アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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おかえり・ただいま

 

 周りから「うわぁ、泣かした……」と冷たい視線が突き刺さる。リュネさんからは「てめぇ、ぶっ殺す」と鬼の形相で睨まれた。すみませんと目で返答する。

 悪いことなんて何一つしていないのだが、心から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ごめん、ごめんねと言いながら先ほどと同じようにモモの頭を撫でる。

 思えば、彼女の頭を撫でたのはこれが初めてだったりする。ウチの姉妹からよほどのことがない限り女性の頭を撫でるな、と忠告を受けてきたが、今はこれが正解だと信じたい。

 

 それから数分ほどその状況が続いて。

 正直、恋愛経験の薄い僕にしてみれば何が最適解なのかわからないけれど、なんとか皆の視線からも耐えながら時間が過ぎるのを待つ。そうして彼女は徐ろに顔を上げると、スイッチを切り替えたのか、うんと頷いた。

 

「ごめんなさい。もう大丈夫。迷惑かけて、本当にごめんなさい」

「全然大丈夫だよ。気にしないで」

「それとリュネ、きっとシルドくんを睨んでいるだろうから、止めなさい」

「一度もそんなことしていませんよ」

 

 嘘つけぇ! 

 

「じゃあシルドくん、そろそろ行きましょうか」

「うん? どこか行くの?」

「もちろん、せっかく合格したのでしょ? なら、お祝いをしましょう」

「場所は画麗姫の屋敷だ。ヒヒッ、酒は王城から強奪してきたから好きなだけ飲んでいいぞ!」

「僕ら、捕まったりしないよね?」

「知るか!」

 

 意気揚々と笑うジンに、一緒になって笑うミュウ。まぁ、彼らがいるのだから捕まることはないだろう、たぶん。リュネさんが神速でモモの傍により、何やら主人に耳打ちしている。モモが笑顔で「呪わなくて大丈夫」と言っているのを偶然にも耳にしてしまったが、聞かなかったことにしよう。リュネさんは癒呪魔法の使い手なので冗談に聞こえないのだ。

 そんな中でリリィは、うつらうつらとしていて眠そうだ。ここまで寝ずに待ってくれていたのかな。そんな彼女に感謝しつつ、“ビブリテオカ”を発動する。

 

「“ふんわり綿雲”」

 

 下級・自然魔法の、文字通りふんわりとした魔法の綿雲をこの世に生み出す。綿に形作られたふわふわの魔法で、リリィの前に移動すると「乗りなよ」と言っているように左右に動く。そんな“ふんわり綿雲”をお気に召したのか、征服少女は笑顔でダイブした。

 

「シルド。これぇ、改造していいかな」

 

 魔法の綿雲がギョッとしていたのでやんわりと止めておこう。自然魔法の天才なので、きっと彼女オリジナルの素晴らしい安眠魔法をこの世に生み出すのだろうが、それはまたの機会にしてもらった。“ふんわり綿雲”に乗って気持ちよさそうにするリリィと一緒に、皆で移動を開始する。するとジンがジト目で僕を見てきた。他の人らも同じように僕の古代魔法である本を見ている。

 無理もない。今、“ビブリオテカ”は僕の頭をガジガジと噛んでいるのだから。

 ページが痒いのだろう。何だページが痒いって。人類で初めて使った言葉ではないだろうか……。第一人者は僕だ。

 

「シルド、その古代魔法どうなってんだよ」

「ちょっと待ってくれ」

 

 よいしょっと本を持ち、左手に持つ。かの古代の魔法はパラパラと緑色に光っていて、大人しくしてくれた。噛んだことで多少満足したようだ。

 

「ちょっと自我を持っちゃってさ。元々あったんだけど、“ビブリオテカ”の魔法発動条件を解除していったら覚醒したみたいで」

「そのことは俺らに話していいのか?」

「うん、歴代王印・絶対禁事には該当しないことだから大丈夫。単純に古代魔法本来の話だから」

「それ、詳しく聞きたい!」

 

 リリィが笑顔全開で起き上がった。先ほどまで眠りにつく一歩手前だったのだが、一人のアズール人として気になるのだろう。

 それは他の皆も同じようで、興味津々に見てくる。そんな彼らの反応が嬉しくて、楽しくて、思わず笑顔になっている自分がいた。えへへ、と照れ笑いするしかない僕。

 

「モモの屋敷で話すよ。結構長くなるよ?」

「おぉ、もったいぶるじゃねーの。期待してるぜ」

「任せてくれ。たぶん驚く」

 

 ほほぉ、とジンとミュウは同じ言葉をして互いに見合い、笑い出す。モモとリリィ、リュネさんが“ビブリテオカ”をそっと触ると、本は静かにそれを受け入れた。三人の女性から撫でられることにややご満悦の様子で、僕との違いは明らかのようだ。たぶん噛むのは僕だけなのだろう。失礼な奴である。

