アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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ジンの告白(前編)

 

 

 “ルアナ”により、ジンがシルドのもとへ召喚される十五分前のこと。

 

 場所はアズール図書館の外。

 シルドを待つ五人は、光り輝くアズール図書館を眺めていた。

 このまま夜の開館も可能なほどに館内は明るい。モモはそんな図書館をぼんやりと眺めた後、外の方へ視線を向ける。図書館は深夜営業のように明かりを発しているのに、誰も気に留めないのは不自然だ。何人も意識をこちらに向けさせない上級・陣形魔法……

 

「“不見なる議場”が発動されている? それもかなり強力な」

「いえ、お嬢様。もし発動されているのなら陣があるはずです。しかし確認できません」

 

 顔を左右に振るモモ。

 頭上に疑問符を浮かべるリュネに対し、薄っすらと光り続けている本湖を指さした。

 

「これが全部、陣となっているの」

「……ッ! 失礼いたしました」

「ううん、大丈夫」

 

 弱々しく笑顔を見せる主人に対し、付き人は悲しそうな表情を浮かべて。シルドのことを案じているのだろうと、考えるまでもなく察する。ミュウがモモの真横に座っていて、精神的にもいつでも支えるようにしていたのがリュネにとって有り難かった。

 そんな三人から少し離れる位置で、リリィとジンは館内の気配を探れないかと、苦虫を噛み潰したような顔で云々と唸っている。ジンがしびれを切らし叫びだす。

 

「あー! 駄目だ。どうやっても館内の様子がわからなくなった。周囲もルカだらけじゃねぇか」

「あちこちから反応があるね。凄すぎだよ」

 

 ルカを支配できるジンですら、アズール図書館内の様子を知覚できなくなった。生まれて初めてのことであり、中々にストレスのたまるもの。

 彼の“ルカ・イェン”を防ぐことは簡単なものではない。にも関わらず、ルカを支配下におくはずの魔法が行使できないでいる。一朝一夕では不可能なやり口だ。事前に準備していたか、あるいは──、昔からこのやり口を確立していたかのようであった。

 

 ジンは既に思考したものを再度考える。

 ……たかが図書館のことを「歴代王印・絶対禁事」にする意味がねぇ。仮にしていたとしても、歴代の王に不要と判断されたら外されたはずだ。しかし建国後600年に渡り絶対禁事として続いているってことは、王たちも認めざるを得ない何かがあるってことだ。

 んなことあるか?

 面倒くせぇな、血の臭いしかしない。さらにはステラとかいう司書が既に存在しているじゃねぇか。王以外誰も知ることを許されない事柄を、おそらくその司書は知っているはずだ。この時点で矛盾するだろ。駄目じゃん。

 しかもその司書は外部の人間であるシルドにも接触している……。部外者に絶対禁事を話す危険性を何故考慮していないのか。

 

「全然わからん。リリィ、そっちの魔法はどうだ?」

「“紅蛇火”。あ、問題なく出るし威力も上がるね。嫌な感じのルカじゃないよ。ねぇ、ジンの魔法で本湖の下とか知覚できない?」

「できん。さっきからやってるがさっぱりだ」

「ならこれ、ジン用に(こしら)たんじゃないの?」

「んなことある、わけ──」

 

 ……いや、確かにそうかもしれねぇ。この図書館は建国頃からあったと聞いている。

 と、なれば初代アズール王も何かしら関与しているはず。あの腐れ変態ド外道が何かしたとなりゃ……この状況も“ルカ・イェン”対策として理解できる。ただ、んなことは大した問題じゃない。無理矢理にでも突破してやればいいだけだ。問題はそこじゃねぇ。

 もしも、だ。

 もしも、シルドの第三試練に初代アズール王が少しでも絡んでいるとすれば。

 武力的に俺でも勝てない相手が僅かでも第三試練に関わることなんてあったら──シルドのやつ、どう足掻いても死ぬぞ。大丈夫かよ。上手く“ルアナ”が起動すりゃいいがなぁ。

 

「ジン」

 

 ──そこまでジンが考えていた時だった。

 ミュウから声がかかった。んぁー、とそっけない声を出しながら耳を傾ける。

 少し前、モモに「手は打ってある」と言ったものの、“ルアナ”の対象をジンにするよう画策しているとミュウに知られるのはまずい。彼女のことだ、下手するとジン指定にならないよう動かれるかもしれない。

 

「“ルアナ”でシルドくんの所へ行く予定でしょ?」

 

