アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ― 作:藤崎次郎
歴の史音。
歴史書を全般に扱っているエリアであり、陽の光が当たらないよう地下一階に置かれている。言うまでもなく貴重な本が収容されているエリアなので、警備もしっかりしている。
一般人は貸出禁止であるし、特別な資格をもった人でも階級によって見れない本もある。泥棒や本を複写しようとする者も定期的に出ているから、アズール図書館の中ではセキュリティが厳重なエリアともいえようか。
警備するのは本である。
……本である。
もうツッコミ所満載なのだが、本が本を守っている。大丈夫、僕も最初は二度見三度見、百度見はしたけれど間違いなく本が警備にあたっている。鎖や分厚い鉄のようなもので武装した本が常に周囲を旋回しているのだ。ツッコんでは負けのような気がして、誰も何も言わないのがお約束になっている。
「さて、歴の史音に行けと書かれていたけど、何を探せばいいのやら……」
漠然とした指示だったので、とりあえずは来てみたが、どうしようか。警備本が「何だこら」とやってきたので無視する。睨み返すとドンドン本らが集まってくるし、オドオドしていると舐められる。
中に人が入っているのではないか、と過去にステラさんに尋ねるも「それはないよ」と断言された。
過去、アズール図書館に関係する歴史書類は既に調べてある。ただ、当然ながら特にこれといった収穫はなかった。……いや、以前はなかったが正しいのか。今は違うのかもしれない。第三試練の始まりの合図はあったのだ。となれば、ここに「以前と違う何か」があるのは間違いないと思う。
「ご丁寧にアズール図書館の歴史書物が置いてあったりしないかな。しないよね」
と言いつつ半ばあるんじゃないか、とも思ってしまう。始まっていると思えてしまう第三試練に期待してしまう自分がいたりした。しかし当然ながら、そんなラッキーなことはなく、周囲を歩きながら軽く探すも(背後に警備本付き)、残念ながら目当ての書物は見つからなかった。
注意深く調べ、考えろということだろう。ならば次に考えられるのは、アズール図書館の土地についてであろうか。
つまり、今僕がいる場所の歴史だ。
ここを王都としてアズールを建国する前は、「ロギ共和国」が統治していた。アズールはかの国を降伏させ、その十三年後にクローデリア大陸全土を統一した。
当時からロギは大陸の中心地にあったため、交流拠点として大いに繁栄していたが、当時のロギ王は暴君であり、そこを突いた初代アズール王に討伐された歴史がある。
よくあるお話だ。これに関しては既に学んでいる。
また、ロギ共和国で有名な点は魔法研究を「僻地」でしていたことか。日常に深く関与する魔法は、当時としては軍事転用も当たり前であり、どの国でも魔法研究は重要な国家主力であった。
その研究を僻地でしていたことは、かなり危険な研究をしていたとも考えられるも、ロギ共和国についてはそうではない。ある土地柄ゆえ、魔法の研究が僻地以外は難しかったのだ。簡単に言うと
「ルカ高濃度頻出地域……魔境、であった」
アズールではなく「ロギ共和国の歴史書」を置いてある場所へ進み、見つける。
第一試練に合格する前は、アズール図書館の情報収集に躍起になっていた。アズール図書館が一切出てこない、全く無関係の国に関する歴史について深入りしたことはなかったのだ。けれど今、不思議とアズール図書館を支える土地の過去を知りたいと思ったのは、必然であったのかもしれない。
「これだ」
手に取った本のタイトルは「ロギ共和国・朽ち果てた天命」。当時、アズールに滅ぼされたロギ共和国の背景や原因を一冊にまとめた書物である。
警備本に見せ、これを読むために来たんだよと伝えると危険度ナシと判断したのかどこかへ去っていった(ただ、別の本が遠くからこちらを見ている)。
一時間程度で読める内容であったものの、一応の収穫はあった。滅びた最大の原因は例に漏れず長年の腐敗政治であって。これについては既に知っている。僕の目的はその中間に書かれていた、とある内容についてだ。
