アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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古代魔法師の本気

 

 

 

 

 数分前のこと。

 ジンたちのいる現場へ急行していたイヴキュール・アシュラン、ユミリアーナ・アシュラン、『裸人』ナクト・ヴェルート、『舞人』フラワー・ヴィンテージの四人は、突如として現れた“不可侵結界”により行く手を遮られた。イヴはその魔法を見るや口をあんぐり開けた後、絶叫しながら蹴りをいれまくる。

 

「ふざけんな、ふざけんなっ! あたしですら発動したことないのにっ!」

「ねぇイヴ。これ何の魔法なの? 特級魔法なのはわかるけど」

「“不可侵結界”だよ! 兄貴、こんな魔法まで習得してたなんて、羨ま……けしからんっ!」

「あ、でも、戻って来たということは、第二試練は終わったということね」

「……。合格できたのかな」

「さぁ?」

「あぁもう! 何でこんな魔法発動してんだ! 入れろぉ!」

「師よ、三傑がいるというのは本当ですか」

「あぁ。しかしこれでは入れないね。別の方法を考えようか」

「チラッと聞こえた第二試練とは何のことなのでしょう……」

「余計な詮索をしないのが、男の嗜みだよ」

「入れろぉお!」

 

 遠くから声が聞こえて。

 

「いたいた。イヴー! ユミー!」

「あら、リリィちゃんにレノンくん、リュネさんも。無事で何より」

「「「……全裸ッ!?」」」

「こんにちはアズール諸君。我の名は第二極長『裸人』、ナクト・ヴェルート。……おや、どうしたのかな後ずさりして。怖がることはない、お友達になろうではないか」

「入れろぉおおおおおおおお!」

 

 

   * * *

 

 

 三傑クロネア代表は高揚していた。

 ……こいつは面白い。何か不気味なものを纏っている。一般のそれとは違う異常性だ。楽しめそうだ、久しぶりに楽しめそうだ。殺してきた奴らは揃いも揃って雑魚ばかりだった。たまに骨のある奴もいたが、最終的には無残に殺されるだけの存在だった。

 それがどうだ、今、俺の目の前にいる男の気色悪さは。滅多に遭遇できる相手じゃない。そんじゃまぁ、いっちょ……!

 

「楽しもうか」

 

 レイヴン・ハザードの眼前に、三メートル級の男が現れて。

 針のような男だった。細く長くひょろい体躯。ネズミ色の紳士服を身に纏い、黒のとんがり帽子を被っていて、忽然と三傑の前に現れた。ほぼ同時、速攻の一撃を真下から喰らう。

 

「“頸斬(くびき)り男爵”」

 

 禁術、特級・創造魔法“頸斬り男爵”。子供だけを襲い首を斬り落とし、自身の館で保管していた殺人鬼である。発動すれば相手の首だけを斬り落とすため執拗に襲ってくる創造魔法。

 レイヴンの巨体を上空へ蹴り上げた後、“頸斬り男爵”も高く飛翔、背負っている大鋏(オオバサミ)を取り出して、間髪入れず相手の首を挟み斬りした。……けれど、当然ながら斬り落とすことはできず、レイヴンに顔面を掴まれそのまま地面へ容赦なく掴み潰される。バラバラに砕け散った魔法創造物は、ゴミのように投げ捨てられた。

 

「“ルカーナ・トラッグ──魔体なる肉薄”」

 

 砕け散った“頸斬り男爵”の破片が宙に浮き、レイヴンの顔面に密着する。特に鼻と口の呼吸する箇所にはピッタリとくっ付いた。このまま窒息させる狙いがあったものの、レイヴンの全身から魔力がドッと溢れ、破片を弾き飛ばす。顔からボロボロと崩れる破片を手で払い落とし、三傑は笑みを浮かべて前へ出る。

