アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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ジンの告白(後編)

 

 

 

「“ランクラントルル・ソリア──廃棄切望のソリア姫”」

 

 

 シルドが魔法名を口にした途端、キィン──……という金切り音と同時に「何か」がシルドの横を疾走した。そして十秒程度の時間が経過した後。

 グラッ……と建造物が揺れ。

 摩天楼が一斉に瓦解する。

 ソランドが丹精込めて作り出した、荒れ狂う芸術的魔法創造物は、あっけなく、無様に崩壊した。唖然呆然とするソランドの視界の隅で、ボロボロの服を着た女が不気味に笑い、消えた。僕のなんだぞ! と怒り心頭の彼に対し、ガイ王が落ち着けと言って親友の肩に手を置いた。

 

「状況が変わるわけじゃねぇだろ。俺らが劣勢になることはない」

「それは、そうだが……」

「“春景・摩天楼”を壊した魔法は……どんなものか知っているか」

「知らん! クソっ、何故壊される! 僕のとっておきだぞ!」

 

 二人が知らないのも無理はなかった。

 クローデアリア大陸南東にある存在すら矮小な国、ヨチ公国にいた姫君の得意とした魔法だからだ。

 ガイ王とソランドの生きていた時代より三十年ほど前に生まれた魔法で、廃棄物をこよなく愛したソリアという姫君が、自分にとって都合のいいように建物を廃棄物にできるよう作り出した魔法である。

 当時は誰からも支持されない、斜め下に秀でた魔法だった。

 

 醜女として知られていた彼女の人生は波乱万丈で、死ぬまで誰からも愛されなかったと言われているが、そんな彼女の走り抜けた生涯は人々を惹きつけた。

 彼女の時代から百年が経過し、ソリア姫の住んでいた廃城から発掘された魔法書によって世間に知られたその魔法は……、解体業者から凄まじいほど愛された。今では女神様として崇拝されている。

 

 発動すれば、ソリア姫を模した創造物が片っ端から建物を斬壊するだけの魔法である。しかも超早い。早すぎて見れない速度であるという。さらに発動した魔法師には瓦礫が落ちてこない技量付きだ。

 なお、発動すれば周りの業者から惜しみない拍手が贈られ、宝の山じゃあと歓声が起こる。その場合、ソリア姫は恥ずかしそうに消えるため、さらに歓声が爆発する。

 

 言うまでもなく、非常に習得が厳しい魔法だ。しかしながら、今もなお熱心に習得しようと励む魔法師は大勢いる。皆、彼女に会いたいのだ。消えるソリア姫を横目で見ながら、銀髪の王子は口を開いた。

 

「んでぇ? この状況をどう打開するのか、策はあんのか」

「ないよ」

「ほら見ろよ俺がいなきゃ何もできなねぇお前は!」

「お前がいても変わらないよこの状況は!」

「あと、その……、話があるんだよ!」

「今すべきことじゃないだろ!」

「すべきことなんだよ!」

 

 廃棄物の残骸の上で、今もなお喧嘩中の二人。

 それを見るガイ王とソランド。さすがに我慢の限界で、息を一つ吐き……、駆け出──

 

「ベン・ソリュック──捕食花の蔓」

 

 ──そうとした時、二人の足元に橙色をした蔓が巻き付き、地面へ引きずり込もうと潜りだす。

 ほぼ同時、「魔玉」という声が銀髪から聞こえ、ガイとソランド目掛けてルカを圧縮した球体が複数射出された。各々の顔、首、鎖骨、鳩尾、金的を寸分たがわず狙った塊であった。

 

「“砂迅壁”!」

 

 咄嗟にソランドが最速の防壁魔法を口にする。砂であるためか瞬時に動け、かつ魔力を練り込めばある程度の防壁として活用可能な中級・自然魔法である。創造魔法と類似しているのでソランドはこちらも(苦手だが)扱える。難点は硬さであるも、この瞬間でそれも欲するのは贅沢と言えようか。

 ルカの砲丸が直撃した。

 全てを防ぐのは無理であって、鎖骨と鳩尾に突き刺さった。激痛にこらえながら、友の名を呼ぶ。

 

「ガイ、突き崩すぞ!」

 

 横にガイではなく、ジンがいて。

 

「お前ら邪魔だ。どっかいけ」

 

 圧巻たる速度の回し蹴りがソランドの脇に叩き込まれた。衝撃に耐えられず宙を舞い地面へ横たわる……も、即座に起き上がる。

 普通なら悶絶する所、殺し合いの場数はこちらが遥か上である。ガイ王の声が聞こえてきた。

 

