Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​   作:りー037

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【第十章:死翔の槍、絶望の連旋と、傲慢なる断罪】

【記録:■■■■年■月■日 ■■時■■分 / 場所:■■■■■■・未確定領域】

 

 

 

 極限の消耗戦、地形ごと破壊し尽くす圧倒的な暴力の応酬、そして、あらゆる事象を喰らって無限に進化を続ける『適応』という絶対のルール。

 

 その全てが交錯した戦場の最下層、すなわち魔虚羅の足元に広がる漆黒の『影』の奥底――虚数空間の絶対安全圏において、間桐桜は、ひどく冷たく、そして酷薄な笑みをその美しい唇に浮かべていた。

 

(……ええ。本当に、素晴らしい成果です)

 

 

 桜の紫の瞳は、まるで精密なチェス盤を俯瞰するプレイヤーのように、地上の戦況を冷徹に観測し続けていた。

 

 

 その超質量の直撃を受けたランサーのダメージは、英霊の強靭な肉体をもってしても、間違いなく致命傷に至っているはずだ。いくら自己治癒のルーン魔術を行使しようとも、粉砕された骨と破裂した内臓、そして枯渇しかけている魔力の残量を見れば、彼がすでに死に体であることは火を見るより明らかであった。

 

 それに加え、何よりも桜の心を充足させていたのは、魔虚羅の適応が、彼女の想定を遥かに超える高レベルな段階へと進んだことである。

 

 

 もはや、あの青き猟犬に、魔虚羅の純白の肉体を傷つける手段は残されていない。

 

 完全なるチェックメイト。勝ちの目は、すでに揺るぎないものとして桜の眼前に提示されていた。

 

 

 だが、間桐桜という魔術師は、決して慢心するような愚か者ではない。

 

 「勝ちが確定するためのピースを全て揃えきってから、最後にそっと蓋をする」。それが彼女の戦術の信条だ。

 

 

 

 

 だからこそ、彼女はすでに、この戦場における『最後の一手(切り札)』を、周囲に全く悟られない状態で、密かに、そして確実に発動させていた。

 

(……ええ。もはや、ここから逃れることなど誰にもできません。あのランサーが、類まれなる敏捷性を活かして逃亡を選択しようとも。マスターが、令呪による空間転移で彼を撤退させようと試みようとも。もはや、全ては無意味)

 

 

 ここはすでに、現実の物理法則が及ぶ冬木市の空間ではない。間桐桜という術者の精神と魔力が定義する、外界から完全に切り離された『閉鎖された領域』へと至っている。

 

 

(これで、終わりですね)

 

 

 桜は、勝利を確信した。

 

 退魔の剣が振り下ろされれば、英雄の首は虚しく地を転がり、この凄惨な夜の宴もようやく幕を閉じる。

 

 

 ――桜が、そう安堵の息を吐きかけた、まさにその時であった。

 

「……ッ!!」

 

 

 魔術回路が、けたたましいアラートを鳴らし、全身の産毛が総毛立った。

 

 

 地上。クレーターの底。

 

 完全に死に体であり、もはや動くことすらままならないはずのランサーの肉体から、突如として、常軌を逸した極大の魔力が、火山の大噴火のように急激に膨れ上がり始めたのだ。

 

(……最後のあがきですか!?)

 

 

 間桐桜に緊張が走る。

 

 まだ終わっていない。相手は、神代の死線を幾度となく潜り抜けてきた、本物の英雄なのだ。

 

 

 手負いの獣が一番恐ろしい。窮鼠は猫を噛む。ましてや相手は、ケルトの神霊の血を引く光の御子。

 

 

 

 

 

 ズズズズズズズズッ……!!

 

 

 地上から虚数空間の底まで伝わってくるほどの、圧倒的な神秘の振動。

 

 それは、ただの魔術行使ではない。英霊がその身に宿す伝説の結晶、絶対的な神秘の顕現――すなわち、『宝具』の真名解放の予兆。

 

 

 桜は、影の底でその魔力の奔流を感じ取り、戦慄と同時に、深い感嘆の念を抱いていた。

 

 やはり、英霊の神秘というものは侮れない。死の淵にあってなお、これほどの情報密度と、桁外れの魔力濃度を放出できるというのか。

 

 

 だが、桜の狂信は微塵も揺らいではいない。

 

(いかに強力な宝具であろうと、魔虚羅の『適応』はすでに高レベルに達している。)

