Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​   作:りー037

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【第五章 :開戦の号砲と、絶望との舞踏、そして法輪の教示】

【記録:2004年2月2日 21時29分 / 場所:冬木市 深山町郊外・激戦の跡地】

 

 

 圧倒的な質量と、それを上回る存在の異常性。

 

 粉砕されたアスファルトの中央に降り立った白き怪物――八握剣異戒神将魔虚羅を前にして、青銀の騎士・セイバーは、自身の魂そのものがひどく冷たい何かに撫で回されるような錯覚に陥っていた。

 

「……シロウ、凛。決して気を抜かないでください」

 

 

 セイバーは、不可視の風に包まれた聖剣を、自身の眼前の最適な位置へと構える。

 

 彼女の神域に達した『直感』のスキルが、かつてないほどの最大警報(アラート)を脳内で鳴らし続けている。

 

 この異常な耐久力と質量を持つ怪物を相手に、次は自分たちが蹂躙される番なのだと。敵との距離は、わずかに数メートル。一歩踏み込めば互いの刃が届く、死の絶対領域である。

 

 一挙手一投足、その白き巨躯の筋肉の僅かな収縮すら、絶対に見逃してはならない。セイバーの碧い瞳が、極限の集中によって針のように細められた。

 

 

 

 ――その、次の瞬間であった。

 

 セイバーの直感が、理性を追い越して『死』の到来を告げた。

 

 目の前の巨体が、一瞬、陽炎のようにブレたのだ。

 

「――――ッ!?」

 

 

 音すらない。

 

 その白き巨躯の怪物は、自身の持つ絶大な質量とは裏腹に、物理法則を無視したかのような異常な俊敏性をもって、数メートルの距離を『ゼロ』へと消失させた。

 

 気がつけば、セイバーの眼前に、その四つの眼を持つ異形の存在が迫っていた。

 

 頭上に掲げられた、禍々しい呪力と神気を放つ『退魔の剣』。

 

 それが、一切の予備動作も、気負いも、殺意すらも伴わずに、ただ「そこに在るものを切断する」という機械的な処理として、上段から無慈悲に振り下ろされる。

 

 

 決して油断はしていなかった。むしろ、自身の全神経を網膜に集中させ、最大限の警戒で凝視していたはずだった。だが、まさかあの巨大な岩山のような体躯から、これほどまでに俊敏に、音速すら超える速度で距離を詰められるなど、頭の隅で想定することすら困難であった。

 

 

 

 今まで培ってきた、血反吐を吐くような戦いの経験。頭で軌道を理解するよりも先に、生存本能が肉体を強制的に駆動させ、自身の持つ聖剣を、頭上から振り下ろされる絶死の一撃を防ぐ体勢へと跳ね上げる。

 

 

 

 ガァァァァァァァァンッ!!!!

 

 

 セイバーは、上段から振り下ろされた怪物の一撃を、両腕の力を総動員して真正面から受け止めた。

 

 だが、その一撃に込められていた『運動エネルギー』は、彼女の想像を遥かに超える理不尽な代物。

 

 

「くっ……ぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 腕の筋肉が断裂するかのように悲鳴を上げ、青銀の甲冑がミシミシと限界の音を立てる。

 

(……この膂力、アインツベルンのバーサーカーにすら匹敵する……!?)

 

 

 このまま押し合っていても、こちらが力負けして叩き潰されるのは確定的だ。

 

 彼女はそう悟ると、強引に剣の角度をずらし、相手の圧力を横へと流すようにして体を滑らせ、陥没したクレーターのサイドへと跳び退いた。

 

 

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 

 

 セイバーがいなくなった地面に、魔虚羅の退魔の剣が鋭く突き刺さり、岩盤を豆腐のように粉砕する。

 

 

 その瞬間、空振りに終わった怪物の隙を突き、セイバーはカウンターとして地を蹴った。

 

 鋭い踏み込みから放たれる、風を纏った不可視の刃による横薙ぎの一閃。

 

 

 

 だが。

 

 ガィィンッ! という硬質な音と共に、セイバーの刃は、魔虚羅の『左腕』によって見事に受け止められていた。

 

 強靭な筋肉の表面を不可視の刃がその腕を切り裂き、白い腕から赤い血が僅かに飛沫を上げる。傷はついた。しかし、骨を断つには至らない。

 

 

 魔虚羅は、剣を受け止めた左腕をそのまま支点とするようにして、恐るべき速度で上段への回し蹴りを放ってきた。

 

 

 剣で受けるのは間に合わない。避けることも間に合わない。

 

 セイバーは、最小限のダメージでこの絶体絶命の窮地を切り抜けるため、自ら後方へと跳躍し、空中で身を丸めて少しでも衝撃の勢いを殺す選択を取った。

 

 

 

 ドゴォォォォッ!!

