Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​   作:りー037

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【第十五章:降り注ぐ影の幻獣と、アインツベルンの防衛戦】

【記録:2004年2月4日 12時15分 / 場所:冬木市郊外・アインツベルン城 客間】

 

 

 冬木の郊外、極寒の森の最深部にそびえ立つ白亜の古城。

 

 外の世界を閉ざすように降り積もった雪景色とは対照的に、城内の豪奢な客間は、巨大な暖炉で赤々と燃える炎によって、ひどく快適で暖かな空気に包まれていた。

 

「ふふっ……」

 

 

 銀糸のような美しい髪を揺らし、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、優雅な手付きでティーカップを傾けながら、無邪気な笑みを零した。

 

 彼女の背後には、氷のように無表情で長身のメイドと、眉間に微かな緊張を張り付かせた端正な顔立ちのメイドが、彫像のように静かに付き従っている。

 

 

 完璧に管理された、代わり映えのない一日。

 

(この後は、どんな風に立ち回って、誰から順番に潰そうか)

 

 

 イリヤは、カップの縁に唇を当てながら、頭の中で聖杯戦争という名の盤面を思い描き、チェスの駒を動かすように無邪気な思案を巡らせていた。

 

 聖杯に選ばれた七騎の英霊たち。それぞれが神話や歴史に名を残す強力な英雄であることは間違いない。

 

 

 だが、イリヤの赤い瞳には、彼らに対する焦燥や恐怖は微塵も存在しなかった。

 

 あるのは、絶対的な強者の側に立つ者だけが持つ、純粋な『傲慢』。

 

 

(どうあったとしても。私のバーサーカーが、一番強くて、一番無敵なんだもの。……負ける要素なんて、どこにもないわ)

 

 

 狂戦士という、理性を代償にステータスを極限まで引き上げるクラスで召喚されておきながら、彼の生前の圧倒的な技量は決して衰えることはない。

 

 

 剣の軌跡を視認することすら不可能な神速の連撃。

 

 周囲の地形をまるごと消し飛ばす圧倒的な膂力。

 

 そして何より、彼を不死身の怪物たらしめている宝具――『十二の試練(ゴッド・ハンド)』。

 

 

 あのレベルの、理不尽の結晶のような絶対的な存在を従えているのだ。彼女が傲慢になるのも、無理のない話である。

 

 他のマスターたちが、己のサーヴァントの力量を推し量り、暗闇でコソコソと策を練っている間に、彼女はこうして城の特等席で、優雅に紅茶を楽しんでいられる。

 

 

 それこそが、アインツベルンの最高傑作である彼女の特権であった。

 

「……ねえ、セラ」

 

 

 イリヤは、ソーサーにカップをコトリと置き、思いついたようにパァッと顔を輝かせた。

 

「お城に引きこもっているのも飽きちゃった。お昼を食べたら、街までお兄ちゃんに会いに行こうかな! きっとお兄ちゃん、私の顔を見たらすごく驚いて、面白い反応をしてくれると思うの!」

 

 

 それは、どこにでもいる年相応の少女のような無邪気さ。

 

 しかし同時に、その無邪気さゆえの残酷さを内包した、捕食者の気まぐれな宣告でもあった。

 

 

 だが、その言葉を聞いた瞬間、背後に控えていたセラが、ピクリと柳眉を吊り上げた。

 

「……そのような不用意なことをなさるべきではありません」

 

 

 セラの声音は、静かではあるが、ひどく硬く、説教じみた響きを帯びていた。

 

「あなたは、アインツベルンの悲願を成就させるための尊いマスター。そして聖杯の器です。敵の戦力も完全に把握しきれていないこの段階で、自ら城の結界の外へ出向くなど、危険極まりない行為。……アインツベルンの者として、もっとご自身の使命と宿命に自覚を持っていただかなくては」

 

「もーっ! セラはいつもいつも、アインツベルンがどうとか、宿命がどうとか、そればっかり!」

 

