Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​   作:りー037

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【第十六章:優雅な午後のティータイム、怪物を炙り出す死骸のノイズ】

【記録:2004年2月4日 12時40分 / 場所:アインツベルン城 中庭】

 

 

『ルォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 バーサーカーの咆哮が響き渡る。

 

 彼の皮膚は、極度の興奮と運動量によって赤熱した鋼のように硬化し、全身から赤黒い魔力の蒸気を噴き出していた。

 

 周囲には、原型を留めないほどに叩き潰された影の残滓が、黒い染みとなって無数にこびりついている。

 

 

 だが、その時。

 

 残存していた数百の獣たちの動きが、一斉に、そして不気味に変化した。

 

 

 

 ピタリ、と。

 

 それまで無差別に攻撃を仕掛けていた獣たちが動きを止め、一瞬の静寂の後。

 

 彼らは牙を剥くことも、爪を立てることもやめ、ただただ、バーサーカーの巨大な肉体に向かって『群がり』始めたのだ。

 

 

 

 巨大な狼や蛙が、その四肢を使ってバーサーカーの足や腕にすがりつく。

 

 無数の蛇の触手が、鞭のように振るわれて彼の胴体に幾重にも巻きつく。

 

 空中の烏たちが、弾丸を撃つのをやめ、自らの肉体を矢のようにして、バーサーカーの顔面や肩へと次々に突進し、へばりついていく。

 

 

 ダメージを与えるためではない。

 

「な、何よアイツら……!」

 

 

 窓辺のイリヤが、その異様な光景に声を上げた。

 

 バーサーカーの巨体が、完全に黒い影の獣たちによって覆い尽くされ、巨大な泥の塊のように膨れ上がっていく。

 

 

 だが、その程度の拘束で止められる存在ではない。

 

 彼は鬱陶しそうに腕を振り上げ、巻きついた影の獣たちごと、自らの筋肉の力だけで引きちぎろうと力を込めた。

 

 

 

 

 その、直後。

 

 

 ――ギュルンッ!!

 

 バーサーカーに巻きついていた全ての影の獣たちの肉体が、極限まで内側へと収縮し、限界を超えた高密度の魔力を帯びて発光し始める。

 

「っ……! バーサーカー!!」

 

 

 

 自身の器そのものを、臨界点まで圧縮し、対象に密着した状態で強制的に崩壊させる。

 

 それは、最弱の使い魔が放つことができる、唯一にして最大の破壊手段。

 

 

 

『――――ァァァァァァァァァァッ!!』

 

 

 

 影の獣たちが、一斉に自爆に近い、超圧縮爆発を敢行した。

 

 

 

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 周囲の雪が一瞬にして蒸発し、分厚い石畳の地面が数十メートルにわたって完全に吹き飛ぶ。

 

「バーサーカー……!!」

 

 

 もうもうと立ち込める真っ黒な煙と、舞い散る粉雪。

 

 イリヤは、吹き飛ばされそうになる身体を必死に支えながら、爆心地へと視線を凝らした。

 

 

 

 

 煙が晴れた後、そこにあったのは。

 

 

 

『……ルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 全くの無傷。

 

 焦げ跡一つ、血の一滴すら流すことなく、悠然と立ち尽くす、ギリシャ最強の大英雄の姿であった。

 

 

 そして自爆しきれずに周囲を飛び回っていた残りの影たちへ向けて、トドメとばかりに、全身の筋力を躍動させて巨大な斧剣を振り抜く。

 

 

 

 

 ズバァァァァァァァァァァンッ!!!!

 

 

 圧倒的な暴風の刃が、広場を駆け抜ける。

 

 残っていた影の獣たちは、紙屑のように無惨に引き裂かれ、絶叫を上げる間もなく完全にドロドロの液体へと還る。

 

 

 

 中庭に、再び静寂が戻る。

 

 影の使い魔たちは、全滅した。

 

 バーサーカーを翻弄し、マスターの体力と魔力を削ることはできたが、最終的には大英雄の圧倒的な暴力の前に、何の成果も上げることなく粉砕されたのだ。

 

 

「……ふんっ。当然の結果ね」

 

 

 イリヤは、ホッと息を吐き出し、誇らしげに胸を張った。

 

 どんな奇策を使おうと、どんなに数を揃えようと、彼女のバーサーカーは絶対に敗北しない。

 

 

 その絶対的な法則が、再び証明されただけのこと。

 

 

 だが。

 

 彼女は、気づいていなかった。

 

 自爆特攻と、バーサーカーの斧剣による両断。

 

 

 それによって完全に消滅したはずの影の獣たちが。

 

