魔法少女育成計画ReBirth ―La Pucelle: Alive Chronicles 2― 作:神谷萌
「はぁ……はぁ……はぁ…………はぁ……」
数十分ほど揉めただろうか、あるいは1分と経たなかったかもしれない。
ラ・ピュセルが気付いた時には、床に落ちた白黒のピエロの衣装の上に、自身はツノのついたようなフードをかぶり、クリーム色と茶色の衣装を着けた、焦げ茶色の長髪の女が倒れていた。
女の指には、細く束にした、魔法少女らしき鮮やかな色合いの髪が絡んでいる。
女の傍らには、砕け散った水晶玉の残骸。
女の身体からは夥しい血が流れ落ち、ピエロの衣装に染み込んでいく。
おそらく、いや確実に助からない。
「…………また殺してしまった。 …………それだけじゃない。こんなに後味の悪くない殺しは初めてだ。爽快感すらある。もしかして、危ないんじゃないのか、ボク」
血糊の着いた剣を構えた姿勢で、ラ・ピュセルが荒く息をしながら言う。それに対して、
「今回ばかりはしょうがない気もするぽん」
と、ネクが気休めを言った。
「リップル! リップルは!?」
すぐに我に返り、声を上げた。
「無事っす、大丈夫っす」
ラピス・ラズリーヌ
「リップル!!」
その姿を見た瞬間、ラ・ピュセルは、それまでの緊張が一気に切れ、状況も場所も構わず、飛びつくようにリップルに抱きつき、きつく抱き締めた。
「よかった……本当に……よかった……」
涙を流しながら、安堵の言葉を繰り返す。
「すまない……う、不覚をとった……」
リップルは、まだ意識が完全にははっきりとせず、偏頭痛を感じるような状態だったが、震える声ながらもラ・ピュセルに謝罪の言葉を告げた。
「感動の再会の続きはまたあとにやるぽん」
「う、うん……」
ネクの声で、ラ・ピュセルは我に返るも、名残惜しそうにリップルの身体を離した。
「大丈夫?」
「あ、ああ」
リップルが自分の脚で立てているのを確認してから、ラ・ピュセルは視線を移す。
リフレッシングブリーズも被害者だった。リップルより先に
「さっさと脱出するぽん。監査部が踏み込んできたら厄介だぽん」
ネクは脱出を促すが、
「でもこれ流石に、後から調べられたら、ラ・ピュセルさん達もヤバいんじゃありませんか?」
と、少し不安そうな様子で、リフレッシングブリーズが訊き返す。
「大丈夫だぽん。監査部も外交部にわざわざ借りを作りたくはないはずだぽん。それと、ネクが可能な範囲でログは消しておくぽん」
ネクがそう答えた。
「…………」
「ラズリーヌ? いつもの『やってることがヒーローじゃないっすねぇ』はどうしたぽん?」
「……………………1人殺して10人救えば、そりゃあ
いつものハイテンションが抑えられた様子で、ラズリーヌIIはそう返した。
「え?」
ラ・ピュセルは訊き返すが、ラズリーヌIIはすぐにいつものノリの表情に戻った。
「なんでもないっす。跳ぶっすよ!」
その合図で、全員がラズリーヌIIの腕や胴体にしっかりとつかまる。ラ・ピュセルは、背後から、リップルを挟んだ状態でラズリーヌIIの肩につかまった。
ラズリーヌIIのテレポートで皆の姿が消えるのとほぼ同時に、倒れている女が、黒髪を後ろでアップにしつつも、特に変哲もない女性の姿に変わった。
──── ラ・ピュセルが、岸辺颯太として通信制高校・県立左海南高等学校の入学式を迎える直前の春先に発生した、『魔法少女連続失踪事件』は、公式には主犯の事故死というかたちで終わった。
なお、死亡した女の身元は不明と公表された。ただ、後の界隈の噂では、 “占い師” と呼ばれることが多い。
─☆──☆──☆──☆─
Epilogue II
岸辺家からの最寄駅でもある端川駅から東北東の方角、JR線と並走する幹線県道が通る、端川新田
ミクセリクサーのアパートよりはやや経年が見て取れるアパート。
間取りは1LDK…………と言うより、10.5畳相当のワンルームに4畳半の和室がくっついた、そんな感じだ。
そのLDKのフローリングのど真ン中に胡座をかいて座りながら、ラピス・ラズリーヌ
ピンポーン
ドアチャイムが鳴る。
「はいはいっす」
ラズリーヌIIは立ち上がり、玄関へ向かった。
扉を開けると……────
「こんにちは」
「引越し祝いに来た」
当然ラ・ピュセルの顔と身体のままの颯太と、華乃が最初に姿を現し、挨拶をしてきた。
「あ、どうぞ上がって……文字通りになんもありませんけど、っす」
ラズリーヌIIが苦笑しながらそう言うと、
「じゃ、お邪魔します」
「お邪魔します」
颯太と華乃に続き、
「お邪魔しまーす」
「おじゃましますです、ラズリーヌII世様ー!」
