アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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みんなのえほん

 

 

 

 翌朝。

 貴族寮の皆と久しぶりの挨拶を交わし、早々に身支度をすませる。本当は雑談などをしたかったけれど、今やるべきことは他にあるからだ。

 

 寮を出て数十分後。

 昨日も来たけれどやはり、日の光に照らされたかの建物は壮観たるものがあった。今日も早くから人々が訪れ、橋を渡り、かの場所へ向かっている。朝日に照らされた皆は朗らかな表情をしていて、直ぐに僕も彼らの中へ入っていった。橋の下を流れる本は、いつもと変わらず優雅に泳いでいる。

 見えてくる目的地。

 アズール図書館。

 さて、やることは明白だ。

 昨日、ステラさんから明後日の夜と言われた。この場所で最後の試練を行う、と。事前に準備できることは限られており、本来なら気持ちの整理や愛する人との時間を楽しむのも大事だと思う。ただ、僕はそれよりもここへ来ることを選んだ。

 

 最後の舞台は、最初の舞台と同じ。

 憧れの場所、夢の場所。

 アズール図書館で第三試練が行われる以上、ここを改めて頭の中で整理し把握しておく必要がある。もう何百回も来ていながら不思議と飽きない。同時に直観ながら思うのだ。

 ここに、第三試練に関係する何かがあるのではないか、と。まぁ、単純に一ヶ月も来れなくて、着たくて着たくて……たまらなかったというのもあるけれど。

 相も変わらず、アズール図書館からは湖へ行くためフワフワと出ていく本もあれば、逆に戻っていく本もある。また、空を見上げると本が鳥のように群れをなして移動していた。以前、ステラさんに「あれは何をしているのですか」と聞いたことがあるけれど、「注意深く見ていたらわかるよ青少年」とのこと。

 

「ん?」

 

 そんなことを考えていたら、おや、気のせいだろうか。

 先ほど元気に空中で群れを成して飛んでいた彼らであるが、あれ、やはり変だ。

 こっちに向かってきているような──気のせい──

 

「じゃない!」

 

 まだ図書館に入ってすらいないのに、海へ飛び込む海鳥よろしく本たちは特攻してきた。

 僕に向かって。ぐわぁ、と自分でも情けない声を出しながらなんとか払いのけるも、お構いなしに本たちは僕を掴むは挟むは叩くは揺らすは……!

 

「なんだんだよ! あぁ、服を引っ張るな! わかった、わかったよ図書館に入る前に読むよ」

「おや、シルドくんじゃないか。最近見なかったから心配したよ」

「あ、どうも。クロネアへ旅行に行ってまして」

「おぉ旅行か、なるほどね。本たちも寂しそうにしていたから今日は大変だと思うけど、頑張ってね」

「はい、ありがとうござ痛い!」

 

 ひぃひぃ……!

 あぁ、最近買ったばかりの新品なのに! ちょっと破れてる。部屋着にするしかない……。おそらく、というか間違いなくこいつらは「新作の本」だ。僕も新作が出ると嬉々として借りるからあいつらに名前を知られている。

 でも何で僕のところに来るんだよ。そういや、王都へ来て半年ぐらいになってからだな、新作の本らに特攻されるようになったの。何が楽しいのだろう、全然わからん。

 

「とりあえずは、読むから。痛い! えっと、そこで読むね。でも、今日は色々とやりたいことがあるから十冊にしてくれると助かるよ。残りは明日読むから」

 

 二十数冊がコクリと頷いて後方の本らが帰っていく(どこに帰るんだ?)。

 周りの目が痛いけど、これも慣れたものだ。一ヶ月アズールにいなかったら忘れていた。さてと、ではサクサクと読んでいこう。身体中痛いけど、そんなことは大したことじゃないさ。だって新作だよ。いやぁ、参ったな、新作だぁ! 嬉しいな。嬉しいなぁ。

 

 

   * * *

 

 

「ステラ、入るよ」

「──ッ! おはよう……ございます。本当にその話し方でいくおつもりですか。気持ち悪いのですが」

「酷いことを言うね。このままいくよ」

「えぇ……」

「でだ、シルディッド・アシュランは帰ってきているのだろう? 今どこにいるのかな」

「青少年なら図書館の入口で本らと戯れています」

「……ん? もう開館して二時間になるけど。何故シルディッドは二時間も入口にいるんだい?」

「新作の本たちに襲われているからです」

「……」

 

