アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ― 作:藤崎次郎
クロネアへ到着するのは、朝日が出てまもない時間帯との報告を受けていた。
「ほふ……」
薄らと日の光が彼方よりかかる。白い息がふわりと生じ、夢うつつのように消えていった。気温は6℃。現在、学園啓都は冬直前期にあり朝方の外は小寒いものである。それでも、僕を含め甲板にいる人々は乗客の八割を超えていた。中には、寝ずに朝を迎えた人もいたようだ。いよいよという思いが、船内中を熱くし外気の温度など関係ない独特の雰囲気を作り出していた。
もう一度、息を吐く。
口から朝霧のような細かくも美しい水蒸気が生まれ、なくなる。日は昇り始め、徐々に身体も暖かくなり、雑談や笑い声が聞こえ始めた。
それでも皆の視線は、変わらず前へ。
船首前の甲板には大勢の乗客が集まってくる。
船は、天空をゆったりと進みながら……。
もうすぐ、魔術の国へ到着する。
「よし」
ここらで、共存についての見解をまとめよう。同時に、学園啓都の予想も。
アズール図書館を見る直前に、僕はありとあらゆる予想をした。今思えば湯でタコのように赤面してしまう過去だ。タワーみたいな未来的な建造物だろう。質素極まりない図書館をいくつも建造して分散しているだろう。全館ガラス張りだろう。魔律的建築物だろう……など。
何故こんなことをしたかというと、何も考えずにただただ驚かされるのが嫌という、年相応の悪あがきをしたのが原因だ。しかし、アズール図書館はこれらの予想を大きく上回り、見事、あの本なる湖を堂々と魅せつけた。
悔しかった。
いや、夢の舞台に対し失礼千万なのは承知だ。それでも悔しかったのだ。あれだけ考えを巡らせ見栄を張り、予防線まで張って向かった先があれだったのだ。もし周りに人がいて、彼らに自らの予想をペテン師のように語りまくり図書館へ向かったならば、自殺したくなるほどの羞恥に襲われていただろう。
では今回はどうする。
前回を反省し、予想を止めるか?
……いや、だからこそ、あえて、予想するのだ!
クロネアが謳う『共存』とはいかなるものかと。今度は、前世の記憶も引っ張り出して。
事前に図書館や新聞で調べなくてよかった。思う存分、ゼロの状態で勝負できる。言葉は悪いが何が共存だ、論理的な思考によって答えを導き出せばとるにならない問題であろう。ははん。
「おいシルド、何ニヤニヤしてんだ」
まず、前世の世界で用いられていた理想と現実の『共存』を改めて振り返る。
自然と共存しよう、動物と共存しよう。安い言葉だ。森や山を一方的に伐採し、自分たちが必要だからと散々刈り取った後に保護活動、復興活動を行う。共存するならば、最初から伐採するなと言いたい。既に殺しているではないか。『共』に生『存』していないではないか。動物に対しても同じだ。殺して皮をはぎ肉を焼く。大量生産のため無意味に繁殖させ殺して自分らの益とする。絶滅危惧種になったら途端に保護だ。
……ただ、これは生きる我々にとって必要不可欠のものだった。仕方ないことだった。殺される相手側からすれば言語道断な言い訳である。それでも、我々はこれ以外の術がなかったのだ。だから、罪滅ぼしではないけれど、せめてもの行動として、必死に共存を模索した結果があれだったのだ。
一つの、辿り着いた境地なのであったと思う。
責めることなど生きる人間である以上誰もできない。資格がない。ここからさらに突っ込めば、もはや哲学の領域に踏み込んでしまう。生きることそのものを考えなくてはならないからだ。
しかし、クロネアではそうでないという。本当かと尋ねると、留学した姉妹は笑いながら肯定した。無理な話ではないか。僕が今述べたものは、前世の人々が長年失敗を繰り返しながら辿り着いた一つの『答え』である。共存できていないと揶揄しながら、なら自分は答えを出せるのかと問われれば……ない。できない。恥ずかしながら、最終的に僕もまた、共存の方法はあれしかないと思っている。
そういう意味では、僕は、前世の世界に生きる人々の代表ではないだろうか。彼らが苦しんだ結果、出すことになった共存を携えて行くのだ。こんな青二才が代表で前世の方々に申し訳ないのだが、自信はある。あれ以外の答えがあるのなら……是非とも見せてほしいものだ。
と、いう結論でいけば敗北だろう。
ここが、アズール図書館と違うところ。
僕は、アズール図書館を予想することにおいて魔法を甘くみていた。前世の記憶が、ある意味で邪魔をしてしまい予想を妨害していたのだ。あの時、魔法をもっと予想に組み込んでおけば、きっと勝っていたに違いない。クロネアは何の国だ。魔法ではない。そう、魔術の国である……!
