殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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復讐の時間

 麗は、私たちが分からなくなっていた。

 私も、博も、玉紀も、珠莉も。

 そして、自分のことすらも。

 

 精神科医が言うには、もう戻ることはないらしい。

 本当、もう、笑うしかない。

 

『麗さん。麗さん。これ、これ見てください。一緒に作った小鳥ですよ。ほら、よくこうやって遊んでいたじゃないですか。ちゅんちゃん、ちゅんちゅんって、だから、………だから、お願い、です、から………』

 

 いつも、微笑みを絶やさないはずの珠莉は、泣きながら、大事に保管していた、白い折り紙の小鳥を見せた。

 珠莉の宝物で、大切な思い出の品のそれ。

 麗は、視界に、その白が入った瞬間、反射的に、動いた。

 

『─────あっ』

 

 麗の右手が、その小鳥を、握り潰していた。

 麗の、表情は、何も、変わっていなかった。

 珠莉と、麗の、大事な思い出の、宝物なのに。

 

 

『麗姉さん!ほら、これ、一緒に食べようよ‼︎初めて麗姉さんと作ったパンケーキ‼︎麗姉さんの好みの味付けにしたんだよ?私、この八年、たくさん料理勉強したんだから‼︎絶対、あの頃よりも美味しいはず‼︎』

 

 一口サイズに切り分けたパンケーキを、麗の口元に運ぶ。

 麗は、それを口に入れて、しばらくした後。

 盛大に、吐いた。

 

『──────えっ』

 

 こうなる前は、焦げたパンケーキも、美味しい美味しいって言って、笑顔で食べていたのに。

 麗は、辛そうな顔を、していたんじゃなくて。

 ただ、反射的に、甘すぎて、受け付けなかったみたいだった。

 麗と玉紀の、思い出の、味なのに。

 

『姉さん。姉さん。これ、父さんたちの写真だよ。姉さん、よく教えてくれたじゃないか。父さんは、優しくてカッコよかった。母さんも、優しくて綺麗だったって。

 僕に、たくさん教えてくれたじゃん。……ねぇ。姉さん』

 

 写真を一瞥しても、麗は、何も反応しなかった。

 そっと、目を逸らして、終わった。

 

『──────姉、さん』

 

 優しかった麗は、もういない。

 私たちの、大切な家族だった麗は、もういない。

 

 八年の歳月で、完膚なきまでに、壊されていた。

 嘗て、輝いていたはずの原石は。

 砕かれて、粉々にされて、すり潰されて、水に溶かされて、かき混ぜられて、地面に打ち捨てられて、火に晒されて。

 残ったのは、容易く砕け散る、薄い板。

 

 

 ………許さない。

 許さない。許さない。許さない。

 

 麗を、隔離病棟に入院させた後、私は、ホワイトルームの本当のカリキュラムと、そこで行われている全てを、調べ上げて。

 

 綾小路篤臣に、直接、突きつけた。

 

『謝罪しろも、麗を返せも、何もかも、意味はない。

 ただ、私の要求は一つだけ。

 これを、私が調べ上げた、ホワイトルームの全てをばら撒かれたくなかったら、この施設を、閉鎖しなさい』

『断る、と言ったら?』

『ばら撒くわ。これを』

 

 終わらせてやる。

 お前たちの全てを、ここで。

 

『別に構わんが、良いのか?』

 

 良いに決まっている。

 ここで全てを終わらせられるなら、それで───。

 

『お前の施設は、すでにオレたちから、援助を受けていたよな?』

 

 いた。過去形だ。

 そう、もう、嘗ての危険な状態からは、完全に脱却した。

 だから、今更───。

 

『世間は、どう思うだろうな。こんな組織から金を受け取った施設のことを。

 そんな施設で育った、子供たちのことを』

 

 ──────この、男はっ‼︎

 強く、拳を、握り締めた。

 あぁ、そうだ。

 くそ、くそ!くそくそくそくそくそくそ‼︎

 なんでコイツを信じた‼︎なんでコイツに借りを作った‼︎なんで、なんで、なんで────。

 

 なんで、あなたは。

 

『麗、は。麗は、金石先輩たちの、子供、なのよ………?』

『あぁ、そうだな』

『沢山、沢山、お世話に、なったじゃない………』

『あぁ。だから、オレなりのやり方で、恩返しをしようとしていたのだがな』

 

 恩返し?

 これが?

