アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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モモの回想

 

 

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 今、私とシルドくんは“絨布の紺”に乗り、ある場所へ向かっている。

 段々と夕日は沈んでいき、もうすぐ夜になる。目的地までは30分ほどかかるだろう。そっと横を見れば、いつもと変わらない彼が地平線を優しく見つめていた。その顔はとても穏やかで、思わず見続けてしまうほどだった。

 

「……」

 

 いつだろう。

 私の中に彼がやって来たのは。

 

 いつからだろう。

 彼のことばかり考えるようになったのは。

 

 ……思えば、いつからだったかな。

 この気持ちを、伝えたいと思うようになったのは。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 最初に彼の名を聞いたのは約一年前。

 学校はおろか、外にすら出たくなかった私はアズール王立学校を入学以降欠席していた。学校なんてものに興味などない。あんなものは、行く価値のないゴミ箱だ。愚か者が集まる場所。

 このまま退学処分されたかったけれど、姉さんやお母さまに心配をかけたくない。一年試験とかいう一年に一回ある試験の時だけ出席すれば、残りの一年生生活は来校しなくていいと言われた。それを選択するのに、時間は一秒もかからなかった。

 

 いつも屋敷から眺める景色は、今日も変わらず色が無かった。

 黒と白だけの世界。

 白黒の画。

 一生この色だけを見て過ごすのね、と思い笑ってしまう。同時に死にたくもなる。けれど、こんな私でも死ねば悲しむ人がいる。だから命を投げることだけは避けた。本当はこの世に未練などない。学校をゴミ箱と言った私だけれど、当人の私が一番のゴミだから。もう、さっさと焼却してほしかった。家にある紙や絵の具と一緒に……塵となって消えてしまいたかった。

 

 そんな折。

 私の耳に、一風変わった情報が舞い込んでくる。 

 私を何とか学校へ来させようとあの手この手でやって来る新米担任マリー・ワグナル。悪い人ではない、むしろ良い人だ。偽善や興味心などで行動せず、ひたむきに純粋な心だけで動く人。

 本来、貴族の人間に一般人が不必要な介入をするのは禁じられているから、既に学校から注意を受けているかもしれない。それでも私のところへやって来るのは、他でもない彼女の人柄からきていると思う。

 

 少しでも私の興味が湧きそうな話をしようと、自身の話や学校の出来事を一生懸命話してくれた。やって来るのは一ヵ月に一度。頻繁に来ず、されど長くもない。来る際は事前に連絡を入れてくれ、話す時間は20分に満たない。

 出来た人だ。私という人間をよく理解している。素敵な人だと思う反面、申し訳ない気持ちもあった。……どんな話をされようが、愚かな私が学校へ来ることなどないからだ。

 

 ただ、ある日。

 私からみて大変興味深い事件があった。五つ星事件だ。四人が殺害され、五人の容疑者がいたが全員犯人だったという事件。当時はジン王子が解決したと聞いていたけれど、何とも不可解だった。

 ミュウからジン王子の人となりを聞いていたけれど、とても一人で解決できる事件ではなかったから。勘ではあるが、誰か仲間がいるのでは……。だから、ジン王子と仲がいいマリー先生ならば何か知っているのではないか、と。

 

 その程度の興味に過ぎない。予想は当たっていて、ジン王子に協力者がいた。なんだ、やはりそういうことだったか。しかしあのジン王子に認められた人物とは興味深い。狂人で自己中心的で排他的なアズール王子である。

 あの人と付き合える人間など、早々いるものではないのだが……。そう思いながらマリー先生に少し鋭く尋ねると、やや遠慮もあったが、教えてくれた。

 

『その、ジン王子の協力者の子は貴族科にいてね。結構面白い子なんだ』

『そうですか』

 

 貴族科の人間か。おおよそジン王子にお近づきになりたいとかその程度の人間だろう。いいように利用されたのね。哀れだわ。

 

『夢を叶えるため、王都へ来たんだって』

 

 ……。

 何ですって?

