アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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始まりの合図

 

 

 またこの夢だ。

 子供の姿となって、金髪の少女と遊んでいる。小さな公園で無邪気に笑い、追いかけっこやボール投げをして。海も見える素敵な遊び場なのに、僕らを除いて誰もいない……。

 

「ねぇ、シルディッド。夢って何かなぁ」

「夢? うーん、いきなり聞かれても」

「私は知ってるよ!」

「本当? 教えて!」

「いいよー」

 

 とても楽しそうに微笑むキミは、実に可愛らしい。直ぐに答えてくれるかと思いきや、教えてとねだる僕から駆け足で逃げ出した。

 焦らされた手前、必死に追いかけ捕まえるも当人はケタケタ笑っていて。逃げるなんてずるいよ、と頬を膨らませるも、金髪の子は素知らぬ顔だ。そしてようやく答えをもらう。

 

「夢は歪だよ」

「い、歪?」

「そう、なりえそうでなりえない、ありえそうでありえない。そんな存在。わかる?」

「難しいよ」

「嘘ばっかり」

 

 声色が変わる。

 キミは立ち上がり、真上から見下ろしてくる。左目にある二本の傷跡を擦りながら、真顔で直視されていた。

 世界が暗転する。公園は跡形もなく消え去って、周りは真っ暗となる。劇場のスポットライトのように光が射すのは僕と金髪少女だけ。ただ静かに見つめ合う二人に、邪魔者はいない。

 

「シルディッドなら悟っている。そうだろ? もう『これ』が何なのか、わかっているはずだ」

「……」

「さぁ目覚めのときだ。そして始まりの合図でもある。あえて断言してあげよう。これまでの道のりを歩いてきたシルディッドにご褒美だ。もうわかっているはずだからね、十全に理解しているはずだ」

「…………」

「始まりだよ、シルディッド。古代魔法を手に入れた青年よ。さぁ目覚めるんだ。『今日から始まる』よ。もう、我慢できない」

 

 

 

 重たい頭をしぶしぶ上げて、瞼をこすりながら欠伸をする。

 船内の一室は実に質素で、僕のような影の薄い人間には似合いの部屋だ。窓から微かに射す日の光を浴び、埃が細かい粒子となって輝いている。それを宝石の雫と表現するのは安直だろうか。

 

「……」

 

 また、あの夢。定期的に起こる不可解な夢。金髪の少女。二本の傷跡。幼い僕。不思議な言葉のやり取り。

 本来、夢を見ても起きれば直ぐ忘れるものだ。しかし全く忘れることなく脳裏にしかと焼き付いている……。彼女の言葉が今も頭の中で反芻する。彼女は確信していた。この夢が何なのか、もう僕にはわかっていると。

 

「もうすぐ会える」

 

 何故かわからないが、そう確信を持てた。きっとこの確信は言葉では言い表しようのないものだ。第一、第二試練を終えて様々な苦難を乗り越えてきた僕だからこそ感じ入る直観に相違ない。だからこの気持ちは間違っていないと思う。

 彼女は最後にこう言った。今日から始まるのだと。直観に間違いがないとすれば、その始まりは第二試練の次を意味するのだろう。

 だから素直に受け止める。まだ鉛のように重たい体に喝を入れ、のっそりとではあるが立ち上がる。曇天なる体であるが、しかし心の空は、すっきりと晴れていた。

 

「今日から始まるんだね」

 

 第三試練が。

 もう、始まっていると直感した。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 クロネアを出発し、空船に乗り数日が経過した。今日も空は晴れやかで雲が綿あめのように浮いている。きっとクロネア人なら「あれに乗れる」と思うだろう。事実、僕も乗りたいと思ってしまう。だがもう乗れる雲という便利なものはないのだ。

 海外生活が長いと滞在していた国の文化や考えに強く影響され、帰国してもへばり付いたガムのように中々取れないという。どうやら僕もまだクロネア生活から抜け出せていないようだ。

 

「さっすがに暇だな。早くアズールに帰りてぇなぁ」

「同じく」

「つーか、シルド。帰ったら直行でアズール図書館に行くのか?」

「うん、第二試練の合否を聞かないといけないし」

「現地に行っていない奴がどうやって合否を判定するんだよ」

「さぁ……、そればっかりはわからないよ。でも」

「「きっと魔法で何とかするんだろ」」

 

