魔法少女育成計画ReBirth ―ラ・ピュセル生存記録 2nd Story― 作:神谷萌
第00話
「ダメね」
無機質な壁、灰白色の空間。
ピッ、ピッ、と鳴る電子音は、医療用の計測機器のそれを思わせる。だが、それに共通するイメージはあるものの、ここは明らかに病院ではない。
もっと、より冒涜的ななにかの雰囲気が漂っている。
「自力で励起にすら至れない」
「大掛かりな事になる前に、目標が達成できればと思ったのだけど」
そんな言葉とともに、ため息が漏れる。
「部門長」
「計画の準備状況はどうなりましたか?」
苛立った様子はまったくない、棘もない、事務的でもない、どこか優しさすら感じさせる声と口調が、しかし、短く必要最低限の問いかけをする。
「あとは決定が下されれば、いつでも」
「ふむ。 ……オスク師の意見は」
「特に変更の意向はありません」
「解りました」
そっと、視線を遠くに逸らす。
「憎しみは連鎖する。あなた方も、私の復讐の糧になりなさい」
PCのものらしきディスプレイでは、人物の情報が
最前面に表示されているウィンドウでは、本来、2枚の顔写真が並んで配置される書式の、その片方だけに、彩度の高くない金髪の顔が貼り付けられている。
そのもう一方には、 ────
“LOST”
名深市立
卒業式 ──────── の、翌日。
校長室。
「卒業証書。
校長が読み上げる。
「右の者は中学校の全課程を修了するに足ると認め、之をここに証する。名深市立城南中学校々長、
それを受け取る人物はしかし、名前のイメージに反して、明らかに女性の姿をしている。
あまつさえ、髪色や顔立ちは明らかにネィティブジャパニーズ3民族の特徴ではない。
その両手が卒業証書を受け取った時、ぱちぱちと、その場に居合わせた、教頭と両親が拍手をする。
「どうも、愚息が大変ご苦労をおかけしました」
父親が、颯太、の隣から1歩出て、校長と、その隣に控えていた教頭に向かって、そう言って頭を深く下げた。
「いえ、失礼かもしれませんが、我々もこれで一安心と言ったところですので」
校長が、幾分申し訳無さそうに眉を動かしながら、そう返した。
「岸辺君」
父親が校長とやりとりを続けている一方で、教頭が颯太に話しかけてくる。
「今後の進路は決めているのですか?」
「はい、えっと」
颯太は、少し気まずそうに苦笑する。
「一応、高校には行っておきたいんですが」
「それがいいとは思いますが、そうなると浪人……ということに?」
「はい」
教頭の言葉に、まず颯太が答える。
「去年、
母親が颯太の隣に立ち、そう言った。
「そうですか。1年の遅れは確かにハンデにはなりますが、それも本人の意志と努力次第です。どうか、頑張ってください」
「はい」
かつて、岸辺颯太は普通の少年だった。
敢えて特筆するとすれば、魔法少女が好きだったこと。
それが2年前、その運命に転機が訪れた。
『魔法少女育成計画』。
ソーシャルゲームを通じて勧誘され、本物の魔法少女、ラ・ピュセルになった。
ただ、思い描いていた、憧れた世界はすぐに破綻する。
名深市の16人の魔法少女に突然に告げられたバトルロイヤル、脱落は死を意味するデスゲーム。
そんな中、ラ・ピュセルは、自身が指導役でもあり、現実社会における幼馴染でもある魔法少女、スノーホワイトを守って立ち回り、戦ったが ────
その戦いぶりが、加害性の高い戦闘狂であり、実際の黒幕の1人だった、森の音楽家クラムベリーに目をつけられた。
絶望的に圧倒され、身体のあちこちを破壊され、死の直前の状態で、道路に捨てられた。
そして、荷物を満載したガソリンエンジンの2t積みトラックに撥ねられ ────
──────── なんの奇跡か因果か、そこで尚、一命を取り留めた。
ただし、 ──── 岸辺颯太、生来の姿の喪失と引き換えに。
以降、かつて彼と呼ばれた彼女は、魔法少女ラ・ピュセルの姿で生きていくことになった。
昇降口から、両親とともに校舎を出ようとする。
「どうだ、この後どこか食事でも行くか?」
父親がそう提案するが、
「うん……」
と、颯太ははっきりしない返事をする。
ガラス戸の並んだ出入口から出ると、その傍らに、黒い、平成初期の軽自動車が停まっていた。