 

『────成功していれば、金石麗は非常に優秀な子供に育った。容易く相手の懐に潜り込み、弱みを握り、そこをつける。

 そんな、強い子供に』

 

 ふざけないで。

 そんな、子供。

 

『そんなの、強くなんて、ない………』

 

 ねぇ、綾小路くん。

 なんで、こうなったの?あなたは、どうして───。

 

『そこはどうでも良いが、ばら撒けば、また、施設は追い詰められるぞ?』

『………また?』

 

 あぁ。

 あぁ。

 そう、だった、のね。

 私の勤めていた会社を潰したのも、補助金が出なくなったのも、何もかも、全部。

 私たちの施設を、追い詰めたのも、全部‼︎

 

『あなた………!あなた………が……‼︎』

 

 どこまで、悪辣、な………!

 

『あぁ、そ(・)れ(・)だ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)ぞ(・)?』

 

 ──────何を、言っている。

 

『お前が預かっている、真白珠莉、いるだろう?アイツの母親は、オレの知り合いでな。

 元売り上げNo. 1ホステスで、芸能人顔負けの美貌を誇っていたんだが、同じく元No. 1ホストとの間に、子供ができてしまったらしくてな。

 処分に困っていたらしいから、お前に送りつけておいたんだ。ホワイトルームで育成するよりも、効果的だと思ったからな』

 

 何を、言っている。

 

『お前なら、三人までなら、なんとか養えるだろう。だが、一人増えれば、限界になる』

 

 何を、言っている。

 

『────そうなれば、議員になって、金に余裕がある、オレを頼るだろうと予想…………いや、賭けた』

 

 何を、言っている。

 

『予想通り、お前はオレを頼ってきた。だからあとは、絶対に断れない状況を作って、金(・)石(・)先(・)輩(・)た(・)ち(・)の(・)子(・)供(・)の(・)ど(・)ち(・)ら(・)か(・)を(・)、手(・)に(・)入(・)れ(・)る(・)つ(・)も(・)り(・)だ(・)っ(・)た(・)』

 

 ───────何を、言っている。

 

『最高傑作を生み出す必要があったからな。まぁ、運良くオレの息子がそうなってくれたが。

 第一候補は、あの二人のどちらかだったんだ。

 才能ある両親の元に生まれた、才能ある姉弟。

 このどちらかなら、ホワイトルームのカリキュラムを合わせれば、最高傑作になれる、と期待していたんだが。

 当てが外れたな』

 

 ────ふざけるな。

 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな‼︎

 

『お前はっ‼︎子供をなんだと思っているっ‼︎』

『───ただの道具だ』

 

 私が、彼を、あの男を、どんな顔で見ていたのかは、分からない。

 ただ、心から、殺してやりたい、と。

 そう、思っていた。

 

『そうだ。お前には、これを渡しておこう。

 当該個体『1066』。金石麗の、実験記録だ』

 

 私は、失敗した。

 

 絶対に、信じてはいけない人を、信じてしまった。

 その末路が、これだった。

 

『まぁ、期待外れ、とまではいかないが、せめて、十五までは外に出れるぐらいには、堪えて欲しかったんだがな。

 そうなれば、実地テストに送り出せたものを』

『…………実地、テスト……?』

『椚ヶ丘中学校三年E組。

 全てが理想的な環境だ。山奥にあるから、外に漏れる危険は殆どない。必要なこと以外を教える必要もない。

 あそこに、一人放り込むつもりだったんだがな。まぁ、あれが十五になるまでは延期だろう』

 

 頼んでもいないのに、綾小路篤臣は、計画を話していた。

 

『椚ヶ丘での実地テストを終えたら、今度は高育に入れるつもりだった。あそこもまた、理想的な環境だったからな。

 金石麗が堪えていれば、五年は早く、計画の最終段階を始められたんだが』

 

 ────あぁ、そうか。

 私を、操るつもりなんだろう。

 

 この男の計画の最終段階は、後、五年。

 この男の息子にして、最高傑作が、五年後に高育に入学する。

 

 復讐に燃える私なら、その最高傑作を壊すために、五年かけて、高育で生徒を育成するだろうと、そう読んでいる。

 

 ────良いだろう。

 乗ってやる。お前のその計画に。

 そうして、作り上げてやる。

 

 最高傑作すらも打ち倒す、最高傑作を。

 

 お前の計画を、全てぶち壊してやる。

 最高傑作を殺して、お前も殺してやる。

 お前の、日本を変えるほどの人材を作る、その野望を、無駄にしてやる。

 ────お前の全てを、否定してやる。

 

 施設の経営者は、信頼出来る人に、後を託して。───もう、私が、関わるべきじゃないから。

 