 中庭の全域に、広範囲にわたって、ドロドロとした『大量の黒い泥』を撒き散らし、それがアインツベルンの白亜の雪と大地に、深く、深く染み込んでいるという事実に。

 

 

 それは、ただの死骸ではない。

 

 捕食者が仕組んだ、死よりなお恐ろしい、見えない『猛毒』の浸透である。

 

 

 

 

 

 

 

 

【記録:2004年2月4日 12時45分 / 場所:冬木市 新都・カフェ(個室)】

 

 

 雪原が、ドロドロの黒に染まっていく光景。

 

 脳髄の裏側に直接流れ込んでくるその凄惨なフィードバックを味わう。

 

「……ふふっ。見事な蹂躙です。やはり大英雄の暴力は、見ていて飽きませんね」

 

 

 カフェの柔らかなソファに背中を預け、桜は心底満足げに、甘く蕩けるような笑みで唇を歪めた。

 

 視界の端、使い魔の最後に残った機能が網膜に焼き付けたのは、自身の放った数百の「影の獣」たちが、大英雄の圧倒的な膂力と神速の斧剣によって、文字通りチリ一つ残さず粉砕され、全滅したという確かな事実。

 

 

 

 敗北。完全なる戦力の喪失。

 

 だが、桜の瞳に宿っているのは、敗北の悔しさなどでは断じてない。

 

 彼女が欲していた『真の成果』を確実に手中に収めたという、冷徹な歓喜。

 

 

 桜は、ティーカップをソーサーに置き、冷たい瞳で個室の豪奢な天井を見上げる。

 

 彼女の意識は、物理的な距離を超越し、数キロメートル離れたアインツベルンの森、その地脈の奥底へと、彼女の神経網はべったりと張り付いている。

 

(使い魔を使った、『適応の肩代わり』)

 

 

 影の獣たちが無惨に破壊され、自爆し、爆散したこと。

 

 それによって、城の中庭から森の広範囲にかけて、虚数に溶かされた生物の因子――そのドロドロとした黒い残滓が、べっとりと撒き散らされた。

 

 

 それらは、ヘラクレスの剣圧や爆風によって「物理的」には消滅したかのように見えた。だが、「呪術的」な意味合いにおいては、全く消滅などしていない。

 

 術式の起点となる使い魔の因子をバラまくことで、周囲に呪いのようなノイズを、森全体に強制的に浸透させていく。

 

 

 潰されれば潰されるほど。彼らが死ねば死ぬほど。

 

 虚数の残滓が、霊脈の汚染物質としてアインツベルンの陣地に滞留していく。

 

 

 これは、単なる嫌がらせではない。

 

(あれは、アインツベルンの神聖な陣地に永続的なノイズと呪いを撒き散らし続ける『見えない発信機(ビーコン)』であり、同時に、内側から腐らせる『猛毒』)

 

 

 桜の背後に顕現した黄金の法輪が、静かに、しかし力強く明滅している。

 

 撒き散らされた無数のビーコンから、絶え間なくデータが送られてくる。大気中の魔力濃度、ヘラクレスの踏み込みによる地脈への負荷、彼の肉体から発せられる神代の魔力の波長。

 

 

 バーサーカーのシステムの解析と、敵の本拠地への『呪いの楔』の打ち込み。

 

 それこそが、桜が数百の使い魔を犠牲にしてまで完遂したかった、真の第一手。

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、あの影の獣たちが極端に弱いのは、当然のこと。

 

 

 あれらは、敵を倒すために精製された戦闘兵器ではない。「やられるためだけ」に存在する、完全なる使い捨て。

 

 殺されること、無惨に散ることこそが、あの獣たちの真価と言っても過言ではない。

 

 

 

 戦闘能力への期待などない。求めたのは、質ではなく、圧倒的な「数」。

 

 敵の手札を、限界まで引き出すために存在する捨て駒。それが、間桐桜という魔術師が、己の神を育成するための最適解を模索したゆえに辿り着いた、最も冷酷な答えであった。

 

 

 

 製造方法も、特別に高度で難しい魔術を要するわけではない。

 

 ただ、現実の動物――狼、カラス、ネズミ、時には山林に棲む大型の獣などを生け捕りにし、自身の『虚数空間』の奥底へと生きたまま叩き落とす。

 

 

 影の中で溶かし、その遺伝子情報を強制的に抜き取り、抽出する。

 

 それらの生物的因子を、虚数の影と混ぜ合わせ、魔力で編み上げることで、現実感の欠落した虚数属性を帯びた「影の使い魔」を際限なく量産することができる。

 

 

