魔法少女育成計画ReBirth ―ラ・ピュセル生存記録 2nd Story― 作:神谷萌
「…………ぁ……」
視界に光が戻ってきて、次にぼやけていたそれが焦点のあった視覚になる。
「…………ここ……は……」
整っているが、極端に無機質な、白く塗られた金属の壁、樹脂パネルの天井、防炎塩化ビニルの床。
そして、その無機質なイメージとはかけ離れた存在が視界に入った。
「ひっ!?」
そこに置かれていたのは、袈裟斬りにされた、中学生ぐらいの男子の惨殺体。
「ひゃっ、な、なんで、こんなところにっ!?」
白いドレスのフリルを揺らして、座り込んだままたじろぎ、手に掴んでいた何かをギュッと強く握り直して、尻を床に着いたまま、死体から
『目覚めて何より。ミクセリクサー。ようやくあなたも、成し遂げることができたようだ』
スピーカー越しに室内に響いて来る。断定調だが、老獪さを感じさせるその女性の声は、ミクセリクサーには確かに聞き覚えがあった。
「ち、違います! わたしがやったんじゃありません!」
ミクセリクサーは壁際にまで追い詰められつつ、声を張り上げる。
『では、その握っているものはなに?』
スピーカー越しの女性の声にそう言われる。
「えっ、それは、わたしのタクトで……」
当然そう思って、口に出してしまったミクセリクサーだが、それに視線を向けて確認すると、────
「ひっ!? は、ひっ!?」
ミクセリクサーの想定外のものが手に握られていた。
まず目に入った血糊を見て、反射的に投げ出す。
カランカラン ────
一度放り出してしまってから、ミクセリクサーはそれに視線を向け直す。
「う、うそですっ! こんなところに、
ミクセリクサーが今まで持っていたのは、一振りの剣。
白銀に輝く刀身、金と青の装飾の柄。
その刀身に、血糊がべっとりと着いていた。
ミクセリクサーは、両手で耳を塞ぐかのようにして、頭を左右に振りながら叫ぶ。
『受け入れろ、あなたはそれを成し遂げた』
「ちがいます! わたしがやったんじゃありません、わたしがやったんじゃありません!!」
『目を背けるな、見ろ』
言われて、それに従ったわけでもないが、ミクセリクサーは、頭を抱え込むような姿勢のまま、歯をカチカチ鳴らすほど震えつつ、しかしゆっくりと、男子中学生の惨殺体に怯えた視線をむける。
「ひっ!?」
声を上げて、また視線をそむける。
「わたしは……!」
「わたしは……わたしは、こんなことがしたくて魔法少女に生まれたわけじゃありません!!」
『僕は……僕はこんなことがしたくて魔法少女になったんじゃない!』
スピーカーから響いてきた、その声に顔を上げる。
この声は生で記録されていない。後から合成されたものだ。だが、音響機器越しということもあって、ミクセリクサーはそれを聞き分けられない。
『大丈夫だよ、失敗は誰にでもあるから』
『うん、候補生じゃない方の魔法少女だよ』
『君は……ミクセリクサー?』
脳裏に声が蘇る。
まだ出会って日数は経っていないが、聞き心地の良い声。
『他人から奪うのは禁止。最初に説明があったと思うけど?』
『あ、気にしないでいいよ。これがボクの役割だし』
『ごめん、君がこんなことしたくないのは解ってる、絶対に危ない目には遭わせないから!』
その声が、言っている。
『僕は……僕はこんなことがしたくて魔法少女になったんじゃない!』
わたしと同じことを、言っている。
─☆──☆──☆──☆─
『わたしは……わたしは、こんなことがしたくて魔法少女に生まれたわけじゃありません!!』
「聞こえた!」
スノーホワイトが声を上げた。
「間違いないよ、ミクセリクサーちゃんの “声” !」
「なにかされている様子?」
リップルが訊き返す。
「追い込まれている感じはする、でもミクセリクサーちゃん自身がおかしいって感じじゃない」
「他に “声” は聞こえる?」
ラ・ピュセルがスノーホワイトに訊ねる。スノーホワイトは首を横に振った。
「ネク」
「建物の中には、ミクセリクサーの他にはもう
その建物を見る。
2年前、ラ・ピュセルとクラムベリーの2度目の死合の現場になった、四栄産業合同会社・名深北工場の廃墟は、現在は、過去の建物は取り壊され、新たに建てられたのは、油臭いそれではなく、半導体加工あたりを思わせる、清潔感のある工場の建屋、のように見えた。
まだ、看板は掲げられていない。今の持ち主が何者なのかはわからなかった。
マイカホワイトが言っていた、ミクセリクサーを連れ去った ──── マイカホワイトの “ワンボックス” の表現に一旦戸惑い、現在で言うところの “ミニバン” に属するものだと知った、そのクルマの姿がない。
前面にあるシャッターの中にいるのだろうか。
「……中にいるのが複数なら、爆竹でも鳴らして外に出させるんだけど ────」
「そうちゃん」
