アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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開幕

 

 

 

 日付が変わったと同時、大きく動いたのはクロネアだった。

 シェリナと一人の極長を憲皇に残して、全員が出陣する。

 主に四つの部隊に分かれており、攻撃陣として敵地に乗り込む『圧』、中間付近を拠点とし攻守どちらにも動く『流』、憲皇周辺に待機しながら王女の防衛を主軸とする『壁』、そしてトリッキーな存在と遊兵も兼ねる『爛』。

 “圧流壁爛”と称される、クロネア伝統の布陣である。

 そして各極長を圧に六、流に二、壁に三、爛に二とした。さらに、これらはあくまで配置しただけに過ぎず、各々が配置についた後は持ち場をある程度守りつつも、それぞれ自由に行動していいとしている。

 

 何故自由にしているかといえば、短時間で考えた作戦は功を為さず、むしろ独断で柔軟に動けた方が目的を達成しやすいとシェリナが判断したからだ。ただ、あるチームのみ王女直々に命を与えた。彼らは己が命を果たすため、深夜の森を矢のように駆けて行く。

 憲皇に残るは二人。シェリナの傍にいる極長の配置は……『爛』。

 

「彼らの好きなように戦わせて、よろしいのでしょうか」

「構わん。相乗効果で力を発揮する者らは既に一緒になって行動している。私がわざわざ言う必要もなかろう」

「信頼しているのですね」

「癖のある者ばかりだから、一概には言えん。まぁしかし、面白いとも思うよ」

「面白い?」

「あぁ。彼らとて極長としての責務は理解しているはずだ。この戦で負けてしまえば、自分たちがどのような立場に立たされるか充分わかっているはずだろう。なら私はここで堂々と待っていればいい。もし敵が襲ってきたなら」

「その時は私が迎撃しましょう」

「ふふん、いつになく勇ましいな。シャドゥ」

 

 シェリナが笑みを浮かべながら横を見れば、半目で外を眺める男性の姿があった。耳まで隠れる長髪に痩せ型で、蝋燭のような体型をしている。ひょろりとした風貌は第一印象として、あまり良くない。

 第十一極長、シャドゥ・ブレィ。

 十一の極長は、代々学園啓都を治める王族の補佐を行う者として任命される。シャドゥもまたシェリナの補佐として職務についており、彼女といる時間は極長らの中でトップを誇る。

 そのため、シェリナの人となりは理解しており、忠誠心はルェンに引けをとらない。必要以上の言葉は吐かず、言葉よりも行動で示す男だ。ジンが学園啓都に来てシェリナと二度目の再会をした時も、彼女の後ろに忍ぶように立っていたのは彼である。余談だがアズール側からは、シルド曰く「忍者」の評価を受けている。

 

「一番ゴミ男たちと一緒にいたルェンからの情報によれば、危険性がある人物は四人だな」

「私の情報としましても、やはり一番の要注意人物は……リリィ・サランティスでしょうね」

 

 二人でルェンがまとめてきた書類に改めて目を通す。

 それは戦争直前にルェンが時間の許す限りまとめてきた敵側のデータであった。データといっても、まさか戦争になるとは思っていなかったルェンの走り書きのようなものである。が、それでも、情報が少ない状況の中、要領は細かくまとめてあり第六極長の人柄の良さが垣間見れる。

 ミュウ・コルケット。

 ユミリアーナ・アシュラン。

 イヴキュール・アシュラン。

 リリィ・サランティス。

 魔法の館を作った例の三人と、先日館を襲撃した敵を一人で迎撃した赤髪少女についてまとめられていた。三人についてはルェン自身が魔法を間近で見ており、それぞれの得意魔法が書かれている。だが、リリィに関しては自然魔法全般とあり、実用性は低い情報であった。紙を一通り眺めると、シェリナが第十一極長に問いを投げかける。

 

「リリィ・サランティスについては、アズールでも有名らしいが」

「えぇ。自然魔法全般を扱えるのは間違いないようです。魔法科・歴代二位の称号を得ているとか」

「……ほほぉ」

 

 意味ありげに感嘆の声を出すシェリナ。

 そして──

 

「大した敵ではないな」

「左様かと」

 

 二人で笑った。ニヤリと、ニタリと。

 今挙げた敵の少女など、まるで問題ないかのように。

 

「して、残りの面子だ。怪人とフレイヤのお気に入りであるシルディッド・アシュランはどうだ」

「調べましたが、人畜無害といいますか平々凡々の貴族といいますか、普通ですね」

「普通か。確かにあの二人も彼の人柄に興味を抱いていたからな。残りは」

「彼の付き人をしているレノン・オグワルトも執事科で優秀ではありますが、この戦争において特筆するものはないでしょう。モモ・シャルロッティアはアズールでも有名な貴族らしく、怪人曰く、その、飛べる絨毯を出すそうです」