その運転席側のドアの傍らに、1人の女性が立っている。女性としてはかなり長身で、
見た目は誰もが振り返りそうな美人だが、左眼に深い傷がある。ただそれでも、その見目麗しさは褪せていない。
「えーっと……」
颯太が、両親を振り返って、気まずそうな声を出す。
すると、母親が隣の父親を軽く肘でつついてから、
「行ってらっしゃいな」
と、笑顔でそう言った。
「ま、まぁ、野暮をしても仕方がないというものか」
父親は微妙な表情で言う。
「うん!」
颯太はそう言ってから、女性の方へ小走りに駆け出した。
「
本来なら1人だけが生き残るデスゲームと化した、クラムベリーとそのマスコット・電脳妖精ファヴの魔法少女選抜試験を、紆余曲折あって4人が生還した。
ラ・ピュセル、岸辺颯太。
リップル、
スノーホワイト、
トップスピード、
黒幕のクラムベリーとファヴが死んだ後、魔法少女の本山、魔法の国は、この2人が野放しになっていた不始末を詫びるため、4人が正式な魔法少女になることを認めた。
成績上位だったラ・ピュセルとトップスピードには、活動継続に必要な、認識阻害の効果を持つ護符が贈られた。
また、後に僅かではあるが金銭的な補填も約束された。
助手席に颯太が、運転席に女性が乗り込む。
キーのささったイグニッションスイッチを “ON” に、さらに “START” へ。軽いセルモーターの音とともに、F6A型エンジンが始動する。
CP22S型 スズキ セルボ・モード。セルボとして4代目。
ミッションオイル漏れで不動になった5ドアのX 4WDを、事故廃車のSRターボ 4WDを
小さな地元車検屋のオモチャになっていたものを、運転席の女性、細波華乃が自動車運転免許を取得した時に、トップスピードこと室田つばめが、自身の高校時代の伝手から譲り受けてきたものだ。
運転席の女性、ラ・ピュセルの “共犯者”、リップルこと細波華乃は、マニュアルトランスミッションのギアを1速に入れ、発進させる。
「はー、とりあえずこれで一段落かな」
助手席の颯太は、頭の後ろに手を回しながら、緊張が緩んだ表情でそう言った。
「お疲れ様」
華乃は前方を向いたまま、運転しながら労うような言葉を言う。
まだ若葉マークを着けているとは思えないほど、MT車をスムースに走らせる。シフトアップの度に、インパネ右側の空調吹出口上に追加された、48φの、旧いkg/cm²表記のブースト計が負圧と正圧を行ったり来たりしている。
片側2車線の県道を、生活圏が名深市と一体化している隣接自治体、
その境のすぐ向こう側に、大型ショッピングモールが見えた。
華乃の運転するセルボは、その広大な駐車場に入っていく。
ショッピングモール内のアパレル店。
「あっ」
華乃と連れ立って歩きながら、店内を物色していた颯太が、それに気づいて手をのばす。
吊るし売りのサマーカーディガンの中から、ピンク色のそれを手にとって、一度引き出す。
「この色いいな」
そう言いながら、サマーカーディガンを自分の身体の前に出して、
「ボクに似合うと思うか?」
と、華乃に見せるようにしてそう言った。
「似合う」
華乃は短く答える。素っ気ない言葉に聞こえるが、決して適当に言っているわけではない。今の颯太はそのことをよく知っている。
ただ、 ────
「じゃあ買っちゃおうか。値段も高くないし」
そう言う颯太の視線が自分から逸れたところで、華乃は、妙に疲れたようなため息を吐き出した。
ショッピングモール内の廉価ファミリーレストラン。
「それで」
チーズにミートソースの乗ったドリアを食べつつ、その合間に華乃が切り出した。
「あの話、どうなった?」
声をかけられた颯太は、チーズのかかったハンバーグを食べる手を止める。
華乃は自身が面倒見の良い方だとは
「うん、とりあえず引き受けるつもりだけど」
颯太はそう答えた。
「そう」
「華乃は、リップルはそれでいい?」
短く言葉を返した華乃に、颯太は訊き返す。
「私はラ・ピュセルがやろうとしていることが、悪いことじゃないのなら支える。行き過ぎたら止める」
「そっか」
華乃の答えを聞いて、颯太は、返事しつつ妙なくすぐったさを感じた。
「それに」
華乃が続けて言う。颯太は華乃に視線を向け直した。
