アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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糸口

 

 

 

 以前回想したことと重なるかもしれないが、改めて。

 最初は、とにかくアズール図書館の内部を探索した。司書という仕事について調べるのではなく、単純に図書館の中を見てみたいという好奇心からだ。地上四階と地下三階の七階層。

 

 中央広場は一階から四階まで大きな空洞が形成されていて、空洞には回転大本棚と呼ばれる、浮遊する巨大な円柱の本棚がある。ゆっくりと回転して、本は自ら本棚へ入ったり出たりを繰り返している。

 出ていった本は近くにある別の本棚へいくこともあれば、外に行き本湖の一部になっていくのもある。一部といっても湖にある本は魔法で作られているため、実体のある本は夕方前になれば図書館へ戻っていく。他にも外で図書館を旋回する本の一つになることもある。

 二階は基本的に読書部屋や勉強部屋に割り振られている。新作や人気の本は一階の本棚へ収容され、前世でいう子供やその親に向けた部屋もここ一階だ。

 

 広さであるが、正直かなりのもので、一日で見て周るのは至難の業だ。というか無理だ。

 だから、最初の数ヶ月は図書館内部を把握するため地下三階から四階まで随分と歩いた。たかだか地下含めた七階層じゃないかと思うかもしれないが、問題は横幅にある。全十二構造の『部屋』の規模が尋常ではないのだ。大広間もしくは展覧会場レベルである。

 

 特に一階の「部屋」は隔たりなく、分けられていることもないため壮観だ。橋を渡って図書館に入れば、前世の体育館の五倍はあるだろう特大広間(もう部屋と呼ばないほうがいいか)が迎えてくれる。

 当然向こう側は見えない。山のように配置されている本棚や階段、背伸びをすれば微かに見える四階までの突き抜け大空洞。二階に上がる際の階段は、数十分おきに移動するため結構危ない。が、最初は戸惑ったものだけど、慣れれば大したことはないし、動く数分前になれば自動的に登れないよう階段前に警告板が現れる。

 

 一階がアズール図書館の基盤である。

 三階と四階は魔法書を置くエリアであって、用がある人以外が登ることはない。

 本の数も大部分が一階に集中していると思われる。ここは前世の図書館と一緒ではないだろうか。そこら中に本が浮いていたり、一階から四階までの大空洞を巨大な円柱本棚がグルグル廻っていたり、階段が動いたり、本と本がぶつかって喧嘩していたり、オススメコーナーに記載されていない本が下克上していたり、かと思ったら子供たちの遊び相手になったいたり……。

 何気にこの図書館内にある本や書物は活発的なのだ。どんな仕掛けかは知らない。魔法であることに間違いないが。

 

 図書館内部についての概要はこれぐらいにして。

 正直言えばもっと言いたいことはある。特に内部での催しやハプニングなど、一つのアトラクションとしても申し分ないことが多いのだ。

 一つ紹介しておけば、先ほど述べたようにこの図書館内部にいる本たちは大変活気があり、派閥もある。たぶん、小説本と童話本の連中。時々上空で本等による戦争をおっぱじめていたから間違いない。

 

 問題に入ろう。

 問題に入らねば。

 アズール図書館を探索し、結構な月日が流れた。中を歩くだけでも結構な労力がいる。内部概要をしっかりと把握するのはかなり大変だったと今でも思う。

 入学して半年過ぎようとするあたりだった。ようやく地下三階を含めた全十二構造の取り決めや配置、詳細部分を理解したのは。

 

 随分と長いことかかったものだが、学校に行きながら勉強もして、平行して様々な人たちと交流を深めつつそれをやっていくのにはやはりこれだけの時間が必要だった。

 図書館の地図は内部のいたるところにあるのだが、僕が欲していたのはそういう類のものではない。地図にはないアズール図書館特有のものがないかを調べたりするものだ。

 

 調べる中で一つおかしいと思ったことは、普通なら存在するはずの本の管理・隔離部屋がないこと。

 館内に入り切らない本や貴重な本などは安全な管理のもと保管するのが通常なれど、そういった部屋がまったく存在しなかった。一般的な図書館とは違うことの一つだ。

 探している本を受付に出せば数分でどこにあるのか、又は貸し出し中か教えてくれる仕組みになっているし、時には一日待ってくれと伝達されることもある。どちらにしても、回答に人が出てくることはない。

 目的はいよいよ本題に。

 司書だ。

 だいたいの図書館内部の関連項目を把握して、次に狙ったのは当然のこと、司書について。同時にそれは、一人の女性と強く関係してくる……。

 

『中の上だよ、青少年』

 

 腰まである茶髪のロング。着ている服はブカブカの半纏。美人なのに、着ている半纏は似合っているような似合ってないような……そんな感じ。

 名前は知らない。何の仕事をしているのかも知らない。彼女が僕にとって、アズール図書館にとって如何なる関係にある人なのか、知らない。だけど直感したのだ。

 この人は絶対にアズール図書館のことを知っている人だと。それこそ僕の第六感というしかないけれど、彼女の言動や素振りは明らかに他の人と違った。

 