 

 

 最小限に抑えたとはいえ、その一撃の威力は、余波だけでも英霊の肉体を破壊するに足るものであった。

 

 「がはっ……!」

 

 

 セイバーの口から鮮血が散る。致命傷ではないが、霊基そのものが激しく軋み、ガタつくような重い衝撃。

 

 しかし、空中で即座に受け身を取り、アスファルトを滑るようにして着地し、体勢を立て直す。

 

 顔を上げると、目の前の怪物は、吹き飛んだセイバーへと即座に追撃を仕掛けてくる様子はない。

 

 

 ただ、右腕の剣をだらりと下げたまま、静かに彼女を見据えている。

 

 こちらを舐めているのだろうか。いや、違う。この存在からは、一切の感情が読み取れない。ただ、「最適のタイミング」を測っているだけのように見えた。

 

 

 今の一連の攻防で、絶望的な条件が白日の下に晒された。

 

 目の前の怪物は、異常な耐久力を持っているだけではない。

 

 

 巨大な体躯に全く似合わない、空間を跳躍するかのような『圧倒的な俊敏性』。

 

 並の英霊のステータスを軽く凌駕する、理不尽な『筋力』。

 

 そして何より――理性を一切感じさせない異形の姿でありながら、こちらの攻撃の軌道を読み切り、最適のカウンターを放つような『技能』を見せたのだ。

 

 

 それは、ただ獲物を狩るだけの獣の動きではない。

 

 武術という概念すら超越した、生存と殺戮のための完全なるシステム。

 

 

 ――『神将戦闘本能(ディヴァイン・コンバット):EX』。

 

 

 

 それが、この存在が、サーヴァントとして顕現した際に獲得したスキルの正体であった。

 

 魔虚羅が持つ、戦闘センス。相手の攻撃の予測、危険の察知、最適行動の選択を、思考ではなく、ほぼ純粋な『本能』で行う。頭で考えるのではなく、「神将としての在り方」そのものが、あらゆる局面において戦闘を完全最適化するのだ。

 

 圧倒的な肉体能力による蹂躙を、いかなる体勢からでも可能とし、さらには戦闘が長引けば長引くほど、相手の動きに『適応』し、最終的には相手の技量そのものを完封する方向へと成長していく。

 

 

 周囲の空気が、恐怖と戦慄によって凍りつく。

 

 だが、その絶望の戦闘を、数キロ離れた屋上から使い魔越しに見下ろしている一人の少女――間桐桜だけは、暗闇の中でゾッとするほどの『歓喜』に打ち震えていた。

 

 

 素晴らしい。美しすぎる。神の完全なる戦闘の最適化。

 

 彼女の内に渦巻く狂信が、さらにその熱を帯びた、まさにその時。

 

 

 

 ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!

 

 

 

 遥か上空から、空気を切り裂く鋭い風切り音が連続して鳴り響く。

 

 

 アーチャーからの、超長距離狙撃。

 

 数十発にも及ぶ、魔力によって強化された矢の雨あられが、魔虚羅の巨体を目掛けて正確に降り注ぐ。

 

 魔虚羅は、空を見上げることすらなく、その場から滑るように移動することで、最初の数発を難なく躱した。

 

 

 だが、矢の量が多すぎる。完全に躱しきれないと、その『本能』が瞬時に判断したのか。

 

 怪物はその場でピタリと止まり、右腕の退魔の剣を思い切り振りかぶった。

 

 

 

 

 ゴォォォォォォォンッ!!!

