Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​   作:りー037

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【第八章 :神将と猟犬、神域の槍術、そして果て無き適応の理】

【記録:2004年2月2日 21時33分 / 場所:冬木市 新都・廃マンション外壁沿い麓】

 

 

 月光が、冬木の冷たく澄んだ夜気を青白く照らし出していた。

 

 数十メートルの高空から自由落下し、アスファルトを粉砕して着地した白き巨人――八握剣異戒神将・魔虚羅。

 

 

 そして、その直上からの落下のエネルギーを利用した強襲を仕掛け、空中で自身の槍を足場とする神業の回避をもって着地した青き猟犬

 

 ランサーの獣のごとき鋭い深紅の瞳が、目の前に立つ異形の怪物を、頭の先から爪先まで冷徹に舐め回すように観察する。

 

 

(……とんだバケモノだ。だが、不思議と魔力の放出は感じられねえ)

 

 

 ランサーは、低く身を沈めながら、深紅の魔槍を身体の横に構えた。

 

 魔力放出が少ないということは、通常の魔術師や英霊のように、魔力によって身体能力をブーストしているわけではないということだ。すなわち、あの岩山のような肉体から放たれる暴力は、純粋な『素のステータス』によるもの。

 

「ハッ。名乗る口も持ってねえって面だな。なら、死体になるまでたっぷり付き合ってやるよ!」

 

 

 ケルトの光の御子が誇る、全サーヴァントの中でも最高峰の神速。

 

 タァンッ! という踏み込みの音が夜空に響いた瞬間、青き猟犬の姿は陽炎のようにブレて消失し、次の瞬間には、すでに魔虚羅の巨大な懐へと潜り込んでいた。

 

 

 

 疾風迅雷。

 

 大気を引き裂く甲高い音と共に、深紅の魔槍が、魔虚羅の胸元、喉元、脇腹へと、一瞬にして数え切れないほどの閃光となって突き出された。

 

 

 狙いは完璧。速度も申し分ない。

 

 

 

 ガキンッ! ザシュッ! ガィィィンッ!

 

 

 硬質な金属音と、肉を断つ鈍い音が交錯する。

 

 ランサーの魔槍は、魔虚羅の純白の肉体を捉えていた。だが、その手応えは、ランサーの予測を遥かに裏切る重く硬いものであった。

 

 刃は通る。血も飛沫を上げる。だが、決定的な『致命傷』には至らない。まるで、分厚いゴムと鋼鉄を何層にも重ね合わせたような、異常な筋肉の密度。

 

(硬ェ……! だが、殺れないわけじゃねえ!)

 

 

 魔虚羅の右腕――巨大な退魔の剣が、唸りを上げてランサーの胴体を薙ぎ払おうとする。

 

 だが、ランサーの戦闘センスは、その暴力的な一撃を紙一重のステップで躱し切る。

 

 

 風圧だけで顔面の皮膚が削り取られそうになるが、彼はひるむことなく、魔虚羅の剣が空を切り、体勢がわずかに流れたその瞬間に、再び鋭い刺突を怪物の膝裏の関節へと叩き込んだ。

 

 ランサーは、自身の神速によるインファイトで、確実にこの怪物を翻弄し、削り取っているという実感を得ていた。

 

 

 

 だが。

 

(……おかしい。何かが)

 

 

 数十合の打ち合いを重ねるうちに、ランサーの歴戦の勘が、背筋に冷たいものを這わせていた。

 

 

 彼が今、最も手間取っている要因。

 

 それは、相手の圧倒的な筋力でも、耐久力でも、俊敏性でもなかった。

 

 

 『技量』だ。

 

 目の前の怪物の動きが、不気味なほどに洗練されてきているのだ。

 

 最初に打ち合っていた時、魔虚羅の動きは、卓越した本能による反射的で暴力的な迎撃に過ぎなかった。

 

 

 だが、今は違う。明らかに、ランサーの『槍捌き』に対応してきている。

 

 上段へフェイントをかけ、下段を狙おうとすれば、魔虚羅は上段への防御を途中でキャンセルし、最短距離で下段への迎撃体勢を整える。

 

 死角に回り込もうとすれば、あらかじめその軌道を予測していたかのように、退魔の剣がバックハンドで振り抜かれる。

 