 そんな、楽しくも優しい空気に包まれながら僕らは歩く。皆が笑顔で、温かい空間がどこまでも続いていくような……そんな不思議な感覚だった。

 

 あぁ……。

 うん。

 本当に、僕は、ここへ帰ってきたんだな。

 

「さぁて! おいシルド、こっから忙しくなるぞ!」

「え? 合格したばかりなんだけど」

「そりゃお前の事情だろ? こちとらやることが目白押しなんだよ。とりあえずは一ヶ月後、カイゼン王国のプアロがやって来る」

 

 プアロ王子といえば、現在ヴォルティア大陸を統治し、魔具の国ことカイゼン王国の王子様の名だ。ジンとは昔から交流があるようで、たまにではあるがその話を聞く。ただ、田舎貴族の僕とは無縁の話なので、聞くだけに徹している。

 

「今朝あいつから手紙が届いてよ。新しい『三傑カイゼン代表』が決まったそうだ」

「……変わったの?」

「どうにもそのようだな。ヒヒッ、しかもそいつをアズールに来る際に同行させてくるみたいだな。めっちゃ面白そうじゃん」

 

 三傑。各国の代表の(つわもの)のこと。思い返すは三傑クロネア代表、レイヴン・ハザード。絶対防御の魔術をその身に宿した、完全無敵の体を手に入れた男だった。怪物と呼ぶに相応しい。

 そういった異次元なる存在が、当然ながら魔具の国にもいて、そして新しい代表が生まれたようである。キラリと、横にいた天才なる自然魔法師リリィ・サランティスの髪が光り、魔力の高揚を湧き上がらせていた。

 

「会ってみたい……!」

「おうよ、リリィも来るか?」

「もちろん! え、ちょっと待って。もしかして……『三傑アズール代表』も呼んだりする?」

「当たり前だ。こういうのは臆したら負けだからな。派手にやるぞ」

「最高じゃん!」

 

 なんて恐ろしいことを言い出すのだ。将来の三傑アズール代表になるであろう征服少女と、現役の三傑アズール代表、そして新生三傑カイゼン代表が一堂に会するというのか。

 超絶に怖い。絶対行きたくない。何も悪くないのにたぶん巻き込まれそう。だから、盛り上がっている二人に笑顔で返す。

 

「そりゃ随分と大事になりそうだね。たまには王族らしく振る舞ってきなよ」

「お前も出るんだぞ」

「……は?」

「もう決まってるからな。良かったなぁ」

「なんで、だよ……!」

「中々に見られない会合だ。超楽しそうだろ?」

「嫌に決まってんだろ!」

「えぇ、シルド来ないの? 私と一緒に出ようよー」

「絶対に嫌だ! もう、絶対に嫌だからな!」

「「照れ隠ししちゃってぇ」」

「んなわけあるかぁ!」

 

 三人でギャアギャア言っていると、チョイチョイと服を掴まれる。

 そちらを見ると、モモが嬉しそうにしていて。

 

「三傑については置いといて、シルドくん。私たちもやることがあると思うの」

「え、何をするの?」

「旅行よ!」

 

 鼻息を荒らすモモの後ろで、リュネさんがパチパチと拍手をしている。

 三傑の問題に手を焼いていたこともあり、いきなりの発言にちょっとついていけていない自分がいて。

 

「ごめんモモ、説明をお願いします」

「最近は忙しいことばかりだったから、骨を休める必要もあると思うの!」

「あの、つい最近クロネアから帰ってきたばかりなんだけど」

「それは第二試練に直結するからでしょ? 休養という意味で、ちゃんとした旅行に行きましょう!」

「うーん、まぁ、そう言われたらそうだけど」

「八船都市が一角、洋服と裁縫の都『ポポラリーノ』とかどうかしら。きっと楽しいと思うの……!」

「……」

 

 興奮気味に話すキミを見て、ふと一年前を思い出す。

 随分と、明るくなった。初めて会った時のモモも綺麗で素敵だったけど、今の方がその何倍も美しいと思う。やはりキミには、笑顔という花が誰よりも似合っている。

 

「シルドくん? どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ。それじゃ、いつ行こうか」

「はぁ!? シルドてめぇ、俺の誘いは断ってそっちには行くのかよ!」

「当たり前だぁ!」

「シルドくん、じゃあ明日行きましょう」

「え?」

「リュネ、準備の方は」

「既に出来ております」

 

 モモとリュネさんも加わり、騒ぎながら歩を進める。慌ただしくも愉快な日常が帰ってきた感じがする。あぁ、やはりここが僕の帰る場所だったのだろう。そう思わずにはいられない今が、目の前で広がっている。