 

 

 

 剣が薙ぎ払われた瞬間、大気が爆発し、局地的な真空の壁が生み出された。

 

 飛んでくる矢の群れを、なんと、その『圧倒的筋力による風圧と剣撃』だけで、真正面から粉砕したのだ。

 

 金属が砕け散る音と共に、アーチャーの放った数十本の矢は、空中でひしゃげた鉄の塊へと変化し、魔力光となって消滅していく。

 

 

 

 だが。

 

 その鉄壁の迎撃をすり抜け、たった一本の矢だけが、怪物の肉体に命中した。

 

 

 ザシュッ、と。

 

 魔虚羅の分厚い白い肩口に、一本の矢が深々と突き刺さる。

 

 貫通するには至っていない。骨格に阻まれ、傷は決して深くない。だが、確かに『ダメージ』は通っていた。

 

 

 その、一本の矢が刺さった状態を見て。

 

 この戦場を観測している二人の魔術師は、それぞれ全く異なる感想を抱いていた。

 

 

 

 一人は、遠坂凛。

 

(……嘘でしょ。アーチャーの、魔力を限界まで込めた長距離高速の狙撃をまともに食らって、『あの程度の傷』しか負わないっていうの!?)

 

 

 彼女は、魔虚羅の理不尽な耐久値に、改めて絶望的な驚愕を覚えていた。

 

 先ほどまで戦っていたバーサーカー――ヘラクレス相手であれば、あのレベルの通常矢は完全に弾かれ、一切の傷をつけることができなかった。だが、それは彼が『十二の試練(ゴッド・ハンド)』という宝具による概念の鎧を纏っていたからだ。

 

 

 しかし、目の前の怪物は違う。一切の魔力放出を感じないあの白い肉体は、おそらく『素の耐久力(ステータス)』だけで、アーチャーの狙撃をあの程度の浅手に抑え込んでいる。

 

 あるいは、別の何か。凛の知らない法則やルールが働いているのかもしれないが、どちらにせよ、通常の魔術師の常識が一切通用しない化物であることに変わりはない。

 

 

 

 そしてもう一人、間桐桜。

 

(……アーチャーの通常の矢でも、バーサーカーの肉体に傷を負わせることができるのですね)

 

 

 彼女は、愛する神将が傷を負ったことに対する怒りよりも先に、冷徹な分析と称賛の念を抱く。

 

 ヘラクレスのような概念武装を持たないとはいえ、魔虚羅の肉体強度は絶大だ。それに傷をつけたということは、アーチャーの放つ一本一本の矢の神秘が、高いレベルにあるという証明に他ならない。

 

(やはり、英霊の神秘は侮れませんね。なかなかのレベルの魔力密度です。……ですが、それでいい。その攻撃が、最高の『餌』になるのですから)

 

 

 凛が怪物の耐久力に戦慄する一方で、桜はアーチャーの攻撃力に舌を巻きながらも、自身の勝利への確信をさらに強固なものとしていた。

 

 

 戦場に、静寂が降りる暇はない。

 

 肩に矢を突き立てたまま、魔虚羅とセイバーの、極限の近接戦闘が再開された。

 

 ステータスにおいては、全ての面で魔虚羅が圧倒的に上回っている。

 

 だが、現時点での『純粋な剣の技量』においては、無数の戦場を指揮し、剣を振るい続けてきたアーサー王――セイバーに分があった。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 魔虚羅の退魔の剣が大気を裂いて振り下ろされる。重戦車のような一撃。

 

 しかしセイバーは、それを真正面から受けるような愚は犯さない。彼女は剣の腹を巧みに使い、怪物の絶大な膂力を滑らせるように『受け流し』、軌道を逸らす。

 

 魔虚羅の体勢がわずかに崩れたその刹那、セイバーの不可視の刃が、怪物の脇腹、そして太腿を高速で切り裂いた。

 

 

 白い肉体から、再び赤い血が舞う。

 

 だが、魔虚羅も無反動の機械ではない。

 

 切られた瞬間に最適解を弾き出し、怪物はそのままの体勢から、裏拳のように左腕を振り抜く。

 

 

 

 セイバーは決して負けてはいなかった。ステータス差という絶望的な溝をひっくり返すように、彼女は自身の小柄な体格と速度を最大限に活かし、高速で怪物の周囲を撹乱する。

 

 破壊された車、抉れたアスファルトの隆起など、戦場の遮蔽物を積極的に利用し、魔虚羅の巨体から放たれる死角からの攻撃を誘発し、それを躱しては一太刀を浴びせる。

 

 

 そこに、再びアーチャーの狙撃が精密なタイミングで刺さる。

 