 

 これは、純粋な学習や成長ではない。

 

 技術が高まっているというよりも、ランサーの槍の動きそのものを「完全なデータ」として取り込み、それに対する『最適解の動き』をリアルタイムで生成しているような、強烈な違和感。

 

 

 最初こそ、圧倒的な速度で翻弄し、神域の槍の技量によってダメージを与え続けていた。

 

 

 相手の動きを掻いくぐり、攻撃を当てる。

 

 相手の攻めを見極め、回避をすることでカウンターを狙う。

 

 速度で翻弄し、気を探り、その一瞬の隙に深紅の刃をねじ込む。

 

 

 

 だが、それが、刻一刻と難しくなっている。

 

 ランサーの動きが、対応され、見切られ、完全に『完封』されつつあった。

 

(……こいつ、俺の槍の癖を『読んで』やがるのか!? いや、もっと根源的な……俺の戦闘スタイルそのものに、形を合わせにきてやがる!)

 

 

 

 ランサーは、それでも攻撃の手を緩めない。

 

 自身の俊敏性を最大限に活かし、魔虚羅の周囲を駆け回りながら、嵐のような連撃を叩き込み続ける。

 

 

 この化物の攻撃をまともに一発でも食らえば、英霊の肉体であろうと即座に致命傷になり得ると、彼の本能が叫んでいた。

 

 向こうがこちらの動きに対応しようと、それ以上の動きでダメージを与え続けるしかない。

 

 ランサーの戦法は、相手の攻撃を絶対に食らわず、自身の攻撃だけを当て続ける、極めて高度でシビアな『ヒット・アンド・アウェイ』へとシフトしていた。

 

 

 

 こちらが放つ単発の火力で、この耐久力の化け物を屠ることは、現時点では不可能だ。

 

 逆に向こうの攻撃は、当たりさえすればこちらの肉体を一撃でミンチにするほどの凄みがある。

 

 

 であるのなら。当たらなければいいだけだ。

 

 向こうがこちらの技量に対して、明確な『正解』を提示してくるのであれば。

 

 こちらは、その正解をさらに上回る『正解』を、延々と提示し続ける。

 

 

 

 一撃で倒せないのなら、相手が倒れるまで、千回でも万回でも攻撃を叩き込み続ける。

 

 

 敵のこの異常な再生力や耐久力も、無制限ではないはずだと。

 

 その制限(キャパシティ)を超過するまで、相手の技量がどれほど育とうとも、それ以上の速度と技術で上から押し潰す。

 

 

 格上殺し。

 

 怪物殺し。

 

 神殺し。

 

 上等である。

 

 

 どちらが先に力尽き、倒れ伏すかの、極限の消耗戦。

 

 その絶望的な状況が、かえってケルトの英雄としての闘志を、青白い炎のように激しく燃え上がらせていた。

 

「オラァッ!!」

 

 

 ランサーの動きが、さらに一段階、ギアを上げる。

 

 

 魔虚羅がランサーの動きに対応し、迎撃の剣を振るう。

 

 だが、その剣が届くよりも早く、高まった技量を見せつける魔虚羅に対し、ランサーはさらなる変則的なステップと、人間離れした関節の駆動を加えた槍捌きをもって、怪物の装甲の隙間へと深紅の刃を突き立て続ける。

 

 

 

 ザシュッ! ズバァッ!

 

 

 魔虚羅の白い巨体に、新たな無数の傷が刻まれ、鮮血が夜の闇に散る。

 

 ランサーの呼吸が荒くなる。極度の集中と身体操作による、著しい疲労。

 

 

 だが、確実にダメージは蓄積しているはずだ。

 

 

 

 そう、確信した、その時であった。

 

 

 

 ――ギギギギギ……。

 

 

 世界そのものが軋むような、ひどく不快な音が鳴った。

 

 それは、白き怪物の背後、頭上に浮かぶ黄金の法輪が放つ、不吉な駆動音。

 

 

 ガコンッ。

 

 重々しく、一つの目盛りが回った。

 

 

 

 その瞬間。

 

「……クッッ」

 

 

 ランサーの視界の中で、あり得ない現象が起きた。

 

 魔虚羅の巨体に刻まれていたはずの、無数の槍による切り傷と刺し傷。

 

 それが、パラパラと映像のコマが切り替わるように、瞬時に『完全に消失』したのだ。

 

 

 血が逆流したわけではない。傷が塞がったわけでもない。

 

 まるで、最初から「ランサーによる攻撃など受けていなかった」かのように、肉体の状態そのものが、完全な無傷へと置き換わっていた。

 

 

 

 その現象を見るのは、これで数回目だ。

 

 だが、何度見ても、その理不尽さに背筋が凍る。

 

(治ったんじゃねえ……! どういう原理だ?!)

