いつかの約束の通りに、オレは金石先輩と二人きりで、ちょっと高級なレストランにきていた。
この学校本当に何でもあるな。
…………いつかデートに使うのも、良いかもしれん。
「────さて、今日は時間をくれてありがとう。綾小路」
「いえ、その」
丁寧な食べ方というか、マナー通りだな。
外側のナイフとフォークから丁寧に使っている。
所作というか、食べ方のマナーについてはたっぷり叩き込まれたけど、この人も、誰かに教わったのか。
「まぁ、一先ず食事を楽しもうか。お互いに、男二人なんて誰得だよ、とか考えているだろうけど。
特に君は、二人もいるわけだし」
「まぁ、その、はい」
それを言ったらこの人もじゃないか?
「先輩も二人ぐらいいません?」
「あの二人は、ほら、物心ついた時から一緒の施設で育ってきたわけだからね」
そういえば、すごくサラッと言っていたけど、この人、孤児なんだったか。
……………同じ施設から三人もこの学校に入学するなんてな。
「─────『輝ける原石たちの家』。僕たちがいた施設の名前だよ」
なるほど。凄くピッタリな名前だな。
「何だか、先輩達が施設に入ったから、そんな名前になったのかって思ってしまうような名前ですね」
「そうだね。僕は砂金石。玉紀は、黄玉。珠莉は真珠。他にも金剛とかもいたよ。
運命的というか何というか、宝石に関連した名前の子供がいた施設だった」
凄い確率だな。
…………まぁ、この人運良いし。
デザートのチョコケーキも食べて、ナプキンで丁寧に口元を拭う。
同じように口元を拭った金石先輩が、口を開いた。
「─────さて、本題に入ろう」
まぁ、ただ後輩とご飯を食べたいからこんな高そうなところに来たとは思っていないけど。
「単刀直入に言うと、僕はホワイトルームを知っている」
………………そう来たか。
「その、施設から、孤児を、ホワイトルームに?」
「何でも、経営者が一時期運営費を借りたみたいでね。
それで、その貸しを返すために、子供を一人、ホワイトルームに預けることになったわけだ」
預けるって、あそこは託児所なんかじゃないんだが。
「経営者の人は?」
「まぁ、ギリギリまで渋っていたよ。あそこまで劣悪な場所だとは知らなかったみたいだけど、一度入ったら、そう簡単には出られないことは知っていたからね」
……………そう、なると。
この人と、黄乃先輩達が、ホワイトルーム生だったわけじゃなさそうだな。
「…………それで、誰が?」
「ホワイトルームに送られたのは、僕の血の繋がった実の姉、金石
今となっては、隔離病棟に入院中だ」
ホワイトルーム脱落者の、典型的な末路だな。
夏休みにあったブレイドみたいなのは例外。
元気に殺し屋してたブレイドがおかしいんだよな。いや、殺し屋やってる時点で元気とは程遠いとは思うんだが。
「完全に、壊されてね。今では、実の弟の僕のことも、わからない」
今でも、あの時の光景が、目に浮かぶ。
十一歳の頃、施設の前に、黒いバンが止まった。
二階の部屋から、その様子を見ていた。
経営者の先生が出迎えて、それで、開かれたバンの後部座席から、白い服を着た少女が、門の前に投げ出された。
地面がアスファルトな事なんて、そいつらは気にも留めなかった。
その少女は、為されるがまま、地面に叩き付けられて。
あまりの光景に、先生は、固まっていた。
僕も、ただ事じゃないことなんてすぐにわかったから、慌てて門まで走った。
門の前に着いた時、先生は、少女を。
四歳上の僕の姉に、必死に声をかけていて。
でも、姉は、僕を視界に入れても。
『…………だ、れ?』
『な、に、言ってるの、姉さん』
『…………姉、さん、?』
僕が誰かも、わからなかった。
三日後の夜、精神科医の先生が下した診断を、僕は盗み聞きしていた。
『───この子は、治るのよね?』
『いや、恐らくは治らないだろう。似た症例の子供を後何人か知っているが、全員、治療の甲斐なく隔離病棟に入院している。
………この子も、そうした方がいい』
珠莉が姉さんと作った白い折り紙の小鳥を見せたとき、姉さんは発作を起こして、それを破り捨ててしまった。
