アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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モモの屋敷

 

 

 

 早朝。ようやく日が出始めた時間帯。

 今日の予定は、いつもより少し早めに起床し、準備を整え昼頃にはモモの屋敷でのんびりと絵の鑑賞をしているはずだった。

 けれど、現在僕は予定を大幅に前倒しして足早に屋敷へ向かっている。理由はまだ日も出ていない時間帯に、モモから僕宛に紙で模倣された鳩がやって来たからだ。何事だろうと手紙を開くと、たった一文だけ綴られていて。

 

【ごめんなさい、出来るだけ早く来て】

 

 書き殴ったような字だった。いつも見ている彼女の字とは思えないものだったので何かの事件に巻き込まれたのではと考えた。ただ、もしそうなら僕を事件に巻き込ませないよう「今日は予定が入ったから来ないで」と彼女なら書くだろう。そうではなく、早めに着てほしいと書いたのは、どうしても予定を早めたい何かが発生したからではないだろうか。

 とにもかくにも、この疑問を解決するために素早く準備して寮を出発し、目的地へ到着した。こんな朝早くだと、起きている人も少ないんじゃないかなぁ……と、思っていたのだが。

 

「急げ、シルド様がもうじきご到着されるぞ!」

「わかってる! あと、あれだ、庭の手入れはどうなってる!?」

「さっき終わった!」

「サーニャ様の妨害については!? なんとか十四師団に協力を仰げないのか!」

「シャルロッティア家なら師団の一隊ぐらいならもしかしたら動かせるかもしれん。無理かもしれんがやる価値はある!」

「それが連絡が取れないんだよ! 何でもアズール城で大騒動が巻き起こってるらしいって!」

「はぁ!? 王城内で大騒動ってどんなキチガイだ!」

「たぶん頭が終わってる馬鹿が暴走でもしたんだろ!」

 

 屋敷内からシャルロッティア家に仕える使用人らの声がマシンガンのように飛び交っていた。帰った方がいいのかな。

 

「リュネちゃんがサーニャ様の妨害……もとい足止めをしてるはずよ!」

「それはさっき聞いたよ、だがもって一時間だ。我々がすべきことはその時間内に」

「なんとしてもお嬢様の」

≪幸せ時間を確保する!≫

「料理の準備は?」

「料理長が寝巻きのまま到着した!」

「よし、あとはシルド様をお通しするだけだ。それが終わったら我々はリュネの応援に行くぞ!」

 

 ……いったい何があったのだろうか。

 そういえば、先日リュネさんが言っていた。「最近モモ様が随分と変わったので、屋敷の使用人らも嬉しそうにしています」って。モモがこの別荘に住んでいる理由は知らないけど、彼女がここに来る際、彼らは自ら進んで別荘の使用人に志願したそうだ。本家の屋敷の方が待遇が良いだろうに、そこではなくここを選んだのは、きっと一人の女の子のためだろう。大事に思われているんだろうなぁ。ちょっと妬けるかも。

 

「こ、こんにちは……」

≪いらっしゃいませシルド様! ようこそ御出でなさいました!≫

 

 使用人らの異口同音の言葉がダイレクトに直撃する。すごい。一糸乱れぬとはこのことだ。僕も田舎貴族ではなく、一人の男として堂々としなければ。

 

「今日はモモ・シャルロッティアさんの絵を見に来たのですが、よろしいでしょうか」

「もちろんです。お嬢様のお部屋はこちらになります」

 

 五十代前半の、執事服に身を包んだ男性に先導されて道を進んでいく。

 今更ながら、モモの屋敷を説明すると上級貴族の屋敷にしては随分と小さいものである。前世にあるもので例えるなら学校の体育館二つ分程度だろうか。もちろん庭や噴水も込みで。

 普通の屋敷なら、ざっと体育館六つ分程のものだから違いは歴然だ。無駄を極力減らす彼女らしい広さだと感じる。そういう意味では、ウチの田舎屋敷はきっとモモの要望に合っているのだろう。初めてウチの屋敷に自信がもてる瞬間だった。