 

 

 驚愕に思考が乱れかけたランサーだったが、彼は即座に本能で動きを立て直した。

 

 

 立ち止まってはダメだ。即座に潰される。

 

 彼は地を蹴り、魔虚羅の巨体の背後――完全な死角へと瞬時に回り込んだ。

 

 そして、先ほどまで何度もダメージを通していた、装甲の薄い腰裏の急所を目掛けて、神速の刺突を放つ。

 

 

 

 だが。

 

 魔虚羅は、振り返ることすら、しなかった。

 

 背後からの、完璧なタイミングと軌道で放たれた必殺の一撃。

 

 

 それを、魔虚羅は腰を僅かに捻るだけの最小限の動きにより、紙一重で回避したのだ。

 

 

(……躱されただと!? 今のタイミングで……!?)

 

 

 ランサーが驚愕した次の刹那。

 

 空振りに終わったランサーの頭部を目掛けて、魔虚羅の巨大な右脚が、後ろ回し蹴りの軌道で凄まじい風圧と共に迫っていた。

 

 

 見ることなく躱し、そのまま流れるようにカウンターの蹴りを放つ。

 

 それはもはや、獣の本能などという次元を超えた、武の極致に近い体捌きであった。

 

 

 

 ドゴォォォォォォォッ!!!!

 

 

 

「ぐ、がはっ……!!」

 

 凄まじい衝撃。防御した両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げ、ランサーの肉体は砲弾のように後方へと吹き飛ばされた。

 

 空中で巧みに身を捻り、アスファルトを滑るようにして着地するが、両足の靴底が激しく削れ、焦げ臭い匂いが立ち上る。

 

「……クソが。またかよ」

 

 

 ランサーは、痛む腕を振りながら、獰猛な笑みを浮かべて怪物を睨み据えた。

 

 

 先ほどの背後からの一撃。

 

 あの位置、あのタイミング。相手のこれまでの技量を考慮すれば、間違いなく当たっていたはずだった。

 

 

 だが、対応された。

 

 あの背後の輪が回った瞬間、怪物の対応力がさらに一段階、跳ね上がった。

 

 

 傷も消えた。技量も向上した。

 

 そして、気のせいかもしれないが……。

 

(……体が硬くなっている……いや、違げぇ)

 

 

 ランサーは、自身の槍の刃先を見つめた。

 

 純粋に硬度が上がっているというよりは、あの怪物が纏う『何らかのエネルギー』が、自身の魔槍の魔力を、微かに弾いているような感覚。

 

 

 これまではスッと通っていた刃が、輪が回るたびに、まるで磁石の同極同士を近づけたかのように、反発し始めているのだ。

 

 察するに、あの背後の法輪こそが、この怪物の宝具なのだろう。

 

 

 

 複数の変化が同時に起きている。

 

 傷の治癒、技量の向上、そして、攻撃そのものを『弾く』エネルギー。

 

 

 考えている暇はない。

 

 今までと同じ、平面的な戦術では、遠からず追いつかれ、すり潰される。

 

「なら、もっと広く遊んでやるよ!!」

 

 

 ランサーは、肉体の限界を無視した速度で、再び跳躍した。

 

 

 今度は、平面ではない。三次元的な軌道。

 

 彼は、周囲の建設途中の廃ビルや、積み重なった瓦礫、打ち捨てられた重機などを巧みに足場とし、戦場を立体的に駆け回り始めた。

 

 

 彼の直感が、けたたましい警鐘を鳴らす。

 

 今までと同じ動きを見せると、同じ攻めのパターンを選択した時点で、この怪物に飲み込まれて終わる。

 

 

 ならば、怪物が攻める間合いを、もっと広く設定する。

 

 廃ビルと廃ビルの間を、重力を無視したような速度で飛び回り、壁を蹴り、空中から死角を突き、常に怪物の予測の斜め上を行く機動で隙を見出す。

 

 

 

 ヒュンヒュンヒュンッ!

