Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く 作:りー037
もう一つ投稿。今回は回想になります。
感想、評価ありがとうございます。
【記録:―― / 場所:記憶の深淵・英国時計塔】
ダージリンの芳醇な香りと共に、桜の脳裏に、かつて過ごしたロンドンでの日々――魔術協会の最高学府『時計塔』での記憶が、ふわりと蘇ってきた。
いわば、彼女の幼馴染とも言える男の子。フラット・エスカルドス。
桜は、ティーカップの縁を指でなぞりながら、目を細めた。
灰色の雲に覆われたロンドンの空。古めかしい石造りの学舎。インクと古い羊皮紙の匂いが染み付いた、エルメロイ教室。
「いや……本当に、懐かしいですね」
思わず、微かな苦笑が口からこぼれた。
子供の頃、彼とは色々とやらかしたものだ。その度に、胃を痛めたロード・エルメロイⅡ世に雷を落とされ、莫大な始末書を書かせ、多大な迷惑をかけてしまった。
だが、あの日々は、間桐の呪縛から解放された後の彼女にとって、間違いなく「楽しかった」と呼べる、鮮やかな色彩を持った時間であった。
フラット・エスカルドス。
彼は、時計塔においても桁外れの『問題児』であった。
魔術の歴史において積み上げられてきた緻密な理論や、何百年もかけて証明されてきた大前提となる議論。それらの途中の数式を全てすっ飛ばし、直感だけで結果を、導き出してしまう、規格外の天才。
誰が呼んだか、『天恵の忌み子』。
彼は昔から、異常なほどに好奇心が旺盛だった。
様々な魔術理論や、他学科の秘匿された術式に興味を持ち、ちょっと見ただけでそれを「こんな感じかな?」と解析し、あっさりと再現しては――そして高確率で、大暴走させていた。
『ごっめーん先生! ちょっと火力が強すぎたみたい!』
悪びれもせず、底抜けに明るい笑顔でそう言い放つフラットの背後で、エルメロイ教室の壁の一部が派手に吹き飛んでいた光景は、一度や二度ではない。
その度に、エルメロイⅡ世は頭を抱え、胃薬を水なしで飲み込みながら絶叫していた。
桜自身もまた、虚数の術式の制御を誤り、教室の床の一部を影の海に沈めて消失させてしまったことが何度もある。
その度に、先生から同じく「お前たちは私の胃を殺す気か!」と怒られていた。
怒られる毎日。
問題児二人。
そこに、奇妙な『親近感』が芽生えるのは、必然だったのかもしれない。
何より。
桜にとってフラットが特別だったのは、彼が「桜の内側にいる、人ならざるモノ」を看破しつつも、全く態度を変えなかったからだ。
虚数の底に棲み着いた異形の神。
魔虚羅という存在の異質さは、魔術師であればあるほど、その深淵を覗き込んでしまい、本能的な恐怖を覚えるものだ。
特異な存在であるがゆえに、忌避され、恐怖されることの方が圧倒的に多い。義理の兄でさえ、その惨めな命を落とす最期の瞬間まで、桜を「得体の知れない化物」として恐れ、怯えきっていたのだ。
だが、目の前の少年は違った。
『すっごいや、桜ちゃん! 君の影の中、どうなってるの!? 宇宙!? ねぇねぇ、今ちらっと見えたの、すっごく強そうな剣を持ってたよね!?』
恐怖することなく。忌避することなく。そして、過剰に畏怖することもなく。
フラット・エスカルドスは、純粋な子供が新しいおもちゃを見つけたようなキラキラとした目で、桜の影を覗き込んできたのだ。
自分の内側に眠る存在を見て、「すごい、すごい!」と無邪気にはしゃぐ彼を見て。
桜は、不思議と悪い気はしなかった。
恐れられることに慣れきっていた彼女の心に、フラットのその底抜けの無邪気さは、温かい春の風のように吹き込んでいたのだ。
『なんかさ、君とはすっごく親近感があるんだよね!なんでかな??』
彼もまた、自分に対してそう言ってくれた。
毎日エルメロイ先生に揃って怒られている同志だからだろうか。それとも、互いに常人には理解し得ない「異端」を持っているという、魂のレベルでの共鳴だったのだろうか。
それは不明だが、少年と少女は、割と気が合ったのだ。
そこからの時計塔での日々は、まさに『怒涛』の一言に尽きた。
極大の問題児二人を上から押さえつけ、なんとかまともな魔術師に育て上げようと奮闘するエルメロイⅡ世の心労は、察するに余りある。
フラット・エスカルドスは、再三言うが、極大の問題児である。