 

 

 それでも、桜は一切の油断を排し、自らの愛する神が通る道を完璧に整えるべく、一つの極大の術式の構築を、高速の詠唱と共に開始した。

 

     

 

 

 

 

 

「ガァァァァァァァァッ……!!!!」

 

 

 クレーターの底。

 

 クー・フーリンは、血を吐きながら、獣のような低い唸り声を上げていた。

 

 彼の右手には、深紅の魔槍『ゲイ・ボルク』が握り締められ、槍の刀身は、主の命を喰らうようにして、不吉な血の光を激しく明滅させている。

 

 

 魔力が、急激に高まっていく。

 

 否、高まっているのではない。「削り取っている」のだ。

 

 ルーン魔術による強制的な肉体の再生と維持だけでも、莫大な魔力を消費している。それに加えて、この絶望的な状況を覆すための『神殺しの一撃』を放つには、彼自身に残された魔力(オド)だけでは、到底足りない。

 

 だからこそ、ランサーは、英霊として現界するための要である『霊基』そのものを削り、無理やり燃焼させることで、通常ではあり得ないレベルの莫大な魔力を捻り出していた。

 

 

 霊基が削れるたびに、彼の肉体の輪郭がわずかにブレ、存在が希薄になっていく。

 

 

 命を燃やしている。文字通りの、最後の一撃。

 

(まだだ……まだ足りねえ。あのバケモノを消し去るには、こんなもんじゃ足りねえんだよ!!)

 

 

 ランサーは、奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛り、魔槍にさらなる力を集中させる。

 

 今現在、彼に必要なのは、目の前の存在が『新たな適応』を完了させるよりも前に、その肉体も、魂も、存在そのものをも跡形もなく消し去るための、絶対的な破壊の一撃である。

 

 

 

 ゲイ・ボルク。

 

 一矢一殺の呪いの槍。穿つは心臓、狙いは必中。

 

 「心臓に槍が命中した」という『結果』を先に世界に書き込み、そこから逆算して「槍を放つ」という『原因』を作る、因果逆転の呪い。

 

(刺突じゃダメだ。あいつはすでに、俺の槍の魔力を反発する形で適応を完了させてやがる)

 

 

 因果が逆転し、心臓に命中するという結果が確定していたとしても。

 

 その槍が怪物の肉体に到達する寸前で、魔力の反発によって『触れることすらできずに弾かれる』のであれば、心臓を貫くことはできない。

 

 

 理不尽な適応の盾は、因果の呪いすらも中和してしまう可能性がある。

 

 ならば。刺し穿つ槍で目の前の存在を滅ぼすことができないのであれば。

 

(なら、触れる前に全部まとめて吹き飛ばしてやるよ!!)

 

 

 ランサーが選択したのは、刺突ではなく、『投擲武器』としての魔槍の運用。

 

 

 全身の筋力と魔力、そして自身の霊基の命を込めて放たれる、対軍宝具。

 

 刺し穿つ呪いのような因果逆転の性質はない。だが、その代わりに、いかなる強固な盾であろうと、軍隊であろうと、全てを一撃で吹き飛ばす『絶対的な破壊力』、そして幾たび躱されようとも目標の心臓を穿つまで追いすがる『追尾の性質』を持っている。

 

 

「オオォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

 

 彼の身体が、重力を完全に無視した凄まじい速度で、夜空へと高々と跳躍する。

 

 

 数十メートルの上空。

 

 冬木の青白い月を背に背負い、ランサーは、眼下のクレーターに立つ白き巨人を、鷹のように鋭い視線で見下ろした。

 

 

 ここで、決める。

 

 この一撃で、消し去る。

 

 その強靭にして絶対の意志と共に、ケルトの英雄は、空中で身体を大きく海老反らせ、深紅の魔槍を右手に構え、限界まで引き絞った。

 

     

 

 

 

 

 魔虚羅は、上空に跳躍したランサーを、無機質な眼窩の羽で見上げていた。

 

 

 魔虚羅のシステムは、現在、ランサーの『朱槍を纏う魔力』に対する適応を完了させている。対象の魔力を自身の呪力に強烈に反発させる性質を付与することで、槍の刃を物理的に弾き返す絶対の盾。

 

 故に、その槍による物理的な刺突や斬撃の一切は、魔虚羅の肉体に触れることすら不可能だ。

 

 

 だが、その先の『現象』については、その限りではない。

 