 

 

 赤き流星のように、ランサーの影が月夜の廃ビル群を縦横無尽に飛び交う。

 

 

 

 

 

 一方。

 

 その狂騒の舞台の最下層。

 

 魔虚羅の足元に広がる、光すら吸い込む漆黒の影の底――虚数空間の絶対安全圏では。

 

 間桐桜が、その完璧な美貌に、静かで冷酷な笑みを浮かべていた。

 

(……無駄ですよ、ランサー)

 

 

 彼女は、影の底で優雅に腕を組みながら、地上の戦闘をまるでチェス盤を眺めるように観測している。

 

 

 彼がいかに神速で駆け回ろうと、いかに三次元的な攻撃でダメージを与えようと。

 

 その程度の物理的、魔力的なダメージの蓄積では、魔虚羅の『適応』の速度を上回ることは、絶対に不可能だ。

 

 

 現在、バーサーカーが受けている攻撃の威力、頻度。

 

 そして、それに呼応して回転を続ける宝具『法転輪』の解析速度と適応のプロセス。

 

 桜は、それらを影の中で片手間に、しかし極めて精密な魔術演算によって計算していた。

 

(今現在の速度が続けば、彼の攻撃力(ダメージ)が、法輪の更新速度(リセット)を上回ることはできない。こちらの解析の方が、圧倒的に速い)

 

 

 それに、このままの速度で時間が経過し続ければ。

 

 魔虚羅は間もなく、あの深紅の魔槍の魔力波長と、ランサーの槍術のすべてに対する『完全な耐性』を獲得する。それはもう、秒読み段階に入っている。

 

(この戦いは、すでに詰んでいます。ですが……万が一のイレギュラーを排除するために、もう少しだけ整えておきましょう)

 

 

 桜はそう結論付けると、虚数空間の泥のような魔力に両手を浸し、さらなる確実性を高めるための『見えない絡め手』を静かに編み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 地上。

 

 魔虚羅は、廃ビルの上層、鉄骨や外壁を跳ね回るランサーを、感情のない眼窩の羽で見上げていた。

 

 

 物理的な距離が開く。

 

 ゆっくりと歩みを進め、すでに使われていない立体駐車場の跡地へと足を踏み入る。

 

 

 魔虚羅は、その太く強靭な腕で、一台の乗用車を鷲掴みにした。

 

 数トンの鉄の塊を、まるで小石でも拾うかのように軽々と持ち上げる。

 

 

 

 そして。

 

 その強靭な背筋と肩の筋肉を、爆発的に収縮させた。

 

 

 

 ドォォォォォォォォンッ!!!!

 

 

 砲弾のような轟音。

 

 魔虚羅の腕から放たれた乗用車が、とんでもない豪速球となって、上層を飛び回るランサーを目掛けて飛来した。

 

「チッ、今度は投石かよ!!」

 

 

 ランサーは、空中で身体を捻り、飛来する乗用車を回避する。

 

 

 次から次へと、乗用車がミサイルのように投擲されてくる。

 

 ランサーはそれを一つ一つ、神業の身のこなしで避け、あるいは槍で軌道を逸らしながら、廃ビルの外壁を駆け巡る。

 

 

 だが、魔虚羅が次に手を掛けたのは、一般乗用車ではなかった。

 

 

 駐車場に放置されていた、巨大な大型トラック。

 

 十トンを優に超えるその鋼鉄の塊を、魔虚羅は両手で持ち上げ、全身のバネを使って、ランサーのいる数十メートル上層へと向けて、全力でぶん投げた。

 

 

 

 ゴォォォォォォォォォォォォッ!!!!

