個人的には、暗殺の才能=優しさみたいなところあると思っています。
ほら、優しい人って、警戒できませんし。
高校時代から、この人は何も変わらない。
いつも仏頂面で、いつも堅苦しい。そういう人だ。
『それで、金を貸して欲しいだと?』
『まぁ、そうなるわね。児童養護施設を開いたのは知っているでしょう?金石先輩達の子供達も引き取っているのだけれど』
子供達の面倒も見ながらだと、まともにお金も稼げないもの。
だから、こうして、綾小路くんの手も借りたいのよね。
『借りた分は必ず返すわ。だから、───』
『実は、ある施設を運営していてな』
もう、話を遮るのは、よくない癖よ。
まぁ、聞くだけ聞くけれど。
『そう。どんな施設なのかしら』
『人工的に天才を作り出す施設、というべきだろうな。子供達に英才教育を施す、特殊な施設だ』
それだけ聞くと、悪くなさそうなのよね。
なるほど。
『誰か一人に通わせて欲しいってことかしら?』
『いや、通いではなく泊まり込みだ。それも、推定で十年以上はかかるだろう』
『論外ね』
呆れた。
そんな施設に子供を預けるわけないでしょ。馬鹿じゃないの?
『安心しろ。カリキュラムは常識の範囲内だ』
『そこじゃないわよ馬鹿じゃないの』
本当に、何考えているんだか。
そんな施設に子供を預けるわけないでしょ。
しょうがない。諦めましょうか。
『─────金は倍出す、返済も必要ない。そう言ったら?』
『額の話じゃないわ』
『三倍』
『だから、そういうんじゃ───』
『四倍。五倍、六倍』
『ちょ、だから──』
『十倍、まだ足りんか?』
な、何なのよ、もう。
議員は確かに儲かるでしょうけど、この額は、流石に異常よ。
…………はぁ、しょうがない。
ここまで出されたなら、まぁ、前向きに検討しておかないとね。
夜のリビングで、渡された資料を読む。
うーん。カリキュラムは、そこまで狂ってはいないのね。
あくまで、常識的。
でも、ここに預けたら、出られないのよね。
やっぱり、辞めておこうかしら。
でも、そんなこと、言っている場合じゃないくらいのことが起きた。私が勤めていた商社が潰れた。何の前触れもなく。
一方的に、援助が打ち切られた。補助金を申請しても、なぜだか却下されて。
何だか、悪意のようなものが、この施設を追い詰めているようで。
『……………もう、これしかないのかしらね』
でも、そんなこと。
『…………先生?どうしたの?』
『何でもないわ。麗』
夜遅くまで、あの子は起きていた。
…………私が起きていることに、気付いたのかしら。
『ねぇ、先生。それ、私が行こっか?』
何、言って。
あなた、いつ───。
『ごめんね。昨日の夜、机で寝ている先生に毛布かけようとして、それ読んだの』
…………この子は、本当に。
『多分、ここに戻ってくるの、十年と少しぐらいは先になるんだよね?』
『………そうね。だから、気にしなくていいわ。私が何とかするもの』
大丈夫よ。大丈夫なのよ。麗。
何も心配しなくていいの。
『………先生。私、みんなを助けたい‼︎お願い先生。行かせて』
ダメ、と、言いそうになって、考える。
麗は、多分、自己犠牲の気質がある。
ここで、博の、みんなのお姉ちゃんでい続けていたら、いつまでも、これが無くならないのかも。
悪いところじゃないけれど、行き過ぎたら、不味いものね。
『………条件が、あるの』
『うん。何?』
ここにいるのは、きっと、見たこともない子供達だけ。
なら、この子にとっても。
『誰よりも、自分を大事にして。周りを助けようとしないでね』
『……………うん。分かった』
お別れ会を開く時、博はずっと、不機嫌だった。
分かっていた。博に恨まれるだろうことも。
『先生は、かねでねえさんをうるの?』