 一息。

 

「ちなみに青少年にとっては当たり前のことですよ」

「大丈夫なのか」

「私が担当している子ですよ? もちろん、大丈夫ではありません。青少年が第一試練に合格してから、新作の本らには好きに襲っていいと許可を出しています」

「少し、不安なのだが」

「中の中。私もそう思っています」

 

 

   * * *

 

 

 新作は新作なりの良さがある。まず本が綺麗だ。スベスベしている表紙もあれば、装飾されたいかにも高そうな本もある。触った瞬間から「個性」を出してきて、ただ眺める時間も楽しいのだ。

 また、裏面には作者のメッセージを載せていることが多い。前世では作者の後書きは本の最後あたりのページにあるけれど、アズールでは表紙の裏面に記載されている。

 これから読む本の内容を簡単に説明したものや、全く関係ない作者の日常話、実は伏線になっている雑談に、読者への挑戦状など多種多様だ。

 

 紙も最近はバリエーションを増やしてきている。一般的な白紙はもちろん、少し茶色だったり、付属魔法をかけられた勝手に捲れるページ、たった一ページしかないのに目を通すと文字が流れる不思議な紙、物語の起伏に応じて色が変化するものや、たまに読ませたくないのか後半になると重くなる紙だってある。

 アズール王国。

 魔法の国。

 なんでもござれの我が国は、たかが本の紙だけでも実に個性豊かだ。

 そんなこんなで新作も残り数冊。

 後ろを見れば待機している本も僅か50冊で……。……ん?

 

「増えてんじゃねぇよ!」

 

 おのれ、油断した! こいつら読んでもらえるとわかったら「仲間を呼ぶ」のだ! 前世のゲームキャラでそんなのいたな……じゃなくて、今日はやることがあるんだ。これ以上は無理!

 

「いいかい、今日と明日はやることがあって、読める時間はあまりないんだ。明後日からならたくさん読めるから、その時に来てくれるかな」

「あ、本当だ。シルドくん帰ってきてるじゃん。おかえりー」

「ただいまですー。……それとね、聞いてる? 新作の本たちの先約もあるので、彼らが終わってからだよ。周りの本らに迷惑をかけちゃ駄目だからね」

 

 コクコクと頷く50冊の本たち。そしてスゥーと元の場所へ帰っていった(だからどこに帰るんだ?)。ただし、未だに残っている本もいる。間違いなく、論文系である。

 小説や雑誌は物分かりがいい子なので素直に戻っていくのに対し、頭の固い論文書物は中々帰ろうとしない。なので論理的に根気よく説明し、しぶしぶ戻らせた。

 

 よし! これで入口でのミッションは終了だ。

 時間にして二時間程度だろうか、許容範囲である。段々と思い出してきた。これが「当たり前」であったのにやはり一ヶ月もすると忘れがちだ。

 確かここらあたりで貸し出しランキング上位陣の本がドヤ顔で登場するのだ。人気作なためか読ませてやろう、という驕りがある。

 ……あ、いた。チラチラこっち見てる。ついでにちょこっと本を開けて中のページをパラパラと見せている。どういう心境してんだあいつら、僕が興奮するとでも思っているのだろうか。……。ちょっと気になる。

 

「表情とかまるで分らないのに、感情表現が豊かすぎるんだよなぁ」

 

 入口にあるゲートを通過し、ようやくスタートラインへ立つ。

 いつものことながら、図書館なのに本や書物が元気すぎるのだ。見慣れた僕ならまだしも、初見の方々にはさぞや驚きの光景だろう。ただ、これがアズール図書館である。魔法の国が誇る、世界最高峰の図書館なのだ。

 

「とりあえず、軽く探索しようかな」

「おぉ、蒼髪の坊ちゃん」

「お久しぶりです」

「魔法書たちがざわついてたから、『魔法書大全』には行かない方がいいよ」

「ありがとうございますー」

 

 久しぶりの図書館もあり、やや遅めに歩き出す。

 すぐに見えてきたのは見通しのいい子供用の大広間だ。通称「みんなのえほん」。図書館へ初めて来訪した方はまず、ここの荒れんばかりの戦いを目にすることになる。

 図書館内でも屈指の激戦区であり、本らによる群雄割拠の戦国時代が毎日のように繰り広げられる。早速、見慣れた光景が目に飛び込んできた。

 

「いや! もう、あきたの!」

 