 ジンと同じ言葉を口にし、二人してニヤリと笑った。

 魔法。魔術を扱うクロネアに対し、我らアズールは魔法を使う。その言葉を当たり前のように口に出来ることが、何だか不思議と嬉しいのだ。クロネアも素敵だったけれど、やっぱり魔法が一番好きだ。根っからのアズール人だと素直に思う。

 

 そう、僕は魔法が好きだ。

 古代魔法“ビブリオテカ ── 一期一会の法魔”のおかげで、もっと好きになった。

 ただ。

 ただ……。

 好きだからといって「全ての魔法を受け入れることができる器の持ち主ではない」ことも、クロネアでわかった。痛感した。そういう出来事が、実は陰であったのだ。ジンにはばれないよう、顔を空に向けて目を瞑る。こいつはこういう時、悪魔的に鋭い。

 

「ま、わかんねーことをウダウダ考えるのは性に合わん。もうちっと有意義な話をしようか」

「うん?」

 

 ジンは先とは逆の方に移動していた。

 先までは右にいたのに、今は左だ。現在、僕らは船の後部にいて、周囲には誰もいない。二人してダラダラと空を眺めているだけだ。

 最初はミュウやモモ、レノンにリュネさんもいたけれど、今では自由に時間を過ごしている。さすがに飽きているといえようか。

 

「魔法の世界において、右は昔から魔法保守主義の象徴だ。今じゃ使っている奴は僅かだがな」

「なら左は進歩主義か?」

「おう」

 

 魔法学会にも保守派、進歩派が存在する。癒しの魔法と呪いの魔法を癒呪魔法として統一する際、当時はかなり荒れたという。今では七大魔法の一つとして認知されている癒呪魔法も、様々な論戦舌戦の末にある。ジンの場合は間違いなく進歩主義だろう。

 

「ちなみに数字にも意味があるぞ。1は真実、2は偽り、3は迷い、4は誠実、5は直進、6は折り返し、7は魔法」

「……」

「そんで8は秘密。シルドは8だな」

「何が言いたい」

「何か隠してるだろ」

 

 ヘラヘラ笑いながらも、言葉の色は随分と冷たかった。散々わかっていながら、こいつの野性的な勘には恐れ入る。別に隠しているつもりはなかったけれど、心に閉まっておいた夢の話をジンにも伝えた。

 

「シルドが故郷チェンネルを出てから見ている夢、ねぇ」

「うん」

「随分と嫌らしいやり方じゃねーの。普通、そんなことするかぁ?」

「全ては第三試練の始まりを伝えるために用意していた、と個人的に考えている」

「たったそれだけのために?」

「あぁ」

「意味があるとは思えないが」

「用心に越したことはないさ」

 

 どうにも、あの金髪少女はアズール図書館の司書になるための試練に、何らかの意味をなしているのだろう。でないとあの不可解な夢を何度も、しかも記憶に残るよう見るはずがない。

 ならば正体不明なあの子を考えるより、彼女から発せられた言葉の意味を考えた方が合理的だ。

 

「今日から第三試練が始まる。今から起こる全てのことが、第三試練に繋がっている」

「引くわ」

「いいんだよ、もし間違っていたならただの妄想癖で終わりさ」

 

 自分でも中々に酔狂なことを言っている。ジンもからかう様に変なリアクションを取っているし、この話はここで終わりにしてもいいだろう。だから、彼にはこのまま僕の愚痴に付き合ってもらうことにした。

 

「一つ、悩みがあるんだよ」

「魔法に関してか?」

「……」

「ひゃっひゃっひゃっ」

「どうしてわかった」

「さっき二人で『きっと魔法で何とかするんだろ』と言った直後、顔を空に向けただろ? あの時なんか感じてな。適当に言ってみただけさ」

「はぁ……」

 