 反面、僕が知っている司書についての情報はこれだけだった。司書について入手できたものは以前も述べたが、まったくない。

 だから、唯一の欠片が彼女であると考えていたため、アズール図書館の司書について調べるのと同時進行で彼女のことも調べた。厳密には聞き込み程度のものだったけれど。あんな派手な半纏を着ていて美人なら、中々忘れはしないはずだ。けれど、現実は……。

 

「一人も知っている人がいなかった、と?」

「あぁ」

 

 よくよく考えれば、というかその後に気付いたことなのだが。

 人は毎日同じ服を着ているわけではない。だから僕と会った時にたまたまその服を着ていたという、そんな当たり前のことさえも気付けなかった自分がいた。また、そもそも彼女が図書館に毎日来ているという証拠すら、ないのである。

 

 冷静に考えれば……冷静に考えなくても、答えはでるはずなのに。僕にとっては、もう彼女が絶対に司書に関わりがあると確信していた。確信したかった。何故なら、もしそれが外れていたのならば必然的に──……僕は、アズール図書館の司書について、唯一無二の情報を失うことになるから。

 

「それは、嫌だ……」

 

 まるで、もう司書になれないって。

 思ってしまう自分がいたんだ。

 

「その後は、とにかく『アズール図書館の司書』について考え付く限りの行動をしたよ。聞き込みは言わずもがな、職探しの役所にも行ったかな。当然情報はなかったけど、やってもいないのに駄目と決め付けるのはしたくなかった。後は近辺の古本屋を含む本屋にも訪れた。何か得られるものはないか、それだけを考えてたよ。加えて、もしかしたら新書や新本を業者が図書館へ入れる際に司書の方と会えるかもって朝早くに図書館の周りをウロウロしてた時もあったなぁ。休日は張り込みをしたこともあったよ。何日も続けたりもした。けど、その時はもう、別に司書の方と会って話をしたいなんて思ってなかったんだ。ただ、そうだね……」

 

 アズール図書館の司書が「存在する」と、その事実だけが欲しかったんだ。ストーカーに近い行動をしていると自覚していても、どうにかして「糸」を掴みたかった。

 図書館内部を探索している時は自分の夢に向かって歩いていると意識できて嬉しかった。次は半纏の女性の情報を得るぞという、目標も定まっていた。未来に向かって進んでいると、はっきり思えた。いつからだろうか。未来に向かって歩いていると思えなくなったのは。

 

 今までの十六年間、苦しい時は当然あった。

 けれどそれは、目標に向かう際の壁にぶつかった時や、歳相応の隔たりが原因だった。少なくとも、全く未知で不明確、存在すらわからないというものではなかった。前世でさえ、そういうものはなかった。前世で夢見ていたアメリカ国立図書館の司書でさえ、極限に難しいとはいえ……存在はしていたのだから。それでもだ。僕は……

 

「立ち止まってはいけない」

 

 空は夕日が沈み星が見え始めていた。

 机の上にあった紅茶は冷たくなっていて。

 ジンも、リリィも、シャルロッティアさんも、ゴードさんも僕の話を訊いていた。誰一人笑わず、欠伸もせず、僕の話を訊いてくれていた。話し終えて、一息。冷たくなった紅茶を静かに飲んで、再度前を向く。

 

「これが、今までのアズール図書館に対する、僕の行動……かな」

「おう」

「うん」

「ええ」

 

 三者三様、それぞれ言葉は違うけど意思は同じだった。そして三人とも笑顔になって、ジンが告げる。

 

「なら、その糸口を掴もうぜ」

 目を大にして驚く僕を前に、三人はとても楽しそうに微笑んでいた。

 掴める? どうやって?

 この半年と一ヶ月、色々考えて悩んで苦しんで足掻いてもがいて嘆いたのに。結局答えを、欠片でさえも掴めなかった今の現実。対して、同情してくれるのはありがたいけど、糸口を掴むなんて、そんなこと……話を訊いただけでそんなこと……

 

「できる、わけが」

「バーカ。相当偉そうなこと言った後に言うのもなんだけどよ。はいこれが答えってやつじゃねーよ。あくまで方向転換ってやつだ」

「そうそう。ちょっとだけ思ったことを言うだけだよ」

「それでも、シルドくんにとっては新しい一手になるのかもしれないわ」

 

 コトン、と音がする。見ればゴードさんが温め直してくれたものを横に。

 

「今日は冷える。昨日入荷したばかりのロンウェイというお茶さ。身体、温まるよ」

 

 ちょっと……動きがおぼつかない自分がいる。

 でも、軽やかな感じだった。軽やかなんて言葉、ここでは間違っているのかもしれないけれど。何だかとても軽かったのだ。身体的なものではなく……心が。

 

「よっしゃ、ならそろそろ」

「うん!」

「フフ、三人とも同じ答えでしょうけどね」

「しかも死ぬほど大したことないんだけどな。だから期待するなよシルド。実際聞いてみたら、自分でも不思議なぐらい普通なことだ。何で気付かなかったんだって、下手したら後悔するぐらいな」

「それほどのことを、僕は見落としてたのか?」

「見落としてたんじゃねーよ、囚われてたんだ。それじゃ、いくぜ。赤面する準備しときな」

 

 場所はロギリア。数は五人。

 店長と白帝児と征服少女と画麗姫、そして僕。外は夜になりつつある時間帯で。

 どうやら、僕の視点以外の答えを、彼らが見つけてくれたらしい。

 

 

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