Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く 作:りー037
地下室の凍てつく空気が、ピシ、ピシと音を立ててひび割れていくような錯覚。
狂戦士ヘラクレスの上半身が、血の一滴すら残さずに空間から削り取られ、下半身だけの異様な残骸となって崩れ落ちた直後。
静寂は、しかし永遠には続かなかった。
――ドクンッ。
イリヤスフィールの胸の奥深く、魔術回路の根源たる小聖杯の奥底で、極太のパスを通じて強烈な鼓動が跳ねた。
それは、大英雄の魂の底から沸き上がる、決して消えることのない闘志と、理不尽な呪いに対する根源的な反逆の意志。
「……ッ!!」
崩れ落ちたヘラクレスの切断面から、ドス黒い呪いを強引に蒸発させるほどの、眩いばかりの赤黒い光が爆発的に噴出した。
肉を編み、骨を束ね、霊器を強制的に再構築する神の呪い。
たった一撃で六つもの命を同時に吹き飛ばされるという、概念の崩壊にも等しい絶対的な死を強制されながらも。
ギリシャ最強の英雄は、残された命のストックを燃やし、その喪失の深淵から這い上がってきたのだ。
「バーサーカー!!!」
恐怖と絶望で凍りついていたイリヤスフィールが、肺の底から悲鳴のような呼び声を上げた。
その声に応えるように、蘇生を完了した狂戦士は、これまでで最も巨大で、最も激烈な咆哮を叩きつけた。
『ルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』
音波が物理的な破壊力を持って地下室の壁を叩き割り、巻き上がる土煙を完全に吹き飛ばす。
ヘラクレスは、一切の躊躇なく、目の前に佇む白亜の巨人――八握剣異戒神将・魔虚羅へと向かって、弾丸のごとく踏み込んだ。
神域のインファイトが、幕を開ける。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!
巨大な斧剣が、魔虚羅の頭部を叩き割るべく、音速を遥かに超えて振り下ろされる。
対する魔虚羅は、一切の感情を交えることなく、右腕に括り付けられた退魔の剣を斜め上に跳ね上げ、その絶大なる一撃を正面から迎え撃った。
激突。
神代の神秘を宿した重厚な岩塊と、正のエネルギーを超圧縮した退魔の刃が交差した瞬間、両者の間に極大の衝撃波が発生する。
純粋な『筋力』のぶつかり合い。
驚くべきことに、その拮抗状態において、微かに押し負けていたのはヘラクレスの方であった。
狂化によって極限まで引き上げられた大英雄の膂力を、神将の純粋な出力が上回っている。
ミリ、ミリと、ヘラクレスの巨大な腕の筋肉が悲鳴を上げ、斧剣が押し返されそうになる。
だが。
ヘラクレスはただ力任せに武器を振るうだけの獣ではない。彼の本質は、世界最高峰の武練を誇る武芸者である。
力で劣ると本能で悟った瞬間、彼は斧剣に込めていた力をふっと抜き、魔虚羅の剣の軌跡を滑らせるようにして受け流した。
そして、前のめりに体勢を崩しかけた魔虚羅の懐へと、巨体に似合わぬ神速のステップで潜り込む。
『オォォォッ!』
斧剣の柄で魔虚羅の顎をカチ上げ、怯んだ隙に、鋼のような右膝を巨人の腹部へと深々と突き立てた。
メキョッ!という、異形の骨が砕ける生々しい音が響き渡る。
ヘラクレスは追撃の手を緩めない。体を回転させ、遠心力を乗せた斧剣の横凪ぎを、魔虚羅の胴体へと叩き込んだ。
ズガンッ!!!
