アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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自己判断と自己責任

 

 

 

 しばし呆然し、視界に映る現実をシルドは見る。

 軍事施設がそこにはあった。

 重々しく、悠々と聳え立つ灰色の建物。何人もの警備や厳重な柵が周囲に展開されている。

 

 シルドとジンが初代二人と戦闘を繰り広げた魔境最深部には、求めていた建物とは遠くかけ離れた建造物が立派に聳えていた。

 シルドがいた時代からすると、本来ならここには何もない。最深部は陽の光など当たらない真っ暗な場所なのだ。軍事施設など、もってのほかだ。

 

「さて、どうするか……」

 

 判断を間違えたのか、と蒼髪の青年は顔を下に向けた。第三試練の一部が自動的にシルドの脳内で再生される。

 “……一切やり直しのきかない自己判断と、死を含む自己責任の全権をもって、アズール図書館を建造するまで導き……”。

 

「やり直しは駄目。死を含む自己責任。ふふっ、これは酷い」

 

 心は折れていない。諦めてもいない。それでも、心境の変化はあって。足が震える。心も震える。嫌な方向に引きずられそうだ。

 寒気と恐怖が愛し合っており、その中にいるような感覚。シルドは息を大きく吸ってから、素直に今の状況を味わうことにした。……どうするかは、決まっている。二人を探すしかない。

 

「おぉい、ここにいたのか」

 

 運がいいのか悪いのか、振り返るとガイ王がこちらへ向かって歩いてきている。隣にはソランドもいて、さらに後ろには護衛が大勢いた。

 ふと今さらながら気づく。ここは魔境と呼ばれし場所だった。普通の人ならば即死級のルカ濃度であったはず。ガイ王がなんとかしたということだろう。誇らしげに初代アズールは軍事施設を指さしながら口を開いた。

 

「悪くないだろ? 人と人が織りなし作り出した、魔法施設ってやつさ。お前言ってたもんな。人と魔法が知りたいってよ」

 

 確かに言った。しかしそれを見事に外している。「軍事」という言葉を入れないのもわざとだなと思った。シルドは思考を高速で回転させる。

 

 ……おそらく、僕が演じている「人を知らぬこれ」を上手く利用したんだ。当たり前か、莫大なルカの集合体であるこれを使わない手はない。国を守る王としては間違っていないのかもしれない。

 しかし、それでもだ……どうして、ここまで一気に飛ばされたんだ。過程を何故飛ばした! 僕ならこうなる前に止めていたはずだ。

 

「今の私が、どのように見えるのか教えてくれ」

「相変わらずピカピカ光ってるぞ」

「現在はクローデリア歴何年だろうか」

「大丈夫かお前、1001年だ」

 

 ……あれから一年も経過したのか。今さら軍事利用を止めろと言うことは可能か。いや、無理だ。さすがにここまで来て反対方向の話をしても理解されない。

 また、もはや一人で勝てる相手でもない。戦闘での勝ち目は一切ない。僕を警戒しての後ろの護衛だろうし、戦う方向での選択肢はない。詰んでいないか、これ。果てしなく詰んでいるぞ……!

 

 その時、シルドの頭の中で、昨日アズール図書館で読んだ本のことを思い出した。

  “……直接見ることは叶わなかったが、アズール図書館の前に建てられた施設は、見事なまでに塵と化したようだ。一度でいいから見たかったので残念ではあろうか。しかし、前施設は後世に伝えるべきものではないのだろう。一度大きな魔境暴走もあった。ガイ王がいたから事なきをえたが、危険極まりないものだ。ゆえに、私個人としては歴史に葬ってほしいと願うばかりである……”

 

 前施設はこれか……! と、シルドの頭で合点がいった。ただし、前施設は塵と化したと記載されていた。こんなものを作って直ぐに壊す必要などあるわけがないのに、塵とした。

 何か理由があるとすれば、どう考えても魔境暴走である。ガイ王と「シルドの演じているこれ」が決別したというのか。シルドの中で自分の今すべきこと、及び最適解を必死に模索する。

 

 ……ガイ王と決別し、魔境暴走が起きた可能性もあるけど、別の原因で起きたかもしれない。どちらかといえば、僕はそっちだと思う。少なくとも今この時点で決めつけるのは早計だ。

 まだガイ王と親しい関係を有効的に使いたい。魔境暴走の危険性を、伝えよう。

 

「あくまでも可能性の話として聞いてほしい。このままでは、ルカの暴走を引き起こすかもしれない」

 

 シルドの言葉を受けて、ガイ王は「おいおい」と大げさに手を広げて、冗談を言う素振りで返答した。

 

「そりゃそうだろうさ。これからお前を永劫封印するんだからよ」

 