「私も、この話が他の変なやつに持っていかれるぐらいだったら、ラ・ピュセルがやった方が安心できる」
「まぁ、ボクもそう考えてた」
華乃の言葉に、颯太は同意の言葉を返して、鼻から軽く息を吐いた。
「ただ、本当にボクがやっていいのかなーとか、魔法の国から見たら新人もいいところだし」
颯太がそう言うと、華乃はジト目の視線を颯太に向ける。
「颯太らしくないっていうか、ラ・ピュセルらしくない」
「そう?」
「おほん」
華乃の言葉に颯太が訊き返すような言葉を出すと、華乃は声色を整えるように咳払いをしてから、
「『身に余る栄誉、このラ・ピュセル、謹んでお請けしよう』」
と、低めの声で言った。
「やめて!」
颯太は悶えるような声を出した。
「最近小雪にそれでよく弄られるんだ。華乃までやらないでくれよ」
華乃がやったのは、クラムベリーとの初戦以前のラ・ピュセルの口調のエミュレートだ。あの頃は魔法少女になれた昂揚と陶酔感から、フィクションにありそうな騎士を
その陶酔がそっくり
「でも、あ、話戻すけどさ」
「うん」
「なんか、一部ですっごく過大評価されてる気がするんだ」
そう言って、颯太は、苦いと言うか、疲れたと言うか、そんな表情になる。
「『
「そうそれ」
華乃が言うと、颯太は脱力した様子のまま、フォークで華乃を指す。
「1度目はクラムベリーが直接トドメ刺さなかったのと偶然で生き残ったようなものだし、2度目は実力で勝ったって言うにはなぁ……」
「でも、それでパムの目に留まったでしょ」
「それもさぁ、余計に噂に尾ひれ背びれがつく原因のような気がするんだ」
ちょうどほぼ1年前。華乃が高校2年生から3年生になる春休み、ラ・ピュセルは魔王パム、なる魔法少女に呼び出された。呼び出されて、リップルを伴って行ったら
「別に魔王塾に正式に所属しているわけでもないしさぁ」
付け合せのハッシュポテトをフォークで何度も突き刺しながら、困惑したように言った。
「けど、それでも引き受けるんでしょ?」
「うん」
華乃が改めて問いかけ直すと、颯太は、そう返事しつつ、姿勢を直した。
「華乃もさっき言ってたけど、変なやつにやられても困るかなって」
「それでいい」
─☆──☆──☆──☆─
うーん……うーん……やっと上がった……ドキュメンテーション……こんなもん作業が終わってから作るもんじゃないんですよ!! 眠い……眠い……とりあえずここでいいから寝ます……寝る……クラムベリーの子ども達……? 今はどうでもいいでしょう、そんなの……とにかく寝させてください。起きたら帰ってまた寝させてください。 …………とにかく寝るのです…………
ガチャッ
…………誰か、入って……何か、持ち出していますね……外付けストレージ……あれに入っていたのは、何だったでしょうか……ああ、今はどうでもいいです。とにかく寝るのです。……チェアー……椅子……座るのです……いや、もう寝るのです……寝る……────
ブツッ
─☆──☆──☆──☆─
名深市。岸辺颯太の自宅。
「よし」
他所行きにも部屋着にもなりそうな私服の姿で、自室の床に立ち、左腕を上に伸ばした姿勢で目を閉じる。
その全身が光を帯びる。
それまで着ていた衣服が粒子状の光になって消えていく。少女、と言うには些か艶めかしすぎるボディラインが露わになる。
尾てい骨の延長上に、金属質にも見える節のある尻尾が出現する。
白いフリルのドレスが上半身から腰下にかけてを覆う。黒と金の防具が現れ、ドレスの上から装着されていく。
足元に、膝甲までが一体になった、金色の飾り付きの、少しヒールの高いブーツが現れる。
伸ばしている左手に、刃渡り1m、刃幅6cmぐらいの剣が、白に金の装飾の施された鞘に包まれた状態で出現する。その鞘を、左手で掴んだ。
「さて、今日も魔法少女、やってきますか」
光の収まった自室の、その窓を開け、夜空に高く跳び上がった。
【前ストーリーからの継続についての整理】
時系列は第12話・第12話幕間の2年後。
- 後日談 その4とは流れが異なっています。
- 華乃/リップルが免許を取り、つばめ/トップスピードがセルボ・モードを拾ってきたあとになっています。
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