えぇ、そうよね。そう思われても、そう言われても、何も言えない。事実でしかない。
玉紀と珠莉は、不安そうに私たちを見ていた。
『ねぇ!こたえてよ、せんせい‼︎』
『違うよ。博。私が、行きたいって言ったの』
それに、博は、ショックを受けていた。
裏切られたと、そう思ったのかも知れない。
ちゃんと、話さないと、ダメなのよね。
『…………お金は、理由の一つよ。
でも、他にも理由があるの』
『…………どんなりゆう?』
納得いかないでしょうけど、ちゃんと、説明しないとダメなのよね。
『麗自身のためよ』
『………えっ?それは初耳だよ先生』
やっぱり、あれだけじゃ伝わらないのね。
『麗。あなたは優しい子よ。それは、誇らしいことなの。
でも、行き過ぎている時がある』
遊園地の時もそう。
麗は、本心からメリーゴーランドに乗りたかったんじゃない。
観覧車から遊園地を見下ろしている時も、遊園地に入った時も、麗の視線は、海賊船に向けられていた。
でも、麗は、賢いから。
海賊船で並んでいたら、観覧車に乗れなくなることに気付いていた。
だから麗は、嘘をついていた。
ずっとそうだった。
折り紙の時も、麗は、珠莉が熱心に本を読みながら、でも、うまく折れないでいるのに気付いて、夜遅くに練習していた。
玉紀と料理を作る時も、コンロはそれとなく自分が使うようにして、玉紀が火傷を負わないようにしていた。
私は、それを、麗の優しさだと思っていたけど、違った。
───みんなが幸せなら、それでいい。
麗はずっと、みんなの中に自分を入れていなかった。
初めからそうだったのか、あの事故がきっかけだったのかは、分からないけど。
『だから、みんなから、一度麗を引き離そうと思っていたの。
麗に、自分だけを大事にすることを、学んで欲しいから』
いつか、そうしようとは思っていた。
それが、大分早まってしまったけれど。
『…………その、そんなに良くないかな?こういうことするのって』
『いいえ。でも、何事も、過ぎたるは及ばざるが如しっていうもの』
もう、綾小路くんには伝えてある。
『その、あなたの施設に預けるの、金石麗って言うんだけど、すこし、周りを優先しすぎるというか、自分をあまり大事にしないところがあるの』
『………なるほど。だから、一人にさせて、自分を大事にすることを覚えさせようと?』
『………えぇ。乱暴なやり方だとは、思っているわ。
でも、この家にいる限り、どれだけ言っても、麗は周りを優先してしまう。
あの子は、頑固者だから』
………でも、博が、納得してくれるかは、分からなかった。
きっと、納得しないだろうし。
『ごめんなさい。博。恨んでくれても構わないわ』
『なんだよそれ………なんだよそれ‼︎』
『あっ、ちょっ、ヒロ!』
………どれだけ言葉を尽くしても。どれだけ説明しても。麗を売ったのは、ただの事実だから。
私は、きっと、博に恨まれる。
そんなこと、分かっていた。
『…………麗。あなたのお父さん達も、そういうところがあったの』
『お父さん、たちも?』
『えぇ。だから、早いうちに、少しでも自分を大切にできるようになって欲しいのよ』
金石先輩達は、暴走したトラックに追突されて、歩道に乗り上げそうなところで、咄嗟にハンドルを切って、壁に激突して死んだ。
もし、歩道に乗り上げて、誰かを巻き込むかもしれないとしても、それでも、ゆっくり減速する選択を取れていたら、もしかしたら、生きていたのかもしれない。
………たらればに過ぎないけれど。でも。
『いざという時、自分と大切な人を優先できるようになって欲しいのよ』
『んんんん?よく分かんないけど、何となく分かった‼︎』
少し不安だけど、綾小路くんなら、きっと大丈夫でしょう。
