アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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ルカの君

 

 

 目が点となり、口を開けるファリィ・クサリー。

 微笑みながら金髪麗女を見るシルド。

 二人の様子を穏やかに眺めるステラ。

 三者三様の反応。

 その中で、ステラの心は弾むようであった。彼女はファリィから発言を禁じられている。この後の展開、真相の開示も当然ながら言ってはいけなかった。だから本当に飛び跳ねたい気持ちでいっぱいだった。

 

 ……いけ、青少年。出し抜け。そこの三流演者に、目にもの見せてやれ。

 

「え、と。何を言っているのかな、シルディッド」

「犯人というのは少し語弊がありますね。あれは只の自殺です。悪意のない自殺だと思います」

「……ッ」

「貴方は『ルカの君』を演じているだけです。名前までわざわざ考えましたね。しかも二代目である自分の名前からもじって」

 

 サイリス・フォン・ファーク・アズール。フォンは王家を、アズールは名字を意味する。

 サイリスは名前で、ファークは二代目という意味だ。このサイリスとファークを並び替えると、ファリィ・クサリーとなる。ただし、この名前はスがなく、一つ多くリがある。彼女にとって、素顔でなく、利益がある体であることを意味している。

 

「サイリス女王。貴方はしきりに『ルカの君』と呼ぶ相手に対して献身的な対応をしていました。あれは魔境暴走を防ぐ意味もありましたが、それ以上に……彼のもっている『永遠の命』を羨ましいと思っていたのではないですか」

 

 二代目アズール王はシルドに擬似空間で繰り返し言っていた。

『命が足りない、足りなさすぎます。もっとやりたいことがあり、もっと今を生きたいのです。しかし私はきっと殺されるでしょう。敵が多すぎる』

『えぇ、私は永遠を生きたい。不老不死が手に入るのなら、私はきっとどんなものでも差し出すでしょう。本当に、何でも』

『ルカの君。私は、貴方が羨ましいのです。どこまでも生きていける貴方が』

 

 ルカの君と呼ばれる存在は、まだ知らないことが多すぎる赤子のようなもの。人を知りたい、魔法を知りたいと思うかの存在に、サイリス女王はアズール図書館を建造した。

 しかも司書まで手配してくれた。孤独となり寂しくさせないよう、最大限の配慮であった。

 

 そこまでしてくれた女王に、ルカの君が、恩返ししたいと思うのは自然なことである。また、ルカの君にとって自分へ理解のある者は貴重であった。

 もし叶うのなら、女王にずっといてほしいと願うだろう。そして、女王もまた、ずっと生きていたいと願っている。両者の願望が一致した瞬間であった。

 

「“ルアナ──想い人”。魂を呼び寄せる魔法。これを『ルカの君』から貴方へ対し、発動した」

 

 発動者の深層心理にいる呼び寄せたい人間の魂を、木造人形を媒体にしてそこに入れる。発動者の魔力切れか、呼び寄せた魂の同意がなければ解除できない。

 ルカの君は無尽蔵のルカを所有する。呼び出された二代目の同意を得ない限り、“ルアナ”を解くことはできない。つまり、永遠を生きられる。

 

 また、シルドは“ルアナ”について、クロネアから帰る空船でミュウに「木造人形まで用意しないといけないのは大変だね」と言った際、こう返された。

 

『一応、理論上は魔力だけで……つまりルカだけで構成された魔力体に魂を入れることは可能だよ。でもそんな神業できる人間は存在しないと思う。消費する魔力半端ないし、維持するだけで精一杯』

 

 人間には不可能な神業も。

 人間ではない存在なら、どうか。

 

「木造人形だと劣化するのでルカで構成した人形にしましたね。本来ならありえないことですが魔境と称されしここでならそれが可能であったと思います。もしくは最初は木造人形だったけど、途中からルカで構成した依代を作った」

 

 こうして、二代目アズール王は永遠の命を手に入れた。恋い焦がれた永遠を、体現することができたのだ。

 サイリス女王の死に顔が安らかであったのもそのためである。念願成就なのだ。心から嬉しかったに違いない。

 

 言い方によってはサイリス女王の暗殺の犯人はサイリス自身であり、自殺でもある。ただ、本人自身の魂はまだ生きているので、死と決めつけるのはやや憚れる。

 しばし沈黙して、やれやれと吐息をし、自称ファリィ・クサリーは口調を「本来のもの」に戻しながら、語りだす。

 