 だから、ジンにとってこの言葉は完全に想定外であって。

 固まったまま、首だけミュウに回す。対して、意中の相手は笑顔で優しく頷く。

 

「うん、行っていいと思うよ」

「……」

「ただし、ちゃんと言葉で伝えるんだよ。どうしてシルドくんの所へ来たのか。きっとジンの身の安全を考えて直ぐに“ルアナ”を解こうと必死になるだろうし」

「……」

「だから、もう一度言うけど、ちゃんと言うんだよ。何故来たのか。それができるのなら、行ってらっしゃい」

 

 ジンは視線をミュウから外し、外に向けた。ミュウはやれやれとするも、楽しそうに微笑む。そんな二人をモモとリュネ、リリィは「どうかした?」と見ていた。ミュウは笑顔で何でもないよと返した。

 

 ジンは外を眺め続ける。ミュウの言った通りだ。ジンが行けばシルドは“ルアナ”を解除しようとするだろう。あの田舎貴族がどう考えるかなど、手に取るようにわかる。

 しかし行かねばならない。行かねばならない理由がジンにはあったのだ。

 それから数分後、“ルアナ”で呼ばれたためジンは倒れた。彼の体を本湖の本たちとリリィがわっしょいわっしょいと担ぎ上げ遊んでいるのを眺めつつ、ミュウは無事帰って来ることを心より祈った。そして自分も遊びに加わった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 目の前の現実に、口をあんぐりとする蒼髪の青年。対してその様子をご満悦に、にんまりとする銀髪の青年。色々考えていたジンであるが、場を和ませようと悪役を演じることにする。

 

「クゥークックック! いいねぇその顔! いやぁ最高だぜ。賭けは俺の大勝ちだな」

「……こ」

「こ?」

「こんの馬鹿たれがぁ!!」

 

 顔を真っ赤にしたシルドの正拳がジンの顔面に叩き込まれた。まさかいきなりぶん殴ってくるとは思っていなかったので、銀髪の王子は見事に直撃を喰らいかっ飛ぶ。

 その様を呆然と見つめる初代アズール王と彼の親友。なんとも奇妙な空間であった。手で顔を覆いながら(ついでにニヤけながら)半笑いの王子が叫ぶ。

 

「てめぇ何しやがんだ!」

「それはこっちのセリフだ! あぁ!?」

「んだよキレんなよ」

「キレるわ! つーか、どうやってここに来た!?」

「お前が発動した魔法」

「だろうな、ちくしょう! そうだ。解除しよう」

「待て待て待て!」

 

 ふっと冷静になったシルド。目の前の狂った男は自分が何故か召喚してしまったらしい。一大事だ。何せ次期アズール王である。残念ながら次の王様だ。

 ならばできるだけ早くクーリングオフをしなければならない。魂の産地直送で送られてきたので、鮮度のいいうちに送り返す必要があろうか。頼んだものと違うのだ、返品するのがスジである。いらん。シルドはそう思った。

 

「よし」

「だから待てって! ちょっと落ち着けよ!」

「お前がいる限り落ち着けないんだよ、さっさと帰れ」

「なんのために俺が来たと思ってんだ!」

「知るかよ!」

「あとさっさとその傷を治せ、死ぬぞ!」

「重傷を治せる魔法は残り三つなんだ!」

 

 その時であった。

 二人でギャアギャアしていた時。

 ふっと、悪寒が走る。

 

「「……ッ!?」」

 

 シルドがその方へ視線を向ければ。

 上空にガイ王がいて、こちらに跳躍している。

 疾い。なんとか魔法を発動させるため左手にあるビブリオテカに命令しようとするも、それよりも早く

 

「“吸引体球”」

 

 ソランドが魔法を発動する。ジンと大腸の出ているシルドの体が引き合い密着する。シルドが後ろを振り向くと、縦長の球体が生まれていた。前を見ても、同じ球体があった。シルドとジンを挟むように各一つずつ球体が生まれ、グルグルと二人を周回している。

 球体同士の中心にいる物体を密接に結びつかせ、離れられなくする上級・創造魔法である。

 

 いまさら彼らの連携の上手さに驚くことはなかった。その次元の話はもう終わっている。シルドにとって相手の強さの異次元さに慣れてしまっているのはいささか怖いと言えようか。

 ただ内臓が今もデロデロと出ている彼に、冷静になれというのも無理からぬ話である。そんなシルドにとって、この攻撃はもう……

 

 

 どうでもよかった。

 

 

「よし、ジンが死ぬ前に解除だ!」

「するなボケェ、邪魔だゴラァ!」

 