小雪とミクセリクサーも入ってくる。
最後に、
「なんだ……随分殺風景だな」
扉をくぐったところで、つばめがそう言った。
「なんにも考えないで引っ越してきちまったっす」
ラズリーヌIIが、後頭部を掻くような仕種をしながらそう言って苦笑した。
すると、
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
と、本人以外の全員がラズリーヌIIに視線を向ける。ミクセリクサーだけはよくわからずニコニコしているが、それ以外の4人はジーッ、とラズリーヌIIを凝視していた。
「なんすか……」
「いや……」
ラズリーヌIIがたじろいだような様子で問いかけると、つばめが、少し険しく眉間に皺を寄せつつ、深刻そうな表情で言う。
「魔法少女となんとかは風邪ひかないの
「誰がバカっすか!!」
至極真剣な表情と口調のつばめに対し、ラズリーヌIIは反射的に抗議の声を上げた。
「けど……玄関先のあのタンク……」
つばめは、怪訝そうな表情のままでそう言いながら、
「ちっと風呂場覗くぞ」
「どーぞっす」
と、不貞腐れた仕種をしているラズリーヌIIに断りつつ、洗面所兼脱衣所を覗いた。
「ゲッ! 賃貸アパートなのに給湯器灯油かよ! イロモノ物件だから駅チカでも安かったのか……?」
「それ、なんか問題あるんすか?」
脱衣場の方で声を上げたつばめに、ラズリーヌIIがよくわかっていない様子でそう言った。
「油入ってるかどうか自分で管理してないと、突然風呂のお湯が出なくなるぞ」
「あ、そういうことっすね」
つばめが少し厄介そうに言うものの、ラズリーヌIIはあっけらかんとした様子で返した。
つばめがLDKに戻ってくる。
「とりあえずはガスコンロと電子レンジと冷蔵庫、いやその前に布団か……」
「ガステーブルなら、うちの前の持ってくる」
華乃が言った。
「あれ、まだ処分してなかったのか」
つばめが訊き返すと、華乃が頷いた。
リップルとトップスピードが出会った頃、華乃邸の台所には「とりあえず」使えればいいと、リサイクルショップで¥7,499(税別)で投げ売りされていた、パロマ製の薄型2口ガステーブルが置かれていた。
それが、颯太が華乃邸の台所に立つようになると、卵料理やらチャーハンやら、岸辺家と同じつもりで作るとうまく行かない、ということが起きるようになって、華乃がつばめに相談し、
『あー、そりゃ多分火力不足だな』
「買い替える」
と、即断で、今では低年式の中古整備品ながらも、ハーマン製(現ノーリツ)の両面焼グリル付ガステーブルに置き換えられた。
──── 閑話休題。
「布団は後で持ってくるとして……あとはぼちぼち揃えていくか」
つばめが言った。
「とりあえず、引越し祝い代わりってわけじゃないけど、なんか
颯太が言った。
つばめが、改めて室内を見回す。
「へんに予め持ってこなくて良かったな……ここまでなんにもないとは流石に想定外だった。やっぱ魔法少女となんとかは……────」
「だから! それやめろっす!!」
「ブルーベル・キャンディ」
緩くクセのあるブルーイッシュ・プラチナホワイトの髪を、黒いリボンでポニーテールにまとめた、澄んだ濃紺の提灯袖のドレス、白いフリルスカートの衣装の魔法少女が、告げる。
「これからは、あなたがラピス・ラズリーヌを名乗りなさい」
「はい」
薄ピンクの髪を纏め、左右で細めのポン・デ・リングにした、バルーンスカート風のベルラインドレスの衣装の魔法少女が、やや険しい表情で、答えつつも、
「ですが、────」
と、異を唱える言葉を告げかけて、自身でもどう言うべきかわからず、詰まる。
「あの子は聡明ではないわけではないけれど、大局を見る目がない。ラピス・ラズリーヌの名前にふさわしくない」
見た目に反して、老獪さを備えた魔法少女は、口調のスタッカートを弱めて穏やかにしつつも、断じるようにそう言った。
ただ、その彼女の老獪さは、若さとも、老練による思考の硬直とも、また別種の危うさを孕んでいるようにも見えた。
「はい。わかりました」
ブルーベル・キャンディは、その時から、ラピス・ラズリーヌ
「私は返上しないっすよー」
デリバリーのチキンを食べながら、ラズリーヌIIはそう言った。
「でも、師匠には幻滅した、みたいなこと言ってなかった?」
小雪が訊き返した。
ラズリーヌIIは、その間にかぶりついた分を、咀嚼、嚥下してから、
「だからこそっす」
と、言う。
「いくら先代、初代でも、名跡を汚す権利はないはずっす」
「その意気はいいねぇ」
つばめが笑いながら言った。
「ここに引っ越してきたこと、なにか理由ある?」