…………似た症例の子供達は、白に過剰なまでの拒絶反応を示すらしい。
小鳥はずっと、珠莉にとっての姉さんとの思い出の宝物だったのに。
玉紀が姉さんと先生と一緒に作った思い出のパンケーキをあげても、姉さんは食べてすぐに吐き出した。
…………甘すぎて、体が受け付けなかったらしい。姉さんの好みの味付けだったはずなのに。
玉紀はずっと、帰ってきたら、食べさせてあげようって、料理をたくさん勉強していたのに。
……………ずっと昔、僕が赤ん坊の頃に撮った家族写真を見せても、姉さんは何も、分からなかった。
両親のことを何も覚えていない僕に、二人のことを教えてくれたのは、姉さんだったのに。
何が姉さんをこうした。
どうして姉さんは、こうなった。
誰が、姉さんを、殺した。
……………あぁ、そうだ。
僕にとって、もう、姉さんは、死んだ。
そう思わないと、やってられない。
「施設の経営者の机を調べる中で、ホワイトルームの報告書を見つけてね。
まぁ、要約すると、『壊れはしたが、とても優秀な個体だった』だってさ。
……………ほんと、ふざけてる」
「……………あそこは、そういうところですから」
ついでに色々書かれていたよ。『当該個体1066』は、他の『個体』への積極的な援助、指導を行っていた。
『1066』の指導により、ホワイトルーム三期生に施工したカリキュラムは、より完成度を高められた。
この三期生に施したカリキュラムにより、四期生にして最高傑作、『当該個体1524』が誕生したってね。
「……………分かるかい。奴らにとって姉さんも、他の三期生も、四期生のその最高傑作、『1524』以外の全ても、それどころか『1524』すらも、人ではなく作品だった」
あそこはそういう部屋だった。
オレはそういうものだと割り切って、そういうものだとカリキュラムをこなしていた。
辛かったとか、苦しかったとかは、余り思わなくて。
別に作品として扱われたとしても、辛くはなかった。
「感情を殺すカリキュラム。姉さんは実験的にそのカリキュラムを施された。
効果は抜群だったそうだよ。加速度的に、姉さんから喜怒哀楽は消えていったんだってさ」
どこまでもどこまでも、人について書かれた記録はなかった。
そこにあったのは、ホワイトルームの育成カリキュラムを、実験的に施された、『当該個体1066』についての情報だけ。
分かるかい。綾小路。
唯一の肉親が。何よりも大切な人が。どこまでも、実験個体として、消費され尽くした、この、怒りが。虚しさが。
「………………オレには、家族がいないので。その感情は、分かりませんが。
とても、辛かったでしょう」
もし、鈴音が、桔梗が、E組の誰かが、そう扱われたら。
オレも、悲しむのだろうか。怒れるのだろうか。
金石先輩は、そんなオレに、予想外だと言わんばかりに、目を見開いていた。
「──────『当該個体1524』。ホワイトルームの最高傑作が、同情するなんてね」
「………………そこまで、知ってたんですね」
「君がそれなんじゃないかって思ったのは、体育祭での活躍を見たときだね。
明らかに、異常な完成度だったから。
高校一年生で学に匹敵するとか、そうでもないと納得できない」
まぁ、詰まるところ、君の戦いに、僕も一枚噛ませてくれってことさ。
僕の夢は、綾小路篤臣への復讐。
奴の完全な失脚と、ホワイトルームの完全崩壊が、僕の夢さ。
オレは、何を言えばいいのだろう。
血の繋がったあの男が作り上げた地獄の中で、この人は生まれた。
桔梗みたく、波長を見抜くことはできないから、この人の感情は分からないが。
それでも、この人がどうして、あっさりと全てを賭けられるのか、よく分かる。
復讐以外に、もう何も無いんだ。
どれだけ美味しいものを食べても、どれだけポイントを稼いでも、心に大きな穴が空いてるから。
だから、もう。
「………復讐が終わったら、どうするつもりですか」
「ま、適当に日銭を稼いで、適当に生きて、適当に死ぬよ」
なんてことは無いように。
この人は、その後のことなんて、何も考えていないんだ。