 宝具の真名解放による、世界そのもののルールをねじ曲げる現象。

 

 対軍宝具としての投擲による、「幾たび躱されようと相手を貫き、全てを粉砕する」最強の一撃。

 

 

 現在の適応段階では、『現象そのもの』までを、完全に無効化し、弾き返すことはできない。

 

 無論、その絶大な現象を引き起こしている『基盤』を反発させることで、ある程度の中和、ダメージの減衰は期待できるだろう。

 

 

 だが、「完全なる無効化」という次元の適応を完了させるには、さらなる時間をかけて解析を行う必要があり、それはまだ先の話であった。

 

 

 

 だからこそ、間桐桜は、影の底で一つの手を打つ。

 

 宝具という、世界に干渉し、理を破壊する絶大な現象。

 

 それを迎え撃つために、彼女は、魔虚羅の周囲の空間そのものを『■■』からズラす術式を起動させた。

 

 

 

 

 ――ジジッ、ジジジジジッ。

 

 

 

 突如として、冬木の夜の風景に、ブラウン管テレビの砂嵐のような『ノイズ』が走った。

 

 ランサーの直下の空間、魔虚羅が立つクレーターの周囲の廃ビル群やアスファルトが、まるで薄皮が剥がれ落ちるようにして、一瞬だけ、この世のものとは思えない『タールのように黒く濁った何か』へと変質したのだ。

 

 

 世界そのものの偽装が剥がれ、深淵が現実の表層へと滲み出してきたような、極めて不気味で冒涜的な光景。

 

 桜の『境界融解(ボーダー・メルト)』と『因果沈降(コーザル・ドロウン)』の複合術式。

 

 

 

 

(……あァ!? なんだ、今の景色は……世界が、歪んだ……!?)

 

 上空で槍を引き絞っていたランサーは、その一瞬の視界のノイズと、世界が反転したような猛烈な違和感に、目を見張った。

 

 魔術結界などというチャチなものではない。空間の前提そのものが狂っているような、吐き気を催すほどの違和感。

 

 

 

 だが。

 

 それに構っている暇は、もはや一秒たりとも存在しなかった。

 

 

 魔虚羅は、上空から放たれようとしている極大の魔力に対して、避ける素振りを一切見せなかった。

 

 避けることは不可能な代物であると、絶対の戦闘システムが本能で理解しているのだ。

 

 

 であれば、真正面から受けるしかない。

 

 魔虚羅は、太く強靭な両足で大地をガッチリと踏み締め、退魔の剣を構え、迎撃の体勢を固めた。

 

 

 ランサーの全霊基が、光を放って燃焼する。

 

 英雄の魂が、限界を超えた臨界点に達した。

 

 

「――穿ち狂え!!!!」

 

 

 空気が、弾け飛んだ。

 

 ランサーの右腕から、深紅の魔槍が、絶対的な破壊の意志を込めて投擲された。

 

 

 それは、もはや槍などという生易しいものではない。

 

 音速を遥かに置き去りにし、空間を真っ赤に焼き焦がしながら進む、神を殺すための『朱き流星』。

 

 

「『――突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』ッッッ!!!!!!」

 

 

 

 真名解放の言霊と共に、朱き流星は、目標である魔虚羅の巨体を目掛けて、一直線に、回避不能の軌道を描いて殺到した。

 

 

 

 

 刹那。

 

 空中から放たれたその致死の流星が、大地に立つ魔虚羅の肉体へと着弾した。

 

(やったか……!?)

 

 

 空中で残心をとるランサーの瞳に、極大の閃光が焼き付いた。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 カッ!!!!!!

 

 冬木の夜空を、太陽が地上に落ちたかのような、眼球を灼くほどの純白の閃光が包み込んだ。

 

 

 そして、一切の音が消え失せた数秒後。

 

 

 

 ズッッッッッドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 槍の投擲などと呼べる次元ではない。それは、戦術核弾頭が直撃したかのような、桁外れで、絶大なる破壊現象であった。

 

 

 着弾点を中心に、深紅の魔力の嵐が、巨大なドーム状の爆発となって膨れ上がる。

 

 暴風が全てを薙ぎ払い、廃ビルのコンクリートの外壁が、まるで砂上の楼閣のようにサラサラと崩れ落ち、吹き飛ばされていく。

 

 

 アスファルトは蒸発し、周囲の鉄柱や廃車は、極超高温のプラズマに飲み込まれて一瞬にして融解した。

 