 瞬間、シルドの真下に陣が灯り、超高速で鎖と紐が現出、シルドを捉えた。全く動けなかった。

 やられた。

 驚きと後悔がシルドの心で交差する。

 ガイ・フォン・レイリック・アズールは魔境暴走が起きることを知っていた。シルドの演じる「これ」と決別し、再び相まみえるつもりだったのだ。

 

「ほぅら、静まれ」

 

 シルドの周囲から轟音が鳴る……も、最初から準備万端のようにガイ王は動き出す。ソランドの指示も加わり、しばし周りの者らと一緒にルカの濃度調整や地響きに対応する初代アズール王。ルカのざわつきを沈静化させるためあの手この手で動いていた。

 時折地震のような揺れがあるも、涼しい顔でガイは対応していた。その様子を、シルドは見る以外にやれることはなかった。

 

 史実なら、再びガイ王との激闘があったのかもしれない。真実は確かめようがないので、あったかどうかは不明だ。

 けれど、今のシルドでは戦うことすらできない。見るしかない時間はあっという間に過ぎ去り、魔境暴走は粛々と終わりを迎えた。

 

 シルドの予想を大きく外す。青年は利益に走った魔法施設の実験か、外部からの原因か何かで、魔境暴走が起きたと考えていた。

 しかし実際は違うのだ。意図的にガイ王は決別を宣言し、永劫封印しようと動いた。その際、魔境暴走が起きるも難なく沈静化させた。

 

 何故ガイ王はこのようなことをしたのか。シルドは顔を地面に叩きつけられながらも、初代アズール王を睨む。

 

「私を信用するという選択肢はなかったのか」

「ないな」

 

 冷たくアズール王は告げる。

 彼は今後もシルドの演じる「それ」と交流することは可能だ。このまま良い関係を構築すれば特に問題ないだろう。仮に衝突したとしても、ガイの“ルカ・イェン”で沈静化すれば大丈夫のはずだ。ガイ王のおかげで危険性はグッと減る。

 

 しかし、初代アズール王の死は必ずやってくる。その後はどうなるか。最初は有効な関係かもしれない。けれど、永劫続く保証は皆無である。

 いつか、そう遠くない未来に……人と魔法に飽きた、と言われるのではないか。最悪、反旗を翻す可能性もあるのではないか。

 

 国の未来を案じる王ならば、どうするか。人によって判断が変わる所、やはりガイ・フォン・レイリック・アズールは永劫封印を選んだ。

 しかも今回は念入りに準備をしていた。全く動けないシルドに許されたのは、口と眼球を動かすことのみ。終始冷めた目で見下ろすアズールの王。

 

「相手を信じるなど、平和主義者のやることだ。互いに利用し合い、打算と策略をもって繋いだ線の上に立っている時のみ信頼が成立する」

「このやり方が“貴方”なのだな」

「そうだ、これこそが俺だ。これまでずっとこうやってきた。これからもそうだ。俺は王だからよ。優しさなんてのは遥か過去に置いてきた。俺に従え、アズールに従え、従って永劫生きろ」

 

 この状況を覆す術は──、シルドにはない。全く動けない。ルカの全領域を相手に奪われている。また、かなりの準備をしていたのだろう。シルドは気づいていないが、この時、"ビブリオテカ”すら発動できない。

 ガイ王の“ルカ・イェン”により完全掌握された場と、ソランドやその配下らの入念な準備によって作られた陣形魔法の力は甚大であった。シルドの魔力すら支配下であって。

 

 ……僕の選択は、間違っていたのか。シルドの脳内で悔しさと歯痒い情念が激しく揺れる。どこで間違っていたのか、答えのない自問を繰り返し、目を閉じる。

 それでも。

 諦めるな。

 青年は想いを燃やす。

 ……僕は、第三試練を突破するために、ここへ来たんだろ。

 

「話がしたい……!」

 

 彼の心に、諦めの二文字は、もうない。

 死の絶望なら、つい先ほど絶賛味わったばかりだ。二度もいらないと青年は口を開く。

 

「この状況は、貴方にとっても極めて危険なものだ」

「ほぉ、何故?」

「永劫封印といったな。ルカの集合体である私をいつまでも幽閉できる術などないであろう。その封を解いた時、私は自分が何をするかわからんぞ」

「安心しろ、絶対に俺らに服従するように拵えてやっから。一生(かしず)け」

 

 やるからには容赦など一切ない、たたっ斬るような言い方だった。

 

「それに、だ。万が一のことが起きた時は俺の子孫が頑張るだろうよ。安心しろ、“ルカ・イェン”の手引に関しては本にしている。いつか“ルカ・イェン”を発現した奴がこの魔法を極める際に大いに役立つだろう。まぁ、俺以上の使い手にはならないだろうけどな」

 

 ヒョハハと笑い、周りにいる者へ目で合図をする。呼応するように皆は走りだし、準備をするため動き出す。このままいけばシルドは永劫封印となる。

 ルカの集合体ゆえ、死ぬことはない。生きることには変わりない。ただ、求めていた結果とは大きく違うものになる。アズール図書館建造など、遥か彼方の夢だ。それでもシルドの口は開く。諦めない、彼の心はまだ、死んでいない。

 

「ガイ王!」

「黙れ。もう話すな」

 

 口すら動かなくなった。“ビブリオテカ”を発動するも、出ない。己の魔力を断ち切られている感覚。絶体絶命の中、シルドは必死に目を動かし、活路を見いだせる何かを探す。

 

 ……何かあるはずだ、まだ何かが。諦めるな、ここで諦めてどうする! まだ疑似空間の再構築現象は起きていない。僕にできることが、まだ、ここにあるはずだ!