強烈な一撃をまともに食らい、魔虚羅の白亜の巨体が弾き飛ばされ、地下室の分厚い石壁を何枚も貫通しながら吹き飛んでいく。
「い、いける……! バーサーカーの技量の方が、ずっと上……!」
瓦礫の陰からその攻防を見守っていたイリヤの瞳に、微かな希望の光が宿る。
確かに、あの怪物の右腕の剣は異常だ。触れれば一瞬で肉体を消滅させるだけの絶対的な死の気配を放っている。
ヘラクレス自身もそれを本能で完全に理解しており、先ほど自身の上半身を消し飛ばした『退魔の剣』の軌跡だけは、超絶的な体捌きでことごとく回避し続けている。
筋力と異常性では怪物が上。
だが、千日手の武練、戦闘における『技量』においては、間違いなくヘラクレスが圧倒している。
このまま致命傷となる剣撃さえ避ければ、必ず勝機はある。
そう、イリヤが確信した、その直後。
――ガコンッ。
粉砕された壁の奥。もうもうと立ち込める土煙の中から、空間そのものを震わせるような、ひどく重厚で不吉な駆動音が鳴り響いた。
魔虚羅の背後に浮かぶ、黄金の法輪。それが、ゆっくりと、しかし確実に回転したのだ。
「……え?」
土煙が晴れる。
そこには、ヘラクレスの痛撃を食らい、腹部と胴体を大きく陥没させたはずの魔虚羅が、無傷で立っていた。
否、傷が癒えただけではない。
その体から放たれる威圧感が、先ほどとは明確に異質に変異している。
ズンッ、と。
魔虚羅が再び、音を置き去りにして距離を詰めてくる。
ヘラクレスは先ほどと同じように、強烈な斧剣の斬り下ろしで迎撃しようとした。
だが。
魔虚羅は、それを力で受け止めることはしなかった。
ヘラクレスが先ほど見せたのと同じように。絶妙な角度で退魔の剣を滑らせ、斧剣の軌跡を完全に受け流してみせたのだ。
(なっ……!?)
完全に体勢を崩されたヘラクレス。
その巨大な胴体が無防備に晒された瞬間、魔虚羅は空いた左手で、ヘラクレスの右腕を内側から絡め取るようにして強引に拘束した。
『ルォォォォォォォォッ!!』
ヘラクレスが拘束を振りほどこうと筋肉を隆起させるが、純粋な筋力で勝る巨人のホールドは微動だにしない。
逃げ場を失った大英雄の眼前に。
極限まで圧縮された正のエネルギーを放つ、退魔の剣が突きつけられた。
ジュワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
先ほどと同じ、肉と霊器が根源から否定され、蒸発するおぞましい音。
退魔の剣がヘラクレスの胸板のど真ん中を貫き、その巨大な背中から強烈な光の奔流となって抜け出た。
「あ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
イリヤスフィールの全身の回路が、千切れるような激痛に悲鳴を上げた。
ヘラクレスの肉体が、再び内側から光となって弾け飛び、跡形もなく消滅する。
五、四、三――。
またしても、命のストックが複数削り取られる感覚。
先ほどの六つとまではいかないが、それでもたった一度の刺突で、ヘラクレスの命が『二つ』同時に完全に消し飛ばされた。
残機は、残り三。
「なんで……なんでよッ!!?」
イリヤは、頭を抱え、石の床に膝を突きながら絶叫した。
なぜ、こんなにも一瞬で残機が複数削られるのか。
彼女には、その理屈が全く分からない。
目の前の怪物の剣が強力であることは理解できる。あれは間違いなく、何らかの特異な概念を持った宝具の一撃だ。
だが、それでも。あの理不尽なまでの破壊力は、ヘラクレスの命を一度に複数刈り取るほどの『純粋な火力』にはどうしても見えない。
魔力的な出力だけで言えば、聖剣の足元にも及ばないはずだ。
それなのに、なぜ『ゴッド・ハンド』の概念防壁はいとも容易く貫通され、命のストックへの延焼を許しているのか。
何が起きているのか分からない。未知のシステムによる絶対的な蹂躙。
その理解不能な現象に対する恐怖と焦燥が、イリヤの精神を急激に摩耗させていく。
ヘラクレスを再び粉砕した魔虚羅の顔が、ゆっくりとイリヤの方へと向けられた。
次はお前だ、と言わんばかりに。
巨人がイリヤへと歩みを進めようとした刹那。
『ルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』
空間を埋め尽くすほどの莫大な魔力の蒸気と共に、ヘラクレスが三度目の蘇生を果たし、魔虚羅の側頭部へと怒りの拳を叩き込んだ。
ドゴォォォォォォンッ!!
不意の一撃を食らい、魔虚羅の巨体が反対側の壁へと激突する。
だが、魔虚羅は空中で即座に体勢を立て直し、壁を蹴って再び弾丸のようにヘラクレスへと肉薄した。
退魔の剣による、死の横薙ぎ。
しかし、ヘラクレスはそれを斧剣で受け止める前に、バックステップで大きく飛び退き、間合いを外れる。
ヘラクレスもまた、ただやられているわけではない。
(……バーサーカーだって……!)
