殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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討論の時間

 生徒会選挙の討論会。

 立候補者四人による、政策への、質問会でもある。

 

「さて、生徒会長代理として、この討論会の司会進行を務める、神田元だ。よろしく頼む」

 

 立候補者四人は、堀北鈴音は、姿勢良く。浅野学秀は、威圧感を出しながら。卜部藤乃は、静かに。南雲雅は、偉そうに座っていた。

 

「────さて、まずは、学年順で行こう。南雲。君自身の政策について、語ってくれ」

「了解ですっと」

 

 マイクを構えて、南雲雅は、堂々と語り出す。

 

「オレの政策の目的は、至極簡単に言えば救済です。

 高い実力を持ちながらも、中学時代の失敗や、納得のいかない評価でAクラス以外に配属され、本来ならAクラス相当のスペックの持ち主にも関わらず、それ以外のクラスで卒業してしまう生徒を、救済する」

 

 南雲雅は、堀北鈴音に視線を向ける。

 

「────例えば、君みたいな生徒をね。堀北さん」

「ありがたいけれど、必要ないわ。

 だって、私たちはAクラスになるもの」

 

 堀北鈴音は、微塵も動揺せず言い返す。これがもし、Dクラスのままだったら、ただの大言壮語でしかないが、事実として、DクラスからBクラスまで昇格したのだから、決して不可能な話ではないだろう。

 だが。

 

「あぁ、確かに、一年Bクラスなら、Aクラスになれてもおかしくはないが────自分は運が良かったって、そう思わないか?」

 

 それに関しては、まぁ、肯定するしかないだろう。

 

「まぁ、そうですね。クラスメイトに恵まれました」

「中学時代から同じクラスで、気心の知れた優秀な生徒が二人もいた。

 洋介や幸村や高円寺のように、Dクラスとは思えないぐらい優秀なクラスメイトがいた。

 何より、クラスメイト達は、ちゃんと言うことを聞いて、ちゃんと勉強して、ちゃんと考えて、ちゃんと努力した。

 無論、君の努力、君の言葉も、確かに届いているんだろうが────受け取る側が、本当にどうしようもなかったら?」

 

 ─────そう、嘗て、南雲が、いとも容易く操れた、あの愚か者達のように。

 もし、堀北鈴音が、去年入学して、二年Dクラスに配属されていたら。

 

「運も実力のうち、とは言うが、運の悪さで実力を発揮しきれなかった生徒に、救済の道を用意するのも、あってもいいだろう?」

 

 三年生は特にそうだ。

 BクラスもCクラスもDクラスも、本来なら、Aクラス相当の実力者達だった。

 ただ、彼らの上にいる三年Aクラスが強すぎるだけで。

 

「だからこそ、クラスという集団にとらわれない、Aクラスチケットで個人を救済する。

 それが、オレの政策だ」

 

 クラス問わず、多くの生徒が頷いた。

 そもそも、入学してから、実は進学率就職時百%の恩恵は、Aクラスしか受けられませんよ、と告知してくるのがおかしいのだ。

 連帯責任とは言うが、幾ら何でも理不尽過ぎる。

 

「───さて、質疑応答に移ろう。他の立候補者は、一回まで、質問してくれ」

「神田先輩、質問ではありませんが、よろしいですか」

「回数は消費されるが、それでも良いなら」

「ありがとうございます」

 

 堀北鈴音は、強い意志を込めた瞳を、南雲雅に向けた。

 運が良かったことなど、百も承知だ。

 出逢いに恵まれたことなど、既に自覚している。

 それでも、きっと、言わなければならないから。

 

「─────南雲先輩の言った通り、私は、恵まれました。

 容姿、才能、性格、環境、そういったものは、普通よりも、恵まれて生まれましたし、たくさんの良き出逢いが、確かにありました。

 たくさんの機会(チャンス)に、私は恵まれた。

 それは、私が引き寄せたものだけではありませんでした」

 

 問、『人は平等であるか否か』。

 堀北鈴音は、明確に、平等ではないと答える。

 あぁ、そうだ。世界は、全く平等じゃない。

 

「だからこそ、私は、どの学年のどのクラスであっても変わりません。

 クラスメイトとちゃんと向き合って、ちゃんと話して、ちゃんと、最後まで、戦います」

 

 その、まっすぐな目に貫かれて。

 南雲は、そっと目を逸らした。

 

「それは、君が強いからだろう?誰もがそうあれるわけじゃない」

「えぇ、そうですね。

 私は、確かに強い。でも、最初から強かったわけではありません」

 