 ジンの背中に生まれていた、美しくも気高い白銀の衣が一際輝く。同時、鮮やかな粒子が二人を纏い、彼らを密着させていた魔法の粒子を削ぎ落とす。

 つまり、密着を解除した。さらにはこちらに跳躍していたガイ王の足に突如として虹色の鎖が高速で巻き付き、絡み、鎖の延長線にある部分をジンが荒く掴んで……ソランド目掛けてガイ王を問答無用にぶん投げた。直撃する。

 

「「ガァ!?」」

 

 喰らった二人は、無造作に転び、そのままゴロゴロと転がっていった。本来の二人なら避けられるものの、あまりの珍妙な出来事に驚きを隠せなかった。

 対し初代アズール王を放り投げた銀髪は、「よっしゃ命中!」と盛大に喜び相棒を見るも、その彼は全力で魔法を解除しようと思考していた。コンマ数秒で走り寄り、思考の邪魔を開始する。

 

「ぶっぶー、残念でしたぁ! この魔法は魂を拘束する危険性ゆえ、術者の魔力切れか、俺側の同意がなければ解除できましぇーん!」

「あっそう。なら僕が気絶すればいいわけだ」

「さらっと身を犠牲にしてんじゃねーよ!」

 

 再び二人で騒ぎ、喧嘩を開始する様子を視界に捉えながら、敵二人は起き上がる。先も述べたが、ガイ王とソランドは驚きを隠せなかった。当然であろうか。

 銀髪の男の背中に見える、美しく光明な羽衣は……、間違いなく、“ルカ・イェン──魔統”に間違いない。何度も見ても、どう見ても、あの魔法である。吐き捨てるようにソランドが言った。

 

「偽物だ」

「いや違うな。間違いなく俺の魔法だ」

「あれはお前の継承魔法だろ! しかもお前が発現したものだ! 断じて誰かに真似できる魔法じゃない!」

「落ち着けよソランド。いつもの調子はどこいった?」

 

 ニヤニヤしながら親友を見る王。こんな友を見たのは久しぶりだったためか、少し嬉しそうであって。

 対し創造魔法の使い手は怒り心頭である。今の状況と、視線の先にある魔法と、冷静さを失っている自分全てに苛立ちを覚えていた。その怒りを言葉に載せて、口を開く。

 

「よく落ち着いていられるな……! 驚かないのか」

「そりゃ驚くさ。しかしあの化け物が産んだ魔法だからなぁ。俺に似た物体を生成することも可能じゃね?」

「なら何故あの銀髪は人の見た目、形をしている。化け物のように光る人形でないのは何故だ」

「さぁ?」

「お前!」

「ヒョハハ、まぁそう怒んなよ。考えてもわからんのなら聞けばいいのさ。あいつらによ」

 

 姿勢を低くする王。構えだ。二秒後には疾走する。そんな彼を見て、ため息を吐き、同時に確かになと思う自分にもため息を吐く。

 どうにもこうにも、ソランドもこの状況を楽しんでいた。不思議と高揚している。理由は不明ながら、悪くはない気持ちだ。

 

「どちらを狙う」

「そりゃ俺の偽物だぜ!」

 

 活気盛んに、不敵の笑みを持ってガイ王は突貫する。矢のように、かつ蜂のように俊敏な動きをし、瞬く間にジンの間合いへ入った。

 こちらを見ていない。見る暇すらなかったか。そう思いながら勢いそのまま、体を捻じ曲げての脚撃を見舞った。

 無傷であった。ガイ王の脚が、ジンの顔前でピタリと止まっている。

 

「大体なぁ、お前は物事を俯瞰して見れねぇんだよ。いっつも泣きべそかいて落ち込みやがる。気色悪いんだよ!」

「お前に言われたくないわ。いっつも自分のことしか考えない。周りのことを横においてふんぞり返るのが王様のすることかよ!」

「え、そうだよ?」

「違うわ!」

 

 二人は変わらず喧嘩をしている。徐々にヒートアップして掴みかかったり押し合ったりしていた。

 こちらを見ていない。まるで気にもとめていないようだ。先とはまるで違う態度。何があったというのか。

 下を見れば、薄っすらと陣が光っている。陣形魔法を既に発動されていた……?

