魔法少女育成計画ReBirth ―ラ・ピュセル生存記録 2nd Story― 作:神谷萌
市郊外。
見渡す限りの水田が広がっているが、昼間だと言うのに
その農道の1本を、ミクセリクサーが歩いていた。
「はわ……」
今までのような底抜けの明るさがなく、不安そうな表情でキョロキョロと周囲を見回している。
「はぁ……」
その上空。
スノーホワイトがため息を吐いた。
「とうとう学校サボっちゃったよ……私立で学費高いのに」
「オレも親の目が痛い」
ラピッドスワローでタンデムしながら、後ろでボヤくスノーホワイトに、トップスピードはいくらか引き
『頼み主さは悪ぃども、こごは先にスノーホワイトば狙わせでもらう』
「えっ!?」
「どうし……掴まってろ!!」
驚いたように短く声を出したスノーホワイトに対し、トップスピードは訊き返しかけて、一気に険しい表情になって、そう怒鳴るように言いながら、
「きゃっ」
と、スノーホワイトが声を上げるのも構わず、加速しながらロールを打って急降下する。水田の地表スレスレまで降りる。
「ひゃっ!」
ミクセリクサーのすぐ脇を、スノーホワイトを乗せたトップスピードが追い抜くかたちで高速で通過する。トップスピードが切った風を浴びて、ミクセリクサーが短く声を上げる。
『位置マークしたぽん。ラ・ピュセル!』
その、水田地帯が見下ろせる丘陵部。
雑木林の中に、メルヴィルは立っていた。
その手に、薔薇の蔓を結ったような弓を握っていた。
その視線は、ちょうどミクセリクサーの真上の空を向いていた。
「トップスピードも、戦さ向きでねぇはずだばって、勘はいいみでぇだな」
1人、そう呟いた時。
ガサガサガサガサッ、ドサッ
「!?」
雑木林をかき分けるような音が、至近距離から響いてきた。
「!」
メルヴィルは、咄嗟に弓を横にして防御の構えをとる。
次の瞬間、弓がまっぷたつにされた。
弓を両断した何かを、メルヴィルは寸でのところで躱す。その何かが、メルヴィルの足元の地面にガツン、と当たった。
「
メルヴィルが声を上げる。
「悪いけど、姿を消すのはお前の専売特許じゃないんだよ」
何かを剥がすかのように、ラ・ピュセルが姿を現した。すでに抜き身の剣を右手で構えている。
「ファヴの記録だば、こった不意討ちしてくるやづでねぇはずだべ」
「へ?」
反射的に言ったメルヴィルの、標準語とは大きく違うイントネーションの言葉を、ラ・ピュセルは聞き取れず、呆気にとられたような顔になってしまう。
「『記録じゃ、こんな不意討ちしてくるやつじゃなかったはずだ』と言ってるっす」
どこからともなく、ラピス・ラズリーヌ
「いや、不意討ちも罠も使うよボクは」
ラ・ピュセルは、意外そうな、少し緊張感の緩んだ表情をして、メルヴィルに言い返す。
「ファヴの記録さ、ねがったって言ってらべ」
「『ファヴの記録にはなかった』と言ってるっす」
先ほどとは明らかに別の方向から、ラズリーヌIIの声が聞こえてくる。
「ああそうか、ファヴは
場違いにも苦い顔になって、ラ・ピュセルは呟くように言った。
── ラピス・ラズリーヌの声はすら。だばって、どっちさ居るか
メルヴィルは、視線を移しつつ逡巡する。
── 逃げるにも、頃合い見ねばまいねぇ。
「だけどお前!」
メルヴィルの思考を遮るかのように、ラ・ピュセルが声をあげる。
「今、スノーホワイトとトップスピードを狙っただろう!? お前の狙いはボクとミクセリクサーじゃないのか!?」
そう、問い質した。
メルヴィルが答える。
「ミ
「『ミクセリクサーは依頼主に頼まれた』、と言ってるっす」
ラズリーヌIIの標準語翻訳が聞こえてくる。
── ラズリーヌの声、また別のどごさ居るべ……
「おめは許しがたぐても、対象でねぇ。おめはクラムベリーと戦って生ぎ残ったべ」
「『お前のことは許しがたいけど、お前はクラムベリーと戦って生き残ったから対象じゃない』と言ってるっす」