──ロギ共和国は、主君だけでなく支配する土地にも大きな爆弾をかかえていた。
──複数の場所に、極めて高いルカ高濃度地域があったのだ。魔境と呼ばれる、一般人が入れば即死級とされている場所だ。
「当時の魔法ではルカ高濃度の地場を制御できなかったから、封印していたはず」
封印という大層な言葉だが、実際は立ち入り禁止にして誰も寄せ付けないようにしていただけだ。明らかに危険な場所であるが、しかし高濃度のルカを抽出できる可能性のある貴重な場所でもあったのだろう。
実際、最初は高濃度地域の周囲で安全管理をしながら日夜研究をしていたそうである。だが上手くいかず、僻地で研究するも軍事転用できず、そして実用化する前に滅ぼされてしまった……と。
「肝心の場所についてはわからないか。もし今も残っているなら、王都でも有名な場所になるはずだけど」
そんな所など聞いたことがない。
何か情報はないかと注意深く読んでいると、答えが最後辺りに短くまとめられていた。
“……アズールが大陸全土を統一する際、反乱分子が王都に侵入し、魔境を利用して王都全土を消滅させようとした。いわゆる「終戦前線」のことだ。アズール王が直前に察知し間一髪で阻止するも、多くの仲間が犠牲となってしまった。
また、その際、ルカ濃度がさらに上昇し、元々高濃度であった場所がさらに異次元のものとなってしまった。魔境だ。──それでもだ、初代アズール王の魔法で見事沈静化できなければ焦土と化していた。やはり、統治するに相応しいのはアズールであったのだろう。天命というものだ……”
「初代アズール王の魔法といえば……ガイ・フォン・レイリック・アズール王の“ルカ・イェン──魔統”か」
ジンのご先祖様にして、初代アズール王、ガイ・フォン・レイリック・アズールはクローデリア大陸に生きる者は皆が知っている。
当たり前だが歴史の授業で真っ先に勉強するし(させられるし)、彼の打ち立てた数々の偉業は歴史暗記ものの筆頭に上がる。試験でも必ず出題されるのが暗黙のルールとなっている。ゆえに勉強嫌いの子供たちからは心の底から嫌われている。
“ルカ・イェン──魔統”。
ありとあらゆるルカが、彼の前では支配下に置かれる。アズール王家の継承魔法とされし反則的な強さを誇る魔法だ。
確かに、初代アズール王が関わっていたのなら納得である。彼の魔法があればルカ高濃度地域も、局地的な地場も、自由に思いのまま操作できる。
ただし、世間一般に知られる「名君ガイ・フォン・レイリック・アズール」と、僕の知っている彼の姿は違う。思い出すはクロネアから帰国途中の空船での会話……。
『そういえば、ジン』
『あん?』
『もうすぐアズールは建国600年を迎えるんだよね』
『そうだな、来年の話だ。派手にやるつもりだぞ、もう何十年も前から無駄に準備してる』
『そこで思ったんだけど、建国したアズール王ってどんな人だったの?』
夕日が沈み、されどそこまで真っ暗でもない時間帯。船の甲板には、僕とモモ、ジンとミュウ、リュネさんにレノンが集まっていた。ミュウの兄であるピッチェスさんは王都との連絡で疲労困憊であって。ギリギリまで情報交換をしており、既にやる必要のない説明までやっていたそう。中々に大変だ。
特にやることのない船内で、他愛ない話を振った。そんな程度のものだった。しかし同時に、前々から興味もあったのだ。勉強の中では初代アズール王は勇敢にして博識、民の声を耳を傾け見事クローデリア大陸を制覇した英雄である。
そんな彼であるが、どうにもジンの話からたまに聞くアズール王は違う時がある。これを機に教えてもらうのも楽しいのではないか、と。
『屑だな』
だからジンの即答には思わず面を食らってしまった。
思わずミュウを見るも、珍しく頷いている。あくびをしながら銀髪は語り始める。
『当時の背景もあるが、クローデリア大陸を制覇する人間だ。普通じゃない。もちろん武力・魅力・素質などあらゆる点において王の器はあった。だが、同時に狂気も孕んでいた。孕んで抱えて、禍々しく放っていた』
『えらく怖い言い方するね』