 

 イリヤは、ソファの上でバタバタと足を動かし、ダダをこねるように頬を膨らませた。

 

「わかってるわよ、そんなこと。……それにね、もう何騎かやられちゃって、私の中に入ってきてるんだから」

 

 

 ふと、自身の胸のあたりを、無造作にポンと叩いた。

 

 

 すでに脱落した複数のサーヴァントの魂。それが『小聖杯』である彼女の肉体へと回収される時の、内側から焼かれるような熱と、無理やり巨大な質量をねじ込まれるような鈍い痛み。

 

「ずっとこのお城の中で、誰かが来るのをチマチマ待ってるだけなんて……つまんないじゃない。だから、私が直接お城から出て、残りのマスターたちもみーんな一気にペシャンコにしてあげた方が、ずっと早くて確実でしょ?」

 

「そういう問題では――」

 

 

 セラがさらに説教を重ねようと口を開きかけた。

 

 

 いつも通りの、微笑ましくも退屈な主従のやり取り。

 

 外の雪景色のように、今日もこのまま、何事もなく静かに一日が過ぎていくはずだった。

 

 

 

 

 

 ――ピキィィィィィィィィィィンッ!!!!

 

 

 その時。

 

 城の空間全体を、硬質なガラスがヒビ割れるような、甲高く、そしておぞましい音が切り裂いた。

 

「……え?」

 

 

 イリヤの動きがピタリと止まり、赤い瞳が驚きに見開かれる。

 

 同時に、セラとリズの表情からメイドとしての穏やかさが完全に消失し、臨戦態勢の冷酷なホムンクルスの顔へと変貌した。

 

「結界に……異常反応!? いえ、これは……破られている!?」

 

 

 セラの悲痛な叫び。

 

 森の広範囲に張り巡らされた、アインツベルンの絶対的な防壁。それが、物理的に破壊されたのではなく、まるで内側から腐り落ちるように、次々と『エラー』を起こして消滅していくのを感じ取ったのだ。

 

 

 

 侵入者。

 

 間違いなく、何者かが、とてつもない速度で城へと迫ってきている。

 

「 窓から離れてください! 我々が直ちに状況を確認し、迎撃に参ります。あなたは奥の安全な部屋へ下がって――」

 

「退いて、セラ!!」

 

 

 メイドたちの制止を強引に振り切り、イリヤはソファから飛び降りて、窓際へと駆け寄った。

 

 分厚い窓ガラスに手をつき、外の雪景色を見下ろす。

 

 

 

 

 だが。

 

 そこで彼女が見たものは、予想していたような魔術師の姿でも、敵のサーヴァントの姿でもなかった。

 

「……え?」

 

 

 イリヤは、目を丸くし、信じられないものを見るように上空を見上げた。

 

 

『ゴボォォォォォォッ……!!』

 

 

 

 

 冬木の鉛色の空。

 

 その遥か上空、アインツベルンの結界の外側の層から内側に向けて、真っ黒なインクをぶち撒けたような『巨大な染み』が、瞬く間に広がっていた。

 

 それは、太陽の光を完全に遮断し、森全体に底なしの影を落としていく。

 

 

 そして、その暗黒の染みの中から。

 

 泥のようにドロドロとした、異形のような『何か』が、空の底が抜けたかのように、ボタボタと滝のように落ちてきたのだ。

 

「な、によこれ……サーヴァント!?」

 

 

 

 イリヤが叫んだ、その直後。

 

『―――アァァァァァッ!!』

 

 

 空から降ってきた黒い何かが、空中でボコボコと膨張し、一つの巨大な球体となって、悍ましい産声を上げた。

 

 次の瞬間、その黒い球体から、無数の黒い魔力弾――呪いの塊のような雨が、城に向かって一斉に降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 ガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

 

 

 城の外部に展開されていた物理防壁の結界が瞬時に起動し、魔力弾の雨を防ごうとする。

 

 

 だが、その呪いの質量と密度は、通常の魔術の域を遥かに超えていた。

 

 結界が軋み、ガラスが割れるような音と共に限界を迎え、突破された魔力弾が、周囲の城壁や中庭の彫刻、そしてイリヤのいる客間の窓ガラスを、あらかた吹き飛ばした。

 

「きゃあっ!?」

 

 

 

 ドガァァァァァァンッ!!

