実力主義って、実力って何だろう。
あの日から、そんなことを、考えている。
ハッピーパレットの、奥の席で。
「で、えっと、なんで、私を呼んだの?九重さん」
「来てくれてありがとう。朝比奈」
私は、私の罪と、向き合っている。
「…………あのデータ送ったの、私。
あなたを傷付けて、南雲も、傷付けようとした。
────本当に、ごめんなさい」
朝日奈は、凄く、困ったような、顔をして。
私と同じように、頭を下げた。
「こっちからも、ごめんなさい。雅が、たくさん迷惑かけました」
…………本当、呆れるぐらいに良い人だ。
良い人だから、より辛い。
私、こんな人を、巻き込んだのか。
「うんっ!これで、一旦終わり!せっかくのケーキだし、食べようよ‼︎」
「………うん。そうだね」
最近作ったらしい、甘さ控えめのケーキ。
絶対私のために作ったでしょあの店員。
くそう。私と藤乃を掴んで離さないつもりかぁ?幾らでもポイント落としてやるからな‼︎
なんて、そんなこと考えないと、ちょっと、ダメージえぐすぎる、なぁ。
本当、私、何てことしちゃったんだろう。
「…………ねぇ、九重さん」
「…………何?」
「────ありがとうね」
…………なんで?
「九重さんのお陰で、私は、色んなことを知れた。色んなことに向き合えた。
だから、ありがとう」
…………あぁ、うん。
この子泣かせるとか、すごい酷いことしてたなぁ、私。本当に。
「…………まぁ、結局、私じゃ、止められなかったんだけどね」
「…………それは、きっと、私たちも同じだよ」
「……そうだね。私たち、全員のせいだ」
「その、桐山が、言ってたよ。南雲を休ませること、その方針で、Aクラスをまとめてくれたこと、ありがとうって」
「別に良いって。きっと、私が、やらなきゃいけないことだったし」
「そっ、か………」
「……ねえ、九重さん。この後、時間ある?」
そして、私らが向かった先は。
「…………ぜー、はー、ぜー、はー、」
「………ごめん。ここまで、弱々だとは」
ランニングマシンが唸り、ベンチプレスが凄く目立つ。
こここそ、現代が築き上げた、筋肉たちの楽園。
即ちジムだった。嫌なんで?
朝比奈は、私の十倍以上はキツイメニューを平然とこなしてる。何コイツ化け物?
※朝比奈のメニューは常識的です。九重が貧弱すぎるだけです。
「いやー、その、身体も鍛えなきゃーって、ジムとか通ってるうちにね。なんか、ちょっと楽しくなってきちゃって。ほら、動いている間は、少し、スッキリするからさ」
「……………ぜー、そう、ぜー、なん、ぜー、だ……」
「うん。本当ごめん」
何せ、先天性の虚弱体質の有栖と良い勝負をするレベルのクソ雑魚中のクソ雑魚なのだ。
一般的なメニューで瀕死になるのも当然だ。
「あら、珍しいわね。朝比奈が、誰かとジムに来るなんて」
「蝶乃先輩。おはようございます。………あれ?今日は白銀先輩居ないんですか?」
「なんか堀北が話があるってんで連れてったわよ」
「ほぇー、堀北先輩が」
三年生とも仲良いの?朝比奈のやつ。
対人関係強過ぎない?ていうか、あの鬼龍院と普通に友達できるのやばくない?