彼は様々な術式を見ては解析し、再現するだけにはとどまらなかった。
『ねえ桜ちゃん、植物の成長促進の術式と、呪詛の腐敗の術式を同時に起動させたら、永久機関みたいにならないかな?』
複数の魔術基盤を、強引に掛け合わせる独自の体系。
本来、異なる学科の魔術基盤は、水と油のように反発し合い、決して交わることはない。それを強引に混ぜ合わせようとすれば、術者自身の魔術回路がショートし、破滅的な爆発を引き起こすのがオチである。
だがフラットは、その圧倒的な直感で、本来なら成立し得ない術式すらも、一瞬の間に空中で構築してのけてしまう。
しかし、やはり無理を通した代償として、何らかの強烈な副作用や魔力の暴走は、常に付き纏っていた。
あと数秒で、巨大な魔力爆発が起きて学舎が一つ吹き飛ぶ――。
そんな、彼のストッパーが外れた絶対絶命の瞬間。
そこで前に出るのは、いつも間桐桜の役目であった。
「――ええ。私が、後始末をしますから」
どんなに混沌とした術式だろうと。どんなに制御不能に陥った暴走魔力だろうと。
爆発して外界に被害が出るその瞬間に、自身の『虚数』へと沈めて、なかったことにしてしまえばいい。
この「完全なるゴミ箱(セーフティネット)」の存在によって、フラット・エスカルドスは、一切の遠慮も、失敗への恐怖もなく、あらゆる基盤を掛け合わせては混ぜるという、禁忌の実験(遊び)に没頭するようになった。
降霊、植物、動物、呪詛、天体、鉱石、創造。
あらゆる系統が混ざり合い、弾け飛ぶ、まさに混沌(カオス)。
その圧倒的な才能の暴力的な出力に、桜もまた感染したように手を叩いて笑っていた。
フラット・エスカルドスが、ぐちゃぐちゃで、本来成立し得ない術式の塊を組む。
間桐桜が、それを自らの影のどん底へと落とし込み、外部に一切の影響を与えないように呑み下す。
そして、全てが終わった後、ロード・エルメロイⅡ世が胃を押さえて床に倒れ伏す。
三者三様。
得しかない、完璧なWin-Winの関係が、そこに築き上げられていた。
だが。間桐桜という魔術師が真に恐ろしいのは、ここからである。
フラットが組み上げ、桜が影に呑み込ませた、幾千、幾万もの「混沌とした魔術体系」。
ただ影の底で消滅させたわけではない。
彼女の影の深淵に潜む、八握剣異戒神将・魔虚羅。
彼は、落ちてきたそのデタラメな術式の塊を全て喰らい、様々な法則や情報のバグを蓄積し、そして『適応』していったのだ。
あらゆる事象を解析し、適応する者。
フラットの生み出した無数の術式の解析情報は、桜の影の中に、膨大な『情報の海』として滞留していった。
桜は、ある日気づいたのだ。
(……この解析結果を、逆算すれば)
魔虚羅という存在は、適応を完了した際、相手の術式や概念を無効化するための『理』を自らの中に構築する。
桜は、主としてのパスを通じて、魔虚羅が構築したその「適応のプロセス」を、頭から尻尾へと遡るように解析(リバース・エンジニアリング)した。
天才・フラットが直感で組み上げたデタラメな数式。
それを、魔虚羅が完璧な論理として解き明かした解答用紙。
桜は、その「解答用紙」を読み解き、自らの『虚数魔術』の中に、他学科の複雑な魔術体系を次々と組み込んでいったのだ。
魂の残滓や想念を扱う、降霊科(ユリフィス)。
生物の遺伝子や肉体構造を弄る、動物科(キメラ)。
生命の成長と循環の法則を操る、植物科(ユミナ)。
そして、怨念や悪意を魔力変換する、呪詛科(ジグマリエ)。
本来であれば、これら複数学科の魔術体系の術式を理解し、解析し、自身の一つの魔術として体系化するなど、天才と呼ばれる者であっても気が遠くなるほどの膨大な時間を必要とする。
一生をかけても、たどり着けるか分からない領域。
だが。
複数の体系を強引につぎはぎにして成立させる、『天才』の直感。
そして、あらゆる事象を完璧に読み解く、『適応の極致』の演算。
桜は、魔虚羅を究極の「術式解析のスーパーコンピュータ」として経由させ、フラットのデタラメな術式を完璧な理論へと変換させた。
その適応プロセスを遡り、逆算し、ダウンロードすることで。
彼女は極めて容易に、自身の魔術回路の内に、複数の混沌とした魔術基盤を破綻なく刻みつけることに成功したのである。
降霊の魂と、動物の肉を、植物の法則で育て、呪詛の毒で満たす。