 そうして、高育に、教師として赴任した。

 

 あぁ、きっと、ここは私の理想だった。

 

 自由が校風。それは、私たち教師にとっても例外じゃない。

 

 だから、私のやりたいようにやれる。作りたいように作れる。

 

 当該個体『1524』についても、ついでのように書いてあった。

 この資料を元に考えると、最高傑作は、最低でも麗を上回る総合力の持ち主なのは間違いない。

 ………一から育成するんじゃ、とても間に合わない。

 ある程度の基礎スペックの持ち主でないと。

 だから、Aクラスか、Bクラスの担任にならないと。

 

 最初の三年で、Bクラスの担任を任された。

 元々教師を十年近く勤めていたのもあったのだろうけど。

 

『三年間ありがとうございました!翡翠先生!』

『えぇ。あなたたちを教えられた三年は、悪いものじゃなかったわ』

 

 最初に担当したクラスを、ちゃんとAクラスで卒業させた。

 失敗ではない。ただ、成功でもない。

 最高傑作を、当該個体『1524』を殺し得る生徒を作ることは、出来なかった。

 

 だから、次に担当した、一年Bクラスで、南雲雅を、彼を見つけた時。

 

 奇跡だと、そう思えた。

 

 高い基礎スペックの持ち主で、何より、手段を選ばない悪辣さも兼ね備えている。

 当然のことだけど、正面から最高傑作を超える生徒を作るなんて、殆ど不可能だ。

 …………、まぁ、例外は、いたのだけれど。

 堀北学は、入学時点で殆ど完成されていたから手を出さなかった。

 卜部藤乃も、また同様に。

 …………博たちは、巻き込みたくなくて。

 だから、逆に、チャンスだと思った。

 

 事前の練習に丁度いい。クラス間競争にかこつけて、卜部藤乃を、南雲雅に殺させる。

 『1524』を殺す為の、踏み台として。

 

 私の誘導は、完璧だった。

 完璧に、南雲雅は、卜部藤乃を殺してみせた。

 

 懐に潜り込んで、弱点を探って、徹底的にそこを突いて殺す。

 報告書に載っていた、麗と同じ戦い方で。

 だからこそ、心から歓喜した。

 ねぇ、南雲くん。あなたは、麗の代わりに、『1524』を殺すの。麗と同じやり方で、『1524』を上回って、殺して。

 そうすれば、全ての否定になる。

 綾小路篤臣。アンタの全てを否定できる。

 

 だって、あんたが壊した麗の戦い方を猿真似しただけの、麗の下位互換に、最高傑作が殺されたなら。

 

 ───わざわざ麗を壊したアンタは、最高傑作を一度、日本を変えられるだけの天才を、自分の手で壊したんだから。

 

 ───その、つもりだったのに。

 忌まわしい。忌まわしい忌まわしい忌まわしい忌まわしい忌まわしい‼︎

 あの女!九重九十九‼︎

 

 あぁ、お前が南雲くんを壊したことを、初めて知ったあの体育祭の日。

 心から、お前を殺したいと思った。

 よくも、よくもよくもよくもよくもよくも‼︎

 

 お前さえ、お前さえ!

 お前さえ、いなけければ!

 

 だから、選挙で、わざと負けようとしている南雲くんを、誘導して。

 今度は、九重九十九を、殺そうとした時。

 

「…………久しぶり、翡翠先生」

 

 ────なんで、あなたに、見つかってしまうの。

 

 

 …………見られたくないところを、見られた。

 隠しておきたいことを、暴かれた。

 

 翡翠恵先生は、そういう顔をしていた。

 

『────確認だ、金石。お前の施設の経営者は、翡翠というんだな?』

『うんそうだよ。翡翠恵先生。現二年Aクラスの担任。だから正直、南雲のこと、嫌いなところがあるし、違和感も凄いんだよね。

 だって、あの翡翠先生に教わっているのに、あんなことするなんて──』

『全(・)て(・)を(・)誘(・)導(・)し(・)た(・)の(・)が(・)、翡(・)翠(・)恵(・)だ(・)と(・)し(・)た(・)ら(・)?』

『───は?』

『…………俺も卜部も、南雲なら壊れないだろうと、そう、見積もっていて。しかし、それは盛大に失敗した。

 見積もりが誤っていた。やり方を間違えた。それが、全てだと、そう思っていたが。

 …………もし、意図して南雲を誘導したものがいるとしたら、それは、──』

 

 堀北先輩の胸倉を掴み上げて、金石先輩は、怒りを露わにしていた。

 

