アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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第二試練 決着

 

 

 

「証拠ならある、だと……」

「はい」

 

 思ったことがそのまま口に出たクロネア人に、優しい声色で返すアズール人。

 一千年も前の話だ。「ブロウザと交流していた証拠」など、あるはずがない。物的証拠ならば、とうの昔に双子の王族が処分している。あの二人のことだ、一切の漏れなどないだろうと鯨は思った。

 唯一あるとすれば絵本だが、既に潰した。本の内容に鯨は名指しでは登場していない。クロネア人の友として誰かが登場している描写はあるものの、それが鯨という「明確な文言」は書かれておらず、証拠にはならない。

 求められるのは、鯨がブロウザと……ひいてはアズール人と交流があったことを決定付ける明白な証拠である。

 

「不可能だ」

「そうですか?」

「あぁ」

「貴方が証明しているのですよ、鯨」

 

 魔物の鼓動が……跳ね上がる。

 目を大にして、こいつは何を言っているのだと心底思った。既に述べられているが、鯨はこれまで偽の解答である「古代魔術」へとシルドを誘ってきた。古代魔術の直接的な言及を避け、間接的にシルドへ伝えてきた。そちらの方が魅惑的だからだ。また、真実が魔法であることも相手に悟られぬよう、最大限の配慮をしてきた。鯨の策は徹底され、完璧と言っていい。与える真実への種も、考えに考え抜いて振った僅かなものだ。まさか全て拾い上げてくるとは思わなかったが……。

 それでもだ。

 鯨は計画的に動いてきた。ミスはない。一千年も生きてきたのだ、慎重に動いたことに偽りはない。にも関わらず、鯨自身が証拠を提示している……? 怒りと蔑みの念を込めて相手を睨む。

 

「断言する。余が間違いを犯したなどありえない」

「間違いは犯していません。ただ、証明してくれていただけです」

「……なら、さっさとそれを出すがいい」

「わかりました」

 

 頷いて、シルドは“果たし状なる選名”を呼び出す。

 薄い四角の形をした電子板。電子板は二枚あり、上と下が繋がった形をしている。上にはアズール代表者と書かれており、アズール語で十名の名前が箇条書きで記されている。下にはクロネア代表者と書かれており、十四名の名前がクロネア語で同じく箇条書きに記されている。

 

 それぞれの代表者にとって、仲間と敵が残り何人いるかわかるよう、一目瞭然になっている。上下で言語が違うのも、残りの仲間が誰なのか代表者らが直ぐにわかるための配慮である。ただ、そんな電子板に載っている名前も、今ではアズール代表者のジンとシルド、クロネア代表者のシェリナと寂しいものになっているが。

 “果たし状なる選名”は何で作られているか。

 言うまでもなく、魔法だ。

 アズールの文明品である。

 電子板を見て、シルドの言わんとしていることをわかった鯨は大きく笑った。

 

「ハハハハ! なるほど? 余が『魔法である“果たし状なる選名”を知っていた』から『ブロウザと交流があった』と言いたいのだな! 確かに、その魔法が何なのか知っているには魔法を扱うアズール人と交流していた必要があろうな。……だがな、それは違うぞクロネアの敵」

「……」

「“果たし状なる選名”は余の推測によるものだ。アズール人は魔法を使う。戦争をしている以上、代表者がどうなっているか両国の者は互いに知っておく必要があるだろう? ならばそういう類の魔法を発動したのだ……と推測したのだ。そして見事に当たっただけさ」

「……」

「余は知らんぞ、“果たし状なる選名”などという魔法の詳細は。余はブロウザと交流などしていなかったのだから、彼から教えてもらっていたわけがないだろうが。ゆえに、『その魔法を知っていたのだからアズール人と交流があった』ということにはならん。さらに言っておくが、独学でアズールを勉強していたこともないからな! アズールについてなど何も知らん、“果たし状なる選名”も、全てただの推測に過ぎん!」

 

 高らかに宣言する鯨を前に、一つ頷いてシルドは微笑む。

 

「はい、僕もこの魔法だけで貴方とブロウザが交流していた、という証拠にはならないと思います」

「……だったら」

「思い出していただけますでしょうか。僕が今夜、ひっそりと図書館へ来てから、貴方とこの場所へ移動していた最中のことです」

 

 シルドが不死なる図書に降り立ち、鯨が人の姿となって出迎え、最後の舞台となる場所へ移動中のこと。

 選抜集団代理戦争の真っ只中であるためか、続々と代表者が脱落していく。その度に“果たし状なる選名”が出現し、忙しなく脱落者を消していった。自分が出られない悔しさをシルドが我慢している時に、それをこっそりと見ていた鯨は余裕綽々と彼にこう言った。