「おい、ソランド。大丈夫か?」

「あぁ、問題ない。……キミは」

「見ての通りさ」

 

 ガイ王の周りに、上空より吊るされた七体の人形がいる。体は水で作れているようだ。両手両足はなく、眼球もない。ただ口だけがパクパクと開閉し、彼らに囲まれた真ん中に初代アズール王がいた。

 

 中心にいる獲物の魔力を根こそぎ食らい尽くす、上級・癒呪魔法“ルカンダ・ローミン──魔渇晩餐”である。

 しかし、ガイの“ルカ・イェン”で対抗され、食い尽くすことなど到底できない。発動したシルドも最初からその気はない。数秒でも留めることができれば御の字だと考えていた。

 

 結果、ソランドを攻撃することに成功した。それだけで良い。相手の力量を考えれば、割に合わない出費の魔法の数々もまるで問題ない。むしろお釣りがくる。

 ガイ王がルカを欲しがる亡者とのせめぎ合いに勝利し、ものの数秒で彼らを破壊した。ソランドがガイに駆け寄り、そのまま彼らは視線を敵へと向ける。向けられた相手側は、互いに顔を見合っていた。

 

「頼むから、帰ってくれ……!」

「何度も言ってるぞ。断る」

 

 いよいよ喧嘩も疲れてきたのか口数が減っていた。一般的に言えば、シルドの言っていることが正しいのだろう。ジンの登場はまさかだった。

 確かに、彼が現れた際、シルドは嬉しかった。事実だ。あの苦しみの中、颯爽と降臨した彼には感謝している。しかし、その喜びは直ぐに消えた。

 

 “ルアナ”は魂を一時的に呼び寄せるも、その依代である創造物が破壊された場合、本人も死ぬことになる。

 彼は誰だ。

 ジン・フォン・ティック・アズールその人である。将来のアズール王だ。

 自分のような田舎身分の男とは立場も価値も別次元の存在だ。断じて、ここにいていい人間では……ないのだから。

 

 

 

 大切な友なのだ。

 失いたくない。

 

 

 

「お前が死んだらアズールはどうなる。内紛勃発は自明の理だろ!」

「知ってる。死ななきゃいいだけの話さ」

「相手は初代アズール王だぞ!」

「俺が死ぬ理由にはならんな」

「僕は、お前にッ──」

「死んでほしくねぇんだろ。わかってるさ。そんでな、あれなんだよ」

「……?」

「えっとな、あー、まぁ、な。あれなんだよ。あれだ。うん」

「……あれ?」

 

 シルドは、ジンの目をじっと見る。

 怒りの感情もありながら、頭上に疑問符がポンポン出てくるシルド。さっきから何をボソボソ言っているんだこいつはと思った。

 そんなシルドを前にして、目を泳がせながらも言葉をなんとか探している銀髪の男。そんな二人を眺めつつ、小声でガイとソランドが話す。

 

「ソランド、あいつらが詠唱しているように見えるか」

「いや。自ら出した創造物と気色悪い会話をしているだけに見える」

「俺もだ。発光体の化け物はやることが理解不能だな。……今のうちに、“空想群獣・超絶怪獣・狂荒劇”の詠唱に入れ」

「え?」

「どうした?」

「その……、あれ、魔法名のダサさ世界一なので使いたくないのだが……」

「気色悪い劇をやってる化け物らにはお似合いの魔法だろ」

 

 ガイ自身も、ゆっくりと自身のルカを広範囲へ拡散させていく。

 対し、敵である銀髪の男は、拙い言葉を今もポツポツと言っていて。さすがにしびれを切らしたシルドが苛立ち始める。

 

「ガイ王とソランドが何かやるつもりだ。先手を打つぞ」

「待て、まだ言ってないことがある」

「今それどころじゃないんだよ」

「違う、今なんだよ!」

「だから何がだよ!」

 

 ガシッと、ジンがシルドの肩を両手で掴んだ。

 え、とするシルドに対し、ジンは黙ってじぃ……っと見つめる。

 凄く見つめる。

 え、え……、とシルドは「え」しか口から出てこない。

 万が一キスしてこようものなら殴ろうと思った。

 そして。

 ガイ王とソランドからジト目で見られながら。

 震える口で、やや上擦りながらも、ジン・フォン・ティック・アズールは──、ハッキリと言い放った。

 

「俺も、お前に……あれだぁ! 死んでほしくない! だからここへ来た! お前のために、ここへ来た。……その、あれだ、お前に、生きてほしいんだよ!」

「……は?」

「二度は言わん!」

 