 

 爆風が吹き荒れ、白亜の城の壁が粉々に砕け散り、真っ赤な爆炎と黒煙が上がる。

 

 イリヤの身体が、爆風によって吹き飛ばされそうになる。

 

 

 だが、その華奢な体が床に叩きつけられるよりも早く。

 

 

 

 ズドォォォォォォンッ!!!

 

 

 城の奥底から跳躍してきた巨大な岩山のような影が、瞬時にイリヤの前に立ち塞がり、その絶大な背中で、降り注ぐ呪いの弾雨と爆風を全て弾き返した。

 

『オォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 ギリシャ最強の大英雄、ヘラクレス。

 

 主であるイリヤを狙われたことに激怒した狂戦士は、周囲の大気を震わせるほどの咆哮を上げ、巨大な斧剣を構えながら、窓を突き破って中庭の泥の上へと跳躍した。

 

「……なっ、何なのよ、アイツら……!」

 

 

 空から、こちらに向かって際限なく落ちてくる、黒い影。

 

 地面に叩きつけられたソレらは、ドロドロの泥から姿を変え、様々な『獣』の形をとって立ち上がったのだ。

 

 

 

 

 黒い、狼。

 

 複数の眼球を持った、烏。

 

 巨大な角を生やした、牛。

 

 人間ほどの大きさがある、蛙、鹿、兎。

 

 さらには、地響きを立てて歩く巨象、うねうねと細長い無数の触手を持つ蛇のような何か、全身に鋭い棘のようなものが生えた得体の知れない獣。

 

 

 空を飛ぶもの、地を這うもの、跳躍するもの。

 

 

 ありとあらゆる動物の形を象った、現実感の欠落した黒い獣の集団。

 

 それら数百にも及ぶ圧倒的な数の獣たちが、うめき声を上げながら、一斉にアインツベルンの城を包囲するように襲いかかってきたのだ。

 

 

 

 気味が悪い。

 

 一つ一つの魔力はそれほど高くはないが、その異常な数と、生物としての理から外れた冒涜的な姿が、本能的な嫌悪感を煽る。

 

「……舐めないで。こんな薄汚い泥人形たちで、私のお城をどうにかできると思ってるの!?」

 

 

 イリヤの赤い瞳に、怒りの炎が宿る。

 

「やっちゃえ、バーサーカー!! あんな使い魔、一匹残らず全部叩き潰して!!」

 

 

 

 

『ルォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 主の号令と共に、バーサーカーが大地を踏み砕き、黒い獣の群れへと突撃を開始する。

 

 白亜のアインツベルン城を舞台にした、「無敵の狂戦士」対「数百の影の幻獣」という、常軌を逸した防衛戦が開幕する。

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

【記録:2004年2月4日 12時20分 / 場所:冬木市 新都・カフェ(個室)】

 

 

 クラシック音楽が静かに流れる、暖かで心地よい空間。

 

 そこは、戦場から遠く離れた、完全なる安全地帯。

 

「……ふふっ」

 

 

 間桐桜は、ベルベットのソファに深く腰を掛け、マイセンの美しいティーカップを傾けながら、薄く、しかしどこまでも冷酷な笑みを漏らす。

 

 

 彼女の視界は今、自身の肉体の眼球ではなく、アインツベルン城の上空を旋回している『影の烏』の視覚と完全に同期している。

 

 脳内に直接流れ込んでくるのは、爆炎に包まれる白亜の城と、押し寄せる数百の影の獣たち。そして、それを圧倒的な暴力で迎え撃とうとしている黒い狂戦士の姿。

 

