魔法少女育成計画ReBirth ―ラ・ピュセル生存記録 2nd Story―   作:神谷萌

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第00-1話

 名深駅。

 名深市を南北に貫くJR線の駅で、地方私鉄の起点駅にもなっている。

 そのJRホーム4番線に、ステンレス地に群青の帯を巻いた、15両編成の電車が到着した。

『4番線に到着の電車、これより後ろ10両切り離しを致します。当駅より先、左海(さかい)方面ご利用のお客様は前寄り5両、11号車から15号車をご利用ください。この電車は捷洲(しょうす)行きです』

 肉声アナウンスが流れる中、電車から降りた姫河小雪は、橋上駅舎の西口側階段へ向かって歩く。

 ディーゼルエンジンの爆音が聞こえる。私鉄線の列車が駅を発車していく。この路線は電化されていないが、輸送密度は高く、気動車を4両連ねた列車が駅を離れていった。

 小雪はJRの改札を出る。

 ここは以前、一命を取り留めて退院した直後の颯太が、ラ・ピュセルの活動として迷子を届けたことがある場所だ。

 私鉄線の改札の前を通り過ぎる。

 駅舎から出ると、かつて駅前ショッピングセンターとして建設されながら、郊外ロードサイド店に圧されキーテナントが撤退、その本来の用途を失した建物を再利用し、不便な丘陵地帯にあった旧庁舎から移転してきた市役所へ、駅前ロータリーを越えるペデストリアンデッキがつながっている。

 小雪はそちらには向かわず、左に折れて階段を降り、バスターミナルへ向かう。

 颯太や小雪の自宅が1つ南側の端川(はたがわ)駅利用圏にあるのに対して、華乃の自宅は名深駅から、徒歩で行くには少し離れた場所にある。

 ──── なのだが。

 ブロロロロ……

「あ」

 小雪が階段を降りたところで、そちらを通るバスの乗り場から、ちょうどバスが発車して走り去っていったところだった。

 それが視界から出ていったところで、小雪は、誰に向けるわけでもないジト目になる。

 ── めんどくさい。

 その路線のバスは1時間に2本程度出ているが、それでも30分近く待たされる。

 一度億劫になってしまうと、ひたすらかったるく感じてしまう。

 周囲を見渡す。

 ペデストリアンデッキへつながるエレベーターが見えた。

 ── あれでいいや。

 小雪は小走りにエレベーターへ向かうと、呼出ボタンを押す。地平側で待機していたエレベーターのドアが開いて、その中に入る。他に誰も利用しようとしていないことを確認してから、ペデストリアンデッキフロアのボタンを押し、更に “閉” ボタンを押してドアを閉じる。

 ペデストリアンデッキフロアの扉が開く。その中から、魔法少女スノーホワイトが降りてきた。

 そのまま、ペデストリアンデッキの手すりを越えるようにして、華乃の家がある住宅街の方角へ向かって高く跳躍した。

 

 華乃は自身の高校時代から、ネグレクト気味で配偶者をコロコロ変える実母と、その現時点での夫に嫌気が差して、一人暮らしをしている。

 その家族関係に由来して学校での対人関係にも難があり、人嫌いだった華乃は、最初はアパート、と考えて向かった不動産屋で、地方都市に見られる、下手なワンルームより安いぐらいの2Kの経年戸建の賃貸を見つけて、それを選択した。