 彼の両腕両足に、紋章が灯った。

 相手から「“自転箇”」という魔法名が聞こえた。灯った片方の腕がグルリと右へねじれ、片方の足は左へねじれる。残った腕はねじれた腕に絡みつき、同じく残りの足も同様である。次に首に紋章が灯り、反時計回りに回転していく。

 ねじれて曲がり湾曲していく身体。全身のどこか一箇所を起点とし、次々に自転させる禁術、上級・癒呪魔法である。発動させれば並みの人間では太刀打ちできず殺されるものだ。

 

「次は何だ?」

 

 紋章を軽々と剥がしながら、嘲笑するクロネア人。これも無効化された。

 魔術とは、己の魔力を使い自分自身に術を施し、驚異的な力を発動する事象を指す。敵の魔術は全身を完璧に覆う無敵バリアのようなものだ。呪い系統の魔法ですら効果はない。加えて“ルカーナ・トラッグ──魔体なる肉薄”を弾いたり、“自転箇”の呪紋を削ぎ落した点からも、魔力を強めれば自身に纏わりつくルカを排除・弾き飛ばせるようだ。厄介な魔術に相違ない。

 倒すにはどうしたらいいか。

 敵の魔術を解除させ、その身に攻撃を叩き込めばいいのだが、ジンから聞いている通り解除させることは不可能だという。事実、“産女狂苦の血染め子宮”で精神を揺さぶり魔術を一時的にしろ解除させることは失敗している。あの血に塗れた光景を見た時でさえ、奴の精神は揺るがなかったのだ。では、どうすれば奴に勝てるのか。

 

「“メランダ・ロッティ──悪貴妃”」

「芸がないな、もうネタ切れか?」

 

 禁術、特級・癒呪魔法を発動。シルドの横に出現するは八百年前、ある小国の妃となった女であった。しかし三年後、小国は滅びることになる。王の弟と不倫関係になり、また複数の上流階級の男性も自慢の肉体を使い篭絡。それぞれの男らに甘い言葉を囁き、裏切りや内乱を多発させ国を混乱に陥れた。これだけ聞くとよくある歴史のネタ話であるのだが、彼女の恐ろしさはそれだけではなかった。

 名前、身分、出身地を偽造し複数の国を渡り歩き、生涯に渡り四つの国を滅ぼした。全ては、崩れ果てた小国らを母国へ吸収させるためであり、嘘のような実話として知られている。

 名をメランダ・ロッティ。最後は母国により暗殺されたのだが、彼女の部屋からある魔法書が発見された。かの魔法書を記した魔法師は彼女自身であり、この魔法で、数多の男どもを堕としてきたと伝えられている。

 

 世にも妖艶で美しい女が現れ、レイヴン・ハザードへ手を差し伸べて。

 『おいで』と言った。

 三傑の足が一歩前へ、強制的に踏み出される。

 

「ッ!?」

『おいで』

 

 さらに一歩前へ。

 

『自分の首を絞めて』

 

 抵抗する間もなく自らの首を絞めにかかる。

 ただ、その首も魔術で覆われている以上、無意味であった。

 

「ハッハハハハァ! こいつはすげぇ! だがな、効かねーのよ! 俺の魔術は無敵だ! 無理やりにでも解かせてもら」 

『両腕を広げて』

 

 今度は両腕を広げた。「何だ?」と怪訝な顔をした時、上空に影が差して。

 見上げた彼の前に現れるは、超特大の規模を誇る……「鎌」。

 遠く離れた大園都からも見える、大鎌であった。

 

「“月狩”」

 

 その規模は凄まじく、唖然とする他ないほどの大きさで、“不死なる図書”である鯨すらも軽々と超えるほど。学園啓都に存在するどの建物、生き物よりも大きい規格外の大鎌の刃先は、一人の獲物へ向けられていた。そして、驚きに浸る暇など一切与えず、即殺が如く降り下ろされる。

 鎌がシルドの真横を通過し、敵に命中する直前──。

 悪女の声が聞こえた。

 

『魔術を解除して』

 