「む、朝比奈か。珍しいな。お前が人を連れてくるなど」
「獅子上先輩。おはようございます。………風間先輩の特訓メニューは、もう終わったんですか?」
「まだまだ終わっていないのだがな。堀北に連れてかれた」
「そっちも?うちの園子も連れてかれたのよね」
「………堀北、ぜー、先輩、ぜー、何か、ぜー、企んでない………?」
「………無理して話さなくて良いって。息整えなよ」
いやでも、これ三年生で何かやるつもりでしょ堀北先輩。
だって、CクラスとDクラスのリーダー連れていくとか。
「ま、ちょっと意外よね。堀北が、他クラスも巻き込むなんて」
「同意だ。奴は基本、自クラスと生徒会で完結しているからな」
意外と交友関係広くはないんだよね。堀北先輩。
まぁ、狭いわけじゃないんだけどね。
「…………ふぅ、落ち着いた。………ていうか、朝比奈、いつも一人で来てたの?」
「まぁね」
「ふーん。鬼龍院とか、誘ったら喜んで来そうなのに」
「楓香は、その、ねぇ?ぶっちゃけ大分気まずいっしょ」
「あんまあいつ気にしないと思うけど。………まぁ、朝比奈は気にするか」
………ていうかこのジム、思ったよりも使ってる人多いなぁ。
あ、幸村いた。シュウもいる。
「やっほー、後輩ども」
二人は目を見開いて心から驚愕していた。
流石に失礼。許さん。
「九十九先輩が、鍛えている、だと⁉︎」
「浅野も同じものが見えているのか………。幻覚だと、思っていたのだがな」
本当に許さん。先輩舐めんな。
「ふん!苦手克服ぐらい容易いんだよ‼︎」
「ふーん?じゃぁ、もうちょっとキツイメニューやってみる?」
「ちょっとそれは話が違うというか。今の時点で大分キツイというか」
「………ちなみに、九十九先輩はどのようなメニューを?」
「お、浅野くんたちも気になる?ほら、これ見てみなよ」
朝比奈が見せた紙に書いてあるメニューに目を通したシュウと幸村は、心の底からドン引きした。
本当に失礼。後輩の癖に。
「あ、有栖レベルの身体能力、だと………⁉︎」
「ハ、ハンデも無いのに、これだと?凄まじいな……」
「ねぇー。初めて一緒に来たけどこれヤバくない?」
「日常生活には問題ないから良いんです〜〜」
鍛えたところで、別にねぇ?
とか思いながら、のんびりベンチで休憩してたら、怖い顔の後輩男子二人に、見下ろされていた。
お、落ち着こう?男子が女子に迫るの、絵面的に怖いよ?
「………よし、取り敢えず、やることは決まったな。幸村」
「あぁ。徹底的に、鍛えるぞ」
「はっはっはっ。先輩想いのいい後輩だねぇ」
「こういう形で想われたくは無かったかなぁ………」
二人がかりで徹底的に鍛えさせられた。
許さん。絶対許さん。
「明日一日考えたくない………」
「その様子だと絶対全身筋肉痛だね」
「ぐぅ、少しは容赦しろ後輩ども」
………まぁ、嬉しかったんだけどさ。
うん。確かに、少し、スッキリしたかも。
───じゃあ、次は。
「………次は、私についてきてよ」
筐体のBGMと、店内のBGMが混じり合った、人工の不協和音。
ここは、現代の遊び場。
即ち、私のホームグラウンド。ゲームセンター。
「あ、死んだ………ねぇ、ここの最高難易度レベル高過ぎない?」
「あぁー、そのー、荒らし回ってる人がいるからねー」
ゾンビどもを撃ち殺しながら、その荒らし回っている人は、そこから一人で残りのゾンビを掃除していく。
格ゲーやる為にゲーセンに足を運んだカルマは、九重が人を連れているのを見て、珍しそうに足を止めた。
「えー?いつもボッチな九重先輩が、人連れてくるんだ。珍しい」
「ぼっち言うな。お前の方こそ、今日は綾小路とか潮田は居ないのかよ」
「二人とも予定合わなくってね。一人寂しくオンライン対戦だよ」
「君が、赤羽くん?雅と仲良くしてくれてありがとうね」
「あぁーうん。成程。噂の朝比奈先輩か。こちらこそ、南雲先輩にはお世話になりました」
お、思ってもないことを……。
まぁ、お世話になったのは事実だっけ。
「ていうか、どう考えても初心者に最高難易度は、ねぇ?」
「あー、やっぱり?よくわからないうちに死んじゃったんだよねぇ」
「…………いや、ごめん。つい、いつもの癖で、無意識に」
うん。思い返すとごめんなさいとしか言えないなぁ。
パーフェクトでクリアした後は、低難易度から。
「あ、そこ右から来るよ」
「うわっほんとにきた。え、全部覚えてるの?」
「まぁ、一回見たら忘れないし」
「ほぇー、すっごいねぇー」
シューティングの後は格ゲー。
まぁ、最初だし、接待プレイを心がけて、と。
うん。どうしても、その。
ジャスガとか無意識でやっちゃうなぁ。
「反射でやっちゃってるねぇ九重先輩」
「………ごめん朝比奈。無意識で、その」
「いや、むしろありがたいっていうか、強い奴ほど燃えるってね‼︎」
神か?