 E組に落ちて、全てに絶望した。

 兄には到底追いつけないこと。

 規律を守り、努力して、正しくあろうとしたのに、努力不足で落ちぶれた彼らと同じ評価を受けたこと。

 世界の理不尽さを呪った。

 浅野学秀を恨んだ。

 椚ヶ丘中学校を、壊してやりたいと思った。

 

 ────でも、そこで、色んな人に出逢えた。

 

 彼らのことを、私はこう評価する。

 

 赤羽くんは、強くなった。最初から強いから、強くなろうとはしなくて、教師に裏切られて、大人を信じられなくて、でも、最高の先生に出会えて、大人を信じて、強くなるために、頑張り始めた。

 

 清隆くんは、きっと、弱くなった。色んなものを詰め込まれて、色んなものを捨てて、強くなったけど。余分なものとして捨て去ったもの達を、拾い集めて、弱くなって、強くなった。

 

 磯貝くんは、ずっと強かった。誰よりも家族を思って、どんなに打ちのめされても、ちゃんと、生き続けていた。誰よりも正しくて、誰よりも眩しい人だった。

 

 岡島くんは、ずっと、自分に正直だった。まぁ、正直すぎるのが、玉に瑕だけど。でも、自分を曲げない強さを、貫き通す強さを、ずっと、磨き続けた。

 

 岡野さんは、真っ直ぐだった。自分にできること、自分のやりたいことをずっと、大切にして。その強さを、眩しいと思ったこともあった。

 

 奥田さんは、弱さに向き合った。自分の強さだけに向き合って、それ以外をどうでも良いものだと切り捨てていた。それは、いつかの私のようで。でも、ちゃんと、弱さに向き合って、苦手を克服した。今も、克服しようとしている。

 

 メグさんは、いつも現実的だった。足をしっかりと地につけて、色んなものを積み重ねて、色んな人を助けて、向き合って。それにつけ込まれて、一度終わったけど、私は、それを弱さと言いたくない。

 

 茅野さんは、優しかった。自分を偽って、クラスメイトを騙し続けていたことに、罪悪感を抱いて。家族のために、命まで賭けて。好きな人のために、自分の心を、押し殺している。優しいんだ。あの子は。優しいから、みんな、あの子に騙されたとかそんなこと、一切考えなかった。

 

 神崎さんは、自分を出す強さを身に付けた。いつもニコニコ笑って、自分を表に出すことはなくて。そういうところが、少し気に入らなかったのだけれど、自分の好きを表に出して、前に進み始めたその姿は、尊敬するし、好きだった。

 

 木村くんは、めげなかった。言ってしまえば、きっと親に恵まれなかったのだろうけれど、それでも、自分を捉え直して、自分を、しっかり固めた。その強さを、私も身に付けたいと思った。

 

 桔梗さんは、ずっと強くて、ずっと弱かった。自分のために動いて、自分を偽って、自分のために、誰かを助けて、支えて。性格が悪い、ところもあるのだろうけれど、でも、尊敬した。嫌なことをやり続けるなんて、私には無い強さだったから。

 

 陽菜乃さんは、変わらなかった。自分を飾らず、自分の好きを偽らず、いつも自然体で向き合ってて。でも時として、ちゃんと自分も表に出してて。いざという時は、ちゃんと戦って。そう言うところが、好きだなぁって思ったっけ。

 

 潮田くんは、きっと、一番変わった。自分の才能にも向き合って、自分の親にも向き合って、どんなに恐ろしい敵でも、恐ろしいと思いながら、立ち向かって。目標を見据えて、挑戦し続ける。尊敬に値する人だと、ずっとそう思っている。

 

 菅谷くんも、そこまで変わらなかった。でも、自分のやりたいことを後押ししてくれる先生に出会えて、自分の感性を表に出すことを学んで。一度否定されたけど、どれだけ、大人達にへし折られても、どれだけ、社会が敵に回っても、自分の好きを貫き通す強さを身に付けた。

 

 杉野くんは、立ち上がり直す強さを身に付けた。一度完膚なきまでに折られて、色んなものを捨てて、終わって。でも、先生が見つけてくれた、新しい武器を、ちゃんと磨いて、強くなった。

 

 竹林くんも、強くなった。親の呪縛にがんじがらめになって。一度、そこに沈むのを良しとして。でも、最後には、やりたいことのために、全部を捨てた。その強さを、カッコいいと思った。

 

 千葉くんは、積み重ねる人だ。黙々と、一人でも、積み重ね続ける人だ。でもだからこそ、誰かに頼る強さを身に付けた。誰かを信じる強さを持った。その強さを目の当たりにしたから、私はあの日、死を恐れながらも、ブレイドに挑めたのだと思う。