 ありったけの衝撃を一身で受け、轟音が響き渡る。

 土煙が上がる様をシルドは静観していた。

 十数秒、その場で沈黙が続く。双方とも何も言わず、土煙だけが三傑周辺で巻き上がっている。

 左手にある本は今もなおパラパラと捲れていて、緑色に光っていた。“メランダ・ロッティ”は静かに消えていく。徐々に煙が晴れていき、中から男がのっそりと現れるも……無傷である。無表情を貫いていたシルドは「ふむ」と呟くと、やや感心した表情をした。

 

 独立して魔術を発動しているといっても、“メランダ・ロッティ”の呪言すら通用しないとは。男なら余程のことがない限り反抗できない魔法だ。敵自身の意思とは無関係に魔術が行使されている証左であった。やはり禁術の癒呪魔法はほとんど効かない。同じく禁術の創造魔法も。ほとほと丈夫な身体をしていると思っていると、呆れを含んだ言葉を敵が口にして。

 

「やはり同じだな。そこのアズールどもと変わらんか」

「……」

「二度手間ってやつだ。俺はこういう無駄が大嫌いでな、せっかく楽しめると思っていたのに興ざめもいいところだ。飽きた。いいか? わかりやすく言ってやろう。格が違うんだよ。圧倒的な格がな。わかっていると思っていたんだが、この程度とはなぁ。準備もなしにやって来たのでは、ここらが限界ということか」

「その通りだ」

 

 相手の言葉に淡々と返すは、不敵に笑うアズールの青年。

 

「ただの時間稼ぎだからな」

 

 大地が、揺らぐ。まるで地震が起きたかのように。

 否、大地ではない。ここは陸雲という雲の上にある地面だ。地震が起きるなどありえない。しかし実際に陸雲は激しく揺れ、立っているのも難しいほどのものであった。思わずよろける三傑。それは他の者も同様である。……ただ一人を、除いては。

 咄嗟に、レイヴンは地面を見た。何かの違和感を覚えたからだ。

 地面に……ヒビが入る。ヒビは小さなものなれど、徐々に大きくなり自分の周囲にだけデタラメに広がっていく。まさかと思い敵を見れば、静かにこちらを見つめていて。

 

「てめぇ……!」

「禁術、特級・自然魔法」

「地形を!」

「“天地創造”」

 

 地面が、割れた。

 割れたのはレイヴンのいた場所のみ。それ以外の場所には何も被害はない。彼の落ちた場所は実に深く広く、深さ20メートル、直径5メートルに及ぶ筒状の穴が完成した。為すすべなく落下した敵は、空を見上げて思った以上に高いことを知る。建物でいうなら6階建てに近い高さであり、自力で上がるにはやや面倒なものであろうか。けれど登れない高さではない。

 舌打ちをしながらすぐさま壁を伝い上ろうと──、するも。

 動かない。動けない。

 いつの間にか、今までどこにあったのだというような太く荒々しい大樹が……両足に巻き付いていた。

 

「“ラスターリ・ノック──神樹縛”」

 

 同じく特級・自然魔法が発動されていた。

 “天地創造”は自然魔法・土系統の最強魔法と称され、“ラスターリ・ノック──神樹縛”は自然魔法・樹木系統の最強魔法と称されている。

 前者は土に類するものなら地形ごと自由に操る魔法で、やろうと思えば大地そのものを丸ごと支配できる禁術。後者は「星の古木」といわれる古の大樹を一時的に疑似生成し、対象に巻き付かせる魔法で、自然魔法の束縛に当てはまる魔法の中では他の追随を許さない。

 

 “自転箇”の呪紋を削ぎ落としたように、レイヴンが全身から魔力を溢れさせる……が、解けない。

 巻き付いている部分はボロボロと崩れ落ちるも、瞬時に再生し、まるで魔力を寄せ付けないのだ。この大樹、燃やしても凍らしてもすぐさま再生し復活する上に、再生した部分はより強力な大樹となっているため、無限再生・無限強化の役割も果たす。如何に三傑であろうと、易々とは崩せない……。さらに。

