アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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ちょっと

 

 

 

   ★ ★ ★

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『何故だ!』

『……』

『何故、私を助けたのだ! 答えよ!』

『影に助けられるのは、お嫌いですか?』

『好き嫌いがどうこうではないであろうがっ! 私は、貴様を、捨てたのだぞ!』

『捨てられても、私は姫様を守ります』

『……どうしてだ』

『傍にいたいと、思ったからです』

 

 ──傍にいたいか。

 なんと嘘くさい言葉だろうか。

 所詮は戯言。私という身分に惚れた、哀れな男の独りよがり。ただ守りたいという使命感に酔い、私の影であることに無駄な情熱を密かに燃やした、どうでもいい存在。影は影ゆえ、光を嫌い、闇を好み、人を避け、孤独に生きる。地べたに這いずる虫のように、誰からも気に留められることはなく、寂しく小さき命を終える。

 クロネア王都へ戻るまでに、私は夫を決めねばならぬ。

 学園啓都を卒業するまでに、私は夫を決めねばならぬ。

 それが私に課せられた……クロネア王家のしきたり。

 

「私一人で行く」

「そんな! 私もお供させてください!」

「駄目だ。ゴミ男は一人で来いとしている。ルェンは待機していろ」

「しかし!」

「案ずるな。アズールとクロネアの王家が話すだけだ。それで終わる」

「わ、私には、それだけでは終わらないと思います」

「例え事が大きくなったとしても、所詮、私とゴミ男は王子と王女の身。まだ国王でない以上、権力を用いれる範囲は僅かであろう? 口喧嘩で終わるだろうさ」

「姫!」

「よいな。ここで待機していろ。少し雑談するだけだ」

 

 まだ何か言いたそうなルェンの頭をひと撫でし、部下も一緒に待機させ眼前の塔へ入る。

 『憲皇』と呼ばれるその塔は、学園啓都が緊急事態に見舞われた際の避難場所及び拠点として使用される。長きクロネアの歴史においてでさえ、未だ憲皇が使われた例はないが、もしものことがあった時のために内部は常に清掃されている。

 私でさえ、入ったことがあるのは学園啓都に来て一度きりだ。

 形式上の塔のためか、最上部に続く階段があるだけであり、誰も使おうとはしない。

 

「よぉ」

 

 あの男が現れるまでは。

 

「ちゃんと来たんだな。正直、来るか来ないか半々だったから不安だったんだわ」

「要件を話せ」

「まぁそう固いこと言うなよ。せっかく椅子も用意したんだ。座ってもいいだろう?」

 

 何を企んでいる。

 わざわざこの時間帯に、この場所に、この私を呼び出した理由がわからない。憲皇に来た理由はそんな奴の理解しかねる要素が多すぎたからである。が、それ以上に私がこいつを気に入らないというのが正直なところだが……。

 この男は危険だ。どうしようもなく危険だ。

 初めて会った時からこの銀髪頭の自己中男には嫌悪感を覚えた。不気味なほどに王族にふさわしくなく、人間として欠落している部分が多すぎる。どうすればこいつのような頭をした人間が出来上がったのか、現アズール王と后に問うてみたいとすら思う。

 

「なぁ虫女」

 

 塔の最上階は辺り一面ぐるりとガラス張りになっていて、外の景色を自由に眺めることができる。

 実に殺風景だ。こいつに呼ばれなどしなければ、私は二度とここには来なかったであろう。全方位にあるガラス以外、何もない場所で銀髪の男は椅子に座り酒を飲んでいる。

 

「何だ。用が無いのなら一刻も早く私は帰るぞ」

「だからさっきも言っただろ。座れってな」

「貴様に指図される謂われなど無い」

「じゃあそのまま話すのか? 俺は座ってお前は直立不動? それも良い気分に浸れて俺は嬉しいねぇ」

 

 すぐに座る。

 

「カカカ。素直すぎんだろ」

「次に貴様が出す話次第で私が帰るかどうかが決まる。心して話せ」

「王とは何ぞや?」

 

