アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ― 作:藤崎次郎
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アズール城。俺の家。無駄に広く無駄に豪華な、その程度の場所。何が面白くてこんなものを建てたのか理解に苦しむが、ご先祖がやっちまったんだから仕方ない。ここからシルドのところに行くのは結構疲れるんだよな……面倒なことだ。
「だがまぁ、今日は最高な日になりそうだからいいか」
そう、今日は何とあの画麗姫の誕生日だそうだ。
んでシルドは画麗姫への贈り物をここ最近血眼になって探していた。それを知らない俺じゃあない。既に別荘は調査済み。さらに今日、俺は親父とお袋の出張に付き合って出かけていることになっているから抜かりはない。あとは……覗きをするだけだ。実に王族らしい。
が、シルドと画麗姫が先読みしている可能性は充分にある。覗きをより完璧に、至高の極地へと至らせるには万全の準備が必要であろう。気配を消し、奴らが感づかないギリギリの距離を保ち、最新式の双眼鏡を持って覗きを行わなければならない。魔法は駄目だ。魔力で感づかれる可能性が万が一にもある。この日のために俺の密偵力を極限まで研磨してきた。今の俺は覗きという概念の化身といっていいだろう。
「さて、そろそろ行くか」
「どこに行かれるのですか」
「おお、ユンゲル」
「おはようございますジン様」
ユンゲル・トゥクリネア。アズールの中枢を担う一人で、右大臣の役職にある。
歳は三十五、にしては随分と白髪の量が多く、いつも眼の下に隈がある痩せ型の男だ。見た目は棒切れみたいな奴だが、仕事はそこらの奴じゃまずできない量をあっという間に処理してしまうほど能力がある。若くして右大臣を任せられたのも頷けるというものだ。
余談だが、右大臣はアズールの中枢業務を行うと同時、何故か俺の面倒を見る係りにもなっている。何だ係りって、用務員じゃあるまいし。
「で、何か用か。俺は忙しいんだが」
「今日は、一歩も王城を出てはならないと昨日散々言っておりましたが」
「あぁそうだったな。よし、出ていくわ」
扉の前で立っているユンゲルをどかし、大広間に続く階段を下り、頭を下げてくる使用人らを無視して玄関へと急ぐ。……何で頭を下げるかねぇ。そんなことをやるためにお前ら王城で働いてるわけじゃねーだろ。何か目的があって、自分のために働いてるんだってのに、俺なんか相手してるんじゃねーよ。
俺の相手といえば。
思えば「あの女」は昔からずっと俺に付き纏っていた。何が楽しくてくっ付いてくるのか理解不能だったが何度言っても離れようとはしなかった。だけど、今あいつがいるのは魔術の国。気分爽快だぜ。……思い出すは、あいつが出発する日。
『ジン。あのね、あたしが言うのも変だけど』
『あん、何だよ気持ち悪い。さっさと乗れよ、空船出発するぞ』
『うん。でもどうしても言いたいことがあるの。三年間も会えないんだから』
『だからなんだよさっさと言え』
『浮気したら殺す』
あれには、続きがあった。
『浮気したら殺すって……冗談だよな』
『本気に決まってるでしょ』
『ハハハ』
『エヘヘ』
『具体的には? まぁ殺すっつってもさ、あれだろ。王城から数日追い出す程度の』
『刺殺・撲殺・絞殺・斬殺・焼殺・毒殺・圧殺・爆殺・呪殺・暗殺・溺殺・轢殺・暴殺・殴殺・惨殺・虐殺・滅殺・獄殺・愛殺…………どれがいい?』
き、気分爽快だぜ。
あぁ忘れろ! 別に浮気してねぇから問題ないだろうが! 背後にはユンゲルの気配がする。こいつは昔から気配を消すのが上手い。魔法の才能ゼロのくせにな。見た目が空気みたいな奴だから、きっと空気も同属と思っているのだろう。
「今日は、カイゼン王国のプアロ王子が訪問される日です」
「ハッ、あの無駄に頭の固い坊ちゃんが来ようが知ったことか」
「並びに、外交官同士の機密会議がございます。機密会議には王族の方々がご出席されるのが代々続く慣わしでもあります」
「んじゃその慣わしは今日付けで終いだ。問題ないな」
あと少しで玄関だ。ったく、玄関に行くまでにも道が長すぎるってんだ。そんで玄関口も無駄に広いし。ここだと決闘ができる広さじゃん。ま、ユンゲルの小言はいつものことだ、今日もさっさと逃げるに限る。
