アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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学園啓都

 

 

 

 船旅六日間。短いようで、長い。何せ空の上を飛行するだけであり、それ以外の娯楽がないのだ。

 しかし僕にとってはこの時間ほど恋しいものはない。誰にも邪魔されず、束縛されず、自由に過ごせる至福の時なのだ。言うまでもなく読書三昧な六日間に他ならない。朝起きて本を読み、ご飯を食べて本を読み、お風呂入って本を読み、本を読んで本を読み、寝る。

 

「……の予定だったのにさ」

「一応、私たちはジン王子のご学友ということになっているから、あちらからのご挨拶には同席しないと駄目でしょシルド。それとも、全冊呪いの魔法をかけてほしいの?」

「ジン王子のためならば、粉骨砕身の思いで同席する所存です」

「素晴らしい弟をもって姉は嬉しいわ」

 

 苦虫を潰したような心境だ。本のためだ、仕方ない。

 ……冗談はこれぐらいにして、前を見ると一人の女性が立っていた。黒髪のポニーテールをした綺麗な女の子。目を瞑りじっと僕らの王子を待っている様子。身長はモモと同じぐらい。眉は細長く、ほっそりとした顔立ちをしている。この世界でスーツのことを『レギオン』と言い、深緑のレギオンを華麗に着こなしていた。

 一瞬、眉がピクリと動き、すっと目を開けた。海のような水色の瞳。

 同時、後方の扉よりジンとミュウ、ピッチェスさんが入ってくる。ミュウがジンの横にぴったりとくっつき、後ろにピッチェスさんがいる。僕らの王子はいかにも面倒そうな顔をしているものの、王族としての責務は理解しているようで黙ってやって来た。逃げようとしても空に浮かぶ船の中だ、見つかるのは時間の問題。しかもミュウの折檻が付いてくる。賢明な判断であろう。既に全員イヴから“同音電糸”を受けており、会話に支障はない。

 

「アズールが王子、ジン・フォン・ティック・アズールだ」

「お初にお目にかかり光栄の極み。私、クロネア学園・第六極長『穿人』、ルェン・ジャスキリーと申します。この度、我らがシェリナ王女より、ジン王子併せてコルケット公爵令嬢ミュウ様、公爵令息ピッチェス様、並びにご学友の皆様の案内人を仰せつかって参りました。よしなにお願いいたします」

「第六極長か。あの虫女らしい人選だ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「詳しくはクロネアについてからなんだろ?」

「はい。ジン王子と同じく次期、国の王になられますシェリナ王女が、是非ともお会いしたいと」

「はっ。なら向かう先は『学園啓都』かよ。そいつは最高だぜ。なぁおい」

「滞在も、全て学園啓都となります」

「あんだとっ!?」

 

 ジンが激昂した。ジンも僕と同様、この旅には可能な限り情報を得ないで出発すると言った。おそらく、僕を気遣っての行動だろう。ただ、前知識はあったのも当然だ。幼少より王子として他国の情報を学ぶのはむしろ当たり前のことだから。

 そんなジンが、シェリナ王女と学園啓都という単語に反応する。前者はクロネアの次期女王になられる方だろう。ただ、後者の学園啓都がわからない。どういう意味だろうか。

 

「ってことはあれか? 俺らは学園啓都には入れて、クロネア王都には入れないってことか?」

「左様でございます」

「うーわ、マジかよ。ミュウ、何やってんだ」

「さすがにクロネア王都は無理だよ。ちょっと難し過ぎ」

「あー……かぁ……」

「他にご質問はありませんでしょうか。何なりと。よろしければそちらのご学友様もどうぞ」

 

 ジンが天井を見ながら嘆いていると、ルェン・ジャスキリーさんが笑顔でこちらに顔を向ける。

 本来なら学園啓都とは何か、と聞きたいところ。しかしそんなクロネア側にとって常識であろう質問は失礼に値するのではないか。あれこれ悩んでいると、モモがフォローを入れてくれた。

 

「私たちも一応ながら学園啓都について理解しております。ですが、私たちの知識と、貴国クロネアとの境目は曖昧なもの。お手数ですが、改めて学園啓都について教えていただけませんでしょうか」

「丁寧なご質問をいただき、恐縮の極み。喜んで、ご説明させていただきます」

 

 心から嬉しそうにして、姿勢を正し左手を右胸に添え目を瞑る。

 自然と出た動きだろう。それほどまでに、彼女は母国に忠誠を誓っているのだ。しかし、今感じた驚きはすぐさま消えることになった。

 