 

「お待たせしました。こちらです」

「はい。あ、扉は僕が開けますので大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。それと、大変申し訳ないのですが、私どもはこれから用事がありまして」

「わかりました。お気遣いなく。僕は僕で、その、いろいろありますから」

「えぇ、存じております。是非とも、頑張ってくださいませ」

「ハハハ……」

 

 全部知ってるのね。今日がどんな日か既に周知の事実だと。当たり前といえば当たり前か。

 

「それでは」

「はい」

 

 一礼し、執事は早々と持ち場へ戻っていった。彼らが今から何をするのか、まったく予想できない。……リュネさんの応援に行くと言っていたけど、今日はリュネさんの大事な日なのかな。執事科の試験日かも。だったら応援の意味にもなるし、きっとそうだ。

 学生でありながらモモの付き人もしている、リュネ・ゴーゴンさん。本当に凄い人だと改めて実感した。彼女にはお世話になりっぱなしだ。モモの誕生日の件も、思えばリュネさんがいたから知り得たものだ。だからこそ、結果を出さねばなるまい。 

 前を向けば大きな扉があって。

 これほど扉というものに威圧感を感じたことはない。心臓の鼓動が一気に高まる。落ち着け、大丈夫さ。プレゼントもちゃんと手元にある。僕の今できることを全力でやればいい。……よし!

 

 ──コンコン。

 

「誰?」

「僕だけど、入っていいかな」

「えぇ、どうぞ」

 

 霧目細工と呼ばれる貴族御用達の文様が描かれた扉。その取っ手を静かに、ゆっくりと回す。緊張の糸が切れてバッタリ倒れないよう常に気を引き締め、中に入った。

 

「ごめんなさい、予定より早くなってしまって」

「……」

「どうかした?」

 

 普段、モモの髪は首ぐらいまである長さで、耳から下はウェーブのかかったミディアムヘアをしている。それが今まで僕がほぼ毎日見てきた彼女の髪型だった。最近伸びてきたね、とつい数日前に彼女と談笑した記憶もある。

 言葉に、詰まる。悪い意味ではもちろんなく……。

 あぁ、息を呑むと表現するのが正しいのか。

 

 最近、少し長くなっていた彼女の桃髪は、後頭部で大きくまとめられ、そこに白と金色で彩られた一本のかんざしが添えられていた。

 前髪は軽く斜めに流され、より鮮明に(ひたい)と瞳が見える。左耳にいつも付けていた十字架のアクセサリーは今日はなく、変わりにハートに猫が抱き合っている可愛らしいイヤリングを両耳に付けていた。水色のショートドレスに、少し赤めの口紅。

 

「すっごく……綺麗だ」

「あらまぁ、直球ね」

「そう、だね。自分でも驚いてる」

「シルドくんは至って普通の格好だけど」

「田舎者だからさ、これでもいいやつなんだよ?」

「そう。なら今度、貴族らしい服を一着、買いに行く?」

「うん。よかったら二人でどうかな」

「えぇ」

 

 こくん、と互いに頷いて。

 笑顔でモモの前に行く。

 

「この度は、シャルロッティア嬢・絵画謁見の日にお招き頂き、光栄の極み」

「ふふ、変な言葉。考えてきたの?」

「うん。かっこいいだろ」

「ダサいわ」

「えぇー」

「でもそうね。ちょっと素敵かも」

「素直に言えばいいのに」

「私を誰だと思っているの?」

 

 ……互いに見合って、少しの沈黙。

 そして、一緒に笑った。たぶん、今日じゃなかったら、こんな他愛なさ過ぎるやり取りで笑うことなんてないだろう。でも、不思議と今は笑ってしまう。照れくささと、恥ずかしさと、身体がもぞもぞする変てこな気分が、僕とモモを笑わせてくれるのだ。

 

