Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​   作:りー037

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【第二十一章:降り立つ少女と、冷酷なる宣告、そして終幕の極光】

 

 

「――ふふっ、大丈夫ですか? 何が起きているか全くわからない、といったような、可愛らしい表情ですね」

 

 瓦礫と血の匂い、そして濃密な死の気配が充満するこの空間において、その声はあまりにも平穏であり、それゆえに異質極まりなかった。

 

 ハッと息を呑み、イリヤスフィールは声のした方へ――ヘラクレスと対峙する白い怪物の方へと、震える顔を向けた。

 

 

 視線の先。

 

 ただ無言で佇む怪物、魔虚羅の足元。その巨大な影が、まるで意思を持った沼のようにブクブクと泡立ち、じわじわと隆起していく。

 

 漆黒の泥から染み出すようにして、一人の少女が顕現した。

 

 深い闇色の髪。端正で、どこか儚げな美貌。

 そして、その瞳の奥に、絶対零度の冷酷さを湛えた少女。

 

(誰……? この怪物のマスター? そもそも、あの怪物はサーヴァントなの……?)

 

 混乱するイリヤの思考を置き去りにするように、少女はドレスの裾をつまむような仕草で、狂戦士同士が対峙する死地の中心で、場違いなほどに優雅なお辞儀をして見せた。

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、間桐桜と申します」

 

 

 間桐。

 

 その姓を聞いた瞬間、イリヤの脳内に聖杯戦争の御三家たる魔術師の系譜が閃いた。

 間桐家は、すでに没落したと聞いている。生き残りが、それもこれほどまでに異常な存在を従えたマスターがいたというのか。

 

「色々とお考えのようですけど」

 

 桜は、イリヤの動揺を透かして見るように、薄く、底冷えのする笑みを浮かべる。

 

「それは今、考えるべきことではないはずですよ」

「あ、あなた……何をしに来たの……ッ!?」

 

 恐怖を押し殺し、イリヤは喉から絞り出すように問う。

 

「愚問ですね」

 

 桜はクスリと笑い、女王が愚民を諭すような、堂々たる態度で告げた。

 

「ここは聖杯戦争の盤面です。参加者であるのなら、敵対陣営を潰すのは当然のこと。それがルールでしょう?」

 

 桜の視線が、イリヤを庇うように立つ、満身創痍のヘラクレスへと向けられる。

 

「それに、あなたのバーサーカーも、もう死に絶えそうですし。……こちらのバーサーカーの方が、あらゆる面で優れている。そういうことですから、潔く諦めてください」

 

 その言葉は、交渉でも挑発でもなく、ただ『確定した事実』としての死の宣告だった。

 

「バーサーカー……?」

 

 イリヤは、混乱のあまり声を上擦らせる。

 

「何を言ってるの……! バーサーカーのクラスは、私が召喚したのよ! 同じクラスが二騎も同時に存在するなんて、おかしいじゃないッ!」

 

 システム。ルール。常識。

 己の信じていた前提が足元から崩れ去っていく恐怖に、イリヤはすがりつくように叫ぶ。

 

 だが、桜は困ったような、ひどく憐れむような表情で小さく首を傾げた。

 

「ふふ、質問が多いですね。……それ、今この状況で、本当に必要なことですか?」

 

 冷たい声だった。

 

 温かみの一切ない、爬虫類が獲物を眺めるような絶対的な捕食者の視線。

 

「あなたは今、殺されかけている。あなたの誇る最強のサーヴァントは、手も足も出ずに倒されかけている。どちらが勝つか、どちらが死ぬか。……現実は、ただそれだけでしょ?」

 

 

 圧倒的な強者の論理。

 

 子供に絵本を読み聞かせるような、優しくも残酷な口調に、イリヤの心がミシリと音を立てて軋む。

 

「ただ」

 

 桜は、ふと思いついたように人差し指を立てた。

 