綾小路くんも、金石先輩達に世話になったし。
あの子が施設に行く時、博は、泣いていた。
申し訳ないと、そう心から思う。
他に方法はあったんじゃないか。
……………でも、現実と、未来を考えた時に、きっと、こうした方が良いはず。
私は、何かを間違えたような気がした。
黒いバンの後部座席に行儀良く座っていた麗は、視界に、白い壁の施設が目に入って、目的地についたことを悟った。
『…………あそこが、ホワイトルームなんですね』
『えぇ。あなたが、これから勉強するところですよ』
先生の言葉を思い出す。
自分を大切に、大切に。
うーん。どうすれば良いのか分からないけど、一先ず、困っている子がいても、一旦我慢しよう。
まぁ、取り敢えず、そこから始めよう。
博とちゃんと話せるようになるまで、二年は経った。
小学校に上がるとき、入学式でようやく、博は笑ってくれた。
桜が散る中で、久しぶりに笑った博が、少し恥ずかしそうに、頼み事をしてきた。
『…………ねぇ、先生。姉さんに、手紙送りたいんだけど』
えぇ、そうね。そうよね。それくらいなら、きっと。
スマホを操作して、綾小路くんの連絡先を呼び出した。
『なんだ?』
『その、麗は、元気にしているかしら?』
『──あぁ、すこぶる順調だ』
『そう。なら良かったわ。ねぇ、手紙を送りたいのだけれど、だめかしら?』
『…………まぁ、良いだろう』
『!ありがとう。明日送るわね』
電話を切った綾小路篤臣は、ホワイトルームのカリキュラム作成を担当する、鈴懸に、声をかけた。
白い部屋の中で、スーツ姿の綾小路篤臣と、鈴懸の黒いパソコンだけが、異彩を放っている。
『それで、三期生の進捗は?』
『万事順調です。特に、あなたがねじ込んだ1066は、非常に優秀ですね。他の三期生よりも四年は遅れているのに、二年ですでにトップです』
乳幼児の段階から英才教育を施されるホワイトルーム生の中で、七歳から施設に入ってきた金石麗は、スタートラインで見れば、非常に遅れていて。
にも関わらず、二年で三期生のトップに躍り出た。
やはり、血は裏切らんな。
『ですが、これ、放置して良かったんですか?』
『構わん。1066が、どれだけ他の三期生を援助しようと気にするな』
『まあ、綾小路先生がそうおっしゃるなら』
血は裏切らない。
金石先輩達の子供なら、落ちこぼれそうな子供を見捨てるはずがない。
お陰で、カリキュラムのサンプルが、豊富に取れている。
何より、彼女なら、最高傑作になり得るはず。
映像に映るのは、積極的に他のホワイトルーム生の自主トレーニングを手伝う、金石麗。
『…………麗さん。いつもありがとう』
『気にしないでよ美奈ちゃん。困った時は、お互い様だし』
…………ごめんね先生。
多分、先生は、こういうのをやめて欲しかったんだろうけど。
でもやっぱり、放っておけないからさ。
にしても、美奈ちゃん腹筋割れてきてるなぁ。私らまだ九歳だよ?それでこれって、さぁ。
ていうかカリキュラム厳し過ぎ。これ先生騙されてるよなぁ。
まぁ、私は大丈夫だし。後、八年ぐらいの辛抱だね。
うん。それまで、勝ち続ければ良いんだし。
『うし、ノルマ終わり‼︎次は勉強しよっか‼︎』
『………はぁ、はーい』
小学校三年生の夏、私達は、花火を見ていた。
貯めていたお小遣いで、使い捨てカメラを買った玉紀は、花火の写真を撮っていた。
『ねぇ、先生。写真、麗姉さんに送っても良いかな?』
『えぇ。送っておくわね』
何度か手紙を送ってはいるけれど、国家機密に触れるからって、返信は来ていない。
代わりに、綾小路くんが伝言を預けてくれるけど。
写真の感想も、貰えるはずよね。
写真と手紙を、一緒に送った。
『うっわ、花火だ。良いなぁ』
