだったりとかラップとか仕込まれている。

 

「わぁ、お姉ちゃんの家で聞いたことある曲ですねぇ」

「ほーん。天馬先輩のおねー様ねぇ。やっぱちっこいのか?」

「一番上のお姉ちゃんは身長スタイル共に完璧な大人の女子って感じですが、もう一人のお姉ちゃんは、その、見た目的には女子中学生レベルといいますか。

 凄く頭いいんですけどね」

 

 それを聞いた椎名ひよりの行動は早かった。

 この一ヶ月で鍛えられた身体能力を無駄に利用して、瞬く間に天久天馬の手を取る。

 そして、目をキラキラと輝かせ。

 

「───やはり天久先輩のお姉様は、かの有名な『天久鷹央』先生なんですね」

「天久鷹央?誰だそれ」

「現代に甦ったシャーロックホームズとの呼び声高い、知る人ぞ知る名医にして名探偵!

 彼女が解決してきた難事件は数知れず!時には違法宗教組織の悪行を暴き!時には警察ですら匙を投げた『キマイラ事件』を解決したり!兎にも角にも素晴らしい人なんです!

 ぜひお会いしたいと思っていて、その…………。お、お姉様の、連絡先とか?」

 

 成程。小説の中にいるような名探偵がリアルにいるのか。

 それは、ひよりが好きそうなわけだ。

 

「うーん。お姉ちゃんの連絡先を勝手に教えるのはアレなので、今度、私のメアド教えておきますね。

 卒業したら連絡ください。繋げますので」

「ありがとうございます!是非!」

 

 まぁ、お姉ちゃんも、ファンの子と会えたら悪い気はしないだろう。

 

「ふむ。貴様が赤羽か」

「えっと、獅子上先輩であって──うぉっ、と」

 

 いきなりの裏拳を躱しながら、咄嗟に身構える。

 何でいきなり殴ってきた?

 

「その動き、やはり烏間の仕込みか」

「何、センパイ烏間先生のこと知ってんの?」

「家が自衛隊関係の、俗にいう名家でな。嘗て父は第一空挺団で、烏間の上官を務めていた。

 その縁で、俺も彼に格闘の手解きを受けた経験がある」

「…………はっはーん。そう言う感じ?」

「理解が早くて助かる。少しばかり手合わせを──」

「それをやめろと言っただろうがこのバカ上‼︎」

「む。邪魔が入ったな」

 

 プンスコ怒りながら、風間は獅子上を叱りつけている。

 それを見ながら、カルマは理解した。

 

「はっはーん。振り回してるようで振り回されてるタイプのクラスなわけね」

「大体俺らのクラスじゃねぇか」

「おいおい酷いな龍園。俺がいつ振り回したよ?」

 

 しかし、龍園筆頭にその場にいるDクラス全員が、同じ意見だった。即ち。

 

「「「「自覚あんなら少しは落ち着けバカルマ」」」」

「よーしお前らフルコースな?」

 

 わさびからしエトセトラを構えて、突撃である。 

 骨が折れている龍園が一番遅いので必然捕まった。

 

「ぐ、離せゴラァ!」

「やめてくれ赤羽!それ(フルコース)を龍園さんに振る舞わないでくれ!」

 

 経験者の小宮は必死に止めた。死んでしまう。

 

「大丈夫大丈夫。人間思ったよりも丈夫で───」

「赤羽くん。やめてください」

 

 後ろに立っている天馬が、静かに要求する。

 殺意のような、怒気のようなものを向けられて、カルマは静かに両手を挙げた。

 

「りゅーたんは怪我人です。やるならそれ以外で」

「それ以外にやるのも止めてください先輩!」

 

 石崎、魂の叫びである。

 

 骨付きチキンを頬張りながら、アルベルトは愉快なクラスメイト達のじゃれ合いを、楽しそうに眺めていた。

 静かな雰囲気を好む金田もまた、同じように炭酸水を嗜む。

 

 宴はどんどん盛り上がっていく。

 奥田愛美と剣城海の『子犬のワルツ』が演奏される中で、カルマに追いかけ回される一年生どもは楽しそうに笑って。

 正座して怒られている獅子上と、怒っている風間も、思わず笑う。

 ひよりは天馬に天久鷹央武勇伝を根掘り葉掘り聞きながら、楽しそうに笑って。

 伊吹は猫実に絡まれていた。  

 

「中々足速かったね君。陸部興味ない?」

「ウェルカム!」

「ウェルカム!」

「興味ないです先輩。木下と矢作も、そんなに期待を込めた目を向けないでよ。気まずいでしょ?」

 

 クールにあしらいながら、一口水を飲む。

 

 坂上は一年Dクラスを見ながら、のんびりと赤ワインを味わっていた。

 いつの間にか、グラスは空だった。

 おかわりを頼もうとして、いつの間にか、カルマが隣にいた。その右手には、赤ワイン。

 

「ほら、おかわりだよ」

「感謝します。赤羽くん」

「こっちこそ。アンタのおかげで、体育祭は勝てたし」

 

 もし坂上が、カルマを停学か退学させていたら、この宴は無かっただろう。

 

「───俺、このクラスで勝ちたい。綾小路を、今度こそ超えたい」

「ふっ、期待していますよ、赤羽くん」

 

 オレンジジュースが入ったグラスと、赤ワインが入ったグラスを、軽くぶつけ合って。

 Dクラスからの再出発を、心から祝った。

 

 真の意味で、龍園赤羽クラスが、完成した瞬間である。





 次回は椎名ひよりの大暴走
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。