 その玄関扉のシリンダー錠を、もちろん家主の華乃から渡されている合鍵で開ける。

 庭と言うか、コンパクトカーがなんとか入る程度のスペースには、セルボの姿がないから、今留守にしているのは確実だ。

 扉を開けて、

「お邪魔しまーす。あがりまーす」

 と、一応はそう言ってから、すでに変身を解いた小雪は家の中に上がり込む。

 居間にしている和室を一度覗くが、やはり人の気配はない。

「…………」

 廊下を兼ねる台所の、最近買い替えたばかりの、一人暮らしにしてはやたら大きな冷蔵庫のドアを開ける。

「あ、アクエリないな……」

 そう呟きながら、6本冷やしてあるドクターペッパーの350ml缶を手に取って、冷蔵庫を閉める。

 その隣に置かれた、切り抜いたダンボールにマジックペンで『誰でも食べていい』と書かれた札のついた、カゴから、ポテトチップの袋をひとつ持って、和室へ向かった。

 室内に入ったところで、一度振り返るようにする。引き違い戸の片側にB4サイズのホワイトボードがかけてある。

 ホワイトボードには、

『小雪が来たらやってほしいこと』

『特にない』

 と、書かれている。『小雪が来たら~』と『特にない』は、明らかに筆跡が違った。前者は、男性が書いた文字のように見える。

「自分から動けるようになりたいって言っても、この方向は絶対違う……」

 某幼馴染に嘆かれる程、知って勝ったる他人の家、とばかりに、卓袱台の隣に腰をおろし、ポテチの袋を開けて、ドクペのタブを起こし、くつろぐ。

 テレビの電源を入れる。22インチの液晶テレビの画面が映る。

 昼下がりのワイドショーが流れていた。同じ県下の盤洞(ばんどう)市というところで発生している連続爆発事件のニュースを扱っていた。

 特に興味もなかったが、飲み食いしながらぼんやりとテレビを見ていると、しばらくして、

 ピンポーン

 と、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

 まず返事をして、立ち上がると、パン、と両手で顔を軽く叩いて、表情を引き締める。

 玄関に向かう。

「どちら様でしょうか?」

 扉越しに、来訪者に問いかける。

「宅急便でーす」

「あ、はい」

 小雪は玄関土間に降りて、扉を開けた。

 緑基調の制服を着た配達員が、恐縮そうにしつつ、段ボール箱を手に持っている。

「こちら、岸辺様宛のお荷物です」

「あ、ご苦労さまです」

 配達員に、小雪はそう返して、配達伝票の貼られた小さな段ボール箱を受け取った。

 宛先は『名深市中宿1-20-35 細波華乃様方 岸辺颯太様』になっていた。

「サイン、お願いします」

 タブレット端末とスタイラスペンを渡される。「姫河」と書きかけて慌てつつ、「岸辺」と書いた。

「はい」

「どうも、ありがとうございました」

 記入を終えた小雪から、タブレット端末とスタイラスペンを受け取ると、配達員は再度頭を下げて、自分から扉を閉めて去っていった。

 和室に戻る。卓袱台の真ん中にその箱を置きつつ、それをじーっと見つめる。

「そうちゃん、今度は何買ったんだろ」

 声に出して呟く。

 伝票の品物欄は、一応、『精密機器』となっていた。

 少し前から、颯太は、自分の親に見られたくない品物を、華乃の家、つまりここに置いたり、通販の場合は受け取り場所にしたりするようになっているのは、小雪も知っている。だいたいは魔法少女モノのDVDやマンガだ。

 小雪が箱を凝視していると、掃き出しの窓の側から、軽自動車のエンジン音が聞こえてきた。

 玄関扉が開く音がする。

「あれ、小雪の靴だ」

 幼馴染の声が聞こえてきた。

「そうちゃん」

「来てたんだ」

 就学前から知っているはずの人物の、2年前に知ったばかりの姿が、和室に入ってきた。

「荷物来てるよ」

「ボク宛?」

「うん」

 小雪に言われて、颯太は、卓袱台の上のその箱を手に取る。

「またDVD?」

「注文した覚えはないんだけど……」

 小雪に問われて、颯太はそう言いながら、箱を開梱しようとする。

 ちょうど、華乃が和室に入ってきた。

「あ、お邪魔してた」

「いらっしゃい」

 小雪と華乃がそう言葉を交わしているのを他所に、颯太は箱を開いた。

「あ!」

 折りたたまれている状態だと、ガラケー(フィーチャーフォン)に見えるそれ。カバー部分は白地にひし形のパネルラインの入ったエメラルドグリーン、そのエメラルドグリーンに赤い縁取りのついたデザイン。

 マジカルフォン。

 魔法の国の魔法少女が持ち歩いている多機能通信端末。

 それ自体は、ラ・ピュセルも、リップルも、スノーホワイトも持っている。

 だが、シンプルな無地の筐体のそれに対して、装飾の施された箱の中の物は、魔法の国の実務にあたる者で、一定の重要なそれをこなしている者が持っている、マスター用と呼ばれる上位機種だ。

 颯太はそれを手に取って、フリップを開く。

 その時点で起動が開始された。

 

 System Boot Complete.

 Initial authentication:

 Selection test master:La Pucelle

 OK

 

 表示がホーム画面になったかと思いきや、ポンッ、と、音を立てるかのように、饅頭に出目金の尾が付いたような存在が出現した。

「初めましてだぽん。電脳妖精ネクだぽん。ラ・ピュセルのアシスタント担当マスコットとして到着したぽん。今後ともよろしくお願いしますぽん」

 その姿には、颯太だけではなく、華乃や小雪にも見覚えがあった。

 名深市でデスゲームを催した電脳妖精ファヴ。形状自体はまるでそれだった。

 ただ、ファヴが左右で白黒に塗り分けられていたのに対し、ネク、と名乗った目の前のそれは、同じ白黒でも塗り分けが上下になっていて、その境に赤い帯が入っていた。

「あ、えっと、よろしく……」

 どこかおずおずとした様子で、颯太は、マジカルフォンを持つのとは反対側の手を振った。

「ファヴに似てるような、かなり違うような?」

 小雪が興味深そうに覗き込みつつ、言う。

 すると、ネクは本当に申し訳無さそうに下向きになって、言う。

「ファヴ……クラムベリーが持ち歩いていた “FAシリーズ” の不良個体ぽんね。その節は大変ご迷惑おかけしましたぽん」

「あ、いや、まぁ……君が悪いわけじゃないから」

 颯太は苦いながらも緊張感なく笑いながら言った。

 その颯太の背後で、華乃が黙ったまま、実際に切れそうな程、鋭い視線を向けていた。

「ネクは “FAシリーズ” の抜本的改良型として製作された、 “NE-X” の4号機だぽん」

「改良型、 “NE-X”」

 ネクの言葉を、颯太が鸚鵡返しにする。

「はい。ネロ(NE0)ネア(NEA)ネブ(NEB)と実証試験を繰り返し、実用上は問題ないケド、まだ正式リリース前なので、試作扱いの “NE-X” となってるぽん」