それら、全てを許容する「虚数」の海でつぎはぎにし、強引に成立させ、完成した術式群。
世界でただ一人、間桐桜だけが到達した、彼女だけの異常な虚数。
それは、時計塔の二人の問題児と、内なる神が結託した、魔術世界の理に対する極悪なハッキングの結晶であった。
ふと、桜の脳裏に、そんな眩いばかりの思い出の光景が、一枚の絵画のように想起される。
「すっごい術式ができちゃった!」と100点満点の満面の笑みでハチャメチャな魔術式を掲げるフラット。
その隣で、そのデタラメな数式を「ガコン」と法輪を回して最高にスマートな正解へと解き明かし、満足げに胸を張っている(ように見える)白き巨人・魔虚羅。
そして、完璧な解答用紙を胸に抱き、「ふふ、ありがとうございます」と上品に微笑む自分。
エルメロイ教室の片隅で、ロードの胃を極限まで追い詰めながら、キラキラとした無邪気な連帯感で並んでニコニコと笑い合っている、二人と一体の奇妙で、どうしようもなくハッピーな幻影。
それは、魔術の歴史を足蹴にした、世界で最も贅沢で不条理な『お勉強の時間』の記憶だった。
(……ええ。本当に――)
桜は、胸の奥から湧き上がるキラキラとした満足感と共に、心の中でそっと、あの懐かしい教育CMのようなフレーズを無邪気に呟く。
【やっててよかった、エルメロイ教室】
【記録:2004年2月5日 12時55分 / 場所:冬木市 新都・カフェ(個室)】
「……ふふっ」
ショートケーキの最後のイチゴを飲み込みながら、桜は懐かしくも誇らしい思い出の余韻に、深く身を浸していた。
ロンドンでの日々。破天荒な幼馴染。頭を抱える恩師。
全てが、今の自分を形作る、愛おしい欠片たち。
だが。
――ガコンッ。
個室の空間に響き渡った、ひときわ重厚な法輪の駆動音。
その音によって、桜の意識は甘い過去の海から、冷徹な殺戮の現実へと一瞬にして浮上した。
(……終わりましたね)
桜は、使い魔の視界の先に意識をフォーカスする。
赤黒いドーム状の結界の中。
大英雄ヘラクレスは、全身を縛る圧倒的な呪いと重圧の枷に抗いながら、ついに最後の力を振り絞り、咆哮と共に斧剣を薙ぎ払った。
神気を帯びた絶大な剣風が、空間に充満していた毒のゴースト群を、完全に薙ぎ払い、消滅させる光景。
だが、その一撃を放った直後。
ヘラクレスの巨体もまた、限界を迎えたように膝を突き、その赤熱していた皮膚から急速に生命の光が失われていくのを、桜ははっきりと観測した。
命のストックが、削り取られた音。
毒による魂の融解と、呪いによるリソースの枯渇。それらが、ついに十二の試練の一つを確実に「殺し切った」のだ。
「そろそろ……第2ラウンドも、終了ですかね」
桜は、ティーカップに残っていた最後の一滴を飲み干すと、静かに立ち上がった。
使い魔としての役割を終えた鴉の視界が、プツン、と音を立てて完全に途絶える。
データ収集、完了。
敵の戦力、地形、防御の概念、そして蘇生の理。
その全てが、桜の背後の『黄金の法輪』へと完全にインストールされ、適応が完了した。
桜は、コートを羽織り、テーブルの端に置かれた小さなベルに手を伸ばした。
チリン、と。
澄んだ音が、個室に鳴り響く。
「……お会計、お願いします」
ドア越しに返事をする店員の声を聞きながら。
間桐桜は、静かに、そして楽しげに目を細めた。
さあ、前座は全て終わった。
残るは、毒に侵され、弱り果てた大英雄の心臓を、自らの神の腕で直接えぐり出すだけの、甘美な作業。
アインツベルンの森へ向かうべく、彼女は静かに歩み出した。
舞台の終焉は、もう間近に迫っている。
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評価 100
読んでくれた皆さんありがとうございます。
特に評価が、100越えたのはビックリしましたね笑
いやぁ、よかったよかった。
ヘラクレス攻略は折り返しです。
頑張ります~
五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。
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術式反転・赫
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対軍宝具