 

『そうですか。夢ですか。ふぅん』

『う、うん。夢』

 

 夢……。安い言葉。

 大方、盟主になりたいとか名を残したいとか、貴族にありがちな夢だろう。愚かなことだ。フフ。

 

『アズール図書館の司書へなるために来たんだって』

『……? 司書になるために、ここへ?』

『うん。いろいろと頑張ってるみたい。他の子とは少し違うかな。いや、大分違うかな』

『……』

『あぁ、興味ないよね! ごめんね。えと、最近の貴族科で流行しているのは』

『教えてください』

『え? な、何を?』

『司書になるために王都へやって来た彼のことを教えてください。お願いします』

 

 この時の私は、一体どんな表情をしていたのだろうか。

 喜び、妬み、蔑み。どんな言葉でも言い表すことのできない表情だったに違いない。聞けば彼はアズール図書館の司書という、存在そのものが不確かな夢を手に入れるため王都へやって来たという。夢を幼少時に諦めるも、叶えるために。たったそれだけのために……。

 本当かしら?

 本当だとしたら、フフフ……。

 ふざけた凡愚もいたものだ。

 夢とは諦めるものよ。諦めさせられるもの。私がそうであったように、決まっているの。

 だから私は行くことにした。人生の先輩として、彼がこれ以上進んでも苦しみしか待っていない未来を歩ませないようにするために。

 

 貴方が夢などに必死になって、ひたむきに追っていなければこんなことはしなかった。

 貴方を……羨ましいと思わなければ……私はこんなことしなかった。

 だが遅い。貴方は一方的に私から潰されてしまうのだ。至極個人的な、私が気に食わないという、ただそれだけの理由で。

 

 ……。

 なんという、愚かな女。

 反吐が出る。逆恨みどころではない。ただの通り魔。 

 既に壊れてしまった私に、夢を追う人へ話しかける資格すらないのに。

 ただただ羨ましいと思ってしまう貴方に、私は我慢ならなかった……!

 だから私は、一日では処理できない情報を彼に与え、混乱と誤解を脳裏に焼きつかせた。そして、一年試験二日目の早朝にグチャグチャな答えを持ってくるだろう彼を否定し、心を揺らし、一年試験の結果でも打ち破り、夢を追うことの無意味さと絶望を与えようとした。……けれど。

 

『キミは、僕の真反対の人間なのだから』

『この一年試験、僕はキミに勝つ』

『僕は、必ず、キミを助ける』

 

 彼は「それ」を全て看破し、一年試験の勝利宣言に加え、私を助けるとまで言ってきた。

 私は。

 私は──。

 嬉しかった……と思う。正直わからない。あの時にはもう、嬉しいという感情は欠如していたから。だからどうしていいかわからなかった。

 わからなかったからこそ、目の前の敵を倒すことだけに集中できた。私を助けるだなんて、何も知らないくせに、見栄を張った男が何を偉そうに……!

 ずるい。

 ずるい。

 私はそんなに強くなかった。

 弱くて泣くだけしかできなかった。

 諦めることしか…………選択しなかった。

 

 試験中、彼に気づかれないよう、こっそりと見る。宣言通り、必死に試験と戦っていて。だがそれは無意味なことだ。学力において私に勝てるわけがない。試験なんて名前を書くのと変わらない。そう思いながらも、不思議と彼を見ていた。

 今でも思う。

 あんなに見ていたのは何でかしら、と。

 今思えば、負ける予兆だったのかもしれない。

 そして敗北の瞬間は訪れる。

 

 文現心 大問四 配点:30点

 次の問いを、400字以内で述べよ。

 

【 貴方の夢は、何ですか? 】

 

 一年試験最後の科目「文現心」の最終問題を見た時、私は敗北を悟った。彼に負けると。……不思議と、嫌ではなかった。むしろ心の中で新しい何かが生まれた気さえした。

 自分の何かが変わる。おぼろげながらも掴めるそれを、私は手に入れることができたと思う。……いや、全然違う。何が手に入れただ、身の程知らず。手を差し伸べてもらい、掴むことができただけじゃないの。

 

 それでも……あの場所から、私は助けてもらえた。

 一生の恩だ。

 あぁ、自分で言ってて本当に情けないわ。

 何度考えても自分のだらしなさが酷い!

 心が醜い!