「さて。……この程度の物量で、どこまでやれるでしょうか」

 

 

 

 コトリ、と。

 

 ティーカップをソーサーに置き、桜は手元のフォークで、季節のフルーツがふんだんに乗ったタルトを上品に切り分けた。

 

 サクサクとしたタルト生地の食感と、ベリーの甘酸っぱさが、舌の上で心地よく弾ける。

 

 

 美味しい。この店のケーキは、なかなかの味わいだ。

 

 血みどろの殺戮が繰り広げられている戦場を、安全な場所から見下ろす。

 

 それはまさに、虫かごの中に閉じ込められた哀れなアリたちの死闘を、拡大鏡で覗き込みながら観察しているような、絶対的な優位性に満ちた愉悦であった。

 

「……さあ、見せてくださいね。あなたのその無敵の暴力を」

 

 

 桜は、ケーキを頬張りながら、影の奥底で今か今かと出番を待つ自身の神へ意識を向けた。

 

 背後に顕現した黄金の法輪が、不気味な駆動音を立てて、微かに震えている。

 

 

 優雅なティータイムと、極限の殺戮。

 

 二つの全く異なる時間が交差する中、間桐桜の冷徹なる『実験』が、本格的に開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グルルルルルルルルルッ……!』

 

『ギャアァァァァァァァッ!!』

 

 

 空を埋め尽くす異形の烏の群れが、不快な羽音を立てて旋回する。

 

 地上では、巨大な狼、四つん這いの歪な人間のようなもの、無数の触手を蠢かせる蛇の群れが、波のように押し寄せてくる。

 

 

 数百、いや、刻一刻と空の「染み」から降り注ぐ増援を含めれば、その数はすでに千に届こうとしていた。

 

 現実世界の物理法則を無視した、虚数の残滓からなる幻獣の大群。それらが一斉に、城と、その前に立ち塞がる漆黒の巨人を呑み込まんと殺到する。

 

 

 

 

 だが。

 

 ギリシャ最大の英雄、ヘラクレスの目には、その悍ましい絶望の軍勢が、取るに足らない塵芥の群れにしか見えていなかった。

 

 

 

『ルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 

 赤く燃え上がる狂気の瞳が、眼前の獣たちを捉える。

 

 

 そして、彼は動いた。

 

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 

 ただの一歩。

 

 彼が大地を踏みしめただけで、凍りついていた中庭の地面がクレーターのように陥没し、凄まじい地鳴りが周囲一帯を揺るがした。

 

 飛びかかってきた数十頭の影の狼たちが、バーサーカーの巨体に触れることすらできず、その踏み込みの余波だけで空中でひしゃげ、黒い飛沫となって弾け飛ぶ。

 

 

 

 

 ズバァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!

 

 

 大気が圧縮され、局地的な暴風が巻き起こる。

 

 

 斧剣の軌跡上にいた百近い影の獣たちが、悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして上下に両断された。

 

 切り裂かれたというよりは、圧倒的な質量の壁に激突して『破裂』したという表現が正しい。獣たちはドロドロの黒い影に還元され、中庭の雪を汚しながら霧散していく。

 

 

 一騎当千。

 

 いや、一騎当万とすら言える、絶対的な暴力の権化。

 

 影の獣たちは、怯むという知能すら持ち合わせていないのか、次々とバーサーカーの巨体に群がり、その鋭い牙や爪、あるいは魔力を帯びた棘を突き立てようとする。

 

 

 空からは烏たちが、魔力の弾丸を雨霰と降らせる。

 

 

 

 ガキンッ! カキィィィンッ!!

 

 パチンッ、パチンッ、パチンッ!!