 

『大丈夫かい、お兄さん』

『何がですか』

『どうにも、お兄さんの国とクロネアは現在進行形で軽い殺し合いをしているみたいじゃないか。つい先ほども、お兄さんの横に妹君が退場したとの報告を知らせる魔法が出現したようだけど』

 

 対し、シルドは「妹は責務を果たしたのだから問題ない」と返す。

 身内が脱落したという、家族なら聞きたくない言葉を平気で言ってきた鯨に対する強がり。そんな彼を見て、鯨は密かに笑っていた。

 

「だからどうかしたのかね。まさか、それが証拠だと言いたいのか」

「はい」

「……」

「……」

「…………。は?」

「これが証拠です」

「馬鹿にしているのか!」

「いいえ」

 

 瞳孔が開き、烈火の如き表情で迫る鯨。

 憤怒なる視線を受けながら、シルドも視線を外さない。

 

「それの、どこが証拠だと言うのだ……!」

「まだわかりませんか」

「わからんから言っている!」

 

 激高する鯨を前に、“果たし状なる選名”を見えるよう鯨の眼前へ上げる。 

 シルドの真意が未だ理解できない鯨は、電子板を思い切り叩き割ろうと手を挙げて──。

 固まり。

 黙り。

 “それ”を見てから。

 悟った。

 ……いや。

 悟ったというよりも。

 まさか、と思ったが正しいだろう。

 

「……」

 

 この時、ようやく鯨は自らの犯した決定的な過ちを理解した。

 してしまった。

 そして。

 二枚ある電子板の上部分にあるアズール代表者を指さしながら。

 長きに渡る激動の一ヵ月を過ごした、第二試練の謎を決着させる運命の言葉を────。

 シルディッド・アシュランは告げるのだ。

 

 

 

「これ、アズール語ですよ」

 

 

 

   * * *

 

 

 

 アズール語。

 クローデリア大陸を統治している国の名はアズール。今から約六百年前に大陸全土を統一し建国した。現在では言語を統一化させ、アズール語を話せればクローデリア大陸を旅行することは左程難しくない。もちろん残っている言葉もある。文化を残しておこうと今でも現地の言葉を話す者もおり、八船都市では援助している都市もあるという。

 

 言うまでもなく、アズール語はアズール人の使う言語だ。

 断じてクロネア人が使うものではない。魔術師たちは長きに渡りクロネア語を使ってきた。

 アズール人とクロネア人は互いに意思疎通する際、“同音電糸”という魔法を使って話すも、話せるだけで文字は読めない。また、文字を読めるようになる魔法は未だ発明されていない。

 

 “果たし状なる選名”には、二つの電子板がある。

 一つはアズール代表者を上部分に。一つはクロネア代表者を下部分に。

 それぞれの代表者が、仲間の誰が残っているのかわかるよう、上はアズール語で、下はクロネア語で書かれている。

 繰り返すが、当然の配慮だ。

 先ほどの回想を思い返せば、シルドと鯨が最後の舞台へ歩いている最中に鯨はこう言ったはずだ。『つい先ほども、お兄さんの横に妹君が退場したとの報告を知らせる魔法が出現したようだけど』……、と。

 

「どうして、わかったのですか」

 

 シルドが優しく微笑む。

 鯨からしてみれば、背筋が凍るほどの笑み。

 

「どうして、『アズール語で書かれている僕の妹の名』を、読めたのですか」

 

 それはもはや、逃げようのない事実にして。

 

「貴方は、アズールなんて知らないはずなのに」

 

 変えようのない証拠である。

 

「ブロウザからアズール語を教えてもらっていたのではないですか。彼と交流していたから」

 

 言葉。

 言語。

 文化。

 異国同士だからこそ、生まれるものだ。クローデリア大陸も戦国時代と呼べる時代があって、その時は三十以上の国が存在していた。当然それぞれ言葉も違い、アズールの建国後も相当の苦労があったという。魔物がいるクロネアからすれば、クロネア語を統一させる労力の規模も尋常ではなかったであろう。

 

 国が違うからこそ絶対に生まれる言語という壁。交流がなければ、読めるわけがない。

 だが鯨は読めた。

 ブロウザと……ひいてはアズールと、関わりが一切なかったと言ったのに、イヴキュール・アシュランの退場を知らせた電子板を見て、名指しで彼女が退場したことをシルドへ告げた。他にも代表者はいたのに、的確に言い当てた。「読めていなければわからない」それを、鯨は口にしてしまったのだ。何故か。