 

 寺坂くんも、変わった。シロに良いように使われて、私たちを巻き込んだ時は、殺してやろうかと思ったけど、今となっては、まぁ、頼りになる人だし、糸成くんを説得したその手腕は、見事だった。きっと、彼にしか救えない類の人もいるのだろう。

 

 中村さんのことは、はじめは、馬鹿な人だと思っていた。どうしようもない人だと思っていた。でも、違った。馬鹿なことも、賢いことも、どちらも捨てずに追いかけて、身に付けて。何も捨てなかったその生き方に、負けたって、そう笑ったことを覚えている。

 

 狭間さんは、その、初対面の時は、正直少し怖かったけど。でも、大変な家に生まれて、重圧に晒されながら育って、でも、自分の芯を自分で見つけて、ずっと立ち続けていた。私にない強さを、確かに持っていた。

 

 凛花は、ずっと、カッコいい。なんと言うか、なりたかった孤高に近い人で、憧れと、それから少しの親近感を、きっとお互いに抱いていて。私と凛花は、お互いに、相手に追いつきたいと、そう思えるライバルだった。

 

 原さんは、ほんとうに、感謝している。あの人が教えてくれた料理も、家事も、全部、大切な、私の一部で。

 

 不破さんは、たまに何言ってるのか分からなかったけど、でも、凄い人だ。心から好きなものを、自分のやりたいことにちゃんと結び付けているのが、尊敬に値する人だった。

 

 前原くんは、その、女癖が本当に悪いんだけど、でも、その、ちゃんと人のこと見ているんだなって、感心はした。まぁ、うん。女癖が悪いところは、本当にどうかとは思うんだけど、でも、うん。人をちゃんと見ているのは尊敬する。

 

 三村くんは、正直地味だなぁって思っていたんだけど、でも、そこが彼の良いところだった。地味で、あまり目立たなくて、だけど、誰かを目立たせることが、何よりも得意な人だった。

 

 村松くんは、将来のことを、とても現実的に考えていた。磯貝くんとは別のベクトルで、家族思いの良い人だ。

 

 桃花さんは、かっこいい人だ。自分のコンプレックスも武器にして、自分が持っているものを磨き上げて、私は、自分に無かったものを、必死に追いかけていたから。私と兄さんは違うのに、兄さんになろうとしていたから。自分のまま、自分を高めていく桃花さんを、少し眩しいと思っていた。

 

 吉田くんは、自分の特技を、与えられた環境を、ちゃんと武器にできる人だった。まぁ、うん。盛大に事故って、糸成くんを植え込みに突っ込ませたのは、今でもどうかと思っているけど。

 

 律は、とても可愛い。うん。可愛くって、頼りになる。だから、偶に心配する。もう、律はただの機械じゃない。色んなものを学んで、プログラムを超えて。だからこそ、放っておけないんだ。

 

 糸成くんは、色んなものを抱えている人だった。色んなものを抱えて、押しつぶされそうになって、利用されて。でも、勝利以外に大事なものを見つけて、少しずつ、強くなっていった。

 

 私は、E組に落ちて良かった。

 終われて良かった。

 そこで、みんなに出会えた。先生に出逢えたから。

 

「────人には、無限の可能性があります。

 私は、色んな人に出逢えたから、強くなれた。

 最初から理由なく強い人も、確かにいます。でも、それだけが全てじゃないんです。

 南雲先輩、私は、誰であろうと信じています。

 人の可能性に沢山触れたから。人の成長を、沢山見てきたから。

 だから、今の私は、どの学年のどのクラスでも変わりません。人と話して、人と向き合って、一緒に強くなっていきます。

 ─────だから、少なくとも私にとって、Aクラスチケットは必要ないものです」

「……………周りがみんな弱くて、相手が絶望するほど強くて、どうしようもない時、君はどうする?」

「─────それでも、みんなで、戦います」

 

 あぁ、くそ。

 本(・)気(・)だ(・)。揺らがない。逃げない。折れない。

 ……………あの時、オレの代わりにいたのが、コイツだったら。

 あるいは、オレの隣に、コイツがいたなら。

 オレは、間違わないでいられたか?

 オレは、折れずに挑み続けられたか?

 

 本当に、一年生を見ていると、眩しくて目が妬かれる。どいつもコイツも馬鹿しかいない。

 なんでそう簡単に誰かを信じられる。なんで力を合わせれば勝てるなんて思える。

 なぁ、堀北。なぁ、浅野。なぁ、一之瀬。なぁ、赤羽。

 なぁ、綾小路。

 お前ら全員、一人で戦った方が強いだろ。効率がいいだろう?

