アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ― 作:藤崎次郎
「戦争と言ったか、今」
「あぁ。戦争だ」
「言葉の意味を……重々承知で言ったのだろうな」
「当然だろ」
何を血迷うたか。本当の馬鹿だこいつは。脳に障害が発生しているのではないか。
戦争だと? 六百年前のアズールとクロネアで交わした停戦協定を破棄するとでもいうのか。自分が戦いたいからという理由で、たったそれだけの理由で、国を動かすつもりなのか……!
「もはや言葉も出んな」
「そうか?」
「私が家臣なら、国の行く末を考え貴様を斬っているだろう」
「おお、そりゃいいな。俺の行動なのだから責任として暗殺が発生するのも頷ける。だが、家臣が国のために動くってのは駄目だぜ。自分のために動かないとな」
「貴様の信条など聞くつもりはない。して、たかが王子風情が国そのものを動かせるとでも思っているゴミ頭はさておいて、いつ戦争をするつもりだ?」
「あぁん? おいおい、何か勘違いしてないか虫女」
「何?」
「“今から”戦争しようぜって言ってるんだ」
考えるよりも先に身体が動いた。
眼前に立つ男の腹に、身体を大きく捻らせてからの回転蹴りを見舞った。避けられるはずであろうに、そいつは手で防御をすることもなく高々と空を舞う。このままいけば醜く地面に激突するであろうが……。
蹴った際、感触が弱かった。
蹴られる直前に身体を後方へ移動させ威力を消したのだろう。奴の損傷は微々たるものだ。予想通り、空中でくるりと一回転し軽やかに着地する。いつもの薄ら笑いも浮かべて、実に不愉快になる男だ。あぁ、今更だな。
「そのままガラスを突き破り落下死すれば最高だったんだがな」
「ひでぇこと言うぜ。お前も大概、王女として異常だよ」
「貴様と一緒にするな。今から戦争だと? 敵陣の真っ只中で始めるとでもいうのか」
「いやいや、さすがにそれはねーよ。頭大丈夫か」
貴様に言われると死にたくなる。
「それに、国規模での戦争となれば面倒事が多いだろ。しっかりしろよ」
あぁ、斬り捨てたい。
……ん?
「国規模での戦争ではないだと?」
「当たり前だろ。空気読めよ」
「殺すぞ」
「だから、選抜集団代理戦争をやろうって言ってんだ」
一瞬、その言葉を理解するのに思考が停止しかけた。
実に懐かしい言葉を聞いたからだ。懐かし過ぎて、記憶の隅に追いやられたほどのものだった。
選抜集団代理戦争とは、今から約四百年前にクロネア、カイゼン、アズールの三国が五人の代表者を選抜し、無人島で最後の一人が残るまでの殺し合いをした戦争を指す。
この戦争がきっかけで“三傑”という制度が確立したのだが、今でも実戦的な模擬戦としてアズールとカイゼンでは軍事演習で活用されているという。歴史を重んじる我らクロネアでは、悲劇を生んだこの戦争の教訓を今に繋げるために、軍事的には用いないと議会で決定した。
「それを、今からやると?」
「おうよ」
「私とお前でか」
「少な過ぎるだろ」
「……双国で代表者を出し、集団戦闘をやろうということか」
「不殺・非公認でやろうぜ。なぁ? ケヒヒ」
非公認。王子と王女の身では国の代表者ではあるものの最終決定権は持ち合わせておらぬ。
そのため、どのような結果になろうとも国そのものは関係ないとして処理できる。しかし同時に、非公認でないだけで『結果は残るもの』だ。アズールとクロネアの代表が六百年ぶりに戦い合い、どちらが勝ったのか結果が出る。
それがどれだけの意味を成すか。
私とゴミ男が王となった後も、いや、今後の二国の将来においても、深く残る禍根になりうる……! 最悪、国家に多大な損失を招く可能性すらある。
「俺もお前も仲悪いしな。ここで一つ、互いの優位性をはっきりさせておくってのも悪くねーだろ。危険度も高いが、価値としては極上だと思わないか?」
「断る」
「……」