 我ながら失敗してしまったようだ。完全にやらかした。この悪友、どうにも鋭すぎて危ない。誰彼構わず斬りつけてしまう王子ながら、どうしてこうも鋭いのだ。

 ちったぁミュウにその能力を良い方向へ使えばいいのに。諦めて、口にするべきか今でも迷いながら……友へ悩みを打ち明けた。

 

「“ビブリオテカ ── 一期一会の法魔”は魔法書を読んだ際、僕がその魔法を理解すれば習得することが可能だ」

「魔法習得の第一発動条件だろ。以前、お前に聞いたぞ」

「その通り。魔法書と言っても、ご丁寧に『魔法書』と書かれた本だけじゃない。ただ魔法について自分の見解を書き殴っただけの論文が、魔法書として化けることもある。僕がブロウザの絵本を魔法書として認識し、魔法を手に入れたことからもわかるだろう?」

「あぁ。その場合は第三発動条件になるんだったか? 便利なこった」

「その便利さが仇となった」

「は?」

 

 口から出る息。俗にいう溜め息だ。大きく深く、どこまでも出ていきそうなこの息は、そのまま遥か下にある海へ溶け込んでいってほしいとすら思えた。

 第二試練を終え、僕は今まで読んできた中で記憶に残っている魔法書を回想した。もしかしたら、既に読んだ魔法書の中に、別の魔法が隠されていて、それを理解することで新たな魔法を会得できるのではないか、と。

 つまり、一つの魔法書を別の角度から考察し、違う魔法を生み出すことはできないだろうかと。

 

「今思えば、してはいけないことだった」

 

 それは容易に踏み入ってはいけない領域だったのだ。

 危うく、取り返しのつかない魔法を手に入れてしまいそうになった。ジンにここまで話すと、軽く首を振りながら辺りを見渡し、誰もいないことを確認してくれている。そして小さく頷き、続きを促された。

 

「“産女狂苦の血染め子宮”を覚えてる?」

「三傑クロネア代表に発動した魔法だな」

「うん」

 

 発動すれば一人の女性が現れ、対象を血沼に引きずり込み、そのまま子宮を(えぐ)り出す魔法である。

 あの時、皆の外傷を癒す必要があったため、三傑クロネア代表のレイヴン・バザードと戦う前の時間稼ぎで発動したのだった。

 

「それがどうかしたのか? 確かに趣味は最悪とっていいが」

「あの魔法には『起源』がある」

「……」

「かの“産女狂苦の血染め子宮”を作った魔法師も『それ』を聖書として崇拝していた。彼女の魔法書には『聖書』を崇める文言が多数あったよ。だけど僕はこの魔法書は“産女狂苦の血染め子宮”を書いたものだとずっと思っていた。だから『崇拝された魔法』を理解することや、考察することもなかった」

「シルド、もう大丈夫だ」

「どうして?」

「禁術で、かつ呪い系統、さらには聖書と称されし魔法は数点しかない。そしてお前が今言った情報から導き出される魔法なんざ、まぁ一つだろう。“ロマノス・ベィ ── 女神胎堕”」

「正解だ」

「三千世界で生理的嫌悪一等賞の魔法かよ。女の前で発動したら、一生嫌われるぞ」

 

 とりわけ、説明する必要もないのだが。

 かの魔法は女性にとって大変気持ちが悪いと思われる魔法だ。あんまり説明するのも嫌だから簡単に言うと、子供が生まれる魔法。それだけだ。

 この魔法の名が脳裏をよぎった際、直ぐ危険と判断し、僕は考えることを止めた。あのまま進めていたら、史上最も女性から嫌悪されている魔法を手に入れる所だったのだ。

 

「なるほどな。それが悩みか」

「僕が魔法書を考察するのは危険だと思う」

「そこまでわかっているなら充分じゃね。純粋に『読む書物に書かれている魔法は一つのみ』と肝に銘じればいい。大方、身分不相応なものにまで手を出しちまい、落ち込んでたって感じか?」

「あぁ……」

「ミュウ!」

「はーい!」

 

 突如として大声で銀髪は叫ぶと、奥からミュウは嬉しそうに走ってきた。

 「どうしたの?」と犬がしっぽを振るように笑顔で話すミュウに対し、ジンは説明一切なしで変なことを言い出して。

 