 

 

 空を覆い尽くすほどの巨大な質量が、凄まじい風圧を伴ってランサーに迫る。

 

 

 範囲が広すぎる。このままでは回避不能。

 

「舐めやがって……オラァァァァッ!!」

 

 

 全身の魔力を深紅の槍に込め、迫り来る大型トラックのど真ん中を目掛けて、渾身の刺突を放つ。

 

 

 

 ズバァァァァァァァァンッ!!!!

 

 

 神霊の血を引く英雄の絶大なる一撃が、十トンのトラックを真正面から『一刀両断』に粉砕した。

 

 鉄の残骸が左右に真っ二つに分かれ、火花と黒煙を撒き散らしながら、ランサーの両脇を通り抜けて落下していく。

 

 

 

 だが。

 

 粉砕したトラックの残骸。その立ち込める黒煙と炎に紛れて。

 

 ランサーの目の前に、突然、『純白の絶望』が現れた。

 

「……なッ!?」

 

 

 魔虚羅は、トラックを投擲した直後、自身もまたその凄まじい脚力で地上から跳躍し、トラックの影に隠れるようにして上層のビルへと急接近していたのだ。

 

 視界が開けた瞬間、目の前には、退魔の剣を振りかぶった怪物の姿。

 

 

 完全に虚を突かれた形となったランサー。

 

 彼は咄嗟に、空中でバックステップを踏み、背後にある駐車場のコンクリートの床へと転がり込みながら、怪物の決死の突進を辛うじて回避する。

 

 

 

 ズドォォォォォォォンッ!!

 

 

 魔虚羅が、ランサーを追うようにして、ビル上層の駐車場へと重々しく着地した。

 

 

 床のコンクリートが悲鳴を上げ、亀裂が走る。

 

 逃げ場の少ない、閉鎖された駐車場の空間。

 

 魔虚羅の眼窩の羽が、転がり起きたランサーを無慈悲に捉える。

 

 

 死闘は、回避不能の超近接戦闘(インファイト)という、最も血生臭い第二幕へと突入しようとしている。

 

「……チッ、休む暇も与えちゃくれねえってか!」

 

 

 ランサーが身を低くして構え直したその瞬間、粉塵を切り裂いて、極太の右腕が水平に薙ぎ払われた。

 

 

 それは、拳というよりも、城門を打ち破るための破城槌そのもの。

 

 

 ランサーは、神域の敏捷性を全開にして、その一撃の下を潜り抜ける。

 

 直後、彼の頭上を通り過ぎた魔虚羅の裏拳が、背後に立ち並んでいた太いコンクリートの支柱に激突した。

 

 

 

 メキバキバキィィィンッ!!!!

 

 

 鉄筋がひしゃげ、数十年もの間ビルを支え続けてきた強固なコンクリートの柱が、まるで乾いたビスケットのようにいとも容易く粉砕された。

 

 

 無数の破片が散弾となって周囲に飛び散り、天井の一部がガラガラと崩れ落ちてくる。

 

 その凄まじい破壊力を横目に、ランサーは深紅の魔槍を振るい、魔虚羅の死角である脇腹へ向けて神速の刺突を三連撃で叩き込む。

 

 

 

 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!

 

 

 白い肉体に刃は届く。しかし、それはもはや、強固なゴムの塊に針を刺しているような、致命的な手応えのなさである。

 

 

 

 魔虚羅は、自身の脇腹に突き立てられた槍の痛みなど微塵も感じていないかのように、そのままの体勢から、左腕を上段からハンマーのように振り下ろしてきた。

 

 

 ランサーは即座に槍を引き抜き、後方へと跳躍する。

 

 ドゴォォォンッ! と、ランサーが先ほどまでいた床が粉砕され、下の階層が見えるほどの巨大な穴が穿たれる。

 

(……クソが。真っ正面からやり合うのは、流石にキツイか!)