 

「何いっちょ前に“プランクトル──引力地場”発動してんだ! こんな贅沢な魔法ポンポン使ってるからジリ貧になるんだろうが!」

「守ってやったのに何だそのいい草は!」

「別に守ってほしいなんざ言ってねぇだろうが!」

 

 違う。

 先程とはまるで空気が違う。明らかにこちらが場を支配していたのに、何だこの状況は。何だこの空間は。たかが銀髪の創造物が現れたぐらいで、こんなにも変わることがあるのか。

 納得できない。承諾できない。何より……面白くない。言いようのない苛立ちがガイ王の心から湧き出る。……この俺を無視するなど、不敬である。

 

「ソランド!」

「もうやっている。“春景・摩天楼”」

 

 ドン、と大地が揺れ、湧き出るは建造物の群れ。

 ソランドが過去に見てきた数多の建物から、特に好みの建造物を急ごしらえで建造した。特級・創造魔法であり、かなりの高難易度の魔法でもあるのだが、意中の二人はそんな中でも……変わらず喧嘩をしていた。

 

 ……薬でもヤッているのか? とさすがのソランドも疑問に思う。舐められているとも思った。相手からそう思われるのは、いささか久しぶりであり、いいようのない苛立ちが生まれる。舌打ちしたくなる気分であって。

 

「理由は不明だが、その銀髪創造物が原因だ。さっさと処分して化け物を捕獲するとしよう」

「だな」

 

 摩天楼は天を覆うように、上へ上へと伸びながら、さらに曲がりながら、シルドとジン二人を囲み始める。

 まるで龍が天高く上昇しながら獲物を狙っているように、雄々しい雰囲気をありありと見せつけながら、上空からの圧迫感を強烈に印象づけた。

 

 本来、この魔法が発動された際、相手側は最初に天を見る。そのまま身動きできずソランドたちの攻撃に防戦一方となるのが常であった。そして相手が冷静さを取り戻す前に、接近戦を得意とするガイ王らに殲滅されるのだ。

 では、ジンとシルドはというと。

 現在進行で喧嘩していた。

 自分らを気にしていないような相手の態度に、ガイとソランドの怒りがさらに増幅された……その時。

 

 シルドが左手の本を軽く叩いて、そっと告げる。

 

 

「“ランクラントルル・ソリア──廃棄切望のソリア姫”」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 “春景・摩天楼”。

 ソランドの所有する魔法の中でも彼が好んで発動する魔法である。それは相手に動揺を与えるという意味も当然あるし、習得することが難しい魔法を扱える自分に酔っているのもある。ただ、それ以上にソランドが“春景・摩天楼”を好きな理由は、その芸術性にあった。

 

 まずマネの出来ない建造物を、たった一人の魔法師によって生み出す。しかも出てくる創造物は選りすぐりの建物だ。周囲の建物が龍のように伸びていく様を、敵が思わず口を開けて見ている光景は、一人の魔法師としてこの上ない愉悦を感じる。単に建造すればいいのではない、相手を魅了するほどの美しい建物を圧巻のようなスケールで発動することが創造の極地なのだ。

 

「……僕の、摩天楼を……」

 

 それゆえ、眼前に映る光景は精神的にソランドの心を抉った。

 (ソランドの中では)絶景というべき建造物の美しい数々は──斬壊し、見るも無惨な廃棄物と化していて。しかも僅か十秒程度の出来事であった。彼にとっての芸術的作品は、ただの瓦礫の山となったのだ。それだけであった。美的価値は、何一つない。口をプルプルと震わせて、紅潮させた顔をさらに赤く染め上げて、ソランド・コルケットは叫ぶ。

 

「僕のなんだぞ!」

「ソランド、落ち着け!」

 

 うるせぇなぁとジンは思いながら、しかし心の中では別のことを考えていて。

 思うは、ここに来る前、ミュウから言われた言葉。

 

 

『ちゃんと言葉で伝えるんだよ。どうしてシルドくんの所へ来たのか。きっとジンの身の安全を考えて直ぐに“ルアナ”を解こうと必死になるだろうし。だから、もう一度言うけど、ちゃんと言うんだよ。何故来たのか。それができるのなら、行ってらっしゃい』

 

 

 言わなければならない。何故、自分がここへ来たのか。

 別に愛の告白ではない。単に来た理由を言うだけだ。それだけだ。また、一般人からすれば「え、そんな簡単なこと?」と言われる内容である。

 

 しかし、ジンという男にとって、人生最大の正念場でもあった。今も緊張で変な汗が出る。それでも彼は前を向く。

 つばを飲み込み、ジンは覚悟を決めた。

 人生で「自分のためにしか行動しなかった」男による、過去の自分との決別の瞬間が……訪れる。

 

 

 

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