『────、お前に、先生の何が分かる‼︎』

 

 ────きっと、オレにとっての殺せんせーが、この人にとっての翡翠先生で。

 堀北先輩にとっての浅野理事長が、この人にとっての翡翠先生だから。

 分かるんだ。この人が、どれだけ怒っているのかも。

 堀北先輩も、そういう顔をしていた。

 

 ────でも、オレは。

 

『…………確かめましょう。金石先輩』

『綾小路っ!翡翠先生はっ‼︎』

『…………あなた、だって、復讐のために動いている』

『───っ、!』

 

 翡翠恵が、そうでない根拠が、ありますか。

 

 

 もし、この、『元一年Aクラス女子脅迫事件』から始まった、二年生の地獄が。

 もし、ホワイトルームに起因したものだったなら。

 もし、オレが、原因の一つだったなら。

 

 オレは、それを、知らないといけない。

 

「…………オレは、ホワイトルームの最高傑作、当該個体『1524』、綾小路篤臣の息子。

 ────綾小路清隆です」

 

 多分、薄々、そう、予想してはいたのだろう。

 翡翠恵は、とても、心から、嬉しそうに。

 待ち侘びていた人が来た、と、そう思うぐらいに、壊れた笑みで。

 

「─────ようこそ。『1524』。さぁ、始めましょう?」

 

 この、実力主義の教室を。

 

 

「……………いいや、始めさせないよ。翡翠先生」

 

 ごめん。南雲。

 ごめん。卜部。

 ごめん。桃井。

 ごめん。青井。

 

 僕の先生が、君たちに、たくさん、迷惑をかけた。

 だから───。

 

「南雲雅の、休学の権利は、もう買った。

 先生、あなたの、復讐は、ここで終わり」

 

 ────終わり?

 こんな、こんな、中途半端な、ところで───?

 

「先生。そのやり方は、ホワイトルームと、何が違う」

 

 …………分かっている。

 

「心を踏み躙り、人を傷付けて、そうして、勝つ。

 こんなの、ホワイトルームと同じだ」

 

 分かっているわよ。そんなこと。

 

「姉さんを壊されたことを、何よりも憎んで、恨んでいるはずのあなたが、…………同じことを、南雲にするのか?」

 

 分かって、いたのよ。そんなこと。

 でも、だけど───。

 

「じゃあ、じゃあ、あの子は、なんの、為に………」

 

 止められないの。

 認められないの。

 

 麗は、あんな終わり方をしていい子じゃなかった。

 期待外れ?ふざけないで。あなたが悪いのよ。あなたが失敗したのよ。あなたが、あんなことをしなければ、麗は、麗、は。

 

「…………翡翠先生。あなたは、証明するつもりだったんですね。

 綾小路篤臣が、失敗作だとした、金石麗は。

 本当は、最高傑作だったんだと。

 …………綾小路、篤臣は。

 自ら、最高傑作を壊した、愚か者だと」

 

 黙りなさい。堀北学。

 

「…………、その、根底にあるのは、後悔ですね。

 自分が導いていたなら、金石麗は、こんなことには、ならなかったはずだと。

 施設の、そして、彼女自身を思って手放した自身の判断を、後悔していたから」

 

 黙って。

 

「─────、だから、南雲を、狙ったんですね。 

 南雲に、金石麗を、重ねていた。

 そして、きっと南雲は、あなたが望んでいた、金石麗でもあった。

 自分と大切な人のために、誰かを踏みにじれる人間だった」

 

 お願い、黙って。

 

「あなたは、ずっと、いつかの後悔を、拭い去るつもりだった」

 

 反省は続けてきた。でも、だからこそ。

 翡翠恵は、後悔も続いていた。

 後悔に蝕まれて、歪んで、壊れて。

 ───この人は、終わってしまった。

 

 もし、あの日。

 あそこにいたのが、渚だったら。

 あの結末には、至らなかった。

 

 だって、オレと渚が、やり合うということは。

  

 ────どちらかが死ぬということだ。

 

 渚がオレに勝つには、クラップスタナーで動きを止めて、二(・)本(・)目(・)の(・)ナ(・)イ(・)フ(・)を(・)突(・)き(・)立(・)て(・)る(・)し(・)か(・)な(・)い(・)。

 スタンガン程度で、オレは止まらない。

 

 だから、あの日。

 

 オレは、渚に殺されるか、渚を殺すかの二択を、答えるつもりで。

 

 鈴音と桔梗に、殺された。

 

 