呟くように言うラ・ピュセルに、スノーホワイトは辟易したような顔になった。
「── 1人だとすると、どっしり構えて動かないだろうなぁ」
そこまで言ってから、ラ・ピュセルは視線をリップルに向ける。
「どう思う?」
「同意見」
リップルは短く答えた。
「準備不足で強襲するのはやりたくないんだけど、ミクセリクサーのことを考えると、時間はかけてられないか」
ラ・ピュセルは苦い顔をした。
「ネク、屋内のナビはできる?」
ラ・ピュセルが訊ねる。
「目的によるぽん。建物の構造がわからないから、それを案内しろと言われても無理ぽん」
「ミクセリクサーと、もう1人いるっていう魔法少女の位置」
「難しいけど、なんとかするぽん」
「ボクとリップル、2人同時にできる?」
「それは楽勝だぽん」
「じゃあ、頼む」
「任されたぽん」
ラ・ピュセルは、ネクにそう頼むと、取り出して手に持っていたものをリップルに差し出した。
「ミクセリクサーの方、頼める?」
ラ・ピュセルが問いかけると、リップルはそれを受け取りつつ、
「ラ・ピュセルは?」
と、問い返した。
「時間を稼ぐ。もう1人の魔法少女のいる場所でちょっと暴れてくる」
「無理しないで」
ラ・ピュセルの言葉に、リップルはそう返した。
「解ってる」
「…………」
─☆──☆──☆──☆─
『
スピーカー越しの声が聞こえてくる。
ミクセリクサーは、怯える段階を超えて、俯き、沈黙している。
『それが、戦い、殺すようになった。なぜか?』
ミクセリクサーの視界には、男子中学生の遺体。
もちろん、ミクセリクサーがやったわけではない。
マイカホワイトが、音楽教室の前で一度はアカネの殺しを回避させた後、周辺を徘徊し続けていたアカネが、回収される直前に、音楽教室に向かうヴァイオリン生徒だった彼を殺したものだった。
──── スピーカーからの声は続く。
『それが、正しいからだ』
ミクセリクサーの身体が、びくっと跳ねる。
『その少年の
「…………」
『誇りも、憧れも、死の意味さえ奪われた末路だ』
「…………」
『それでも、お前は、自分は殺しを拒むのか? この末路がおまe ── グワッシャガシャン、ピギーッ、ブツン』
「…………!」
スピーカーからの声は、破壊音に遮られたかと思うと、突然に途切れた。
制御室として利用されるはずの部屋。
バキバキバキバキッ!
一方の壁が、切り裂くというより、押し潰すように引き裂かれる。巨大な剣の刀身が、屋外に面する壁から、通路側に面する壁に向かって振り下ろされる。
置かれていた機材類が破壊される。放送設備のアンプとセレクターが両断される。パソコンが弾き出されるように床に叩きつけられてバラバラになる。
剣の刀身が一旦、屋外側の壁の外へ出ていくかのように消え、サッシが両断され、スリガラスが粉砕された窓から、ラ・ピュセルが室内に入ってきた。
「魔法少女以外に人間がいたらどうしようと思ってたけど、それすらいないのか……」
室内を見回しながら、言う。
「ラ・ピュセル、気をつけるぽん! まだ魔法少女の反応があるぽん」
「え?」
と、訊き返す声を出した瞬間には、身体が動いていた。
ガッキィイィィィンッ!
「っ!!」
何かが強烈に打ち付けられようとしていたのを、咄嗟に振り返り、下向きにした剣で受け止めた。
相手がその攻撃の手を引っ込めるのを追い、ラ・ピュセルの方から相手へと間合いを詰める。
その肩口を狙って、剣で鋭く突きを入れた。
意図的に急所は外したが、逆に言えば確実に片腕が使えなくなる刺突が、確実に入ったはずだった。
だが ────
「うわっ!?」
相手は身体を回すかのようにして、ラ・ピュセルに一撃を入れてこようとする。それを寸でのところで躱した。さらに一歩、後ろに下がって間合いを取り直す。
「なんだ……こいつは……」
目の前にいるのは、『不思議の国のアリス』のトランプ兵を率いている、 “ハートの女王” の姿そのままに見える ──── 魔法少女。
── 今、確実に1撃入れたはずだ。それも浅いものじゃなかった。
だが、目の前の “ハートの女王の魔法少女” には、大きな負傷があるようには見えない。
そう思考を走らせる間にも、 “ハートの女王の魔法少女” は、ラ・ピュセルに向かって攻撃を繰り出してくる。
手にしている
2年前ならとてもついていけない素早さだったが、クラムベリーを基準に鍛えてきた結果は出ていた。完全に追いきるのは無理だが、目で追えない速度ではない。
間合いを取り直す、打ち据えてくる攻撃を計算に入れて躱しながら突撃する、こちらの一撃を加える。
しかし、浅くも深くも確実に入っているはずのラ・ピュセルの斬撃を、 “ハートの女王の魔法少女” はすべて何事もなかったかのように向かってくる。
「なんなんだ、こいつ!?」
一度止まり、片手で剣を構える。
バキン!