 間髪入れずゴミ男は口にした。

 恐ろしいまでに早かった。言葉の速度ではない。私が「心して話せ」と言った直後の返し方の間がだ。こいつ、やはり何かを企み全て計算通りに動いている。私が何を言い、それに対してどう言うか、さらに延長線上に想定される会話まで考えていると推定される……。

 だが、それがどうした。

 私が足踏みするとでも思っているのか? 哀れなり。

 

「絶対的な賢者のことだ」

「へぇ」

「賢く、尊く、誰よりも慧眼で、敬われる存在。ありとあらゆる者の頂点に立つ者だからこそ、求められる要素も過多ではあるが、同時に崇拝される」

「ほぅ」

「私からも聞いてやろう。ゴミ男。王とは何ぞや?」

「絶対的な走者のことだ」

「…………………………」

「おおぅ! いい眼だ! ゴミを見るみてーな!」

「ふざけているのか?」

「いいや。超本気だ」

 

 どこがだ。切り刻んでやりたいぐらいムカつく男だ。

 

「絶対的な走者ってやつは、もっと噛み砕いて言えば常に先頭で走っているやつのことだな」

「ふん。貴様にしては良い考えだ。民を導くために自ら前を行くとは」

「はぁ? んなわけねーだろ。民なんか知ったことか」

「……今、何と言った」

「民なんか知ったことかって言ってんだよ。俺は走りたいから走ってるだけだ。前に俺以外の奴がいると邪魔だから先頭にいるだけだ。他人なんざどうでもいいんだよ。俺がどうするかが、唯一無二の問題なのさ」

「前言を撤回しよう。愚考だな」

「あぁ。それが俺の生き様なんでね」

「で? 私と王とは何かおしゃべりできて楽しかったか? ならばもう要件はないな」

「あぁ。ねぇよ。これで心置きなくやれそうだ」

 

 二人で椅子から立ち上がるも、眼前のゴミは愉快極まれりという表情をしている。

 こいつは既に目的を達成したようだ。私から王についての考えを聞けたからか? 聞くといってもほんの二、三言で片付けた些細なものだ。たったそれだけでこいつは満足したというのか。ありえぬ。解せぬ。……ふん。と、なれば一つしかなかろう。

 

「待て」

「あぁん?」

 

 背を向けたまま返すアズールの王族。

 

「何が目的だ」

「おいおい、それを聞くかよ。画麗姫に言わせりゃ、愚かなことだぜ」

「貴様が何かを企み私をここまで来させたのは当然として、先のやりとりで目的が達成したとは考えられぬ」

「で?」

「目的が達成したのではなく、達成するための条件が揃ったと解釈すれば合点がいく。最後に心置きなくやれると言ったのがその証拠だ」

「……」

「私と貴様の『王』に対する考え方が違うということ。これが、貴様の目的を達成するために確認しておきたかったことではないか?」

 

 変わらず背は私に向けたままであったが。

 その、背が、少しずつ震え始める。

 震えは徐々に身体を上下させ、気味の悪い笑い声と共に、奴の顔がぐるりとこちらを向いた。化け物のような笑みをしていた。

 

「最高だ。あぁ、本当に最高だ」

「異常者が。とても王子とは思えぬ」

「よく言われる。だが、異常者とか王子とか、そんなもんはただの飾りに過ぎねぇ。あるのは生きている人間なんだからよ」

「そうやって己のことしか考えず、災を巻き散らし、王としての責務すら忘れた真のゴミが。アズールも六百年ほどよくもったようだが、終焉も近かろう」

「いいねぇ、終焉か。そりゃアズールの責任だろうしなぁ」

 

 まるで他人事のように軽く言った。虫唾が走る。

 聞いた話ではこいつはアズール王都ではそこそこ人気があるという。どうしてこのようなゴミが大衆に慕われるというのか。やはりゴミ国の民もまた、同じということか。

 