 この人は、きっと、渚を殺してしまった、オレなのかもしれない。

 

 最悪の間違いを、犯してしまった、人なんだ。

 

 

「あなたは、南雲のために、彼を導いたんじゃない。Aクラスに上り詰めることも、卜部に勝つことも、全て、ただの通過点だった。

 全ては、金石麗の下位互換で、ホワイトルームの最高傑作を殺すために」

 

 堀北先輩は、きっと、南雲先輩と翡翠先生を引き離すために、こうも暴き立ててている。

 南雲先輩は、翡翠先生を信頼しているようだったから、そこを、切り離そうとしていて。

 

 耐えきれなくなった翡翠恵は、背を向けて、その場を立ち去った。

 

 金石先輩は、その背を追おうとして、南雲先輩に。

 

「────僕たちの先生が、ごめん」

 

 そう、謝っていた。

 

 壁に寄りかかって俯く南雲先輩に、オレは、何を言えばいいのか、分からなかった。

 この人が、こんなに壊れたのは、きっと、オレのせいだ。

 

 翡翠恵先生の、証明に。

 当該個体『1066』。金石麗こそが、本当の最高傑作だったのだと、証明する。

 その為に、この人は、使われた。

 

 …………もし、オレが、高育に進んでいなければ。

 この人は、壊されることも、無かったのかも、しれない。

 

「──────南雲、俺は、俺の理想の為に………俺が、浅野先生を助ける為に。

 お前を、利用しようとした」

 

 堀北先輩は、懺悔する。

 

「あの最終二問を作ったのは、俺だ。

 俺は、お前と卜部の両取りを狙っていた。

 お前を勝たせた上で、卜部との圧倒的な実力差を思い知らせて、卜部を生徒会に入れることを、認めさせつつ、俺の理想に、使えるようにする為に。

 ────俺は、合理で、こうした方が効率が良いと、そう判断した」

 

 合理的であること、効率的であること。

 

 それは、言い換えれば支配的で。

 

「────俺は、浅野先生を助ける為に、浅野先生のやり方をした。

 そんなことをしていたら、助けられるわけが、無かったのに」

 

 堀北学は、自身の罪を語る。

 

「────俺は、支配することしか知らないのに、それ以外を、学ぼうとしなかったのに。

 寄り添う道を、歩いてしまった」

 

 高育で、堀北先輩は、出会いに恵まれた。

 自身に匹敵する強者が、同じクラスに何人もいて。

 自身に挑み続けるライバルが、大勢いて。

 寄り添ってくれる人がいて。

 導いてくれる先生がいた。

 

 ────だから、寄り添う道を、学ぶ必要が無かった。

 

 だって、堀北先輩が、一番前を走り続ければ。

 周りが勝手に、寄り添ってくれていたから。自然と、そういう形になっていたから。

 

 だから、この人は。

 良くも悪くも、殆ど変わらないままなんだ。

 確かに、強くなった。

 でも、鈴音も、浅野も、変わったとは、言わなかった。

 

 だから、失敗した。

 

 

「…………だから、なんすか。堀北先輩」

 

 南雲先輩は、顔を上げる。

 強い意志のこもった、顔。

 後ろ向きな、意志の。

 

「どんな理由があったとしても、誰に誘導されていたとしても────結局、選んだのは、オレです。

 オレは、誰も彼も傷付ける戦い方を選んだ。───自分すらも。

 だから、卜部が、オレを、罰しない、なら」

 

 きっと、一番、南雲先輩を罰する資格がある、卜部先輩が、罰しないなら。

 

「オレは、責任を、取るしかない」

 

 二年生の地獄を、作ったものとして。

 南雲先輩が、取ろうとしている、責任は。

 

「────堀北先輩、オレは、選挙で、全部をぶち撒けようって、そう思っていたんです。

 オレの悪行を、全部、ぶち撒けて。

 堀北鈴音を、勝たせるつもりだった」

 

 堀北先輩の妹で、強くて、正しくて、───そして。

 

「…………あんたの言う、寄り添う強さを、確かに持っているから」

 

 そう、だな。

 鈴音には、そういう強さがある。

 そういう強さを、あの一年で、磨き上げた。

 

「オレでも、浅野でも、卜部でもなく。

 アイツなら、きっと。きっと───」

 

 討論の時か、或いは、それより前から。

 南雲先輩は、そう決めていた。そうして、その為に、動こうと、して。その為に、自分を、終わらせるつもりで。

 

「────やめろ、南雲」

 

 そう、声を、掛けてきたのは。

 

 ─────桐山先輩、だった。

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