未来を向いているんじゃない。過去に精算をつける為だけに。
きっと、あの男を潰す為なら、命すらも、惜しくはないんだろう。
いつかの茅野と、同じ目をしていた。
「………何だい?僕の生き方に憐んでいるのかい?」
「………いいえ。憐れむつもりも、否定するつもりもありません。あなたがどう生きてどう死ぬとしても、オレが何かを言うべきことじゃない」
「ふふふ。本当に、良い出会いがあったようだな。君は」
「………ただ、少しだけ」
悲しいとは、思います。
「驚いた。君は、本当に、ちゃんとヒトになっているんだね」
「…………あなたが言ったように、出逢いに恵まれましたから」
いつか、堀北家でご飯を食べたことを思い出す。
二学期の期末前のあの日は、唐突なゲリラ豪雨に襲われて、オレも鈴音もずぶ濡れになってしまった。
それで、その日に限って、松雄は体調を崩して、迎えには来れなくて。
期末試験も控えているこの時期に、ずぶ濡れで外に居て、体調を崩したりしたら、浅野との勝負で不利になるから、と、半ば強引に、鈴音に家まで引っ張り込まれた。
堀北家は、良くも悪くも普通だった。
………、今思うと、何でこんな普通の家から、先輩と鈴音という、バグ染みた人達が生まれたのか、とは思うが。
堀北家での食事は、とても、楽しかった。
鈴音は、父と母と、とても楽しげに話していて。笑っていて。
それを見て、オレも、楽しいと、そう思えた。
なぁ、金石先輩。
先輩が、お姉さんのことを、話していたとき。
オレも、悲しいと、そう思えたから。
「……………金石先輩にとって、黄乃先輩たちは、生きる理由にはなりませんか」
「ならないね。まぁそもそも、二人には本来関係ないことだから、復讐には付き合ってほしくないんだけど」
何だか、悲しい。
渚も、こんな気持ちだったのかな。
「……………二人は、大切ですか」
「大切だよ。当たり前じゃないか」
なら、なんで、なんて、聞かなくても分かる。
「──────大切だから、もう巻き込みたくないんだよね。まぁつまり、君と手を組んだ暁には、二人には、復讐から離れてもらおうかなって。
珠莉は画家になるのが夢だから、それをちゃんと追って欲しいし。
玉紀は、経済とかその辺りのことも、ちゃんと勉強しているからね。将来のために、頑張って欲しいんだ。
こんな危なくて何の生産性もないことからは、ちゃんと離れて、真っ当に生きて欲しいんだよね」
…………………まぁ、その気持ちは、分かるんだが。
「多分、あの二人は、離れてはくれないし、離してもくれないんじゃないですか」
「そうなんだよねぇ。そこが本当に面倒だ。参考までに聞きたいんだけど、君はあの二人を振り払う時は、どうするんだい?」
言えない。
絶対に言えない。
実質前戯で腰砕けにさせて何とか、とか言えない。
いや、だって、一応今、堀北先輩も立ち会ってるんだ。オレたちの後ろの席に。
殺される。本当のことを言ったら殺される。
「まぁ、その、誠心誠意、心を込めて、説得してます」
「何だか含みがあるような気もするけど、これ以上はよそう。怖いお兄さんに、共犯者を殺されたくはないからね」
「助かります」
「おい綾小路。それは、とてもでは無いが口に出来ない方法で説得している、と言う認識であってるのか?」
口が滑った。
背筋が凍る。助けて、金石先輩。共犯者予定ですよね。
金石先輩は、そっと、目を逸らした。
「─────今日の夜、少し付き合え」
「殺さないでください」
「内容次第だな」
殺されるじゃん‼︎
「くっくっくっ、君は、本当に、ちゃんと人間なんだねぇ。E組の教師とあの二人のことは、尊敬するよ」
「でも、先輩にも、そう言う出会いが、あったんじゃないんですか」
「まぁそうだね。君にとってのE組は、きっと、僕にとっての、あの家だった」
まぁ、なんて言うか。
一口、水を飲んで、唇を湿らせた金石先輩は。
つまらない話だけど、付き合いなよ。
思い出話を、始めた。
小学生の頃の話だ。
ほら、自分で言うのもなんだけど、僕は顔が良いだろ?そのくせ孤児だし。初恋泥棒、みたいな?