『周辺諸国をガンガン攻略していくんぜ? 並大抵のやり方ではなかったんだよ。特に世間一般には公になってはいないが、「騙し討ち」は天下随一と言えるだろう。殺されるまで自分が騙されたことに気づかなかった敵も大勢いた。おまけに“ルカ・イェン ── 魔統”の発現者だからな。わかるか? 今の時代ではなく、戦争全盛期だ。極限までこの魔法を研磨していただろうさ。気持ち悪いわー』
ジンの魔法“ルカ・イェン”は初代の継承魔法を子孫である彼が発現させたものだ。
継承魔法の使い手は二種類いて、モモのように発現者(開祖)となる者と、ジンのように発現者(開祖)の子孫が突如として発現するものだ。
だからジンは“ルカ・イェン”のこともあり、初代について詳しく調べている。ちなみに“ルカ・イェン”の発現者は初代、三代目、七代目、ジンの四人だそうで。眠いのか目を細めながら、ジンの初代アズール王語りは続いた。
『魔法はアズール人において日常生活の必需品といえる。それは間違いない。だが、当時は戦争道具としての色合いの方が濃かった。泥のように濃かった。何かあれば軍事転用するのは当たり前、発想や解釈は血生臭いものだった。特に初代アズール王はそれを好んでやる奴だったから、俺からしてみたら超絶の屑だ』
『一応言っておくと、私のご先祖様も同じだよ』
先ほどから頷きっぱなしのミュウ・コルケット。
ジンの初代ボロクソ話に自分もと乗り込んできた。
『初代コルケットである、ソランド・コルケットは裏表が別人間といえる男だったそうでね、上手に物事を動かすため裏で暗躍する存在だったんだ』
『結構今でも初代コルケット家の功績は称えられているけど……』
『それは表の場合だね。裏では損得勘定どころか死生勘定をする人だよ。当時、初代アズール王がキチガイなのは巷では有名だったから、それを裏で支える「優しい人間」が必要だったんだ。ご先祖様は役得で、持ち前の外道っぷりも功をなしてアズールの裏社会を掌握していたんだよね』
……。どちらも酷いものである。
戦争時代とはいえ、そこまで狂気でなければクローデリア大陸統一は無理だったのだろうか。確かに創作物では聖人君主が理想の王として描かれていることが大半なれど、現実はそう良いことばかりではない。
騙し合いに殺し合い、化かし合いに潰し合いだったのだ。善人であればしゃぶりつくされて捨てられるのが常だったのかもしれない。
今の僕らが平和を謳歌しているのは、そんな暗い過去から築かれたものだったのか。
そして今に至る。
「ロギ共和国・朽ち果てた天命」を元の場所に戻しながらそう思った。とても今の僕が太刀打ちできる相手ではないのは確かだ。この時の時代に生まれなくて本当に良かった。
『戦闘力もジン以上だろうし、やはり歴史を作った人は凄いよ』
『なりたいとは露とも思わんがな』
そんな彼でも、彼がいたからこそ、今のアズールがある。
それに、初代に関してはある意味、次世代の方が有名であろうか。
『二代目についてはどうだったんだ?』
『サイリス・フォン・ファーク・アズールか……』
『「賢王サイリス」の異名でしょ?』
『どっちかって言うと暗殺の方が有名だろ』
『まぁね』
二代目にして初の女性の王様、サイリス・フォン・ファーク・アズール。初代に関しては色々とあれど、実のところ、人気度は彼女が初代をブッチギリで凌駕する。
と、いうのも、彼女の行った政策はそのほとんどが国民に対するものだったからだ。減税や復興政策、内紛停戦に奴隷解放、挙げればキリがないほどの功績は、もはや伝説に相違ない。
事実、歴代アズール王を題材にした作品は二代目が圧倒的に多い。それは彼女を題材にすれば売れることが約束されていることもあるけれど、それ以上に魅力的なのが彼女の最期にある。
二代目は暗殺される。
それも三十七歳という若さでだ。
場所は王城の謁見の間であり、朝、彼女が玉座に座りながら亡くなっていた。外傷はない。眠るように死んでいたと記録されている。言うまでもなく、当時のアズールとしては大問題であり全総力をあげて犯人探しが行われた。
