Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​   作:りー037

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【第七章 :摩天楼の自由落下、神将の帰還】

【記録:2004年2月2日 21時31分 / 場所:冬木市 新都・廃マンション外壁沿い空中】

 

 

 

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!

 

 

 耳を劈くような暴風の咆哮が、世界の一切の音を塗り潰していく。

 

 地上数十メートルの高空から、一切の命綱を持たずにコンクリートのジャングルへと身を投じるという行為。それは、自らの肉体を重力という絶対的な物理法則の支配下に置き、死という確実な結末に向けてのカウントダウンを開始することに他ならない。

 

 

 暗い冬木の夜空が上に遠ざかり、代わりに、冷たく硬いアスファルトの地面が、猛烈な速度で視界の奥から迫り上がってくる。

 

 仰向けの体勢のまま、漆黒の夜の底へと滑り落ちていく間桐桜。

 

 そして、その彼女を追うようにして、上空から深紅の槍を構えて自由落下していく青き猟犬――ランサー。

 

 

 

 上下の体勢。

 

 何も掴むことのできない、回避行動すら許されない絶対の空中。

 

 互いの網膜が、吹き荒れる風の壁を超えて激しく交差する。

 

 ランサーの野生の勘が、凄絶なまでの警鐘を鳴らしていた。

 

 上空から見下ろす桜の顔。そこに浮かんでいたのは、死の恐怖に歪む少女の顔でも、自身の命を諦めた狂信者の顔でもなかった。

 

 

 それは、罠にかかった哀れな獲物を見下ろすような、極めて冷酷で、暗い歓喜に満ちた『獰猛な笑み』。

 

(……チッ! 違え……! この女、逃げるために飛び降りたんじゃねえ!)

 

 

 ランサーの脳髄で、すべての事象が一瞬にして繋がり、一つの最悪な結論を導き出した。

 

 

 この間桐桜という魔術師は、己の命から逃走したのではない。

 

 自分という厄介な英霊を、屋上というランサーの神速のフットワークが存分に活きる地形から強引に引き剥がし、空中の『回避不能な空間』へと誘い込んだのだ。

 

 

 確実に自分を仕留めるための、盤面ごとひっくり返す致命的な一手。自身の命すらも平然とチップとしてベットする、常軌を逸したギャンブラーの論理。

 

(だが、何をするつもりだ……!?)

 

 

 ランサーは、迫りくる風圧に目を細

めながら、眼下の少女の挙動を凝視する。

 

 

 このままいけば、当然、先に飛び降りた桜の方が先に地面へと激突する。

 

 いかに魔術回路を回し、肉体に高度な強化魔術を施していようと、人間の脆弱な骨格と臓器でこの高度からの自由落下に耐えられるはずがない。地面と接触した瞬間、彼女の身体は水風船のように弾け飛び、血の染みとなってアスファルトにへばりつく運命にある。

 

 自滅を回避する手段が、そして、この空中のランサーを迎え撃つための『牙』が、彼女には必ずあるはずだ。

 

 

 

 

 地上まで、残り三十メートル。

 

 二十メートル。

 

 

 体感時間が、極限の緊張によって泥のように引き伸ばされていく。

 

 桜の紫の瞳は、一切の瞬きをすることなく、上空から追走してくるランサーの姿を正確に捉え続けていた。

 

 彼女の脳内では、魔術師としての超高速の演算処理が、恐るべき精密さで実行されている。

 

 

 自身の落下の加速度。空気抵抗。地上までの残存距離。

 

 そして、自身の足元――いや、背中のすぐ後ろを付随して落下している『影』の質量と、虚数空間のゲートが開くまでのコンマ数秒のタイムラグ。

 

 

(……ここですね)

 

 

 地上まで、残り五メートル。

 

 人間の動体視力ではすでに地面と衝突しているかのように錯覚する、まさに『激突の寸前』。絶対的な死の閾値。

 

 

 桜の端正な唇が、音もなく動いた。

 

「《帰還(リターン)》」

 

 

 その瞬間。

 

 仰向けの姿勢で落下し続けていた桜の背中。彼女自身の肉体が月明かりを遮ることで生み出されていた、小さな『影』が。

 

 唐突に、物理法則を無視して、タールのような底なしの深淵へと変貌した。

 

 

 否。影が広がったのではない。虚数空間と実数空間を隔てる壁が、強引にこじ開けられたのだ。

 

 

 

 ズォォォォォォォォンッ……!!!

 

 

 空間が、嘔吐感を催すような不快な音を立てて歪む。

 

 桜の背後の影から、圧倒的な質量と、禍々しい神気を纏った『巨大な白い腕』が、実数空間を掴み取るようにして這い出した。

 

 

 深山町の戦場から緊急帰還を果たした、理外の神将。

 

 両目の眼窩から後方へと巨大な羽を生やし、鋭い牙を剥き出しにした不気味な顎を持つ白き怪物――魔虚羅。

 

 それは、桜と地面の間の僅かな空間に、文字通り『割り込む』ようにして顕現した。

 

(――来たかッ!!)