 

 

 先ほどまでの地上での戦闘で、相手の技量が底上げされていることはすでに痛感している。それに加え、この閉鎖された空間。

 

 

 だが、ケルトの英雄たる彼は、その不利な環境すらも自身の生存のための「武器」へと変換する。

 

 

 ランサーは、弾かれたように走り出した。

 

 魔虚羅がそれを追い、重戦車のような突進を開始する。

 

 

 ズンッ、ズンッ、ズンッ! と、巨体が床を蹴るたびに、ビル全体が地震のように揺れる。

 

「そらよッ!」

 

 

 ランサーは、進行方向に放置されていたサビだらけのセダンのボンネットに飛び乗り、それを蹴り台にして天井へと跳躍した。

 

 天井の配管を左手で掴み、そのままターザンのように身を振り子にして、魔虚羅の頭上を飛び越えながら、空中で槍の石突きを怪物の後頭部へと打ち下ろす。

 

 

 ガキンッ! という硬質な音が鳴り、魔虚羅の動きがほんの一瞬だけ鈍る。

 

 その隙に、ランサーは別の廃車の陰へと滑り込み、死角から足を払うような下段への薙ぎ払いを放つ。

 

 

 柱、壁、天井、そして無数の廃車。

 

 ランサーは、あらゆる遮蔽物を三次元的に利用し、跳ね回り、滑り、撹乱し、魔虚羅の視界から出たり入ったりを繰り返しながら、絶望的なインファイトを辛うじて凌いでいた。

 

 

 魔虚羅の拳が空を切り、廃車に激突する。

 

 

 

 グシャァァァァァァッ!!

 

 

 鉄の塊であるはずの自動車が、まるでアルミ缶を握り潰すかのように、ただの一撃で原型を留めないスクラップへと変貌し、壁際まで数十メートルも吹き飛ばされていく。

 

 

 

 当たれば即死。かすっただけでも骨が砕ける。

 

 極限の集中力と、英雄としての矜持が、彼に限界を超えた体捌きを可能にさせていた。

 

 

 

 だが。

 

 その神域の演舞すらも、この理外のシステムの前では、ただの時間稼ぎにしかならなかった。

 

 

 

 

 ――ガコンッ。

 

 

 不意に。

 

 これまでで最も重く、最も不吉な音を立てて。

 

 魔虚羅の頭上に浮かぶ黄金の法輪が、時計回りに一つの目盛りを進めた。

 

「……ッ!!」

 

 

 ランサーの全身の毛穴が、一斉に総毛立つ。

 

 理屈ではない。細胞レベルで刻み込まれた戦士の本能が、「今の回転はヤバい」と、最大級の警鐘を鳴らしたのだ。

 

 

 直後、魔虚羅の動きが、明確に変わった。

 

 これまで、障害物である柱や廃車を「力任せに破壊して」進んできた怪物が、突如として、まるでランサーの動きを完全にトレースするかのように、無駄のない、滑らかで洗練されたフットワークを見せたのだ。

 

 

 廃車の隙間を縫うようにステップを踏み、崩れかけた柱を支点にして軌道を変える。

 

 

 ランサーの「三次元的な撹乱」に対する、完全なる回答。

 

 巨体に似合わぬその滑らかな軌道修正は、ランサーの予測を完全に上回る速度で、彼との距離を『ゼロ』へと消失させた。

 

「なっ……!?」

 

 

 強烈な踏み込み。

 

 コンクリートの床が爆発し、魔虚羅の右腕が、ランサーの胴体を両断せんと、必殺の速度で振りかぶられる。

 

 

 逃げ場はない。左右は廃車に塞がれ、背後は壁。

 

 槍で受ければ、間違いなく腕ごとへし折られ、身体を上下に分断される。

 

 

 

 まずい。

 

 完全に、完全にまずい。

 

 このままでは、確実に殺される。

 

 死の淵を覗き込んだその瞬間。

 

 

 クー・フーリンという英霊の脳髄は、恐怖に凍りつくどころか、神速の演算をもって起死回生の『逆転手』を弾き出した。

 

(受けられねえなら……足場ごと、消し飛ばしてやらぁぁ!!)

 

 

 ランサーは、魔虚羅に向けていた深紅の魔槍の穂先を、唐突に、自身の足元――すなわち、駐車場のコンクリートの床へと向けた。

 

 魔虚羅の絶大なラッシュと、これまでの戦闘の余波によって、この階層の床はすでにひび割れ、限界を迎えてボロボロになっていた。

 

 

「砕けろォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

 ランサーの絶叫と共に、限界まで魔力を込められた朱槍が、床のコンクリートに深々と突き立てられた。

 

 

 

 ドッガァァァァァァァァァァンッ!!!!