 セイバーへの誤射を完璧に避けた、魔虚羅の死角を突く矢。

 

 魔虚羅は、圧倒的なステータスによる無軌道な動きでそれを弾き、首を捻って躱す。

 

 

 だが、その『回避行動』こそが、セイバーにとって最大の隙となる。

 

「シィィィッ!!」

 

 

 鋭い呼気と共に、セイバーが深く踏み込む。

 

 不可視の刃が、魔虚羅の胸元に深く、バツ字に切り傷を刻み込んだ。

 

 

 確かなダメージ。

 

 そして、セイバーは攻撃の手を緩めない。今こそが最大の勝機だと直感が告げていた。

 

 彼女は、自身の剣を覆っていた風の封印――『風王結界(インビジブル・エア)』の圧縮を、限界まで高める。

 

 

「――『風王鉄槌(ストライク・エア)』!!」

 

 

 セイバーの剣先から、圧縮された竜巻の砲弾が解き放たれた。

 

 ゼロ距離からの、回避不能の暴風。

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 

 

 周囲の瓦礫や土砂を全て巻き込みながら、凄まじい衝撃波が魔虚羅の巨体を真正面から直撃した。

 

 さしもの白き怪物も、この極大のエネルギーの奔流には耐えきれず、その両足を大地に引き摺りながら、遥か後方へと数十メートルも勢いよく吹き飛ばされていく。

 

 

 ズザザザザザッ! と、森の木々を何本もへし折りながら、土煙の中にその姿が消えた。

 

 荒い息を吐きながら、セイバーは剣を構え直す。

 

 その後方で、士郎が強く拳を握りしめ、凛がかすかに目を見張った。

 

(……やれる!)

 

 

 セイバーの胸の内に、一筋の光明が差し込んでいた。

 

 確かに、異常なほどに固く、理不尽な怪物だ。

 

 

 だが、ダメージが一切入らないわけではない。

 

 その証拠に、吹き飛ばされた怪物の身体には、先ほどまでの極限の近接戦闘でセイバーが負わせた無数の切り傷と、アーチャーの矢による刺し傷が、しっかりと刻み込まれている。血を流し、肉を断たれるのであれば、必ず殺し切ることができる。

 

 

 土煙の向こう側。

 

 立ち上がる巨大なシルエットに向けて、セイバーは再び闘気を高め、向かい合う。

 

 

 

 ――その、瞬間であった。

 

 

 ギギギギギギ……。

 

 世界そのものが軋むような、不快な音が鳴った。

 

 それは、白き怪物の背後、頭上に浮かぶ黄金の法輪が放つ、不吉な駆動音。

 

 

 ――ガコンッ。

 

 再び、時計回りに。

 

 その車輪が、重々しく、一つの目盛りを回した。

 

 

 

 

 

 その音は、物理的な歯車が噛み合う音などではなかった。

 

 世界を構成する目に見えないテクスチャが、強引に引き剥がされ、別のコードへと書き換えられた際に発せられる、次元の軋み。

 

 

 吹き飛ばされ、もうもうと立ち込めていた土煙の奥。

 

 再び立ち上がった白き怪物の背後、頭上に浮かぶ黄金の法輪が、時計回りに目盛りを進めた瞬間。

 

「……攻撃を、受けて……回った……!?」

 

 

 遠坂凛の口から、ひきつったような、信じられないものを見るような声が漏れた。

 

 彼女の視力の良さが、そして魔術師としての優れた観察眼が、その『あり得ない現象』を誰よりも早く正確に捉えてしまっていた。

 

 怪物の身体に刻まれていたはずの傷が、消えていた。

 

 

 いや、「癒えた」のではない。

 

 先ほどのアインツベルンの巨漢――ヘラクレスが見せたような、肉が蠢き、蒸気を上げ、急速に細胞が修復されていく物とは、根本的に現象のプロセスが異なっていた。

 

 

 血が逆流したわけでも、傷口が塞がったわけでもない。

 

 ただ、法輪が回ったその刹那、パラパラと映像のコマが切り替わるように、怪物の肉体が『完全な無傷の状態』へと置き換わっていたのだ。

 

 セイバーの不可視の刃によって深く切り裂かれた胸元のバツ字の傷も。アーチャーの放った矢が突き刺さっていたはずの肩口の損傷も。流した血の痕跡すらも、まるで最初から「そんなものは存在しなかった」かのように、完全に消失している。