「問題は残りの3人だ。あいつらは、クラムベリーが選ぶべき相手でねぇ」
「『残りの3人はクラムベリーが選ぶべき相手じゃない』と言ってるっす」
メルヴィルの言葉の一区切りごとに、それを標準語訳するラズリーヌIIの声の場所が変わって聞こえてくる。
「とぐにスノーホワイトだ。まともに戦ってもいねぇやづば、生ぎ残らせるわげにはいがねぇ」
「!」
今のは翻訳がなくても、メルヴィルが何を言いたいのかラ・ピュセルにもわかった。
今、一番誰が大切な魔法少女かと言われればリップルだが、彼女は自衛・応戦できる。フィールド選択権が相手にあると自分よりリップルの方が強いぐらいだ。
だが、スノーホワイトはそれができない。恋愛対象からは
── ここで止めたい、けど…………
反射的にカッと頭に血を上らせて突っかかっていった結果がどうなったのか、クラムベリーで懲りている。
ラ・ピュセルは踏み込めずにいる。
メルヴィルも動くのを躊躇している。
そこへ、カツン、とメルヴィルの足元でなにか音がした。
「これでも食らうっす!」
突然、メルヴィルの目前に出現したラズリーヌIIが、それをメルヴィルの顔面めがけてぶちまけた。
「ペンキぐらいで、ごの」
顔から肩にかけて赤いペンキ塗れにされたメルヴィルだったが、そのペンキがかかった部分まで保護色になって視界から消えようとする ────
「ぐぎゃあ!」
周囲にほぼ溶け込んだかに見えたメルヴィルだったが、突然、ラズリーヌIIの足元で、ひっくり返るような悲鳴を上げた。
ラズリーヌIIがメルヴィルの顔面にお見舞いしたのは、先日、アカネとの戦いに使った一味唐辛子入りの水性ペンキ、その予備の1缶だった。
それが目に入ったのだろう、ガサガサ、ガサガサと、周囲の草を揺らす。おそらくのたうち回っているのだろう。
「ここかっ!」
ドガァッ!
ガサッと草が揺れたあたりを、ラ・ピュセルが、サッカーシュートのようなキックを魔法少女の力で蹴飛ばす。
手応えはあった。少し離れたところに、なにかガサッ、と落下したような草の音が聞こえた。
「逃げられるっす!」
「しまった!」
メルヴィルのそれと思しき、ガサッ、ガサッ、ガサッ、と、石の水切りのように飛び飛びに鳴る草の音が、雑木林の中を離れていく。
ラ・ピュセルとラズリーヌIIは、草をかき分けてそれを追おうとするが、逆に自分達がガサガサと草の音を立ててしまい、メルヴィルの音が聞こえなくなってしまった。
「これ、私より山に慣れてるっすね!?」
ラズリーヌIIが、追いきれなくなったところで周囲を見渡しながら、そう言った。
「くそっ!」
ラ・ピュセルは、ダン、と、八つ当たり気味に地面を蹴飛ばした。
「こんなことなら、姿を表す前にピアノ線でも張っとけばよかった!」
ラ・ピュセルは、憤怒混じりにも真剣な表情でそう言ったが、それを聞いたラズリーヌIIは、
「ほんっと、正義の味方の戦い方じゃないっすね……」
「見事に逃げられたっすねぇ」
華乃邸。
ラズリーヌIIが、胡座で腕を組んだ状態で、難しそうな表情をしながら言う。
「解ったことと言えば、あいつ自身の意思の他に、依頼者ってやつがいるってことか」
颯太は、 “本来、変身を解除している状態” で、やはり卓袱台の傍らに腰掛けながらそう言って、ため息を吐いた。
ミクセリクサーは、どこかオロオロとした様子で、室内をキョロキョロ見回している。
「いや、もうひとつわかったことがある」
そう言ったのは、まだ変身したままのトップスピードだった。
「何がです?」
颯太が訊き返す。ラズリーヌIIもそちらに視線を向けた。
すると、トップスピードは、腕のない右肩から、拳を握った状態の左手を見渡すようにしてから、
「華乃、ちょっとリップルになってもらえるか?」
「? わかった」
仕事から帰ってきて、部屋着に着替えたばかりの華乃だったが、トップスピードに言われるままに、リップルへと変身する。
「?」
「?」