大英雄の肉体にも微かな変化が生じていた。
呪いによる一度の死。
退魔の剣の初撃による六度の死。
そして先ほどの刺突による二度の死。
合計で八度。彼はあの『正のエネルギー』によってその命を刈り取られた。
十二の試練の真骨頂は、蘇生だけではない。
『一度受けた攻撃に対する耐性を獲得し、無効化する』という概念の鎧。
八度も同じ属性の攻撃で殺されたことで、ヘラクレスの強靭な肉体は、退魔の剣が放つ光のエネルギーに対して、急激に極限の『耐性』を獲得しつつあった。
彼の赤黒い皮膚が、まるで鏡面のように硬質化し、正のエネルギーを弾き返すための専用の装甲へと変異していく。
――ガコンッ。
その希望を、再び絶望の駆動音が叩き潰す。
魔虚羅の背後の法輪が、更なる回転を見せる。
解析完了。適応完了。
魔虚羅の右腕の剣が、それまでとは比較にならないほど強烈な、網膜を焼くような白銀の輝きを放ち始める。
相手が耐性を獲得するというのなら。
こちらは、その耐性という概念そのものを上から叩き潰すための、新たな『特攻』を獲得するまで。
それが、あらゆる事象に適応する神の絶対法則。
『…………』
盾(耐性)と、適応(矛)。
互いの理不尽なシステムが極限まで高まり合った状態。
ヘラクレスが、己の全てを乗せた一撃を放つべく、床を蹴って前へと出る。
魔虚羅もまた、必殺の輝きを増した剣を構え、迎え撃つべく前へと踏み出す。
両者の巨体が交差し、斧剣と退魔の剣が激突しようとした、その時。
地下室の床に伸びていた、互いの巨大な『影』が重なり合った。
いや。
重なった魔虚羅の影が、不自然にブクブクと泡立ち、まるで底なしの泥沼のように変異したのだ。
「え……?」
イリヤが違和感に気づいた時には、もう遅い。
最高速で踏み込んだヘラクレスの右足が、その影の沼へとズブズブと飲み込まれ、絡め取られる。
神域のインファイトにおける、足元の喪失。
それは、絶対的な死を意味する致命的な『隙』。
一瞬、ヘラクレスの巨体が前へと大きく崩れた。
その無防備な首筋へと向かって。
適応を完了し、絶対的な特攻の輝きを纏った退魔の剣が、雷光のような速度で直撃する。
閃光。
そして、全てを無に帰す轟音。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの、時が止まる。
彼女の視界の中で、ヘラクレスの頭部から左肩にかけての巨大な質量が、一瞬にして光の粒子となって消滅した。
残された右半身だけの残骸が、爆風によって凄まじい勢いで吹き飛ばされ、イリヤの背後にある地下室の最奥の壁へと激突する。
三、二、一――。
またしても殺された。
極太のパスを通じて伝わる、残機の喪失。
ヘラクレスの命は、ついに残り【一つ】。
後がない。これ以上死ねば、本当に全てが終わる。
「バーサーカーッ!!!」
イリヤは、転がるようにしてヘラクレスの残骸へと駆け寄り、その巨大な右腕にすがりついて絶叫した。
彼女には分からない。
アインツベルンの森に、得体の知れない影の怪物が現れたと思えば。
その怪物を倒したことで、魂を削るような強力な呪いが発生し。
そして最後に、目の前にいる、自身の無敵のサーヴァントを紙切れのように殺しうる、圧倒的な暴力が空から降ってきた。
何が起きている。誰が、こんな理不尽な地獄を仕組んだ。
『……ルォォォォォォ……』
最後の命を燃やし、ヘラクレスが四度目の蘇生を果たす。
だが、その肉体はもはや万全とは程遠かった。度重なる特攻による魂の摩耗と、未だにへばりついている呪いによって、彼の体はひどく鈍く、重い。
それでも、狂戦士は自身のマスターを守るために、震える巨体を奮い立たせて立ち上がり、イリヤを背後に庇うようにして前へと出た。
地下室の中央。
右腕の剣を白銀に輝かせながら、怪物が、無言でこちらを眺めている。
(次で……最後……)
イリヤスフィールは直感する。
次の衝突で、バーサーカーは確実に殺される。あの剣の輝きは、耐性すらも無視して命を根こそぎ奪う、完全な『死』そのものだ。
このままではまずい。なんとかしなくては。
最強のカードである自身のサーヴァントを、永遠に失ってしまう。
だが、どうすればいい。この絶対的な理不尽を前にして、どうすれば生き残れるのか。
恐怖で震える唇を噛み締める
絶望の淵へ追いやられ、極限状態に陥った時。
その声を聞いた。
「――ふふっ、大丈夫ですか? 何が起きているか全くわからない、といったような、可愛らしい表情ですね」
地下室の冷たい空気を切り裂いて。
場違いなほどに優雅で、余裕に満ちた『女性の声』が、静かに響き渡った。
五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。
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術式反転・赫
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対軍宝具