……と、していたところだ。ユンゲル・トゥクリネア右大臣が、先まで俺の背後にいた優男が、地を蹴り一回転して眼前に着地した。こいつにそんな脚力があったことに心底驚いた。足折れたんじゃねぇの。
「何のマネだ。あと足大丈夫か」
「外交官たちがいつもどのような思いで外交取引をしているか、ご存知ですか」
「知らん。あと足大丈夫か。プルプルしてるぞ」
「つい二ヶ月前、クロネア王国との取引では『いやぁ、オタクの王子は自由気ままでいいですなぁ。あんなに個性的な方ですと、アズールの未来も安泰ですよ。ハッハッハ』と言われたそうです」
「安泰だよな、良いこと言うじゃん。あと足」
「なわけあるかぁ!」
抜け毛。
ユンゲルは仕事はできるが短気でもある。白髪が多いのも短気すぎる人格が原因だ。有能であるため、周りの奴らが遅く見えるといつも言っている。だからこいつの部下は基本一年で潰れちまうんだ。あんまり潰れるんで、部下をとらせず本来、部下の仕事だった分もこいつにやらせることにした。そしたら、一人で全部やっちまったのだ。有能すぎるのも大変だよなぁ。今は右大臣補佐が一人いるだけ。いよいよキレたってことは、逃げるには好機だ。こいつ仕事はできるが基本馬鹿だから。
「王と后様にジン王子を任されて早三年! 私が血と汗の努力をして仕事をしているにも関わらず貴方は一向に成長しない!」
「してるって。去年より少し身長伸びたぜ」
「いつも自分第一に行動して! 周りがどれだけ迷惑しているか知っているでしょうが!」
「でも最近じゃ『自分がやらねばアズール何気に崩壊しちゃうので、俺って大変な仕事任せられてるんだなぁ……て実感してますよ。ありがとうございますジン王子。俺、頑張ります!』って外交官たち言ってたぜ? いい感じに回ってるじゃん。やっぱ自分で動いて初めてわかることって多いよな」
「なら少しはジン王子も国務をしてください! そうすればもっとよくなります!」
「断る。俺は今日やることがあんだよ、いつものことだろ? 今日も頼むぜユンゲルちゃん」
「……」
地響き。
玄関広間が、少しだけ、揺れた。
「お?」
「今回ばかりは許すわけにいかんのですよ。カイゼン王国との貴重な貿易事項が目白押しなのです。貴方には……あんたには縛ってでも出てもらおう」
アズールの軍規律では、必ず「名乗り」をしなければならない。
名乗りは誇りであり、規律であり、相手に対する礼儀でもある。主従の関係であっても戦闘の最中であっても、相手の名前ぐらいは知っておくべきだからだ。また、名前は意味をなす。魂である。その者の軸であり芯であり存在である。
四人。
どこに隠れていたのか知らないが、天井より降ってきたのは男女乱れての騎士。名乗るは──
「アズール十四師団・十四師団隊長、ボンズ・フォークリン」
「十師団隊長、ロジア・モロッコ」
「八師団隊長、セシル・イングランド」
「七師団隊長、ゾイドック・マーカー」
そして、異口同音に言葉を発っした。
≪ジン王子の捕縛及び拘束並びに連行加えて監視の任がため、推参仕りました≫
……おい、ユンゲル。
「暇なの?」
「あんたが言うなぁあああああ!」
※ ※ ※
状況を整理しよう。整理する必要もないが。眼前に立ち塞がりやがるは、ノッポの右大臣とアズールが誇りし十四師団の隊長四人。あー、隊長って結構忙しいはずだけどな。全員で顔を合わせるのは、年初めの十四師団会議だけだ。四人も集まるってのは結構凄いことである。えと、こいつら何でここにいるんだっけか。
「今日は大事な大事な、本当に大事な日なのですよジン王子。既に后様のご許可はとっております」
「お袋何て言ってた?」
「『若いうちは大変よね』とのことです」
「さすがだぜ」
放任主義だからなぁ。唯一の助けっていうか、親父もお袋もそういうところは適当でいいわ。
「俺、愛されてるね」
「そうですな、理解に苦しみますがジン王子はそこそこ人気があります。理解に超苦しみますが」
「人徳ってやつだよ。自分で考え自分で行動し自分で責任をとる。当たり前だろ? 俺はただ実行しているだけだ」
「が、今回ばかりは許せません」
「……カカッ! いいねぇ」
嬉しいね。王族になって面白いことなんて、これっぽっちもないと思っていたがそうでもないらしい。こんな日がやってくるとは思わなかった。毎回全力で国務から逃げてきた甲斐があったってことか。嬉しすぎて踊っちまいそうだ。最近隊長に昇進した若手と、結構な歳をしたおっさんを一瞥する。