 アズール語を読めるから。

 読めるということは必然的に──、アズールと交流があったということになる。

 

 鯨自身が、証拠を提示していたのだ。

 

「僕がブロウザをアズール人だと言っていたのはこれが原因です。一千年前のことなので、当時はアズールも複数あった一国に過ぎなかった。けれど貴方はアズール語が読めた。と、なればブロウザはアズール出身であったということです。貴方はブロウザと仲良くなるために、互いの言語を教え合った。その成果により、妹の脱落を知ることができた」

「そ、れは」

「貴方は僕を偽の解答へ誘導するため、『古代魔術を使えると仕向ける必要』があった。その一環として、イヴが退場したことを知った貴方は『古代魔術の一つ“奏流の全”で大自然と一体化し、戦争を逐一把握できるという演出』を試みた。本当は何もできないけれど、古代魔術だからこそできることを僕に見せつけたかったからだ」

「……ッ」

「けれど、真実が魔法であり古代魔術を使えないのなら。あの時、イヴの退場を知ることができた方法は一つしかない。アズール語で書かれたイヴの名が消えていく様を見ていた以外……、存在しない」

 

 口を開け、閉める。

 再度開け、閉める。何度も繰り返しながら、言葉を探す。

 何故アズール語を読めたのか、説明しなければならないからだ。しかし数刻ハッキリと言ってしまった。アズールのことなど何も知らないと。知らないのなら、言語もまたわかるわけがない。

 ブロウザと交流していた証拠などどう頑張っても出せないと思っての発言だった。……どうにも、やることなすこと全てが裏目に出ている感じがした。

 

 その時だ。鯨の脳裏であることがよぎる。

 シルディッド・アシュランは、第二試練を解くためにここへやって来たはずだ。その際、いよいよ解答を話す時に邪魔にならないよう“果たし状なる選名”を割って、脱落者が出ても出現させないようにした。集中するためだと思われる。

 ……何故、降り立った時にそれをしなかったのだ? 

 降り立って直ぐに問答戦が始まってもおかしくなかった。邪魔にならないようにするための配慮なら、直ぐにやるべきだったはずではないのか。

 ──わざと残していた? 

 鯨が古代魔術の偽装工作をするため、電子板を読むことを先読みして?

 もしそうなら……彼は、最初から仕組んでいたことになる。

 全てここへ、繋がるように。

 

「クロネアの敵」

「はい」

「わざとか」

「いいえ、偶然ですよ。ただ、妹脱落の言葉を言われた際、違和感を覚えました。そして直感で『これを証拠に使えないか』と思いました」

「……そうか」

 

 息を吸って深く吐き、薄く笑う鯨。

 どうやら、相手の方がずっと先を見ていたようだ。古代魔術の解答を持ってくるだろうと待ち構えていた自分と違い、その先である真実の舞台まで想定して彼はここへやって来た。惨めに半狂乱となって抵抗し、証拠を寄こせと喚く魔物に確固たる証拠すら現場で作り上げて……。悟りきった鯨は、顔を上げて、目をつむった。

 

 それを見ていたシルドもまた、目をつむる。

 思うは、彼の師であるアズール図書館の司書ことステラ・マーカーソン。第二試練を言い渡した際、彼女はシルドに注意事項を添えた。

 

『二国についての情報収集は、一切禁じる』

『なっ!?』

『ただし、人の口からでのみ、許可する』

『意味がわかりません。人伝の情報のみで選べというのですか』

『そうさ。ここで重要なのは、図書館や新聞といった媒体を青少年から切り離すことにある。視野や教養を広げるためには、こういった不公平な条件事項もいるのだよ』

『……』

『そんな顔をしなさんな。中の中、難しいことじゃないだろう。青少年の周りには素敵な友達がいるじゃないか。彼らの話をよく聞いて、考え、自分で判断しなさい。今まで図書館で調べ、考え、自分で判断していたものが、一つ変わっただけのことだ。意味はある。価値もある。自分の大きな成長に繋がると捉えて、前進しなさい』

『それも、第二試練に含まれている、ということですか』

『上の上。耳で感じ、目で知り、身体で学びなさい。青少年』

 

 最初、シルドはステラの意図を理解できなかった。

 特に「重要なのは、図書館や新聞といった媒体を青少年から切り離すことにある」という文言だ。何故調べさせてくれないのか、わからない答えに苦悩していた。二年生になって成長したはずなのに、解けない自分を責めたりもして。