「ルカの君が犯人とは言わないのだね……、いえ、言わないのですね」

「はい。実際に貴方が生きているという点と、かの存在は殺生の自覚すらないでしょうから」

「助かります。そう言ってもらえると救われるものがあります」

 

 シルドの知っているサイリス女王の口調となる。丁寧で優しい言葉遣いの彼女だ。

 うーん、と恥ずかしそうに、けれど悔しそうにしながらファリィ・クサリーは手を左目に当てた。二本の傷跡があっさりと消える。

 

 ステラは鼻歌交じりにシルドへ駆け寄り、抱きしめる。その様子を金髪麗女は少し悔しそうに、しかし微笑みながら眺めていた。

 シルドはそんなサイリスを見て、やはりこの人は優しい人なのだと感じた。

 

 彼女の「二本の傷」は、自分が「二代目である」というメッセージだ。金髪にしているのも自分がルカで構成されているというメッセージだ。ルカは虹色もしくは金色を発している。

 やはり、サイリスは悪者ではないとシルドは思えた。もし絶対的悪ならば、ステラ・マーカーソンが黙っていないだろう。ステラ本人は心底嬉しそうな顔をしていて、感情を爆発させる。

 

「よくやったぞ青少年! 上の上だ! あぁ、あの話し方気持ち悪かったぁ!」

「ステラ。此度の演技、私なりに大変頑張ったのですよ」

「下の下」

「頑張ったのですよ」

 

 彼女は国民を第一に考えていたため善政をした。減税や復興政策、内紛停戦に奴隷解放、挙げればキリがないほどの功績は、もはや伝説に相違ない。

 しかし、そういうやり方は政治を行う者らかすれば大変迷惑である。金と権力がひしめき合う場において、邪魔以外の何者でもなかった。

 

 だから彼女は首を斬る。問答無用に斬首する。逆らえば死である。これ以上の脅迫の仕方は他にないであろう。邪魔だからだ、無用だからだ、そんな理由で二代目は相手の首を飛ばす。無論、暗殺される可能性は高い。

 さすがに殺されてしまえば、“ルアナ”で呼び出すことはできない。そのため早い段階で魂を呼び出してもらう必要があった。

 

「三十七歳で“ルアナ”を発動してもらったのは、それまでに片付けたいことを終わらせたからですね」

「その通りです、シルディッド。私は民のために政治を行いたかった。自分の欲望だけを先行し実現させるのは、父上と同じになってしまいます。だから手段を選ばず改革していきました」

「アズール図書館の情報をほぼ全て非公開にしている理由は、これだったのですね」

「そうです。息子に王位を譲る準備を全て整えてから、“ルアナ”で呼び出してもらう直前にあの子を呼び、真実を打ち明けました。最初は驚いていましたが、魔境暴走も考慮して渋々承諾してくれました。ただ、外部に漏らすわけにはいかないので歴代王印・絶対禁事に指定したのです。息子からあんなに怒られたのは人生最初で最後でした。嬉しかったなぁ」

 

 心から嬉しそうにファリィ・クサリーこと、二代目アズール王は懐かしく笑う。

 図書館でファリィと最初に会った時に感じていた、暗い歪さはもうなかった。瞳の奥にあった氷のような冷たさも、今では随分と温かい。

 

 シルドの中で、二代目アズール王が「ルカの君」を演じていることに気づけたのは理由がある。

 第二試練を経験していたからだ。

 第二試練では、永遠の時を生きる鯨は最初、自らをブロウザと演じていた。第三試練からも、これに近いものをシルドは感じていた。「永遠の生」というテーマが、どちらにもあったためだ。

 

 ただし、第二試練では鯨は不治の病から永遠に生きる存在となっただけで、別段永遠を渇望していたわけではない。対し、サイリス女王は永遠の生を喉から手が出るほど欲していた。

 また、鯨はブロウザを演じてシルドを徹底的に騙しきってやろうと画策し最後まで粘り足掻いていたが、第三試練の二代目アズール王はあっさりと認めた。

 似て非なるものである。けれど、手がかりとして大いに役立った。今までの経験が力になってくれていることを、シルドは心から嬉しく思った。

 

 そして彼はこうも思うのだ。

 ……二代目の言っているルカの君は、今、どこにいるのだろう。青年の考えを先読みしたサイリスは口を開く。

 