「今、二国は少しずつ歩み寄りを始めている。この歩み寄りは長い歴史において多くの者たちの努力があってのことだ。それを崩すなど絶対にできぬ。私は貴様のように『自分がやりたいから』という身勝手な理由だけで国の将来を決めるつもりは、毛頭ない」
「実に模範的な解答だ」
「模範的ではない。常識的なのだ。それに」
「ん?」
「さすがの馬鹿でも……これぐらいはわかるはずだろうが。何を企んでいる。貴様の目的は戦争ではなかろう」
底知れぬ気味の悪さは、この男の真骨頂なのかもしれない。私の言葉に、男は嬉しそうにニヤけた。こいつには常道の心理戦や探り合いは効かぬ。奇策や邪道、斜め上の戦法を好む。
先の王の話で私に改めて自分は身勝手な人間だと意識させ、この戦争の話へともってきた。が、全て本当の目的を達成するための投げ石であろうな。戦争が目的ではないはずだ。何故か。簡単だ。
あまりにぞんざい過ぎる。
どちらかといえば、急遽このような事態を作り上げた感すらある。
ゆえに、おそらく、突如として起こったであろうアズールの何かしらの出来事に対し、それを隠すためこのようなものを拵(こしら)えたのではないか。
「貴様が私の読み通りの男なら、本当に選抜集団代理戦争をやりたいのなら、半年前から準備にとりかかるはずだ。戦争をしなければ解決しないほどのお膳立てをして、な」
「……」
「舐めるなよアズール。私は、クロネアの次期王となる女だぞ」
黙るアズールの王子。
やはり当たりか。ここで手を緩めたりはしない、追い込みをかけ……ようと私が口を開くよりも早く、奴が言った。
「思い込みが激しい女ってのは嫌だねぇ。ルーゼン・バッハが逃げるのも頷けるぜ」
「────な」
「中々のイケメンなのになぁ」
「き、貴様、ルーゼンに会ったのか!?」
「名前で呼ぶなんてお熱いことで。まぁ、あいつはシェリナ王女って言ってたがな」
ルーゼンと、会っただと!? 馬鹿な、あいつが人前に姿を現すことなどまずない!
どういうことだ、この男はアズール関係で私をここに呼んだのではないのか。ルーゼンが関わっているとするならば話が変わってくる。まったく違う方向になる! おのれ、どういう展開になればルーゼンがこやつらの所へ現れるというのだ。
そもそも私の前には全く現れないくせにっ!
いつもいつも風のように姿をくらませ逃げるくせにっ! 私は嫌でアズールはいいというのかっ!
「何かすんげー顔赤いけど大丈夫か?」
「……」
「おーい」
「正味、どうでもいい話だと思っていたが、ルーゼンが関与しているとわかったとなれば話は別だ。ゴミ男、貴様と戦争することでルーゼンは何をしようとしている」
「それを言うと思うか?」
落ち着け。取り乱すな。動揺は心の綻びだ。ルーゼンめ、ルーゼンめ。
元気にしているのか。ちゃんとご飯を食べているのか。あの長い髪は切っていないのだろうな。私が切らなければあいつは全く切らない男だから。黒ばかりの服を好むし、もう少し身なりに気を使えないのか。
……。
駄目だ、この場でルーゼンを考えるのはマズい。話を戻すのだ。
戦争とルーゼンがどう関係しているのか、私では予測がつかぬ。ここで戦争を拒否すればルーゼンと接触する機会を失うことになる。が、一度戦争を始めてしまえばルーゼンと会う機会を得られるものの、我々が万が一負けでもすれば、多大な損失を被ることになる。言うまでもなく、ルーゼンと会う機会は卒業するまでにまだあるはずだ。そう、今回を逃してもあるのだ。
「ルーゼンはアズールに来るぜ。俺らが帰る際、一緒にな」
ッ!?
「そういう段取りになったからよ」
「虚言だ!」
「さて、どうだかね」
アズールに行くだと!?
今年いっぱいで私は王都に戻るというのに、あいつはアズールに行くのか!? だとするなら、私のことなど全く意識していないということなのか。ふざけるなっ、そんなことがまかり通るとでも思っているのか!
