アズール図書館の司書 ― その青年は全ての魔法を発動できる。ただし人生で一度だけ ―   作:藤崎次郎

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ローゼ島

 

 

 ほんの数日前のこと。

 アズール王立学校の試験を受けるため、僕は故郷チェンネルを出発し、四回ほど係留所を通過しながら馬車で移動していた。魔法で移動すれば簡単だけど、馬車に乗ってくる人らと交流することも楽しかったので問題なかった。商人や芸道者、傭兵に旅人など様々な人と出会えた。

 無口な人もいたけれど、多くの人は話しかければ笑顔で応えてくれた。特に商人は話ついでに商談をもちかけてくるから驚いた。身分がわかると面倒事に巻き込まれる可能性があったため、自分のことは図書館の使いというこちらも可笑しな職業を設定した。図書館や司書としての一般的な知識は自信があったため、鋭い質問も順応に答えることができたと思う。

 

『お客さんら、見えてきたよ』

 

 馬車を操縦する御者と呼ばれているおじさんが声をあげる。見れば、海に面した海岸沿いに、船がいくつも停泊している。一番の収入は漁業なれど、アズール王国が統括する船泊としての機能もあって中都市規模を誇っている。

 海と空の憩い場、ジョングラス。

 クローデリア大陸に存在する中都市は全部で八つあり「八船都市」と総称されている。ジョングラスはその中でも海に面している都市で新鮮な魚を中心に海業貿易が盛んな町だ。その日は快晴。天候にも恵まれ、日の光と海の輝きが宝石のように美しかった。都市内部に海水を水に浄化させた水路が至る所にあり、多数の小船が交通機関として利用されている。

 前世でいうイタリアのヴェネツィアに近い。ただそれよりも規模が大きく、かつ魔法が都市の機能としていくつも活用されていて、町としてのレベルが数段上のものになっていた。そしてジョングラスは、海の憩い場だけではない。

 

『海と……空の憩い場』

 

 海だけではなく、空の憩い場でもある。

 アズール王国が誇りし、また他の王国にはない代表的文明造形船「空船」。それが、王都を含めたクローデリア大陸に存在する八船都市を結ぶ交通機関である。見た目は海に浮かぶ船だけれど、帆は十四本も取り付けられ、それが風を利用して飛ぶ。

 ジョングラスに到着後、途中から馬車に乗ってきていた船員ドナールさんと一緒に空船へ直行する。ただ、出発時刻がいつもより早めになっているそうで、慌てて二人で向かうことになった。

 

『ちょっといい?』

 

 走る前に、ポンッと後ろから女性が僕の肩に手を置いて。チェンネル出発から馬車に乗ってくる人は停泊所ごとに交代していったけれど、唯一彼女だけ僕と一緒で、最初からいた。フードで顔はほとんど見えない。時々ちらりと見える金髪はとても綺麗だった。

 いや、綺麗というか、吸い込まれそうな髪艶だ。ここまで美しい髪をした女性はそういない。実際、ナンパも結構な頻度でされていた。それでも、顔を覆ったフードを一度たりとも脱ぐことはなかった。恥ずかしがり屋なのかな。ちなみに占い師をやっている方で、僕の占い結果は「七転八倒」だそうだ。

 

『頑張ってね』

『はい』

 

 一礼し、ドナールさんと駆けた。時間が早まった理由は、何でもアズール王国側がこの地方の名産を至急取り寄せたい事情が出来たらしく、時間帯をいつもより早めにしたのだという。

 王国も色々事情があるだろうから愚痴を言うつもりはないけれど、ほんの少しだけ納得がいかない自分もいたりする。うん、せめてジョングラスの図書館だけでも見たかった。ついでに入りたかった。てか読みたかった。気持ちが顔に出ていたのか、顎髭を触りながらドナールさんに笑われて。

 

『そうむくれるなよ青年。ちょっと時間が早く過ぎただけだ。まぁあんたは本好きだろうからジョングラスの本を読みたいっつう気持ちはわかるけどよ。あ、そうだ』

『どうしたんですか?』

『確かこの船内には本部屋があったはずだ』

『マジですか!』

 

 と、いうわけで飛行中は一日中本部屋にいることになったのだ。そして到着の朝を迎えて、ドナールさんから起こされることになる。

 今思えば、船内を探検することだってできただろう。ただ、読書好きにとって本に囲まれていた方が安心するので、仕方ないとも思う。故郷に帰る際、船内のレストランでジョングラスの料理を堪能できるだろうし、甲板に上がれば空からの景色も一望できるだろう。楽しみは先に取っておけばいい。うん、これで大丈夫だ。帰りも本部屋にいるかもしれないけども、踏みとどまろう。そう思うと、気にかかるのは一つだけになるだろうか。占いの結果である。