華乃が聞いた。
「そうっす。これで私も “名深の4人組” の追加ヒーローってやつっす」
座ったままながら、腰に拳を当てて、ラズリーヌIIは、得意そうと言うか、どこか陶酔の入った笑顔で言った。
──── が、
「ここ名深じゃねぇけどな」
と、つばめが言うと、ラズリーヌIIは、そのままの表情で固まり、じっとりと汗を浮かばせた。
──── 端川駅近辺は、自治体境界線が入り組んでいる。
端川駅自体は名深市に属しているものの、端川駅東口駅前通りを東に600m強も進むと、
そこより北側の一部は、JR線の軌道敷地が僅かに亞ヶ浦村側を通っている場所もある。
そして、端川という地名はこの境界を跨いであり、端川新田
クルマ社会なので、義務教育の子どもでもいない限りは、普段は公共サービスの窓口が名深市役所か亞ヶ浦村役場か以外、生活圏としてはほとんど変わらないのだが。
「先生達は市民なんですね!」
ミクセリクサーが、悪気のない満面の笑顔で言う。
「ミクセリクサーも、一応はね」
颯太が言うと、ミクセリクサーが更に続ける。
「はい! そして、ラズリーヌII世様は村民ということですね!」
これがつばめや颯太がからかい混じりに言ったのなら即座に「村民言うなっす!」と言っているところだが、ミクセリクサーには悪気が一切ないのは、ラズリーヌIIもわかっているので、
「あがぁあぁぁぁぁ!!」
と、頭を掻きむしりながら奇声を上げるしかできなかった。
「ど、どうかしましたか!? ラズリーヌII世様!」
ミクセリクサーが本気で心配して問いかける一方で、颯太は姿勢を崩しつつ手で口元を押さえ、華乃は下を向いて床に手を突き肩を震わせ、小雪はラズリーヌIIに背中を向けて正座した状態で震え、つばめは片腕で腹を抱えて笑い転げていた。
「笑うなっす! スノスノ、こっち向けっす!!」
─☆──☆──☆──☆─
数日後。
「んじゃ、ごちそーさん」
「毎度!」
高波山麓に近い、名深市
つばめが、住宅街の中にあるラーメン屋で食事を終えて出てくると、
「あれ?」
と、その目の前に、私鉄線の常上子ノ条駅に向かって歩いている瑠璃を見つけた。
「ゲッ……」
瑠璃の方は通り過ぎかけたところで、その姿に気付いて立ち止まり、振り返った。
「トップスピード……」
瑠璃は、紺のブレザーに、同じく紺基調で緑と赤のラインの入ったスカート、という、高校の制服を着ていた。この近くにある県立
「なんで、お前さん、オレの高校の制服着てるんだよ」
唖然としたようにしつつ、瑠璃を指差してしまいながら、問い質した。
「えっと、まぁ、その、潜入任務っていうか……」
「任務って、お前さん、研究部とは断絶したんだろ?」
目を泳がせながらあやふやに言う瑠璃に対し、つばめは重ねて問いかける。
「…………魔法関係以外で、バイトよりはいい収入得ようとしたら、高卒無いのかなりきついんす。今は貯金あるけど、将来詰むっす」
「それで、オレの母校に通い出したと……」
「県立で、今年から入れる学力のところがここしかなかったっす。受験で名前と足し算引き算できれば入れたっす」
瑠璃はボソボソと言ったが、つばめは、引き攣った笑いを浮かべる。
「言ってくれるな」
「トップスピードこそ、どうしてこんなところにいるっすか?」
「オレ?」
瑠璃に問い返されて、つばめは、一旦鸚鵡返しにする。
「高校通ってた頃ならともかく、今は北宿から離れすぎっすよね?」
「ああ……同級ン
瑠璃が問いの精度を上げると、つばめは私鉄線の線路の向こう側を指すようにしながら、そう言った。
「そう言うことなんすね」
ある日の夜。
「…………」
「…………」
華乃邸、和室。
すでに折りたたみ脚の卓袱台を片付け、
ラ・ピュセル姿の颯太はすでに寝間着用のシャツとジャージのズボン。
華乃は同じくオーバーサイズのシャツだが、ボトムは、角度によっては “隠す” という機能を放棄するセクシーなシースルーのショーツのみ。
その姿で、颯太は華乃を膝に乗せて、そうしているだけで心地良いかのように抱きしめていた。華乃の方からも抱きつき返している。
最初に、
「ごめんなさい」
「ううん、ボクももう少し気をつけておくべきだった」
と、言葉を交わして、その後はただ、お互いの存在を確かめるように抱き締めあっていた。
「ちゅ……」
「ちゅ、ん……」
時折、キスを交わす。
あるいは、この後はより親密な愛の交歓が行われるのかもしれない。
とにかく、2人はお互いが生きていることを、確かめ、感謝する抱擁と行為を続けた。
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