虚言だ、虚言に決まっている。ルーゼンが私を置いて去るなどありえぬことだ。しかし、ここで戦争を拒否すればルーゼンがアズールに行ってしまう可能性が……! 僅かでも、ある。
「確かめる術は一つしかねぇよなぁ」
「……」
「ルーゼンと会えばいいのさ」
「どこにいるか、貴様は知っていると?」
「いいや。だが、選抜集団代理戦争をやることになればアズール側からはルーゼンも出ることになっている」
「ふっざけるのもいい加減にしろよ貴様っ!」
「おいおい。これも虚言だ、とは言わねーのかぃ?」
おのれ、おのれ! 真意が見えぬ。まさかルーゼンを出すとは想定外にも程がある。
戦争などやる必要は断じてない。ルーゼンの目的をゴミ男が聞き、それに賛同してこのような事態になったと考えても、クロネアの未来を考えれば……ここは承認すべきではない。当たり前のことだろうが。何を迷っている。私はクロネアの次期女王だぞ!
「そうしてお前は自分を殺すのか。全てはクロネアのために、ねぇ?」
「最低な男だ貴様は。つくづくいい死に方はしないだろうよ」
「虫女ぁ。お前は今、分岐点にいるんだよ。クロネアの将来じゃねぇ、自分の将来がかかったものだ」
「ルーゼンは私を裏切らぬ。貴様らと戦争など、絶対に」
「そうやって人生の全てをクロネアで決めるのかお前は」
今までの中で一番大きく、覇気のある声だった。
呑み込まれるな、呑まれるな。
「当然だ。私の人生はクロネアと共にある」
「夫もか?」
「あぁ」
「なら何故ルーゼンに固執する」
「……貴様には、関係のないことだ」
「夫もクロネアが決めた奴をもらうのか?」
「貴様には」
「夜伽もクロネアが決めた男とするか? 子供もクロネアのために育てるのか? クロネアのために好きなことを諦めるか? クロネアに捧げるなら何もかも承諾できるのか? 死ぬまでクロネアという鎖に自ら繋がれるというのか? クロネアは」
「黙れ!」
「断る」
「それが私の生き様だ! 貴様にはわかるまい!」
「だったらよ……生涯を共にする男ぐれぇ、お前が掴めよ」
ルーゼン。
……ルーゼン。
「それに。ウケケ、本当にクロネアのことを思うなら、国の行く末のため帝になる二人は仲良い方がいいに決まってんだろ」
「死ね。素で気色悪い」
戦争。
私にとってクロネアが全てだ。自分の命よりもこの国が大事だ。クロネアを発展させ、歴史に名を残すことが何よりも嬉しく、誇りとなるだろう。そのためには己の欲など捨て、王としての責務を全うすることに全身全霊を捧げるべきだ。
だが……私にも、感情がある。想いがある。いち生命なのだから、当然だ。
それでも、私は王だ。だから今回の件に関し、私情を挟んではいけない。いけないのだ。
国のこと考えろ。
この戦争、当然受けるべきではないとするところだが……、いやしかし、考える方向性を変えてみてはどうか。すなわち、交渉による優位性を明確にし、有利極まりない舞台を整えたなら……。変わる。
「条件がある」
「ほほぉ?」
挑発的な表情をして笑うアズールの王子。冷静になれ、己を見失うな。
「まず、アズール側は何人を出すつもりだ」
「九人。それにルーゼンを合わせて十人だな」
「変更はないな」
「ない」
「では、こちらは“極長全員”を出す」
初めて、ゴミ男の眉が動いた。奴が口を開くよりも早く、告げる。
「十三名の極長に私を合わせて十四。それがこちらの代表者数だ」
「数を合わせないってか?」
「元々そちらが要望してきた戦争だ。何故こちらが素直に合わせる必要がある? 無理ならば即刻この戦争は無しだ」
さらに。
「さらに、戦争となる舞台は貴様らが住まう館とこの塔の中間地点から半径五キロ圏内とする。館と塔以外は全て森となっており、被害が出ることはない。これも、拒否すればクロネアは戦争はしないと心得よ」
「随分デカく出るじゃねーか」
「貴様は勘違いをしている。貴様は私に戦争を『お願い』している立場なのだぞ、ゴミ男。当然であろう?」
「……一つ、こちらから条件を出す。それが飲めなければ今回の戦争は無しだ」
ほぅ、不利な条件をこれ以上出させないために自ら予防線を張りにきたか。まぁ、こちらとしては戦争の舞台を森にしたことと、人数を極長全員に出来たことで目的は達成している。
地の利と数の利を取ったのだ。今更何の要望があろうか。
「時間だ。戦争開始時刻は日付が変わった瞬間。そして終了時刻は日の出までとする」
「約六時間ということか」
「そうだ。まぁいつまでもダラダラやるわけにはいかねーしな」
少しでもアズールに有利な条件であれば即座につっぱねるつもりであったが、時間に制限をつけることはこちらとしてもありがたい。
「よかろう」
「んで、当たり前だが戦争中は外部からの介入を一切なくせ。少しでも介入に類する案件が出たなら即刻クロネアの敗北とする」
「却下だ。外部からの介入はこちらとしても排除するつもりだが、万が一不測の事態が生じる可能性もある。そのため今の要望は受け入れられぬ」
「なら、即刻クロネアの敗北という条項は消していい。が、学園啓都にいる全ての者どもを動かすな」
「当然だ。元々深夜には外出禁止になっている」
「馬鹿か、俺は不測の事態になろうとも外部に出るなって言ってんだよ」
……何?