 

「“反響髄液”、“ささめき椿”、“凝縮魔境”、“重なる閃迅”連携接続“ヨル・サシ──重力指定”」

 

 レイヴンの周囲にある全ての土壁と地面が漆黒に変わる。そして、黒面から黄と白の入り混じった液体が漏れ出して彼のもとへ流れていく。……衝撃全てを液体の集まる場所へ一点集中させるよう造り変える特級・創造魔法“反響髄液”。

 続いて左手にある本が赤く光り、穴の周りを囲むオーロラカーテンを出現させる。カーテンの中から発する音という音を外部へ漏らさない上級・陣形魔法“ささめき椿”。

 さらに、上空に円形の陣が縦に一列、三十以上展開される。陣を通過した物体を強制的に凝縮・練り固める上級・陣形魔法“凝縮魔境”と、同じく陣を通るたびに速度と破壊力を倍加させていく“重なる閃迅”に、加えて重力も増すよう操作した特級・陣形魔法“ヨル・サシ──重力指定”を連携接続させる。

 

「……」

 

 “天地創造”から始まる怒涛の連続魔法後、数秒の沈黙が訪れた。

 何も起こらない。

 ただし、これから何かが起こるのは間違いないと皆が悟った。三傑レイヴン・ハザードでさえ、今までの経験を遥かに超えるものが来ると確信した。そして、彼の確信はそのまま現実のものとなる。……何やら、空が明るい。

 

「……ク、ヒハッ、ハハッ!」 

 

 見上げた先に、小さな笑みが生まれ。

 

「マジか? マジかマジか!? あぁガキ、お前は、あぁお前は、やはり最高だ。最高だ!」

 

 嬉しさの限界を超え、爆発した。

 

「前言撤回だ、俺の目に狂いはなかった! ハハハッ、こいつはすげぇ! 間違いなくすげぇ! そうだ、お前はこれをやるために時間を稼いでいたんだな! いいぞ、いいぞガキ! 受けてやろう。全てを受けてやろう! だがわかっているのだろうな、あぁ!? アレで俺を殺せなかったその時、お前の死が決まるということを! ハハハァ、あぁ、たまらねぇ……来い……全力で殺しに来い! 何が起ころうが喜んで受けてやろう。何故かわかるか? 最後に勝つのは俺だからだ!!」

 

 天空の夜には星々が燦々と輝いていて、世界を美しく飾り立てる。

 そんな暗がりの海で、強い光を放つ星があった。

 幾万の彼らの中で、ひと際目立つものでもあって。

 何故か、異常に輝きを強くしていく。

 光は徐々に増していき、明らかに他のそれとは違う輝きを放つようになっていく。

 ……星ではなかった。

 宇宙を漂う、とある塊。

 此度の戦争、学園啓都全域で外出禁止令が出されている。当然ながら外出は厳禁なれど、憲皇の塔上空で、時折激しい光や火花が舞い散るため、一体全体何が起こっているのかと外を見る者も多かった。そんな折、突如として空が明るくなる。朝陽が出現したかのような眩しさだ。「夜空なのに?」と、ごく自然の疑問を胸に、光の方へ顔を上げれば。

 

 目も眩むほどの輝きを放つ、宇宙(そら)からの使者が視界に映り込んだ。

 あまりにも速すぎる接近。

 小さかった輝きは、今や天空を覆うほどの眩い大光となる。

 さらにこちらへ向かうにつれて、速度・熱量を激しく上昇させていく。

 もはや唖然・呆然とするしかない彼らをよそに。

 発動した魔法師の命令を実行するため。

 ただただ一直線に目標へ降下する天からの爆撃機は。

 “不可侵結界”のぽっかり空けた天井を隙間なく通り。

 “凝縮魔境”、“重なる閃迅”、“ヨル・サシ──重力指定”を華麗に抜けながら。

 破滅の限りの命を持って。

 最大威力の突貫をしに。

 いざ────、着弾する。

 禁術、特級・自然魔法。

 