 

 

 ゴォォォォォォォォッ……。

 

 

 やがて、極大の爆発が収束し、世界を焼き尽くすかのような暴風が、徐々にその勢いを弱めていく。

 

 空中で体勢を立て直し、ふらつきながらも近くの半壊したビルの屋上へと着地したランサーは、荒い息を吐きながら、眼下の惨状を睨み下ろす。

 

 

 自身の霊基の一部を削り取ってまで放った、究極の一撃。

 

 その代償として、彼の肉体は半透明に透けかけ、立っているのが不思議なほどの状態に陥っていた。

 

 

 

 もうもうと立ち込める、赤黒い爆煙と土埃。

 

 それが、冷たい冬の夜風によって、ゆっくりと、ゆっくりと晴れていく。

 

 

 

 

 そして。

 

 破壊の跡地に、その怪物の姿が露わになった。

 

「…………ッ!!」

 

 

 

 

 それは、融解したクレーターの中心で、地に倒れ伏す。

 

 身体の右半分が、肩から腰にかけて、完全に『えぐり取られて』いた。

 

 

 

 起き上がる様子はない。

 

 当然だ。いかに理外のバケモノであろうと、身体の半分を消し飛ばされ、胸部の中央付近まで抉り取られてしまえば、立つことなど不可能に決まっている。

 

 

 魔力の反発による適応でダメージは減衰したようだが、それでも、底上げされた対軍宝具の破壊力を完全に防ぎ切ることはできなかった。

 

 何らかの限界が来たのか。それとも、ついに破壊の総量が、適応のキャパシティを上回ったのか。

 

 

 

 だが、ランサーは油断しない。

 

 深紅の魔槍を再び手元に戻し、全身の筋肉を硬直させ、倒れ伏す怪物の姿を、瞬き一つせずに凝視し続ける。

 

 

 怪物は、動かない。

 

 肉体を完全に消し飛ばし、光の粒子となって消滅を見届けるまでは、絶対に気を抜いてはならない。

 

 

 

 

 『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』。

 

 

 

 

 全てを焼き尽くす焦熱の地獄の中で、白き巨人は、地に倒れ伏す。

 

 

 八握剣異戒神将・魔虚羅。

 

 抉り取られた断面からは、呪力と魔力が混ざり合ったような流体がとめどなく溢れ出し、焼け焦げた大地に触れてシューシューと白煙を上げていた。

 

 

 怪物は、動かない。

 

 宝具の威力を底上げするために自らの霊基を削り取った代償として、彼の身体はノイズのように激しく明滅し、指先から半透明に透け始めていた。座へと送還される一歩手前の状態。

 

 

 立っていることすら奇跡に等しい、満身創痍。

 

(……だが、まだだ。まだ消滅してねえ)

 

 

 ランサーの深紅の瞳が、倒れ伏す怪物を鋭く射抜く。

 

 

 

 怪物は動かない。

 

 彼は、トドメを刺すべく行動を開始した。

 

 おそらく、あの反発の適応を完了した状態の相手に、自身の魔槍による攻撃では、これ以上のダメージを与えることは不可能だろう。

 

 であるのなら。神代の魔術である『ルーン』を極限まで編み上げ、大儀式レベルの魔術攻撃によって、残った半身を完全に灰燼に帰すしかない。

 

 

 

 怪物は、動かない。

 

 ランサーは、震える左手で虚空にルーンの文字を刻み始めた。

 

 自身の内に残された魔力(オド)はすでに底を突いている。彼は周囲の大気から魔力(マナ)を強制的に吸収し、大魔術を組むための陣を自身の周囲に展開していく。

 

 

 炎のルーン、破壊のルーン、そして崩壊のルーン。

 

 それらが空中に青白い軌跡を描き、幾重にも重なり合って、巨大な魔術を形成しようとする。

 

 

 

 怪物は、動かない。

 

 

 

 ――だが。

 

 大気から魔力を吸い上げようとしたその瞬間、ランサーの優れた魔術的直感が、強烈な『違和感』を感知した。

 

(……なんだ? マナの様子が、おかしい……?)