 

 

 上空で落下を続けるランサーが、その圧倒的な存在の出現に牙を剥く。

 

 やはり、あの下でセイバーたちとやり合っていた化物を、この間際で呼び出した。

 

 

 だが、問題は『着地の衝撃』である。

 

 いくら怪物を盾にしたところで、すでに時速百キロ近くに達している落下の運動エネルギーが消えるわけではない。呼び出された魔虚羅の上に桜が乗る形になろうと、その激突の衝撃(G)は桜の肉体を容易く破壊するはずだ。

 

 

 しかし。

 

 間桐桜の狂気的な魔術理論は、ランサーのその予測すらも優雅に裏切ってみせた。

 

 

 魔虚羅が完全に実数空間へと姿を現した、その直後。

 

 桜の肉体は、地面に激突することなく、また、魔虚羅の強靭な背中に叩きつけられることもなく。

 

 

 

 

 スプンッ、と。

 

 まるで、水面に小石が吸い込まれるように。

 

 彼女は、魔虚羅の顕現と全く同時に、怪物の足元――実数空間に投影された『魔虚羅の巨大な影』の中へと、一切の抵抗なく泥のように深く沈み込んだのだ。

 

「……なっ、にィ!?」

 

 

 ランサーの目が、限界まで見開かれる。

 

 

 座標の完全な『置換』。

 

 実数空間に強大な物理的質量(魔虚羅)を吐き出すと同時に、術者自身は、落下の運動エネルギーを実数空間に完全に置き去りにしたまま、絶対の安全圏である虚数空間の位相へと退避(ダイブ)したのだ。

 

 

 着地の衝撃など、そこには存在しない。

 

 彼女は、物理法則の檻から抜け出し、完全に『ゼロダメージ』でこの死の自由落下を切り抜けたのである。

 

 

 そして。

 

 主を無事に影の奥底へと匿った白き怪物は。

 

 主が背負っていた落下の膨大な運動エネルギーをそのまま引き継ぐ形で、冬木のアスファルトの地面へと、隕石のように激突した。

 

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!

 

 

 

 深夜の新都の静寂を、爆撃のような凄まじい轟音が木端微塵に粉砕した。

 

 数十メートルの高空から、数トンに及ぶ規格外の質量が落下したのだ。その衝撃は、局地的な直下型地震に等しい。

 

 魔虚羅の太い両脚が着地した瞬間、強固なアスファルトの地面はまるで薄いガラス細工のように放射状にひび割れ、数十メートル四方にわたってスリバチ状に陥没した。

 

 コンクリートの破片が散弾のように撒き散らされ、もうもうたる土煙が数十メートルの高さまで巻き上がる。

 

 

 

 だが。

 

 その土砂降りの瓦礫の中心で。

 

 白き巨人は、一切のダメージを負うことなく、膝すら折らずに悠然と立ち上がった。

 

 単純な物理衝撃。重力による落下ダメージ。そのような『現象』は、すでに魔虚羅の肉体にとっては適応済みの環境要因に過ぎない。

 

 

 全くの無傷。

 

 そして、眼窩から生えた羽を僅かに震わせ、その剥き出しの牙の並ぶ顎を、ゆっくりと上空――未だ落下を続けている青き猟犬へと向けた。

 

 

「――――ッ!! ハッ、やってくれるじゃねえか、あの優等生面!!」

 

 

 土煙を突き抜け、猛烈な速度で落下してくるランサーは、空中で口角を限界まで吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 見事。敵ながら天晴れと言う他ない。

 

 あの少女は、自分という英霊を空中の回避不能な直線軌道へと誘い込み、さらに自身は一切のリスクを負うことなく、この『最強の迎撃システム』を自身の落下点に完璧に配置してみせたのだ。

 

 

 逃走ではない。

 

 完全なる、自身を仕留めるためのカウンター・トラップ。

 

 

  空中にいるランサーには、横への回避運動を行うための足場はない。

 

 下に待ち構えるのは、先ほどまでセイバーを圧倒していた、圧倒的な耐久力と神気を誇る白き怪物。

 

 そして、その怪物の右腕には、すでに不吉な呪力を纏った『退魔の剣』が、深く構えられている。

 

 落ちてくる自分を、空中で真っ二つに両断するための、無慈悲な迎撃態勢。

 

 

 絶体絶命の窮地。

 

 だが、ケルトの光の御子たる英霊の魂は、この死地に立たされてなお、微塵の恐怖も抱いてはいない。

 

 

 接触まで、あと数秒。

 

 魔虚羅の極太の右腕の筋肉が、爆発的な膨張を起こす。

 