『知識では知ってるけど、実際に見たことはねぇな』
『あー、透いけないんだー。覗き見はだめだよ?』
『見えるところで手紙開くお前が悪い』
『うっわ、将来モテないよ?』
『うっせ』
透は本を読みながら、チラッと私の手元を覗き見して、話しかけてくる。
『………トップ様は良いよな。手紙を読むことができるなんて』
『なんだよ正次。文句あんならお前が一位取れよ』
『こーら、喧嘩しない』
んー、でも、正次の言う通り、私だけ手紙貰えるなんて、ちょっと、ズルいのかも。
お、ちょうど良いところに綾小路きた。
前は一応敬称つけてたけど、先生騙すようなやつに敬称つけるとかアホらしくてやめた。
『伝言があるなら預かるぞ』
『ねぇ、他の子にも、手紙が来てたりする?』
私が結果を残し続ける限り、勝ち続ける限り、綾小路は何も言わない。
チラッと聞いた感じ、一期生も二期生も、中途半端な結果に終わったらしい。
だからこそ、三期生と、次の四期生の中から、これまでの失敗を帳消しにするほどの、最高傑作を作る必要があるんだとか。
で、三期生は、私が色々手伝っているから、平均値的には、最高値何だとか。
まぁ、私としても、好都合だし。
『来てはいるが、トップの成績を持つものしか読む資格は得られん』
………そっか。トップなら、読めるんだ。
『そーなんだ、ありがとう。花火、外に出たら、一緒に見に行くって、伝言しといて欲しいです』
『伝えておこう』
綾小路が部屋を出た後で、頭の中で、スコアを計算する。
………そう、だね。
まぁ、一枚ぐらいは、ね。
私は、大丈夫だし。
『───ねぇ、正次』
小学五年生の頃、珠莉は、絵を描くようになった。
その日は、確か、夕焼けの絵を描いていた。
川岸で、三人でのんびり夕陽を見ていたらしくて、それを、絵にして伝えようと思ったのだとか。
『………先生。これ、麗さんに送れますか?』
『まぁ、写真も大丈夫だったし、絵も大丈夫だと思うわ。確認はするけど』
最近は忙しいらしくて、綾小路くんとは、メッセージでのやり取りが中心だ。
………うん。大丈夫らしい。
『送りましょうか』
『ありがとうございます』
きっと、喜んでくれるはず。
『────ねぇ正次。これ、どういうこと?』
私は、親からの手紙が来ているらしい正次のために、何度かトップを譲っていて。
…………でも、初めて目にした正次の親の手紙は、白紙だった。
『…………、はっ!ばっかだなお前。んなもん嘘に決まってんだろ』
私を嘲笑う正次を見て、胸が痛む、気がする。
…………私は、悲しめている、はずだ。
『…………そっか。じゃあ、もう、遠慮はいらないね』
『そうかよ。でも、気を付けろよな。お前のおかげで、オレは強くなれた。お前がバカなことしてくれたおかげで、お前に勝てる』
…………バカだなぁ。正次は。
私は、確かに、正次の自主トレーニングとか、手伝ってたよ?
お陰で、正次は、私に勝てるかもしれないぐらいには、強くなっていた。
でもね。私、正次の弱点は、直してないんだよ?
その日、私は正次を徹底的に叩き潰した。
チェスで、学力テストで、模擬戦で。
時々、私を上回るスコアを出しているとは思えないくらい、正次は、ズタボロに負けた。
『………なぁ、麗』
『何よ』
『正次の弱点、直さなかったのは、この時のためなのか?』
驚いた。
透は、気付いていたんだ。
『…………そうだけど』
私は、あっさりと肯定した。
だって、隠すようなことじゃない。
勝つためには、必要なことで────?
…………………あれ?私、なんか、変、だな?
『…………そっ、か。お前も、もうとっくに、染まってたのか』
透は、何だか、安心していた。
時々、私を、恐れていたはずだったのに。
……………なん、で?