剣で鉄扇を受けたその瞬間に、手を突っ込んでいた
「な!?」
確かに、顔面を貫いたはずだった。残像として捉えられる程には相手も素早くないはずだ。それでも、 “ハートの女王の魔法少女” は、何事もなかったかのように接近してくる。すり抜けた、というのとも違った。
「ぐっ!?」
“ハートの女王の魔法少女” が一段深く踏み込んできた。鉄扇での一撃は剣で弾いたが、間合いに飛び込んできたところから、拳の一撃がラ・ピュセルの腹に突き刺さった。
「がっ!」
そのまま、背後の壁まで叩きつけられる。
ガキィンッ
「!」
呻き声を漏らしたラ・ピュセルは、しかし、そこへの “ハートの女王の魔法少女” の追撃を、危なげなく剣で弾きながら、追い込まれないように移動する。
「ラ・ピュセル!」
ネクが声を上げるが、
「クラムベリーの一撃に比べたら、今のは子供騙しみたいなもんさ。あいつのは速くて重いんだ」
減らず口を言いながらも、
── でも、どうすればいい、こんなの!
と、ラ・ピュセルがそう胸中で声をあげる一方で、
──…………!
“ハートの女王の魔法少女” ──── グリムローズもまた、己の計算が違ってきていた。
「そいつは颯太じゃない」
「!」
スピーカーの音が消えてしばらくした後、ミクセリクサーが呆然と立ち尽くしていると、不意にその声が聞こえてきた。
「リップルさん!!」
ミクセリクサーの表情に、一気に
透明外套を脱ぎ、リップルがその場に現れた。
「もう大丈夫」
リップルは、彼女のできる範囲で最大限、ミクセリクサーを安心させるように言うものの、
「ですが!」
と、ミクセリクサーは、かえって切羽詰まったかのような表情で、言う。
「ラ・ピュセルさんは!」
「……ラ・ピュセルは無事だ」
「そうじゃないんです、わたし、わたし!!」
「ミクセリクサー」
リップルは、膝を屈めてミクセリクサーと視線を合わせる。
「殺すために戦うんじゃない。守りたいから戦うんだ」
「あの、それは、つまり……」
リップルの言葉を、ミクセリクサーは完全に咀嚼できずにいた。
リップルがさらに言おうとした時。
『リップル! 大変だぽん! ラ・ピュセルがピンチだぽん!』
リップルのマジカルフォンを通して、ネクが声をあげる。
「チッ」
舌打ちの後、
「これを被ってて!」
と、ミクセリクサーに、自分が身につけていた透明外套を、少し乱暴に被せる。
「しばらくじっとしていて」
そう言いながら、リップルは部屋から飛び出していった。
「ぐぁあっ!」
ラ・ピュセルの右肩あたりに、グリムローズの鉄扇が打ち付けられた。
肩か、上腕部の骨が粉砕されたような感触があった。
「くそっ!」
構わず、左手で剣を下から上へ振る。
何度目かになるかわからない、グリムローズの上半身を切り裂いているはずの斬撃はしかし、グリムローズは何事もなかったかのように追撃を繰り出してくる。
剣で一撃を弾きながら、間合いを取り直す。
「こいつっ!!」
「えッ!?」
破壊された窓の方から、白いそれが飛び込んできて、グリムローズに飛びかかろうとする。ラ・ピュセルが驚いた声を出した。
「がっ!」
それは横からグリムローズに飛びかかったが、それはすり抜けるようにして、ラ・ピュセルが破壊した音響装置の残骸に頭から突っ込み、上下逆さまになりながら反対側の壁に、自らの力で叩きつけられた。
「マイカホワイト!」
ラ・ピュセルが声に出す。
── まずい! 間に合わない!