 ただの動物の遺伝子から生成されているため、個体の戦闘能力が低いのは当然だ。込める魔力も、最低限の「動く」レベルにまで意図的に絞り込んでいる。

 

(聖杯戦争に備えて。……元々のストックに加えて、儀式が始まる一ヶ月前から、コツコツと動物たちを集めて、その遺伝子情報を抽出する作業を続けてきたのですが)

 

 

 

 桜は、少しだけ残念そうに、小さく息を吐いた。

 

 

 深夜の日本を徘徊し、公園や山林に罠を張り、静かに命を刈り取る地道な作業。

 

 今日この時のために、万全を期して集め、虚数の海に沈めておいた「命のストック」が、先ほどのヘラクレスの蹂躙によって、完全に底をついてしまった。

 

(やはり、神話のバーサーカー。あの絶対的な暴力によって出力される情報の量も、神秘の密度も、半端ではありませんね)

 

 

 

 

 

 ガコンッ。

 

 背後の法輪が、ひときわ重い音を立てて、時計回りに回転する。

 

「戦争に備えて、あれだけたくさん蓄えたのに。たった数分で、もうなくなってしまいました」

 

 

 桜は、まるで買い置きしていたお菓子が切れてしまったかのような、日常的で軽い口調で呟く。

 

「理不尽ですね。……ですが」

 

 

 一ヶ月という時間をかけて掻き集めた、命のストック。それが一瞬で塵となったとしても。

 

 ギリシャ神話における最高峰の英霊、その能力の根源となるデータを丸裸にできたのだとすれば。

 

(使い魔の全滅すら、『極めて安い必要経費』でしかない)

 

 

 

 命の重さなど、彼女のシステムの前にあっては、単なる数字の羅列に過ぎない。

     

「……まだ、完全な解析とは言えませんので。そろそろ、次へ行きましょうか」

 

 

 静かな動作で右手を伸ばし、テーブルの端に置かれていた小さなコールベルのボタンを、チリン、と押し込む。

 

 

 桜は再び意識を深淵へと沈め、法輪から送られてくる最終的な解析データを脳内で反芻する。

 

(ヘラクレスの宝具。……その概要は、概ね理解しました)

 

 

 それは、ただの頑強な皮膚ではない。Bランク以下のいかなる物理・魔術の攻撃をも完全に無効化する絶対の概念防御。

 

 

 そして何より恐ろしい、その奥底に秘められた、蘇生。

 

 大英雄の肉体には、かつて彼が成し遂げた偉業の証として、十一度の蘇生――すなわち、彼自身の命とは別に、『ストックされた命』が十二個分、その魂に直付けされている。

 

 

 一度殺しても、死なない。

 

 二度殺しても、三度殺しても、傷を完全に癒して蘇り、さらに一度受けた攻撃に対する耐性を獲得して迫ってくる。

 

 

 理不尽という言葉すら生温い、まさに神々の領域にある不死身の怪物。

 

(確かに、圧倒的な力です。絶望以外の何物でもない)

 

 

 桜の唇に、薄く、妖艶な笑みが浮かぶ。

 

(まあ。私達が相手でなければ、の話ですが)

 

 

 

 コンコン。

 

 静かなノックの音と共に、個室のドアがゆっくりと開かれた。

 

「失礼いたします。お呼びでしょうか?」

 

 

 先ほどと同じ、丁寧な物腰のウェイトレスが、柔らかな微笑みを浮かべて姿を現す。

 

「ええ。すみません、追加のケーキをお願いしたくて」

 

 

 桜は、完璧な、年相応の愛らしい微笑みを浮かべてメニュー表を指差した。

 

「こちらの、イチゴのショートケーキを一つ。それと、紅茶のお湯の継ぎ足しをお願いできますか?」

 

「かしこまりました。すぐにお持ちいたしますね」

 

 

 再び、密室に完全な静寂が降り立った。

 

 桜は、空になったティーカップを見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

 コートの裾が揺れ、彼女の足元に広がる影が、獲物を前にした獣のように、ドロドロと濃密な闇を深めていく。

 

(さて、第二ラウンド!)

 

 

 彼女の脳内で、歓喜と殺戮のゴングが鳴り響く。

 

「お会計はまだ……」

 

 

 間桐桜は、誰もいない個室の中で。

 

 背後の法輪を激しく回転させながら、最高に狂っている、最高に美しい笑みを浮かべて宣告した。

 

「メインディッシュは、これからですからね」

 

 

 アインツベルンの雪原に、間桐桜の愛する『神』が、その真の絶望の姿を現すまでのカウントダウンが、徐々に近づいていた。

 

 

五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。

  • 術式反転・赫
  • 対軍宝具
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