 

「傷が……治った? さっきのバーサーカーと同じ、蘇生……!?」

 

 

 衛宮士郎が、戦慄に顔を歪ませながら叫ぶ。

 

 だが、凛は首を横に振った。彼女の魔術回路が、直感的にその推論を否定している。

 

「違う……! 治癒魔術でも、自己蘇生でもないわ! あれはもっと別の、決定的な何か……! 法則そのものが、塗り替えられたみたいな……ッ!」

 

 

 凛の言葉通りであった。

 

 癒えたのではない。修復されたのでもない。

 

 それは、傷を負ったという『結果』そのものを過去のものとして破棄し、新たな耐性を獲得した自分へと『状態を更新』したに過ぎない。

 

 

 

 この化物が、間桐桜という特異なマスターによって契約を結ばれた、その瞬間、その在り方そのものが一つの宝具として昇華されていた。

 

     

 

◆ 宝具:八握剣異戒神将・法転輪(ヤツカノツルギ・マハーカーラ)

 

・ランク:EX

 

・種別:対理宝具

 

・レンジ:1〜99

 

・最大捕捉:???

 

『あらゆる現象への最終適応』

 

 

 それは、真名解放による起動を必要としない。

 

 存在し続けること自体が、既に宝具の発動状態であり、常時パッシブとして機能し続ける絶対の法則。

 

 魔虚羅が攻撃、魔術式、宝具の真名解放、あるいは神代の概念干渉や世界の理への干渉など、あらゆる『現象』をその身に受けた瞬間。その巨体の内側で、即座に猛烈な『解析』が開始される。

 

 解析が進むにつれ、頭上の法輪が段階的に回転し、魔虚羅はその現象に対する『完全なる耐性』と『攻略手段』の獲得へと移行していく。

 

 

 物理的な斬撃や打撃など、単純な攻撃であれば、一度の回転で適応が完了する。

 

 しかし、複雑な魔術式、神造兵装、そして多層的な概念干渉に対しては、一瞬で適応することはできず、複数回の回転を経て段階的に適応を深めていく必要がある。

 

 すなわち、複雑で強力な神秘であるほど、適応には時間を要する。

 

 

 だが、それは決して『適応が不可能である』ことを意味しない。

 

 適応の速度は、その現象を受けた回数と量に比例して加速していく。

 

 同一の手段で攻撃し続けることは、魔虚羅を倒すどころか、適応の完了を早めることと同義であり、相手を追い詰めているつもりが、逆に無敵の怪物を育て上げ、強化することに繋がっていく。

 

 

 恐るべくは、一度『耐性』を獲得し適応が完了してもなお、魔虚羅の解析は決して止まらないという点にある。

 

 耐性の獲得は、あくまで通過点。魔虚羅は、相手を確実に屠るための『より優れた攻略手段の確立』へと、底なしの解析を深め続ける。

 

 

 その果てには、アインツベルンの巨人が持つような「不死性の概念」に対する特効(アンチ)の生成や、世界法則・理そのものへの適応という、神の領域にまで到達する可能性を秘めている。

 

 この宝具が『対理宝具』と分類されるのは、その本質が「理への適応」にあるためであり、世界そのものへの干渉や破壊すらも、あくまで適応の到達点の一つに過ぎない。

 

 最終的には、放たれた攻撃だけでなく、その対象の『存在そのもの』への適応すらも開始する。

 

 

 

スキル:常転法輪(ダルマチャクラ) / ランク:A

 

 宝具『法転輪』の解析・適応能力から零れ落ちた、副産物としての自動スキル。

 

 ダメージを受けた瞬間、魔虚羅はその損傷のプロセスを即座に解析・適応する。そして適応が完了した瞬間、法輪が一転し、肉体の状態が完全に『更新』される。

 

 これは回復ではない。傷が癒えるのではなく、「そのダメージを受けた脆弱な自分」が既に過去の古いデータとして破棄され、ダメージを受けない新たな肉体へと書き換えられた結果である。

 

     

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 

 

 ズンッ!!