 

「それじゃ、お疲れさん」

 

 もがく暇すら与えてもらえず。

 蒼髪青年の眼前で。

 ガイ・フォン・レイリック・アズールの声は別れを告げた。そして彼の声を受けて、シルドに対し、永劫封印を発動──されることはなかった。

 封印されなかった。

 ただ、解放されることもなかった。

 一言で言うなら、何も起きなかった。

 

「……?」

 

 眼球しか動かせないシルド。それでも、眼の前の人らの反応を伺い知ることは可能であって。

 ガイ王は何故か、顔を上げている。

 他の者も、顔を上げている。

 全員、口をあんぐり開けて、その場に棒のように突っ立っていた。次第に、皆の口元が……わなわなと震えてきて。顔色も真っ青となっていく。ガイ王すら同じであって。初代は情けない声を出しながら、数歩下がる。

 

「ぁ、ぁ、あぁ」

「…………」

「その、違うんだよ。なっ、ソランド」

「うぅぅ、うむ、そぅだ、違う」

 

 ソランドでさえ真っ青な顔をしている。次第に後ろの者から「駄目だ、おしまいだ」と情けない声も聞こえてきて。

 声はボソボソと、あちこちから聞こえてくる。次第に周囲から……無理だ、どうして、死ぬよこれ、あぁ、詰んだ、逃げねば、などというこの場に不釣り合いの言葉が並ぶ。

 

 

「やはり、こういうことでしたか」

 

 

 女性の声だった。

 声は高く美しく、思わず耳を傾けたくなるほどの美声であって。

 しかし同時に怒りの色も添えられていた。

 

「怪しいと思っていました。私に内緒で、こんな恐ろしいことをしていたとは……」

 

 その者が降り立つ。うわぁ、と周りの者が後ずさり。手が震えている者もいる。頭に手を当て、どうしようと混乱している者もいる。口をパクパクと開閉している者もいる。

 皆、一様に眼前の女性に対して怖気づいているとシルドは思った。ただ……そんな人物、歴史上にいただろうか。

 

「酷い拘束です。今すぐ解きましょう」

 

 彼女はシルドを拘束している陣形魔法を何点か触る。そして自身の右手の親指と人差し指をギュッとくっつけて……パッと離す。

 瞬間、シルドの拘束が解けた。あの一切の動きを封じていた魔法から難なく、あっけなく解放される。周りからは「半年かけて作ったのに……」と嘆きの声も聞こえて。呆気にとられるシルドを前に、女性の姿が顕となった。

 

 一言で言うなら孔雀である。

 髪は橙色で、陽の光を受けると鮮やかに輝く。細型の顔立ちはきめ細かく整っていて、高い鼻と小さな口が一層の魅力を加えている。目は細く鋭く、冷たさと冷静さを感じさせた。

 

 体型はすらりとしており、長く美しい脚は誰もが一度は見てしまうだろう。自信に満ちあふれていることが、彼女の表情・姿勢から存分に感じ取ることができた。

 服の上は襟を立てた白いブラウスで、下は深い青のハイウエストパンツを着ている。スリムなシルエットでありながら、彼女のすらりとした脚線美を強調していた。

 美しさと強さを兼ね備えた孤高の女性は、シルドの前でにっこり笑う。

 

「初めまして、ルカの君。私はサイリス・フォン・ファーク・アズール。貴方にずっと会いたかった者です。ずっとずっと、ずぅっと会いたくて焦がれていました」

「……」

「今、この瞬間が訪れて心より嬉しく思います。本当にありがとう。そしてつい先ほどまで貴方にしてきた父の蛮行の数々、娘として深くお詫びいたします」

 

 言いたいことを一気に言われた後。

 シルドは彼女から頭を下げられた。

 王家の人間に、頭を下げられた。

 顔を上げ、えへへ、と少し恥ずかしそうにしながらも、二代目アズール王は可愛く笑って。

 

「そのお詫びに加え、挨拶代わりといってはなんですが」

 

 親指と人差し指をギュッとくっつけて。

 ……パッと離せば。

 

 

 

「落とし前をつけさせましょう」

 

 

 

 ガイ王の首が飛んだ。

 初代アズール王、ガイ・フォン・レイリック・アズールの生首が宙を舞った。

 

 

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