「共存と魔術が関係しているのは間違いない……ぜ」
「ミュウ、ちょっと画麗姫を呼んできてくれ」
「はーい」
魔術は、己の魔力を使い自分自身に変化をもたらす事象を指す。その中の一つに、自分自身を動物へと変化させる魔術があると聞いたことがある。間違いない、これだ。共存を成立させている鍵は、動物へと自らを変化させ、彼らと交渉し、一緒に自然界で生活しているのだ! そして自然には可能な限り触れず、暑いときは魔術で体温を零下にし、寒いときは熱くさせる。魔術なら容易いことだろう。
だから、クロネアは魔術の国や、共存の国、そして自然の国とも称されるのだ。
全てが繋がった。
完璧である。
感無量である……!
「は、はは、ははははははははは」
「なぁ、これどうすりゃいいんだ」
「大丈夫よ、時々起こる発作みたいなものだから。本ばっかり読んでる人って独り言と妄想が凄まじいわよね。シルドくんはその典型というか、むしろ権化に近い」
「知識ばっかり溜め込む奴って無意味な推論好きだよなー。聞いてて引くわー」
前世の人々よ、見ているか。見ているのなら僕に拍手を送ってほしい。貴方がたの努力は、今、実ったのだ。実るどころではない。新たに工夫・色づけを行い、至高の果実へと昇華させた。もはや一片の隙もなし。アズール図書館での失敗を踏まえ、見事、答えを出せたのだ。もしこの答えを馬鹿にする者がいるのならば問おう。
他に案があるのかい?
ない。ないのだ。
「成長したなぁ」
「シルドくん」
「あれ、モモ、どうしたの」
「超、気持ち悪いわ」
……。
「また、やっちまったのか……!」
「えぇ」
「最近はなくなってきたはずなんだけど」
「そうね。再発かしら」
「ついていけん。行くぞミュウ」
「はいはーい」
「ほら、皆と一緒に甲板のもっと前に行きましょう。ね?」
「あぁ」
恥ずかしい。予想するだけだったのが、讃美歌を熱唱するような心地良さに精神をもっていかれた。
早い話、自失による物事への過信である。あと、気持ち悪さもプラスされて。小説を読んでいると時々本の世界へ自分がダイブした気持ちになることがある。物語の中に自分が登場し、描かれているお話と違う展開を引き起こす。もしくは自分が主人公となり、楽しい物語を作り出す。
本を読んだことがある人ならば、誰もが通った経験だろう。本の虫である僕は星の数ほどした。そのため、十七になった今でも、自分を見失って妄想の世界へと旅立つ場合がある。イヴとユミ姉を妄想へと誘った占い爺さんの魔法など必要ない。自分で行けるから。……そろそろ、卒業しなければならないと思っていたのに、なかなか抜け出せない。楽しいからに他ならないのだが。
「私は気にしてないわ。絵を考えている時はシルドくんと似たような状態になるし、フフフ笑いも再発する。完璧な人間などいない、誰だって変な部分や短所があるもの」
「いや、さすがに顔に出るのは駄目だよ」
「なら、治していきましょう。少しずつ」
「うん」
一緒に治していかない? と、言えればどんなにかっこいいか。まだ言えない自分がいる。
目標を立てよう。第二試練に合格して、アズールへ帰る頃には、今思い浮かべたセリフを自然と言えるぐらい成長する。いろいろとやることが決まったのは良いことだ。
「皆様、出来るだけ前の方へお進みください!」
ルェンさんがいつの間にか甲板の最前線にいて、ジャンプしながら叫んでいる。気持ちが高ぶっているのか、船首によじ登り大声で僕らを前へ前へと誘導している。船員でもないのに立派だな、と思ったものの、そうか。もうすぐ彼女の国なのだ。乗客の感動を少しでも上げるため、自分のできることをやっているのだろう。
ジンとミュウに手を握られ、甲板の最前へとモモと一緒に連れてこられた。気づけば、そこにはリリィ、イヴ、ユミ姉、レノン、リュネさんもいて。モモ曰く、皆には事前に言っておいたとのこと。さすがである。ピッチェスさんは朝に弱いらしく、現在も就寝中だ。寝起きの悪さは凄まじいそうで、絶対に近づいては駄目と言われた。
