アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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館内探索

 

 

 

 一階にある「みんなのえほん」エリアを通過して二階に上がれば、次の目的地が見えてきた。実際、入口付近からも充分見えているけれど、やはり実際に視界いっぱいに目の当たりにした方が壮観であろうか。

 回転大本棚。

 いつからかそう呼ばれている本棚。正直もっとマシなネーミングはないのかと思うけど、まんまなので誰もが覚えやすいからいいのだろう。

 アズール図書館の一階から四階までぶち抜き空間になっているそこに、超巨大な円柱の本棚が常時回転して宙に浮いている。時折、本棚から本が外に出て、各階の持ち場へ飛んでいく。また逆もあり、各階層にいる本が回転大本棚へ収容されていくこともある。この規則性は何なのか、今でもわからず謎であったりしている。

 

「おじさんから絵本の上位陣がここに隠れていると聞いたけど、回転大本棚って汚れたり傷が付いた本を直す役割の場所じゃなかっけ?」

 

 回転大本棚の構造は複雑怪奇として有名で、さらに宙に浮いていることもあり人間が中へ入ろうとするのは憚られる。

 たまに空を飛べる魔法を使って本棚に近づく人もいるけれど、本らによって邪魔されたり強制的に降ろされたりするのが普通だ。なお、強行突破しようとすると本らにボコボコにされる。

 

 以前、暇そうに浮いていた絵本に回転大本棚のことを聞いたことがあるが、知らぬという対応をされた。おそらくではあるが、あの中には修理工場のようなものがあると利用者は思っている。あくまで想像であるのがもどかしい。中々に難しい……。

 ふと、上空をハゲタカのように旋回している本を呼ぶ。読んでくれるのかと颯爽と降りて来た本に、読む代わりにダメ元で質問してみた。

 

「回転大本棚の中って修理工場みたいなものかな」

 

 コクリと頷かれた。

 ……。

 どうしよう、結構悩んでいた謎は、たった今サクッと解決してしまった。回転大本棚の中身について知っている本と、知らない本があるのだろうか。そう思いながら質問に答えてくれた本を見ると「回転書棚の技術」というタイトルであって。もしや──

 

「キミみたいな本棚に纏わる本は、回転大本棚の中身について回答できる?」

 

 コクリと頷かれる。お礼に読んで感想を言い、本と別れた。意外とアズール図書館の謎は小さなところから解けるのかもしれない。さらに歩を進めるとしよう。

 回転大本棚から離れ、図書館を支えている大柱の近くへ移動する。そこから壁に沿いながら少し歩けば、大きめの絵画と出くわした。

 図書館内部には絵画も比較的多く点在している。それは本と棚だけだと内観が寂しい、という理由からもきているけれど、魔法の国アズールでは別の目的も当然あるのだ。目の前にある絵画は横幅・高さともに2メートルの山脈を描いた力強い絵。その絵を前にして、小さく呟く。

 

「『霙回廊』に行きたい」

 

 山脈の絵がフッと白紙になり、雨と雪の混じった「みぞれ」が降る……美しい回廊の絵となった。

 絵に手を当てれば、割れないシャボン玉に手を差し込んだような感触を得る。そのままゆっくりと手を入れていき、身体も一緒に絵画の中へ。瞬間、三階にある「霙回廊」へ移動した。

 陣形及び付属の複合魔法“画の彼方”。

 アズール図書館は大人でも迷子になるほどの広さであるため、こうやって館内のあちこちに絵画があり、移動できるようになっている。

 絵の前に立ち、行きたい場所を伝えると絵画がその場所へ変化する。変化後の絵に触れ、中に入れば一瞬で移動可能だ。大変便利で、四階にいても帰ろうと思えば入口へ直ぐに戻ることができる。なお、三階と四階はほぼ魔法書大全のエリアとなっていて、霙回廊は三階の端にこっそりとある。

 

「いつ来ても綺麗だ」

 

 先ほど、回転大本棚の中身を修理工場と言ったけれど、ここ霙回廊は復元の廊下である。

 修理は主に表紙やページの穴や傷、経年劣化の修復を担う。

 対しこちらは、復元特化なのだ。何かしらの理由でページが無くなっていたり、酷いときは半分もげている場合、修復ではどうにもならないことがある。その際、こちらの回廊へ本を置き、復元する。魔法名は知らないけれど、常時天井から降り注ぐ霙が、時間をかけてゆっくりと本を復元していくのだ。破損が酷ければ酷いほど時間はかかってしまう。

 

 本来ならば本を濡らす雨や雪も、この場所でだけは本を癒す。

 幻想的な空間の中で、その回廊をゆっくり歩く。アズール図書館三階の、北東にある小さな廊下は、静かに優しく本を復元していく。

 ちなみに、個人的にではあるがその中でひときわ目を引くものがある。復元のため置かれた本らの最奥にある、見るからに古めかしい一冊の書物があるのだ。ざっと五百年は経っている。

 

 歴史書だ。

 アズール王国に関係する本なのはわかるが、ほとんどがボロボロで、今もなおその原型をとどめていない。だがその歪さがかえって興味を引くのだ。来るたびに「まだかな、まだかな」とつい見てしまう。我ながら子供じみたマネなれど、それでも興味をもってしまう……不思議な本。今日もそれを最後に見て、次の場所へ歩を進めよう。復元されていた。

 

「……」

 

 復元されていた。

 

 

   * * *

 

 

 パラパラと、しんしんと。

 雨と雪の入り混じる静かな回廊。

 僕はその本を前に、動くことができないでいた。

 

「どうして」

 