 その時、姉妹が現れた。

 「もう大丈夫」、「あたしらが、傍にいるよ」と言って。子供の頃、魔法を使えない理由から虐められて泣いていた頃、颯爽とその言葉を言いながら現れた姉妹。あの時も同じ言葉を言って、シルドの前へ現れた。驚き、涙目になりながら「どっか行け」と強がるも、姉妹にステラからの真意を教えられた。

 

『第二試練って、他国の図書館の謎を解明することだよね』

『あぁ』

『シルド、貴方が今やっている、他国に行くための情報探し。もしステラさんから図書館や新聞といった媒体からの情報探しを禁じられていなかったら、貴方はどうしてた?』

『そりゃ、図書館を使うに決まってる』

『兄貴。ならさ、仮に他国に行ったとして、謎を見つけられたとして、解くためにどうするの?』

『図書館や新聞を使うに決まってるだろ。さっきから二人は何を言ってるんだ。真意がみえないよ』

『まだわからないの?』

『え……』

『他国の図書館にある文字は全て、その国の言葉なんだよ?』

 

 その国の言葉。他国の言語。読めない事実。

 知っておかねば読めるわけがない。

 ただし、知っていれば当然読める。

 鯨が、アズール語を読めたように。

 

「……」

 

 あの時、他国の言語に対する意識が強く残った。

 残ったといっても、小さな点である。

 まだ右も左もわからず手探りの際に生まれた点だった。

 その……「他国の言語」という点が、今、「第二試練の証拠」となって結びついた。

 繋がった。

 始まりのところに転がっていた小さな欠片が、終わりのピースとなってはめ込まれた。苦難の末にようやくパズルは、完成する。

 

「……うん」

 

 そしてステラから、第二試練へのアドバイスとして最後にこう言われていた。

 

『あぁ、最後にもう一つ』

『なんでしょうか』

『物事には何度も同じことを試みて、時には撤退を余儀なくする場合、もしくは諦める場合がある。この時、必要になるものは何だろうか』

『振り向かない覚悟でしょうか』

『中の下。まぁまぁ正解だ。しかし、それ以上に必要なものが、下がる勇気さ』

『……』

『今まで頑張ってきたのに、ここで背を向け後ろに下がると、まるで自分を否定してしまう気がする。決断した後も苛まれる。だから、下がる勇気は本当に苦しく、辛い。けれどね、時に、もっと勇気がいる場合があるんだ。……一歩、前進する勇気さ』

『前に進む時も勇気が必要になる場合が?』

『そうだよ。いつかわかるだろう。普通の人は一歩下がる勇気と前を行く勇気、下がる勇気の方が大きいと思う。しかしね、時と場合によっては前に進むことが死にたくなるほど怖く、勇気がいることがある。そういうものがこの世にはあると知っておくこと。きっと、青少年の力になるよ』

 

 古代魔術と魔法。

 真実の解答として、どちらを選択しようか。シルドも当然ながら苦悩した。どう考えても古代魔術の方が正解としては理想的だ。魔法を選択するなんて、自分でも馬鹿だと思った。けれど、ステラの言葉が彼の心で反響した。

 前へ進む勇気。

 時と場合によっては、前に進むことが死にたくなるほど怖く、勇気がいる。

 その通りだった。

 だからシルドは、前を選んだのだ。師匠の言葉を決して忘れずに自分の心に留め、吸収し、勇気に変えて。

 

 シルドは一人だと弱い。自己評価は低く、悩み癖があり、自他ともに認める影の薄さもある。それでも彼は多くの人に支えてもらえた。そして彼の長所である得たものを自分の成長に繋げる能力の高さは、ここクロネアで存分に発揮された。

 だからこそシルドはここまで来れたのだ。まず解けない第二試練の謎を真正面からぶつかり、誘導され、迷わされるも、必死の思いで打開し、前へ進み、勝ち取った。

 それがシルディッド・アシュランという青年だ。

 アズールから来た田舎貴族にして、世界最大の司書を目指す……、男の名だ。

 

「鯨よ。答えを聞かせてもらってもいいですか」

「……あぁ、そうだね。クロネアの敵」

 

 顔を上げ、目をつむっていた両者は向かい合う。

 何度交えたかわからない視線を交差させながら、始まった時のように笑みを作って。

 一人はアズール人。

 一人はクロネア人。

 鯨の中で、あるアズール人が思い浮かぶ。

 差別を受け、死のうと思っていたあの日に現れた彼を思い出す。

 願わくば、もう一度、会いたいものだ。

 そして会ったのなら、こう言いたい。

 その言葉は、目の前にいる青年へ向けるものと、同じ言葉だ。

 

 

 

「及第点かな、お兄さん」

「そこは満点と言ってくださいよ、鯨」

 

 

 

 助けてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

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