「学園啓都とは、クロネア王国が代々習わしとしている、次期王のために構築された都市でございます。つまりは、現在我らが王女であらせられます、シェリナ・モントール・クローネリ様が『統治』されておいでの都でございます。クロネアの統治年数は世界一であり、他の追随を許しません。そのため、王として君臨する将来を見据えての、練習が必要なのです」

「練習、ですか」

「左様です。クロネアが統治するセルロー大陸に住まう若者は皆、学園啓都に十年間移住し学生として生活する義務があるのです。当然ながら、啓都を総べるシェリナ王女を筆頭に、王都とは独立した組織・運営が行われております。実力のある者は上に昇り、ない者は身分相応の扱いを受けます。優秀な者を選び抜くため、これほど素晴らしい制度は存在しません。啓都時代にシェリナ王女のため活躍した者は、将来においての上級役職が約束されます。クロネア王家に仕えてこそ、人生が豊かになるのです。それが、我らがクロネアの一千四百年の歴史を歩むことができた証明に他なりません」

 

 ……そうか。

 文化や思想の違いは、これほどまでに違うものなのか。まるで別世界の住人と話している気分だ。目の前の女性は、自分が言ったことをまるで疑っていない。当然としている。幼少より教えられ、常識とし、生きてきた。もはやそれは、僕らにとっての理念と同じ。

 根元から異なる世界。いや、根元すら違う世界。

 しかも、これは欠片に過ぎないのだ。

 数日後に到着する国は、今感じたことが無数に存在する。『他国で生活するということ』は、こちらがどれほど想定して行こうとも、あざ笑うように超えてくるのだろうなと……感じさせられた瞬間であった。クロネアは、完全な実力社会の国である。

 

「他にお聞きになりたいことがありましたらなんなりと。クロネアの代表として、誠心誠意お答えさせていただきます」

 

 

   * * *

 

 

 一時間後。

 甲板に出て、開放されたチェアーに腰かけて空を見上げていた。綿あめのような雲が悠然と流れゆく。幸いにも航空期間中は雨雲にぶつかることはないと予報されていた。気温も心地よく、お昼寝するには絶好の時間だろう。チェアーに腰かけようとした際にレノンから何か飲みたいものはないか、と聞かれた。特にないと言おうとするも、執事にとって主人の要望が望みであるため、果物ジュースを所望する。嬉しそうに早歩きでレノンは厨房へ向かった。

 

 持ってきた本をヘソの上に置き寝転がる。目を瞑り、つい先ほどのことを思い出す。とても可愛らしい黒髪の女の子だった。人当たりが良く、仕事熱心で穏やかな女性だ。もし僕がクロネア王国で生まれたなら、違う出会いをしていたのかもしれない。

 けれど、アズール国民である以上、決して彼女とはわかりあえないと確信した。たったあれだけの言葉で、絶対的な壁を感じた。隔たりの大きさは、僕如きがどうこうできる問題ではない。

 

「はたして、そうでしょうか」

 

 どこからともなく、声が聞こえた……気がした。

 

「国が違うというだけで、理解できないと決めつけるのですか?」

 

 再度、声がして。キョロキョロと辺りを見渡すも、不思議な声の主はどこにもいない。遠くを見れば乗客がちらほら見える。ただ、声がはっきりと聞こえたはずの近辺には、人の姿がどこにもない。幻聴にしてはいやに耳に入った。誰だ。

 男性の声であるのは間違いない。しかし、どこから話しているのかがまったくわからない。“ビブリオテカ”を発動させようと、辺りを警戒しながら左手を開き、雲が流れる外を見た……時だった。

 

「──なっ」

「近々、また」

 

 声の主は意味深な言葉を最後に消える。目の前で、消えた。

 空を飛行する船の横に、つまりは空中に、一枚の大きな鏡があって。

 その中に、一人の男性が入っていて。

 先の言葉と共に、鏡は砕け散って飛散した。

 

「え、と、お?」

 

 状況を整理したい。落ち着け、何がどうなっている。変な声が聞こえ、辺りを見渡し、外を見たら大きな鏡が空に浮かんでいて、中に男がおり、言葉を話し、直後に砕け散って、大海原へ消えたとさ。

 ……よし。全然わからん。

 

「シルドくん?」

 

 理解不能な状況に頭を抱えていると、クロネアの使者であるルェンさんと一緒にモモがやって来た。後ろには慎み深くリュネさんが待機している。手には既に飲み物を乗せたトレイを持っていて。さらに後方よりレノンが頼んでおいたジュースをいそいそと持ってきた。

 途中、リュネさんとすれ違い、彼女が『モモに言われる前から飲み物を用意していた事実』に気付き、目を丸くしていた。彼からすれば、僕に言われてから取りに行ったのに対し、リュネさんは事前に先読みし準備していた。小さいことながら、両者の執事としての気遣いは、大きな差があったようだ。