「シルド。ミュウは基本的に無詠唱で魔法を発動できる」

「知ってる。凄いよね」

「ぶっちゃけ身分的にそんなこと、必要ないんだがな」

「だってジンを退治するのに詠唱なんてしてる暇はないよ。一千回以上練習して無詠唱まで叩き上げました。ドヤ」

「だが、そんなミュウでも三つだけ、詠唱を必要とする魔法がある」

「そうなの?」

「まぁ、うん、ちょっと難しくてね。えへへ」

 

 一つが、クロネアに居た際、ルーゼンさんが突如として魔法の館に侵入した時に彼を捉えるため発動した“正六面体百面奇想・空間隔離奇術・転向煩雑奇塞”。

 「閉じられた空間」でのみ発動し、内部の構造をグチャグチャにする魔法である。これは僕も身を持って体験し、後にジン捕縛のため発動させてもらった。

 

 もう一つが、“アルバートン・フィッシュ ── 喰人鬼”。驚いたことに禁術だった。数百年前、魔具の国が統治するヴォルティア大陸に実在した殺人鬼を疑似創造する魔法。発動中はミュウ本人も喰人欲求に呑まれるという。荒れ狂う喰人鬼が、無差別に災悪を巻き散らす……。

 実際に見せてもらうとマズイので遠慮させていただいた。“ビブリオテカ”魔法習得の第二条件である、実際に魔法を視認して、かつ魔法名を知ることを満たしてしまうからだ。

 

 そして……。

 今、目の前にいる将来アズール王妃となる女性は、静かに詠唱を口にしている。優しい声色で、愛おしむように言の葉を紡いでいく。先の二つの魔法とは一線を画す雰囲気を醸し出す。詠唱すること20分、かなりの時間を要しながら、ミュウは魔法名を最後に添えた。

 

「“ルアナ ── 想い人”」

 

 船床から、一つの創造物が現出する。木で構成された人形は、あっという間に人の姿へと変わっていく。茫然とする僕の前で、「ジン・フォン・ティック・アズールと瓜二つのそれ」が誕生した。

 横にいた本物のジンが倒れる。

 え、と彼を見ると意識を失いダランとしていた。眠っているようにも見えて少し可愛く思える。同時に眼前にいる創造物から少しの音が生まれ、目を何度か瞬きながら……、口を開いて。

 

「おぉ、上手くいったな」

「成功だね!」

「何分いける?」

「もって一分かな」

 

 ちょっと信じられない光景に開いた口が塞がらない。

 驚きのあまり理解が後からやってくる。まさかとは思うが……。いや、目の前で起こっている事象は疑いようのないものだ。

 

「創造物に……魂を入れたの?」

「禁術・人命掌握式、特級・創造魔法“ルアナ ── 想い人”だよ。でも……うーん、やっぱり無理かな。ジン、解くね」

「おぉ」

 

 ミュウは片目を瞑り、身体をギュッと縮こませた。するとジンの魂を入れた創造物も同じように目を瞑り、ふっと意識が遠のくように脱力してただの木造人形に戻る。

 それから数秒して本物がむくりと起き上がった。魔法の発動時間は一分に満たないものである。ただ、発動者のミュウからは疲労感が見て取れた。彼女を後ろからそっと支えながら銀髪王子は言葉を紡ぐ。

 

「この魔法、燃費が異常に悪くてな。発動中はガンガン魔力を消費する。ものの数分で倒れちまうほどだ」

「どうして、これを僕に?」

「確かに古代魔法はお前にゃ身分不相応だ。けれど何か意味があるのだから開眼したと考えるべきだろう。どんな魔法でも使い方で活かすことも殺すこともできる。この魔法だって使い方じゃ破滅しかもたらさん。何せ発動中の創造物を壊せば、本人も死ぬんだからな」

 

 一時的に対象者の魂を呼び寄せ、その時に壊せば「魂ごと破壊できる」ということだろうか。

 禁術指定も頷ける。

 確かに、こんな魔法は誰だって身分不相応だ。と思う一方、プラスの方向に考えることもできる。意識混沌としている相手から一時的に話を聞きたい際、一分であろうとも話を聞くことが可能なら、大きな価値があるだろう。