「最初は、楽しそうでしたよ。人の姿になったり、魔法を扱えるようになったり、人と話したり、毎日が刺激でいっぱいだったのです。図書館にいれば運び込まれてくる本、魔法書の数々。訪れる数多の人間。飽きのない生活に満足しているようでした」

 

 楽しそうに、懐かしむように、サイリス・フォン・ファーク・アズールは言葉を紡ぐ。

 

「しかし、長くは続かなかったのです。そうですね、アズール建国後400年ぐらいでしょうか。ルカの君は……『自らの存在意義』について模索し始めました」

「存在意義、ですか」

「そうです。何故、自分は存在しているのか。その意味や価値はどこにあるのか。何か役目があって生まれたのではないのか、と」

 

 どれだけ人と話そうと、人になろうと、魔法書を読もうと、魔法を発動しようと。

 自分は絶対的に人間ではない。

 人は死ぬ。しかし自分は永遠を生きる。この差は何だ。自分と人間は何が違うのだ。自分はどこから来たのか。ルカはどこから来るのか。

 

 ルカの……私の根源は、どこにあるのか──

 

「人間なら一度は思うことです。ルカの君も同じでした。本来ならその答えは千差万別なものです。しかし、ルカの君は違いました」

 

 ある日の昼頃。

 図書館地下空洞の書斎にて、本を読みながら眠りそうになっていたサイリスのもとへ、扉をぶち破りそうな勢いで入ってきたルカの君。

 あまりの驚きに全身で跳ね、サイリスは椅子から転んでしまった。そんな彼女をお構いなしに、ルカの君は顔を近づけてくる。かなり興奮していた。

 

『私の生まれ故郷を見つけたぞ! サイリス!』

『……はぃ?』

『古代だよ!』

 

 ルカの起源を遡ることまでは、ルカの君でもできなかった。

 記憶がないからだ。

 しかし、その手がかりを見出すことは可能である。たとえば……

 

 

『古代魔法だ!』

 

 

 シルドの全身に、鳥肌が立つ。

 繋がっていた。

 ルカの君と、自分の魔法が。

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

 最初は人の姿に、次は言葉を、さらには魔法……。

 かの存在が魔法を扱えることはおかしなことではない。ルカそのものなのだから。魔法はルカを用いて行使するものだ。相性は抜群である。

 もちろん最初は四苦八苦するも、着実に魔法を会得していった。サイリスも驚くほどの、数え切れない魔法を習得していったのだ。さらに魔法そのものを研究するようになるのは、自然なことだった。

 

『古代魔法を探せばいい!』

 

 ルカの君は声高らかに言った。古代魔法を探せばいいと。

 言うまでもなく、夢・幻の魔法である。おとぎ話によると、遥か昔、人がルカの根源に辿り着き生み出された魔法とのこと。いかにもな文言だ。

 ルカの根源……という荒唐無稽なものが果たしてあるのだろうか。ないと笑う話である。しかし、単なる笑い話も「ルカそのものである存在」には深く刺さった。

 

 ……これだ、これなのだ。私はルカそのものだ。ならばルカの根源に辿り着くことで、私の存在意義がわかるだろう。しかし手がかりなど皆無だ。当たり前か。まともな情報は当てにしない方がよい。

 ならば、おとぎ話や空想といった、夢や幻とされる情報にこそ価値がある。存在不確かな古代の魔法だからこそ……探す価値があるのだ。その先に……私の存在意義がある! これしかない!

 

『……ルカの君。探すと言っても貴方はここから少ししか動けませんよ』

『では司書の方々にお願いしようではないか。それと、サイリス、君もだ』

『私が外に出ても稼働のために必要なルカの原資はここにあります。貯蔵しての行動は一応可能ですが、もって数日でしょう』

『それでも構わない。探してきてほしいのだ。私はサイリスと違い、数時間しか外に出られないからね』

 

 最初は図書館以外の外へは出られなかった。しかし、数百年の後、数時間でなら外出できるようになった。大きな進歩だとサイリスは思う。

 

『では、ルカの君。行く場所はどこでしょうか』

『まず手始めに、ジョングラスとワクナイールだ』

 

 ルカの君から場所を指定され、その当時いたアズール図書館の司書にも手伝ってもらい、サイリスも含めてあちこちへ来訪した。

 同時進行で、ルカの君は図書館に運び込まれる本を読み込み、新しい候補を見つけていく。司書やサイリスは図書館へ戻り次第、次の候補へ出発した。

 