「貴族の女性らしいといえばらしいな……。他は?」

「彼女の付き人であるリュネ・ゴーゴンは昨年の執事科主席だとか。しかし、それでも所詮は付き人。戦力としては低いと思われます」

「何だ、本当に大した連中ではないではないか。と、なると最後に残ったのは……やはり」

「ルーゼン・バッハ様と、ジン・フォン・ティック・アズールですね」

 

 二人の名を聞いた瞬間、顔を下に向け、「はぁ」と溜息。シェリナの月のような髪がちらりと頬をかすめる。シャドゥもまた、やや遠慮気味に顔を逸らした。あまり王女の前で二人の名前は出したくない。

 ルーゼンの話になれば時折遠くを見て想いをはせるだけとなり、ジンの話をすれば不機嫌全開となるからだ。どちらにしても、戦争時になってほしくない状態であった。

 その気持ちにシェリナも気づいている。自分のことは自分が一番よくわかっているし、シャドゥに迷惑をかけていることも自覚している。そのため、溜息を吐いた後にすぐさま「悪かった」と小さく言った。軽く会釈し流す第十一極長。この話を一旦閉めるためにも、強めの口調でクロネア王女が外を見た。

 

「ルーゼンに関しては四剣の誰かが会ってほしいものだ。勝率が高いのも彼らであろうし。ゴミ男に関してはもはや語るまでもない。やはり、先に上げた敵主力となる四人を潰すのが、勝敗を分ける起点になろう」

「はい。そうなると次は──」

 

 二人でガラス張りの外を眺めながら話を次に移そうとした時。

 動きがあった。

 それは目に見えてわかるものであり、嫌でも見てしまう光景で、思わず口を開けてしまう。

 

「動いたか」

「は、派手ですね」

 

 ふん、と鼻息を荒らすシェリナ。クロネアの地で魔法を遠慮なく行使しているところに気分を害したのもあるが、それ以上に……少しだけ、本当に少しだけ、眼前の光景が『綺麗』だと思ってしまったことに、納得せざるを得なかったためである。

 

 

   * * *

 

 

 時刻は深夜、雲もなく、本来なら無と評すべき暗の世界が広がる。

 そんな夜空に、思わず二度見をしてしまう光景があった。極長ら全員が、森の中を動きながらそれを視認する。思わず足を止め、見上げてしまうほど空は異様だった。……いや、明るかったが、正しいだろうか。

 魔法の館から憲皇に向けて、光の波が生まれたのだ。

 光は魔法の館上空から生じ確実に広がっていく。波のようにゆっくりと、ゆったりと、上下に揺れ動きながら暗闇の空を泳いでいく。しかも光の色は多種多様で、赤に黄色、緑に青など色彩豊かな輝きであった。

 

 光の波は館から始まり扇型に広がっていく。

 クロネア側からしてみれば、敵地拠点の上空から光の軍勢がグングンと侵攻しているかのようにも見えた。さらには、波がこちらに向かってくるにつれ、その正体に気付いた時、再度の驚きを受けることになる。夜空を輝かせ波のように動いていたものは……光ではなかった。

 “火”。

 一つひとつが意志をもっているかのように、力強く燃えるそれは、紛うことなき自然の明かり。火波が、空を鮮やかに染め上げながら天空を覆っていく……。

 

 ラン、ララン、ラララン。

 魔法の館上空で、一人の少女が鼻歌を口ずさむ。

 両手を軽く上げて、全身で喜びを表現するように踊る。くるりくるり、空を自由にダンスしながらリリィ・サランティスは火の群れを作り続けていた。ポン、ポポンと、無尽蔵に生まれる輝きの子たち。色が入った火の塊は、遠い彼方へ願いを届けにいくかのように、波となって進んでいく。

 歌う。

 征服少女は歓喜なる歌を口にする。

 今が楽しくて嬉しくて仕方ない。出来るならずっと続いてほしい。いつまでもこの気持ちが灯っていてほしい。リリィの心は春の訪れを心待ちにする花のように、可憐で、清らかで、美しかった。夜空に咲く──紅き華。

 

「お初にお目にかかるよ」

 

 後方からの声。

 

「リリィ・サランティスだね?」

 

 言葉に幼さを感じさせる男性の声。

 リリィは踊るのを止めた。

 歌うのも止めた。

 ただ、動きを止めて、そのままの状態を維持する。後ろを振り返ることはない。……男性の声は続く。

 

「まさか戦争の初戦を受け持つことになるのが、新人である僕とはね。いやはや、何とも恥ずかしくはあるけれど、身に余る光栄でもあるよ。まぁさ、こういうのを役得っていうのかな? おっと、僕だけがリリィさんの名前を知っているのは失礼だよね。ちゃんと自己紹介しないと。うん」

