二年Cクラスの現首脳陣、須知萌香、桃井緋音、狐判稔は、会長選挙で、頭を抱えていた。
「反南雲くんだけを考えるなら、卜部さん一択じゃないかな」
須知萌香。去年からずっと、このクラスのリーダーをやって来た。
桃井緋音の台頭と、狐判稔の南雲への勝利を機に、二人を首脳陣に引き上げて、クラス運営に参加してもらった訳だが。
「うむ。公約も、妾たちにとっても悪くないものじゃ」
「問題は、南雲くん以外のとこの公約は、どこも同じぐらいの魅力があるってところなんだよね。特に、堀北さんの公約は、すごく魅力的」
学力で不安の残る二年Cクラスにとって、退学制度にメスを入れてくれる堀北鈴音の公約は、非常に魅力的なのだ。
だがそれは、浅野の公約にも言えること。
「んん?それって変じゃない?浅野の公約って、要は学力重視な訳でしょ?」
「うむ。特別試験が減れば、それだけ妾たちの勝率は下がるはずじゃが」
そう。公約だけを見れば、浅野に投票する理由は薄い。だが。
「───ねぇ、須知さん。緋音ちゃん。もし、特別試験が減って、難易度が易しくなるなら、どういうタイプの試験になると思う?」
そう。もし、そうなるとしたら。
「………そう、ね。単純な身体能力が求められるものが増える、とは思うわ。
だって、試験で勝つための策略を練る時間を減らして、その分を勉強に当てるようにするのが、浅野くんの公約なわけで────あぁ、そう言うこと」
「んんん?つまりどういうことじゃ?」
そう、現二年Cクラスにとって、身体能力を求められる試験がおこなわれやすくなる、というのは、願ってもない話なのだ。
何せ、二年生での身体能力平均値では、まず間違いなく、Cクラスがトップ。対抗馬になり得るDクラスは、南雲が荒らし回ってくれたお陰で、立花含む十二名が退学。
もし、身体能力でぶつかりあうような試験になれば。
「私らのクラスの勝率は、間違いなく上がる。平均値だけじゃなくて、─────桃井もいるしね」
「…………なるほど。確かに妾ならば、その手の試験では大活躍間違いなしじゃな」
桃井緋音の身体能力は、二年生ぶっちぎりのトップ。
何せ唯一の、体育祭無敗なのだから。
「そして何より、特別試験が減って、逆転の機会が減れば、この学校は間違いなく、減った特別試験一つあたりの報酬も、より増える。
────だって、逆転の芽をなくすのは、この学校の目的に反しているから」
数は減り、難易度も易化する。
必然、
そして、試験の内容は、より身体能力が求められるものになるわけで、さらに──。
「浅野が生徒会長になったとしたら、まず間違いなく、来年の体育祭の報酬は、今まででは考えられないぐらい増える」
「───そう、このクラスの最大の強みは、緋音ちゃんっていう、身体能力学年最強のスターがいること」
「………少し、その、恥ずかしいのじゃが」
「事実でしょ。つまり、狐判が言いたいのは、強みをより生かす為には、浅野に着いた方が得ってこと?」
「うん。公約に掲げられた政策が施行された後なら、学校の対応も、私の予想からは、大きく外れたものにはならない」
弱みである学力不足を打ち消すのならば、堀北鈴音についた方が得だが。
「勝つ為には、弱みを消すよりも、強みを伸ばす方が大事。
南雲くん率いる二年Aクラスと、卜部さん率いる二年Bクラスに勝つには、緋音ちゃんっていう最大の強みを、全面に押し出せる環境を作る必要がある」
「浅野の政策なら、その環境が作られるはず」
負けない為に、クラスメイトをこれ以上減らさない為なら、堀北鈴音についた方がいい。
被害が出ないようにする為に、クラスメイトを危険な目に合わせないようにする為なら、藤乃さんについた方が絶対にいい。
自分たちだけがAクラスで卒業したいなら、南雲くんについた方がいい。
このクラスで、Aクラスに上がりたいなら。
「浅野くんにつくのが、一番、私たちの勝利に近付く」
「でも、卜部さんと堀北さんの公約も魅力的よ?南雲くんのも、生徒個人個人の意欲を、より引き出せると思うけど」
その通り。
だが、そこは何の問題もない。
「────多分、そこは大丈夫。
誰が生徒会長になっても、
狐判の読みが正しければ、そうなる。
「…………どういうこと?それって、選挙の意味無くない?」
「今回の選挙は後継者争いでもあるの。堀北会長の後継者争い。
────南雲くんも、藤乃さんも、浅野くんも、堀北さんも、
「いやいや。南雲は、少し違うとは思うのじゃが」