 七転八倒。激しい苦痛などで、苦しんで転げまわることを意味する。

 嫌だなぁ。肉体的な痛みと精神的な痛み、どちらもありそうで怖い。嫌な占いは信じないに限る。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 そして現在、試験に合格した僕は上空に存在するとある島を見上げていた。

 前世の世界で見たことがある。子供の頃に見たアニメで、天空に浮かぶ島を舞台としたファンタジー作品だ。あの頃は本当に空に浮かぶ島があったら面白いだろうなと思ったもの。もしあるのなら、一度は行ってみたいとも。

 

「あれが」

「はい。あの島が今日からアシュラン様の学ばれる浮き島となります、ローゼ島です」

 

 その島は、アズール王国が建国される前よりあった島で、世界に五つしか確認されていない貴重な浮島。

 七大魔法の「表三法」とされる自然・陣形・創造魔法の三つが融合して形となしている浮島「ローゼ島」だ。誰が創り上げたのか、また何の目的なのかは現在も不明である。

 また、浮遊原理は五つの島でも様々なようだ。ローゼ島のように魔法で浮いている島もあれば、魔具によって浮遊している島もある。未だ何故浮いているのか解明されていない島もあるそうで、「浮いている」という事象のみが先行して現実となっている。ちなみに解明されていない島は三年前に確認されたごく最近のものだ。

 ローゼ島の大きさは直径が約五十キロ、南北の幅が約七十キロと学び舎だけに使われているとするならば尋常でない広さを誇る。わかりやすく言えば、前世の大都市一つ分の広さである。

 

「それでは、私はここで」

「はい。本当にありがとうございました、ロイドさん」

「いえ、私も楽しい一時でした。シルディッド・アシュラン様、どうか素晴らしき学校生活を」

 

 深々と一礼し、ロイドさんは消えた。魔法によって存在していた身体であり、役目を終えたということだろう。周りの人も彼がいきなり消えたのだがごく当たり前のように素通りしていく。魔法が当たり前のこの国で、今のような事象は日常茶飯事だ。

 改めて顔を上げる。視線の先にあるのは巨大な浮き島。そして眼前にあるのは一つの陣形魔法。現在、僕は陣形魔法でローゼ島に移動するために並んでいる生徒の一人である。

 前や後ろにも生徒はいて、皆ロイドさんのような足のない職員の人と共にいる。僕のように役目を終えて消える職員もいれば、雑談か質問に答えている職員もいる。とても賑やかな場所であった。

 

「話し相手がいなくなると、やっぱり暇だな」

 

 そんな他愛ないことを呟いていた時だ。

 ふと、視界の端に映った黒い物体に目がいく。ん? ともう一度見ると、物体ではなく人だった。こちらに背を向け、一人で云々と悩んでいるようだ。

 余談だが、この場所はローゼ島への移動指定地域であり、同時にアズール王国の二階層と一階層の分け目でもある。いきなり階層について話されても意味不明なので、余談ついでに少しだけ簡潔に説明をしておきたい。

 

 アズール王都は地理的に三つの断層に分かれている。

 中央が一番盛り上がっていて、上級貴族の住まいや王城がある第三層。次いでその盛り上がりの下となるのが第二層で、最後に第一層だ。

 

 わかりやすく言えば、机にドーナツを置いてみる。机を大地と考えて欲しい。ドーナツの真ん中に円柱を置いて、その円柱の上を第三層、そしてドーナツの上が第二層。机である大地が第一層と呼んでいるのだ。

 当然ながら第三層へ行くことは一般階級の者はなかなか難しい。王城へ用事があってアズール城へ辿り着くだけでもかなりの時間を要するので、ほとんどの人は空船を使って移動している。

 そのため、第二層から見える大地の景色は格別なのだ……! 標高は一千メートルを超えており、落ちたらひとたまりもない。それでも、ここに立っただけで空に浮かんでいる気分になれる。

 ところどころ第二層から「千の滝」と呼ばれる滝が流れており、大地へ落ちる雫の美しさといったらこの上ないものだ。上を見上げればローゼ島。大変絵になる風景だ。

 

 ……と、感動している時ではなかった。

 目の前で困っている人がいるのだ。全身黒服だけど、それでも困っている。ただ、この人のところへ行けばせっかく並んだ列から抜け出すことになり、また並び直さなければならない……。しかも、僕はこの辺りの地理に詳しくないし、あまり意味がない気さえしてきた。が、やっぱりなぁ。