 

 

 一瞬の無重力。

 

 ランサーと魔虚羅が立っていた、半径十メートル以上のコンクリートの床が、蜘蛛の巣のようにひび割れ、そして、轟音と共に真下の階層へと一気に崩落を始めたのだ。

 

 

 

 ズガガガガガガガッ!!

 

 

 魔虚羅の必殺の薙ぎ払いは、足場を唐突に奪われたことで空を切り、空しい風切り音だけを残した。

 

 完璧なタイミングでの、地形を利用した緊急回避。

 

 

 だが、ランサーの真の狙いは、単なる回避や時間稼ぎなどではない。

 

(ここだ……! この一瞬の滞空時間!!)

 

 

 空中に投げ出され、いかにバケモノであろうと、物理的に身動きが取れなくなったその絶対的な硬直時間。

 

 ランサーは、崩落の最中に空中で身体を激しく捻り、近くを落下していく太いコンクリートの破片を足場にして、強引に『上から下へ』と蹴り放った。

 

 

 自由落下する魔虚羅の巨体へ向けて。

 

 ランサーは、赤い流星となって緊急接近を果たした。

 

 

 狙うべきは、いかなる生物であろうと致命の急所となる『頭部』。

 

 

「これで……脳天ブチ撒けて、くたばりやがれェェェェェェッ!!!!」

 

 

 

 裂帛の気合と共に、必殺の刺突が放たれた。

 

 

 空気を焼き焦がすような摩擦音。

 

 真っ直ぐに、寸分の狂いもなく、魔虚羅の頭頂部へと吸い込まれていく刃。

 

 装甲を貫き、脳髄を破壊し、霊核を直接粉砕するための、文字通り『起死回生』にして全身全霊の一撃。

 

 

 

 

 だが。

 

 その瞬間であった。

 

 ランサーの深紅の槍が、魔虚羅の純白の頭部に触れる、まさにその数ミリ手前の位置。

 

 

 

 バチィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!

 

 

「……っ!?」

 

 ランサーの視界が、異常な現象によって白く染まった。

 

 魔虚羅の全身から、突如として禍々しいドス黒いエネルギーが爆発的に噴き出し、それがランサーの朱槍に込められた魔力と真っ向から激突したのだ。

 

 

 

 刃が、肉に届かない。

 

 硬い装甲に弾かれたのではない。そもそも、物理的に『接触することすらできなかった』。

 

 

 まるで、N極とN極の超強力な磁石を無理やり近づけようとしたかのような、凄まじいまでの『完全なる反発』。

 

 

 

 パチンッ!!!!

 

 

 空間が破裂するような異音と共に、ランサーの全身全霊を乗せた必殺の槍が、見えない分厚い壁に激突したかのように、いとも容易く、そして無慈悲に弾き返された。

 

「な……に……!?」

 

 

 ランサーの喉の奥から、信じられないものを見るような、間抜けな声が漏る。

 

 

 どういうことだ。

 

 自身の全存在を懸けた一撃が、力負けしたわけでも、躱されたわけでもなく、「魔力の波長そのものを拒絶されて」弾かれた。

 

 

 別の切り札か?

 

 それとも、別の宝具の効果か?

 

 思考が、理解不能な現象を前にショートしかける。

 

 

 だが、現実は彼の思考の整理を待ってはくれない。

 

 渾身の一撃を弾かれた強烈な反作用によって、ランサーの両腕が跳ね上がり、彼自身の肉体もまた、空中で大きく後方へと弾き飛ばされてしまった。

 

 

 空中に投げ出され、足場を失い、体勢を崩す。

 

 今度は、彼自身が、空中で完全に身動きが取れない『無防備な的』へと成り下がってしまったのだ。

 

 

「しまっ――」

 

 

 ランサーが自身の致命的な窮地を悟った、その瞬間。

 

 

 彼が見下ろした先で。

 

 

 

 ズゥゥゥゥンッ!!!!

 

 

 一足早く下の階層へと落下した魔虚羅が、無数の瓦礫の雨の中、両足で完璧な着地を果たす。

 

 

 

 着地したその姿勢のまま、膝のバネを限界まで圧縮し、空中で無防備に弾き飛ばされているランサーの腹部を目掛けて。

 

 音速を超える速度で、右脚を真上へと蹴り上げた。

 

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!