 いや、おかしい。これはおかしいだろう。まだアズール王立学校に入学して間もない頃からここへは来ている。そして同じ頃合いから「これ」を見てきた。

 初めて見た状態と、第二試練のためクロネアへ旅立つ直前に見た状態は、肉眼でほぼ見分けがつかなかった。それほど復元は難航していたと思われる。

 その、本がだ。

 今、はっきりと完璧に復元されている。

 

『始まりだよ、シルディッド。さぁ起きるんだ。今日から始まるよ』

 

 夢に出てきた、金髪の少女の言葉が脳裏で反響した。「みんなのえほん」で楽しくアズール図書館の一端を見ていたはずなのに、一気に自分がどこにいるのかわからないほどの衝撃を得る。汗が……頬を走る。鼓動がやけに強い。自分の呼吸であるのに、誰かから制御されているような錯覚に陥る。

 

「まて、おちつけ。大丈夫だ」

 

 右手で左胸を握りながら大きく息を吸った。辺りを見渡すものの、人はおらず僕だけだ。

 もう一度息を吸って、復元された本を取る。

 ずっしりと、重量感のある本。タイトルは──、「アズール図書館・奇跡の建築」とあった。

 

「大丈夫、変な罠はない」

 

 何度も呼吸を繰り返しながら、何も悪いことはしていないのに辺りを見渡す。

 たぶん、というより、間違いなく、これは第三試練に関係するとみていいだろう。僕がここへ来るのを把握していて、復元させていたのだ。誰が、と考えるのは野暮だ。わからない今は考えても仕方ないし、やるべきことは至極明白だからだ。

 

 本を捲る。

 とても何百年も前のものとは思えないほどの質感だ。復元らしく、当時発売されたものを類似した作りだろうか。アズール語で記されているのはありがたい。さて、内容は……。

 魔法書ではない。

 本当にアズール図書館の建築関係を書いた本だ。

 絵付きだ、助かる。当時の図書館は今と若干違うものの、面影はシッカリとある。おそらく最初からほぼ完成形だったのを、長い年月の中で少しずつ変えていったものだろう。それ以外は……僕の知っていることと同じか? いや、さすがにそれはないだろう。何かあるはずだ──

 

「今と間取りや本の配置は違う。けど、それはまぁ年月も経てば変わるから当たり前だ」

 

 奇跡の建築というタイトルにはあまり関係がないのだろうか。

 そう思いながらページを捲っていく。すると、後半になって雰囲気が一変していく。内容は……アズール図書館の建築歴に関するものだ。えっと、クローデリア歴1002年に建設。

 

「え?」

 

 1002年。確か、アズール図書館は「アズール建国当初から造られた建物」だったはず。

 建国年は(暗記ものとしてはありがたい)クローデリア歴1000年。だから、二年経過しているのはやや変だ。でも、二年ぐらいかかってもおかしくはないか。当時は建国したばかりでそれはもう大変だっただろうから。ちょっと神経質になりすぎている自分がいる。さらにページを捲る……も、手が、止まった。

 

 書かれている内容に、思わず二度見する。

 “……直接見ることは叶わなかったが、アズール図書館の前に建てられた施設は、見事なまでに塵と化したようだ。一度でいいから見たかったので残念である。しかし、前施設は後世に伝えるべきものではないのだろう。一度大きな魔境暴走もあった。ガイ王がいたから事なきをえたらしいが、危険極まりないものだ。ゆえに、私個人としては歴史に葬ってほしいと願うばかりである……”

 

「アズール図書館を建てる前に、別の施設があった?」

 

 初耳だ。ステラさんからもそんな情報を聞いたことはない。聞いていたなら即座に反応していただろう。

 この図書館はアズール最大の図書館である。それよりも前に建てる価値のある建物などあったのか。

 もっと言えばアズール建国がクローデリア歴1000年として、アズール図書館建設は1002年。ならば、前施設はその僅か二年の間に建てられて、そして塵と化したことになる。

 ……あ、いや、違うか。元々ここ王都は別の国が治めていた都市だった。それを征服してアズールの王都としたはず。ならば当時の都市が建てていた「何か」を、塵と化したと考えるのが普通だろう。これなら納得がいく。

 

「ん?」

 

 そう思いながら捲っていくと、ただの白紙となっていく。何度捲っても白紙のままだ。

 やはり完全な復元ではなかったということか。アズール図書館の前に何かの施設があったというのは大きな収穫だから、これ以上を求めるのは欲張りなのかもしれない。そう思いつつ、やっぱり何かあるのではとさらに捲る。そして──

 

 

 “続きは、歴の史音にあり”

 

 

 わざとらしく、最後のページにそう書かれていた。

 思わず吹き出してしまう。

 雑すぎやしないか。もうちょっと上手く配慮すればいいのに。まぁ、こちらとしても「歴の史音」には行くつもりだったので、復元本を手に移動を開始した。

 ……。

 …………。

 うん。

 やはり、何か変だ。

 第二試練とは全く違う異質な何かを感じる。

 上手くはいえない。ただ、不気味だ。明らか過ぎて、ハッキリ過ぎて、大きな不安に駆られる。

 

 だってそうだろう。

 これらが第三試練に関係しますよ、と大々的に言っているようなものだ。

 第二試練は真実の回答をほんの僅かな砂粒に凝縮してきた。

 だがこれはその真逆だ。

 向こうから見せてきている。これ見よがしに。こちらが一歩引いてしまうほどに。

 それは、何を意味しているのだろう。

 考えたくもないが、ありうるとすれば──

 

 

「知ってなお、第三試練の前では、まるで意味をなさないみたいじゃないか」

 

 

 

 あぁ、まったく、末恐ろしい。

 第三試練。

 十中八九、ろくなものではないのだろう。

 

 

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