「ボンズ。十四騎士隊長おめでとうな。まだ十四っつー後ろの隊だが結果次第では繰り上がりもありうる。過去それで昇進していった奴も大勢いるから、頑張れよ」
「切に」
「ロジア。おめーもういい歳なんだから引退しろよ。子供も一人立ちしたんだろ?」
「何を仰いますか若。人生これからですぞ」
「いやぁ、俺のダチがよ、お前の小説が好きみたいでさ。聞いた話では最近全裸に目覚めたらしいな。嫁さん相手に『全裸待機に、俺はなる』と言ったと聞いてるぜ? ダチはロジア・モロッコが十四師団の隊長をやってるとまでは知らないらしいから、あんまボロだすなよ」
「ブハハッ、お恥ずかしながら肝に銘じておきます。ですが全裸はいいですぞ、今度若も一緒に」
「断る」
もう二人の騎士隊長を見る。こっちはこっちで癖がありやがる。
「セシル。あんたの旦那と娘がやってる古本屋……確か『水晶の菜』だったか?」
「はい」
「そこにダチが数日前に行ったっぽい。んで、上手く助言してくれたらしいな。俺からも礼を言っとくわ。旦那と娘に言っといてくれ」
「ありがたきお言葉。主人と娘も喜びます」
「んでっと、ゾイドック」
「……」
「お前の双子の子供はすげぇな。騎士科でも結構有名になってるらしいぞ? 特に弟の方は歴代二位のリリィに毎週決闘を挑んでる。俺も見てるがありゃ相当な筋金入りだ」
「まだぬるい。一度決めた以上、死ぬまで貫けと教えております」
「さすがはお前の子供だよ。ありゃ伸びる。楽しみにしてるよ」
「……お褒めの言、痛み入ります」
「いいってことよ。ところでお前らさ、一ついいか」
≪なんでしょうか≫
「逃がしてくれない?」
≪それは無理です≫
だよなー。言ってみただけだ。
足音が周囲より聞こえ、見渡せば玄関大広間をぐるりと囲む騎士たち。十四、十、八、七師団の奴らだろう。「俺ら何やってんだろう」とか思ってるんだろうな。安心しろ、俺もだ。ユンゲルが目を弧にして前に出る。久しぶりにこいつの笑顔を見たぜ。
「一ヶ月と二週間前、カイゼン王国から密入国してきた強盗団を捕らえました」
「あぁ、聞いてるぜ。捕まえたのはリリィってことになってるがな」
「その者らによって生じた我が国の損害について、あちらから直に謝罪したいとのことです」
「なるほど、んでそれを使って交渉を有利にしたいってわけか。いいじゃねぇの、こと国益に関しては容赦無用だ。遠慮なくやればいい」
「もちろんです、ですから『我が国はとても怒っている』と彼らに示すためにも、アズール代表の方が必要なのです」
「ふーん。大変だね」
「えぇ、それはもう」
「代表ってなると俺だわな」
「えぇ、残念なことに」
嬉しそうだなぁ。本当に嬉しそうだユンゲル。
今回は完全にこいつの予定通りに事が運んでいるのだろう。俺を起こしにきて、カイゼンとの貿易を言い、逃げようと動く俺を足止めし、騎士団の隊長四人をぶつける。そんでこれからの予定は俺を捕獲し、カイゼンとの交渉で「怒ってますよジンくん」を演じさせるって寸法だ。
「珍しくいい感じじゃん?」
「歓喜しております」
「でもこれがカイゼンの奴らに知れたら笑いものだよな。国務から逃亡する王子を十四師団使って捕獲するんだ。最高だぜ」
「はい、心底悩みましたが背に腹は変えられんのです」
「お前も大変だなぁ」
「……」
ユンゲルが手を挙げる。
呼応するように師団員が戦闘態勢に入り、身体を低くした。玄関大広間にいたはずの使用人や執事たちは全員避難済み。ここにいるのは何気にアズールの中枢や治安を担う者ばかり。本来なら今は己が任がため、汗水垂らして働いていることだろう。
が、今は王子様を捕縛するため、こいつらは集った。対し俺は、覗きをするため王城を出たい。俺もこいつらも互いに「正義」がある。譲れないものがある。ならば、あとはぶつかるのみだ。
「いいぜ、来いよお前ら」
「気をつけろ。ジン王子は『初代アズール王の継承魔法』を使う。極力、怪我を負わさないよう最大限の」
「覗きが俺を待っている」
「遠慮なく張り倒せぇえええええ!」
待ってろ、シルド、画麗姫。
絶対行くからな。
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