 

「“一極星”」

 

 

   * * *

 

 

 隕石が着弾した瞬間。

 “ささめき椿”が限界ギリギリまで膨張する。膨大な空気を一気に入れられた風船のように、虹色のオーロラカーテンは一瞬で膨れ上がった。今にも張り裂けそうな虹色のカーテンは、その魔法の最大効果を発揮して、見事に落下音を丸ごと消し去った。直後、使命を全うしたのか、ボロボロの布切れとなって消えていく。音は外部に一切出なかった。

 ただ、衝撃の波はやや違った。

 “反響髄液”と“天地創造”と“神樹縛”の合わせ技により、衝突・衝撃・破滅といった「こと破壊」に関する全ての事象を一点のみに凝縮させたものの、周りの被害も一応あった。森林一帯が地面から一度だけ突き上げられた感覚に襲われる。

 二国の代表者もその感覚に遭うも、内心は「あの隕石の衝突でこれだけ?」と思った者がほとんどであった。もし方法を間違え失敗したのなら、言うまでもなく大惨事であったであろう。今では円筒の穴から赤緑の煙が立ち昇っていて……。

 戦いの様子を蒼髪青年の後ろでアズール三人は静かに見つめていたものの、ジンが呆れ顔をする。

 

「あいつ、どんだけ禁術持ってんだよ。友達辞めようかな」

「ねぇモモ。シルドくんって禁術いくら持ってるの?」

「ん、と。ごめんなさい知らないの。そもそも禁術に類する魔法を習得していたことすら知らなかった」

「でも、“メランダ・ロッティ”は超いいよ。あれ禁術の上に癒呪魔法なんだよね。私じゃ無理かなぁジン」

「絶対止めろ、俺の身が……。──ッ!?」

 

 実際のところ、禁術魔法は全て師匠であるステラから無理やり読まされていただけなのだが。

 静かに見つめるシルドに向けて、モモが何かを言おうとするも、ジンが手で静止させる。三人の中で先に感じ取ったのはジンなれど、それよりも早く悟ったのは。

 

「大したものだ」

 

 シルディッド・アシュランである。

 誰に向けて言ったかは、言うまでもなく。

 ……。

 …………。

 ガッ、ガッと音が聞こえる。

 壁を登ってきている。地上へ出るため“一極星”の衝撃で粉々になった“反響髄液”の壁を手だけで登ってきている。一人の男を滅するために造り上げられた魔法をその全身で受けたにも関わらずだ。あの攻撃を喰らって生きているどころか動いている……。徐々に登って来る音は大きくなり、その音に混じって勝ち誇った笑い声も聞こえてきた。──そして。

 

「頑丈にもほどがある」

 

 手が、穴から生え出た。もう一方の手も続いて現れ、のっそりとクロネア代表は生還する。

 無傷。ただし、服が所々燃え、破れている。……その程度の負傷であった。首を左右に回し音を鳴らして身体も動かす。どこも怪我はないというアピールだろうか。薄く目を開いた後、満足そうに頷いた。

 

「見事だ。俺の服にここまで傷を付けたのはお前が初めてだぞ、ガキ」

「……」

「だが先も言った通り、今までの人生で俺自身に傷を負わせた奴は一人もいない。これがその証拠だ。久しぶりに楽しかったぞ、実に高揚した。ハッハァ、悦に浸ったのは本当に何年ぶりだろうか。お前はクロネアにとって危険対象に値するだろう。だから」

 

 三傑の魔力が一段と跳ね上がった。空気が振動し、森がざわつく。生きとし生けるもの全てを滅殺する気迫を全身から出す。三傑、レイヴン・ハザード。その魔術による強さは間違いなく本物であり、クロネア随一の恐怖といえる。

 

「おい」

 

 ただし。

 