「かー! 遂にだな、オイ!」
「ジンってば昨日、クロネアなんてどうでもいいとか言ってたのに!」
「大切なのは今だ今!」
将来の王と后が喧嘩しながら、けれど楽しそうに会話する。
隣では赤髪を左右に揺らしながらリリィがウチの妹に話しかけていて。
「ねぇねぇイヴ、クロネアって美味しい食べ物ある?」
「あるに決まってるじゃん、任せてよ! リリィは何が好きなの?」
「全部!」
リュネさんが不意にレノンのポケットより(隠していたのだろう)手紙を抜き取った。
手紙を見て、隣にいたユミ姉と一緒に優しく微笑む。
「レノンくん。この手紙はどうしたの?」
「さ、さっき知らない女性から無理矢理」
「へぇ」
「部屋に戻ったら楽しみね、リュネちゃん」
「えぇユミさん」
各々が堪え切れない想いを抑えつつも、滲み出るように興奮の色を隠しきれない。顔は熱く火照り、ウズウズせずにはいられず、自然と笑顔となり、上下左右に身体を揺らす。時々無性にジャンプしたくなって、ちょっとだけ跳ぶ。そんな自分に恥ずかしいと思いつつ、嬉しさがこみ上げる。
止まらない。
ワクワクが、抑えきれない……!
まだか、まだかと背伸びをし。
どうしよ、どうしよと話し込む。
未だ船は雲の上。下界は見えず、ただただ膨らむ期待の蕾。
「降下するぞー!」
誰かが叫んだ。直後、船が徐々に高度を下げ始め、どこまでも続いていた雲の絨毯へ潜りゆく。船内のざわめきが秒単位で大きくなる。全身の毛が逆立つような感覚が襲う。胸の鼓動が激しく鳴る。ドクンドクン、と鳴り響く。皆も一緒か、とにかく声を上げながら周囲の熱気が上昇する。
モモを見た。
彼女も僕を見た。
一緒に見て、笑い、同時に前を向く。
早く、早く。
まだか、まだか。
空を覆う白鯨の網を船はゆく。
おおおおお、とどこからともなく皆の声が一つになって。いよいよ待望の景色が眼前へ。現れるのだ!
雲を、突っ切った。
「────」
下は海。青々とした大海原。
陸が見えた。森が見えた。大地が見えた。
大地からは緑園たる森が広がる。視界の隅から隅まで緑があって、所々に盛り上がった大地もあって。
「あ、あ……あ」
前世の人々よ、すまない。
貴方がたの努力の結晶、そして僕の魔術を加えての予想は──
脆くも崩れ去った。
魔術、共存、自然、魔物、永年。その国には、様々な別称が存在した。何一つ欠けることはなく、全てが見事に融合された国が存在した。一千四百年の歴史をもって、確固たる礎を築き上げた彼らの国は、まさに、感嘆の限界の先にあり。
あぁ、国とは世界だと、思わずにはいられない。
一緒に野生化などしていなかった。自然にびた一文触れないなど不可能だろう。
都があった。
いや、あれが僕らの滞在する場所である学園啓都だ。学生がいるだろう、建物があるだろう、食べ物があるだろう、生活があるだろう。学生の都なのだ。当然だろう。
規模は、どれくらいなのか。
わからない。ただ、仮にどれだけの広さだとしても何ら驚かないと断言できる。
広がる景色が、証明しているから。
魔術か。自然か。共存か。あれだけ考えを巡らせて、アズール図書館での反省をも生かし、自信に満ち溢れた答えまでも出したというのに。
ここまで魅せつられたなら、もはや言葉が出ない。
ルェンさんが、船首の更に上へ昇り、皆が見える位置で国を背に、僕らへ向かって両腕を大きく広げて……。
最高の笑顔と共に、声高らかに告げた。
そう、都があるのだ。
まず間違いなく、あるのだ。
建物も人も動物も道も店も学校も家も全てという全てがある。
生きとし生けるものがそこにある。
ただ、唯一僕らと違ったものに、無条件で驚愕させられた。
そう、それら、全てが────
「ようこそ、クロネア王国へ!!」
雲の上にあったのだから。