「お前らが不利になった途端、緊急事態が発生したとか何とか言って介入されたんじゃかなわんからなぁ」
「我々を侮辱しているのか!」
「信頼してねーんだよ。忘れたのか? 数日前の襲撃の件を。お前らがしっかりしてなかったから俺らは変な賊に襲撃されたんだぜぇ?」
「……」
「ゆえに、どのような非常事態が起ころうとも、外で何があったとしても、極長以外の者どもは外部に出るな。おいおい、こんなことも守れないってのかクロネアは? 弱小組織なことで」
「よかろう。戦争時はいかなる状態になろうとも極長以外の者が外部へ出ることを禁止する」
その時。銀髪はこれ以上ないほどの嬉しそうな顔をした。
……まぁいい。こちらとしても収穫はある。戦争に勝てば問題はない。
「して、どのような勝敗選定を行うつもりか」
「過去の選抜集団代理戦争と同様、“果たし状なる選名”を使う。俺が一応使えるから問題ないだろ。嫌ならお前が別の方法を出せ」
「いや、それでよかろう」
“果たし状なる選名”か。
確か、歴史によれば双方の代表者の名前を列挙し、それを列挙された本人が口で名を宣誓する。
宣誓された瞬間、名前は認識されその者が意識不明もしくは戦闘不能と判断されれば自動的に名前欄から消える仕組みとなっている。
魔力体で作られており、名前欄から誰かが退場するたびに目の前に出現し、退場した者の名前を消して魔力の欠片となって消える。
具体例を挙げれば、アズール側の「甲」が極長の誰かに倒されたとする。
瞬間、倒された甲以外の者に“果たし状なる選名”が出現し、アズール側の甲の名前を消して、全員に甲が退場したと知らせる。そして魔力の欠片となり消えるというものだ。
「四百年前の時みたいに一人になるまでやるってのは疲れるから、代表制にしようぜ。どんなにやられようとも、先に代表者がやられれば即刻負けってことだ」
「あぁそうだな。貴様らは数が少ないから認めてやろう」
笑う銀髪。この代表制にすれば自分が負けない限りアズールに負けはないと踏んでいるのだろう。
……哀れ。その自信、完膚なきまでに折ってくれよう。
「他には何かあるか」
「ねぇよ」
「ならば、交渉は成立ということだな」
「おうよ」
「感謝する。貴様の泣き顔を拝めるのだからな」
「カカカカッ、そうかい? だったら俺も感謝するぜ虫女」
「……何故?」
「ようやく俺は、堂々とお前を泣かせられるんだからな」
交渉は成立した。後はやるだけ。この憎たらしいゴミを、どこまでも私を侮辱するこいつを、完膚なきまでに敗北の味をすすらせるための舞台が、完成した。
覚悟しろ、ジン・フォン・ティック・アズール。貴様の誇りの全てを、私が奪ってやろう。
そして待っていろルーゼン。
必ず…………待っているのだぞ。
「クロネアの未来のため、貴様を討つ」
「俺の未来のため、お前を潰す」
私は、この戦争で全てを手に入れる。
★ ★ ★
☆ ☆ ☆
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「ってなわけでお前ら、クロネアと戦争するぞー」
全員でボコボコにした。