位置関係では、ラ・ピュセル自身よりグリムローズの方が近い。
「こっちを見ろ! ボクと戦え!」
ラ・ピュセルはそう怒鳴るが、グリムローズの注意はマイカホワイトに向かった。
「やめろ!!」
ザシュッ
「…………」
「…………」
「……リッ……プル……────」
通路側の壁の破孔から飛び込んできて、グリムローズとマイカホワイトとの間に身を割り込ませた。そのリップルの胸に、グリムローズの一撃が突き刺さった。
「うわぁっ、リップル! リップル!!」
それまでの戦況判断もなにもかも吹っ飛び、ラ・ピュセルはリップルのもとに駆け寄る。
グリムローズは、さらに自分の前に、無防備な背中を見せたラ・ピュセルに一撃を入れようとする。
ラ・ピュセルを下からすり抜け、両腕を広げ、大の字になって、マイカホワイトがグリムローズに立ちはだかる。
「アタシの目を見ろ!!」
──────── ザシュッ
マイカホワイトを、グリムローズの鉄扇が、右の肩口から、胸の中ほど深くまで斬り裂いた。
「やっ……ぱり、運は、なかった、わね…………」
「マイカホワイト!」
その変身が解ける。
事切れた、ボーイッシュな白い衣装の魔法少女は、アラフィフと思しき女性の姿になっていた。多少は洒落ている程度の、主婦、三条
「…………」
ラ・ピュセルは、一度、リップルを見る。
その腰元のポンポンに、金色に鈍く輝くそれが、引っかかっていた。
「これは……ガァッ!!」
それに一瞬気を取られた時、ラ・ピュセルも屈んだ状態の背中に、グリムローズの一撃を入れられ、リップルに重なって床に這わされる。
グリムローズは、トドメとばかりに、鉄扇をラ・ピュセルの背中に突き立てようとする。
「やめてください!!」
その寸前の声に、グリムローズの手が止まる。その視線が、その声のした方を向く。
そこに、ミクセリクサーが立っていた。
その表情は、爛漫な笑顔でも、儚げに、恐れ、苦悩する表情でもなかった。
怒り。燃え上がる激しい怒り。
それを代弁するかのように、室内の空気がビリビリと震え始めた。ミクセリクサーから、照明とは明らかに異なる色の光が発されているように見えた。
「マイカホワイトさんを! ラ・ピュセルさんを! リップルさんを!!」
グリムローズがたじろいだ。
「わたしの
『失敗ですねぇ、これは……どう報告したものでしょうか』
工場の正面が見える位置で待機していたスノーホワイトに、そう “声” が聞こえてきた。
「!?」
スノーホワイトが振り向くと、自分達よりさらに少し離れたところに、1台の、昭和の遺物のような
後部の窓は、すべてカーテンが閉められていた。
LD20型エンジンを始動させる音が聞こえた。
「あ、あ……!!」
直感的に、これは逃してはいけない、と思いながら、この場を離れてはいけない、という判断とぶつかり、一瞬立ち尽くしかける。
が、本当に一瞬のこと。
「ネク! ナンバー!!」
「名深538 ら1961、記録したぽん!」
それを知ってか知らずか、バネットは走り去っていった。
ガッシャアァァァンッ
窓の残骸をさらに破壊して、飛び込んでくる。
トップスピードが、ラピス・ラズリーヌ
「飛べ!」
「っす!」
ラピッドスワローがテールスライドからターンする、その勢いを使って、片脚のラズリーヌIIが跳ぶ。
ラズリーヌIIはリップルとラ・ピュセルの上にさらに被さると、2人を両手で掴んで、テレポートで消えた。
トップスピードは、さらに視線を、自分から見て奥のミクセリクサーに向けるが、
「何だコレっ、ラピッドスワローが反発されている!?」
磁石の同一極を突き合わせた時のように、ラピッドスワローが斥力を受けていた。
「だめだっ、クソッ!」
トップスピードは、ミクセリクサーへの接近を断念し、翻して窓から脱出する。
グリムローズは、おろおろとするばかりだった。
「お前なんか……────」
ミクセリクサーが言う。
その周囲に光の板が無数に出現する。
「お前なんか、消えちゃえぇえぇぇぇぇぇっ」
光の板が、52体のトランプ兵へと姿を変えた。
大鎌を持つジョーカー以外、すべて槍を構えている。
トランプ兵は、一斉にグリムローズへと飛びかかる。
その槍は、 ──── 確実に、グリムローズに突き刺さった。
「お願い、 ────
すでに崩壊しかけていたグリムローズの身体に、出現した “ハートの2” のトランプ兵が、トドメの一撃を突き立てた。
ちなみに
“グリムローズ”は“グリムハート”の
誤記ではありません
でも、なんかの関係はあるかもしれません。
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