 

 

 だが、その全てが無意味だ。

 

 獣たちの爪牙は、バーサーカーの鋼のように硬化した赤黒い皮膚に触れた瞬間、安いガラス細工のようにあっけなく砕け散った。

 

 上空からの魔力弾も、彼の肉体を覆う不可視の呪い――『十二の試練(ゴッド・ハンド)』の概念防御を前に、ただの雨粒のように弾き返され、傷一つ、焦げ跡一つ残すことができない。

 

 

 

 当然だ。

 

 間桐桜という現代の魔術師が、虚数空間を用いて精製しただけの即席の使い魔。

 

 数こそ膨大であるが、その一体一体の戦闘能力は、高くない。平凡な魔術師であれば対処に手こずるかもしれないが、相手は神代の神秘を身に纏う大英雄である。

 

 

 彼にとって、この獣たちは「役不足」という言葉すら生温い。

 

 ただそこにある空気を振り払うのと同じ。完全なる無双。血肉の通わない殺戮劇が、広場で延々と繰り返されていた。

 

     

 

 

 

 

 

 

 

「……なんなのよ、これ」

 

 

 吹き飛んだ客間の窓辺から、眼下で繰り広げられる一方的な蹂躙劇を見下ろしながら。

 

 イリヤスフィールは、怒りよりも先に、強烈な『違和感』を抱いていた。

 

 

 

 バーサーカーの周囲を埋め尽くす影の獣たち。

 

 だが、それらの一部は、バーサーカーの迎撃を避けるように大きく迂回し、城の壁面を這い上がり、あるいは空から直接、マスターであるイリヤのいる窓際へと殺到してきていた。

 

 

 アインツベルン城を物理的に包囲し、制圧しようとするかのような進軍。

 

「下がっていてください!!」

 

 

 セラの鋭い声と共に、無数の白銀の糸が客間の空間に展開された。

 

 錬金術によって極限まで硬化されたその糸は、窓から侵入しようとした影の烏や蛇たちを、見えない刃となって次々と細切れに切断していく。

 

「フンッ!!」

 

 

 同時に、重装甲のハルバードを構えたリズが前線に立ち、大上段からの強烈な一撃で、壁を這い上がってきた巨大な影の蛙を、床ごと叩き潰して粉砕した。

 

 

 だが、イリヤ自身もただ守られているだけの脆弱なマスターではない。

 

 彼女は、自身の髪を媒体とした使い魔――『白き鳥(ツェレ)』を空中に数羽顕現させると、指先でタクトを振るうように優雅に指示を出した。

 

「鬱陶しいわね。堕ちなさい」

 

 

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 白き鳥が放つ高密度の魔力砲撃(オプティカルブラスト)が、空を覆う影の群れの一角を、完全に薙ぎ払った。

 

 断末魔すらなく、次々と消し飛ばされていく影の獣たち。

 

「……弱すぎるわ。いくらなんでも、お粗末すぎるわ」

 

 

 

 城を包囲する大群。見た目こそ悍ましく絶望的だが、その実態は驚くほど脆い。

 

 攻撃力、防御力、その全てが並以下。バーサーカーの攻撃を一撃も耐えられないのは当然として、イリヤの魔術でもあっさりと消し飛び、こちらには一切のダメージを与えることができていない。

 

 

(このレベルの大群を、なぜ私のお城に送り込んできたの? まさか、この程度の物量で、私とバーサーカーに勝てると思っているの?)

 

 

 イリヤの脳内で、相手のマスターの底の浅い戦略に対する軽蔑が膨れ上がる。

 

 聖杯戦争における戦略として、これは下の下だ。

 

 

 ただ頭数だけを用意した、ずさんで無意味な攻め。

 

 いくら万の軍勢を用意しようが、神代の神秘を纏う『究極の一』には絶対に傷一つ付けられない。それが、英霊という存在の理不尽さだ。

 

(……馬鹿みたい。こんな雑魚の処理に、私の時間を取らせるなんて)

 

 