 ぷい、と視線を外す。シルドはこの時、ようやくジンの顔が真っ赤であることに気づく。耳まで赤い。

 

 口に出さねば伝わらないことがある。もちろん、言わずに伝わることもあろう。しかし、心の奥にある本音というものは、口に出すのも悶絶してしまう気持ちや想いは、言わねば決して届かぬ時があるものだ。

 今、この時のように。

 言うことで、大きな意味となる。

 絶対にシルドを見ないよう、しかしガイ王とソランドを視界から離さないようにして、将来のアズール王は早口で言った。

 

「俺からは以上だあとは知らんそれでも嫌なら気絶しろ“ルアナ”は解除されるさっさと死ねボケカス」

 

 呆然とするシルドを前に、早くしろよさっさと起きろ死ねボケ生きろと矢継ぎ早にせかすジン。

 先ほど彼の放った言葉を、シルドは何度も脳内再生していた。

 ……あのジンが「俺も、お前に死んでほしくない」と言った。言ったか? 言った。言ったらしい。本当に? ……たった今、こいつは、個人至上主義者にして自分のことしか考えないこいつが、僕のためにここへ来たのだと。

 

 シルドの中で超新星爆発に匹敵する衝撃が全身を駆ける。どうにもこうにも、現実であるようだ。シルド自身もまた、何か言おうと口を開くも、何故か何もでてこない。

 

「……」

 

 ガイとソランドは着々と準備に入っている。危険である。

 ただ、シルドの中で最優先事項がたった今、更新された。

 

「“ルビン・サラ──外科宮殿”」

 

 特級・癒呪魔法の発動を機に、シルドはジンの横に立った。この魔法で、外傷(とりわけ大腸)の治療が始まる。シルドを中心に花と植物が鮮やかに生え出て、彼の傷口へ入り込んでいく。ものの数分で完治するだろう。

 しかし、この魔法は二度と使えない。大怪我を負った際、治せる魔法は残り二つとなった。本来なら貧血で倒れる所、不思議とシルドは立てている。ジンの魔法だろうか。

 

「おい」

「……」

「あのな、言うつもりはなかったんだが、僕は一度だけ、お前のために命を懸けている」

「はん、奇遇だな。俺もだ」

 

 シルドは約一年前、リリィ・サランティスと戦う際、かの王子のため命を懸けた。

 ジンも約一週間ほど前、三傑クロネア代表と戦う際に田舎貴族のため命を懸けた。

 それぞれ偶然にも命を懸けあった二人は、横に並ぶ。しかし互いに顔は見ない。恥ずかしいから。

 

「ヘタレ」

 

 ボソッと銀髪の男が呟く。カチンときた蒼髪の男も口を開いた。

 

「自己中」

「蒼髪」

「銀髪」

「貧弱優男……!」

「適当野郎……!」

 

 ドンドンと出る。しかし互いを見ない。

 だが笑う。

 ニヤニヤしながら足で小突きながら、次第にゲラゲラ笑いだす。

 

「悲観者!」

「超我侭!」

「卑屈者ぁ!」

「独裁者ぁ!」

 

 笑い続ける。ガイとソランドから半目で見られて。

 

「クソ田舎者!」

「ド腐れ王子!」

 

 一人の男がいた。田舎から来た司書希望の変わり者だ。彼は、単独で王都に来た。

 一人の男がいた。生まれた時から王都にいて、王以外の道を許されぬ人生だった。

 

 二人は生きている上で、まず交わらない立場にあった。しかし何の因果か、ある日出会ってしまった。それから喧嘩したり協力したりと、まるで「友達」のように接した。

 

 救われるものがあった。確かにそこで、感じ入るものがあった。

 言葉では足りない。星々の数でも足りない。情念湧き上がる熱い気持ちに、言いたくないが、感謝していた。

 

 だから命を懸けることもあった。

 たまたまだ。そんなことをする気分もあったのだ。

 この瞬間のように。

 ゆえにもう、今さら感謝の言葉は不要である。

 だから次の段階にいこう。

 一頻り言いたいことを言い合って、ふぅーと大きく息を吐き。

 二人で背を合わせたまま、視線を初代の二人へ向けてから。

 

 

 新たな関係を二人は始める。

 

 

「すまん、助けてくれ」

「おうよ、当たり前だ」

 

 

 次は支え合い、互いに高め合う領域にいこう。

 曇天だった心の空に、光が射す。

 死の絶望を前にして泣き崩れそうだったシルドの不安は、もうすっかりと無くなっていた。

 

 

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