 勝手に動いて勝手に救われやがったのだ。私はそんな女だ。駄目な人間だ。

 

 試験後、彼はぶっきら棒な顔をして店にいて。青髪の青年にとっては完璧な勝利とは程遠いもの。他人の助けで得た勝利、きっと嬉しいものではないでしょう。でも私は嬉しかった。すっごく、すっごく嬉しかった。嬉しく楽しくて仕方がなかった。

 フフ、ねぇ知ってる?

 貴方が助けようとした女はこんな奴なのよ。

 最低なの。

 誇らしいところなんて一つもない。

 そんな私を、貴方は本気で私を助けようとしてくれた。

 それが、痛いほどよくわかった。ずっと見ていたからわかる。やましい心や偽善なんかじゃない。正真正銘、彼は私のためだけに行動してくれていた。助けたところで得られるものは何もなかったというのに。

 

 こんな人がいるんだな、って思った。

 いるわけないと勝手に決めていた。

 私みたいな馬鹿を本気で助けようと挑んでくる男が……いるだなんて。今後、一生ないと確信できるほどの衝撃。終始不機嫌な彼と会話していると、自分が「笑っている」ことに気づく。それすらも楽しくて、嬉しくて。私は一体、何年ぶりに笑ったのだろう。

 

『フフフ、今日は本当に面白い一日だった。こうも自分の想い通りに事が運ばないなんて、そうそうあるものじゃない。愚かね、私』

『はん、楽しそうで何よりだよ』

『えぇ、心から楽しい。こんなの本当に久しぶり。忘れていたわ、私、笑えるのね』

 

 本心の言葉だった。

 私、笑えるんだ。

 今、笑顔なんだ……。

 

『人は誰だって笑えるさ』

『そうかしら。嘘の笑いと真実の笑い、後者の方が価値は何百倍もあるはずよ』

『だから?』

『とてもとても……嬉しいの』

 

 嘘の笑顔ではない、真実の笑顔。

 笑えるという事実が、どれだけ私にとって大きなものだったか、彼は知らない。

 全身が震える想いを知った。これ以上ないほどに興味の沸いた相手に、巡り合えた。まだ笑えるんだ。感情があるんだ。生きているんだ……!

 

 少しずつ自分が変わっていく嬉しさを感じていると、彼が店を出ようとしてスタスタと歩いていく。私は焦った。

 ……待って、まだ貴方と話がしたい。だって今日を終えたら、また屋敷に引き篭もらなければならないから。せっかく人生でこれ以上ないほどの衝撃を受けたのに、こんなに短く終わってしまうだなんて。

 嫌だ、嫌だ。

 でも何て声をかければいいの。

 こんな身勝手な女、これ以上彼に近づいていいの?

 何て言えば、私は彼と再び会って話をすることができるのだろう。

 黒と白の景色が映る中で、必死に考えた。

 でも、考えても何も出てこなかった。

 

 だからせめて、名前だけでも覚えてほしかった。

 それぐらいしか、私に許されることはないと思えたから。

 

『待って』

『まだ何か用かい、画麗姫』

『私にはモモ・シャルロッティアという名前があるわ。それはともかく貴方、この結果を見て、私にいうべき言葉があるんじゃないかしら』

『言葉? あぁ、あるね、当然だよ』

 

 よかった! 名前を言えた。

 これで次に繋げられる。

 どう繋げるかは皆目検討つかないけれど、何とか考えて彼と再び接点を持つ方法を考えよう。

 怖いけど。

 辛いけど。

 本当に本当に身勝手だけど……。

 一年後ぐらいでいい。また、お話できたらいい。それぐらいで充分。いや、ずっと逃げていた私に許されるのは、それすら許されないかも。次なんてものはないのよ。何を期待しているの、愚かね。

 

 だから────

 

 

『次は勝つ。絶対に』

 

 

 あの言葉を貰った瞬間、私の世界に色が添えられた。

 黒と白の世界だった画が一変した。

 赤、緑、青、黄、茶、橙……。幾万もの色が彼を起点として一気に広がっていった。サァ……と私の世界を、黒白で描かれているだけだった紙を塗り変えてくれた。染め上げてくれた。

 

 

『えぇ、こちらこそ』

 

 

 考えるよりも先に言葉が出た。

 言った瞬間に自分でも驚く。私は了承したのだ。「次」を望んだ彼に対し「こちらこそ」と返した。

 本当に私が言ったのかわからないほどに。何とか表情だけはいつも通りに振舞って、彼を見送る。見送った後に紅茶を飲みながら外を眺めて……心の整理と、気持ちを落ち着かせた。

 言ったのよ、私は確かに言ったの。

 こちらこそ、って。

 ……。

 …………。

 やった! やった!