「何の顔だそれは、ガキ」

「……」

「諦めがついたはずだ。お前の全力を俺にぶつけたんだろうが。最後ぐらい、後悔に苛まれた顔をしろ。それとも何か悟ったか?」

「悟っていないし、後悔もしていない」

 

 目の前の青年はそれ以上の。

 高みにいる。

 終始冷静な表情をして、穏やかに言葉を続ける。

 

「誤解をしているようだから、一つ訂正をしよう。“一極星”を見た時に貴様が叫んでいた『そうだ、お前はこれをやるために時間を稼いでいたんだな』、だ」

「……? 何を言ってやがる」

 

 シルドの態度が気に入らないレイヴンは怪訝な顔をして言いながら……相手の真意を探る。

 ……負け惜しみか? いや、ありえない。このガキにおいてそんな雑魚がやるような言動などしない。

 なら何だ。こいつからは全く諦めの気配を感じない。むしろ活力に満ちている。いや、満ちているどころじゃねぇ。満ち溢れんばかりの意志を感じる。まだ何かやろうってのか。アレ以上の攻撃をするってのか。微塵も想像できんが、面白い。やれるものならやってみせろ。どうせ俺には効かんのだからな……! ──ん?

 

「訂正と言ったか」

「……」

「時間稼ぎについて」

 

 ガキは数分前『ただの時間稼ぎだからな』と言ったはずだ。その直後に大地を割り、俺を閉じ込め数多の魔法を使って隕石を降らせた。ただ降らせるだけじゃなく、何倍もの強化をしやがったはずだ。あれには時間が必要だっただろう。俺の言葉に間違いなどない。

 しかし、もしもだ。それが間違いだとしたら。 

 他に考えられることがあるとすれば……、それは。

 

「……今もか」

 

 “今、この瞬間も時間稼ぎ”だとしたら。

 ここまでの流れが最初から最後まで全て計算通りで、ある目的を果たすための只の時間稼ぎだとしたら。

 あの呪いも、イカレた創造物も、立て続けの魔法も、隕石すら、何もかも……単なる余興に過ぎなかったというのか。

 

「時間だ」

 

 ガキの左手にある本が、浮いた。

 理由はわからんが、あの本は緑と赤の光を放っている。だいたいが緑だったが時折赤にもなった。魔法を発動する瞬間に光っていた。それだけのことだったが、今、宙に浮いている本は急に閉じて。

 その上に……ルカで作られた一枚の紙切れが生まれている。

 本が開き、紙切れを中へ。

 収納された後は再び閉じて、ガキの左手に戻っていく。何だ、何だ、何だってんだ……!?

 

「覚悟はいいか」

 

 シルディッド・アシュランが告げた。

 レイヴンの聞いたその言葉は、選抜集団代理戦争が始まる直前、ジンとシェリナが両陣営に言った言葉と同じであった。

 覚悟。己が想いを今一度胸に刻み、戦いの場へ赴くための言の葉。計二十四名の代表者らは、各々が覚悟を持って挑んだ。……では、三傑は果たしてあったのか。覚悟などという言葉と最も無縁な男にとって、青年が告げた意味とは。

 運命の宣告である。

 その覚悟を、今こそ刻めと言っている。

 

「三傑、クロネア代表」

 

 シルディッド・アシュランの“ビブリオテカ”は魔法を発動する際、二色に光る。

 一つは魔法書を読んで会得したものを発動する時の緑光。そしてもう一つは実際に見た魔法を会得して発動する時の赤光。ジン、ミュウ、モモも知っている古代魔法の仕様である。

 

「レイヴン・ハザード」

 

 かの“ビブリオテカ”が再び開く。

 パラパラと同じように捲れ、主であるシルドの命を待っている。

 そしてある魔法が命を受け、発動された。

 その発する、光の色は──。

 

 

「別れの時だ」

 

 

 “青”であった。

 ビブリオテカ・魔法習得“第三”発動条件────、開示。

 

 

 

 

 

 

 

 

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