魔法少女育成計画ReBirth ―ラ・ピュセル生存記録 2nd Story― 作:神谷萌
空が、僅かに白み始めた頃。
マイカホワイトは、北宿の南東部、シングルナンバー国道の名深バイパス、その桃梅川にかかる橋の上から、その西北西の方角を見るようにして、橋の欄干に、その外側を向いて座っていた。
片膝を上げ、その膝で支えるようにして手を口元に当て、1人佇んでいる。
── 今のままじゃ……
メルヴィルの事件の後、また数人の候補生が辞退した。
魔法少女選抜試験は、予定より早く終わる可能性がありそうだった。
現在のマジカルキャンディー保有数ランキングは、リフレッシングブリーズが圧倒的1位で、2位のミクセリクサーも安定している。
候補生に選ばれて以来、“魔法少女になる”ことを最優先の目的にしてきたマイカホワイトは、その現状に強い焦りを感じていた。
── 私は、どうしても、本物の、魔法少女に……そうなれば、あの子に会えるはず……
確証はないが、確信はあった。 ──── あるいは、縋りつこうとしているだけかもしれない。
「…………」
いつまでもじっとしていてもしょうがない、と、橋の欄干の上に立ち上がった時。
「!」
白く小さな魔法少女、ミクセリクサーが、橋の下の河川敷の、あまり整備状態がいいとは言えない緑道を、中宿の方から走ってくる。
マイカホワイトが、ついそれを目で追ってしまっていると、その姿がはっきりしてきたところで、ミクセリクサーが転んだ。
「…………ふぅ」
以前、マジカルキャンディーを強奪しようとした自分が、彼女を助けるのも妙な話だ、と考えつつも、マイカホワイトがそちらに向かおうと、意識を向けた時。
「?」
転んでいるミクセリクサーに、1人の人影が寄ってきた。天使の輪のように見えるもの、頭頂部のハニーブロンドからグラデーションでローズピンクになる髪を、ロー・ツインテールにし、スカーフのように前に垂らしている。骨だけになったコウモリのような翼、スピーカーのようなものを片手に持っている。
── 魔法少女!?
候補生にはいなかったはず、マスターと協力者の3人でもない。もちろんアカネでもない。
── どういうこと!?
マイカホワイトが逡巡してしまった最中に、その魔法少女はミクセリクサーを立ち上がらせるように抱える。ミクセリクサーは気絶しているように見えた。
河川敷の放置車に見えた、旧い旧い、黄色のC120系 日産 バネット コーチ ロングに、不明の魔法少女に抱えられたミクセリクサーが、そのスライドドアから中に引き込まれる。
バネットがLD20型エンジンを始動させたところで、マイカホワイトははっと我に返った。
バネットは河川敷の側道を上り、国道バイパスの橋梁をくぐると、下流側のすぐ近くに架かっている幹線県道の橋へ向かう。対岸の脇に、10月の花火大会の打上場があるところだ。
マイカホワイトは跳躍する。素知らぬ様子で幹線県道に合流するバネットを追った。
「…………」
「…………」
清涼感のある朝の光が差し込んでくる。
だと言うにも関わらず、華乃邸の和室には重く淀んだ空気が支配していた。
あまりの圧迫感を少しでも紛らわそうとして点けたテレビが、朝の情報番組を流している。
『──────── ぁぎ県
「…………」
「…………」
その場にいる誰もが、何を言うべきなのか、自分から言うべきなのか、判断できない様子だった。
ラピス・ラズリーヌ
卓袱台の上には、ポスティングチラシの裏面に、色鉛筆か何かで書かれた、おそらくミクセリクサーが置いていっただろう、別れの手紙。
「これで、良かったのかもしれないぽん」
沈黙を破ったのはネクだった。今まで通り、卓袱台の上に置かれたマスター仕様マジカルフォンから出現している。
「ネク?」
「ここまで来たら、ネクも正体を隠しておくべきではないぽんね」
「え?」
ネクが吐露しはじめた言葉に、颯太が軽く驚いたように短く声を漏らす。その場にいる全員が視線をネクに向け直した。