 

 

 

   * * *

 

 

 

 そこから先は大変だった。

 彼、シルディッド・アシュランとの間を少しずつ詰めなくてはならなかったから。

 理由は特にないけれど、今のままなのは嫌だった。ほとんど他人行儀の間柄だ。

 

 学校へ来るようにはなったものの、未だ二人の距離は変わらぬまま。ジン・フォン・ティック・アズールやリリィ・サランティスは彼のことを名前で呼んでいる。また、彼も二人のことを同じように名前で呼んでいた。私とは違い半年もの間、学校生活を過ごしてきた三人。名前を呼ぶぐらい当たり前だわ。では、私は?

 

『紅茶が冷めないうちにお願いするわ。……“シルドくん”』

『そうだね、“シャルロッティアさん”』

 

 苗字。

 頑張ってシルドくんと呼んでも変わらない。シルドくんと言う時だけ強めに言っても変わらない。そう簡単にはいかない。

 ……うん、わかってた。

 少しずつ彼との信頼関係を構築していって、自然と言い合える間柄に持ち込むしかない。積極的な人は「名前で呼べよ」なんて言えるでしょうが、生憎と私にそんな勇気はなかった。

 

 家に帰りリュネと作戦を練る。どうすれば名前で呼び合えるようになるのか聞いてみると、「名前を呼んでほしい、と言えばいいじゃないですか」と返ってきた。それができれば苦労はしないのよ……!

 

『そういえば、リュネはレノンって人と付き合っているのよね?』

『はい』

『どうやって距離を縮めたの?』

『押し倒しました』

『……』

『美味しゅうございました』

 

 駄目だ。私なりに頑張らねば。向こうから自然と名前で呼んでもらえるよう、ちょっとずつ積極的に行動していこう。……無理だわ……ううん、大丈夫よ。臆病になっては駄目。少しずつやればいいの。

 でも、そこまで考えて思ってしまう。

 これは許されることなのだろうか。身勝手全開だった私が、こんなことをしていいのだろうか。

 

『お嬢様、勢いですよ』

『うるさい』

『どうせ身勝手大盤振る舞いで一年試験に突っ込んでいった猪が、今更彼との間を詰めようだなんて、身分不相応ドブネズミと思っているのでしょう?』

『そこまでは思っていないわ』

『あのですね、彼はそんなこと気にしていませんよ。確かにお嬢様は駄目ですが、その駄目だった分、今から変えていけばいいのです。駄目駄目ですが、駄目な人間には駄目なりの駄目さがある。それをどう克服するかが、駄目な人間のうーん、やっぱ駄目ですねこれは』

『諦めないでよ!』

 

 知ってるわよ! だから少しずつやっていくの。自分と向き合いながら、一歩ずつ……。もっと親密になるには、私と彼との共通項を探す必要がある。──と思ったけど簡単に見つかった。

 アズール図書館の司書を探すことだ。幸い、ジン王子は「自分のことなんだから自分で行動しろ」と未介入、リリィも「図書館は寝る場所だから」と未介入。私が彼と二人きりになれる回数は、日に日に増していった。暇さえあれば二人で司書を探すのに奮闘した。

 楽しかったな……。

 凄く楽しかった!