 

 リリィ・サランティスは振り返らない。

 征服少女は、動かない。

 

「第十三極長『梟人』、マヨネーズ・カタクリコだ。こんにちは、リリィさん」

 

 一切の動きを停止したリリィを見ながら流暢に話す極長は、黄色の髪をした青年だった。上空であるはずなのに、彼もまた空中に立っていた。

 パーマをかけた癖毛に、着崩した服装。話すたびに身振り手振りをいれて役者のような動きをする。

 どことなく若手特有の甘さが出ており、言い回しからも垢抜けし切れない未熟さを漂わせる。自分に自信はあるようだが、それは経験によるものではなく、若くして極長に上り詰めたという自己誇示に他ならない。

 

「さて、僕としてはリリィさんと早速戦闘を開始したいところなんだけど、どうかな? リリィさんのような可愛い女の子を怪我させるのはカタクリコ家の道理に反するけれど、シェリナ王女のため、僕は戦わなくてはならない。悲しいことだね」

「……」

 

 声をかけられた後、リリィは動作の全てを止めていた。ただ、その中で一つだけ、続行しているものがあった。火の波を作り続けることである。今もなおそれは変わらず、ポンポンと弾ける音とともに火塊は生まれ空を泳いでいく。

 が。

 それが、止まった。

 リリィが顔を上げる。

 マヨネーズは気付かない。気付けない。

 彼女の瞳が、どす黒く燃え上がっていくのを。

 

「賢明だよ。僕と戦うというのに、呑気に火を増産する意味はない。よし、それじゃ始めようか。初戦に相応しい、僕とリリィさんの激闘をね!」

「別にいいけど──」

 

 ちらりと、顔を、後ろに向けて。

 

「もう終わってるよ?」

 

 それが、彼の聞いた最後の言葉であった。

 術式展開。

 マヨネーズ・カタクリコが立っていた空間の全方位より、紅の輝きを放つ丸い術式が展開される。目を大きく見開いて、それを見るも、術式は彼の視界全てだけでなく、彼を完璧に覆うほどの球型展開であった。

 つまりは、丸いボールの中に彼がいるようなもの。マヨネーズを包むボールの『皮』は、紅く燻る血の色をした術式。

 時間にして、一秒。

 声をあげる暇もなく。

 何かの動作をすることもなく。

 目だけを力いっぱいに開くだけで────彼の戦争は、あっけなく終わってしまった。

 

「“暁の理”」

 

 炎の演舞は獲物を容赦なく呑み込む。

 もはや爆撃に近い衝撃であった。

 第十三極長がいた場所からは、周囲に強力な閃光が発せられ、やがて薄らと消えていく。花火のように。静まり返る夜空の中で、咲くことができなかった一人の極長は……ひゅるひゅると悲しげに落ちていきながら、深淵の森へ溶けていく。

 その一部始終を、アズール・クロネア両陣営が、静かに見つめていた。

 否、魅せられた。

 そして、間髪入れず彼らの横に出現する一つの電子版。

 上下ある電子版のうち、下の電子版に羅列されていた一人の名前が、第十三極長の名が、寂しくも確かに……消えていった。

 

「さぁ」

 

 征服少女が告げる。

 闇夜の空で、炎に照らされながら征服少女が静かに笑う。

 彼女自身から迸る魔力の度合いが、尋常ではなく桁外れであることは、もはや言うまでもない。もしシルディッド・アシュランが一年と数か月前、彼女と戦い負けていれば、アズール王都ではたった一人の少女のために、騎士団を投入しての殺し合いをすることになっていただろう。

 リリィ・サランティスとはそういう女性だ。

 そして彼女の強さが、この一年で弱体化したなどということは……断じてない。むしろ、彼女はあの頃よりも格段に強くなり、成長した。

 そんな彼女が今できることは何か。

 自分を必要としてくれる人の、力になること。単純にして明快な解答を、赤髪の少女は全力で実行する。皆のために。

 

「始めよっか」

 

 衝突は避けられないほどに加速し、衝撃を巻き起こす。

 いよいよ各地で戦闘が開始される。荒れ狂う戦の風に、激戦は必至となろう。

 そしてクロネアが動いたように、アズール側もまた、行動を開始した。リリィより更に上空へ、紺色の絨毯が飛翔する。乗る二人はモモ・シャルロッティアとリュネ・ゴーゴン。二人の行動を確認した後、リリィが火の軍勢を一気に動かす。

 その炎波を、第四極長『妃人』が静かに見つめながら……微笑む。

 彼女の髪先が、パチリと弾けた。

 

 

 先勝するは、魔法の国アズール。

 クロネア側、残り十三。

 

 

 

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