『久しぶりのトップだな。ほら、手紙と、ついでの絵だ』
綾小路が持ってきた手紙を読んで、笑う。
………………笑、えて、いるはず。
手紙には、珠莉からのメッセージもあった。
綺麗な夕陽を見たこと。私に伝えたいと思ったこと。絵を描いてみたこと。絵を描くのが、楽しかったこと。
私は、それらの情報を処理して、絵を観察した。
………………彩度が薄い。筆遣いも幼い。川岸の辺りとか、もっと輪郭を───。
あ、れ?
何、だか、おかしい、な。
だっ、て、ここにくる前の私なら、珠莉が描いたってだけで、ひたすらに、褒めていたはず、なのに。
そうだ。イメージするんだ。あの古民家の居間をイメージしよう。縁側で、画用紙を広げて、辿々しく筆を走らせる珠莉をイメージするの。
そうすれば、この絵は、珠莉が描いた絵として認識できる。
技術がまだ拙くても、綺麗だって、思える、はず────。
居間はイメージできた。
縁側も、広げられた画用紙も、筆を走らせる、女の子、も。
…………顔が、イメージ、出来ない。
え、うそ?だって珠莉だよ?びっくりするぐらい綺麗な顔なんだよ?
え、え?
『────何か、伝言は、あるか?』
『え、えっと、えっと、絵が綺麗で、夕陽もみたくなったって、そう伝えておいて』
『分かった。そうしよう』
白い部屋の中で、私は、私を分析する。肉体の疲労も、精神の疲労も、裏切られた怒りも、騙された悲しみも、無い。
だから、大丈夫。私はきっと大丈夫。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
小学校の卒業式。
博と、玉紀と、珠莉が、もうランドセルを背負わなくなる日。
大変なことは、沢山あった。
博が問題を起こすこともあった。
玉紀が、癇癪を起こして、家出したことも。
珠莉が、絵を描くのに夢中になり過ぎて、一晩寝なかったことも。
沢山、沢山問題が起きて、たまに向き合うのをやめようかなって思う時もあって、でも。
この子達を、ちゃんと見て良かったって、そう思えた。
『ねぇねぇ先生!写真送ろう‼︎麗姉さんに‼︎』
『そうですね。麗さんも、喜んでくれるはずです』
『………うん。同じ学校には通えなかったから、せめて、これぐらいは、さ』
そう、なのよね。
本当だったら、麗は、二年早く、この学校を卒業していた。
…‥……本当に、情けないわね。私は。
施設の為に、麗の為に、選んだ道なんだから。
私が、後悔しちゃだめじゃない。
『えぇ、そうね』
あぁ、早く。
麗に、会いたい。
私の下には、美奈ちゃんが倒れ伏していた。
そういう訓練だったから。そういう試験だったから。
そう、だ。
勝つ為、だから。
あれ?あれ?あれれ?
絶対おかしい。私、なんかおかしい。なんか、大丈夫じゃない。
どこが?何が?
肉体の疲労は殆どない。精神の疲労も、痛みもない。
当たり前だ、だって、一方的だったんだから。
私は、美奈ちゃんの全部を知っている。美奈ちゃんの強さも、癖も、弱点も。
だって、私が、育てたようなものだから…………────。
なんで、私、そんなことしてたんだっけ。
『────やはり、優秀ですね。1066は』
『えぇ。見事にこの環境に適応した。最初は、完全な善意だったんでしょうが、今となっては、勝利のために人を助けることが出来る』
『えぇ、助けた相手を最後に叩き潰すことを躊躇わない。おそらく、1052を一方的に叩き潰した時から、その兆候はありましたね』
ホワイトルームの研究員たちは、1066を分析する。
優しく、善意で、相手を助け、相手の懐に潜り込み、相手の全てを知り、相手の弱点を知り、そこを容赦なくついて、一方的に勝利する。
1066のスペックも非常に優秀だ。四期生の、1524に匹敵するだろう。その上で、この特殊スキル。
最高傑作は、1066か、1524のどちらかだろう。
『どうやら、小学校を卒業したようだな。手紙と、それから写真だ』
『ありがとう、ございます』
そうだ。手紙がある。
これを読んでいる間は、私は、きっと大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
情報を、処理していく。
用紙に記されている文章を、頭の中にインプットしていく。
この程度の情報量なら、数秒あれば簡単にできる。
写真も、すぐさまインプットする。
少年が一人、少女が二人。
それだけ分かれば、それで────。
違う違う違う違う違う。おかしい。私、おかしい。
何が?だって、私は今日も勝った。
だから、何も問題は────?