「とか思ってるんだろう? 虫女」

「……」

「ククク、だからお前は三流なんだよ」

「何だと?」

「心より感謝する。もしお前が『自分のために王となる』なんて言ったなら、俺はお前の味方をしなきゃならなかった。だが違った。違ったのさ」

「生まれた時より王としての命を授かったのなら、己の利益など」

「あぁ、いいわその話は。帝王学は聞き飽きてる」

「そうだな。これ以上話すこともなかろう」

 

 やはりここに来るのは間違っていた。そもそもが、ゴミ男と関わった時点で災厄だったのだ。なんという馬鹿なことをしたのだろう。結局のところ、こいつと話しても意味はない。すぐに大園都に戻り、私のすべきことをやろう。

 

「ある男がいた」

 

 ……チッ。

 

「まだ何か言いたいことがあるのか? 要点すらまとめられないのか貴様は」

「その男は夢を追い求めていた」

「人の話も聞かんのか」

「だがそいつの夢は、どうにもこうにも叶えられない、難しいものだった」

「ふん、もういい。私は帰る」

「難しさゆえ、そいつは一度夢を諦めたそうだ。だが、ある契機を境にもう一度だけ……もう一度だけ、夢を叶えるため足掻くことにした」

 

 気付けば、ゴミ男は一歩ずつこちらに向かってきていた。先ほどの笑みとは違い、自然な笑みを浮かべて軽やかに歩を進める。

 私はこいつが嫌いだ。実に嫌いだ。おそらくこの世の人間における最上嫌悪人物として認定できるほど嫌いだ。

 なのに、私は何故ここに来たのか。

 先にいろいろ理由を述べたが、本音を言えば、わからない。

 ただ、来なくてはならないような……気がしたのだ。

 

「足掻くことはいいことだ。足掻くためにゃそいつの意志が如実になけりゃできないことだ」

「ゴミ男」

「何だ」

「いい加減、お前の言いたいことを話せ。これ以上長引かせる必要もないことだ」

「まぁ、確かに、そうだわな、なら言おうか」

 

 銀髪の足は止まり、私と奴の距離はもはやゼロに近かった。双方の足先が付くほどに。

 そのまま、互いに視線を交差させる。何も言わず、時間だけが過ぎていく。とても長く感じた。実際は一分も満たないはずなのに、一時間はそこにいたような気分であった。

 嫌に、意識だけは、はっきりとしていて。

 

「俺の気に入っている言葉の中に『ちょっと山登ってくる』ってのがある」

「……」

「このちょっとって言ってるわりに己の信念がグッと含んでいるところがたまらねー。軽く登ってくるかって感じなのに実際に行きゃめっちゃ頑張る感じだよなぁ。そして何よりいいのが……これを言った時、相応の覚悟が決まってることだ」

 

 私は何も言わない。もはや何の言葉を返そうとも無意味だからだ。ただただ奴が言いたいことを話させる。それでいい。無駄な時間とはいえ、こいつが憲皇に私を来させた理由がわかればよいのだから。結局のところ、聞けさえすればこの件は終わりなのだ。不気味ではあったが、何か嫌な予感もしたが……事が無事すんだことを、今回は良しとしよう。

 

「六百年前」

 

 声色が変わった。

 

「アズールとクロネアが停戦調停を結んだあの日」

 

 なんという、どす黒い声。

 

「互いの立場を半永久的に同等のものとすることで合意した」

 

 まるでこの時を、待っていたかのような。

 

「だが、その合意も未だ解釈の違いで論争が起きている」

 

 こいつは──

 

「なぁ、シェリナ・モントール・クローネリ」

 

 本当にこいつは──

 

「ケリをつけないか?」

 

 人間なのか!

 

「ジン・フォン・ティック・アズールが汝に宣告する」

 

 風が止まり。

 時が止まり。

 全が止まり。

 万象一切が悉く静止する刹那の世界で。

 一人、そいつだけが、己の意志を現実化させるために。

 

 

「ちょっと戦争しようぜ」

 

 

 災厄を持ってきた。

 

 

 

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