 

『兄貴は人見知りのところがあるよな。しかも他のことよりまずは本が第一と考えちまう。やだねぇ、一生モテないこと請け合いだよ』

 

 やかましい、馬鹿妹が。痴女のくせに。お前が言うな、お前が。

 嫌な言葉を思い出した以上、引くに引けなくなってしまった。……また並び直せばいいかな。

 

「あの……」

「ん?」

「何か困ったことでも? 随分と悩まれていますが」

「えぇ、ちょっと迷っていまして。いやはや、この国は広いね、広すぎだ」

 

 ばさりと、その人は頭のフードを降ろして振り返った。

 男性だった。ただ、彼の髪はえらく長くて足まである。予想外の風貌に、やや不安ながら男性の顔を見ると……つい、言葉を失ってしまった。整った顔立ち、シャープな顎のライン、手入れされている眉に白い肌、加えて優しげな眼差しに光沢のある黒のスーツ……。

 超絶美形がそこにいた!

 人生で会った男性の中で一番かっこいい!

 町を歩けば女性ならば十人に十人が振り返るであろう、とんでも美男子がそこにいた。さっそく後ろで陣形魔法に並んでいた女子が反応し、ひそひそ声で囁き合っている。僕はオマケ程度の扱いは確実だろう。いや、話題にすらあがっていないかもしれない。

 

「この近くに有名な時計塔があると聞いていたのですが」

「あ、そこならわかります! 空船港の四番停泊所からすぐですから、ここから東へ少し進んだ先にある七番港から行けます。七番から四番までは一本なので、迷うこともないです」

「おお、本当ですか。ありがとう、何かお礼をしないと」

「いえ、僕もこれから用事がありますので、お気遣いなく」

「そうですか? では、せめてお名前だけでも」

 

 名乗るほどでもないのだが、せっかくなので応えよう。

 

「シルディッドと言います」

「良い名前ですね。それではシルディッドくん。いつか必ずお礼を」

「いやいや、そんないいですよ! お役に立てただけで満足です」

「ご謙遜を。本当はもっとお礼を言いたいのですが、そろそろ行きますね」

「はい、良い旅を」

「ふふ、本当にありがとう。シルディッドくんが話しかけてくれなければ、私はずっとここにいるところでしたよ」

「あはは、そんな大げさな」

「そういうものなのですよ。そういうものだったのです」

「……?」

 

 ふと、彼の言葉に疑問が生じたと同時だった。目の前から彼が消えた。

 目を見開き周りを見渡す僕だったが、長髪美男子の姿はない。ただ、彼の声だけが最後に聞こえた。

 

「それでは、お礼は必ず。また縁の糸が合わさった時に」

 

 魔法か。しかし、魔法の気配はしなかったが……。

 少しだけ考えたけど、そんなものなのだと納得した。この世界で摩訶不思議なことが起きても、その度にパニックになっていては身がもたない。アズール王国。何が起きても不思議じゃないのだ。

 

 それからもう一度列に並び直して、問題なくローゼ島へと移動した。眼前に広がるは一本の道。左右に薄い紅色の花を咲かせた樹木が統一間隔に配置されている。それは真っ直ぐどこまでも続いていて、前世で入学する時に見た桜通りのようだった。

 舞う花びらは絢爛となって、期待に胸が膨らむ新入生の子らを祝福する。ついつい止まって感動している自分を後ろから他の生徒が通っていくのだが、皆表情は一緒だった。どこか怖がってそうで、同時に嬉しそうだ。

 

 アズール王立学校は卒業式はあるけど入学式がない。各自、自分の学科のクラスへと進んでいく。荷物はローゼ島に来る前に担当の係員に預けておいたので安心だ。始まりは大事なことであるし、最初の一歩ということもある。ゆえに各学科によって入学の儀があるらしい。

 期待に胸が膨らむも、貴族科は「優雅に慎ましく」がモットーらしく、特にこれといったものはないそうだ。なんだか寂しい。

 第二層から陣形魔法で移動した先はローゼ島のド真ん中だった。学校の中心でもある。そこから皆、自分のクラスへと別れていく。先ほど表情に出ていた、何とも不思議な心内を胸に。

 

 空を見上げた。

 あぁ、どこまでも続く広大な青空だ。僕は今ここにいるんだ。いるんだ……!

 

「よし!」

 

 さぁ、いこう。

 

 

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