 なんでそんな無駄なことばっかりするんだよ。オレも卜部も、そんな無駄なことしなかったのに。

 

 なんで、無駄なことしてるお前らの方が、眩しく見えるんだよ。正しく見えるんだよ。

 

「僕からも、良いですか南雲先輩」

「……………なんだよ」

「南雲先輩の改革は、本当は、誰の為のものなんですか」

 

 あぁ、くそ。運が悪い奴らのためって言っただろうが。

 なんで、そんな気遣わしげな顔で質問するんだよ。

 それ以上聞くなよ。

 …………聞くなよ。

 

「堀北さんは、今の言葉を聞いたら分かるように、人を信じているから。だから、間違えた後でもやり直せるように、退学制度にメスを入れようとしています。

 卜部先輩は、もう、青井雀のような生徒が出ないように。外側からの監視の目を少しでも強める為に、試験にメスを入れようとしています。

 僕は、足の引っ張り合いよりも、高め合いの方が合理的だと思ったから、学力重視にしようとしています。

 ……………南雲先輩の、運の悪い生徒のため、と言うのは、決して嘘ではないでしょう。

 ─────でも、本当に、それだけですか?」

 

 堀北鈴音は、綾小路清隆の為に。

 外側から、理不尽にこの学校を追い出されようとしているから、それを防ぐ為に。

 

 卜部藤乃は、青井雀のような生徒を出さない為に。

 暴走した悪意から、少しでも、生徒を守れるように。

 

 浅野学秀は、ライバル達と正面から戦う為に。

 足の引っ張り合いよりも、心から認めた相手と、殴り合いの末に勝ちたいから。

 

 南雲雅は、─────。

 

(そう、いうことだったのね。南雲くん)

 

 卜部藤乃は、南雲雅が、なんのためにAクラスチケットを導入しようとしているのか、分かった。

 

(─────あの日、あの、雨の日。

 私があなたを壊した日。

 もし、その時すでに、A(・)ク(・)ラ(・)ス(・)チ(・)ケ(・)ッ(・)ト(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)な(・)ら(・)。

 あなたは、尊敬する先輩の理想を利用して、友好的な相手の懐に潜り込んで、人として超えてはいけない一線を超えて、自分も周りも傷つけながら勝つ、なんて、そんなことをしなくて良かったから。

 クラスとして勝てないなら、個人で────そういう選択肢が、取れたから)

 

 だ(・)か(・)ら(・)、運(・)の(・)悪(・)い(・)生(・)徒(・)の(・)為(・)に(・)。

 

「南雲先輩。僕たちは、生徒会長となった後、やりたいことがあります。 

 先輩は、何がやりたいんですか」

 

 個人主義の学校を築きたい。

 本気でそう思っているなら、本気で、そうしたいなら。

 どうして、こんなに手を抜いている。どうして、本気でつぶしにこない。

 

 堀北鈴音は、南雲雅をいちばんの脅威だと認識していたから、禁じ手を使ってまで、花咲ほむらと二年Dクラスを味方につけた。

 浅野学秀は、卜部藤乃をいちばんの脅威だと認識していたから、卜部藤乃につく可能性が最も高い、桃井緋音と二年Cクラスを味方につけた。

 卜部藤乃は、勝つ為に、一之瀬帆波と雪村あかり、即ち一年Cクラスを味方にした。

 南雲雅は、誰にも勝とうとはしていなかった。

 戦いはしている。だが、本気では無い。人気勝負では最も強いのに。

 

 他の会長候補は本気だ。

 だって、生徒会長になって、変えたいものがあるから。叶えたい理想があるから。

 南雲雅には、もうそれがない。

 嘗ては、あった。

 でも、もうない。

 

 だって、もう。どうしようもないくらいに間違えたから。

 だから、勝ち続けるしかない。なかった。

 だってそうしなければ。

 

 なんで、こんなことをしたのか、分からないから。

 だから、止まらない。止まるわけにはいかない。

 

 きっと、浅野は。

 遠回しに、止まった方が良いと、心配している。

 それは、分かっている。

 

 でも、これで良い。このまま、最後まで、行ければ。

 

「……………最後に、私から」

 

 卜部藤乃は、質問する。

 南雲雅の政策について。

 

「Aクラスチケットは、どういう基準で渡すつもりなの?成績順かしら?」

 