 感慨深いと改めてアズールについて考えながら、不意に後ろを見ると、次期アズール王の后ことミュウ・コルケットが首を傾げながら「それ」を見つめていた。

 

「ねぇ、たぶんだけどこれ、シルドくん宛だと思うよ」

「僕?」

 

 ミュウの指した先にいたのは、一匹の蝶々だった。ヒラヒラと揺れながら、僕らの話の邪魔をしないように周囲を飛んでいる。先程からミュウが静かだったのは、どうにも蝶々の相手をしてくれていたからのようだ。皆が蝶々に視線を向けると、それは僕の前にやって来て“ビブリオテカ”にそっと止まる。皆で頭上に疑問符を浮かべて。

 “ビブリオテカ”に、わざわざ止まった。

 ビブリオテカ……。

 ルカの君の新名となった名前でもある。……もしかして……? 一つの疑問を浮かべながら、古代魔法の本に止まっている蝶々に触れる。瞬間、蝶々がルカの欠片となって弾け、一つの文章となって空中に浮かび上がった。

 

 

【 近々、アズール図書館に在籍する「全ての司書」を招集し、シルディッド・アシュランの祝賀会を開催する。なお、新しい司書を迎える祝賀会は、在籍する司書たちが中心となって催しを開くことを恒例としており、新しい司書の実力が試される場でもある。──彼らに己の存在を示せ。幸運を祈る 】

 

 

 皆でそれを見て、ポカンとし、全員で見つめ合い、笑い出す。

 もう何が何やらであり、無茶苦茶だ。笑いながらも、変なため息を吐いてしまう。

 

「はぁ。とても司書の祝賀会とは思えないよ」

「ヒッヒャッヒャッ! いいなぁ、おい、羨ましいぜ。ミュウ、俺らも参加するぞ!」

「私たちは無理だよー。でもこういうの、やっぱりアズールらしいよね」

「私も出たい! シルドばっかりズルい! やっぱり司書になろうかなぁ。モモ、一緒に出ようよ!」

「出ません。……シルドくん、本当に大丈夫なの?」

「お嬢様、これは単なる戯れですよ。優しく送り出しましょう」

「あら、そうなの? フフ、なら私たちも出られないかしら。フフフフ……」

 

 モモのフフフ笑いが再発してしまった。

 やれやれだ。

 まったく、本当にやれやれだ。わざわざ皆の前で蝶々を送り、“ビブリオテカ”で止まったあたり、きっとあの初老が思いつきでやったのだろう。何がルカの君だ。何が人間のことはわからないだ。

 

 貴方もがっつりアズール人ではないか。

 実に派手で、お祭り好きで、楽しいことを最優先とする。

 どっぷり浸かっているぞ、ビブリオテカよ。

 貴方は間違いなく、──僕らと一緒だ。

 

「大変なことが雪崩のように来そうだよ。ジン、一年後の準備はどうなの?」

「万端に決まってんだろ、『アズール建国六百年記念』だぜ? 王都中を巻き込んだものになる。大祭りだな」

「派手だなぁ」

「当たり前だろ、俺らアズール人だぞ! なぁミュウ!」

「そうだね! あとジン、そろそろ言わないと」

「ん? ……あぁ、そういや、まだ言ってなかったな」

 

 そう銀髪の王子が呟くと、ジンとミュウ、リリィ、モモにリュネさんが前へ出た。

 僕を残した五人に真っ直ぐ見つめられ、何だろうと思っていると、皆がニコニコしながらも何故か沈黙する。

 

 ……。

 

 え、僕の顔に何かついているかな。

 そう思った時だった。

 

 

「おかえり」

 

 

 異口同音で、五人から、それを言われた。

 不意の一言だった。

 まさかの言葉に、固まってしまう自分がいて。

 

「……クハッ」

 

 照れ隠しにかっこつけて笑って、右手で頭を触り、少し視線を夜空に向けてから。

 うんと頷き。

 僕も笑顔で、彼らに返答する。

 

 

「ただいま」

 

 

 さあ、世界よ。

 魔法の息づくこの世界よ。

 まだまだ豪華絢爛の幕が上がりそうだぞ。

 

 

 一歩前へ踏み出す。

 無限の未来が待っている世界へ、歩を進める。

 いくらでも広がっているこの舞台を──、僕は生きていく。

 

 

 一つの物語が幕を閉じた。

 ならば次の夢を、探しにいこうか。

 美しい月が、僕らを優しく照らしていて。

 

 

 とりあえずは、そうだな。

 今日は皆と飲み明かしながら、ゆっくり考えよう。

 

 




一旦、完結とさせていただきます!
ご愛読いただき、誠にありがとうございました!
TOブックス様より、第1巻が7月10日に発売ですー!!
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