 

 

 

 

「がはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 

 ケルトの英雄の口から、おびただしい量の鮮血が夜空に撒き散らされた。

 

 人間の肉体が耐えられる限界を遥かに超えた、絶大なる破壊力。

 

 

 当たる直前、ランサーの神域の敏捷性と生存本能が働き、空中で強引に身体を捻ることで、辛うじて背骨を両断されるような「完全なる急所」だけは外すことができた。

 

 

 

 だが、代償はあまりにも大きい。

 

 右脇腹の肋骨が何本も砕け散り、内臓が破裂するような激痛が、脳のヒューズを完全に焼き切る。

 

 

 防御など、全く意味を成さない。

 

 魔虚羅の恐るべき蹴り上げを腹に食らったランサーの肉体は、まるで大砲から撃ち出された砲弾のように、一直線に真上へと吹き飛ばされた。

 

 

 

 メキィィィンッ! ドガァァァァァンッ!!

 

 

 ランサーの身体は、自身が崩落させた三階の天井の、穴を勢いよく逆流し、さらにその上の階層である五階の床、そして……建物の最上部である『屋上の分厚いコンクリートの天井』をも、自らの肉体を弾丸にして次々と突き破っていった。

 

 凄まじい破壊音と土煙を上げながら、ランサーは屋上を突き抜け、ついに建物の外、冬木の冷たい夜空へと高々と放り出された。

 

 

「あ、が……ぁ……」

 

 

 宙を舞うランサーの視界が、激しい明滅を繰り返している。

 

 強力すぎる一撃に、英霊としての強靭な意識すらもが、暗い淵へと引き摺り込まれそうになっていた。

 

 

 だが、彼の闘争本能だけが、消えゆく意識の中で、必死に警告を鳴らし続ける。

 

 

 

 来る。

 

 追撃が来る。

 

 次の瞬間だった。

 

 

 ハッと目を見開いたランサーの視界に、信じられない光景が飛び込んできた。

 

 

 月明かりに照らされた、夜空の頂点。

 

 彼が吹き飛ばされた最高到達点、そのさらに上空に。

 

 いつの間にか、下層から跳躍してきた魔虚羅の巨体が、月を背にするようにして滞空していたのだ。

 

 

 先ほどの衝撃で、空中で一切の体勢が整わないランサー。

 

 その彼を、魔虚羅は見下ろし、太く強靭な右腕と左腕を、頭上で固く、一つの巨大な鉄槌のように組み合わせた。

 

 

(……ウソだ、ろ……)

 

 

 

 

 魔虚羅は、組み合わせた両腕を。

 

 落下し始めたランサーの胸倉を目掛けて、全力で、ハンマーのように振り下ろした。

 

 

 

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!

 

 

 

 

「ガッ、アァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」

 

 

 ランサーの肉体が、くの字に折れ曲がる。

 

 

 空中で受けた二度目の致死の一撃。

 

 屋上からさらに上空へと吹き飛ばされていた彼の身体は、魔虚羅の両腕による凄まじい叩きつけを食らい、今度は文字通り『隕石』のごとく、真っ逆さまに地上へと向けて激突するコースを描いた。

 

 

 

 大気との摩擦で火を噴きそうなほどの速度。

 

 

 

 そして。

 

 ズッッッッッッドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!

 

 

 冬木の新都のアスファルトの地上に、凄まじい轟音と共に、局地的な隕石の衝突に等しい激突が起きた。

 

 

 大地が悲鳴を上げ、周囲のビルのガラスが一斉に粉々に砕け散る。

 

 アスファルトがめくれ上がり、直径数十メートルに及ぶ巨大なクレーターが、周囲の街並みを巻き込んで深く、深く刻み込まれた。

 

 

 もうもうと立ち込める、土煙と粉塵。

 

 そのクレーターの底で、ランサーはピクリとも動かず、ただ血の海の中に横たわっていた。

 

 

 青いタイツはボロボロに引き裂かれ、自慢の魔槍は彼の手から離れ、少し離れた瓦礫の山に突き刺さった。

 

 

 

五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。

  • 術式反転・赫
  • 対軍宝具
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