うう、勝たせてあげたいのに、手が無意識で〜。
とか思ってたら、急に動きが良くなった。
うぉ、やばっ、咄嗟に必殺切って倒し切ろうとしたら、完全にガードされてカウンター食らって負けた。
「………赤羽。なんかした?」
「ちょっとアドバイスしただけだよ。ほとんどは朝比奈先輩の実力」
「ありがとう赤羽くん。助かったよ〜」
やっぱ能力あるし強いんだよなぁ朝比奈。
まぁ、伊達に南雲の幼馴染やってないってことね。
その後、クレーンゲームでお揃いのぬいぐるみを取って。
「よーし、次はどこ行こっか?」
「ハッピーパレット行ってジム行ってゲーセン行って、食べて動いて遊んだわけだし。
うーん、少し落ち着きたいね」
「だね〜。お、ちょうど良いところに」
「…………敷地内に美術館あるのヤバいよね」
「流石は国営。納税者の皆さんありがとうございます‼︎」
「ありがとうございます」
ふーん。今は日本画メインなんだ。
あ、でも西洋画もある。
あー、そう言えば、最近授業でやったなぁ。
「なんか最近やったよね。現代文でさ、日本人と西洋の美意識の違いって単元」
「やったやった。朝比奈もそれ思い出してた?」
「うんうん。こうして実際に見てみると、何となくわかるよね。あの授業の内容」
「だね〜〜」
屏風絵とか特に顕著。
授業でやった通り、全部が同一。
逆に、西洋の方は、遠近法を効果的に使って、奥の方ほど、曖昧な絵。
「個人的には、日本画の方が好きだなぁ。私」
「あー、なんか分かる。世界って感じがするよね」
「あーそうそう。そんな感じ」
西洋画の方は、世界っていうより風景ってイメージ。
日本画の方は、風景よりも世界って感じ。
……………日本画は、みんな同じ大きさなんだ。そこが、素晴らしいと思う。
「世界ってさ、主人公ってのが居ないんだよね。みんなが主人公で、みんなが脇役で、みんなが敵役。
だから、まぁ、ある意味平等なのかも」
私は、多分あの時酔っていた。
私は、復讐譚の主人公だと思い込んでいた。
でも、あの一年は、あの物語は、みんなが主人公だった。
南雲雅の、挫折と間違いと後悔の物語で。
卜部藤乃の、挫折と間違いと後悔と、それから再起の物語で。
青井雀の、悲劇と絶望の物語で。
鬼龍院楓香の、孤独と出会いの物語で。
桐山生叶の、挫折と成長の物語で。
翡翠恵先生の、後悔と復讐と間違いの物語で。
私、九重九十九の、復讐と間違いと、それから出会いの物語で。
朝比奈なずなの、後悔と決意と成長の物語だった。
屏風絵に映るのは、無数の物語。
猿回しをしている人がいる。大名行列が映っている。喧嘩している人もいる。兎に角、色んな人がいる。
「…………そうだね。本当に、世界も人も広いよね。
どれだけ近くにいても、見えないことだってある。………いや、近すぎるから、見えないのかな」
「───、素晴らしい知見です。朝比奈さん」
「うお」
「わっ、真白先輩。こんにちは」
「こんにちは。九重さんも」
「おお、うん。こんにちは」
私たち二人に、唐突に割り込んで来た、女神みたいに綺麗な人。
────そっか、真白先輩、絵が好きなんだっけ。
「…………朝比奈さん。九重さん。私たちの先生が、ご迷惑をおかけしました」
「…………ねぇ、真白先輩」
翡翠先生って、どんな人だったの?