「ミクセリクサーを兵器と断じるなら、ネクも同じ罪を抱えてるぽん」
「どういうこと?」
小雪が訊き返した。
「ネクは、 ──── “NE-X”は、ミクセリクサーの
「っ!」
真っ先に、颯太が顔色を変えた。
「じゃあ、最初から、“FAシリーズ”の改良型ってわけじゃ ────」
「それ自体は完全にウソというわけではないぽん。叩き台に“FAシリーズ”があったのは確かだぽん。ただその“改良”の内容もそっちに寄ってるってことだぽん。まだdisableになっている機能も多いぽん」
「じゃあ、この選抜試験に送られてきたのも」
ネクの説明に対して、華乃が追加で問いかける。
「そのとおりだぽん。ミクセリクサーを見守るのが主な理由だぽん……」
そう答えて、ネクは俯くように下へ傾いた。
「…………」
「…………」
僅かに沈黙。
「…………ネク」
颯太が発した。
「ぽん……」
しょげた様子のままのネクが、身体を水平に起こし、颯太に視線を向ける。
「本音を言ってくれよ」
「ラ・ピュセル……」
「言いたいことあるだろ! だから、昨日から、自分達に悪意はないって言い続けてたんだろ!」
「……────」
颯太の問い質す言葉に、ネクは、逡巡する、と言うよりは、感情を溜めるように、僅かに沈黙してから、
「ミクセリクサーは救われるべきだぽん! あの子が魔法を発動できないのは、他害を強要しようとするからだぽん! あの子に必要なのはストレスによる暴発じゃなくて、あの優しい心がある上で魔法を励起できる環境のはずだぽん。軍隊のヒューマニズムを否定したら倫理なき暴力装置でしかなくなるのと同じことだぽん!!」
と、感情を爆発させたかのようにまくしたてる。
「だいたい、人間は自身に扱いきれない兵器をつくっては『善悪はそれを用いる者の心の中にあり、それは科学者がよく使う詭弁だ』などと言って開発者と成果物に責任を押し付けるぽん! だったら兵器そのものに善性があって何が悪いぽん! 無差別兵器であることを否定する意思があって何が悪いぽん!! 兵器が破壊以外の使用法を持つことと、それを望む意志とがあって何が悪いぽん!!!!」
ネクがひとしきり自分の感情を吐き出したところで、
「…………」
黙って、颯太が立ち上がった。
「そうちゃん?」
「答えなんか最初から決まってる」
そう言いながら、全身が光を帯びる。
それまで着ていた衣服が粒子状の光になって消えていく。少女、と言うには些か艶めかしすぎるボディラインが露わになる。
尾てい骨の延長上に、金属質にも見える節のある尻尾が出現する。
白いフリルのドレスが上半身から腰下にかけてを覆う。黒と金の防具が現れ、ドレスの上から装着されていく。
足元に、膝甲までと一体になった、金色の飾り付きの、少しヒールの高いブーツが現れる。
伸ばしている左手に、刃渡り1m、刃幅6cmぐらいの剣が、白に金の装飾の施された鞘に包まれた状態で出現する。その鞘を、左手で掴んだ。
「そうだと思った」
紫基調、ビキニトップに網の肩口、膨らんだ
口元で僅かに笑むリップルに、ラ・ピュセルは、軽く目配せしてから、ネクに視線を戻す。
「ミクセリクサーは候補者だ。この選抜試験の! マスターのボクには保護する義務があるはずだろ!」
「ラ・ピュセル ────」
ネクは、一瞬言葉を詰まらせる。
「──────── それでこそラ・ピュセルだぽん。ネクがここに来た甲斐があったぽん。どうか助けてあげてほしいぽん」
「こりゃ、もう止まらないっすね」
どこか呆れたように、ラズリーヌIIは言ったが、
「でも ────」
と、そこで力強い笑みを浮かべる。
「──── それが、ヒーローっつうもんっしょう?」
小雪も立ち上がった。その変身中に、
「ぽんっ!? マイカホワイトからメッセージだぽん!」
と、ネクが声をあげる。
「内容は!?」