 どんな魔法でも活かすことも殺すこともできる。古代魔法ならなおさらではなかろうか。前向きにいくしかない、か。ジンがいつの間にか調達してきた飲み物をミュウに渡して、チラリとこちらを見る。

 

「ちなみにこの“ルアナ”、意識の下層領域にある『本音』を媒体に対象者を呼び寄せる。単純に思った相手を呼び寄せるんじゃないそうだ。習得する過程で大事になるんだが……まぁ、お前にゃ意味のないことか。既に習得はしただろ?」

「あぁ」

 

 魔法名を知り、実際に肉眼で確認した。“ビブリオテカ”魔法習得の第二発動条件を満たしたので、“ルアナ ── 想い人”を習得する。疲れたのか欠伸するミュウに感謝しながら言葉をかけた。

 

「木造人形まで用意しないといけないのは大変だね」

「一応、理論上は魔力だけで……つまりルカだけで構成された魔力体に魂を入れることは可能だよ。でもそんな神業できる人間は存在しないと思う。消費する魔力半端ないし、維持するだけで精一杯」

 

 “ルアナ”のデメリットである魔力を大量に消費するのも僕としては問題ない。魔法を発動する際に必要な魔力は全て“ビブリオテカ”が肩代わりするからである。

 三傑クロネア代表、レイヴン・バザードを倒す際に大量発動した魔法の数々を問題なく消費できたのは、全て古代魔法のおかげといえる。

 

「発動する魔法に必要な魔力を、古代魔法が全て補う……ねぇ。ヒヒッ」

「怖いと思うか?」

「お前は思わないのかよ」

「かなり思う」

「ヒャッヒャッヒャ」

 

 楽しそうに笑っているジンを横目に、思い出すは今朝の夢。

 

『始まりだよ、シルディッド。古代魔法を手に入れた青年よ』

 

 彼女は僕が古代魔法の使い手であることを知っていた。ならばこの魔法にも必ず意味があるのだろう。もしかしたら、第三試練に通じているのかもしれない。真正面から“ビブリオテカ”と向かい合う時がきっと来る。その時が、本当の正念場になるのかもしれない。

 

「それでも、やるしかない」

「いいぞ、その意気だ!」

「二人ともどうしたの?」

「「楽しいだけさ!」」

「元気だねー」

 

 自分の現状を理解して前に進もう。第二試練で得た経験は、ずっと僕を成長させてくれたのだから。そうして数日が経過して、アズール到着の日を迎えるのだった。

 

 だから、さすがにこれ以上の考えを巡らせることは叶わなかった。

 彼女は言った。

 今日から始まるよ、と。

 その言葉を、僕は身の回りに起こる全てが第三試練に関係する、と解釈した。

 合っていたのだろう。間違ってはいなかったのだろう。

 ただ、一つ浅薄があったとするならば、僕の身の回りだけと考えてしまっていたことだろうか。

 向こう側の……「第三試練の舞台」もまた、用意を「始めた」という解釈もできたのだから。

 

 

   * * *

 

 

「名は、……あぁー……何だったか。確か紙に書いてあったはず。あぁこれだ。シルディッド・アシュラン。貴族。古代魔法“ビブリオテカ ── 一期一会の法魔”の所有者!

 

 魔法習得・第一発動条件『魔法書を読み、何の魔法が書かれているか理解する』こと。

 魔法習得・第二発動条件『発生している魔法を肉眼で確認し、かつ魔法名を知る』こと。

 魔法習得・第三発動条件『只の本を魔法書として認識し、本から魔法書へと格上げさせ、この世に新たな魔法として誕生させる』こと。

 

 現状、考察力・読解力・その他多くの能力を向上させ、一つの魔法書から別の魔法を理解することが可能になりつつある。しかし本人はそれを危険とみなし、一つの魔法書からは一つのみと諫めている。

 前世の記憶がある。手に入れている“ビブリオテカ”の情報は契約をした時に教えられたものだけ。本を愛し、本に愛されている。ふむ……。

 

 感慨深いものがある。

 ようやく、この時が来たのだ。

 では、始めるとしようか」

 

 

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