 3才ぐらいの男の子が読んでいた絵本をグイッと押してイヤイヤとぐずっている。押された本は必死に子供の傍に寄りページを開くも、既に彼の心はそこにあらず、そっぽを向かれている。それでも何とか男の子を気を引こうと左右に動いたり見開きの絵を見せたりと真剣だ。

 それもそのはず、絵本の後ろには……。

 ズラリと並ぶ、絵本の列。

 その数なんと11冊。

 まだかまだかと順番を待っている絵本たちは、自らを読んでもらうため熾烈な争いを毎日しているのだ。十秒程度だろうか、次の順番である絵本により跳び蹴りをくらわされた絵本はフラフラとよろめいてパタリと倒れた。誰もそんな彼を介抱しない。

 そして邪魔者を排除した絵本はスッと子供の前に浮き、まずは表紙を見せる。「おぉー」と男の子は目をランランと輝かせては絵本をパシッと手にとった。

 

「いきなり捲るのではなく視覚的なインパクトから入ったか。あの絵本、できる」

 

 すると今度はゆっくりともったいぶるように本を開き、最初の目次は無視しして物語から入る。男の子は身体を上下に揺らしながら食い気味で物語に夢中だ。

 あのぐらいの子ならば文字を読める子と読めない子がいる。おそらく前の絵本の失敗を見て、読めない子と判断したのだろう。絵だけのページを子供の様子を見ながら開いている。相当場慣れした絵本だ。やりおる。

 対し、倒された絵本はというと、既に別の子の列へ並んでいる。たかが拒否された程度でへこたれるわけにはいかないのだ。ここは「みんなのえほん」。最も飽き性のある「子供」を相手とする、戦場なのである。

 

「あ、ランキング更新されてる。ずっと一位だった『マロと猫まん』は二十七位か。凄いな、新冊だらけじゃないか」

「あ、貴族の人だ。久しぶりだねー」

「どうも。随分と順位が変動してますね」

「上位絵本の驕りだよ。我が物顔で『みんなのえほん』区域を闊歩するようになってから子供の親たちからそっぽ向かれるようになったんだ。ありゃ悪手だったね、子供だけを相手にすればいいと思っていたんだろう」

「上位陣は?」

「やさぐれて『回転大本棚』に引きこもってる。でもまぁ時間の問題だ」

「本の性分ゆえに戻ってくるでしょうね」

「うん。だから今は新世代の絵本たちが基盤と実力を着々と身に着けてるよ。来たるべき開戦に向けてだろうさ」

 

 一応、言っておくと、絵本の話である。断じて戦争の話ではない。

 ただ、アズール図書館の子供用絵本エリアでは本らによる戦いは当たり前なのでこういったことが常に起こっている。さらには子供の親たちの時間潰し用に雑誌やゴシップ紙、エンタメ本なども「みんなのえほん」では躍動している。

 こちらは大人である親たちが好きに本を捲るので、可能な限りジッとし、そして自分が相手の興味を引く本であるか冷静に見分ける自己分析力と、相手がどういう傾向の本を好むのか把握する観察眼が求められる。重ねて言うが、本の話である。

 

 それぞれ本の種類によって読まれた回数がランキングされ、毎日変動している。

 上位になれば他の本から憧れの的になり、人間からも読んでみたいと思われる。ここで一般の本ならば読んだ人が内容を評価し、面白いと思われた本が人気となって伸びていくものだ。実際、そちらのランキングもしっかりとある。

 ただし、アズール図書館では「本の頑張り」がランキングを大きく動かす。事実、一般の読者が選ぶ面白かった本ベスト100と、アズール図書館のランキングベスト100は随分と違う。埋もれた本が日の目を見ることはままあるものなのだ。

 

 一階は人が集まりやすいから二階から行こう。上で数冊がクルクル飛んでいるけど無視だ。ハゲタカみたいな奴らである。久しぶりとあって変に緊張しているけど、大丈夫。だいぶ本調子になってきたので、早速行動に移そう。

 「回転大本棚」と「霙回廊」、「古書残響」と「歴の史音」には行きたいな。

 魔法書を置いている「魔法書大全」には明日行こう。なんかヤバいらしい。

 今日もアズール図書館は平常運転、空も快晴、気温も過ごしやすくいい本日和だ。

 軽く飛び跳ねたいウキウキを抑えながら、まずは二階へ歩を進めよう。

 

 

 

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