「うん。少し前の南雲くんなら、健全さとか公平さとか、一切気にしなかったと思う。
でも、この前南雲くんと指してるときに気付いたの。
本心では、きっとこういうの嫌がってるなって」
指し方には、個人の感性というか、思考が滲み出る。
南雲雅は、奇策よりも正道を好んでいた。
「────多分、藤乃さんに勝つ為に、手段を選ばず戦って、勝っちゃったから、止められないんだよ」
「…………そっか。だから今回の選挙、やけに大人しいのね。悪評ばら撒くぐらいはすると思ってたのに」
「藤乃さんが正面からちゃんと戦うって言ったからね。他の二人もそういうことはしない。
────必然、正面からの戦いを好む南雲くんも、同じように正面から。
そんな南雲くんだから、他の人の政策も、ちゃんと拾う。特に退学制度にメスを入れる堀北さんの政策は、まず間違いなく取り入れられる」
今回の選挙は、堀北会長の後継者争いであると同時に、新しい学校の大まかな形を決めるものでもある。
「堀北さんの、より平等な実力主義か。
浅野くんの、より合理的な実力主義か。
南雲くんの、より個人的な実力主義か。
藤乃さんの、より公平な実力主義か。
いずれにせよ、今までみたいな、ルールの穴をついて相手クラスを貶めるようなやり方は、是正される」
「そして、私たちにとっては、個人よりも平等よりも公平よりも、合理の方が、勝ちやすい」
「その分、今までよりも勉強会の頻度は増やさないとダメなんだけど───。ね、緋音ちゃん」
「ギクッ」
「毎度赤点ギリギリだものねぇ」
学力の底上げは、よりちゃんと行わないと。
「結論としては、私ら二年Cクラスは、浅野につくってことね」
「うん。藤乃さんには、私から話をつけておくね。まぁ、あまり気にしないとは思うけど。
緋音ちゃんは、浅野くんに直接伝えてきて。
「かしこまりじゃ‼︎」
風を巻き起こしながら、桃井緋音は教室を飛び出した。
須知萌香は、狐判稔に、質問する。
「────で、浅野とどんな取引をしたの?」
「別に取引とかはしてないよ。お互いに利害が一致してるから、こっちから援護しただけ」
一之瀬帆波から味方になってもらった藤乃さんのやり方は、確かに上手い。
信頼と実績の無い藤乃さんに、外付けの信頼と実績を付け加える一手だけど。
「私たちのクラスにとって一番都合が良いのは、浅野くんが会長になってもらうことだからね」
だから、
「…………藤乃さんには、本当にごめんなさいって感じなんだけど」
「まぁ、あんまりそういうの気にする人間じゃないでしょ」
浅野くんは多分、元々緋音ちゃんを味方につけるつもりだった。
だから、あの審議の時も、積極的に緋音ちゃんの味方になっていた。
この公約も、その裏には緋音ちゃんとの協力関係を結びやすくする狙いがある。
まぁ、学力重視も本気なんだろうけど。
「────堀北さんの公約は、誰が生徒会長になっても形を変えたとしても必ず実行される。
退学制度にメスが入って、喜ばない学生はいないからね」
「うちの学年は、特にその辺り渇望してるだろうねぇ」
公約と、堀北会長の実の妹で、一年生でDクラスをBクラスにまで引き上げた立役者の一人で、学年でもトップクラスの人気者で、体育祭での最優秀選手。
堀北さんに広告塔はほとんど要らない。
だって、本人が相当な広告塔だから。
でも───。
「浅野くんと藤乃さんは、広告塔がどうしても欲しかった。
だから、浅野くんは緋音ちゃんを、藤乃さんは、一之瀬さんを狙った」
「そこ、普通だったら逆じゃない?」
「うん。多分逆にした方が、お互いに楽になったんだろうけど、それよりも、自身のやりたい改革に沿っている方を選んだんだろうね」
「茨の道を敢えて進むってことね。まぁ、高育で生徒会長やるなら、これぐらいしないとダメってことなんだろうけど」
浮いた票をどれだけ引き込めるか。
一年生の浮いた票は、かなりの数を堀北さんたちが引き込める。
だって、イケメンランキング二位の平田くんと、三位の綾小路くん、五位の赤羽くんがついてるし、人気ランキング三位の櫛田さんと、四位の堀北さん自身がいる。
イケメンランキング一位の里中くんと、四位の浅野くん。人気ランキングツートップの一之瀬さん雪村さんが、別々の陣営についたから、一年生の人気どころが一番集まっている堀北さん陣営が有利。
そして堀北さんは、三年生女子人気ランキング二位の真白先輩を味方につけた。