 それに、少しだけ。

 南雲雅は、ホッとした。

 普通に答えるだけの質問だから、気が楽になった。

 

 ……二人は、追い詰めるつもりは無いのだろうけれど。

 それでも、追い詰められてしまうから。

 

 私は、そういうことを、したくないの。

 

「まぁ、基本的には成績順だ。

 その成績を分析する為に、新しいシステムも導入するつもりだがな」

「それはどういうシステムなのかしら」

「名称はまだ付けていないが、全校の全クラスが、生徒の能力値や評価を見ることができるシステムだ。

 まぁ、至極単純に言えば、テストとかの学内順位を全校生徒で恒常的に公開するって寸法さ」

「なるほど。悪くない案ね。クラス間の競争はもちろんのこと、個人間の競争も活発になるでしょうし」

 

 これに関しては、何もいうことは無い。

 悪く無い、いや、だいぶアリな政策だとは思う。

 多分これは、誰が会長になっても施行するだろう。

 

「さて、次は、卜部の案と行こう」

「はい。私の政策は──」

 

 特に滞りなく質疑応答は終わり、討論会は幕を閉じた。

 

「南雲くん──」

 

 声を掛けた卜部を無視して、南雲は、すぐさま会場を去った。

 

「…………南雲先輩は、少し休んだ方が良いと思います」

「まぁ、君の言いたいことも分かるよ。浅野」

 

 卜部藤乃はたっぷり休んだ。なら、南雲雅も、休んで良いだろうに。

 

「…………走るのをやめられない。いえ、やめたく無いのかもしれません」

「…………そこが、彼の強さでもあるのでしょうね。折れたままでも、走り続けられるところが」

 

 卜部は南雲の、走り続けられるその強さを認めて。だが、強さは弱さの裏返しなのだ。

 

「…………この選挙、勝つ為に走っていないのなら。南雲先輩は、何の為に、走っているのでしょう?」

 

 浅野の言う通り、そこが、疑問だった。

 正面から戦う。そう言ったのに。

 何故、南雲くんは、戦わないの?今なら、私にも勝てるはずなのに。

 

 

 校舎裏で、南雲は、座り込んでいた。

 今回の選挙、堀北鈴音が勝つだろう。

 

 でも、それで良い。それが一番良い。

 

「──────何をしているのかしら。南雲くん」

「………………翡翠、先生」

「教えたはずよ。

 実力とは結果。強さとは勝利。結果が勝利でさえあれば、過程はどんなものだろうと肯定される。

 勝利の前に他の全ては無価値。

 この世界の唯一絶対の正義は、勝利のみ」

「………………えぇ。そうですね」

「分かっているなら、どうして戦わないの?どうして勝とうとしないの?あなたなら、勝てるわ」

「──────オレが勝っても、意味がないからですよ」

「意味なんていらないわ。勝てば良いのよ」

「この学校は変わります。その先に、きっとオレはいらないんです」

「いいえ違うわ。あなたは必要よ」

「………………オレは、嘗ての学校の象徴として、新しい学校を作ろうとしているアイツらに負ける。

 それが、きっと、誰にとっても幸せな終わりです」

「──────ふざけないで」

 

 翡翠の、堕ち切った瞳が、南雲を貫く。

 

「あなた、何も分かっていないのね」

「…………もう。勝つのは疲れたんです」

「いいえ、勝ちなさい。勝ち続けなさい。────そうしなければ、朝比奈さんが狙われるわよ?」

 

 その言葉に、南雲は、固まった。

 

「あなたは、手段を選ばないことを選んだ。

 だから、あなたは誰も勝てないぐらい、強くあり続けなければならない。勝ち続けるしかないの。

 だって、もし隙を見せたら。もし、負けたら。

 今度は、あなたが、あなたの弱点が狙われるわよ」

 

 殴ったら、全力で、殴り返される。

 それが普通だ。

 

「あなたは卜部さんの弱点を狙って、壊して、勝った。

 ねぇ、何であなたは、やり返されないと思っているの?」

「う、卜部は、そんな、こと………」

「どうして卜部さんを信じられるのかしら。先に裏切ったのは、あなたなのに」

 

 毒蛇(言葉)が、南雲の口に入り込もうとして。

 

「────そこまでにして下さい。翡翠先生」

 

 その蛇を、光が貫いた。

 

「……………何の用かしら。堀北くん」

 

 振り向きながら、声の主人を見据えようとして、固まった。

 堀北学と、綾小路清隆と、…………そして、金石博。

 

「……………久しぶり。翡翠先生」

 

 捨てた過去が、追いついてきた。

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