 

 

 再び、白き怪物が大地を蹴り、無音の突進を開始した。

 

 向かってくる。その速度は、先ほどと変わらない。

 

 右腕の退魔の剣が、セイバーの胴体を両断せんと、真横への一閃として振り抜かれる。

 

 

 セイバーは、自身の枯渇しかけた魔力回路を限界まで引き絞り、迎撃の体勢を取った。

 

 先ほど、怪物の太腿を切り裂いた時と全く同じ、紙一重での回避からのカウンター。敵の筋力と軌道は、既に一度見切っている。いかに耐久力が更新されようと、技術で上回っている限り、凌ぐことはできる。

 

 

 ――そう、確信して踏み込んだ、はずだった。

 

 

「な……!?」

 

 

 セイバーの予測した軌道。そこに、怪物の剣は無かった。

 

 横一閃に切り裂いてくるはずだった退魔の剣が、セイバーがカウンターに移行するわずか瞬間手前で、手首の異常なスナップによって『手前に引かれた』のだ。

 

 結果として、セイバーの不可視の刃は空を切り、彼女の身体は、自ら怪物の懐へと無防備に飛び込む形となってしまった。

 

 

 明らかに、動きが変わっている。

 

 先ほどまでは確実に決まっていたはずの死角への入り込みが、完全に読まれ、透かされた。

 

(戦闘の間に……剣の技量そのものが、成長している……!?)

 

 

 魔虚羅は、ただダメージに適応するだけではない。相手の動きの癖、呼吸、剣の軌道を本能で解析し、相手の技量を『完封』する方向へと自身の戦闘技術をも適応させていく。

 

 初戦ではセイバーの神域の技量に翻弄されていた怪物が、僅か数合の打ち合いを経て、すでにアーサー王の剣技を「読み切る」次元へと到達し始めていた。

 

 

 空振りに終わったセイバーの眼前で、魔虚羅の右膝が、無慈悲な速度で跳ね上がる。

 

 

 

 ドゴォォォォォォォォッ!!!!

 

 

 

「あ、がっ……!!」

 

 

 重い、あまりにも重すぎる一撃。

 

 完璧なカウンター合わせで放たれた魔虚羅の膝蹴りが、セイバーの鳩尾に深々と突き刺さった。

 

 肺の中の空気を全て吐き出しながら、セイバーの身体は、まるで弾き飛ばされたボールのように、夜の森に向けて一直線に吹き飛ばされた。

 

「セイバー!!」

 

 

 衛宮士郎の絶叫が響く。

 

 セイバーは、空中で受け身を取ることすらできず、地面に激突し、アスファルトと土砂を削りながらゴロゴロと無惨に転がり回った。

 

 

 何度か地面を跳ね、大木に背中を打ち付けてようやく停止する。

 

 剣を取り落としてはいない。だが、その身体はピクリとも動かず、ただ苦痛に塗れた荒い呼吸だけが漏れている。

 

 

 朦朧とする意識の中で、彼女は先ほどの攻防における『もう一つの致命的な違和感』に気付かされていた。

 

 

 変化したのは、相手の技量だけではない。彼女は今の一瞬の攻防で理解する。

 

 戦闘の序盤、あの怪物は彼女の『不可視の剣』の軌道を、鋭敏な感覚で捌いているに過ぎなかった。だが、今のカウンターを透かされた瞬間、怪物は確実にセイバーの剣の間合いを正しく把握し、刃が届かないミリ単位のギリギリの位置へと的確に手首を引いていた。

 

(……見えているな? この剣の間合いが)

 

 

 

 

 

 ズシン、ズシン、と。

 

 魔虚羅が、一切の感情を持たない足取りで、横たわる獲物に向けて歩みを進めた。

 

 追撃。それも、急所を確実に破壊するための、トドメの執行。

 

 

「やめろ……! ふざけるなっ、セイバーから離れろォォォォッ!!」

 

 

 士郎の頭の中で、何かが完全に弾け飛んだ。

 

 彼は、隣で制止しようと伸ばされた遠坂凛の腕を強引に振り切り、自らのサーヴァントの名前を叫びながら、無謀にも魔虚羅に向けて駆け出していた。

 

「馬鹿っ、衛宮くん!? 行っちゃダメ!!」

 

 

 凛が悲痛な声を上げる。

 

 だが、士郎の足は止まらない。強化すらされていないただの肉体で、怪物の前へ立ち塞がろうとしている。

 

 

 しかし、間に合うはずがなかった。

 