 そっと彼を見ているだけで、時間があっという間に過ぎるの。不思議よね、どんな力が働いているのかしら。

 

『駄目思考から随分と変わっていきましたね』

『減給』

 

 そうして時は流れ、シルドくんは第一試練に合格した。

 本湖へ飛び込むことになった際は、二人で話し合った末の結論ながら最後まで私は渋った。本当は「別の方法を探して、それでもないなら最終手段でいきましょう」と言いたかった。

 しかし彼は即決で飛び込む。

 夢を追いかけるのに、妥協や遠慮は不要なものだと。そんなことをしていたら掴めるものも掴めないと。動くことこそが大事なのだとシルドくんは行動で示した。そして第一試練に合格した夜、心の中で小躍りしていた私にとって思いもよらない出来事が起こる──。

 

『あの』

『何かしら』

『その、本当にありがとう。モ、モ、モ』

『……?』

『モモさん』

『……』

『……』

『…………』

『…………』

『もう一回』

『え!?』

 

 今思い出しても、随分と我儘な女。あぁ我儘は昔からだったのね。

 ずっと待っていたから一回だけじゃ足りなかった。何度も何度も言ってもらった。彼が第一試練に合格した日と、名前で呼んでもらえた日、嬉しいことが二つも同時に起こったのだ。嬉しい以外の何があろうか。

 

 小さな一歩を積み重ねていきながら時は進む。

 二人で買い物にも行ったわ。シルドくんと同様、私も夢を追いかけようと再び絵を描き始めた。使う絵の具を買いに行くと偶然、彼と出会う。

 驚きつつも「リュネの差し金かしら」と柔軟に対応して二人の時間を楽しんだ。最後は彼から絵の具を贈ってもらえて。途中で邪魔が入り、大切な絵の具を奪われたけど何とか取り戻すことができたので良しとしよう。楽しかったなぁ。

 

 その後はシルドくんから誕生日の宝石をもらった。

 ……うん、あの時は大変だった。まさか鉱物が変化して宝石になり、そのまま指輪になるなんて。蒼と桃色の輝きを放つ世界に一つしかない指輪。今でも大事にはめている。

 もらった瞬間、嬉しさのあまり鼻水が出て赤っ恥になり、さらに彼から笑われてしまったので思わず殴った。それも込みで、良い思い出ね。たぶん……。今でも思い出せば恥ずかしくも笑ってしまう。私にとって掛け替えのない、素敵な記憶。

 

 第二試練はクロネアへ行くことに決定する。シルドくんの姉妹も現れて、大所帯で出発することになった。ユミさんやイヴとも仲良くなれて本当によかった。私は性格が愚か極まれりなので、不仲になってしまったらどうしようかと焦ったもの。幸い、二人とも素敵な方で一緒に生活することは楽しかった。

 

 そして戦争に突入した──。

 私の相手になったのは第四極長『妃人』、フレイヤ・クラメンヌ。相手の魂を視ることができるという。正直、魂が見えるとかそんなことは大したことではなかったの。

 私にとって彼女が初の恋敵であることが重要だった。対戦するかどうかは微妙なところだったけど、運命は私と彼女を結び付けた。必死の思いで勝ったのも束の間、今度は三傑が乱入してくる。

 ここから先は特に思い返す必要はないでしょう。一言、シルドくんが倒した、で済む内容だ。本当は万の言葉で語りたいけど、どうやら──、そろそろ時間のようだから。

 

「ここでいいの?」

「うん。ありがとう」

 

 時間帯は夜。

 学園啓都、第二の都市「樹形」を出発し、“絨布の紺”に乗って空を移動する。今日は雲一つない晴天だったので、夜もまた雲一つない美しい星空が広がっている。

 

 満月が二つ出ていて、いっそう夜空の美しさを飾り立てていて。……そういえば、今日は「二つの月が重なり合う日」ね。半年に一回しかない日で、こういう日は世界でも貴重な現象が多く見られるという。

 魔炎など必要ない、星と月の明かりだけで世界は優しく照らされる。シルドくんの指示で、私たちは「クロネア永年図書館」へ向かっていた。既に閉館しているから、行く必要があるようには感じられないけど……。

 

 樹形を出発してから、シルドくんは黙ったままだった。

 何か話しかけても、二言三言で返すだけ。

 もしかしたら、緊張しているのかしら。

 ……正直、私も冷静ではない。

 この状況で今から何が始まるのか。

 わからないほど、愚かではないから。

 

 伝えなければ。

 この気持ちを伝えなければ。

 そう。

 ここで、私は────。

 

 

 

 

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