 

「ふふん」

「ッ!」

 

 おそらく、二人だけに聞こえる程度のやり取りだ。リュネさんの勝ち誇った顔と、レノンの苦渋に満ちた顔。見てるだけでも面白い二人で、日常生活でこういった小さな戦いをこっそり行っているそうだ。

 話は戻して、モモが不思議そうな表情で傍に来る。横から、ルェンさんも邪魔にならない位置で立つ。

 

「どうしたの? 挙動不審な動きをしていたけど」

「あぁ、ちょっと変なことがあってさ」

「それは大変です。クロネアに行かれる前に、不安材料は一つでも消しておくことが最良の極みと心得ます。えぇ。なんなりとお申し付けくださいませ」

「い、いや、そんな大したことでは」

「私どもにとっては大変重要なことなのです。もしかしたら、船に紛れ込んだ賊の可能性も。是非とも、お話願いたく」

 

 息を呑むほどの気迫なルェンさんに、二歩下がりながら、確かに先の出来事を一人では解決できないのも事実だと判断して、素直に話した。

 レノンは主人の緊急事態に自分がいなかったことを悔やんでいるのか、やや落ち込み気味になっていく。そんな彼に、言葉を発さずとも軽く顔を横に振って『気落ちする必要はない』と伝えるリュネさん。呼応して頷くレノン。言葉も使わず意思伝達できる領域まで進んでいる二人にやや嫉妬する。

 モモは興味深げに話を聞いて、口に手を当て熟考しているようだ。頭の中で犯人がどうやって行為に及んだか、一つひとつ思い浮かぶ案を検証しているのだろう。

 

 ここまでは、特に問題なく普通の反応だった。

 が、一人だけ……まったく別の動きをする女性がいて。

 

「……そ、でしょ。え、なんで」

 

 話し始めた際は自信満々に目を爛々とさせて聞いていたルェンさん。けれど、次第に顔色が悪くなっていき、話し終える頃にはわなわなと震えていた。そして顔が真っ青になりながら独り言をぶつぶつと呟いている。モモやリュネさん、レノンもそれに気づいたのか、皆で彼女を伺う。

 

「ありえ、ない、そんなこと、でも実際に、まさか船内に……? 嘘でしょ。だ、とすれば一大事、本当に一大事。至急シェリナ、様にご報告し、ないと……。あぁでも、なんたる失態、私、としたことが、痛恨の極み。どう、しよう、急いで確認を、でもあの方な、らきっと……だとすれば、でも、どうやって、見、つけても、知らせる意味は、ある、ない、どうしたら」

「ルェンさん?」

「ッ!? はい、なんでしょうか」

「随分と動揺されておいでですが、どうかされたのですか」

「いいえ、何も」

「……ですが」

「ちょっと思い出したことがありまして。えぇ、大事な用があることを思い出しました。大変恐縮ながら、ここで失礼させていただきます。後日改めて、謝罪をさせていただきます。大変申し訳ありません。では」

 

 捲し立てるように言うと、走るようにクロネアの使者は去った。

 残された僕らで、顔を見合わせ、頷く。

 

「何かあるね」

 

 けれど、そこから先の答えは出ず。この問題は、残念ながら暗礁に乗り上げて終わってしまった。

 一区切りつけようと、甲板から部屋に帰る際、ふと思い出す。思い出すというよりも、引っかかるが正しいだろうか。鏡の中にいた男性は、一瞬しか見えず、黒っぽい服しかわからなかったが、問題は声にある。低音で、身震いするほどの紳士的な声なれど……。

 どこかで、聞いたことがあるような。

 懐かしさすら感じる、違和感があった。

 もやもやしながらも、違和感の正体がわからず足取りが重い自分に苛立ちながら、とぼとぼと部屋に戻った。

 

「あの声、やっぱりどこかで……」

 

 

   * * *

 

 

「迅鳥は用意してるわね? この鳥なら二日あれば学園啓都に着くはず。至急私が今から述べることを書き留め、シェリナ様に送りなさい。いいわね、大至急よ。

 ……シェリナ様。第六極長『穿人』、ルェン・ジャスキリーです。現在アズールよりクロネアへ向かっております。しかし、道中、あの方が船内にいることが判明しました。ですが、あの方が相手となると私どもでは到底捕まえられません。船内に隠れていることは間違いないでしょうが、クロネアに到着する前に姿をくらますでしょう。申し訳ございません。第六極長ともあろう者が、このような失態。痛恨の極みに存じます。

 船はこのまま六日後に学園啓都に到着致します。全てシェリナ様の御心によるご加護のおかげです。このルェン・ジャスキリー、遠く母国は離れても、御霊はクロネアのために」

 

 

 

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