無意識のうちに、もう一度写真を見ていた。
少年が一人。少女が二人。
少年の顔立ちは、鏡で見る私の顔立ちに似ているので、この子が、多分私の弟、金石博。
その情報が分かるなら、大丈夫。
そうだ、大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。
私は、大丈夫。
『何も問題はない。私は今日も勝った。だから、問題ない。だから、大丈夫。大丈夫。大丈夫』
『何か伝言はあるか?』
『私は大丈夫。私は大丈夫。私は大丈夫』
『よし、伝えておこう』
白い廊下を歩きながら、綾小路篤臣は、ため息を吐いた。
『………やはり、優しさとやらと、強さの両立は難しいか』
金石麗の情報を聞いた時から、上手く育成すれば、容易く相手の懐に潜り込み、相手の全てを知り、相手の弱点すらも知り、その上で、勝つために、相手の弱点をつける、そんな天才を作れると思ったのだが。
『………手紙を与え続けたのは、失敗だったか?』
これで優しさとやらを維持し続けるつもりだったのだが。金石先輩のもう一人の子供も、翡翠のやつも、役に立ってはくれていたのだがな。
やはり、優しさは、足枷か。
となると。
『………お前ならば、きっと───』
優しさなどいらない。他者を思いやる心など不要。勝利を重ね続け、上に立ち続けるなら、手段を選ぶなどあり得ない。
生まれつき、そういうものを持っていない、綾小路清隆ならば。
『───最高傑作に、絶対の勝利者に、なれるはずだ』
金石麗は失敗した。
それは、それとして。
非常に優秀だし、完全に壊れるまで、実験記録を取っておくとしよう。
中学に入って、そろそろ夏休みが迫った日。
麗が、カリキュラムを終えたから、帰ってくるらしい。やっぱり、麗は凄い。十年以上はかかるらしいカリキュラムを、八年で終わらせるなんて。
せっかくだし、サプライズパーティーをしよう。
だって、麗は甘いものが好きだったし。
いつか麗を乗せた、黒いバンが止まる。
後部座席の扉が開く。
女の子が一人、アスファルトに、投げ捨てられた。
『…………え』
何が起こっているのか、分からなかった。
バンは、何も言わずに、走り去った。
慌てて、女の子に走り寄る。
女の子は、麗だった。
『れ、麗?麗?だ、大丈夫?痛く、ない?』
震える声を掛けて、背中を撫でて、でも。
麗の瞳には、私が、映っているようで、いなかった。
『………姉、さん?』
二階から降りてきた博は、私が抱える女の子が、麗だと気付いた、らしい。
ゆっくり、ゆっくり、と。
麗は、口を開いた。
『…………だ、れ?』
────あぁ。
私は、なんてことを、してしまったんだろう。
過去の私を、殺してしまいたいぐらい、後悔した。
渚と綾小路が合体したやつを作ろうとしていた感じですね。綾小路篤臣は。
相手の懐に容易く潜り込める、相手を油断させられる能力と、化け物じみた万能性と成長性を併せ持つやつを作ろうとしていた感じです。
まぁ要するに、人工死神の失敗作です。金石麗は。
成功してたら、三代目死神を襲名していたかも?そう考えると、壊れて良かった気もしますね。