それでまあ、ガキ大将が好きな子が、僕を好きになったりしてねぇ。やっかみだとか嫉妬だとか、よくぶつけられたものだよ。
まぁそれで、物を隠されてね。探していたら、それが捨てられたことに気付いたんだ。
むかついたから、その子をまぁ、その、ポカリとやっちゃったんだ。
「カルマみたいですね」
「そういえば、赤羽は暴力事件を起こしていたな」
赤羽に比べれば、多分可愛い物だったとは思うんだけど。
まぁそれでも、暴力事件は大問題でね。先生、施設の方の先生が呼び出されて、被害者の親が、それはもう凄いモンペでねぇ。
やれ、実の親じゃないからこんなに躾がなってないんだ、とか。物を隠されたぐらいが何だ、とか。こんな子供を置いておくなんて、碌でもない施設のようね、とか。
捨てられたのは、姉さんが作ってくれたお守りだったんだけどね。
でも、先生は、ただひたすらに頭を下げていた。
ただひたすらに、その親の言うことを受け止めていた。
その日の夜、謝ったんだけど、先生に叱られたんだ。
謝る相手が違うって。
相手が、どれだけ許せないことをしたとしても。
それで、どんなに怒ったとしても。
あなたがやるべきなのは、ちゃんと学校の先生に伝えて、ちゃんと怒ってもらうことだったって。
殴ったりしたら、それで、味方が減ってしまうって。
そんなことを繰り返していたら、いつか、あなたの周りが、敵だらけになってしまうって。
あなたがそうなったら、私が悲しいってね。
「まぁ、なんていうか。
良い先生だったよ。
今となっては、全力で、教えに反しているんだけどね」
先輩は、悲しそうに、そう言った。
きっと、親代わりだった先生の言うことを無視してるのに、罪悪感を抱えているんだろうが。
殴られたら殴り返す。
それは、確かに、よくないことだけど。
でも、先輩は。
「でも、先輩は、オレを復讐の対象には、しないんですね」
「まぁ、息子に罪はないからね。例え君が、姉さんたちの屍の上に生まれた『最高傑作』だとしても、変わりはない」
「…………なら、先輩は、その先生の教えに、反してはいないと思います」
泣き寝入りしろとは、その先生は、教えていない。
ちゃんと、第三者を噛ませて、適正な手続きを取れ、と、そう言っていた。
「…………あぁ、確かに」
綾小路篤臣を、殺すのではなく、失脚させる。
それはつまり、ちゃんと、手続きを踏んで、政治家としての資格を、剥奪しようとしている。
それを、間違えているとは、言いたくない。
「思ったよりも素直だな。お前は。それに、思ったよりも真面目だ。
ちゃんと、先生の教えを守り続けている。今も昔も」
「まぁ、そうなのかもね」
だからこそ。
「自分が死んでも良いなんて、そんなことまでする必要はありません。
あんな奴のために、先輩が命を賭けるなんて釣り合っていない」
この人がそこまでして殺す必要は、ない。
「おいおい。実の親に対して、少し辛辣だなぁ」
「…………まぁ、綾小路の家庭環境を踏まえれば、仕方ないだろうが」
とにかく。
「手を貸して欲しいとは、思いますが。
自分が死んでも、なんてことは、やめて下さい。勿体無いので」
「…………そう、だね」
金石先輩は、何だか、少しスッキリした顔だった。
「ま、まずは綾小路篤臣を失脚させる。
その後のことも、今から考え始めるとするかな」
「ギャンブラーは仕事ではないからな。それ以外で頼むぞ」
「おいおい。酷いじゃないか。僕の天職なのに」
「経営者とか向いているかもしれませんね」
「社長かぁ。ちょっと楽しそうかもね」
色んなことを、話しながら。
オレたち三人は、カラオケだったりで遊び回っていた。
「さて綾小路。お前はどうやって、鈴音と櫛田を説得しているんだ?」
「…………………いえません」
「吐いたほうがいいよ綾小路。秘密は、いつかバレるからね」
「…………なら、約束しよう。聞くだけだ。本当に、聞くだけだ」
「本当ですね。本当なんですね。信じますよ」
「まぁ、うん。ブチギレて暴れ出したら、僕が抑えるから」
綾小路清隆は、自身がどうやって二人を説得したのかを、説明した。
「……………………なんっていうか、それもうほんとにダメな奴じゃないかな?」
「お前本当に責任取れよ」
「…………はい」
「えぇ?説得する時僕もあの二人にこれしないとダメなの?」
「いやまぁ、そこまでせずとも、ちゃんと話せば、大丈夫だとは思うが」
「実際どれくらい仲良いんですか先輩達は?」
「三年Bクラスの二股クソ野郎。それがこいつのあだ名だ」
「実に不名誉で腹立たしいんだけど?」
「わかります。その気持ち」
「この同類クズどもが」
純愛を貫く元生徒会長に吐き捨てるように罵倒される先輩後輩コンビがいた。
というかオレと金石先輩だった。
「そういえば、何で先輩は、砂金石なんですか?金石って、金剛石とも言えるじゃないですか」
「拘りだよ。拘り」
ほら、砂金石って、偽翡翠と言われるぐらいには、翡翠にそっくりだろ?
施設の先生が
その人にあやかって、僕と姉さんは、砂金石なのさ。