「なるほどね」

 颯太が納得の声を出す。

 ネクは、視線を華乃、続いて小雪、と向ける。

「他にいるおふたりは……リップルとスノーホワイトで間違いないぽん?」

「そう」

「そうだけど……」

 ネクの問いに、華乃と小雪が答えると、

「では、おふたりの端末にネクを活用するためのアプリを送らせておきますぽん」

 と、ネクはそう言った。

「ああ、トップスピードって解る?」

 ネクの言葉を聞いた颯太が、問いかけるように言う。

「検索中……はい、見つけたぽん。ごく近距離にいるぽんね」

「その人の端末にも、そのアプリ送っといて」

「了解ぽん」

 ネクとやり取りする傍ら、颯太は自分のショルダーバッグから、今まで使っていたミディアムブルーの一般型マジカルフォンを取り出す。

「あっと……」

 ディスプレイを表示させるが、 “No authentication(認証なし)” の文字だけが表示されていた。

「ラ・ピュセルのマジカルフォンの情報は、たった今こちらの端末に移しましたぽん」

 ネクが軽く上に移動して、颯太達がマスター用マジカルフォンの画面が見られるようにする。

 そのホーム画面は、ラ・ピュセルとリップルが自撮りした写真になっていた。

 小雪がジト目で颯太の顔を見る。

「なんで……壁紙……」

 小雪の視線に苦笑しながら、颯太が訊くと、

「前の端末からそのまま設定を引き継いだけど、なにか問題あったぽん?」

「いや別に……」

 颯太は苦笑したまま言葉を濁す。小雪は今度は華乃を振り返ってジト目を向けるが、それを受けた華乃は、彼女にしては珍しく、余裕気と言うか、自慢げと言うか、ドヤッとした表情になった。

「それでは、状況報告に移りますぽん」

「ああ、うん」

 ネクが次の話題に移ることを告げ、颯太が促すように返事をする。

「現在、すでにソーシャルゲーム『魔法少女育成計画ReBirth』の配信が始まってるぽん。今週の末には候補者の選別を始めるぽん」

「ボクたちと同じ方法か……」

 聞かされた颯太は、苦い顔をして言い、軽くため息を()いた。

 颯太だけではなく、華乃と小雪もいい顔をしていない。

「大丈夫だぽん。今回の試験は、脱落者はあくまで魔法と魔法少女に関する記憶を消すか、ゲームの中の出来事と錯誤させるだけぽん」

「それならいいけど……」

 ネクの説明を聞いて、颯太は、そう言うものの、まだ表情は晴れやかではない。

「あくまでマスターはラ・ピュセルぽん。ラ・ピュセルの意向が最優先ぽん。ネクはあなたに忠実ですぽん」

 ネクは、はっきりと主張するかのようにそう言い切った。

「ああそれと、これは余録だけど」

「?」

 ネクの言葉に、颯太は表情を素に戻して、視線をネクに向ける。

「ゲームアプリは、選抜試験非開催期は課金アイテム設定して開発費取り戻すことになってるぽん。合法に資金回収できてうまうまだぽん」

 ネクの言葉を聞いて、颯太と小雪がコケるようなリアクションをした。

 華乃が一言言う。

「世知辛い」

 

 

 左海市。

 操業しているのかいないのかはっきりしない工場に、1台のトラック、RZU300型 トヨタ トヨエースが停車している。

 20年選手のはずだが、フロントバンパーだけが少し真新しい。

 ロングデッキの平ボディに幌骨を使った幌が組まれている。

 その後側から、ハンガーボックスと思わせるサイズの何かが、荷台の幌の中に積み込まれた。

 ラッシングベルトで荷台への固定が終わり、荷台から人が降りる。

 やがて、3RZ-FE型エンジンを始動し、発車した。

 

 

 名深市、夜。

「さて、到着したっすけど」

 かつてラ・ピュセルとスノーホワイト、後にはリップルとも待ち合わせや2人きりの会話の場所として使っていた電波塔に、1人の魔法少女が降り立った。

「選抜試験を観察・記録する……私にしては妙な依頼っすけど、まぁ、師匠からの頼み事なら引き受けるしかないっすねぇ」

 そう言いながら、片手を顔の前に広げる。

 その指の間に、色とりどりの宝石を挟んでいた。

「とりあえず、要所に仕込みからっすねぇ」

 





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