私と朝比奈は、桐山から、サラッと聞いただけ。
綾小路を殺す為に、翡翠先生は、南雲を誘導した。
私達が知ってるのは、それだけだから。
もっと、知らなきゃいけないって、そう思う。
多分、朝比奈も、そう思っている。
絵を、そっと見上げながら。
静かに、話し出す。
「…………優し過ぎるぐらいに、優しい人でした。
私たち三人、…………いえ、四人にとって、恩人で、人生の恩師で、保護者で、母です。
…………なのに、私たちは、翡翠先生のことを、止められませんでした」
「──………私も、ですよ。真白先輩。
私にとって、雅は、憧れで、隣にいる人で、………好きな、人で。
…………なのに、私は、止められなかった」
「私もだよ。
藤乃は、趣味が合って、一緒にいると楽しくて、ずっと一緒にいたいと思える、そんな親友なのに。
…………南雲の心を折ろうとしていることを、止められなかった」
私たち三人とも、そばにいる人が、間違いを犯そうとして。
それを、止められなかった共通点を持っていた。
「…………世界って、広いのか狭いのか分かんないですね」
「…………きっと、広くて狭いんだよ。世界って」
この屏風絵みたいに、江戸という一つの町を描いたものでも、一つの中に、無数の物語があって。
でも、無数の物語は、一つの中にある。
学校も、同じなんだ。
一つの学校の中に、無数の物語がある。
でも、無数の物語は、一つの学校の中にある。
「誰しもに長所があって、短所もあって。
間違えて、成長して、傷付いて、傷付けられて。
そうやって、一つの、大きくて小さな世界が、作られているんだ」
夕焼けに焼かれて、黄昏色に染まったアスファルトを、朝比奈と並んで歩く。
私は今日。朝比奈を知った。て言っても、ほんの一側面だけだけど。
でも確かに、朝比奈なずなを知った。
私が傷付けた被害者。
でも、それだけじゃなかった。
朝比奈は、私と、同じ傷を、抱えている、仲間でもあったんだ。
太陽は、東から出て、西に沈む。
当たり前の摂理で、きっと、当たり前に、世界も続いていく。
あの日、私は、きっと、取り残されてた。
取り残されてたから、そこから抜け出したくて、復讐した。
……………でも、復讐したから、また、取り残された。
朝比奈は、ずっと前から、前に進んでいるのに。
「……………すごい奴なんだね。朝比奈は」
「……………凄くないよ。九重さんの方が、すごい」
だって、九重さんは、卜部さんを支え続けていた。
私は、雅を支えるんじゃなくて、いつか支えられるように、自分を鍛えて。
……………だから、九重さんの方が、きっと凄いんだよ。
「……………私たちは、きっと、どっちも凄くて、凄くなくて。
どっちも正解で、どっちも不正解だった」
世界に、正解なんてものはない。
誰が言い始めたのか分からないぐらい、色々なところで、使い古されたセリフだけど、今となっては、よく分かるセリフだ。
「───………きっと、人生はゲームだ。
攻略本も、攻略サイトも無い。
どんなジャンルかも、何も決まっていない。
いろんな人が関わって、全部が終わるその時まで、アップデートを繰り返す、そんなゲーム」
世界は人生で、人生は世界。
ねぇ、あなたと話せて良かったよ。
「────私は、この
────だって、こんなに最高のゲームがあるのに、楽しまないなんて、損じゃん」
なずなは、とても眩しそうに、私を見ていた。
「────そうだね。楽しもう。この、最高で最悪で、楽しくて苦しくて、でも、素晴らしい
私は、とても眩しそうに、なずなを見ていた。
「今日はありがとう。楽しかったよ。なずな」
「私も。今日は楽しかったよ。九十九」
「じゃあ」
「じゃあ」
「「また明日」」
ねぇ、桐山。
あんた、やっぱり凄い奴だ。
私らも、すぐにお前に追いついてやる。
だから、覚悟してて。
実力主義が何なのか、私の中で、答えは出た。
終わりで笑えているやつが、きっと、一番の実力者だ。