「殺す前に一つ、何か教えて差し上げましょうか? アインツベルンの最高傑作である、あなたへのせめてもの慈悲ということで」

 

 イリヤスフィールは、震える瞳で目の前の少女を睨みつけた。

 

 何者なのか。何が目的なのか。どうすればこの危機を打破できるのか。頭の中には無数の疑問が渦巻いている。

 

 だが、今この瞬間、彼女の心を最も支配し、精神を崩壊させかけている『最大の恐怖』は、ただ一つだった。

 

「ど、うしてなの……」

「ん?」

「どうして、私のバーサーカーが……こんなにも簡単にやられるのよッ!!」

 

 イリヤの絶叫が、地下室に響き渡る。

 

 これまでの戦闘でも、ヘラクレスが命を削られることはあった。だが、たったの一撃で、あれほどまでに複数の命を『一瞬で』消し飛ばされるなどという事象は、これまで存在しなかった。

 

 理解のできない現象。未知の暴力。それゆえの、言語を絶する恐怖。

 

「なるほど。そうですね……。逆に、なぜだと思います?」

 

 桜は、すぐに答えを教えることはせず、教師が優秀な生徒を試すように、面白がって問い返した。

 

 答えろ、と。その視線がイリヤを射抜く。

 

(何か、異常な現象が起きたということは……必ず、魔術的な理由があるはず……!)

 

 イリヤスフィールは、パニックになりかける頭を必死に回転させた。

 

 自身のヘラクレスと、目の前に立つ魔虚羅を交互に見比べる。異変。一番の異変は何か。

 

 それは、ヘラクレスがいまだに深い『呪い』を纏っていること。

 そして、怪物の右手に括り付けられた、あの異様な刃。あれは、バーサーカーの放つ魔力とは完全に相反する、神々しいまでの『エネルギー』を纏っている。

 

「まさか……対邪悪の、破邪の剣……!」

 

 イリヤは、青ざめた唇を震わせながら、一つの仮説を口にした。

 

「悪性を消し飛ばす、生の輝き。あの剣の特効性能を十全に引き出すために、わざわざ使い魔の群れを殺させて……バーサーカーに『呪い』を付与したの!? 呪いと、相反する聖なる光……その極大の特攻ダメージが、命のストックを複数削り飛ばした……!!」

 

 言い切り、イリヤは荒い息を吐いた。

 

 桜は少しだけ目を見張り、パチ、パチ、と小さく拍手をする。

 

「素晴らしい。さすがですね、アインツベルン。絶望的な状況下でも思考が早く、そして正確です」

 

 その推論は、半分は当たっていた。

 

 だが、桜の顔からスッと笑みが消え、氷のような無表情が取って代わる。

 

「まあ、それでは『50点』ですけどね」

「え……」

「呪いに対する、極大の特攻。……それだけでは、大英雄ヘラクレスの命を、一撃で半分も消し飛ばすことなど不可能です。もう一つの、最大の要因がある」

 

 

 ――ガコンッ。

 

 イリヤがビクッと肩を跳ねさせた。

 

 怪物の背後で、先ほどから幾度となく回転し、そのたびに戦況を絶望へと傾かせてきた、あの謎の法輪。

 

「では、死ぬ前に。種明かしです」

 

 桜は、魔虚羅の巨大な背中を見上げながら、その絶対的な能力を口にした。

 

「私のバーサーカーの宝具の能力は、『適応』ですよ。――あらゆる事象への適応」

「てき、おう……?」

「ええ。最強の、後出しジャンケン。時間をかけることにより、対象の存在・攻撃・防御の概念を解析し、耐性を得る。そしてさらに解析を続け、対象を完全に殺し切るための『最適な攻略手段』を打ち出す」

 

 桜の言葉が、冷たい刃となってイリヤの脳髄に突き刺さる。

 