 森は獣たちによって踏み荒らされ、美しい白亜の城の壁には黒い泥の汚れが付着していく。それが、アインツベルンの誇り高き姫君にとっては、何よりも許しがたい屈辱であった。

 

「バーサーカー!! 一匹残らずすり潰しなさい!! アインツベルンの庭を、これ以上その汚い泥で汚させないで!!」

 

 

 

 イリヤの苛烈な叫びが響く。

 

 城の防衛線ではメイドたちが魔術の弾幕を張り、中庭では狂戦士が巨大な斧剣で影を薙ぎ払う。

 

 

 圧倒的な質量と物量のぶつかり合い。

 

 だが、それはどこまで行っても、アインツベルン側の完全なる『消化試合』に過ぎないように見えた。

 

     

 

 

 

 

 

 

【記録:2004年2月4日 12時35分 / 場所:冬木市 新都・カフェ(個室)】

 

 静かなクラシック音楽が流れる、柔らかな暖炉の火に照らされた個室。

 

 外界の喧騒から完全に隔離されたその空間で。

 

「……ふふっ」

 

 

 ティーカップを優雅に傾けながら、薄く、酷薄な笑みを漏らす。

 

 使い魔の視界を通じて脳内に直接流れ込んでくるのは、猛り狂うギリシャの大英雄が、自身の放った数百の獣たちを、紙切れのように次々と引き裂いていく光景。

 

 

 城の窓辺では、イリヤスフィールやメイドたちが、必死に残敵の掃討を行っている。

 

「良いですね。さあ、そのまま退かずに、存分に戦って下さい」

 

 

 桜は、まるで盤上のチェスの駒が自分の思い通りに動くのを楽しむかのように、小さく呟いた。

 

 

 テーブルに置かれたケーキをフォークで切り分け、口に運ぶ。

 

 濃厚なカカオの香りと、上品な甘さが舌の上に広がる。

 

 なかなかの味わいだ。紅茶の渋みとよく合っている。

 

 

 

 

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 ドバァァァァァァンッ!!

 

 

 脳内で響き渡る、バーサーカーの絶大な破壊の音。

 

 彼が一度斧剣を振るうたびに、数十体以上の使い魔が一瞬にして消し飛び、虚数の残滓となって四散していく。

 

 

 

 

 

 ――ガコンッ。

 

 

 重々しく、そして確かな手応えを伴って、黄金の法輪が一つの目盛りを回す音が響いた。

 

「……やはり、凄まじい力ですね」

 

 

 桜は、ケーキを咀嚼しながら、冷徹な観測者の瞳でそのデータの推移を分析する。

 

「これだけの数をぶつけても、この次元の使い魔では、彼の肉体に傷一つ付きませんか。……まあ、当然の事ですけど」

 

 

 彼女の目的は、最初からこの使い魔たちでヘラクレスを倒すことなどではない。

 

 彼らは、殺されるためだけに生み出された存在。

 

 

 敵の攻撃の手数、筋力、魔力の波長、そしてあの概念防御の絶対性。

 

 それらの『手札』を限界まで引き出すための、極めて安価な「デコイ」であり「センサー」に過ぎない。

 

 

(さあ、ここからが本番です)

 

 

 桜は、冷たい瞳で個室の天井を見上げた。

 

 その視線は、遥か彼方、アインツベルンの中庭で咆哮する狂戦士を真っ直ぐに射抜く。

 

(退かずに。そのまま、最後の最後まで削り合ってください)

 

 

 カフェの柔らかいソファに身を沈めながら、桜は冷酷な指示(コマンド)を、影のネットワークを通じて森の全域へと送信し継続する。

 

 

 彼女には、この影たちを一体たりとも撤退させる気など、毛頭ない。

 

 

 彼女が仕組んだ『もう一つの目的』を果たすために。

 

 この獣たちは、あの中庭で、ヘラクレスの直接攻撃を受け、完全に粉砕されなければならないのだ。

 

     

 

五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。

  • 術式反転・赫
  • 対軍宝具
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