 

 

 大気中の魔力が、ひどく重く、粘り気を持っている。

 

 まるで、清浄な空気を吸い込もうとしたのに、肺の中に直接泥を、流し込まれたかのような、強烈な不快感と拒絶反応。

 

 

 それだけではない。

 

 ランサーは、ルーンを刻む手を一瞬止め、周囲の世界へと目を向けた。

 

 そこにあるはずの「■■」が、ひどく薄っぺらいものに見える。

 

 

 燃え盛るクレーター、崩れ落ちた廃ビル、冬木の夜空。

 

 それらの景色が、まるでピントの狂ったレンズ越しに見ているかのようにブレており、色彩が反転し、現実感が決定的に欠落しているのだ。

 

 空間そのものが、何かどす黒い別の位相(テクスチャ)によって、上から無理やり塗り潰されているような感覚。

 

 

(結界……? いや、違う。もっとタチの悪い……世界そのものを切り離してやがるのか……!?)

 

 

 

 間桐桜が密かに展開していた、虚数侵界術式群。

 

 

 ここはすでに、現実の冬木市ではない。外界から完全に隔離され、法則が書き換えられた、虚数の底の深淵。

 

 ランサーが、その絶望的な空間の異変に気づき、思考を巡らせた。

 

 

 その、ほんの一瞬の思考の空白。

 

 

 

 怪物から目を離した、その刹那の隙。

 

 

 

 

 

 

 ――ギギギギギギギギギギギギギギギギギ……。

 

 

 世界そのものが軋むような、耳障りで、不吉極まりない駆動音が、クレーターの底から響き渡った。

 

(まさか……ッ!!)

 

 

 

 彼は弾かれたように視線を下へと戻し、クレーターの底、倒れ伏していたはずの怪物へと目を向ける。

 

 

 

 ――ガコンッ。

 

 絶望の歯車が、重々しく、一つの目盛りを回した。

 

 その瞬間、ランサーの眼下で、人間の理解を根底から粉砕するような、悪夢のような光景が繰り広げられた。

 

 

 身体の右半分が消し飛び、抉り取られていたはずの怪物の肉体が。

 

 まるで、ビデオテープの映像を巻き戻すかのように、否、それよりももっと冒涜的で強引な手段によって、瞬時に『万全の状態に回帰した』のだ。

 

 失われた右腕が、削り取られた胸郭が、白い流体の中から一瞬にして再構築される。

 

 

 宝具の破壊力ごと、完全に状態更新される。

 

(マジ、かよ……!)

 

 

 クー・フーリンの額から、滝のような冷や汗が噴き出した。

 

 霊基を削り、全てを懸けた対軍宝具の直撃。地形を消し飛ばすほどの絶対的な破壊現象。

 

 

 それすらも、この怪物を消滅させるには至らない。

 

 限界など、一切来てはいない。この怪物の適応のキャパシティは、神代の英雄の最大火力すらも飲み込んでしまうほどに、果てしなく深く、底なしであった。

 

 

 完全に再生を果たした白き怪物は、何事もなかったかのように、悠然と立ち上がった。

 

 そして、感情のない眼窩の羽を上空に向け、呆然と立ち尽くすランサーを、ただ静かに見据える。

 

 

 

 

 だが、絶望はそれだけでは終わらない。

 

 

 ――ガコンッ。

 

 再び、法輪が回る。

 

 

 ――ガコンッ。

 

 

 間髪を入れず、異質な回転が、さらに『二度』、連続して行われた。

 

(……ッ!? なんだ、今の回転は……!)

 

 

 表面上の怪物の姿には、何の変化も見られない。傷はすでに完治している。

 

 だが、ランサーの直感は、今の連続した回転によって、この怪物に「何か決定的な変化」が、それも取り返しのつかないほどの最悪な変化が起こったのだということを、明確に悟っていた。

 

 

 先ほどの『一回転目』は、宝具による極大の破壊から肉体を再生させるための、事象の更新。

 

 ならば、その後に続いた『二度の回転』は何を意味するのか。

 

 

 

 それは。

 

(まさか……俺の槍、対軍の破壊という『現象そのもの』にすら……完全な適応を果たしやがったのか……!?)