 士郎の足でどれだけ全力疾走しようとも、数十メートル先で剣を振り上げる魔虚羅の速度に、人間の歩みが追いつける道理がない。

 

「アーチャー!! 攻撃の準備を!! なんでもいい、あいつを足止めして!!」

 

 

 凛が、念話ではなく直接の叫び声でアーチャーに指示を飛ばす。

 

 遠く離れたビルの屋上。アーチャーもすでに弓を引き絞り、新たな投影を完了させている。

 

 

 

 

 だが。

 

 致命的に、遅い。

 

 アーチャーの狙撃が届くよりも、士郎が駆けつけるよりも、魔虚羅の退魔の剣がセイバーの首を刎ね飛ばす方が、圧倒的に、絶望的に早い。

 

 青銀の騎士の死を、そして無謀に突っ込んだ少年の死を確信した。

 

 

 怪物の右腕が、最大速度で振り下ろされる。

 

 セイバーは、薄れゆく意識の中で、その死刑執行の刃をただ見つめることしかできなかった。

 

 

 

 ――その、瞬間だった。

 

 

 シュンッ!!

 

 振り下ろされていた魔虚羅の退魔の剣が、空中でピタリと停止した。

 

 

 いや、動きを止めたのではない。

 

 魔虚羅の巨大な身体そのものが、唐突にぐにゃりと輪郭を崩したのだ。

 

「え……?」

 

 

 死を覚悟していたセイバーの目の前で。

 

 絶叫しながら走っていた士郎の数メートル先で。

 

 白き怪物の足元に広がっていた『影』が、まるで巨大な沼のように液状化し、魔虚羅の巨体を凄まじい速度で下へと引き摺り込んだ。

 

 

 

 ズブゥゥゥゥゥン……ッ!!

 

 

 

 泥に沈むような、奇妙で鈍い音。

 

 次の瞬間には、冬木の夜の森には、ただ凍てつくような静寂だけが残されていた。

 

 

 消えた。

 

 セイバーを圧倒し、完璧な適応を遂げようとしていた絶望の化身が、忽然と、文字通り影も形もなく、その場から姿を消してしまったのだ。

 

「……は?」

 

 

 士郎は、何もない空間に向かって走っていた足を止め、呆然と立ち尽くした。

 

 凛も、掲げていた右手を下ろし、理解不能な事態に口を半開きにしている。

 

 倒れ伏したセイバーの碧い瞳にも、深い困惑の色が浮かんでいた。

 

 

 なんだ?

 

 一体、何が起こった?

 

 撤退したのか?

 

 だが、なぜだ。あと一撃でセイバーを殺し、マスターである士郎を肉塊に変え、凛たちを完全に蹂躙できる、絶対的な優位な状況であったはずだ。

 

 

 魔力切れ? いや、あの怪物からは最初から魔力の放出など微塵も感じられなかった。

 

 あの怪物を操るマスターが、何らかの理由で引き戻したのか?

 

 様々な推測が三人の脳裏を駆け巡るが、どれも決定的な答えには至らない。

 

 

 彼らは、知る由もなかった。

 

 この魔虚羅の唐突な消失は、間桐桜の冷徹な損益計算に基づく『戦略的撤退』などでは決してないということを。

 

 適応のデータを十分に取れたから満足した、などという生易しい理由ではない。

 

 

 これは、いわばシステムの『優先順位の切り替え』によって発生した、防ぎようのない事故のようなもの。

 

 

 桜の命令ではない。

 

 彼らとの戦闘を継続せよという主の命令を、さらに上回る『最上位の優先事項』が、影のプログラムに強制介入したのだ。

 

 

 すなわち――『主(間桐桜)の生命の危機に対する、絶対防衛のための緊急帰還』。

 

 

 何が何だか分からないまま。

 

 ただ、死の淵から唐突に解放された三人と一人の英霊は、冬木の寒風の中、静寂に包まれた激戦の跡地に取り残されていた。

 

 

 時間は、ただ無情に過ぎていく。

 

 彼らが安堵するより少し前。

 

 時間を、数分だけ巻き戻す。

 

 




いつのまにか、評価が60を超えてた!
いやー嬉しいですね!ありがとうございます!

評価のバーも赤く染まって
やる気出てきました!感想も嬉しいです。

五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。

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