颯太とラズリーヌII、それにミクセリクサーと小雪も、何があったのかと、トップスピードに視線を向けている。
「ちょっとこっち来てくれ」
そう言って、自分が颯太の背後に移動しながら、リップルをその傍に招き寄せる。
「右側担当してくれ。添えて押さえてるだけでいいから」
「わかった」
「え? 何? 何?」
「お前は前向いてろ」
リップルは何をするのか理解できたようだが、颯太はまだ要領を得ない様子だった。
「いくぞ、そーれ!」
颯太の右のこめかみにリップルの左拳、左のこめかみにトップスピードの拳が当てられ、トップスピードがそれを締めるようにぐりぐりと動かし始めた。
「あだだだだだだだっ!」
「この野郎、あの透明外套、お前が持ってたんなら早く言えよ!」
悲鳴を上げる颯太の後頭部に、トップスピードが憤った声を浴びせる。その後で、トップスピードとリップルが離れた。
「あたー……」
卓袱台を支えに突っ伏すようにしながら、颯太は、右手で自分の右こめかみのあたりを押さえる。
「この前、確認して行き先がわからなくて、何処に行ったのか本当に心配だったんだ。一般人に渡っても犯罪に使い放題だろあれは」
「スイムスイムが持ってたから回収したんですよ。スノーホワイトが知ってるかと思った」
「ごめん、見てなかった」
颯太の言葉に、小雪は、申し訳無さそうというより失笑といった感じで、そう言った。
「っていうか! わざわざトップスピードとリップルでやらなくてもいいじゃないですか!」
「お前さん、常にラ・ピュセルだから変身前の姿でやってもほとんど効かないじゃん」
颯太の言葉にそう言い返しながら、変身を解きつつ、つばめはどっかと腰を下ろした。
リップルも変身を解く。
「っていうか、確認っていつやったんです? ボクその時いましたっけ?」
「この前、華乃のセルボの点検してたときだ。お前さんもいただろ」
「あれ?」
つばめが答えると、颯太は、記憶を掘り起こすように、視線を上に向ける。
「いるにはいたけど、アカネの事件についての候補者への報告と、辞退者の処理でそれどころじゃなかったぽん」
卓袱台の上に置かれたマスター仕様マジカルフォンからネクが姿を表し、そう言った。
「そういうことか」
つばめは、そう言って深くため息を吐く。
「まぁ、颯太が持ってる分にはそれでいいか……」
「そうちゃん結構ムッツリスケベだから、華乃のお風呂覗くぐらいはしそうだけどね」
つばめの安堵の言葉に、小雪がそう続いた。
「そんなことしないよ!」
颯太が反射的に言い返す。
「うん、そんなことしない」
華乃が言う。
「華乃……」
信頼されて、颯太は、一瞬、嬉しそうな表情をする。
「お風呂なら一緒に入る」
「華乃!」
「一緒に入るのと覗くのは別の興奮があるとか」
「ちょっと! 小雪!」
「だとしても、透明外套を使わなくても、私は颯太になら覗かれたままにしとく」
「やめてくれよ2人とも!」
「公開処刑だなこりゃ」
「は、はは」
つばめが呆れたように言い、ラズリーヌIIは引き攣った表情で乾いた笑い声を漏らした。
「あ……今日はそろそろ帰らないと」
言い合っているうちに、テレビの足元に置かれている、やや旧型のDVD/HDDレコーダーの時計表示を見て、我に返ったように小雪がそう言った。
「小雪」
颯太が真剣な言葉をかける。
「え?」
『とぐにスノーホワイトだ。まともに戦ってもいねぇやづば、生ぎ残らせるわげにはいがねぇ』
「今日はここに泊まっていったほうがいい」
訊き返す小雪に、颯太は、メルヴィルの言葉を思い出しながら、そう言った。
小雪は、視線を華乃に移す。
華乃は頷く。
「私もその方がいいと思うっす」
ラズリーヌIIもそう言った。
「じゃあ、そうする」
そう言って、小雪は、家族に連絡するためにスマートフォンを取り出した。
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