「本当に似合ってるよ。とても綺麗だ」

「饒舌ね。生憎、私は褒められても相手を褒め返すなんてことはしないわ」

「そっか。残念」

「……え、とね。シルドくん。今日はその、来てくれて」

「うん」

「……」

「?」

「ありがとう。絵しか見せるものがないけれど、感想とかもらえると、嬉しいかも」

 

 目を真っ直ぐ僕に向けたまま、少し震えた口でモモは言った。

 彼女なりの精一杯だと感じ、心から嬉しかった。

 

「僕でよければ、喜んで」

 

 次は、僕の番だ。

 そういや、ジンの奴は今頃アズール王と后様と一緒に出かけているはず。「面倒だなー、けど仕方ねぇなー」と言ってたけどあれ、本当だろうか。一応あいつが来た時用にいろいろ策を練っていたが、どうも徒労のようで。たまには王家の仕事、頑張っていることだろう。将来はアズールの顔になる男。王族なのだ。

  

 

 ※ ※ ※

 

 

「ハッハッハァ! おらおらどうしたぁ! こんなもんかよああん!?」

「クソッ、相変わらずデタラメな魔法を! 中・遠距離の魔法はするな、ジン王子には無意味だ! 総員、近距離戦闘に切り替えよ!」

「おいユンゲル! せっかくだ、お前に足りないものを一つだけ教えてやろう!」

「ハッ、一つだけなら聞いてあげましょう!」

「人徳・愛情・努力・友愛・性欲・団結・金・金・金だぁ!」

「多いわぁあああああ!」

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「そこにあるのが、モモの描いた絵?」

「そうよ」

 

 布に被せられていて、まだ見えないがモモの絵が飾られている。はたして、どんな絵を描いたのだろう。

 

「人物像かな」

「最初はそれもありかな、て思ったけど止めたわ。風景画にしてみたの」

「風景ってなると遠出したんだ」

「いいえ、身近なものよ」

 

 んー、ますますわからない。

 それから思いついたのをいくつか言ってみるが、全部ハズレでモモはとても嬉しそうだ。ずっと言い続ければいつかはアタリがくるだろう。けど、さすがにそれは野暮かな。お手上げというポーズをして、降参した。

 

「わからん……」

「なら、正解を見せましょう」

 

 終始ご機嫌のモモは、絵を覆っている布に手を伸ばす。そして再度こちらを見て、にっこりと笑

 

「はいはーい! モモ、いるー?」

 

 ……っていた顔が、止まった。

 声は外からだと思われる。かなりの音量でこちらにも充分聞こえた。女性の声だ。

 

「え、誰?」

「思っていた以上に早かったわね」

「は?」

「シルドくん、この中に入って」

「入ってってそこ、洋服入れだよね」

「そうよ。ほら、急いで」

「な、ちょ、せめて理由を!」

「すぐわかるから。私がいいって言うまで出てきちゃ駄目よ。お願いね」

「……わかった」

 

 さっきまで笑顔だったモモが急に真面目な表情に変わった。

 いったい何があったのか。絵を見せる人を、僕以外に呼んでいたのだろうか。いや、だったら僕を隠す必要はない。しかも女性だろうから、尚のこと。だとすると。

 

「やぁやぁやぁ、来ちゃったよ」

「久しぶりね、サーニャ姉さん」

 

 姉さん!?

 

「どう考えてもモモは嫌がるかなーって思ったけど、まぁいいよね!」

「もう、そういうところは相変わらずなんだから。リュネは?」

「買い出し」

「また面倒事を他人に押し付けて」

「いいじゃん、いいじゃん! ところでさぁ、モモ」

「ん、どうしたの?」

「何を……隠しているのかな」

 

 この時、今一現状が理解できなかった僕は、ようやく悟れた。

 彼女が、今日の予定を前倒しした原因だということを。

 そして知ることになる。シャルロッティア家の三姉妹が、どれだけ秀でた人間であるかを。

 サーニャ・シャルロッティア。

 二つ名は、「交麗姫(こうれんき)」。

 アズールが揃えし外交官たちの中で、最も実力のある女性が……やって来た。

 

 

 

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