多分、選挙に勝つ為にやって来たことだと、堀北さんたちが一番本気度が凄い。
でも、南雲くんの有利は、そう簡単には崩れない。
多分、Cクラスからも十人程度は、南雲くんに投票する。
それだけ、一年間で得た信頼は強い。体育祭での諸々と、私に負けたあの審議を含めたとしても、それでようやく、本気で準備して来た堀北さんと互角。
運も味方につけて、一之瀬さんと雪村さんに味方になってもらった藤乃さんでも、まだ一歩足りなくて。
この一手で、相当数の二年生の浮いた票を浅野くんに集めても尚、南雲くんの方が上。
どのクラスも、一定数の南雲くんの子飼いがいる。まぁ、一年生だと、殆どいないけどね。
「改めて思い返しても、南雲くんは相当優秀なのね」
「うん。多分なんだけど、わざわざあんなふうに、自分も罪悪感でおかしくなるような手を使わなくても、ちゃんとクラスをまとめ上げて、ちゃんと戦ってたら、多分、藤乃さんにも正面から勝てる可能性はあったと思う」
「まぁだよねぇ。焦り過ぎじゃないかな。南雲くんは」
そう。焦り過ぎなんだ。
藤乃さんは強い。
それは良く知ってる。
多分、南雲くん一人じゃ勝てない。
それも良く知ってる。
でも、もし、南雲くんが、一学期の期末から、本当に心を入れ替えて、ちゃんと真正面から戦っていたら。
そのうち、私たちCクラスと、Dクラスは、南雲くんについてたかもしれない。
人を惹きつける魅力、というか能力に関しては、多分南雲くんは、学年どころか学校でもトップクラス。
だから、ちゃんとやってれば、私たちもAクラスを倒す為の同盟を組むぐらいなら、普通に受け入れてた。
そうなれば、藤乃さん九十九さん鬼龍院さん桐山くんのAクラスと、南雲くん朝比奈さん影乃くん殿町くん溝脇くんのBクラス、私と須知さん緋音ちゃんのCクラス、立花くんとほむらさん、は多分クラス間競争とか興味ないからやらないとして、そのDクラスなら、多分、勝てるはず。………勝てる、はず。…………………勝てる、よね?
いやでもどうだろ。藤乃さん普通にやばいし、鬼龍院さんも同じくらいヤバいし、九十九さんもまぁヤバいし、桐山くんも普通に協力的だし優秀だし。
あぁ、そっか、南雲くんがああいうことしないってことは、青井さんも残ったわけで。
青井さんは普通に優秀なわけで。
桐山くんと青井さんがクラスを纏めつつ、藤乃さんが全体の指揮取って、九十九さんがその補佐しつつ、ハッキングっていう飛び道具もあって、鬼龍院さんが藤乃さんの指揮の元好き勝手引っ掻き回すのかぁ。
うわぁ。やばぁ。
あ、これ勝ち目無い、かも?
うーん、南雲くんもそう考えたから、あんなことしたのかなぁ?
いやでも、南雲くんそこまでやる?いややったんだけどさ。
「…………指し方的に、なんか違和感あるんだよね」
「さっき言ってた南雲の性格の話?」
「あぁうん。声に出てた?」
「うん。まぁ、分からなくもないんだよね。確かに手段を選ばない奴ではあるんだけど、あそこまでやるやつだとは思えないっていうか」
「うん。私もそう思う。なんか、違和感あるんだよね」
そう、違和感がある。
なんか、こう、遠いところから、南雲くんがそっちに転ぶよう、誘導した人がいる気がしてならない。
「…………ねぇ、勝つ為に、あんなことをさせるような教師、いると思う?」
「いやいやいやいやいや。流石にうちの教師連中でも、あんなことをやらせるような奴はいないでしょ」
「まぁ、だよねぇ」
現二年Aクラス担任の翡翠恵先生は、凄く優しくて良い先生だとは思う。
あの先生が、そんなことするとは思えない、けど。
(…………一度、藤乃さんに会ってもらおうかな。
藤乃さんなら、嘘も分かるだろうし)
そんなことを考えてたら、緋音ちゃんが、戻って来た。
なんか、尻尾振ってる気がする。
「────稔の言う通り、二年Cクラスは浅野を応援すると言っておいたのじゃ‼︎浅野が言っておったぞ‼︎『
「うん。ありがとう緋音ちゃん」
一之瀬さんに味方になってもらうことで、横並びになった四人は、この一手で、浅野くんが一歩リードってところかな。
さて、次は、誰がどんな手を打つのか。
なんかこういうの、ボードゲームみたいで楽しいかも。
「うーむ。自信がついたのは全然良いことなんじゃが、なんと言うか、ちょっと有栖に似ておるの‼︎」
「ねぇ。気弱で可愛らしかった狐判さんはどこへやらって感じ」
須知と桃井は、成長した狐判を嬉しく思うのと同時に、ちょっと悲しくなってきた。