 毎回収穫はゼロ。その繰り返しであったという。サイリスとしては、数百年経過したクローデリア大陸を見れて楽しかった。外では数日しかもたない体も、観光手段としては申し分ないものだった。

 

「ルカの君も最初は意気揚々としていましたが、ハズレしか出ない現実に、次第に歯がゆそうにしていました。幻想の話なのですから無理もありません。それからさらに150年ほどが経過した頃でしょうか。その時にはもう、外出のお願いもなくなっていました」

「サイリス様は飽きたりしなかったのですか」

「とんでもない! 毎日色んな人が、魔法書が、小説が、絵本が来るのです。また私は数日ではありますが外にも出れた。少しずつ変わっていく町並みや風景、世界の情勢に政治・経済云々。今も全く飽きておりません。毎日とっても楽しいです!」

「そ、そうですか」

 

 さすがは初代アズール王の娘だ。肝っ玉が違うとシルドは思った。なお、世界情勢や政治・経済云々は一切ノータッチであるという。あくまで自分は消えた身であり、生者の舞台には上がらないと固く決めているそうだ。

 

 そのため、歴代王印・絶対禁事でアズール図書館や二代目アズールのことを知らされた王様であっても、彼女との接触は禁じられている。

 接触したくてもサイリスの方から出てくることはないので、その願いが叶うことはない。もっと言えば魔境暴走を二代目が抑えてくれているので、下手に彼女に手出しはできない。また、こんな事実を誰が信じてくれようかという常識もある。

 

「ルカの君は、次第に引きこもりがちになっていきました。これはよくない、と思いましたが私たちから出来ることは、もうありませんでした。次の目標を見出してくれるのを待つしかなかったのです」

「あぁサイリス様。上の上です。やはりその言い方が美しい」

「ステラ。あとで説教しますからね。私はあの演技、とても気に入っています」

「下の下」

「説教しますからね」

 

 その間、アズール図書館の司書採用関係は二代目アズール王に任せられた。アズール図書館に惹かれここへ足を踏み入れる者のうち、ルカの君が興味を湧きそうな者もしくは自力で図書館地下空洞へ辿り着けた者を採用していった。ステラもその一人である。

 

 実際、司書がいなくても図書館自体は問題なく運用できるよう作られているため、特段、司書採用に関する問題は発生しなかった。

 司書になれた者は誇りを持って務めてくれたという。仮にルカの君のことを外部に漏らすようなことがあっても問題ない。まず言っても誰も信じてくれない話であるし、何より二代目アズール王の回避不可能な斬首が待っている。今のところ、サイリス女王はそれをしたことは一度もないという。

 

 司書集めも次第に慣れてきて、二代目アズール王を中心にルカの君が興味を持ちそうな事案を検討しようとしていた矢先。

 そんな時であった。かれこれ百年は会っていなかったルカの君が血相を変えてどこからともなくサイリスのもとへ飛び込んできたのだ。ステラもその時、初めてルカの君を目撃した。それほど、かの存在は外に出なかったのだ。

 

『──古代魔法だ!』

『ルカの君。古代魔法については調査を全て完了しましたよ』

『──今、確かに、古代魔法の波長を感じた!』

『……波長、ですか』

『間違いない。間違いないぞ、サイリス!』

『落ち着いてください。そんなことが』

『あったんだ! 私も最初は何が何やら理解不能であった。しかしこの600年研究している中で、私の内面外面、ルカへの理解向上の全てが上回ったこの時に──、確かに感じた!』

『……』

『たった今、かの魔法が……、目を覚ましたぞ!』

 

 荒唐無稽な言葉である。まず信じられない。夢・幻の魔法の魅力はそこまでおかしくするのか。

 

 しかし、間違ってはいなかったのだ。

 

 ここまでの話を聞いて、二代目アズール王とステラの視線が自分に向いていることを感じるシルド。

 左手に、かの魔法を現出させる。“ビブリオテカ──一期一会の法魔”。うん、と頷きながらサイリスも“ビブリオテカ”を触った。感謝の意を示しているようだった。そのやり取りをしながらシルドが思うのは……、ルカの君のことだ。

 

 

 何故、かの存在はここにいないのだ。

 何故、第三試練の合否は未だ発表されていないのだ。

 何故──、アズール図書館の遥か下にある魔境最下層から……

 

 

 

 何かがこちらを見ている気がするのだ。

 

 

 

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