 逃げ場など存在しない、間桐桜が盤面をひっくり返えすため用意した『必中必殺』の状況。このまま落ちてくれば確実に殺れる。その完璧なタイミングで、魔虚羅の退魔の剣が、下から上へと、大気を叩き割るような絶大な風圧を伴って振り上げられた。

 

(…… チィ、こいつは少しマズいか)

 

 

 ランサーの野生の勘が、その一撃の規格外の質量を瞬時に測り切る。

 

 受けることは不可能だ。空中の、踏ん張りの効かない現在の体勢でこの大剣の軌道に槍を合わせれば、防御ごとへし折られ、間違いなく即死級の致命傷を負う。

 

 

 ならば、体を捻っての回避か。いや、それも不可能だ。相手の剣の薙ぎ払う範囲はあまりにも広く、ただ身を捩った程度では確実に肉を削ぎ落とされる。

 

 

 受けることも、躱すこともできない。

 

 だが、この程度の『詰み』の状況など、彼は生前を通して腐るほど体験してきたのだ。

 

「足場がねえなら……テメェで作ればいいだけの話だろォが!!」

 

 

 ランサーは、空中で目をカッと見開き、常軌を逸した曲芸へと打って出た。

 

 

 彼は、自身の身の丈以上もある深紅の魔槍の『両方の先端』を、それぞれ右腕と左腕でガッチリと掴み込む。

 

 そして、空中で身体を激しく丸め込み、自身の『両足』を、槍の柄のど真ん中へと据えたのだ。

 

 魔虚羅の剣が下から迫り、ランサーの身体を両断せんとした、まさにその刹那。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 

 ランサーは、両腕で掴んだ槍を強引に引きつけながら、据えた両足を爆発的な力で『蹴り放った』。

 

 その反動を利用し、ランサーの肉体は空中でコマのように猛烈に身を翻し、魔虚羅の剣の軌道から真横へと、弾かれたように軌道を逸らした。

 

 

 

 ゴォォォォォォォォンッ!!!!

 

 

 魔虚羅の退魔の剣が、ランサーが先ほどまでいた虚空を無慈悲に両断し、凄まじい真空の刃を生み出す。

 

 

 だが、そこに猟犬の肉体はない。

 

 一閃を紙一重で回避したランサーは、そのままの勢いでアスファルトの地面へと激突するが、類まれな敏捷性で猫のように身体を丸め、ゴロゴロと転がって落下のエネルギーを完全に殺し切る。

 

 

 着地、体勢の立て直し。

 

 それと全く同時に、彼は空中で蹴り飛ばし、遥か後方へと吹き飛んでいた自身の魔槍を、手元へと瞬時に引き寄せた。

 

 

 

 バシッ、と。

 

 

 確かな手応えと共に深紅の槍を構え直し、ランサーは再び獰猛な笑みを浮かべて、白き怪物へと向かい合った。

 

 

『……仕留められませんでしたか』

 

 

 一方、その光景を魔虚羅の足元の『影の底』から観測していた間桐桜は、冷たく暗い虚数空間の中で、誰に聞かれることもない小さな呟きを漏らした。

 

 今の一撃で、空中の無防備な猟犬を確実に両断し、仕留めるつもりだった。あの土壇場の空中回避術、英霊としての生存本能の高さには、軽く感嘆の念すら覚える。

 

『さすがは過去の英雄。一筋縄ではいきませんね』

 

 

 桜は、周囲の絶対的な暗黒を見回した。

 

 普段は、桜自身の影の中に魔虚羅が潜んでいる。だが今は真逆だ。桜が、魔虚羅の内側に匿われている。

 

 

 虚数の海は、本来、熱も音も存在しない冷え切った暗黒の空間であるはずだ。

 

 だが、自身の信奉する絶対の神将――バーサーカーの『内側』に守られているという事実が、桜の心に、子宮に回帰したかのような圧倒的な安心感と、熱狂的な温もりをもたらしていた。

 

(ああ……ここにいたい。ずっと、この安心感の中に包まれていたい)

 

 

 一瞬、彼女の脳裏にそんな甘い陶酔が過ったが、即座にその狂信の微睡みを振り払う。

 

 今は、そんな夢を見ている場合ではない。地上には、未だに牙を剥く青き猟犬が立っているのだ。

 

(ならば、確実に仕留めるための『次の準備』に移るまでです)

 

 

 桜は、影の奥底で己の魔術回路を再び研ぎ澄ませ、次なる絡め手の構築を静かに開始した。

 

 

 

 地上。

 

 土煙が晴れていく摩天楼の麓で、深紅の槍を構えるランサーと、退魔の剣を下ろした魔虚羅が、互いの力量を測るように静かに向かい合う。

 

 

 高みでの観測は終わった。

 

 だが、絶望の宴は終わらない。

 

 ケルトの猟犬と、異戒の神将。

 

 舞台に、血塗られた聖杯戦争の第二幕が、今まさに切って落とされようとしていた。

 

 

 

五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。

  • 術式反転・赫
  • 対軍宝具
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