 

 

 

 物理攻撃の無効化。

 

 魔力の反発。

 

 そして遂には、世界に干渉する宝具の『理(ルール)』そのものへの絶対耐性の獲得。

 

 

 英雄が持つ全ての手札は、今この瞬間、完全に紙屑以下の無価値なものへと成り下がった。

 

 

 その、絶対的な静寂と諦念が支配する空間に。

 

 ひどく透き通った、鈴を転がすような美しい少女の声が、響き渡った。

 

 

「――もう、終わりにしましょう」

 

 

 

 ハッとして、ランサーは声のした方向へと顔を向けた。

 

 

 彼が立つ半壊したビルの、さらに上層。

 

 残骸となった屋上の縁に。

 

 冬木の青白い月明かりを背に受けて、一人の少女が立っていた。

 

 

 

 間桐桜。

 

 数時間前、路地裏で言葉を交わした時に見せていた、あの穏やかで、どこか間の抜けたような「人の良い人間」の仮面は、そこには微塵も残されてはいない。

 

 

 彼女の瞳。

 

 紫水晶のように美しいその双眸は、極限まで冷徹で、無機質で、人間味が一切『切除』されたような、底知れぬ虚無の深淵を覗かせている。

 

 

 そこには、怒りも、憎しみも、勝利の歓喜といった感情の色すら存在しない。

 

 ただ純粋に、眼下の存在を「ゴミのように処分する」という、事務的で絶対的な意思だけが、凍てつくような冷たさで乗せられていた。

 

 

 

 

 ああ、こいつは本物だ。

 

 血に塗れた聖杯戦争のマスターなどというちっぽけな枠に収まるような存在ではない。

 

 自身の目的を阻む者、自身の『愛するもの』を傷つける者を、一切の感情の揺らぎなく、呼吸をするのと同じ自然さでこの世から消し去ることができる、完成された「魔術師(バケモノ)」。

 

 

 間桐桜は、魔虚羅に傷をつける者を、決して許さない。

 

 

 ロンドン時代、魔虚羅の適応の経験がまだ浅く、システムが未完成だったあの頃。

 

 彼女の特異性に気づき、自身を始末すべく動いた者、自分たちの目的に利用すべく近づいてきた者。その一切を、この虚数の影の底へと沈めてきた。

 

 

 自身の神を傷つけた存在を、生かして返すことなどあり得ない。

 

 誰であろうと。いかなる神代の英雄であろうと。

 

 

 

 この世から、完全に抹消する。

 

 その絶対の意思(ルール)のもと、桜はビルの上層から、霊基が崩壊しかけている眼前のサーヴァントを、見下ろした。

 

 

 世界が色を失い崩れていく

 

 彼女の足元の影が、ドロリと広がり、巨大な虚数の触手が地上の魔虚羅の足元へと繋がっていく。

 

「……ハッ。とんだ女王様だ。見事な采配だったぜ。」

 

 

 ランサーのその言葉に、桜の表情はピクリとも動かない。

 

 彼女は、ただ淡々と、冷たい月明かりの下で、死へのカウントダウンとなる宣告を紡いだ。

 

 

「我が神の半身を消し飛ばした。その罪――」

 

 

 

 桜が、右手をゆっくりと振り下ろす。

 

 それに呼応し、地上の魔虚羅が、不吉な呪力を纏った『退魔の剣』を、大上段へと無慈悲に振りかぶる。

 

 

「斬刑に処す」

 

 

 全てを見下ろす神の視座。

 

 理外の神将。その刃が、音速を超えて振り下ろされ、世界そのものを対象とした一撃が落とされる。

 

 鮮血が舞い、霊基が砕け散り、光の粒子となって虚数の泥の中へと吸い込まれていく。

 

 

 終幕の刻。

 

 摩天楼の死闘という、絶望の宴の舞台の幕は、間桐桜という絶対的な支配者の宣告のもと、今、完全に墜ちたのであった。

 

 

 




評価、感想ありがとうございます

いやぁ、いつの間にか評価80でビビりました!
こないだ50だぁーって思ってたので。嬉しいですね。

ランサーとの戦闘は次で終わり、一段落。


なのでFGOの新章へちょっと旅立ちます!
拙い文章を、読んでいただいた皆様!感謝してます!

では

五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。

  • 術式反転・赫
  • 対軍宝具
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▼此処はミクトランパ、なんの因果か死後に冥府の神に成った男は今日も冥府にて死者と語らい魂を導く▼だがここに来る戦士は皆違う世界の存在で…?▼・作者が思いついた死んでほしくかったり諸々様々な作品の人を冥界でテスカトリポカ成り代わり主が導く話です▼・その都合上多重クロスオーバータグを付けていますが各々のシリーズではテスカトリポカ以外は他作品と繋がることはありませ…


総合評価:5429/評価:8.66/連載:7話/更新日時:2026年05月23日(土) 23:10 小説情報


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