「あなたのサーヴァントの能力。……ええ、いまだ完全ではありませんが、すでに解析・適応済みです。つまり、あなたの宝具を根本から『破る』方法へと、彼は適応を完了したのです」

 

 呪いの付与による状態異常の強制。

 

 正のエネルギーによる属性特攻。

 

 そして、『十二の試練』という概念防壁そのものを貫通するための、能力としての適応。

 

「バーサーカーの退魔の剣には、今、あなたのバーサーカーを殺すための『二重の特攻』が乗っている状態なのですよ」

 

 逃げ場のない死のシステム。

 

 桜は、心底楽しそうに、ふわりと微笑んだ。

 

「はい、とても有意義な時間でした。あなたたちには、とても感謝しているんですよ。強靭なあなた方のおかげで、また一段階、この神は『その領域』に近づくことができた」

「あ、ああ……」

 

 イリヤスフィールの脳内で、最大級のアラートが鳴り響く。

 

 目の前の圧倒的な存在。時間経過とともに無限に成長し、最適解を叩き出してくる怪物。

 向こうが万全であるのに対し、こちらは、とうに限界を迎え、命は残り一つ。

 

 自身の肉体から発せられる呪いの激痛と、精神を根底から破壊される絶望感が、イリヤの視界を黒く塗りつぶしていく。

 

「さて、種明かしは終わりました」

 

 桜の声のトーンが、一段と低く、呪術的な響きを帯びた。

 

「――これにて、縛りは成立です」

 

 

 

 ドォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 その瞬間、桜の足元から伸びた影が、不自然なほどに色濃く脈打ち、魔虚羅の巨体と完全に接続した。

 

 一段階上の次元へと引き上げられたような、爆発的な呪力と正のエネルギーの嵐が、猛吹雪のように地下室を荒れ狂う。

 

「な、なに、これ……!?」

「お気になさらず。これで、最後ですので」

 

 その言葉と同時に限界まで膨れ上がった極大の致死量。それを本能で察知したヘラクレスが叫ぶ。

 

「───オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!」

 

 だが、その決死の雄叫びを受けてなお、桜は彼を絶対零度の瞳で冷酷に見据えたまま、ふっと薄い唇を歪める。

 

「恐ろしくはないでしょう? ……あなたからすれば、すっかり慣れ親しんだ『死』」

 

 それは、十二の試練により幾度も死を乗り越えてきた不死の怪物に対する、最大の皮肉であり、無慈悲な宣告。

 

「違いがあるとすれば」

 

 桜の瞳が、ひどく昏い絶望の光を放つ。

 

「――次が最後」

 

 嵐の中心で髪一本乱すことなく、静かに、しかし絶対的な命令を下した。

 

「やりなさい、バーサーカー」

 

 その細い指先が向けられたのは、瀕死のヘラクレスではない。

 

 

 マスターである『イリヤスフィール』だった。

 彼女を狙えば、大英雄ヘラクレスは絶対に、己の身を呈してそれを守るべく射線に飛び込んでくる。

 

 その確信に基づいた、あまりにも冷酷で、合理的な殺意の誘導。

 

 

『ルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 極光を纏った退魔の剣が、イリヤを両断すべく、神速で振り下ろされる。

 

 そして桜の計算通り、最後の命を燃やし尽くした狂戦士ヘラクレスが、己のマスターを庇うべく、その圧倒的な死の光の直線上へと飛び込んだ。

 

「バーサーカーァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 イリヤスフィールの、絶望と悲哀に満ちた叫び声が響き渡る。

 

 

 だが、その声すらも。

 

 圧倒的な輝きを増した、白銀の極光が、地下室の全てを無慈悲に飲み込んでいった。

 

 

 ――絶望の一閃が、ここに落とされる

 

 

五条先生の赫とFateの対軍宝具って、どちらが威力上だろうか。何となくで投票してほしいです。

  • 術式反転・赫
  • 対軍宝具
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