「『ミクセリクサーが、余所者の魔法少女っぽい相手にワンボックスで連れ去られた。連れ込まれた先は宇水也町4399-91』」
「地図で確認して」
リップルが先に言った。
「ほいきたぽん」
ネクが自分の位置を少し高くすると、マスター仕様マジカルフォンのフリップが開き、ディスプレイが表示される。
「! ここって」
表示された地図を見て、ラ・ピュセルは軽く驚いた表情をした。
「ボクが、クラムベリーを呼び出した廃工場……」
「元、四栄産業合同会社、名深北工場。資源ゴミの処理工場だったぽんね」
「でも、そんなところを使うってことは……」
画面を見たまま、ラ・ピュセルが呟くと、
「罠?」
リップルが短く、端的に言う。
「でも、マイカホワイトは……………………正直者じゃないけど、こういうウソを
ラ・ピュセルが、言いつつ、少し困惑したような表情になる。
「……マイカホワイトのバイタル情報は取得してるっすか?」
ラズリーヌIIが、ネクに訊ねる。
「同期、取得。 ──── 脳波レベルも含めて正常だぽん」
「マイカホワイト自身が、誰かに強要されているってことはなさそうっすね」
ネクが答えると、ラズリーヌIIは納得したように言った。
「ウソかどうか確かめる方法はあるだろ」
ラ・ピュセルはそう言って、リップルとともに、スノーホワイトに視線を向けた。
そして、3人は頷きあう。
「行こう!」
……
…………
……………………
「やーれやれ、肝心なときに役に立てないっすー」
華乃邸の和室に1人取り残されて、ラズリーヌIIはまず、不貞腐れたような表情でそうボヤいた。
しかし、すぐに、自分のマジカルフォンを取り出し、ディスプレイを表示させた。
選抜試験アプリの、“マスコットを呼ぶ”ボタンをタップする。
ポンッ、と音を立てるかのようにして、ネクが現れる。
「ラズリーヌII、なんの用ですかぽん?」
ネクはそう訊ねる。すると、ラズリーヌIIはやや険のある真剣な表情になった。
「ラ・ピュセル達のアシストしながらだと思うっすけど、少し話できるっすか?」
「その程度の分散処理、まったく問題ないぽん」
ラズリーヌIIが問いかけると、ネクはそう答える。
「じゃあ……ひとつ確認させてもらっていいっすか?」
「答えられることならだぽん」
険しい表情のまま訊ねるラズリーヌIIに、ネクはそう返した。
「じゃあ……────」
ラズリーヌIIは、このところの彼女らしくない言葉の中でも、一層重々しい口調になる。
「── 人造魔法少女、って言うからには、やっぱ研究部門が関わってるっすよね?」
「……………………」
問いかけに対して、ネクは即答できなかった。ラ・ピュセル達のためになにか別の処理をしているのか、それとも ──── と、ラズリーヌIIが考えた時、
「── それにはYesだと答えるぽん。でも、ラズリーヌIIが次にするだろう質問には、答えられないぽん」
と、ネクは答えた。
「…………わかったっす」
ラズリーヌIIは、消沈した様子でそう言った。
マジカルフォンを収納し、そこで、盛大にため息を吐いた。
「しかしまー、連れ去られた仲間の救出、ってシチュエーションに参加できないのは、ヒーローとして悔しいっすねぇ ────」
その下が失くなっている左膝をポンポンと軽く叩く。
「── ま、これじゃ、仕方ないっすけど」
「やぁ、そうでもねぇんじゃねーか?」
1人きりだと思った家の中で、独り言に返ってくる言葉を聞いて、ラズリーヌIIは軽く驚いたようにしつつ、声のした方に視線を向けた。
和室の引き違い戸が開く。古典的な魔女スタイルの隻腕の魔法少女が、その割にはあまりにニヒルな笑みを浮かべていた。
「ちっと義両親に子ども預けるのに手間取っちまったけどな、お前さんが残ってるんなら、オレにも出番がありそうだ」
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