しかし、結果として犯人は見つからず。アズール最大の未解決事件として有名だ。だから、彼女の作品を作る際は犯人が誰であったのかが最も重要であり、それは今もなお議論の筆頭にあげられる。彼女の人生全てが、人々を魅了してやまないのだ。
なお、彼女に逆らった者は即座に首が飛んだそうである。本当か嘘かわからないが、そんな与太話も残っているのは事実だ。歴史に名を残す人らはどうしてこう、曰く付きなのか疑問である。そういえば、ジンが言っていたな。
『よく調べたら出てくるけど、二代目は身内には死ぬほど厳しかったぞ』
『そうなんだ』
『身内からのあだ名は「魔王」「殺人女王」「首斬女帝」「歩けば血しぶき」てな感じだな。他にもゴロゴロある』
『いわゆる政治家たちには美味しい思いをさせなかったから?』
『いや、身内や政策を反対する奴ら限定でかなり厳しく処分していたそうで、そこからきてる』
『うーん。おかしいな、僕も二代目については色々知ってるけど、そんな物騒なあだ名は初耳だ』
『あぁ、三代目と四代目が必死に隠したからだろう。暗殺で世間が騒いでいる中、二代目の悪評を地道に消していったと思うぞ。どんな王でも嫌う人間は必ずいるからな。だが全部は当然無理だ』
ぼんやりとジンの言っていたことを思い出す。
初代が狂王なら、二代目も色々大変だったんだろうな。
「そんな二代目の残したとされる書物が確か……あった、これだ」
手に取ったのは、二代目サイリス女王の記した書物だ。後世のアズール人へ彼女が記したものであり、タイトルは「アズール国民へ」。実にシンプルで二代目らしいともいえる。内容は主に人生に悩む者への激励的なメッセージで構成されている。
以下抜粋すると下記だ。
“……人生に悩み、答えが出ないとき。未来に不安を覚えるとき。きっと苦しむであろう。いくら考えても見果てぬ先はわからない。永遠にたどり着けぬものではないかと、答えが出ないのではないかと、不安に支配されるときもある。どれだけ考えても、辛いときはある。
また、自分だけならまだしも。
その答えの分からない問いに「友」が囚われていた際、貴方ならどうするだろうか。……私は、歩みをともにしたい。決して癒やすことは叶わないけれど、支えることはしたいのだ。それがきっと、巡り巡って、愛するアズールの民への助けにもなると信じているからだ……”
後半は、二代目アズール王サイリス・フォン・ファーク・アズールの親友にして、コルケット家の二代目当主、コラン・コルケットへのメッセージだろう。
無二の親友とされた彼女は、アズール図書館の建築にも深く関わったと噂されている。二代目が亡くなった時は、あまりのストレスに数年閉じこもるも、往年は最期までアズールの建築界に尽力されたそうだ。
「僕に向けてのメッセージは……あるわけないか」
最期まで隅々読んだものの、“霙回廊”のように僕に対するメッセージは何もなかった。もしかしたら他に僕へ向けて仕込んだ本があったのかもしれない。
しかしながら、それを探す時間も残されていなかった。時間というのはあっという間だ。辛い時間は長く感じるのに、集中すれば矢のように過ぎていく。楽しいことならなおさらだろうか。
時刻は夕方を過ぎていた。矢の如しだ。図書館を出て、夕暮れを眺めながら今日あったことを頭の中でまとめる。一日が終わってしまった。残りは明日だけだ。明日の夜には第三試練が始まる。明日することは……最初から決めてある。
第三試練が何であろうと、きっと魔法を使うことは避けられないだろう。
クロネアへ行ってから、かなりの魔法を発動した。癒し系統の頂点である“祝福の輪廻”を発動しており、攻撃魔法を結構な数使用した。
古代魔法“ビブリオテカ”は一度発動した魔法は二度と使えない。だから、少しでもストックを補充しなければならない。備えあれば憂いなしというように、明日は戦いに向けての準備をするのだ。
色々考えながらもそのまま帰路に着く。明日のことを考えて、早めに就寝しよう。幸い、疲れもあったのか直ぐに眠りにつけた。
そして時間は誰に対しても平等で、朝を迎えた。軽く身支度をすませ、早々と屋敷を出れば……。
全ての決着をつける、第三試練の舞台へと到着する。いよいよ、試練当日だ。